ロッキー・バルボア


人生はどんなパンチよりも重い
だがどんなに強く打ちのめされても ひたすら前に進み続けることだ
その先に勝利がある

ボクシングを描いたスポーツ映画の金字塔『ロッキー』シリーズの主人公。
演じたのは同シリーズで主演兼脚本を務めたシルベスター・スタローン。
ばくだんいわでは無いし、ロボアーミーとして改造されたりもしない。
当然ストーンのコピー能力も持ってないが、
後述する活躍からのような不屈の心を持っているのは違いない(戦闘スタイル的にファイターをコピーできそうなものだが)。

テテンテーン♪テテンテーン♪でお馴染み、ビル・コンティ作曲のテーマ曲「ロッキーのテーマ(原題:Gonna Fly Now)」も有名。
この他、『ロッキー3』で使用されたサバイバー作曲の「Eye Of The Tiger(アイ・オブ・ザ・タイガー)」もコアな人気を誇る。*1


プロフィール

本名「ロバート・バルボア」。イタリア系移民であり、リングネームは「イタリアの種馬」。
米国フィラデルフィア市にて15才からボクシングを続けているプロボクサー。
光るものはあったようだが、これといった努力もしなかった事で、30才になっても試合の賞金では生計を立てられない有様。
ジムトレーナーのミッキーからも愛想を尽かされ追いだされてしまうほどで、当然まともなトレーニングなどもせず、
しかたなく闇金融の取り立て人をやって暮らしを立てているが、これも性根の優しさが災いしてあまり上手くいっていない。
ペットショップの店員であり親友の妹であるエイドリアンに対しても恋心を抱くが、奥手な性格のせいでデートにも誘えない。
つまり、当初はしがないチンピラ、単なる三流ボクサーに過ぎなかった。

だが、ある時、黒人の世界チャンピオン「アポロ・クリード」の対戦相手として指名された事が彼の転機となる。
対戦相手が負傷し、代役を立てる事になったアポロは、無名の選手にアメリカンドリームを与えて自身の懐の深さを知らしめ人気を獲得しようと、
前述通りまったくの無名であったロッキーを「リングネームがユニークだ」という理由で対戦相手に指名したのだ。
当然ロッキーは両者の差があまりに開いている事などを理由に一旦断るが、人気獲得に躍起になったアポロは強引に試合の日程を決めてしまう。

戸惑うロッキーだがスポンサーとなることを申し出た親友ポーリー、そして愛するエイドリアンらの説得によって一念発起。
一度は喧嘩別れしたミッキーにも頭を下げてマネージャーとなってもらい、チャンピオン・アポロとの戦いに挑む事を決意する。

「オレは以前はクズみてぇな男だった。
 でも、そんなことはもういい。
 試合に負けたっていい。脳天をかち割られてもいい。最後までやるだけだ。
 相手は世界一だ。
 最後のゴングが鳴ってもまだ立っていられたら……。
 俺がゴロツキじゃないことを生まれて初めて証明できる」

過酷な特訓に耐え、圧倒的な実力差を凌いでチャンピオンに食らいつくロッキー。
何発パンチをくらっても倒れないロッキーに、徐々に追い詰められていくアポロ。
当初はアポロを応援していた観客たちも、懸命なロッキーの姿に感化され、遂には最終ラウンドで巻き起こるロッキーコール。
そしてロッキーは15ラウンドを戦い抜いた。
判定で敗れはしたものの、奇跡的な一戦をくぐり抜けたロッキーは愛するエイドリアンの名を叫び、二人はリングの中央で熱い抱擁を交わした──……。

+その後のロッキー
2作目ではアポロとの試合を経てボクシングから退いたロッキーは、身重の妻エイドリアンを養おうと懸命になって働くようになる。
しかし生来の不器用さから上手くいかず、エイドリアンが働きに出始めたことで自分にはボクシングしかないと決意する。
一方アポロは「負けたのはチャンピオンだ」との世評からロッキーとの再試合を熱望。
過労と心労からエイドリアンが倒れたことで試合を止めようと思うロッキーだが、最愛の妻から「勝って!」と言われた事でリングに登る。
そしてロッキーはアポロとの激闘を制して世界チャンピオンとなり、以降アポロとは無二の親友となるのだった。

