救出! 正義の正拳突き



 とある解放戦線の基地での戦闘。
 元々は不法侵入を繰り返すドーザーの一派を排除するというものだったようだが、
 出撃直前に追加情報が入った。

「エンブレムかわいーい!!!! なにそれェ!?」

 何やら不法侵入者が独立傭兵を雇ったせいで雲行きが怪しくなった模様。
 とはいうが見たところ……

「……んんー? でもなんかボロボロじゃないですか」

 ピンクと白のカラーリングは錆びていたり焦げていたり、
 装甲も脱落していたり大穴が開いていたり。
 コアに貼られたピンクの熊のエンブレムは何故か比較的無事。
 独立傭兵エミリア・ケルヴィン、ACストロベア。
 戦場に放り込まれた平凡な少女が乗るそれは、資金不足で修理も満足に出来ずにいる。

「……あ、もしかして!」
「へっ!?」

 マイは彼女の情報を何一つ持ち合わせていない。
 事前に調べてもいない。
 その機体の見た目と、機体の後ろのMT14機というこの状況から情報を汲み取る。
 出した答えはこれだ。

「いじめられてるんですね!」
「……え?」
「「「「「「「「「「……え?」」」」」」」」」」

 排除対象のACとMT、それに乗る全員が絶句した。
 弱いものいじめは許さない、そう言ってハンガーからレーザーブレードを取り出す。
 彼女の目には、か弱い女の子が怖い顔の不良グループに絡まれている光景が映っている。

「待ておい馬鹿かアイツ!? コーラル決めてんのか!?」

 それドーザーが言うんですか? ……エミリアは口を開くが、声帯は震わない。
 俯き、何というわけでもなくディスプレイから目を逸らしていると、
 マキシママイザーのいる正面方向から弾丸が次々飛び始め、後ろのMTはわたわたと散開する。
 少し反応が遅れつつ、エミリアは小さく悲鳴を上げながら慌てて後退。
 背を向けて。

「ごぁッ!?」
「やりやがったなテメッブッ殺すぞォラぁ!!」

 ミサイル、ショットガン、ライフル、各々の武器を手当たり次第にばら蒔く。
 ACと言えどこの数をまともに食らえば一溜りもない。
 落ち着いて回避……せずに突っ込み、

「食らいなさいッ、雷神・一文字斬りぃー!」

 レーザーブレードを大出力で展開し横に薙ぐ。
 技名を叫ぶのは正義の嗜み。
 大抵の人間には無意味に映るが、彼女の士気に関わる大切な“攻撃”なのである。
 ……3機撃破、しかし同時にACSがピーピー喚く。

「っははァ!? さてはてめーバカだなぁ!?」

 よろけるマキシママイザーのコア目掛けてチェーンソーが振り下ろされる。
 凄まじい振動と耳障りな音が鳴り、装甲には大きな斬り傷が。
 内装は辛うじて無事のようだ。

「あっッぶなかったぁ……やりましたね悪者さん!
 もう容赦しませんからね!」

 そう言って取り出したのは小型バズーカ。
 持ち替えるや否や右舷に孤立していた1機に向かってズドン。
 FCSが追い付かず照準が合わないままだったが、近接信管が作動してギリギリ仕留めた。
 その一連の動作はやはり隙だらけ。
 またしても集中攻撃を受けてしまう。

「ぐえーッ!?」

 小型といえどバズーカ、MT相手には一撃必殺の威力だが、小回りが利かない。
 数は力、あっという間に2度目の負荷限界。
 それでも構わずブレードを振り、仕留めたのは2機。
 確実に減ってはいるが、マキシママイザーの装甲もボロボロ。
 一方“いじめられっ子”はというと……

「おい雇われ何やってんだテメェ! 両手に武器持ってンだろうが!!!!」
「ひッ……!?」

 何も出来ずに遠くから見守るエミリアにドーザーの一人が罵声を浴びせる。
 こんなガタガタのACでも、所謂切り札的な立ち位置にいた筈なのだが、
 これでは本当に端から見ると、いじめっ子・いじめられっ子・正義の味方の構図。
 そうこうしている間にバズーカで1機、ブレードでまた1機、キックでまた1機と
 確実にMTは減り、しかし赤いACの装甲も左腕、右足、コアと剥がされていく。
 6機まで減ったMT……ドーザー達の声には焦りが出始め、エミリアへの罵声は音量を増す。

