『では、依頼の詳細について、私……V.O エヴァレットが直々に説明して差し上げます』

ルビコンの幼き独立傭兵……マイアは、その小さな体躯には不釣り合いの大きなふかふかのリクライニングチェアに背を預けながら、ブリーフィングを聞いていた。
画面の向こうから聞こえてくるのは凛とした若い女性の声。恐らくは義母のメイヴィより年下だろうか。
V.Oエヴァレットといえば、名前ぐらいは聞いたことがあった。

『目的はルビコン解放戦線に所属するファザレムと、その子飼いにあたる大隊の殲滅です』

モニターに恐らくは隠し撮りでもしたのか、やや距離が離れていてぼやけた男を写したものが投影される。

『このファザレムという男はルビコン解放戦線の中でも過激派中の過激派……。その行き過ぎた思想と行動は、味方である解放戦線すら鼻白むほどだとか』
フン、とモニター越しに嘲るような声色が伝わる。

【じゃあ、コイツを部隊ごと始末すればいいわけ?】

マイアがテキストを送る。
彼女は生まれつき喋ることができない。故に、会話の際には筆談やチャット越しでコミュニケーションをとっていた。

『……まあ、端的に言えばそういうことですが、困ったことにこの野蛮人は巧妙にも部隊の本拠地を定めておらず……、各地を転々としていて居場所を掴み難い状態でした』

それでも、と続ける。

『我々アーキバスの優れた諜報網と……腹立たしいことにあの英雄気取りの予測によって位置を掴むことに成功したのがつい先日のことです』

ファザレムという男とその麾下の大隊が、その悪行と裏腹に長くベイラムやアーキバスに辛酸を舐めさせ続けていたのは、特定の根拠地を持たず、各地を移動しながら活動していたことにある。
彼らの動向を掴むためにアーキバス諜報部は多大な労力と決して少なくない損害を出した。そして、彼ら諜報部が犠牲と引き換えに得た情報を元に戦術・戦略眼に優れたV.Oラインハルトが次に現れるであろう地点の予測を立て、見事に的中させたという。

【それで? 経緯はいいとして、正面からその敵陣に突っ込めば良いわけ?】

マイアは大きく欠伸をしながら尋ねる。
彼女は、難しいことを考えるのがあまり得意ではない。考えることが必要ならそうするが、戦いにおける彼女のスタンスは《取り敢えず突っ込んで片付ける》なのだ。

『それについては、我々が作戦を提示します』

エヴァレットの言葉とともに新しく画面に表示されたのは、炎としか言いようのない画像だった。
辛うじてMTやACの輪郭がわかる程度で、全てが赤く染まっている。

『ーー炎天宗。ここ最近活発になっているカルト宗教ですが、ファザレムのいる場所はこのカルトの支部に近い位置でした。恐らく奴の狙いはこの支部への攻撃……まぁ、我々アーキバスとしては、土着の現地人の潰しあいは単に都合がいいだけなのですが、今回はこれを利用します』

エヴァレットが言うには、ファザレム大隊が炎天宗と戦闘を行っている背後からアーキバスの部隊が奇襲。混乱の間隙を突いてアーキバスのACと傭兵……つまりマイアによる2機がかりで指揮官かつ最優先目標のファザレムを撃破する……という策だそうだ。
炎天宗は全ての戦力が火炎放射器やナパームを搭載しているため、より戦況が混乱しやすい状況を利用する腹づもりらしい。
最も、この策もあの英雄気取りの金髪の提言なのが本当に腹立たしいのですが……とエヴァレットの声からは苛立ちが感じられた。本当にその“英雄気取り”が嫌いなようだ。

『今回の作戦には陽動の突入部隊に此方からウズラマステラ。本命には傭兵である貴女と、……私が直々に出撃します。AC4機を投入した作戦ともなれば確実でしょう。……では、宜しくお願いしますね』



……



寒空の下、マイアは愛機である中量2脚型AC……ダウターのコックピット内でココアを飲んでいた。
ココア……とは言っても星外で飲まれているカカオ飲料ではない。
惑星封鎖機構とベイラムおよびアーキバスら各勢力の勢いが弱まって以降、ルビコンにも星外で流通している商品の輸入が容易になったとはいえ、嗜好品にあたるココアなどは未だに高価だ。
それもあってか、彼女が飲んでいるのはココア“風味”に味を調整された栄養飲料である。
驚くべきことにカカオなど一切含まれていないにも関わらず、マイアの両親が愛飲するぐらいには味がいいらしい。……本当のココアというものを知らないマイアにはわからない話だが。

