「貴様の面の皮の厚さには感動したぞ、ウォルター!
つい先日うちの役立たずどもの
ケツを蹴り飛ばしたと思ったら、
今度は手が足りないから協力しろ、とはな!!」
開口一番、G1ミシガンの大声がスピーカーを音割れさせる。
ウォッチポイント・デルタ攻略で疲弊した猟犬、C4-621に
休息を命じ、『野暮用』を片付けていたハンドラー・ウォルター。
ベイラムにウォッチポイントで得たコーラル分布に関する
情報を売り込んだ見返りとして、アーレア海を渡る
武装船団への便乗を取り付けたところまでは順調だった。
自らの意思でグリッド086へ侵入した
621の状況を確認した直後のことである。
その耳に突如飛び込んだのは、
長年の『友人』からの突然の救援要請だった。
「虫のいい話であることは百も承知だ。
しかし今の俺には、動かせる戦力がない。
どうか、よろしく頼む」
ウォルターとて、先のガリア多重ダムでの
協働に際して621が行った契約違反には責任を感じている。
621に自らの意思で選択を行う自主性が芽生えたこと自体は
喜ばしいことだが、だからこそその責任は飼い主が
果たすべきだろう。
「フン、こちらとしてもあの件については、
よくぞ止めてくれたと言うのが俺の本音だ。
ガリア多重ダムを破壊すれば、水資源供給が
停滞した居住区でどれほどの犠牲が出たかわからん。
銃後の一般市民にだ。
それは、俺が求める勝利ではない」
ベイラム本社に対しては決して漏らさぬ腹の裡。
それを共有できる信頼関係が
ウォルターとミシガンの間にはある。
「やぁ、面倒をかけてすまないね、ウォルター。
君との待ち合わせ場所を封鎖機構に
嗅ぎつけられてしまったようでね・・・
でも、そのおかげでミシガンとも再会できたなら、
これも怪我の功名かな?」
通信に参加した第三の男の名は、
セオドア・ラングレン。
コーラルの観測と対処を目的とした秘密結社、
『オーバーシアー』の一員。
ウォルターにとっては、数少ない存命の友人の一人だ。
「飼い犬は飼い主に似る、とはよく言ったものだ!
貴様、木星で俺に散々煮え湯を飲ませたことを
忘れてはおるまいな!!」
言葉とは裏腹に、久々にかつての好敵手の声を聞いた
ミシガンは満更でもなさそうな表情だった。
「ラングレン。今そちらへ向かっている。
こちらの戦力はACが2機。
レッドガンと金剛から精鋭を借りている」
ウォルターの言葉を受けて、ミシガンが部下に発破をかける。
「聞いたか、G5!今回のクライアントはリップサービスが
得意なようだな!!一度ならず二度までも自分の猟犬に
いいようにやられた役立たずを『精鋭』とはな!これは傑作だ!!」
その声を受けて、深夜の旧ベリウス汚染市街へと疾走する
深緑の二脚型AC、『ヘッドブリンガー』の挙動に乱れが生じる。
「ケッ。ラッキーパンチ頼みの野良犬なんざ
いつでも片付けてやる。その次はテメェだ、ミシガン」
レッドガンに引き摺り込まれてすでに7年、
一向に改善しないイグアスの悪態を、
並走する超重タンク型AC、『大豊轟』を駆る
大豊のベテラン、大黒が豪放に笑い飛ばす。
「うはははは!面白ェ坊主を拾ったもんだなァ、ミシガン!!
どうせクソほどシゴきまくられてんだろ?
それでまだそんな口が利けるんなら大したもんだぜ!!」
褒められているのか呆れられているのか。
この場合、侮られている可能性を警戒するのが
イグアスという男の習い性だった。
「あァ!?舐めてんのかこの棺桶野郎!!」
勢い任せに左腕のマシンガンを突きつけるが、
大黒はまるで意に介さない。
「口の効き方に気をつけろ、G5!
そこの大黒は、木星戦争時代から俺とケツを並べて
戦っていた筋金入りの命知らずだ!
