「オイオイオイオイオイィィイイイ!?
なんなんだよコイツはァ!?」
突如陥没する地表。不活性コーラルに覆われた
渓谷の岩盤が突如砂のように崩れて、
その中央から一対の刃が天へと伸びる。
流砂に囚われたヴァッシュたちは、
その刃の間へと猛烈な勢いで吸い込まれていく。
「まずいぞ!このままでは・・・」
アシュリーに指摘されるまでもなく。
ガルブレイヴとアリオーンが吸い寄せられる
摺鉢の底には栓が抜けたような穴が空き、
その中央ではタービンのような巨大な回転刃が
猛烈な速度で回転している。
もし捉われれば、今しがた呑み込まれた瓦礫のように
ズタズタに寸断されて奈落の底へと堕ちるだろう。
「ならば、別の出口を穿つしかあるまい」
こういう時、
ディアーチルの発声器の
設定ミスがむしろありがたい。
低く落ち着いた壮年男性の声で放たれる
落ち着き払った言葉とともに、
乗機ハスキーが流砂の底へと沈んでいく。
なんのつもりだ・・・?と問うまでもなく。
砂の流れに変化が生じる。
ハスキーが繰り出したレーザーランスの一撃が、
脆弱化した岩盤の一部を破砕し、
地獄へ至る摺鉢に一穴を穿ったのだ。
是非もない。
唯一の突破口にガルブレイヴとアリオーンも
続けて飛び込み、一行は際どくも窮地を免れる。
そして、今。
渓谷地帯に隠された地下空間で
三人は途方に暮れていた。
そもそもの依頼は、この『グラウンドゼロ』で
姿を消したという社員の捜索であった。
「
リジェッタくんは以前からこういうトラブルに
妙に縁があってね。その度になぜか・・・
と言っては失礼だが、不思議なほどに無傷で帰ってくる。
今回も無事であるとは思いたいが、何しろ場所が場所だ」
クライアントである『ルビコン運送』の社長、
パトリック・ジェンキンスがそう語ったように。
「見れば見るほど異様な場所だな、ここは・・・」
アシュリーが見上げる天井には不活性コーラルが
鍾乳石のように垂れ下がり、周囲の岩盤も
その多くは漆黒の結晶体に覆われている。
それはまるで、コーラルが自ら星に穿った傷・・・
『アイビスの火』で引き裂かれた星の表層を
覆う、瘡蓋のように。
「なるほどなるほど!これがかの大災、
ルビコン最大の謎の爆心地!!
これは・・・まさに事件!事件屋の直感が、
そう告げておりますぞッッッ!!」
唐突な大声は、オープン回線などではなく。
覗き込んだ崖下で、ACの機上に立っていた
紳士が発した地声であった。
場違いなタキシードにミチッと詰め込まれた
筋骨隆々たる長身が、ギュッッッ!!
と筋肉を唸らせて謎めいたポーズをキメる。
「これは奇遇。そこの紳士、こんな場所で
行き合ったのも何かの縁だ。
私は
『ミセリコルデ』アシュリー。
貴方の名を聞かせていただけないだろうか?」
危害を加える意図はないと伝えるためだろうか。
機上に乗り出し、紳士と同じポーズをキメながら
相方が不審紳士に語りかける。
「ムムッ!若いながら健康的に鍛え上げられた
美しい肉体ですな!!
信義に値する人物とお見受けしましたぞ!!」
ギチチっ!と筋骨を唸らせて新たなポーズをキメる。
「私の名は、旅の事件屋
Mr.ヒルディ。
華麗に事件をエスコート、ですぞ!」
完璧なポージングから放たれる決めゼリフに
感銘を受けてか、同じポージングで応える
アシュリーの顔が無邪気に輝く。
「おおッ・・・貴方が噂の!!
星外でのご活躍、聞き及んでおります!!
まさかこのルビコンで直にお会いできるとは。
光栄至極でありますッ!!」
「ふむ。死中に活あり、万事塞翁が馬。
この件、いい方向に向かうかもしれんぞ」
早くも意気投合した二人の様子に、
ディアーチルも得心を得たように小さく頷く。
「・・・この状況の、どこら辺が根拠なんだ??」
ヴァッシュとしては、すでにしてツッコミが
追いつかない状況に人知れず頭を抱えていた。
「然るに、・・・ナッシュくん。
『アイビスの火』とは、その始まりからしてが
無数の謎に包まれておりますな」
Mr.ヒルディの愛機、徒手空拳の
ジェントル・マンダヴィルに先導され、
一行は地下洞穴を進む。
「ヴァッシュだよ!!」
ツッコミはスルーされ、洞穴に虚しく反響を残すのみ。
そもそも俺、名乗ってなくない?怖いよ??