『間もなく作戦時間です。準備を済ませなさい』

その声とともに、薄い桃色と水色のダウターの隣に、対照的な深い青と黒色に彩られたホバータンク型の重ACが降り立った。
両腕には大型レーザーライフルの《VE-66LRA》を持ち、両背部にはスタンニードルランチャー《VE-60SNA》を2門装備している。
フレームは重量級にアンテナ頭とも称される高性能頭部パーツ。
V.Oエヴァレットの乗機……ウォーターコープスだ。
火力と耐久の両立したような構成は、彼女の出身でもあるアーキバス先進開発局の色合いが濃い。

『貴女の機体は、……事前の情報と少し構成が違うようですが』

彼女の言う通り、マイアはアセンを少しだけ変えていた。
内装とフレームはそのまま、右腕の重マシンガン《WR-0555 ATTACHE》を元々愛用していた取り回しの良いショットガン《SG-026 HALDEMAN》に変更。左肩には実弾オービット、右肩には6連装ミサイルを装備し、より軽快な立ち回りができるように組み直した構成だ。

【私は気分で変える。こうした方が楽しいから】

『はぁ……そうですか。まぁ、作戦に支障がないなら構いませんが』

マイアがダウター越しに見る先、炎天宗の支部が見える。
施設を囲う堅牢な壁には炎をイメージしたのだろう、赤を基調とした模様と炎天宗のマークが描かれている。
恐らくかつては惑星封鎖機構の施設だったのだろう、赤色の下には封鎖機構のマークが隠れていた。

『……そろそろのハズですが』

まるでエヴァレットの声に合わせるかのように、赤く彩られた壁面を爆発の光と黒煙がこと更に装飾した。
直後、炎天宗の施設にMTと通常兵器の部隊が押し寄せる。色合いや動きからしてファザレム大隊だろう。
対して、炎天宗の方も迎撃にMT部隊が出撃する。MTは見た目や規格もバラバラで、ただ赤い塗装と火炎放射器やナパームといった兵器で統一されていた。

【そろそろ出るべき?】

『えぇ、ですが先ずウズラマとステラをMT部隊と先行させます』

エヴァレットが指示を出すと、離れた位置から2機のACがMT部隊を率いて出撃する姿が見えた。
片や双身式レーザーライフルとハンドガンを装備したアーキバスの中量2脚型で、もう1機はパルススクトゥムを装備した重量級のホバータンク。恐らくはあれらがウズラマとステラなのだろう。
2機のACがファザレム大隊へ攻撃を仕掛けると、主戦場が混沌とした有り様になった。三つの勢力が入り乱れる有り様はマトモに観測すらできないような状況を作り出す。
こうなってしまえば、遠くから隠れて指示を出すという指揮形態は明らかに困難なものとなる。
誘き出しに乗っかってくれたか、戦場となっていた施設から離れた位置でACが立ち上がった。
エルカノ製の軽量2脚フレームを組み合わせた近中距離に対応した射撃型AC。ファザレムの乗機……ハクゥムだ。

『目標を確認、行きましょう』

【ん、おっけ】

ウォーターコープスとダウター。2機がアサルトブーストを起動する。
ハクゥムの周囲には護衛と思わしきMTが複数機。4脚型も2機ほどいるが、その程度で止まることはない。

『敵! ……俺が狙いか!』

4脚型MTが壁として立ちはだかるが、ウォーターコープスの攻撃でスタッガーに陥ったそれをダウターのレーザースライサーがバラバラに解体する。MT程度では足止めにもならない。

『少しの時間すら稼げんか、役立たずどもが!』

早くも察したファザレムはバックブーストを吹かし、バーストアサルトライフル《MA-J-201 RANSETSU-AR》とバーストライフル《MA-J-200 RANSETSU-RF》にミサイルを挟んで後退する。

『ッ、小癪な……!』

エヴァレットが舌打ちする。
ハクゥムは機動性に長けた射撃型だ。エヴァレットの攻撃を軽くいなすかのように回避し、堅実に蓄積していく。
決定打に欠けるが、相手にしていて厄介なのは事実だ。