白毛の奴が唾をつけていなければ俺が引き抜いていた!!
貴様の10倍は役に立つ!G4と組んでいるつもりで動け!!」
ミシガンが意図して挙げたそのナンバーに、
イグアスは密かに歯を食い縛る。
ヴォルタと俺のコンビは、ずっと敵なしだった。
ケチなゴロツキだった頃からずっとつるんでいた悪友だ。
相方が何をしようとしているかなんて、背中越しでもわかる。
目の前の見るからに脳ミソまで筋肉みてぇなオッサンが
あのヴォルタと同等だと?
「仕事だぞ、G5!お前の大好きな小遣い稼ぎの時間だ!!」
イグアスのほの暗い思考を断ち切るミシガンの声と共に、
前方の市街地に封鎖機構が展開した戦力が展開する。
封鎖機構製MT、セントリーの標準装備である
レーザーガンがゴーストタウンの闇の底に
鮮やかなハレーションを焼き付ける。
「チッ、MT如きがよぉ!!」
相棒はもういない。これからは、自分一人でやるしかない。
それを自らにようやく納得させたばかりなのだ。
今更新しい相棒など求めるものか。
見せてやる。俺はもう、一人で存分に戦える。
「お〜い兄ちゃん!先走んじゃねぇよ!!」
呑気な大黒の声を振り払うように、アサルトブーストで
MT編隊の真ん中に飛び込みながら搭載火器を一斉に放つ。
ライフルとマシンガンの連射と4連ミサイルの集中攻撃で
爆散する最初の一機を交差するように敵陣の内側に入り、
すぐさま急転回。
もたもたと回頭が間に合わぬもう一体に照準を切り替えた
ヘッドブリンガーがリニアライフルのチャージショットで
足元を縫い止めると、即座に再加速してブーストキックで
2機目を仕留める。
「おぉおぉ!若いってのはいいねぇ!威勢のいい悪たれだぜ!!」
3機目からの反撃を展開していたシールドに受け流したところへ、
追いついた大黒が両肩のオートキャノンを放ち、
最後のセントリーを1秒もかけずボロ雑巾に変えた。
「悪くねぇ!先行してシールドありきの撹乱で
前線を荒らしてくれりゃ、こっちも突っ込みやすくて助かるぜ!!」
いかにも能天気に笑う大黒からの不本意な評価に、
イグアスは密かに苦虫を噛み潰したような渋面になる。
俺の動きに合わせていやがる。
こっちの無茶を逆にチャンスに変える動きを、奴は知っている。
認めたくはないが、なるほど経験豊富ってのは
フカシじゃあねぇらしい。
こちらの独断専行を戦術として扱いフォローを入れる
余裕まで見せられては、さしものイグアスも折れるしかない。
「ケッ、このくらい当然だ。・・・で?
作戦目標のACはどこにいやがるんだ?」
イグアスの疑問は至極当然だが。
「作戦目標、ACバルクハウゼンの正確な所在は不明だ。
搭乗者であるセオドア・ラングレンは慎重な男でな。
封鎖機構が市街地に到達してからは
通信傍受の可能性を危惧して一切の信号をカットしている」
ウォルターからの情報に、がっくりと肩を落とす。
「は?封鎖機構を相手にかくれんぼしてやがる
ターゲットを先に見つけろってのか?」
イグアスの声色には落胆と苛立ちが滲んでいたが。
「貴様にしては察しがいいな、G5!