「おいなんで動かねぇんだよ!!」
「せっかく仕事くれてやったんだぞ!?」
「金が欲しかったんじゃねぇのかよ!?」

「ごめ……ごめんなさい……ごめんなさ……」

 全身が硬直し、小声で唸り、謝りながらやはり何もしないエミリア。

「ごめんで済んだらPCAなんざいらねぇンだよ糞がッ! いいから動けよ!!」
「帰ったら体で払ってもらうからなァ!!!!」
「ハッ! そりゃ楽しみだなぁチクショウ!!!!」

 言いながら遂に3度目の負荷限界に追い込み、
 そのままチェーンソーでマキシママイザーの左腕を根元から切り落とす。

「ううッ! がっ……! いっ……た……ッ!」

 その衝撃でマイはディスプレイに頭を強打。
 額と鼻からは興奮で上がった血圧に押し出された鮮血がどくどくと流れ、
 大量に吹き出す汗と混ざって視界を邪魔する。
 咄嗟に顔に手を近付け拭おうとするが、フルフェイスのヘルメットにカツンと当たって阻まれる。
 イライラしながら鼻をすすり、肩と口で大きなため息を勢い良く付きながら、
 止む気配の無い、聞くに耐えない罵詈雑言に向かってアサルトブーストで突っ込む。

「ごッ……!」

 急激にかかるGに目が飛び出そうになるのを感じる。
 コックピットの中ではAP低下、左腕の接続エラー、損傷によるジェネレータ出力低下等々
 様々なアラートがマイにクレームを入れてくる。
 誰も彼も、自分のACさえも……

「う……るッ……さぁぁぁい!!!!」

 直後、緑色に光るマキシママイザー。
 アサルトアーマーが周囲を薙ぎ倒す。
 固まっていた5機を巻き込み吹き飛ばし、チェーンソーのMTにバズーカを撃ち込み、
 仕留めきれないながらもよろけたそれに、残り少ないENで突っ込み、
 リロード中のバズーカを捨てて右腕で殴る。
 凄まじい圧で迫りながら、CPU標準の通常のパンチを繰り出す。
 まるで子供だが、本人は必死。

「正拳突きの正はァ……正義の正だぁーーーー!!!!」

 オーバーヒート、3発殴ったところで装甲が歪んだ部位に腕がめり込み、
 ギャーンというエレキギターのような高い異音が鳴る。
 腕を引く動作に付いていけず肘の間接から先が外れる。
 最後の1機は、コックピットに太い腕が突き刺さったまま崩れ落ちた。

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 外は少しの静寂。
 マイは息を切らし、天井を見上げる。
 いじめられっ子を守り切った正義の味方は、辛うじて繋ぎ止めた意識の中、
 力無く、しかし誇らしげに微笑んでいた。

 赤いACの中の赤いアラート表示と止まない警告音。
 そして、赤いパイロットスーツの中でベタベタになった赤い血が訴えかけるものは、
 彼女には届いていなかった。



+ 音声記録 : 正義の味方03
音声記録:正義の味方03

残骸から抜き取った音声データ
独立傭兵マイ・マキシマムとエミリア・ケルヴィンの通信記録のようだ
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 はぁ……はぁ……怪我は無いですか……?

 えっ……あの……

 ACはなんともないみたいですけど

 わ……わたしは……でもあなたは……

 ダイジョブですよ! これくらい慣れっこ……ングッ……ですから
 ちょっと恥ずかしいですけどね……ッエ……ハハはは……

 ………………誰ですかって聞こうと思っただけなんだけど

 はい?

 なっ、なんでもないです……助けてくれて……ありがとうございます

 いえいえお安いご用です! これでもわたし、正義の味方ですから!
 ……う、うへへへぇ……一番言われてみたかった言葉ぁ……
 ……あ、やばい……あたまがおもい……



登場人物

最終更新:2024年10月09日 21:59
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