熱血メルヘン 怪傑アンパンマン

登録日:2014/12/17(水) 20:47:32
更新日:2024/11/13 Wed 20:46:20
所要時間:約 18 分で読めます





故・やなせたかし氏が生み出した国民的キャラクター『アンパンマン』。
その歴史は非常に古く、現在のアンパンマンが生まれたのは1973年に発表された「あんぱんまん」にまで遡る。
読者である子供たちから爆発的な人気を得たアンパンマンは、やがて絵本を飛び越えてテレビアニメ、そして映画にまで登場。
それから四半世紀を数え、今や彼の名前や姿を知らない人は少ないほどになっている。

だが、皆様はご存知だろうか。
映画やアニメどころか、ばいきんまんなど多くの仲間たちさえまだ存在しなかった1970年代、大人向けの『アンパンマン』が連載されていた事を。


二次創作でもガセネタでもない、やなせたかし氏が描いた絵本作品──


その名は『熱血メルヘン 怪傑アンパンマン』
サンリオが出版していた雑誌「詩とメルヘン」に、1974年~1976年まで連載されていた作品である。 


◇あらすじ

日本のとある山奥に、いつも美味しいパンを作る、ジャムおじさんと言うパン職人がいた。
ある日、彼が遊びがてらに作ったパンの人形『アンパンマン』に不思議な命が宿った。
何のために生まれたのか、何が幸せか分からないまま空を飛ぶ彼だったが、やがて自分の目的は「ひもじい人を助ける事」である事を自覚していく。

一方、パン工場を訪れた売れない漫画家ヤルセ・ナカスはジャムおじさんから不思議なヒーロー『アンパンマン』の話を聞き、それを題材に新たな漫画を描こうと決意した。
最初は編集長にも断られたが、とある事件がきっかけで状況は一変。
彼が描く漫画のヒーロー『アンパンマン』は大ブームになり、ヤルセも一流漫画家の仲間入りを果たす。


だが、彼らを待っていたのは、この世界を覆う理不尽で悲しい掟だった。

パン工場が悪人によって炎の中に崩れた時、アンパンマンは復讐を決意し……!


◇登場人物

○アンパンマン
ジャムおじさんが創り出したパンで出来た人形に、工場に落ちた雷の影響で命が宿ったモノ。
現代の『フランケンシュタインの怪物』。

パンで出来た頭をタカに食べられた事、そして自らの意志で人類学者キリギリ博士を助けて自分の顔を分けた事に嬉しさを覚え、自らの命を犠牲にする事で他の生き物を救う事が己の存在意義である事を自覚した。

「ひもじい人の味方!アンパンマン!」

その後も雪男を助けたりしたが、悪人クロカワの手によってジャムおじさんのパン工場が壊滅した事で怒りに燃え、クロカワに襲い掛かる。
不意を突かれて冷凍庫に閉じ込められ、絶体絶命の危機を迎えるアンパンマン
だが、そこにやって来たレルレルとラリルの双子の姉妹に助けられ……。

姿形は今のアンパンマンとほぼ同じだが等身は高め。
仲間と呼べるのは創造主であるジャムおじさんのみであり、それ以外は愛と勇気しか頼れるものがいない、孤独で格好悪いヒーロー。

なお、彼のパンチは威力の割にそんなに痛くない。


○ジャムおじさん
安くて美味しいパンを作るパン職人のおじさん。
「おいしくなあれ、おいしくなあれ」と一心に考えてパンを作っているうち、顔もどことなくパンに似てきたと言う。
遊びのつもりで作ったパンの人形に命が宿った事に最初は驚くも、その後はアンパンマンを全力でサポートする。
アンパンマンの体がいくらボロボロになっても、彼の心が一欠けらでも残っていれば、パン屑のひとかけらからでも再生させる事が出来る。

彼のパン工場は交通が不便な森の中にあるが、それでも絶品のパンを求めて訪れる客は多かった。

悪人クロカワによって彼のパン工場を買収してほしいと持ちかけられるもずっと断り続けたが、その結果パン工場は壊滅、彼もまた重傷を負ってしまう……。


○キリギリ博士
人類学を研究する、白髭を伸ばした博士。
探検船でイースター島まで来た時に巨大な首長竜の怪物に襲われ、孤独に海を漂流していたところをアンパンマンに助けられ、彼の頭を食べる事で気力を取り戻した。
その後、恩返しとばかりに海を漂い生死を彷徨っていたアンパンマンを助け、ジャムおじさんに届ける。
そして、パン工場の壊滅に巻き込まれて大怪我をおったジャムおじさんを救出し……。