【……隙がない】

ダウターのショットガンと実弾オービットの牽制が刺さるが、背後に回り込むように回避することで追撃を逃げられる。
ショットガンの拡散するペレットが当たらないギリギリのラインでのクイックターン。慣性を活かした回し蹴りでACSの負荷で後退りせざるをえないダウターを尻目に、ウォーターコープスがフルチャージしていた大型レーザーライフルを構えるタイミング。

『そこだ……!』

それに合わせるように、ハクゥムがチャージしていたバーストライフルの弾丸が発射直前の銃身に吸い込まれ、

『なっ……!?』

発射されようとしていたエネルギーが暴走し、レーザーライフルの内部で爆発を起こした。



……



「そんなことが……、一体、どういう芸当を……」

エヴァレットは警告音で真っ赤になったコックピット内で吐き捨てる。
爆発を起こしたのは右腕のレーザーライフル。
荒れ狂うエネルギーの奔流を直近で受けたウォーターコープスは右腕が全損し、コアや脚部も右側が大きく焼けこげる損傷を受けていた。

『ハンッ……、貴様、その機体は確かアーキバスのヴェスパー……穢れた星外の尖兵だな。データで知っているぞ』

ハクゥムの黄土色の装甲が、炎の中で妖しく煌めく。
そこから通信越しに聞こえるのは、嘲るような声色の、嗄れた男の声だ。

『貴様は優先排除対象だが、幸いにも我が部下の中には女に飢えた奴が多くてな。惨たらしく処刑するのは当然だが、……精々有益に使ってやろう』

「この、巫山戯たことを……!」

背筋に走った寒気を払うように、背部のランチャーを構える。
先ほどのダメージで照準にブレがあるが、そんなもの考慮する暇はない。
独特の射撃音が響く。放たれた弾丸はハクゥ厶の頭部横をギリギリですり抜け、奥の断崖に着弾してスパークを走らせる。

『ダメージでマトモに照準すらできていないな? 哀れなことだ』

ハッ、と嘲笑うファザレムは、しかし背後から飛んできた弾丸をQBで回避する。

『はっ、傭兵。貴様も知っているぞ……! 卑しくも星外から集る蛆に育てられた裏切り者め』

煽るファザレムに対し、ダウターは反応することなくウォーターコープスを庇うように構える。

【リペアを済ませて。……来る】

マイアの通信に、エヴァレットはリペアキットを使用しながら眉を顰める。

「来る……? 一体何を……」

そこまで言いかけたところで、新たに通信が入る。
声の主は、陽動役だったステラからだった。

『す……せ……ウズ……マが……れて……隙に……が……!』

通信はノイズが酷く聞き取れない。だが辛うじて聞き取れた単語から、ウズラマの“いつもの”それが発症したことは理解できた。

来る? 隙にとは?

その疑問の答えは、直ぐに判明する。

『アッハァ、いたいたァ!』

狂気的な声色とともに、エヴァレットとマイア、そしてファザレムを囲うかのようにナパーム弾の嵐が周囲を炎に囲う。
ABで急接近した下手人が、炎で囲われたフィールドに降り立つ。

『一緒にあそびましょう! 南無南無オンリーオンリー困窮焦土イェーイ!』

キャハ、と余りにも場違いで、空気の違う声色が新たに現れたACから放たれる。

「“アレ”は……、クソ、ステラは何をしているのです……!」

新たな敵の情報が表示される。

識別名……黎祭

機体名……無常

所属組織……炎天宗

ゴォ、と火炎放射器を構え、カメラアイを光らせる機体越しにわかるほどの、恍惚とした声が戦場に響き渡る。

「みぃんな燃やしてェ、灰にしてあげるからねェ!!」



……



盤上に新たに増えた駒。
それがもたらした均衡を、最初に黄土色のACが崩した。

『穢らわしいカルトが! そうか、貴様から死にたいか!』

ファザレムが左ハンガーに懸架していたバーストハンドガンを黎祭の駆る無常に向けて放つ。

『アハァ、おじさんこわ〜い』

巫山戯た調子で弾を避けた無常が、ナパーム弾を放つ。
着弾した地点が炎に包まれ、その熱が照準とセンサーに支障をきたす。
ハクゥムが先ほどまで見せていた回避能力も、燃え盛るフィールドによって制限される。