「星系全体に波及するほどの大禍は、
ルビコンそのものにも巨大な亀裂を刻んだ。
このグラウンドゼロを広く覆う断崖でありますな」
「そうなの!?」「いや、初耳だ」
ヴァッシュのツッコミにアシュリーが即座に応じる。
阿吽の呼吸というべきスピード感あふれる
掛け合いに、Mr.ヒルディの推理も冴え渡る。
「それほどの大火でありながら・・・
なぜ、この星は未だ星としての形を
保っていられると思うかね、ワッシュくん?」
「合って・・・ねぇな!ギリ間違えてるよ!」
律儀にツッコミを入れつつ、改めてヴァッシュは
自分が生まれ育ってきた星の不思議に思いを馳せる。
「・・・確かに、不自然かも知れんな。
星全体に波及するほどの炎を吹き上げながら、
星の軌道も変わることはなく、曲がりなりにも
ルビコニアンは生き延びた。
本来ならば、この星自体が破壊されても
おかしくない規模の災害にも関わらず」
ディアーチルの言葉に、我が意を得たりと
ヒルディが語を繋ぐ。
「そう。この炎はおそらく、単純な炎ではありません。
着火!されたコーラル炎は独特の鮮やかな真紅を帯び、
その挙動も尋常の炎とは異なります。
それはまるで、コーラルの意志を象るように」
壁面から伸びる不活性コーラルの結晶に手を触れた
ジェントル・マンダヴィルがここで
カッ!!!とこちらに向き直る。
頭部パーツにペイントされたモノクルのせいだろうか。
センサーアイがニヤリと笑った本人の口元を
連想させて、若干イラッとくる。
「星を引き裂かんとして伸びる亀裂を
繋ぎ止めるように広がる、この不活性コーラルこそが
彼らが残したダイイングメッセージであると、
このMr.ヒルディは推理するのであります!」
長広舌も澱みなく、滔々と語る姿は
いかにも迷探偵らしく威厳に溢れている。
その言葉に、意外にもヴィルが興味を示す。
「興味深い推論だ。この不活性コーラル結晶は、
おそらくアイビスの火で燃焼したコーラルの
残滓・・・いわば、アイビスの火の当事者の遺骸だ。
調べれば、その真相に迫る手がかりも得られるかもしれん」
以前はコーラル濃度が高すぎて近づけなかったが、
バスキュラープラントがルビコン中のコーラルを
吸い上げた今ならば、調査を図るには好機だろう。
「考古学も結構だがよ。俺たちの差し当たっての
ミッションはリジェッタさんの捜索だろ。
脇道は後にしてくれよな」
盛り上がる周囲に冷や水をかける
カッシュの言葉に、ヒルディの眼光が
キラッ⭐︎と閃いた・・・気がした。
「ほう!ここでこのMr.ヒルディ!
新たな事件の予感をキャーーーッチ!!しましたぞっ!!」
かくして旅の事件屋と合流した一行は改めて
リジェッタ嬢の捜索に再出発する・・・のだが。
当の、本人はと言えば。
「あば、あばばばばばばばばばばばば」
今日も元気に不幸全開だった。
「いやぁ〜〜〜ん、また会えるなんて嬉しいわ、
リジェッタちゃん??」
すでにしてボロボロの可哀想なアンダーワーカー、
その脇腹を
メイヴィの操るヒステリックの
バズーカがツンツンとつつく。
「ひっ!ひぃいいい!!」
【リジェッタ、やっぱり面白い】
マイアの打ったテキストメッセージに、
一歩後ろから様子を見守る
ユージーンも満足げだ。
「退屈な探索ミッションだと思ったが・・・
これは面白い拾い物をしたものだ。
ククク・・・ツイてるな、俺たちは」
聞こえよがしな露悪的なセリフに、
リジェッタはげっそりとやつれた表情。
「私にとっては不幸以外の何物でもありませぇぇん・・・」
ボソリと呟いた次の瞬間。
「おい」
「びゃぁぁあああああ!?
すみませんずみまぜんなにもいっでまぜぇん!!」
ユージーンに肩を掴まれ引き止められた
リジェッタが大袈裟に暴れたため、
止むを得ず引き倒して動きを止める。
恐怖のあまり、リジェッタが
泡を吹いて失神したことは、果たして幸か不幸か。
「まぁたアイツぅ・・・?
