また頭の悪いことを考えるものだ、とトンレサップは聳え立つ巨大な打ち上げ施設を見上げながら思った。
 中央氷原、バートラム旧宇宙港に対する強硬偵察―――マッケンジーはやらんと投げ、スカマンドロスはそもそも別任務中だ。全力でやる気のない奴と、いない奴を呼びつけて仕事をさせることはできない。
 やれる人間は厳選する。ルビコン3では拠点に攻撃がいつあるか分からない。ここは、どこに行っても敵地なのだ。ルビコニアン達は、自らの自由を求めて戦う人々だという事は既に証明されている。コーラルを巡る戦いの中で、企業はそれを痛感した。
 レッドガンとヴェスパー部隊の壊滅、現地武装勢力の巻き返しによる戦略拠点の喪失、―――そうして、すべてがゼロに戻った。あるいはマイナスか。


『確認しました、トンレサップ。武装した作業用ACが二機、BAWSの四脚MT近接仕様が二機、二脚MTが一二機。他、ガードメカ多数』


 淡々とした女の声が通信に入る。トンレサップは首をぐるっと回し、思考を整理する。
 声の主は打ち上げ施設に張り付いている中量二脚ACのものだ。ベイラムのカスタムフレーム、メランダーC3。
 部下のスヘルデの声だ。彼女と彼はちょうど待機組だった。


「了解した、スヘルデ。動きと装備を見る限りドーザーの連中で間違いないな。ここで始末するぞ」

『あのACと四脚MTは硬いですよ?』


 面倒くさいと言わんばかりの声がするが、トンレサップはそれを無視する。
 仕事は仕事だ。ベイラムがやれというのなら、それをするだけだ。彼はずっとそうしてきた。それを生きがいにしてきた。
 スヘルデは、そうではなかった。彼女は自分の楽しみを仕事の中に見出しただけで、ベイラムの意向など知ったことではない。後で面倒だから素直に従うようにしているだけだ。


「問題ない」


 トンレサップは短く言った。


『了解。合わせます』


 スヘルデは、静かに返した。


「頼んだ」


 コーラルを巡る争いの中で激戦地となったバートラム旧宇宙港には、無数の残骸が今なお転がっていた。惑星封鎖機構の強襲艦が死んだ鯨のように横たわり、点々とBAWS社のMTが散らばっている。あちこちに落ちている部品の中にはAC用のものさえ混じっており、大方そうしたジャンクを解体して売りさばくのだろう。
 くすんだ赤色の重量二脚ACが、戦闘モードを起動する。両肩の拡散バズーカが砲口をもたげ、両腕の強化型ライフルとトリガーが同期する。後は、いつものようにするだけだ。
 警告は必要ない。ここは敵地だ、ベイラムと同盟企業以外は、すべてが敵だ。ならば、叩き潰すのみだ。
 重量二脚AC、フルモンティはジェネレータを甲高く轟かせながらアサルトブーストで突撃する。この加速度に耐えるためにトンレサップは日々の体力づくりを怠ったことはない。強化人間でない彼は、耐える必要のないものに耐える必要があった。煩雑な武器操作、高機動戦の重力加速度、なにもかもにトンレサップは耐えて対応しなければならない。彼はそれをするために機体を組み、戦い方を修正し続けてきた。伊達に教官などではない。


『ACだと!? くそが、見張りはなにをして―――』


 まずはACだ。戦闘モードでないACならば、ACSを無視して大きな損害を与えることができる。選択する武装は、両肩の拡散バズーカ。
 アサルトブーストを解除したフルモンティは接地、両足が火花を散らしながら敵ACとの距離が詰まる。引き金を引いてから実際に発砲に至るまでのタイムラグ、それを考慮した自分の間合いは、すべて身体に染みついている。
 夕焼けの中、フルモンティの拡散バズーカの砲口がターゲットに向く。この距離は、フルモンティの間合いだ。

 

 逃すものか。





 闘牛が観客席に突っ込んで行ったらあんな感じになるのだろうか、とスヘルデはアサルトブーストで巡航し敵集団の背後まで飛びながら思った。
 そうして敵集団の背後までたどり着いた時、アサルトブーストを解除すると同時に機体を戦闘モードへ移行。第8世代型強化人間のスヘルデは、戦闘モードと通常モードの切り替えを秒足らずで完了させる。
 小柄な彼女はコクピットの中で落下時のこそばゆい独特な感覚を楽しみながら、降着する。ベイラム中量カスタムフレーム、メランダーC3。旧レッドガンの機体色に、G2ナイルと似通った武装を備えた機体。それが、スクリーミングドンキーだ。


「逃げようとしているところ悪いけれど、お前たちの時間を削らせて貰うよ」

『邪魔するんじゃねえベイ公のブリキ野郎があああああ!!』


 むっ、とスヘルデは口をへの字に曲げた。RaD謹製のレッカーフレームが、音割れの罵声を飛ばしながら突っ込んできた。人が決め台詞を言っているのに反応をしないとは無礼な奴だ。
 武装はチェーンソーとペッパーボックスピストル、今しがた両肩のミサイルを発射してミサイル数は八発。チェーンソーを振り上げて突撃してきているが、近接格闘時の推力は遅い。RaDのMULEブースターだろう。
 これに対する回答は斜め後ろに回避しながら中型3連双対ミサイルとハンドミサイルを発射、高誘導ミサイルも混ぜ込む。簡単だ、クイックブースト、そしてすっと機体を後ろに滑らせながらミサイルを撃つ。


「仕上げよ」


 アサルトブースト。機体と身体にかかる加速度が心地よい。
 敵ACがさらにミサイルを発射するが軌道は直線的で無誘導、右にクイック、そしてがら空きになった敵のコア目掛けて、蹴りをぶち込む。
 金属と金属、戦車同士が正面衝突したような轟音と衝撃。並の人間なら視線がブレる。飛び散る様々な破片のハーモニー。
 ACS過負荷となったレッカーを見ながら、スヘルデは無意識に唇をぺろりと舐めた。スクリーミングドンキーが、物干し竿のようにひたすら長いリニアライフルを構え、撃つ。
 レーザー兵器のような速度で実体弾がコアの中心に直撃し、貫徹し、静かにACが倒れた。



「お前たちは教訓を得た。他の奴も頭に入れておくといい」


 突撃と猛攻を続けるフルモンティから逃げ惑うドーザーのMTどもに向けて、スヘルデは言った。


「女を野郎扱いすると死ぬ。来世があったら覚えておくことね」


 そして再装填が終わる。マルチロック。
 殲滅開始。




最終更新:2023年11月26日 23:19