ラジオ・ヘル・13の設定は
John・Doeさんにお貸しいただきました。
また、『ウィスプ』『スウィーパー』のネーミングは
それぞれ8玉さん、ミシモトさんにご提案いただきました。
素晴らしいアイデアをお貸しいただきありがとうございます!
※
「ハロゥ、ハロゥ、ハロゥ。
今宵もこの時間がやってまいりました。
『ラジオ・ヘル・13』、お相手はお馴染み───」
ここで、ただでさえ不鮮明だった音声にとりわけ
強いノイズが走り、DJの名前は聞き取れぬまま
正体不明のラジオ番組は進行していく。
「これが件の、未登録の周波数を使用した
実態不明のラジオ放送・・・というわけじゃな」
ハシュラムがデンドロフィリアの機内から見渡す限り、
視界は一面の砂漠だ。電波塔はおろか、人類の気配すらない。
「そそ。どうも発信源を辿る限りその辺なんだけどさぁ〜・・・
なんもないでしょ??意味わかんないよね!!」
あはは、と屈託なく笑うクアック・アダー。
彼が今回の情報提供者だ。
「流す音楽もさ、AI音楽が主流になる以前の
人間が作曲したものばっかり。
これがなかなかいい趣味しててさぁ、
聴く分にはいいんだけど。
それはそれとして、誰が流してるのかは
やっぱ気になっちゃうんだよね〜〜〜」
アダーの言葉に頷きを返し、瞳を閉ざしたハシュラムは
心静かに耳を澄ませる。
「確かに儂の目ならば、その正体を見極められるやも知れぬ。
なんとなれば、それこそが儂らが探し求めていた存在である
可能性も否定できん。情報提供、感謝させていただこうかの」
「いやいや、こちらとしても美味しい取引だったよ!
まさかファースト・コンタクターのデータを
本人から直取りできるチャンスがあるとはね!
コーラルブラッドの彼といい、憑依体質の彼女といい。
このところいいサンプルが多くて捗っちゃうよ〜〜」
上機嫌なアダーの言葉が、そこで急にトーンダウンする。
「コーラルブラッドの彼・・・ヴァッシュくんだっけ?
仕掛けを捩じ込んだ僕が言うのもなんだけどさ・・・
あのままじゃ彼、長くないよ。
アシュリーちゃんの方も侵食がだいぶ進行してる。
なんとかしたいなら、急いだほうがいいかもね」
「・・・心得ておこう」
慎重に周囲を捜索するデンドロフィリアの頭部が、
吸い込まれるように砂漠の一点を注視する。
貨物列車用のレールだろうか。
グリッド同士を繋ぐありふれた輸送手段だが、
地中に半ば埋もれているとなると珍しい。
「なるほど・・・この下かの」
歪み、ところどころ破断したレールを遡るように
視線を這わせていくと、果たしてそこに、かつて
グリッド13であった廃墟へと続く入り口が開いていた。
「これも・・・かの大災が残した爪痕の一つか」
そう独りごちたのは、迷宮へと
踏み入ったハシュラムではなかった。
「そこに、我らが追う火種がないのならばそれでよし。
だがもしも見つかったならば・・・」
禍々しい異形へと再生した愛機、シュラディアートルを
駆るは、惑星封鎖機構対変異波形適合者討伐部隊、
『Cスウィーパー』を率いる
『ルブルムブラム』アシュレイ。
自らが『ウィスプ』と称するCパルス変異波形を
捜索、保護することを目的として、オールマインドの
支援のもとで『ウィスパーシアー』を立ち上げた
かつての妻の企みを阻むことが、目下最大の任務である。
灰の祭壇からスクールへと攫われたかつての仲間たちを
救いだす、それだけならば協力できたが。
「人とコーラルは、出会うべきではなかった」
アシュレイの信念は、久しぶりに
帰還した祭壇で一層強固なものとなった。
娘の中で確実に存在感を増していく敵性変異波形の脅威。
変異波形を受肉させれば、融和への道が開けるなどと。
とんだ世迷言であろう。
少なくとも・・・愛する女との間に設けた一人娘を
生贄に差し出してよい試みではない。
その宿願を断ち切り、妻を縛る鎖を取り払う。
己の正義を貫くために、古兵は頑なに刃を握りしめる。
その脳裏に去来するのは、
初めてハシュラムと出会った時の記憶。
それは美しかったが、『女』だとは思えなかった。
人らしき形を保ってはいるが、そこに尋常な人間の
魂が宿っているとは到底思えなかったのだ。
透けるような白髪に、青ざめた肌に、深紅の瞳に、走る
朱の煌めきは、彼女がその身に宿すコーラルが齎すものだ。
時に、ハシュラム18歳、アシュレイ6歳の頃のことである。
ナガイ教授の名を借りたプロジェクトでありながら、
第一助手はその詳細を上司に告げてはいなかったらしい。