さぁ、愉快なレクリエーションの時間だ!!」
ミシガンの号令のもと、命がけの捜索合戦が幕を開ける。
「フン、この状況。
木星戦争を思い出すな、ウォルター」
頭数においては封鎖機構が圧倒的に上。
馬鹿正直に総当たりしていては人海戦術には敵わない。
「ああ。木星の採掘施設を奪い合う戦闘は
狭隘な基地内での乱戦の連続だった。
味方との位置関係を見失ったものから死んでいった」
まだ、ウォルターが現役のパイロットだった時代。
未熟なハンドラーせいで死んでいった
猟犬達の記憶を反芻し、流された血を代償に
身につけた知恵を呼び起こす。
「お前さんの猟犬は、数任せに押し込むベイラムを
お利口なゲリラ戦法でいいように掻き回していたな。
気持ちよくぶん殴っている最中に横槍を入れられたのは
一度や二度じゃねぇ。本当にムカつく野郎だったぜ!!」
さも愉快そうに大笑する大黒に胡乱げな視線を向け、
イグアスが苛立ちまぎれに毒付く。
「ロートルどもの昔話なんざ聞いてられるかよ。
封鎖機構が先に標的を見つけちまうだろうが」
部下の悪態を、ミシガンの怒声が一括する。
「丽花公主の耳かきAMSRでも聞いてこい、この馬鹿者が!!
奴ならここでゲリラ戦を仕掛けると言っているのだ!!
連中に吠え面をかかせるには貴様ならどこに潜む?
そのスカスカの脳ミソで考えてみろ!!」
罵倒と指示をワンセットにして脳髄に叩き込まれ、
激情がイグアスの頭脳を駆り立てる。
「・・・俺なら、ケチな木端どもなんざ相手にしねぇ」
スキャンモードを起動、周囲に展開した
セントリーの隊列から捜索隊の陣容を読み取る。
「突っ込むぜ。遅れんじゃねぇぞ、棺桶野郎!!」
「よし来た!一丁派手にぶちかましてやろうぜッ!!」
景気のいい応答に、イグアスの胸裡には図らずも
悪友と共に戦場を駆け抜けた日々が去来していた。
目指すはメインストリート、汚染市街を縦貫する
目抜き通りに、果たして敵の主力はいた。
「敵主力は、封鎖機構が擁する執行機、エクドロモイが2機。
そして、部隊の統率はおそらく、指揮官機仕様のLCだ。
MTとは訳が違うぞ。慎重に当たれ」
ウォルターからの情報を受けてなお、イグアスは
アサルトブーストで猛然と敵本陣へと突貫していく。
「俺に指図してんじゃねぇ!こういう喧嘩はなぁ、
舐められた時点で負けなんだよ!!」
前衛のセントリーが放つレーザーを
サイドクイックで凌ぎ、一息に陣の只中へ。
反応した近接戦装備のエクドロモイがレーザーブレードを
抜き放ち迫るが、それでもなお前進を止めない。
「ッ・・・そうだ!ついて来いマヌケども・・・!」
ギリギリまで引きつけてのイニシャルガードで
被害を抑え、そのままシールド展開を保持。
周囲からの弾幕が前方に集まるよう位置取りに注意しつつ、
斬撃を振り抜いたエクドロモイの脇を回り込んで交差する。
そして、反転して後退。一斉にこちらを向いた
敵部隊からの猛攻をシールドと回避起動で耐え凌ぎながら、
敵部隊を引き回す。
「頼んだぜ、棺桶野郎!!」
「よォし来たァ!ナイスガッツだぜぇ若ぇのォ!!」
阿吽の呼吸で突撃に入った大豊轟、その巨体に満載された
大豊自慢の重火力が、封鎖機構部隊の背中に叩き込まれる。
グレネードの爆炎と、オートキャノンの野太い弾幕が
セントリー部隊を瞬く間に粉砕し、主力を取り巻く
雑兵は一網打尽に撃滅された。
残る本丸、エクドロモイと指揮官仕様LCの機動性は、
全速で後退するヘッドブリンガーでも振り切れない。
オーバーヒート寸前のパルスシールドを格納し、
歯を食いしばって装甲にレーザーを受ける。
実弾防御を重んじるベイラム製、メランダーC3で
構成された躯体には手痛い一撃だが、
まだダメージコントロール可能な範囲内だ。
ジェネレータの回復を確認し、一息に連続クイックで
距離を離し、手近の遮蔽に身を隠す。
戦場はいつしか、市街の外れで燻る倒壊した
グリッドの残骸へと移っていた。
多勢に無勢、機動力に秀でた敵を相手取るには
悪くない地形だが、封鎖機構の精兵達もまたさるもの。
冷静に上空に遷移し、包囲陣形で遮蔽を交わして
ヘッドブリンガーに火力を集中する。
半ばまで放熱できていたシールドを再び構えて
堪えるが、それも長くは持たないだろう。
「まだ高みの見物を決め込んでやがるのか!?