彼が『アンパンマンに助けられた』と記者会見で発表した事が、劇中でのアンパンマンブームの引き金となる。


○ボオ氏
アンパンマンやジャムおじさんを助けたキリギリ博士の乗る巨大な魚型メカ『グリーンフィッシュ号』の船長。
巨大な帽子を深く被っているので顔は見えず、話す事は出来ないが身振り手振りでだいたいの事は分かる。
かの有名なやなせたかし氏が描いた絵本などに度々登場するキャラクターだが、作中でもまさにそういう立場であり、現実と幻想の狭間にいる存在らしい。


○ヤルセ・ナカス
『怪傑アンパンマン』のもう1人の主人公。

何を描いても飛ばずじまい、安い食べ物を得ることすら大変と言う冴えない漫画家だったが、ジャムおじさんと出会った際に『アンパンマン』なる謎のヒーローの存在を知る。
そして、それを題材にした漫画を雑誌「週刊V」で連載したところ社会現象となり、彼自身の名前も世に知れ渡った。


○ミルカ
ショートヘアのボーイッシュな女性記者。
冴えない漫画家のヤルセ・ナカスに振り回される日々を過ごしていたが、『アンパンマン』という一つの事柄に全力を燃やす彼に次第に惹かれていった。
しかし、アンパンマンブームの中でお互いの心は変わっていき……。


○編集長
サングラスをかけた「週刊V」の編集長。
最初は不気味で格好悪いと『アンパンマン』を嫌ったが、世間を賑わせていると知るや態度を一変。
行き詰った超人ものでも怪獣ものでもないユニークなヒーローとしてヤルセに連載を依頼した。
アンパンマンの正義など一切考えないどころか、それすらも『商品』として考えている、良くも悪くもマスコミ側の人物。


○士官
新興独立国Aの海上巡視船に乗り込んでいた若き士官。
雪男に顔を分け与えた帰りのアンパンマンを正体不明の飛行物体とみなし、撃墜させてしまった。
「国際問題になっても良いのか」と同僚から咎められるが、彼の意志は固く──。

「僕は祖国を愛する。愛する祖国を侵すものは、全て敵だ」


○クロカワ
小太りの憎たらしい顔をした大富豪。
「幸福の天使」と名乗り、ジャムおじさんのパン工場を買収しようとするが断られ続ける。
その結果、パン工場を食品衛生法に違反した不潔極まりないものとして全焼させると言う最悪の手段で破壊した。
その後、怒りに燃えたアンパンマンに襲い掛かられるも不意を突く形で彼を捕らえ、冷凍庫に閉じ込めてしまう。

根っこまで邪悪に染まった存在のようだが、実は一方で……。


○レルレル、ラリル
クロカワの双子の娘。冷凍庫に閉じ込められたアンパンマンを偶然見つけ、助けだした。
アンパンマンの大ファンであり、サインを貰うどころかキスまでしている。リアパン爆発しろ。

髪型はロングヘアーのぱっつん。かわいい。


●スーパーマン、バットマンたち
お馴染みアメリカのヒーロー。
週刊Vの編集長に直々に電話をしてアンパンマンの連載中止を訴えたりアンパンマンの誹謗中傷のビラを貼ったりしたが、逆にアンパンマンに対する注目や人気を高める結果になってしまった。
ヒーローとして恥ずかしくないのか、あんたら。


●世界漫画品性向上委員会
アンパンマンブームを批判する運動を展開している組織。
彼らが配るビラには
このグロテスクな主人公は自分の顔を喰べさせるという
正視するにたえないザンコクシーンを演じている。
我々は漫画界から彼を追放する!