3作目のロッキーは10度の防衛戦を勝利し、世界的な知名度を持つ大スターへと成長を遂げていた。
まさに幸福の絶頂にあったロッキーは引退を表明するも、「その前に自分と戦え」と世界ランキング1位のクラバーから挑戦を受ける。
ミッキーの制止を振り切って試合に挑むロッキーは完膚なきまでに打ちのめされ、さらにミッキーを心臓病で失ってしまう。
失意のどん底にあったロッキーだが、アポロとエイドリアンからの発破を受けてハングリー精神を取り戻し、ついにクラバーを撃破。
勝利の後、アポロは「鍛え直したお前と最後にもう一度戦いたかった」とロッキーに告げる。
観客も誰もいないリングの上で、ロッキーは親友との最後の戦いに挑む……。

しかし4作目で親友アポロはソ連のボクシング王者ドラゴとの試合に挑み、激闘の末に命を落としてしまう。
最後まで戦士であり続けた親友のリベンジを果たすべく、ロッキーも不利な条件を全て呑んでドラゴに挑戦する。
最新の科学知識トレーニングで鍛え抜かれたドラゴ相手に苦戦するロッキー。
やがて激闘の中で、ロッキーはドラゴもまた国家のためではなく、戦士としての誇りを背負って戦っている事を悟る。
心を通じ合わせた二人は激しい打ち合いを繰り広げ、ついにロッキーはドラゴをリングに沈める。
インタビューを受けたロッキーは「俺達は憎み合っていた。だが戦いの中で気持ちが変わった。俺達は変われる」と発言。
東西冷戦の解決の思いを託し、自宅で眠っている息子に対して「メリークリスマス! 愛しているぞ!」と叫ぶ。
ちゃっかり起きてテレビを見ていた息子は、その言葉を聞いて笑みを浮かべるのだった。

度重なる試合による負傷、会計士の不正による破産によって心身ともに打ちのめされ、引退を決意したロッキー。
5作目で彼は新人トミーをトレーナーとして鍛える事へ意欲を注ぐが、そのせいで息子のJrとは疎遠になっていた。
さらにロッキー復活を目論むプロモーターの誘いを断ったことで、代役とばかりにトミーを引き抜かれてしまう。
そのことで逆に大切なものが何かを悟り、Jrと接しなおし、家族との絆を取り戻すことができたロッキー。
しかし一方、ロッキーを裏切ったトミーは増長し、チャンピオンとなった自分を認めさせるためロッキーへ挑戦状を叩きつける。
そればかりか衆人環視の中で親友ポーリーを殴られた事で、ロッキーはなし崩し的にトミーとのストリートファイトに挑む。
発作によって意識を失いかけながらも、かろうじて踏みとどまったロッキーは、王者の意地を見せてトミーを下す。
こうしてボクシング人生を全うしたロッキーは、家族と共にかつてトレーニングで登った長い階段を、ゆっくりと笑顔で歩くのだった。

長い年月が経ち、ロッキーの活躍も過去のものとなった『ザ・ファイナル』。
ロッキーは亡き妻エイドリアンの名をつけたイタリア料理店を経営し、息子とは疎遠ながら、地元の名士として穏やかに暮らしていた。
来客にかつての自分の武勇伝を語る日々。
しかしある日、若き現役ヘビー級王者ディクソンがTV番組内でのシミュレーション企画でロッキーに破れる様を偶然視聴、
そして次の週別の評論家は「ロッキーは過大評価されているだけだ」と痛烈に批判。
それを受けて闘志を取り戻したロッキーはボクサーへ復帰しようとトレーニングを再開する。
他を圧倒する実力を持つが為に試合に面白味が無いと酷評されるディクソンのトレーナーはロッキーとのチャリティ試合を企画するが、
全ては過去の王者を利用したディクソンの人気取りに過ぎない事を見抜き、王者の息子である重圧を父にぶつけるロッキーJr。
ロッキーは逆に困難へ立ち向かう事の大事さを訴えて、それを証明するためにディクソンとの試合に挑む。

ディクソンとの戦いは熾烈を極め、幾度となくリングに倒れるロッキー。それでも立ち上がり、最後まで食らいつく。
結局試合では判定負けを喫したロッキーだがディクソンと互いに実力を認め合い、観客達も二人に止むことの無い拍手と歓声を送る。
爽やかな笑顔でリングを降りるロッキー。
後日、共に闘った今は亡きエイドリアンのために墓参りし、赤い薔薇を手向けた。
最早彼は過去を振り返ることなく、誇りを持って今を生きていけるのだ。