ホンットしつこい。女心がわかってない。サイテー」
不機嫌なメイヴィの視線の先には、彼女が
『ルビコニアンデスアリジゴク』とあだ名をつけた
正体不明の巨大兵器。
例によって新型のC兵器だろうか?
探査モードで地下空間を徘徊する巨体は、
やはりシースパイダーの係累と思われる多脚型だが。
【緑色の粒子。コーラルじゃない】
マイアの指摘通り。
機体から漂う排出粒子は鮮やかな翠緑で、
一瞥してC兵器の埒外であることは明らかだった・・・
が。そこはまぁ、それほど重要ではない。
「やはり、この場を塞ぐのが奴の目的のようだな」
ユージーンがアーキバスから請け負ったミッションは、
コーラル濃度の低下に伴い侵入可能になった
グラウンドゼロへの先行調査。
どんなイレギュラーがあるかわからないと、
メイヴィとマイアを伴ってきた判断は正解だった。
行手を塞いだ兵器の装甲は厚く、三機のACの戦力を
持ってしても突破には至っていない。
定点を防御するように巡回する奴の挙動は、
その奥に重要な秘密が隠されていることを示唆していた。
このまま引き下がってもいいのかも知れないが。
「せっかく久しぶりに、歯応えのある相手だ。
もう少し楽しませてもらいたいのだがな」
守備よく撃破できれば追加報酬が期待できる。
その奥に何があるかも興味があるし、
モノによってはそのまま持ち去ってもいいだろう。
刹那の悦びに命さえ賭ける享楽主義者には、
獲物を目の前にして撤退の選択肢はなかった。
奇襲の好機を伺うユージーン一家、その背後。
「トゥーーーッッッ!!!」
気合い一閃、洞穴の一角が弾け飛ぶ。
「ンンッ!このMr.ヒルディの推理がズバリと的中!!
見事!件のリジェッタ嬢を発見しましたぞッ!!」
喜びのポージングをキメるジェントル・マンダヴィル、
その背後からゾロゾロとさらに現れる三機のAC。
「さ、流石ですミスター!まさか岩盤に刻まれた弾痕から
文字を読み取り、アナグラムで進むべき方位を導くとは!」
アシュリーはその活躍に瞳を輝かせるが。
「いや、逆になんでそれで結果正解に辿り着いてんだよ」
やれやれ、と疲れ気味にツッコミを入れるヴァッチュだが、
すぐに剣呑な状況を見て取り武器を構える。
「テメェ・・・リジェッタさんに何をした!?」
目の前には、悪名高い独立傭兵ユージーン&メイヴィ、
その足元に倒れ伏したアンダーワーカーは損傷著しい。
「さぁ?何だろうな・・・?」
状況を面白がってか、これ見よがしにはぐらかす
ユージーンの態度が事態に拍車を掛ける。
「ひとまず、彼女から離れてもらおうか」
先制したのはディアーチェル。
ハスキーの右腕のレーザーハンドガンの
バーストショットと共に両肩のミサイルが一斉に放たれる。
「面白い、ラカージュと事を構える羽目になるとはな。
その実力、期待させてもらうぞ」
応じるユージーンの乗機、ルナティクスも前に踏み出す。
右肩のガトリングキャノン弾幕でミサイルを撃墜し、
間合いを詰めるハスキーをプラズマライフルで迎え討つ。
共に近接戦を挑む両者が至近に迫ったタイミングで
ディアーチェルの得物が光を帯びる。
放たれたレーザーランスの一撃はノーチャージ、
踏み込みは一瞬だが、鋭く、迅い。
「そうくるか、楽しいじゃないか」
そして、その穂先を捉えるブーストキックで
鋒を交わしたユージーンの反応も。
まさか、これでは終わらないよな?