ふざけやがって・・・いるんだろ、そこに!!」
整然と隊列を整え、冷厳に排除を執行する
封鎖機構の圧力に負けじと、イグアスは吠える。
「───ご明察」
うず高く積み上げられた瓦礫の山が、一斉に爆ぜる。
四方に打ち上げられ、吹き荒れるグリッドの残骸が
浮揚する執行機を強かに打ち据えてその視界を塞ぐ。
その轟音と、混乱がおさまった頃には。
「絶好の位置取りだね。
流石はミシガン、いい教え子を育てたじゃないか」
指揮官機であるLCが、袈裟懸けに削り裂かれていた。
オーバーシアーの現地調査員、セオドア・ラングレン。
その乗機『バルクハウゼン』のフェイバリットたる
超重チェーンソーの一撃が、封鎖機構の
指揮系統をズタズタに聞いた斬り刻む。
「ケッ。勿体つけやがって、イラつく野郎だぜ」
珍しく褒められたことで困惑する
内心を誤魔化すように、イグアスは攻勢に転じるが。
戦力の大半を喪失した封鎖機構の反応は早かった。
即座に残存勢力は撤退し、一時の窮地を思えば
拍子抜けな程に、状況はあっさりと収束した。
「敵ながらいい引き際だな。
ウチの上層部にも見習ってもらいたいものだ」
しみじみと呟くミシガンの言葉には日頃の勢いがなく、
『歩く地獄』を演じる表の顔とは違う、
隠れもない本心が垣間見えた。
「世話になったね、救援感謝するよ。
件の新しい猟犬は来ていないのかい?
幻聴が聞こえると言っていたそうじゃないか。
ぜひ話を聞いてみたかったんだけどね」
「621には存分に働いてもらったからな。
休息を取ってもらうつもりだったのだが・・・
自分で依頼を受諾して、グリッド086経由で
アーレア海を渡るつもりのようでな。
思うに任せないものだ」
久しぶりに対面した長年の友人を前に、
語るウォルターの声も幾らか安らいで聞こえる。
「彼だって、君の役に立ちたいんだろうさ。
君に与えられた存在意義を、全力で全うしたいのさ」
私と同じようにね。などと・・・言ってしまえば、
ウォルターはきっとまた俯いてしまうのだろうけど。
「・・・俺にはそこまでされる資格はない」
努めて無機質に強張らせた声で、ウォルターは否定する。
そんな姿に、諦め混じりのため息を吐き、
ラングレンは本題を切り出す。
「君から依頼されていた調査対象の座標がわかった」
緊張を含んだラングレンの言葉が
ウォルターとだけ開かれた秘匿回線に響く。
「見つけたのか、『ザイレム』を」
ルビコンにおける人類史の発端となる巨大移民船。
ECMでその所在を自ら隠匿していた洋上都市を
見つけ出せたのは、ラングレンが義母ジェニファーから
引き継いだ技研都市時代の探査ドローンの
ネットワークがあればこそだろう。
「どうも先客がいたようでね、ドローンが撃墜されたせいで
ECMフォグ発生装置の詳細まではわからなかったが・・・」
やはり、セオドアをジェニファーに紹介したのは正解だった。
冷酷なハンドラーの猟犬のままで終わることなく、
新たな家族を得て、曲がりなりにも自分の意思で
人生を取り戻すことができた。
その事実はウォルターにとって喜ばしいことだったが、
だからこそこれ以上危険なことはさせたくなかった。
「そのせいで封鎖機構に追われていたのか。
こんなことになるなら、先にルビコンに来ていた
カーラに渡しておけばよかったのではないか?」