【あれって、例のカルト?】

『……えぇ、アレは炎天宗のNo.2……。野蛮なカルトの中でも特にイカれた獣ですが、しかし都合がいい』

漸く損傷による負荷から復帰したウォーターコープスが躍り出る。

『アレを利用して奴を仕留めます。より乱戦となりますが、よろしくて?』

【いけるよ、私はほぼ無傷だもん】

『……素直な子は嫌いじゃありませんよ』

ダウターが実弾オービットを展開し、黎祭に意識を向けていたファザレムへと仕掛ける。

『くっ、ええい邪魔な……!』

エヴァレットもマイアに合わせて攻勢に出るが、そこへナパーム弾が雨のように降りかかる。

『これだから狂犬は……!』

『あひゃはひゃは! 私とも遊んでよぉ、お姉ちゃん!』

エヴァレットは一旦目標を黎祭に照準し直し、レーザーライフルで牽制する。
回避する黎祭の動きは遊んでいる子供のように不規則で、しかし合間に差し込まれるバーストアサルトライフルが非常に厄介だ。

『奴は貴方がたにとっても敵の筈。我々の邪魔しないでもらえますか?』 

通信で説得を試してみる。
しかし、返ってきた言葉は予想通りと言うべきか。

『敵……? よくわかんないけど、そんなのどうでもいいよぉ!』

あひゃひゃひゃ、とケタケタ笑う黎祭。
曲がりなりにもカルトのNo.2でありながら、しかし、この幼い少女には何の信念も理想もなかった。
否、持っていない、というのは語弊がある。何故なら信念や理想を抱けるほど、彼女の頭と精神は成熟していないのだ。
ただただ教祖に見初められただけの頭の弱い子供。しかしそれだけなのだろうか?
エヴァレットの疑問の答えに対し、答えは直ぐにもたらされる。

『お姉ちゃん、お人形さん遊びって好き?』

『? いきなり何を……』

『好きでしょ? だって、お人形さんにお姉ちゃん呼びさせてるじゃん』

ウズラマのことか? 否、とエヴァレットは否定しようとする。
彼女はウズラマがエヴァレットを姉と呼んでいることを知らないはず……では、何故……。

『でもさぁ、おかしいよねぇ……


お 人 形 さ ん が お 人 形 さ ん で 遊 ん で る な ん て さ ぁ ? 』


瞬間、アサルトライフルを構えていた無常の右腕が吹き飛んだ。

『……あれ?』

黎祭はコックピット内でけたたましく鳴り響くアラートに思わず首をかしげる。
そして、ふと視線をウォーターコープスの方へとに向けると、両肩に構えられた二門のランチャーから煙が噴いていた。

『もしかして怒ったの? あははぁ! ズボシってやつかな? パパとママのお人形さん?』

『そのよく回る口を閉じなさい……今、直ぐに!』

『やーだよぉ、だって、みんなムジュン?してて面白いのにぃ!』

ケラケラと巫山戯た調子で、エヴァレットの猛攻を軽くかわしながら踊るように炎のフィールドを駆け回る黎祭。

『だって、あのおじさんは初恋引きずっててダサいけど……』

ダウターに蹴りを叩き込むファザレムの方を指して、心の底からつまらなそうに言い放ち、

『あのお姉ちゃんはたっくさん愛されてて羨ましい!』

それをスライサーで反撃するマイアの方を指して、羨望の眼差しを向ける。

『貴女、さっきから何を……!?』

エヴァレットの怒気を孕んだ声の中に、僅かな困惑の色が生まれる。
視線の先には、右腕をもがれながら、しかし炎を撒き散らして踊り狂うACの姿。

『お姉ちゃん!』

ぐるん、と踊るACのカメラアイがウォーターコープスを捉え、視線がその中にいるエヴァレットを射抜く。

『私もお人形さんで遊ぶの好きなんだ! だから……』

がゃしゃり、とハンガーに懸架していた火炎放射器を手に取り、黎祭は楽しそうな、それはそれは心底楽しそうな声で囁いた。


『一緒に遊びましょう、綺麗なお人形のお姉ちゃん?』

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小説 中澤織部
最終更新:2024年11月04日 19:47