向けられたデトネイティングバズーカが、
言外にディアーチェルへ問いを突きつける。
当然───などと、あえて返す言葉は不要だろう。
乱れた機動の手綱を取り直し、バズーカの弾道から
身をかわす、そのマニューバこそが答えだった。
「あの子は私たちが先に見つけたオモチャなんだから。
あんた達にはあげないわよ!!」
ヒステリックが展開するミサイル弾幕を、
壁面を足場に疾走してアリオーンが掻い潜る。
「ミッションが云々以前の問題だな。
彼女の身柄を其方に引き渡すのは人道にもとる!!」
併走する敵機の進路を、ヒステリックのバズーカが巧みに阻む。
「アハハッ!!なぁ〜にぃそれぇ?美味しいのぉ!?」
態勢を立て直す間に間合いを外された
アリオーンは、仕切り直しを余儀なくされる。
「こいつッ・・・!?」
想定外の苦戦を強いられたのが、
マイアの操るダウターに対峙したヴァッシュであった。
ばら撒かれる重機関砲と実弾オービットの弾幕は
正確にガルブレイヴの機動を捉え、
着実にダメージを蓄積していく。
恐るべき動体視力と直感力だ。
即効性こそないが、毒のように機体を蝕んでいく
ダメージがやがてACS負荷限界に達すれば、
左腕のスライサーが機体をバラバラに寸断するだろう。
追い立てられるほどに機動の鋭さを増していく
ガルブレイヴを、マイアは嬉々としていたぶる。
よく動く。反応もいいから、撃てば撃っただけ
必死のダンスを見せてくれる。最高のオモチャだ。
少女は心に燻る暗い悦びのままに
愛機を駆り立て、狩猟の愉しみに耽溺する。
「ざっ・・・けろよ・・・!!」
壁面を蹴立て跳躍したガルブレイヴが、
天地逆転した視界にダウターを捉え、
両手のリボルバーグレネードを一斉に放つ。
その急機動さえマイアの眼は完璧に捕捉していたが、
ヴァッシュの反撃はそこからが本番だった。
左右、全くの意識外の角度から走るレーザーの速射。
回避運動の合間に展開していたレーザータレットが
一斉に火を吹き、紅蓮の炎と翡翠の光条が目まぐるしく
視界を交錯する。
回避運動に移るその頭上目掛け、
天井を蹴って一気に踏み込んだガルブレイヴが
ダウターの目前で半回転。
叩きつけられるラッシングレイザーの
全体重をかけた踵落としと、
反撃のレーザースライサーが鍔迫り合って火花を散らす。
「っく・・・」
苦悶の表情を浮かべるヴァッシュと、
活きの良い獲物にほくそ笑むマイア。
その表情だけでも両者の余裕の差が見て取れるが・・・
決着はつかなかった。
「君たちィ!仲違いをしている場合ではないぞっ!!」
白熱する激突に、突如割り込むMr.ヒルディ。
ガルブレイヴの脚を、ダウターの腕を掴むのは
空手の機体ならではの挙動だが、
そのまま両者の反撃を抑え込んだ
一瞬の体捌きは驚くべき技巧だった。
「これは私の推論だが・・・ヴァフシュくん。
君は勘違いをしている。
この事件の真犯人は彼らではない」
「アンタは人違いをしてるけどな」
悔し紛れに言い返すが、その背後で響く、
地下空間全体を揺らす足音がヒルディの推理を裏付ける。
「ヒッ!?ままま、またアイツなのぉ!?
もうやだぁぁぁぁああああああ!!!」
タイミングよく息を吹き返したリジェッタの悲鳴が
答え合わせだった。
「あの特徴的な一対のブレード形状は、
先刻我々が遭遇した不審機のそれと完全に合致する。
便宜上、奴を『アントリオン』と呼称しよう」
完全に姿を見せた巨大兵器、ルビコニアンデスアリジゴク
改め『アントリオン』は威嚇するように
巨大な顎を開き、地底を揺るがす威嚇の雄叫びを放つ。
その咆哮が起こす衝撃波だけで、
周囲の不活性コーラル結晶が揺さぶられ、
次々に砕けて粒子状に飛散していく。
「やれやれ。少し暴れすぎたな。
続きはまたあとで楽しもうか」
あっさりと交戦を中止したユージーンに、
目下最大の敵を前にディアーチルから通信が入る。
「奴らは完全にこちらを捕捉した。
我々の作戦目標はそこの運送屋なのだが、
おそらくあの損傷では逃げきれまい。
ここは協力して奴を撃破しよう。
利害は一致しているとお見受けするが」
迂遠な交渉をしている暇はなさそうだ。
アントリオンが、腹部に複数埋め込まれた端末を放出し、
翠緑のビームで目前のAC全機を同時に攻め立てる。
「あ〜〜〜ら、良い話じゃない?