下品な顔の主人公を漫画界から消せ!でる前に殺せ!!
という、現在も度々聞かれるアンパンマンに対する批判を皮肉ったような文面が並んでいる。
……果たして本当に「正視するにたえない」事をしているのはどちらなのだろうか。


●首長竜(ブラキオゾウルス・ブランカイ)
キリギリ博士を襲った恐ろしい怪物。
二度に渡って彼やその仲間たちを襲撃する。


※やなせたかし
かつては漫画家だったが、今は落ちぶれてテレビ局の掃除の仕事をしているらしい。だがミルカはおぼろげながらも彼のことを覚えていた。


◇主題歌『怪傑アンパンマン』

実はこの作品、主題歌も製作されている。
作詞は勿論やなせたかし氏、作曲は彼と親交が深かった故・いずみたく氏である。
後述のミュージカルの他、当時の絵本のCMなど、1980年代までアンパンマンのテーマソングとして使用された。
物語の中でもアンパンマンブームの中でよく流れる曲として使われるが、『非常にネガティブな扱い』となっている。

アニメ化以降、アンパンマンのテーマソングとなった『アンパンマンのマーチ』と同様、こちらも「何がこの世の幸せか、何を求めて生きるのか」と問う歌詞も含んでいる。
しかしこちらはよりアンパンマン自身の思いについて触れられており、「空腹に苦しむ全ての人を救う事が自分の使命なのだ」というアンパンマンの心意気がはっきりと示されている。

現在は『アンパンマンのマーチ』に主題歌の座を譲っているが、テレビアニメ版のBGMにいずみたく氏が関わっている事もあり、この曲のフレーズが多くのBGMに用いられている。
特に有名なのは、アンパンマンが新しい顔に変わったときに流れるあの勝利確定のファンファーレだろう。

なお、『げんき100ばいソングス アンパンマン』など、2010年代になって発売されたCDでは『アンパンマンのマーチ』と肩を並べて収録されている事が多くなっている。

◇余談

  • 1977年には「詩とメルヘン」誌に『アンパンマン感傷す』と言う内容の物語が記載されている。
    副題「怪傑アンパンマン異聞」の名のとおり、基本的な部分はこちらの作品と同じだが微妙に設定が違う番外編的な作品である。

  • 凄まじく大人向けの内容のこの作品だが、読者からはかなりの人気があったと言う。
    そして、その後いずみたく氏の推薦で彼が主催する劇場のミュージカル作品として上映される事になった。
    初演は1976年だったが、その最初の劇を見ているうち、やなせ氏は「何か」がアンパンマンに足りない事を思い始めた。
    『究極の正義』を体現するアンパンマンには、それに抗う『悪』が必要だ──と。
    どこまでも悪を貫く正義の敵「ばいきんまんは、こうして誕生した。




◇それぞれの結末

ヒーロー:アンパンマン、漫画家:ヤルセ・ナカス、そしてそれを取り巻く人々、それぞれの結末。

↓以下、ネタバレが含まれています。閲覧の際にはご注意下さい。↓

























◇結末1・アンパンマンとクロカワ

氷漬けにされていた所をレルレルとラリルに助けられたアンパンマン
彼女たちと一緒に遊ぶ中、扉を開けて入ってきたのは彼女たちの父親であり、あの卑劣な悪人・クロカワだった。
怒りに燃えたアンパンマンは、カチカチに凍った自らの拳で渾身のパンチを食らわせる。
だが、それを見たレルレルとラリルはすがりつき、泣き出してしまった。

「「アンパンマン、どうしてお父さんを殴るの!?」」

彼女たちを慰めるクロカワの顔を見て、アンパンマンは驚いた。
その顔はどう見ても悪人ではなく、双子の姉妹を愛する平凡な優しい父親のものだったのだ。
そして、悪人の顔に戻ったクロカワは語った。
家ではどんなに優しい顔をしていても、多数の社員を抱え、命がけで会社を経営する者は悪人にならなければならない事がある。
この荒野のような世界では、善良な魂だけでは生きていく事は出来ないのだ。
彼の顔が全く違うように見えたのは、善と悪、二つの心がそのまま表れてしまうからなのである……。


全てを語ったクロカワは、隠れていた刑事たちに言った。
「アンパンマンを殺人未遂で逮捕しろ」と。

「すまなかった。レルレルとラリルによろしく」

手錠をかけられ、去っていくアンパンマンの言葉を受けたクロカワは、善人に戻ろうとする自身を必死に抑え続けた……。


そして、牢屋の中でアンパンマンはぼんやりと座り込んでいた。
あまりにも複雑すぎる人間の心を見た彼は、この世界が嫌になってしまったのだ。
ところが、そこに投げ込まれたのは1個のアンパン、そしてあんこの代わりに入っていた紙と糸ノコギリだった。

