「オイオイオイ、レッドガンの番号付きじゃねぇか。
こんな端っこの戦場で使い潰していい戦力じゃねぇだろ」
ジャンク屋ヴァスティアン・ヴァッシュ
本日の仕事場は、旧ベリウス北部汚染市街地だった。

「登録名、G7ハークラー。撃破されてからまだ
十分と経っていない。周辺に元凶が潜んでいるはずだ。
警戒を怠るな、ヴァッシュ」
カーゴトレーラーに搭載されたサポートAI、
「ヴィルヴェルヴィント」の警告を受けつつも、
特上のお宝を前にヴァッシュは物色に余念がない。

「ヘッ、いざとなりゃ俺のACで片付けてやんよ!
っと、このルドローはまんま使えるな?
珍しいモンでもねぇが確実に売れる。しめしめ・・・」
大破したACの左腕に干渉し、握られた掌を解放する。
トレーラーのクレーンに釣り上げられたベイラム製ライトマシンガンを
カーゴスペースに格納しようとした矢先、異変が起こる。

「ヴァッシュ、10時の方向にて交戦を検知した。至急退避しろ」
ヴィルが警告とともにトレーラーのエンジンを再始動し、
機体から飛び降りたヴァッシュを回収する。
「例の元凶ってヤツか?ヴィル、ガルブレイヴを起動してくれ」
トレーラーの屋根伝いに牽引しているガレージへ駆け出す
ヴァッシュだが、ヴィルの返答がその出鼻を挫く。

「いや、やめておけ。・・・見てみろ、奴の戦いを」
促されたヴァッシュが、激しいブースト音が交錯する
低層ビル街に視線を向けて・・・身を慄わせる。
「・・・なんだ、ありゃ」

交戦するACは、一瞥して二機。
後退しながらレーザーライフルを乱れ撃つアーキバス系列の
中量型は、明らかに劣勢に追い込まれていた。
これを追撃する灰色のACは、その全身がRaD製。
ヴァッシュ自身にも馴染み深い、探査用ACのフレームを
そのまま使っている。頭部だけは相当にカスタムされている
ようだが、総じて燃費以外は見るべきところのない凡庸な躯体だ。

───そのはずなのだ。

「向かって左側は、独立傭兵モンキー・ゴード、傭兵ランク圏外。
構成を見てわかる通りアーキバスとの関係が深い。
もう一方は・・・独立傭兵、レイヴン。
ランクはF・・・それ以上の情報はない」
「あれがFランだってか??冗談はよせよ。
ウチんとこのラミーの1万倍は強ぇぞ」

ヴァッシュの言葉通り。
レイヴンの技量は卓抜していた。
こと命中性能においては比類ない普及型レーザーライフルの
連射を完璧なタイミングのサイドクイックで悉くかわし、
継続的なライフル弾幕とサイクルの短い双対ミサイルで
確実に負荷を蓄積していく。

プレッシャーに耐えかねたゴードが踏み出し、
レーザーダガーを振り回すがそれさえも徒労に終わる。
連続斬撃のタイミングに合わせたバックステップで
鋒をすり抜けたレイヴンが三段目に合わせ放った右肩の
連装グレネードキャノンが直撃し、ついにACS負荷が限界を迎える。

それで終わりだった。
最速で繰り出されるパイルバンカーから爆炎が迸り、
過たずゴード機のコアを穿つ。

機能を停止した敵機には目もくれず、後退した
レイヴン機『ナイトフォール』が視線を北方に巡らせる。

「このエリアへ接近するACの反応を検知した。
該当データあり。『スティールヘイズ』V.Ⅳ、ラスティだ」

───

「今しがた、雇用した独立傭兵の反応が消失しました。
我が社のMT部隊を殲滅したと思しい敵対戦力は、
現在も当該エリアに留まっているものと推測されます。
早急に排除なさい」

「了解だ。ベイラムの部隊も殲滅されているところを見ると、
ルビコン解放戦線に与しているものかとも思われるが・・・
連中にあれだけの戦力を押し返す体力はないだろう」
作戦指示に応じたラスティの声に微かに滲む同情の気配を、
スネイルは聞き逃さなかった。

胸の奥に警戒心を澱ませたまま、表向きは平静を装い
スネイルはブリーフィングを続ける。
「不明機の正体は未だ掴めていませんが、この状況を受けて
惑星封鎖機構も戦力を派遣したという情報が届いています。
間も無く、封鎖機構による通信封鎖領域に入るでしょう。
現場での作戦行動中の判断はそちらに一任します。
後日報告書を提出するように」
スピーカー越しに、ズレたメガネを直す上司の
神経質な視線を幻視して、ラスティは思わず肩をすくめる。

「こちらでも、解放戦線が前線を押し返す動きを確認している。
ルビコンを四分する勢力が勢揃いというわけだな。
面倒な事態になったものだ」
「無駄口は不要です。本社は貴方を評価しているようですが、
ヴェスパーにおいて作戦立案と指揮を預かるのはこの私です。
貴方がその一員に相応しい実力を備えていること、
証明して見せなさい」
言いたいいことを言って一方的に通信を切るスネイル。
しかしラスティの胸裏は、むしろ緊張を伴う会話から
解放された清々しさの方が勝っていた。