「それこそつい先日、コヨーティスの連中に
データを丸ごと引き抜かれかけていただろう。
そうでなくてもブルートゥの一件もある」
ラングレンのウォルター贔屓は今に始まった事ではないが・・・
「座標データを渡そう。ウォルター、降りてきてくれるかい」
ラングレンは、温和だが時に頑なな一面がある男だった。
オーバーシアーとして、限られた者たちにのみ
共有すべき情報が外部に漏洩することを極端に恐れ、
オープンなネットワークに自らの記録を晒さなかった。
それ故に、彼は必ず物理媒体の形で
情報を手渡すことにこだわった。
降り立ったカーゴヘリから姿を見せたウォルターに、
バルクハウゼンから跳び下りたラングレンが駆け寄る。
「随分老けたな。私をジェニファーに託した後も、
ずっとあんなことを続けていたのか」
「そうだ。お前のような行き場を無くした強化人間たちを
何人もかき集め、調教を施し、死地に送り続けてきた」
そのために、意味を与え、教育を施し、尊厳を守って。
そうして、幾多の猟犬たちが、彼のために戦い、
満足して死んでいったのだろう。
「己を責めるな・・・とは言わん。
お前のために死んでいった者たちの想いを、
せいぜい背負ってやってくれ。
これも・・・その一つだと思って欲しい」
差し出されたウォルターの手を、ラングレンは固く握り返す。
その手の中に託した小さな記録媒体こそ、
彼が、その義母が、生涯を賭けてかき集めた
ルビコンの真実、『ラングレン・レポート』への道標だった。
「ウォルター。旧交を暖めているところすまんが、
どうやら新しい来客だ・・・よりによってお前とはな。
木星時代の生き残りが、今更同窓会でもしているのか?」
ミシガンの声で、戦闘がまだ終わっていないことを悟る。
汚染市街からの脱出経路である渓谷への入り口を、
再集結した惑星封鎖機構の部隊が塞いでいる。
先刻撤退したエクドロモイが両脇を固める防衛線、
その中心に立つ巨剣を携えた機影は、
木星でも再三対峙してきた、戦場の絶対的調停者だった。
「セオドア・ラングレン。
惑星封鎖機構のデータベースからの
機密情報の奪取、並びに技研施設への不法侵入、
そして惑星封鎖機構へのテロ行為により・・・
因果応報、仕る」
惑星封鎖機構特務准将、
『アンスウェラー』アシュレイ。
「封鎖機構の最上位戦力かよ。
てめぇ、一体何をやらかしやがった?」
もはや、絶望的と言ってよい戦力差に
流石のイグアスも及び腰になる。
「私は私の為すべきことを全て為し終えた。
この場は預からせてもらおうか」
ウォルターだけでは、メディアの中に仕込んだ、
『ラングレン・レポート』に至る暗号データには気付けない。
彼が見出すのはザイレムの座標データだけだろう。
そういうふうに組んでいる。
読み取れるとしたら・・・Cパルス変異波形だけだ。
技研の狂人が仮定した概念が、実在するとしてだが。
コーラルの逆流に晒されたウォルターの新しい猟犬、
C4-621が聞いたという幻聴に、
ラングレンは一縷の望みを託していた。
「早まるな、ラングレン。
せっかくここまで生き延びた命なんだぞ」
ああ・・・やっぱりお前は、わかってない。
「なに、私も伊達に修羅場は潜っていない。
ウォルター、迂闊に飛ぶな。蜂の巣にされるぞ」
「最後にひと暴れできそうじゃねぇか!