ありがたく利用させてもらうわ。
せいぜい役に立ってちょうだいね??」
ヘイトを体良くアリオーンに押し付けたヒステリックが
射角の外へ回り込みミサイル弾幕を展開する。
狙うは本体側のオービット基部。
帰る場所を奪えば、エネルギーが尽きたオービットは
自ずから戦力を喪失するだろう。
分厚い装甲が抜けないのであれば火力を削ぐ、
先んじてアントリオンと遭遇していた彼らならではの
着実な判断だ。
「やれやれ・・・君といると面倒が絶えないな、ヴァッシュ!」
「俺のせいにすんな!!」
アシュリーの言い草は腹立たしいが、久しぶりにちゃんと
自分の名前を呼んでもらえて、ちょっと嬉しいバッシュだった。
唸りを上げる巨大ブレードが、
ガルブレイヴとアリオーンを両断すべく襲いかかるが、
同時に跳躍してこれを潜り抜けた両者は、
同時に空中からの反撃を展開。
インパクトガンとグレネードガンの猛攻が
頭上から次々に炸裂し、流石の巨体も
ACS負荷が猛烈な勢いで蓄積していく。
あと一歩、というところで状況が変わる。
怒りの咆哮とも取れる高周波の雄叫びと共に、
アントリオンの足元が揺らぐ。
長大な顎を岩盤にめり込ませたかと思うと
たちまちのうちに足場が液状化してアントリオンの
巨体を飲み込む。
驚異的な高速地中潜航、それ自体が
強力な回避手段だが、問題はそこから先だ。
「まずいな、足元が・・・」
戦場は地下洞窟。足元を構成する岩盤は、
地底への滑落を免れるための貴重な足場でもある。
「ヒッ!ヒィィイイイイイオワァァァァァアアアア!?
落ちる落ちる落ちる落ちる落ちる落ちるゥゥゥウウ!?」
ろくに体勢も立て直せず、尻餅をついた姿勢で
滑落していくリジェッタの悲鳴を聞くマイアは、
どこか恍惚とした表情を浮かべていた。
巨大な敵を前に、相対するこちらも戦力に不足はない。
最高のスリルとゾクゾクする悲鳴を同時に浴びて、
少女は今まさに絶好調だった。
いち早く落下する機体を立て直し、壁面を滑走する
ダウターの目が、討つべき標的の姿を正確に捉える。
あれほどの巨体だ。地中に姿を消したとて、
その行先までも隠しおおせる道理はない。
果敢に踏み込んだダウターの目前で、
アントリオンが姿を見せた瞬間には、その鼻先で
レーザースライサーが光の螺旋を描いていた。
頭部を捉えて光刃が乱舞し、その頭部をズタズタに切り刻む。
「はぁ・・・うちの子カッコよすぎ。可愛すぎ。
最強じゃない??」
歴戦の修羅の如き愛娘の戦ぶりに、うっとりとため息を吐く
メイヴィに、ユージーンも鷹揚に首肯する。
「フッ、俺たちの英才教育の賜物だな」
奈落に向けて滑落している最中とは思えぬ束の間の一家団欒。
「言ってる場合かァ!?」
全方位でツッコミの需要が同時多発して、
ヴァンプはもう過労死寸前だ。
「ごもっともだな。娘の頑張りに応えるのが親というものだ」
「伝わってねぇ!?」
弱点を正確に捉えた痛恨の一撃にのけぞるアントリオン、
その喉笛にユージーン、メイヴィ夫妻の痛烈な
追い討ちが突き刺さる。
ヒステリックとルナティクス、同時に放たれたバズーカの
一撃に身悶えながらも、再度吼えたアントリオンが再び
壁面を崩壊させて姿を消す。
流石の巨大兵器も、相手が悪いと判断したか。
その戦術が目に見えて変わる。
壁面に潜り込んだまま延々と周囲を駆け巡る
アントリオンが、ACが着地できそうな
地形を片っ端から破壊していく。
高度は猛烈な勢いで下がり続け、やがて落下の果てに
待ち受ける危機をヴィルが見つけ出す。
「洞穴最下層に大量のコーラル湧出を確認した。
このままでは飛び込む羽目になるぞ」
それは、集積コーラルを除けばかつてないほどの規模の、
隠された新たな井戸だった。
「誉を知らぬけだものめ。姑息な手を・・・!」
反撃の手立てを見出せず歯噛みするアシュリー、
そこに、状況を静観していたMr.ヒルディが徐に口を開く。
「私の推理によると・・・あの機体の地中潜航能力は、
おそらくあの巨大な顎によるものですぞ」
ヒルディの言葉を受けて、ヴィルが推論を補足する。
「先刻からの奴の怪音波は、一対のブレードの振動によるものだ。
