ルビコン解放戦線の最重要防衛拠点―――通称、壁。交通の要衝に鎮座するこの大要塞は、何度も激戦の舞台となっている。
 あまりにも戦闘の場として防衛側が有利であるにもかかわらず、何度も戦場となるのはこの土地がそれだけ避けて通れない位置にあるということでもある。
 再稼働を開始したBAWS第2工廠が程近いこともある他、洋上のグリッドもある。どちらもルビコン解放戦線の身内であり、俗な言い方をすればお得意様だ。補給拠点が背後に控える要塞は何時だって堅い。
 重装機動砲台ジャガーノートを擁しながら一人の独立傭兵とヴェスパーACに≪壁越え≫された過去もあり、今ここにいるのは企業派私兵集団≪ウルヴス≫だ。最大戦力であるACパープルヘイズを駆るウォルフラムだけでなく、なによりACを複数機擁している。防御力と火力頼みだった以前の防衛戦略から一転し、ACによる機動防御と≪壁≫本来の陣地防御を両立する新しいスタイル。
 実際、このスタイルはベイラム陣営がたびたび行っている威力偵察――通称、壁なぐり突撃便――でも使い勝手が良く実績をあげている。
 ACという駒と優秀なパイロットの組み合わせは、ジャガーノートに勝る。そしてそれはつまるところ、ACと規格外のパイロットの組み合わせは何者にも勝るということでもある。
 だが、それは規格外のパイロットありきの話だ。


「企業からの流入もあって小粒揃いかと思ったが、まだまだ青かったな」


 三体のACの残骸を見やりながら、黄土色の軽量二脚ACは着陸した補給シェルパの下へと歩く。
 落下傘降下する$マークが描かれた補給シェルパにアクセスし、その扉が開くと同時に、彼はため息を吐きながら背後へブースターを吹かす。
 瞬間、シェルパの頂部から中ほどまでがレーザーブレードによって切り裂かれる。彼は冷静に両手の円筒形の多銃身ハンドガン―――いや、ショットガンを発砲するが、シェルパを切り裂いたレーザーブレードはそれを予期したように高速で回転しシェルパを切り刻みながら二十三発の弾丸すらも刀身で蒸発させる。


「―――いやはや、困ったものだ」


 三体のACの残骸と、細切れにされた補給シェルパに囲まれながら、黄土色の軽量二脚ACバラウールのパイロット、セル・マーレが笑い声交じりに言う。
 スリット状のセンサーが黄色に光り、RaD製のペッパーボックスピストルがブレイクオープン。バラバラと二十三発分の空薬莢が空を舞い、破片と瓦礫交じりの地面へ落ちる。


「補給もさせてもらえないとは」

『のんびりと補給などさせるものか』

「そうかもしれんが……、私としては君と全力で当たりたかったんだがね、ウォルフラム

セル・マーレ……、変わらず気色悪いな』


 バラウールの前に立つのは、同じエルカノとシュナイダーの混成フレーム。ウォルフラムのパープルヘイズ。
 パーツや武装の換装による汎用性がACの特色の一つであり、同じフレームになることは特別に珍しいことではない。
 だが、そうした傾向を好むアーキテクトの癖は機体に出る。黄土色のバラウールと紫煙のパープルヘイズは、それこそ同じ癖のあるパーツ選びだ。


「エルカノのカルメンは良い仕事をする。どうだね、前の機体よりも馴染むだろう?」

『馴染む馴染まないとかはどうだっていい』

「ほう」


 声音の微妙な変化を感じ取ったか、バラウールは即座に両腕の武器をハンガーのバーストハンドガン、SAMPUに持ち変える。
 距離は二五〇メートル。これほどの距離ならば互いの機体の機動性を考えれば、至近距離と大差はない。いつでも殺傷距離まで潜り込める間合い。
 ジェネレータの響きが甲高く、まるで猛獣が唸るかのように響く。セル・マーレの目が残APと残弾にいった瞬間、紫煙がゆらりと静かに、滑らかに動く。
 右手のニードルガンの発砲と、左手の武装変更、そして右肩の垂直プラズマミサイルの発射にバックブースト。なるほど、そう来たかとセル・マーレの口が歪む。


『今日は一発ぶん殴ってやる―――』

「ハハッ―――」


 笑い声と共にバラウールの背後で火球が噴き出し、黄土色のACは地を這いジグザグに紫煙に食らいつく。
 ありったけの武装で迎撃しながらパープルヘイズはノールックで後退しつつ、≪壁≫の前面にある建物を蹴り飛ばして距離を稼ぎ、弾幕でじわじわと削る姿勢を取る。
 それでも、バラウールは食らいつく。地上を滑り、跳ぶように、弾幕の中を掻い潜りながら一発の弾も撃たず、ひたすら前へと進み続ける。