ハシュラムというどこか浮世離れした少女が示唆した、
人とコーラルの適応が齎す可能性。
それに魅せられた第一助手は、彼女という貴重なサンプルを
傷つけることがないように、あくまでも慎重に扱った。
その身代わりとして、数多のモルモットを
人知れず使い捨てていたのだが。
アシュレイは、そうした実験の材料として用意された
名もない実験用クローンの一体に過ぎなかった。
公には、存在しない人間である。
それ故に、人としての扱いはされなかった。
人体にコーラル技術を組み込むことでその機能を拡張する、
いわゆる強化人間技術は、その確立の過程で多くの名もなき
実験個体の命を生贄に捧げてきた。
多くの同胞が己の悲惨すら理解できぬまま死んでいく中で、
幸か不幸か、アシュレイは6年間生き延びた。
そして・・・運命の日を迎えることとなる。
『アイビスの火』、人類とコーラルの蜜月の終わりを告げる炎は
星を焼き尽くすのみに止まらず、星系全体にその災禍を及ぼし、
文明を一度灰塵に帰した。
それでも、ルビコンが未だ原型をとどめているのは、
おそらく何がしかの奇跡の賜物だろう。
グラウンド・ゼロに程近い技研都市ではあったが、
当時最先端の技術で建造されたシェルターに
匿われた一握りの人間だけは、厄災を免れることができた。
ただし・・・残されたインフラを十全に扱うだけの
知識はすでに、断絶していたが。
その後彼らは、アーキバス部隊により焼き尽くされるまでの
半世紀間、技研都市の地下で独自の生活を営むこととなる。
『灰の祭壇』の始まりである。
コーラルの脅威を見せつけられてなお、
集積コーラルの傍で生きるしかなかった彼らは、
常に破滅への恐怖と共にあった。
彼らが、コーラルの声を見る純白の巫女に
縋らざるを得なかったのも、止むを得ぬ仕儀であろう。
彼らが生き延びるには、力が必要だった。
主を失ってなお、無目的な破壊を続ける
C兵器の脅威を退けるためには。
最初期の強化人間技術の希少な成功例として、
その最前線に立ち続けたアシュレイの胸の内には、
ずっとハシュラムという存在への強い憧れがあった。
透き通るような無機質な存在感の奥で
赫赫と燃える強い意志が、少年の進むべき道を
指し示すただ一つの導きであった。
やがて、集落随一の守人として認められたアシュレイは、
ハシュラム自身によって婚礼を提案される。
それは、積年の想いが成就する絶頂の瞬間であったが、
同時に憧れの季節の終わりでもあった。
やがて生まれた一人娘を、妻は人柱に捧げると告げたのだ。
曰く、怒れるコーラルを鎮めるには人の身に受肉させることこそ
唯一の方法であると。
そのためには、己の血脈を受け継ぐ強き子が必要であったと。
結局・・・自分は、人柱を生成するための種馬でしかなかった。
それを悟ったアシュレイは、娘と共に祭壇を出奔する。
ルビコンIIIの危険性を察知した惑星封鎖機構に、
現地住民として持ちうる情報を手土産に参画し、
最古参の強化人間として、練達の業を存分に揮った。
そして・・・今こそ。
鍛え抜いた武芸をもって、ルビコンの火種を断ち切る時だ。
麾下の特務仕様エクドロモイ編隊と共に、
シュラディアートルがグリッド13の残骸へと侵入していく。
「・・・レーダーは機能しておらんようじゃが」
それは、ハシュラムにとって重大な問題ではない。
アイビスの火を浴びて間も無く砂中に没したのであろう。
崩落したグリッド13には、濃密なコーラルが残留していた。
その潮目を辿れば、問題の焦点は自ずから見えてくる。
「ハロゥ?本日のゲストは良い目をお持ちですね。
ここまで辿り着いたのは、あなたが初めてですよ」
はっきりと、脳裏に視えた。
穏やかで通りの良い男性の声だ。
「お前さんかの、件のラジオを流していたのは」
「まぁ、そんなところでしょうか。
私は人間の営みというものに興味がありましてね。
とりわけ、彼らが作り出す波の芸術・・・音楽というものに」
ラジオ・ヘル・13は今も放送を続けている。
「かつて、人工知能に取って代わられるまでは、
この素晴らしい芸術は人間のものでした。
ですが、かの大火でその多くが断絶してしまった。
放送で流している楽曲は、私がルビコン中のデータベースから
収集した貴重なコレクションです。
率爾ながら、私が作曲したものも幾らか含まれておりますが。
私は、その素晴らしさを過酷な時代を生きる人々に伝えたい。
願わくば、音楽を通じて彼らと心を通わせたい。
