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火が、燃えている。
辺りに光源のない暗闇の中に、煌々と燃える火。その色は何処か血のような赤い色だった。
火の中にはまるで焚火に焚べられた薪のように折り重なった、人らしきものと手足の生えた機械……MTの類が在る。
そして、亡骸の焚べられたその赤い火の周りを、統一された装束の人々がが囲っていた。

「南無阿弥法蓮虻蜂御陀仏……南無阿弥法蓮虻蜂御陀仏……」

彼らはみな手を合わせ、何事かブツブツと呟き続けている。
それは経だった。否、より具体的には【彼らにとっては】というべきものだ。ちゃんとした研究者や僧侶にでも聞けば、何の意味もないデタラメなものだときっぱりと言ってのけるだろう。
だが彼らは、それを真剣に、そして当たり前のように唱えている。

「黙阿弥法蓮華経……南無阿弥法蓮虻蜂御陀仏……黙阿弥法蓮華凶……南無阿弥法蓮虻蜂御陀仏……」

特に、彼らの中で最も目立つ一人……大柄な体躯に法衣を纏った禿頭の男は、最も火に近い位置で誰よりも熱心に、そして盲目的に経を唱えていた。

彼の名は尋甫坊

この炎天宗という宗教の宗主にして、立ち上げた教祖であった。


……


「面倒なのに関わっちゃったなぁ……」

ルビコンの何処かに在る放棄されたグリッド。
炎天宗の本山が置かれたその中で、メリーバニーは彼女の人生の中で最も深い溜息の記録を更新した。
元ベイラムのMT乗りかつ、今ではルビコンで一人ACを駆る傭兵として日金を稼いでいた彼女が、何故このような謎の宗教施設にいるのか。
それは数日前のことだ。
ある匿名の依頼主からの依頼。最近になって活動が活発になった宗教団体への潜入調査という、あからさまに不穏な依頼を彼女は受けた。……というよりも、受けさせられた、と言った方が表現としては適切だろう。
この匿名の依頼主。思ったよりも影響力が強いらしく、依頼を拒否すれば今後一切の依頼が来なくなると彼女を脅してきたのである。

「たかが小規模なカルト相手に、どうして脅迫までしてく依頼するのかしら……」

炎天宗の信徒が着る装束の上に入信体験のプレートを首から提げた姿で施設内を独り歩くメリーバニー。
いやいやしながら来てみれば、中々どうしてこの炎天宗というのはカルトにしては門戸がだいぶ広いらしい。
入信体験だのお試しプランだの色々と用意されていた。グリッド自体の老朽化にだけ目を瞑って見れば、施設も確りと整備と清掃が行き届いている。

……とはいえ、故郷のベイラム圏でもこういうカルトは見た目だけならちゃんとしてたし……。

すれ違う信徒たちに軽く会釈をしながら歩いていると、曲がり角のところでメリーバニーは誰かとぶつかりそうになる。

「あっ、ごめんなさ……」

咄嗟に謝罪するとともに目を向けると、其処には見上げるほどの大柄な体躯に法衣を纏った、禿頭の男が立っていた。
それは炎天宗の教祖、尋甫坊だった。

「ばっ、きょ……!?」

何でこんなところに教祖が、と動揺するメリーバニーに、目の前の大男は目を細めて穏やかに微笑んだ。

「おや、貴方は入信体験の方ですね? はじめまして。私の名は尋甫坊と申します」

「え、あっ。私は……メリー……バニー……と……」

「メリーバニーさんですか……“覚えました”。そして此方こそ申し訳ありません。なにぶん【法尼】を探していたところでして」

「……法尼、ですか?」

メリーバニーの問いかけに、尋甫坊は穏やかに微笑みながら、困ったように頭を掻く。法衣の合間から見える肌や禿頭のいたるところに、並の人間ではつかないような、大小様々な傷痕が残っている。

……教祖、尋甫坊がかつてはドーザーだったという前情報は真実かもね。

匿名の依頼主から事前に渡されていた情報を思い出しながら、メリーバニーは彼の一挙手一投足の一つ一つに対し、悟られないように注意を向ける。

「えぇ、法尼は私の腹心に当たります。とても優れた子なのですが……どうでしょう? 折角の機会です。彼女とも会ってみるのは」

一見すれば怪しく思える誘いだが、しかしこの外見だけならば威圧的である筈が、この大男の穏やかな物腰にメリーバニーは不思議と警戒心を緩めてしまいそうになっていた。

……けど、組織のナンバーツーと接触できるのはメリットよね。

組織の実態を調べろという依頼なのだ。やるならできる限りのチャンスをものにしなければ。彼女の頭の中には、そういった打算とともにほんの少しの興味心も生まれていた。

「そう……ですね。はい、お願いします」

例え仕方のない事情もあったとはいえ、そう返事してしまったことを、後々になって彼女は酷く後悔することになる。


……


「ジンボー、ジンボー!」

そう無邪気に尋甫坊に駆け寄ってきたのは、とても、とても小さく幼い少女だった。
年齢は以前のとある機会で知り合った傭兵……マイアよりも年下に見える。
その体躯には不釣り合いなぶかぶかの法衣を着ていて、あどけない顔立ちには綺羅びやかな化粧が施されている。

「これこれ、そうはしゃいでいると転んでしまいますよ」

尋甫坊は目の前の子供に対し、穏やかなまま諭すように接している。

「ぶいー、レイサイ、気おつける」

辿々しい返事をする子供……黎祭に尋甫坊は傷だらけの大きな手を彼女の頭に乗せて撫でる。
端から見れば少し変わっているだけの親子のようにも見えるそれが、この宗教組織の宗主とナンバーツーの会話であるなど、果たして誰が信じられようか。

「さて黎祭。こちらにいるのはメリーバニーさんといって、我々のもとに体験入信にきてくださった……」

「めりぃばにー? めりばにー!」

無邪気な笑顔を浮かべた黎祭は、ずいっ、とメリーバニーの方に来ると、思い切り抱きついてきた。

「わっ」

慌てて受け止めるメリーバニー。少し体勢を崩してしまった彼女の耳もとに少女は顔を近づけたかと思うと。ぼそりと彼女にだけ聞こえる声で呟やいた。

「……めりぃばにぃ、しらべにきた。スパイ?」

「え、なっ……」

驚くほどに感情のない、機械的で冷たい声。
先程まで無邪気にはしゃいでいた、あの小さな子どもと全く同じ人物には思えなかった。

「めりぃばにー! あとでいっしょにあそぼ!」

冷徹なそれから打って変わって、また幼い年相応の声色でそう彼女に告げると、メリーバニーから離れた黎祭は尋甫坊にねだって肩車をしてもらっていた。

「メリーバニーさん。一目で黎祭に気に入られるとは、貴女はとめても幸運なようですね」

穏やかな物腰で微笑ましいものでも見るかのように黎祭とメリーバニーを交互に見つめる尋甫坊。
彼は、先ほどの彼女の豹変をわかっているのか。そのことにメリーバニーは困惑を隠せないでいた。

…執筆中…

最終更新:2024年03月01日 18:48