その後『クリード チャンプを継ぐ男』では60歳を迎えボクシングとも距離を置いているが、
ある日フィラデルフィアを訪ねて来た親友アポロの息子アドニス・ジョンソンのトレーナー役を引き受ける事となる。
伝説の王者の息子という肩書を捨てて自分の力で戦いたいというアドニスを鍛えるロッキーだが、
それはそれぞれあまりに重すぎる父の名からの逃避、そして老いた自分を襲う癌からの逃避に過ぎなかった。
やがてアドニスは「クリード」の名を背負って闘うことを決意し、その姿を見たロッキーもまた自分の癌と闘うことを約束。
そして不敗の王者リッキー・コンラン最後の対戦相手として、アドニスはリングに登る──……。

+シリーズについて
ランボー』がそうであるように、『ロッキー』は単なるスポ根映画ではない
どん底の男が自らの価値を証明するために戦う人生を描くと同時に当時のアメリカの世相などを色濃く反映した映画でもあるのだ。
例えば、一作目・二作目は『プアホワイト(ホワイトトラッシュ、貧困層の白人)』問題が根底にあり、
貧乏な白人ボクサーのロッキーと、裕福で成功した黒人ボクサー・アポロの対比、そしてその和解が描かれた三作目、
東西冷戦の雪解けムードをストーリーに織り込まれた四作目等、当時のアメリカと照らし合わせながら観賞すると、また違った趣があるだろう。

人気シリーズとなったため3作目まで作られ、当初はそれで完結する予定だったが、その3作目もヒットした事で4作目、5作目まで制作される事になった。
が、4作目はゴールデンラズベリー賞にノミネート・受賞してしまい、5作目はシリーズ最低興業成績で内容も酷評されてしまう。
同様の道筋を辿った『ランボー』シリーズと同じく、この状態に危機感を抱いたスタローン自身の手によって最終作が制作され、
2006年に公開された『ロッキー・ザ・ファイナル』によって「ロッキー・バルボア」の物語は幕を閉じた。

ロッキーはランボー同様、スタローンの分身として生み出されたキャラクターである。
『イタリアの種馬(Itarian Stallion)』がイタリア語Stallone(スタローネ)と同語源からきている事からも分かる通り、
ロッキーはそのままシルベスター・スタローン本人でもあるのだ。

生来の障害によって顔面の筋肉が麻痺し、口調もたどたどしいという俳優としては致命的なハンデを抱えたスタローン。
それでも俳優になりたいという夢を諦めなかった彼は、オーディションに落ち続けた末、自分で脚本を執筆して持ち込む方法を取る。
こうして作られた『ロッキー』だが、映画会社は「撮影しても良いが主演は他の役者にする」という条件を提示。
スタローンは高額の契約金を蹴って、「最低賃金と最低予算だがスタローン主演で撮影する」という契約を選択する。
主演は無名俳優、監督はB級映画出身のジョン・G・アヴィルドセン、スタッフも低賃金で集められた者ばかりと、当初は誰も注目していなかった
もはやこのチャンスを逃せばスタローンもスタッフも次はない中、彼らは全てを掛けて『ロッキー』の撮影に取り組んだ。*2
結果、『ロッキー』は、当時のアメリカで強い共感を呼び大ヒット。
スタローンは見事に俳優としての夢をつかみ取り、その人生を歩き続けることになる。
そして『ロッキー・ザ・ファイナル』は『ランボー/最後の戦場』と同様、老年に至ったスタローンが人生へ決着をつけるため撮影した作品なのだ。*3
その後シリーズ初のスピンオフ作品として制作された『クリード チャンプを継ぐ男』でスタローンは老齢となったロッキーを好演、
惜しくも受賞こそ逃したが2016年のアカデミー賞助演男優賞へノミネートされ、非常に高い評価を得ている。

過酷で濃厚な人生を挫けずに歩んできたロッキー・バルボアというキャラクターは、半ば実在のボクサーとしても扱われており、
彼がトレーニングで使ったフィラデルフィア市美術館正面玄関階段は「聖地」として、映画通りにロッキーの銅像も立てられている。