あるいは、ここで潰えるならばそれまでのこと。
自らの意に反して、シュナイダーの人材公募プログラムを
通じて送り込まれた経歴不明の新参者を、
快く思っていないことをスネイルは隠そうともしない。
「いいだろう。私の存在価値とやら、見せつけてやろうじゃないか」
ヴェスパーの一員として誂えられた専用機、
スティールヘイズの性能を試すようにフットペダルを踏み込み、
ラスティは戦場の只中へと身を投じる。

───

倒壊したグリッド支柱を飛び越し姿を見せたのは、
シュナイダー製高機動フレーム、ナハトライアー一式で
組み上げられた濃紺のAC。
「引き際だぞ。連中の戦闘に巻き込まれる前に退がれ」
ヴィルの警告に、ヴァッシュは頭を振って
トレーラーのハンドルを握る。
「まぁ待てよ。ここでどっちが倒れるにせよ、また
真新しいAC一式のジャンクが増えるんだぜ?
特等席で成り行きを見届けてやろうじゃねぇか」
それに。これほど上位のAC乗りの戦闘を
間近で見られる機会は滅多にない。
理屈ではない、ヴァッシュの中の少年らしい感性が
巻き起こる激戦の予感に胸を躍らせていた。

「───君がレイヴンか」
件の傭兵、モンキー・ゴードの骸の傍に立つ機影を
即座にそれと看破したラスティが、右手のバーストハンドガンと
左手のバーストライフルを駆使した弾幕で攻勢を仕掛ける。

「コーラル湧出情報をリークし、このルビコンに
星外企業の争いを招いた目的は何だ」
それは、惑星封鎖機構しか知り得ぬ、
オールマインドによって秘匿された情報。
なぜそれを?そんな言葉を期待していたラスティだったが、
応える声はなく、撃ち返されるライフル弾がそれに取って代わる。
互いの死角を狙う旋回戦の最中にもラスティは戦況を分析する。
ナイトフォールとスティールヘイズは共に機動性に優れた2脚型。
継続的なACS負荷を確実に与える実弾兵装と決定打となる
近接武装を備えた武装構成は共通している。

「差があるとすれば───瞬発か、持久か」
軽量化と空力特性に振り切ったナハトライアーは
ジェネレータ出力補正に劣り、一度消耗するとリカバリーが難しい。
他方、負荷低減が徹底されたナイトフォールは推力こそ
スティールヘイズに譲るものの継続的な機動戦に耐えるスタミナがある。
「仕掛けるならば、今だな」

こちらに余力があるうちに決着を図る、そのためにラスティは、
ナイトフォールが展開した双対ミサイル弾幕の内側へ
投射したプラズマミサイル共々に飛び込んだ。
そのタイミングを見切ったレイヴンがバックジャンプと共に
撃ち放った連装グレネードキャノンは、完璧なタイミングだった。

しかし、スティールヘイズの機動はそれさえも凌駕する。
シュナイダー製高出力ブースターと軽量フレームの
組み合わせが実現する神速の連弾クイックブーストが、
地を洗うように吹き荒れる爆風の隙間を駆け抜けて、
一瞬のうちに間合いがゼロになる。

「これで厄介な得物は使えまい」
スティールヘイズの左腕、渦を巻くレーザースライサーの
一撃は直撃にこそ至らなかったものの、ナイトフォールの
右肩の主砲、連装グレネードキャノン『ソングバード』を
連結部ごと切り裂いていた。
目も眩む双刃の乱舞はまだ終わらない。
鮮やかなステップと共に猛烈な速度で振るわれる連撃を
連続バックブーストに凌ぐナイトフォールだが・・・

本命たる最後の一撃からは逃げられない。

大きく踏み込んで薙ぎ払われる止めの一撃、
その軌跡がコアを捉える直前で、ナイトフォールを光が包む。
雷光を纏い、その頭部をバイザーが覆い隠す──
決定的なタイミングで放たれるアサルトアーマーが
痛烈なカウンターとなり、大きく吹き飛ばされた
スティールヘイズが水溜まりを蹴立てて
着地した時には、攻守の関係は逆転していた。
即座にアサルトブーストで飛び込んだナイトフォールの左腕に
爆炎が吹き上がり、渾身の刺突が真っ直ぐに撃ち込まれる。

死に至る極限の一瞬、ラスティが無意識に踏み込んだ
フットペダルにスティールヘイズが応え、その左足が跳ね上がる。
ブーストキックとパイルバンカーのクロスカウンター。
右前腕を抉られ、バーストハンドガンを吹き飛ばされた
スティールヘイズが不利かと見て取れたが───

身を翻し、離脱に転じたのはナイトフォールの方だった。
「ACS負荷限界が近いか。・・・冷静だな」
ここで決着を急いで無茶をしない、場慣れした判断力に
むしろ危機感を募らせるが、ならばこそ尚更に
この場で逃すわけにはいかない。