「良い選択だ、私のバラウールが苦手とする戦い方だ」

『だろうな。落ちるか?』

「押し通るとも!」


 アサルトブースト。極限まで軽量化されたバラウールが突貫する。
 それに対してパープルヘイズはニードルガンをワンマガジン、プラズマミサイルを投射し、そのままブースターを切り建物の影に入り込む。直前、左腕のランセツRFのリロードに入っていたのをセル・マーレは見逃さない。
 ACSゲージの蓄積を流し目で確認、建物の影からレーザースライサーが来ると踏む。SAMPUからペッパーボックスへ武装を変更。左から建物を迂回し、ロック―――三連打。


「っ、そちらだったか」


 この至近距離でランセツRFのバースト。ACS過負荷が近いと回避行動に移ろうとするが、それよりもニードルガンの着弾が早い。
 スタッガーだ。残った手段、アサルトアーマーを起動しながらもセル・マーレは「ふぅ」と一息つき、こちらのアサルトアーマーにあわせて起動したパープルヘイズのアサルトアーマーの光を見る。
 補給シェルパを受け取れていればまだ楽しめたのだろうが、いやはや、


「少し軽率だったかな」


 瞬間、パープルヘイズのアサルトアーマーがバラウールを文字通り吹き飛ばした。





 じりじりと大気や鉄が焼ける臭いがウォルフラムの鼻をつく。
 眼下に映るのは大破して火を吐く黄土色のバラウールと、そこから這い出して地面に胡坐を掻き、両手を挙げているニヤケ面の男だ。
 飲み友達にでも会ったかのようなそのニヤケ面に、思わずウォルフラムが舌打ちする。何もかも、非常に腹立たしい。
 ウォルフラムは解放したコクピットから降りる。そして、へらへらと胡坐を掻きながら両手を挙げているくそったれの前まで行き、


「うぉっと」


 胸倉をつかみ、


「ふぶ―――っ」


 そのままぶん殴った。
 第8世代型強化人間の渾身の右ストレート。相手のセル・マーレも第8世代型強化人間だが、思い切り殴られたことには変わりはない。
 腹立たしいことに灰色髪に灰色の髭を生やしたこの男は、殴られることにも慣れているらしい。それは殴った感触で分かる。
 それでも軽薄な表情にたらりと鼻血が流れ出すが、へらへらとした態度と挙げられた両手は変わらない。


「まさかバースト射撃の方だとはね。前ならスライサーを出すところだったろう?」

「それで前はやられたからな。あれは補給を受ける前だった」

「なるほど、今日はその仕返しだったわけか。一本取られたよ。今のは憂さ晴らしの一発か」

「私の機体をぶっ壊した分だ」

「ああ、理解したぐふ―――っ」


 したり顔のセル・マーレにさらにもう一発の鉄拳が叩き込まれる。
 ウォルフラムの纏うもろもろの臭いをセル・マーレも嗅ぎ取っているはずだが、彼はそれよりも追加の一発に対して身に覚えがないと言いたげの顔で、現に、


「これは分からない」


 と言った。
 ウォルフラムはセル・マーレを突き飛ばし、吐き捨てるように返す。


その他諸々だ」

「諸々か。それなら仕方がない」


 肩をすくめて首肯するセル・マーレを見下ろし、ウォルフラムはポケットから煙草を取り出す。
 火を点けようとしたあたりで、戦闘時の振動でそれがどうやら今はコクピットに転がっているらしいと気づく。
 その時、セル・マーレがブロンズ色のなにかを放って投げた。ウォルフラムはそれを受け止め、それが年季の入ったオイルライターだと認め、不機嫌そうに鼻を鳴らして煙草に火を点けた。
 胡坐を掻いているセル・マーレもポケットからくしゃくしゃになって曲がった煙草を取り出し、ウォルフラムからオイルライターを受け取り火を点け、二人して紫煙を吸い込み、吐いた。
 パルス爆発後のイオン臭やその他諸々の臭いと、煙草の香りが肌寒いルビコンの大気と混じりあう。


「勝利の味は格別だろう、ウォルフラム」

「さあな。敗北の味は苦いか?」

「いいや、どうしてなかなか、美味いもんだよ。次は勝利の味が吸みたいね」

「そうか」


 どうでも良さそうにウォルフラムが灰を落とし、


「だが、次も私が勝つ」


 釘を刺すように言った。
 セル・マーレはにやりと笑みを浮かべ、美味そうに紫煙を吐きながら、


「それもまた面白そうだ」


 と呟き、くつくつと笑った。








「それで、歩いて帰るのか?」

「君がシェルパをぶっ壊しただろう。あれはルグラン・ロジティクスサービスのものだ。そのうちエルドラドが飛んで来るさ」

「そうか。それまでウチの狼たちに食い殺されなきゃいいな」

「おっと、それは考えていなかった」

「嘘つけ」




関連項目




投稿者 狛犬えるす

最終更新:2024年02月23日 23:25