MUGENにおけるロッキー・バルボア

製作者不明

続・狂-1 グランプリに出場したロッキー。
セガマークIIIで発売されたゲームのドットを使用。

googoo64氏製作

第二回同名キャラタッグトーナメントWTマークIIセカンドに出場したロッキー。
人形か何かの実写取り込み(?)で製作された、二頭身キャラ。
搭載されている技はボクサーだけにパンチばかりだが、
大爆発する爆弾パンチに雷を出すサンダーパンチ、瞬間移動するテレポートパンチ、
挙句の果てに竜巻で自分が飛び上がってからの急降下パンチ「竜巻パンチ」、
巨大な分身を発生させてパンチする「分身パンチ」等など氏恒例の愉快なキャラクターとなっている。

Xdxdav氏製作

winmugenで動作可能。
ですからー氏のシステムを流用、様々なボクサーキャラのスプライトを改造して製作された模様。
登場イントロであの有名なBGMを流してくれて、試合開始後まで流れ続けているのでBGM乗っ取りかと思いきや、前奏の部分までしか用意されていない。
readmeにはカプコン式6ボタンの操作形態と書いてあるのだが、ボクサーらしくキック技は無く、パンチボタンの弱中強の3ボタン方式。
バイソンのようにキックボタンを押してもパンチで攻撃するのでは無く、ボタンを押しても何も技が出ない)
a+bで前転/後転とあるのだが実際にはその場で攻撃避けを行う。
上半身の喰らい判定は無くなるが下半身は無敵ではなく、避けの動作時間が妙に短いので、これで避けるのはなかなか難しい。
ジャンプが異様に低く、普通のキャラで言うところの「小ジャンプ」程度にしか飛び上がれない。現実の人間の跳躍力と言ったところか。
設定ミスなのか、喰らい判定が無くなるモーションがいくつか存在する。(しゃがみ、ジャンプした瞬間、近距離中P、近距離強Pで確認)
しゃがみ強Pに無敵時間があり、対空技として活用できる。(これはきちんと設定された処理)
AIはデフォルトで搭載されているが、あまり積極的に攻撃しない。
ホルン氏によるAIも公開されており、AIレベルやコンボ設定など各種調節が可能な他、
試合開始と終了時にBGMを流せるかどうかを選択できる。
氏の説明によるとランクは強とのこと。

出場大会

更新停止中


*1
ジョジョ六部』ではサバイバーが由来になったスタンドが登場しており、
暴走した看守が無意識にボクシングのファイティングポーズをとったりエイドリアンのポーズをしたり「ファイトクラブだ!」と叫ぶなどロッキーネタが使われている。

スタンド能力のサバイバーについてはスティーリー・ダンを参照。

*2
どれくらいの有様だったかというと、カメラマンの一人として参加したスタローンの妻をはじめスタッフを身内に頼んで経費を押さえ、
アヴィルドセン監督のギャランティは相場の半額、プロデューサーのアーウィン・ウィンクラーは自宅を抵当に入れて追加予算を持ってきたほど。
トレーニングシーンの撮影もステディカムを使った少人数でのロケだったため映画の撮影などとはまったく思われず、
本物のボクサーだと勘違いした果物店から差し入れとしてオレンジが投げ渡されたエピソードは有名である。
なおアヴィルドセン監督はその後も『ロッキー2』『ロッキー3』『ベストキッド』などでヒットを飛ばし、『ロッキー5』の監督も務めた。

*3
なお、5作目と『ファイナル』では設定に相違点があるため(ロッキーがパンチドランカーではない等)、
「5作目とは別に新しく作り直されたもう一つの完結編」「この二作はパラレルの時系列の関係にある」といった説が存在する。
また、スタローン自身も「5作目は失敗作」とインタビューで語った事があるとか。
それと関連しているのかは不明だが、6作目の終盤、ロッキーの脳内にかつての激闘がフラッシュバックするシーンがあるのだが、
5作目のみまったく出て来ないらしい。

ただし5作目も決して駄作というわけではなく、文字通り過去の『ロッキー』シリーズとの決別を図った作品であり、
過去作が「家族の応援を受けたロッキーが、ライバルとの大試合に挑み、勝敗に関わらず大事なものを得て、ボクサーとして歩んでいく」のに対し、
「ロッキーとトミーは正式に試合をすることはなく、トミー(ボクシング)とロッキーの道は決定的に別れ、ロッキーは家族と共に歩み出す」という物語は、
まさに「ロッキーのボクサーとしての人生の終わり、ただの父としての人生の始まり」を象徴する内容となっている。


添付ファイル