そんな儚い願いを込めて、誰かの耳に届く日を夢見て、
私はこの放送を続けてきました」
「随分と、夢見がちな変異波形もいたものじゃな」
しかも、とびっきりのおしゃべりだ。
伊達にラジオDJなどやっていない。
「ふふ、気に入った。どうじゃ、儂と共に
外の世界というものを見てはみぬか」
なんとなれば、私などよりもよっぽど人間らしい。
ハシュラムは、彼のような存在をずっと探していたのだ。
人とコーラルの間に、新たな関係性を結び、
共に未来を紡いでいける朋友たりうる存在を。
しかし、会話はそれ以上続かなかった。
「見つけたようだな。ルビコンの新たな火種を」
静寂を破る駆動音と共に、
地下空間に突入してくる黒い執行機が複数。
その中央に立つ指揮官機には、
ハシュラムも見覚えがあった。
「おや。訣別したかと思えば、儂の尻を
嗅ぎ回っておったのか。素直になれぬ小僧よな」
眉ひとつ動かさず、アシュレイが挑発を受け流す。
「元より、私が戦う理由はただ一つ。
そなたを捉える妄執を断ち斬ることのみよ」
号令一下、展開する特務仕様エクドロモイ。
その最大の特徴は、変異波形の依代たるコーラルを
焼却するための大出力の火炎放射機である。
広いとは言えぬ地下空間に複数の火炎放射器、
そして隊長機たるシュラディアートルが振るうは
バルテウス譲りの火炎放射ブレード。
立て続けに襲いかかる烈火の如き猛攻を、
その予知能力めいた戦術眼でどうにか凌ぐ
ハシュラムだが、回避した炎それ自体が
彼女が守らんとする変異波形を追い詰めていく。
「表にお前さん向けの得物を用意しておる。
扱えるか、Mr.ハロゥ?」
「いいですね・・・その名前。
実を言えば、なんと名乗るべきか苦慮していたのですよ」
ハシュラムの言葉に応えるや否や、
戦場に新たな反応が飛び込んでくる。
「今日からは、私はハロゥ。
ウィスパーシアー、ハシュラムの共連れ、
ウィスプのハロゥです」
それは、ACを積載可能なほどの規模を誇る
大型ドローンであった。
ペデスタル・ドローンと呼称されるAC用飛行ユニット、
その試作品に搭載された武装が一斉に放出される。
重機関砲の弾幕に紛れて高機動ミサイルが飛翔し、
エクドロモイの回避運動に喰らいつく。
即座に反転して迎撃を図る敵機に対しては、
パルスシールドを展開して対応する。
「この新型。オールマインドの差金か・・・
あれの思惑に巻き込まれれば、お前とて食い潰されるぞ」
フレアシミターを振るうシュラディアートルの間合いを外して、
後退しながら迎撃を図るデンドロフィリアだが、
砲撃戦に特化した機体では狭隘な戦場では分が悪い。
壁際に追い詰められたデンドロフィリアを前に、
シュラディアートルは得物たる双大曲剣を連結し、
一振りの巨大な両刃剣へと変形させる。
「封鎖機構の猟犬に言われたくはないの」
その背後へ、ハロゥが操るペデスタルが接近する。
「さて、そろそろ本日もお別れの時間がやってきたようです」
ラジオDJとしての平常運転を器用にこなしつつ。
シュラディアートルの渾身の刺突をかわして
跳躍したデンドロフィリアをペデスタルが素早く拾う。
その名の通り、ACを搭載し空輸する台座となった
ペデスタルが加速し、脱出路を阻むエクドロモイに
正面から突っ込んでいく。
「先ほどの戦闘で、あなた方の波長は把握いたしました」
ペデスタル前方に装備されたパルスガンの
放つ光が波長を変えて七色に輝く。
「本日は、この一曲でお別れいたしましょう」
機関砲の着弾音から分析した装甲特性に合わせ、
ハロゥが独自に調律したパルス放射が
エクドロモイの装甲を瞬時に焼き、
ハシュラムの進むべき道を切り拓く。
「諦めの悪いお方だ。・・・いかにも、貴女らしい」
そんな彼女だからこそ、私もこれほどまでに惹かれたのだろう。
次こそは捕える。その決意を新たに、
アシュレイもまたグリッド13を後にする。
かくして、ルビコニアンたちの間で囁かれる
奇妙な噂話の一つ、『ラジオ・ヘル・13』はその正体を暴かれ、
以後放送が再開することはなかった・・・
はずなのだが。
「ん〜〜〜この曲は知らないな??
奴さん、ちょっと趣味が変わったんじゃないの??」
ラジオ・ヘル・13は今宵もクアック・アダーの
研究室にひとときの癒しを届けている。
その正体は・・・いよいよもって、わからない。
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最終更新:2024年02月27日 16:13