坊主、景気良く行くぜぇ!!」
磊落に言い放つ大黒は、この状況をなんと心得ているのか。
己の命の危機さえ屈託なく受け入れる達観が、
却ってこの古兵を今日まで生かしてきたのだとしたら
なんとも皮肉な話だ。
ヘッドブリンガーは射撃兵装型エクドロモイに。
大豊轟は格闘兵装型エクドロモイに。
そしてバルクハウゼンはグラディアートルに。
それぞれの標的へ、決死の覚悟で戦闘を仕掛ける。
「独立したとて、やはり猟犬は猟犬か。
身を盾にしてかつての主人を守らんとする
その忠節、敵ながら天晴れなり」
なればこそ、全身全霊を傾けて斬る。
大剣を大上段に構え、渾身の打ち込みを仕掛ける
グラディアートルだが、バルクハウゼンは堂々たる
仁王立ちにてこれを迎え討つ。
何しろ、背後にはウォルターが乗ったヘリがいるのだ。
「感謝するよ。最後の敵が、君でよかった」
振り下ろされる大剣の一撃を、火花散らし
唸りを上げるチェーンソーに受け止める。
収束されたレーザー光に焼かれながらも、
高速回転する鋸刃はグラディアートルの大剣の
実体部分を食い止めて、削り取りながら押さえ込む。
互いを破壊し合いながらの危うい拮抗は一瞬。
唯一の得物の損壊を厭うアシュレイは刃を引き、
角度を変えて幾度も斬撃を叩き込み、
バルクハウゼンの防衛網を突破せんと図るが、
正面にチェーンソーを構えたラングレンの
熟練の太刀捌きがこれを寄せ付けない。
「研ぎ澄まされた守りの太刀筋、美事なり。然らば」
一歩引き、光波による斬撃を以て打開を図る
グラディアートルだが。
「それこそ、こちらの間合いだね」
重機関砲と両肩の大型ミサイルを一斉に放ち、
ラングレンはアシュレイに反撃の暇を与えない。
「ふむ・・・一筋縄では行かぬか。
流石、木星の地獄を生き延びた練達の業よ」
「おい、棺桶野郎!テメェの足で前に出たら
取り巻きどもに狙われて蜂の巣だぞ!
少しじっとしてやがれ!」
牽制の弾幕で中距離戦を仕掛けつつ、
持久力に長けたシールドを駆使して耐久に徹し
相方の火力を活かす。
ヴォルタとの連携を全体として、
ミシガンに徹底的に叩き込まれた機動を
存分に活かして、イグアスは多数のセントリーと
エクドロモイ2機による猛攻を一身に受け止める。
「ハッ!泣かせるじゃねぇか坊主!!
安心しな、一人では行かせねぇよ!!」
その背後に生じる安全地帯を駆け巡り、
大黒は当たるを幸いに敵編隊を食い荒らしていく。
「イラつくぜ・・・結局、
ミシガンのジジィの思う壺かよ」
背中を預ければ、相棒がうまくやってくれる。
見失いかけていた自分の為すべき戦いを思い出す。
打ち込む刃は鍔迫り合い、放つミサイルは斬り落とされ、
バルクハウゼンとグラディアートルの攻防は拮抗したまま、
その背後で麾下の戦力がイグアスと大黒の連携により
食い荒らされていく。
「研ぎ澄まされたる戦ぶり。立ち向かうは武人の誉よな」
決着を期して、グラディアートルは深く腰を落とし、
大剣を地に水平に構え直す。
「なればこそ。応報剣の奥義を以て、推して参る」
危機を察し、火力を集中するラングレンだが。
背負っていた大盾を全面に押し立てて迫り来る
グラディアートルの質量を押し返すには至らない。
「もういい。逃げろ、ラングレン」
ウォルターは叫ぶが、それこそ本末転倒だ。
倍近い体躯から繰り出される突撃を、
ブーストキックで押し返す。
大盾の側面を蹴り飛ばし、
チェーンソーによる反撃を図るが・・・
研ぎ澄まされた攻防一体の剣戦は、
ラングレンに応じる隙を与えない。
鋭く突き上げられたレーザーブレードの刺突の一撃が、
バルクハウゼンの胸を深く貫き、
串刺しにして上空へとかち上げた。
「ラングレン・・・!!」
「いいんだ、ウォルター、これでいい」
これを伝えたら、お前をまた苦しめてしまうのだろうな。