一種の巨大な音叉だな。それにより発生する超振動により、
瞬間的に前方の障害物を粉砕することで、
奴は目前の地形を液状化させている」
「つまり、あのアゴをぶっ壊せばヤツはもう潜れないし、
俺たちが着地する足場も確保できると」
だが、どうやって?そんな疑問に応えて、
先んじて動いたのはディアーチルだった。
「穿つべき一点が明らかならば・・・任せてもらおうか」
高機動を活かし、奈落の底へ目掛けて
アサルトブーストでさらに加速。
地中を掘り進むアントリオンの行先を見極めて、
猛禽の如くに疾駆する。
落下の勢いとアサルトブーストの加速、そして、
フルチャージしたレーザーランスの渾身の一撃が、
岩盤をも貫いてアントリオンの大顎を穿つ。
思いがけぬ一撃に身悶えた巨体が壁面を
砕き飛び出し、身を捩りながら落ちていく。
それでもなお、振り解こうともがくアントリオンが
残された端末を再び展開、深く鋒を突き立てた
ハスキーを滅多撃ちに撃ちまくる。
軽量二脚型には苛烈にすぎる反撃だが、それでも
ディアーチルは引き下がらない。レーザーハンドガンと
ミサイルも総動員して、零距離に捉えた
ターゲットを徹底的に打ち据える。
湧き返るコーラルの水面を目前に、最後の足場に
アントリオンの大顎が突き刺さる・・・
が。予期された破壊はもう、起こらなかった。
振動機能を破壊された大顎を岩盤に突き立て、
無防備な腹を晒した怨敵目掛け、
残るAC全機が有り余る怒りの全てを叩き込む。
「ここが瀬戸際だ、遠慮はいらんぞ!!」
「ハハハッ!いいザマだなぁ!!
さぁ、存分に絶望しろッ!!」
「いぃじゃん、ユージーン!今最高に悪い顔してるぅ!!」
アリオーンとルナティクス、ヒステリックの集中砲火が
巨大な腹部を支える関節部を吹き飛ばし、下半身が脱落する。
「行くぞ!ヴァッツュくんッ!!」
「もはやどう発音してんだよそれは?」
最大加速で半壊した頭部へと全力の蹴撃を叩き込む
ガルブレイヴの一撃に、最大出力のレーザースライサーで
ダウターもきっちりと火力を上乗せし、
渾身の一撃がアントリオンの頭部を粉砕した。
ついに止めを刺された強敵であるが、
ただでは引き下がる気はないらしい。
「ジェネレータ臨界。自爆するぞ」
ヴィルの警告に場が凍りついたのも一瞬。
「ひぃやぁぁぁぁああああああ!!!」
長く尾を引く絶叫と共に、直滑降でアンダーワーカーが
アントリオンの半壊した胴体に突っ込む。
「止まって止まって止まって止まって!
止まってよぉおおおおおおおおおお!!!」
ヤケクソじみた全門斉射も虚しく。
ズボッ
と、間抜けな音を立てて、アンダーワーカーの上半身が
光を漏らすアントリオンの上体の破断面にピッタリハマる。
「し、ししし、死んだぁァァアアアア!?!?!?」
皮肉にも、その叫び声が周囲を安心させた。
めり込んだアントリオンの体内で振り回したブレードが、
幸運にも自爆を図るジェネレーターに止めを刺したらしい。
「巨大な不活性コーラル結晶層の下に隠された
新たなコーラルの井戸。
それを守るように配置されたC兵器の紛い物。
はて。そこから導かれる真実とは?
ムムム!旅の事件屋Mr.ヒルディ!
新たなミステリーの予感をキャーーーッチ!!
しましたぞっっっ!!」
一件落着と共に新たな謎を見つけ出し、
渾身のキメポーズでご満悦なMr.ヒルディ。
大活躍の愛娘を撫で回すユージーン夫妻。
新鮮なスクラップにウキウキのヴァップとアシュリー。
それを後方腕組みで見守るディアーチル。
それぞれなりに満足げな一同の中で、ただ一人。
項垂れている、哀愁漂う後ろ姿。
可哀想なアンダーワーカーはスクラップ確定、
アッシュカンパニーが美味しく回収したわけだが。
「ううう・・・またローン組んで
機体を組み直さなくちゃ・・・
こんなんじゃいつまで経っても
この仕事辞められないよぉ・・・」
例によって、リジェッタ自身は無傷だった。
なんで
???
次のアンダーワーカーは
きっとうまくやってくれるでしょう・・・
いや、無責任なこと言っちゃダメだな。合掌。
関連項目
最終更新:2024年03月10日 22:47