マルセイユ「――ここ、は」
ペットゲン「もう大丈夫だよ、ティナ…動ける?」
マルセイユ「問題ない、俺は?」
ペットゲン「俺、は――――」
マルセイユ「…ありがとう、ライーサ」
ペットゲン「ティナ?どこに…」
マルセイユ「回収してくる」
手早く点滴を抜き、立ち上がる。
眉をひそめ、壁に手をついて、マルセイユは得意気に笑った。
マルセイユ「言ったろ?回収は得意だってな」
◇◇◇
結果だけ述べるとするのなら、
アフリカは変異型空母ネウロイ“黒鯨”に勝利した。
黒鯨の消滅に伴いアフリカ軍団は同戦線において引き続きの維持及び進行を
尚、今作戦「ディオウェフト作戦」の外部への露出は一切の禁止。
作戦での被害は戦闘機一機とウィッチが一名。
生存も考えられるが現時点での瘴気濃度、作戦当時の爆発の規模からみて生存の可能性は厳しく、捜索は断念。
後に極秘裏に処理される事が決定したディオウェフト作戦の勝者にて人類を救った英雄“俺大尉”に送られる謝辞は二階級特進のそれだけであった。
変態パイロット第4話『我が逝くは星の大海』―last part―1/2
整備班長「そこで下ろせ!よーし、そこだ、ストップ!」
加東「復旧までどの位かしら」
整備班長「…全部纏めちまいましたからね。少しばかり時間はかかりますが問題はありませんよ」
まだ太陽の出ない明け方。
基地は着々と昨日と変わらぬ機能を取り戻しつつあった。
整備班長「…正直ね、嫌になります」
全てを運び出す前の、自分の城に戻っていく格納庫を眺めながら呟いた。
加東は無言で整備班長に目を向ける。
歯を強く食いしばる班長の目元には、濃い隈が浮いていた。
整備班長「黒鯨は消えました。危機は去ったんです」
加東「子機を一機逃がしたけどね」
整備班長「でもそいつはあなた方が落とす。時間の問題ですよ」
加東「そう?ま、しばらくは基地の復旧が最優先だけど」
整備班長「…ネウロイ共は混乱している筈だ。俺達だけでも虎を――――」
加東「間違っても生きている、なんて考えないことね」
隣に立ち、今だ瘴気の霧が立ち込める遠い空を見て言う加東から整備班長は目をそらした。
震える拳が見えてしまったから。行けば帰ってこれないのは分かっていた―――解っているさ。
それでもだ。死んでいたとしても、今すぐにでも連れ戻したい。
整備班長「…ちょっと失礼」
加東「あら、レディの前で煙草なんて余裕じゃない」
整備班長「ガキの吸うヤニと一緒です、こんなの只のカッコつけの―――――」
「っどうなってる!」
臆病者の証です――そう言おうとした矢先、鋭い少女の声が言葉尻を引き裂いた。
整備班長「ちゅう、い?」
あまりの驚きに煙草を落とした。
目の前には息を切り、若干ふらつきながら立つマルセイユがいた。
――動けるハズがないのだ。あの後軍医に睡眠薬やらを使われてしばらくは療養と言う名の謹慎になる予定で。
整備班長「何を、何を起きていらっしゃるんで!おい衛兵、軍医殿はどうした!?」
マルセイユ「おい班長、答えろ!」
整備班長「答えろも何も……寝ていてください、出撃なんてしばらく無いんだ!」
だから、と続けようとしてハッと口を噤む。
しかし遅かった。
マルセイユはやっぱり、と小さく呟くと、並べられたストライカーに駆け寄る。
加東「ちょっと、待ちなさい!」
マルセイユ「……しは、切られてなんか」
とぎれとぎれに聞こえた言葉に眉を顰める。
マルセイユ「私は、裏切られてなんかない!」
涙声だったと思う。
本当の海のような強い瞳に睨まれる。釘づけにされて、言葉が出てこない。
マルセイユ「……だから、回収に行く」
◇◇◇
今から約10時間前。
それは俺が全てを懸けた時間であり、加東等が、人類が俺を捨てた時間だった。
後悔と焦燥ばかりなのに誰一人として動けない。死ぬのが怖かった。
黒鯨までの距離3087。
俺との最後の通信はそこで途絶え、最初の爆発が起こった。
基地にまで衝撃が届いて、誰もが終わったと思った。事実加東もそう思った一人だし、泣きながら、小さくやったと呟いた事を覚えている。
でも違った。
レーダー上の輝点は一つだけ消えた。味方のシグナル。