だけど・・・お前のために死ねることが、私は嬉しいんだ。
私に生きる意味を与え、守るべきものを与え、
家族と巡り合わせてくれた、お前のために死ねるなら。
実験動物として扱われてきた暗い半生だったが。
それでも私は今、自分の命には意味があったと肯定できる。
「最後に、もう一仕事させてもらうよ」
刺し貫かれ、大破したコックピットの中。
どうにか生き残っていた最後の機能を解放する。
煙幕弾斉射、リアクティブアーマー排除。
同時に、衝撃減殺用の内蔵炸薬を一斉起爆。
至近距離でパージされた追加装甲が弾け飛び、
強烈な衝撃を受けたグラディアートルが後退る。
視界は黒煙に包まれて判然としないが、
為すべきことははっきりしている。
今なお、死に体の身で残った武装を撃ち続ける
バルクハウゼンを、完全に破壊する。
グラディアートルが振り上げた剣を逆手に持ち替え、
バルクハウゼン諸共に地に突き立てる、その今際の際で。
「ありがとう、ウォルター。
生まれてきて、よかった」
ラングレンは、確かに笑っていた。
両断され、今度こそ完全に命脈を絶たれた強敵に
油断なく残心するグラディアートル。
その頭上を、嵐のような爆撃が打ち据える。
「クソ!間に合わなかったか・・・!!」
目の前で散ったラングレンの姿を眼下に睨みながら、
ライガーテイルがグラディアートルの頭上から
全力の猛攻を仕掛ける。
「動けるか!ウォルター!!俺が退路を開く!!
なんとしても生き延びろ!!」
ライガーテイルが展開したパルスプロテクションが
残存する封鎖機構戦力の射線を凌ぐ障壁を形成する。
「・・・俺は大丈夫だ。感謝する、ミシガン」
飛び去っていくヘリを横目に確かめ、
ミシガンはライガーテイルに鞭を入れる。
「役立たずども!お楽しみの時間は終わりだ!!
忘れるな、帰るまでが遠足だ!!」
「いちいちうるせぇんだよ・・・!」
言いながらも放つ、ヘッドブリンガーの
リニアライフルの一撃が皮切りになった。
高初速のチャージショットで足が止まった瞬間を狙い、
炸裂する2連グレネードと炸薬投射が、
エクドロモイを爆炎の底に沈める。
瞬く間に爆散した敵機を背後に、
ミシガンはすでに次の獲物に狙いを定めていた。
大黒を追い回す格闘型エクドロモイ目掛け、
ミサイル斉射と同時にアサルトブーストで突撃。
ブーストキックをその顔面に叩き込んで黙らせた
ところへゼロ距離からのガトリングガンを叩き込む。
「忘れたとは言わせんぞ、大黒!泣きを入れたら───」
「もう一発ゥウ!!!」
気合いを込めたブーストチャージでよろめく
エクドロモイの土手っ腹を蹴り飛ばし、敵機の上に
乗り上げた大豊轟がありったけの火力をぶち撒ける。
瞬く間に封鎖機構の精鋭を鏖殺せしめ、
炎の海に佇立するライガーテイルの姿は、
正しく『歩く地獄』そのものだった。
「・・・目的は果たした。これ以上の戦に意味はない。
この場は退く。だが・・・星外企業の狼藉が、
これ以上見過ごされるとは努努思わぬことだ」
残存勢力を率いて撤退するアシュレイを、
あえて追うことはしない。
「行ったか・・・すまないミシガン。手間を取らせた」
ウォルターの声は鋼のように硬く、
押し殺した内心を聞くものに決して悟らせない。
「貴様と出かける遠足は毎度ろくでもないな、ウォルター。
何を受け取ったのか、いちいち詮索はせんが・・・
せいぜい大事に扱ってやれ」
並び立つ男たちの間に、それ以上の言葉はなかったが。
それでも、そこに確固たる信義があることは
イグアスにもわかった。
この男は、かつて木星でもこんな風に、
ミシガンと肩を並べて戦っていたのだろうか。
感嘆と苛立ちがない交ぜになった
その感情を、なんと呼んだらいいのだろう。
今のイグアスには、それさえもまだわからない。
関連項目
最終更新:2024年03月27日 20:05