あの
シャーツニアー――ラティーナと言ったか。俺はアシュテを助け出すために出てきた街で、そのシャーツニアーと繋がりを持ち、今夜を彼女が管理しているフィアンシャで過ごすこととなった。
刻一刻と状況は変化している。ラティーナには現状を何度も説明したが、「今、人を集めても反感を買うだけだ」と言いくるめられてしまった。
俺の部屋は、石造りの
フィアンシャの三階にあった。物置小屋を
オストに掃除させたらしい。少しかび臭い気もするが、牢屋に投げ込まれているであろう
アシュテのことを思えば、こんなのはなんでもない。
(にしても、あのシャーツニアー。信用できるだろうか)
俺たちが彼女の情報を得る前に、彼女は俺たちのことを知っていた。まるでいつか来ると確信していたか如くの反応は薄気味悪いものだった。
奇妙なのはそれであって彼女は俺たちに能動的に接触しようとはしなかったということだ。
幾ら考えてもその心の奥底は察することができなかった。
日も上がらぬ早朝、ベッドの上で俺は身体を起こしていた。しばらくすると、ラティーナの妹分であろうシャーツニアーたちがそそくさと掃き掃除を始めたのが窓下に見えた。
ぼんやりとそれを見つめていると、ノックの後にドアが開く。ラティーナだ。
「フェルティエ女史、おはよう。煩かったか」
「いいえ、全く。気が張っていると眠れないものでしょうから、起きていると思いまして」
人生経験を表すシワの入った顔が、無邪気に見える笑みを湛える。
「下階に
ヴェルバーレを用意してあります。暇であれば、お付き合いいただけますか?」
「……もちろんだ」
シャーツニアーからヴェルバーレを与える。その意味は良く分からなかった。
通常、ヴェルバーレというものはフィアンシャに訪れた者にシャーツニアーがフェステナとして施すものである。シャーツニアーから自ら誘うことはつまり、何を意味するのか。謎は増えるばかりだった。
下階に降りると、先を通るラティーナに妹分シャーツニアーたちが頭を下げる。彼女はジェパーシャーツニアーなのだろう。
「不躾とは思うが、今日の献立は?」
「シンプルなサツレースです。気に入ってもらえると良いのですが」
ふふふ、と何も考えていなさそうな笑みを浮かべる彼女を見て、それも演技なのではないかと勘ぐらざるを得なかった。
眼の前に肉と野菜を挟んだ一般的なサツレースとコップに入った水が用意されていた。ヴェルバーレにしては割りと豪華なのではないか?
そう思いながら、少しだけ食むと口の中に素朴な味わいが広がる。
「……旨いな」
「良かったです、食べていただけて――」
ラティーナはにこりと笑いながら、視線を真っ直ぐとこちらに向けている。その視線を見ていると段々と意識が遠のくような気がして。
早朝だから、寝ぼけていると思って頭を振る。しかし、ぼやけた視界は戻らない。
「――貴方を交渉に利用できるのですから」
「き、貴様……端からこのつもりで……」
毒を盛られた。手を伸ばす。ラティーナ、こいつ。
ダメだ。意識が、もたない。
最後に見えた情景はラティーナがその張り付いたような笑顔のまま、こちらを見下すその姿だった。
「では、あなた達、彼を上階に括り付けなさい」
私は妹分のシャーツニアーたちにそう伝えると彼女たちはまるで軍隊のような統率で気絶した男の四肢を持ち上げ、階段を登り始める。
この計画はもちろん事前に彼女たちに伝えていたものだ。
アシュタフィテスが捕まった時点で、ロスナが連邦からこちらに送られるのは事前の思考の範囲内だ。先に連邦と接触していた彼らには先を越されてしまったが、人質が出来れば交渉の材料になる。
そう、ロスナの解放を条件として武器の提供を要求する。そして、アシュタフィテスの解放を自軍で行うと申し出れば、自らの手を汚したくない連邦は我々に全てを託すことになる。そこで彼らの銃を得て、我々は勢力を拡大する。
(アシュタフィテスを解放しても、ロスナは交渉の材料とさせてもらうがね)
連邦やゼマフェロスの独立勢と対立するつもりはない。だが、不安要素はできる限り省く、それが私の目的――私のフィアンシャをこのクラナの革命の中心とし、クラナの精神を掌握するための架け橋となる。
順調な計画を背後に感じながら、私はフィアンシャの外に足を向ける。
フラニザの袖を振って、口角を上げる。
「今日も良い日和ですわね」
聞く者が一人も居ない裏庭で、私は空に言葉を投げた。