犬死かと誰かが言って、パットンが泣き崩れ、マイルズは前髪をぐしゃりと掴み、震えていた。
自分が殺したのだと即座に思って、加東は彼方を見たまま泣いていた。
深夜。輝くはずの星たちは消えたように見えず、黒い夜が下りていた。
そこにマティルダがあらわれた。
言葉微かに俯く加東に前を向かせ、言った。
――見ろ
――お前なら見えるはずだ
――私は感じるだけ
――今はお前にしか、あの男は見えない
自分だけ――思うのは固有魔法『超視力』
半ば無意識に発動した先に映り、一気に広がった黄金に時間が止まる。
成層圏すら染め上げて、黄金の衝撃が地鳴りを連れる。
夜明けの輝きが止んだ時にはもう、黒鯨の姿は消えていた。
ただ、立っているだけしかできなかった。
無線の先で苦しげに呻いていた虎は大海の主を空より降ろし、瘴気の海へと引きずり込んだ。
頂点は譲らぬといった少女との約束を、
最強たるアフリカの信念を守る決意を、
少女―――マルセイユへの覚悟。
それら全てを伴って、遂に虎は地に伏せた。
否、自分たちが見捨てたに違いないのだ。
◇◇◇
加東「―――マルセイユ、それこそ俺への裏切りよ」
ああひどいことを言っていると、ぼんやり思った。
加東「あなたは聞いていない。でもあなたなら分かるはず。
同じ場所にいて、同じ世界を見て、一緒に戦ったあなたになら
俺が何を望んであの馬鹿が欲しかったものが何だったのか……分かる」
おとならしい押し付けだ。
もっともらしく言ってマルセイユが揺らぐ激情のまま流されてしまえば終わる。
そして誰もが忘れるのだ。
この世界の果てのもう一人の英雄を。誰よりも自由を生きた馬鹿な男を。
マルセイユ「そんなもの知らない」
加東「…頂けないわ。あの瘴気に飛び込んで生きて帰れる保証なんてどこにもない」
マルセイユ「ケイ!私は―――」
加東「あなたは希望よ」
俺は考えなしに飛び込んだんじゃない。
己に変わる希望を遺したのだと―――そう思わなければ救われない。
誰か。加東に決まってる。
本当は恋をしていた。
初めてで、怖くて、上司と部下から少し進んだ先――家族――が心地よくて。
マルセイユを好きだったことも知っていし、どうしようとも思わない。
俺がいるという事だけでひどく満たされる自分がいた。
そんな愛おしい人がMIAなのに感情が殺せてしまう。
長く戦場にいて麻痺したといってもこれはひどいと、どこか冷めた目で見る自分がいる。
これが大人というのなら―――反吐がでる
マルセイユ「ケイ……違う」
加東「だったら何をしに行くのよ。私はもう誰も―――――」
マルセイユ「―――私は俺に逢いたい!」
加東「………生きて、いるかなんて」
マルセイユ「一目でいい。逢いたいんだ」
静かで強く響いた声に、加東はハッと顔を上げた。
マルセイユは加東の想像していた幼く、焦り、戸惑いに満ちた顔ではなかった。
――ああ、私は一度もこの子の顔を見ていない。
――私が想像していた顔は、そう、私の顔だ。
――本当は誰よりも泣きたいのに、崩れてしまいたいのに。
この場の誰よりも凛とあり、まっすぐにこちらを見据える少女。
海の様な目をしていた。子供みたいで、よどみがなくていつも綺麗だと思っていた。
確かに今も海だ。だが、深さが違った。よどみを通り越した深海の色。大人の目。
しかしその眼は、マルセイユの眼だった。
マルセイユ「どこまでも追い掛けて届かなくても構わない。……俺は絶対生きている」
彼女は祈る様に呟き、すいと目を細める。
急に大人の香を纏った少女に目を奪われたまま、加東は立っていた。
マルセイユ「―――もし、もう一度逢う事ができたら……」
加東「…逢えたら……どうするの?」
途端、マルセイユは得意げに口元を緩めた。
マルセイユ「ふふん、よく聞いてくれたじゃないかケイ」
彼女はニっと眩しい程の笑みを浮かべ、腰に手を当てる。
いつものイタズラを思い付いた時みたいな楽しげな笑み。
マルセイユ「殴ってやる」
自信に満ちた物言いも、さりげない目のやり方も、腰に手を当てる無駄の無さも、全てにおいて、
マルセイユ「ぶん殴って解らせてやるさ―――私が誰だか解るまで」
アフリカの星が、そこにいた。
最終更新:2013年02月02日 13:04