紙にはこう書かれていた。


『脱獄してください!仲間は大勢います』

アンパンマン友の会
熱狂的ファン一同


悪人にされてもなお、彼を応援する者はたくさんいたのである。

そして、糸ノコギリで鉄格子を切り落としたアンパンマンは、夜の空へと消えていった……。


◇結末2:ヤルセ・ナカス

一方、『アンパンマン』を題材にした漫画を連載し、世間に社会現象を引き起こしたヤルセ・ナカスは、気づけば一流の漫画家になっていた。
つい最近まで明日の食べ物にすら困っていた面影は無く、一千万円を安いとまで感じるほどになっていた。
彼の部屋も多数のアシスタントが働き、シナリオライターまでつくほどに成長していた。

だが、その中で『アンパンマン』は変貌しきっていた。
一般大衆のヒーローになった中で、「ひもじい人を救う」というお題目は消え失せ、美女のスパイをお供に戦うスパイものという派生作品まで構想される事態になっていた。

最早そこに本物のアンパンマンはいなくなっていた。
そして、ずっと彼に付き添っていたミルカも、醜く変貌する恋人とヒーローに絶望しきっていた。

そしてある日、彼女はその事を彼に告げた。

「あの頃貴方の描いたアンパンマンはみっともなくてよろよろして、それでも命がけで貧しい人のために戦っていた。
 誰にも感謝されず、人気も無く、無名でつつましくはにかみながら生きていた。
 なのに、今のアンパンマンは正義のためとは名ばかりで、スポンサーのために戦ってるだけじゃないの!

 私の好きなのは今人気のある、みんなの知っているアンパンマンじゃない。本当のアンパンマンはどこにいるのよ!
 誰にも知られない所でやっぱりこげ茶色のボロボロのマントを着て、報われない仕事をしているに違いないわ。
 私、アンパンマンを探しに行きます。

そう言い残し、ミルカはヤルセの前から去った。


そして、ヤルセもミルカが言った言葉の意味を痛感する事となった。
アンパンマンのヒーローショーが、自分が考案した原作とはあまりに違うものに改変されていたのだ。
だが、編集長に幾ら文句を言っても無駄だった。今や世間一般の『アンパンマン』はヤルセの元を離れ、大衆が動かすものになっていたのだ。
作品は作者をも裏切り、勝手に成長を続けたのである……。


やがて、アンパンマンが殺人未遂で逮捕された事を受け、アンパンマンブームはあっさりと終わった。
編集長も含め、あっという間にマスコミはアンパンマンを非難し、町中にあったキャンペーン用のアンパンマン人形も派手に爆破されてしまった。

そして、ヤルセ・ナカスは複雑な思いを抱えたまま日本を離れ、ヨーロッパへと旅立った……。


「ミルカ、君は今どこにいるんだ。」 


◇結末3:ジャムおじさん、ミルカたち

ヤルセの下を去ったミルカは、ひょんな事から謎の巨大メカ『グリーンフィッシュ号』に乗り込む事となった。
彼女を中で待っていたのは、あのジャムおじさん、パン工場の崩壊から彼を救ったキリギリ博士、そしてグリーンフィッシュ号の船長であるボオ博士である。
もはやこの日本で、ジャムおじさんのパン工場を維持するのは不可能。
そこで、キリギリ博士だけが知る秘密の島に新たなパン工場を作り、そこでアンパンマンを全力で助けようと考えたのだ。
名づけて「アンパン作戦第一号」である。

その後、再び首長竜の襲撃を受けるも、巨大な翼を生やした『グリーンフィッシュ号』は難を逃れ、夕暮れの空へと消えていった……。



まだ物語は序章にすぎない。
しかし、作者はここで第一部「アンパンマン誕生篇」のペンを置きたい。




大空の果てで彼らはどのような運命を辿るのか、やなせ氏亡き今、それを知る者は誰もいない。




『追記・修正してください!味方は大勢います』

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最終更新:2024年11月13日 20:46