アサルトブーストで市街地のビルの合間を駆け抜ける
ナイトフォールを、同じくアサルトブーストで追随する
スティールヘイズだが、持久力の差がここで露呈する。
巧みに射線を切るレイヴンを捉えられぬまま、ラスティは
コンデンサ容量が払底して一気に距離を離されてしまう。

「って・・・オイオイオイ!?!?」
物見遊山を決め込んでいたヴァッシュの目前に、
猛烈な勢いで飛び込んできたのはナイトフォール。

その左手の巨大な鉄杭が目前に迫り、ひっくり返って
狼狽えている間にもその姿は再び行き過ぎていった。
「た、たたた、助かった・・・!?」
うっかりちょっちチビっちゃったのは内緒だ。

「いや、そうでもないな。先ほど拾ったライトマシンガンが、
ハンガーユニットごと持ち去られている」
ヴィルの言葉に飛び起きたヴァッシュが即座にトレーラーの
屋根に上がり、派手に荒らされた荷台を目の当たりにして
歯軋りして悔しがる。
「あ、あの泥棒野郎〜〜〜ッッッ!!」
自分の行いを棚に上げたヴァッシュの叫びが、
無人の市街に虚しく木霊した。

ジェネレータの再充填を待ち、再び巡航に入ったラスティの視界を
垂直に急上昇するナイトフォールの機影が飛び過ぎていく。
「逃走経路に垂直カタパルトを使うとはな・・・!」
高層区へ逃げられれば追跡は難しい。
止むを得ず同じカタパルトを踏み、その加速を得て
大きく跳躍するスティールヘイズだが・・・

それこそが、レイヴンの罠だった。
先んじて上層に達したナイトフォールがそこからさらに
高度を取り、上空からのトップアタックを仕掛けてくる。
先刻までは所持していなかったライトマシンガンの猛烈な弾幕。
どんな手品を?などと疑問を抱いている間に今度は
スティールヘイズのACS負荷が限界に近づいていく。

今度は、ラスティは守勢に回る番だった。
即座にアサルトブーストを起動、アサルトライフルに切り替えて
なおもしつこく追撃してくるナイトフォールを左右に交わしながらも
なんとか貯水槽の裏に滑り込み、遮蔽を確保する。

「君が何も語らないのならば、私の認識はすでに定まっている」
ジェネレータが息を吹き返すまでの、一瞬の膠着。
互いに、ここまでの戦闘で損傷は限界だ。
次で最後の交錯になるだろうという、確信があった。
「独立傭兵レイヴン。
このルビコンに戦禍を巻き起こした君を、私は許さない」

跳躍。貯水槽を持ち前の脚力と推力で一息に飛び越し、
スティールヘイズは上空から襲いかかる。
決着の刹那、最後に恃むのは左腕のレーザースライサー。
放たれるマシンガンの弾幕を、高速回転する光刃に受け止めて
最大速度で深く、その懐へと飛び込む。

ナイトフォールはかわさない。身を刻む光の乱舞を受け止めて、
深く腰を落として再び左腕の鉄杭に火を入れる。
肉を切らせて骨を断つ、会心のカウンターパイル。
その矛先が火花を散らしてコアを掠め、
スティールヘイズの右肩を深々と貫く。

「まだだ・・・!!」
機体負荷限界で展開する緊急保護機構、
ターミナルアーマーがスティールヘイズの露命を繋ぐ。
限界を迎えた機体に鞭を入れ、さらにスラスターを吹かせて
食い込んだ鉄杭ごとナイトフォールを振り回す。
「私には───」
態勢を崩したナイトフォールのコアを、深々と切り裂く
レーザースライサーの一閃が、決着の一撃となった。
「このルビコンで為すべきことがある」

機能を停止して、倒れ伏した機体を見下ろすラスティは、
止めを刺す気にはどうしてもなれなかった。
最後の一撃。あのパイルバンカーで一息にコックピットを
貫く技量が、この傭兵になかったとは思えないのだ。

「君がもし生きているのならば・・・行くがいい。
その翼で、どこを目指すというのか。
この目で、確かめさせてもらおう」
高層区から飛び去っていく満身創痍のスティールヘイズを
見送り、ヴァスティアン・ヴァッシュは
戦いが決着を迎えたことを理解した。

「・・・うっかり巻き込まれてたら、瞬殺されてただろうな」
目の前で激突した両者は、間違いなくこのルビコンでも
至強の頂に立つ強者であっただろう。
これほどまでの戦士たちが求めるコーラルの力に、
そして、それと決して無縁ではない己の秘密に
思いを馳せ、少年はいつまでも空に刻まれた航跡を見つめていた。

その遥か上を、新たな流星が過っていく。
「また密航者かよ。早晩俺が拾うジャンクに
なるだけだってのに、懲りねぇ連中だぜ」
ヴァスティアン・ヴァッシュが仰ぎ見た空に、
舞い降り来たる新たな傭兵。
それがやがて、己の運命と分かち難く交わってゆくことを
───彼は、まだ知らない。

「───621。仕事の時間だ」



関連項目


投稿者 堕魅闇666世
最終更新:2024年09月25日 14:47