モンティ「これが敵防衛線の布陣、か」


 指令室のテーブルにはこの地域の拡大地図。
 スエズの辺りにネウロイの巣を表す駒が一騎。そして少しカイロよりの方面には、予想される敵防衛線の配置が駒で置かれていた。


パットン「スーパーチャージとかなり似ている。……偶然の一致、というやつか?」


 開け放った窓から入った風が書類を鳴らす。
 司令部で構想を練っていた将軍二人は、駒を並べる程に既視感を増すネウロイの配置に僅かながら怖気を感じた。


モンティ「そうでないことを祈るさ」

パットン「虎の亡霊」

モンティ「黒鯨の、だ。何度も言わせるな」

パットン「つまらん」

モンティ「知るか馬鹿者。…とにかく、今回は大規模な掃討戦となる」


 大真面目に言うモントゴメリーにパットンは制帽を目深に被って笑いを隠した。
 前回とは立場が全く逆。人類連合アフリカ軍団はネウロイを水際手前まで追い詰めていた。
 部隊数も比較にならない位に増えた。たとえネウロイが数で勝ろうと、アフリカにはそれを返り討ちにする術がある。
 しかし、一つだけ無視できない点があった。


パットン「前回の戦闘までの亡霊の動きを考えると、警戒せざるをえんな」


 それに今回の敵布陣である。
 ネウロイの統治性は次々と更新される新しい個体によって常に最新化されている様だが、戦術自体はあまり変わらないのが常だ。
 圧倒的戦力を持った数で押しつぶす。それだけ。
 一見芸のないそれだが、弱点といえる点はそこしかない。


パットン「あれが偵察機、尚且つ敵の司令塔と考えるのは当然だろう?」

モンティ「無論だ。こちらの戦力は全て図られていると考えた方が賢明…つまり、だ」

パットン「正真正銘の総力戦―――そう言いたかったのだろう?」


 それもスエズへの道を賭けた。
 咥えていた葉巻を灰皿にぎゅうと押し付ける。
 モンティはやれやれと溜息を吐くと、ああと思い出したように口を開いた。


モンティ「軍の顧研…あの蛇共から亡霊の詳細情報を求むとの書類が来ている」


 ぴっと大きめの茶封筒をパットンに突きつける。
 ややあって、彼は乱雑に中身を取り出すと、『人類連合軍特別顧問研究団』の文字に眉がよる。


パットン「…どうしてあの蛇共が嗅ぎつけてる」


 正式名称、ロンドン王立協会実験部門。
 それが軍内部へと招かれた時に名前を変えたものがその名だった。
 会員制の極めて閉鎖的な空気を漂わせ、所属する者の大半が貴族出身者で固められる。
 昨今不穏な動きを見せる上層部とのパイプは太く、名前すらもきな臭い集団。
 上層部にいても知らない者が多い蛇達からの直々のほとんど命令文の形をとったそれを、パットンは憎々しげに睨み付け、モントゴメリーへと視線を滑らせた。


モンティ「残念ながら私ではない。独自調査らしい……疑っても無駄だ。蛇はどこにでもいる」

パットン「…いけしゃあしゃあと。だが、その通りか」

モンティ「そういうことだ。奴等が言うには先日第501統合戦闘航空団で確認されたものと同一種かもしれんということだ」

パットン「ウィッチの真似をするネウロイか。ふむ、近いやもしれん」

モンティ「だろう?まあ、これはついでだ。顧研に恩を売るのも悪くはないだろう」

パットン「はっ、ネズミの癖に良く回る口だな?」

モンティ「我々は生き延びねばならんからな」

パットン「まあ、それも一興だな」


 儂の魔女達が無事ならそれでいい。
 そう言って流れのまとめに入ったところで基地中に耳障りな警報が鳴り響いた。


モンティ「なぁッ…ここまでの侵攻を許したのか!?」


 モントゴメリーがそう叫ぶと同時に指令室の電話が鳴る。
 むしる取るように受話器を取ると、有線の向こうにはひどく取り乱した管制官がいた。


≪しょ、将軍殿!異常事態です!≫

モンティ「警報で分かる!街への距離は!?」

≪いいえ、違います!目標はすでにカイロを越え、ギザの方角に―――≫

パットン「ギザ?どういう……まさか、そいつは…」
                         シルエット・シュバルツェ
≪ッ座標出ました!ギザ、空域B-14ポイント23にて『黒鯨の亡霊』確認!!≫


 ついに黒鯨の亡霊は今までの平行線を打ち破る奇行に出たらしい。
 後方部隊の守りは薄い。否、大半の部隊が次なる戦闘に向けて前線へと集まっている。
 黒鯨の持っていた通信遮断能力を使い、子機であった亡霊はアフリカのレーダー網を潜り抜け、ナイルを越えたのだ。


パットン「っく、予想外にも程があるぞ!後方の迎撃部隊は!?」

≪それが、高高度に対応した戦闘機が全て前線へと行ってしまった為に……≫

パットン「…なん、だと……」

モンティ「おのれぇ!図ったな、お――――」

   シルエット・シュバルツェ
≪――『黒鯨の亡霊』捕捉…別に、落としてしまっても構わないんだろう?≫


 突然無線に割り込んだ澄んだ声。
 モントゴメリーは慌てて口を閉じた。パットンはそれを責めはしなかった。


モンティ「マルセイユ、大尉……すまない、頼るぞ」


 急に弱弱しくなった声に興味も無いと言った風に、無線の向こうの魔女は笑った。


≪私を誰だと思ってる?―――黄の14『アフリカの星』だ!≫

                                 ◇◇◇


 ギザ。8つの代表的なピラミッドは、今尚天を目指しそびえ立つ。
 黄金の文明を作りだした偉大なる王達はそこに眠り、死して尚、高みを譲らない。

 そして上空1万m。ピラミッドは疎か世界の果てまで見渡せる空の中。
 人類最高の名を欲しいままに最果ての空を統べる鷲の化身と、悪夢を纏い更なる贄を求めて彷徨う黒鯨の亡霊。

 背後からの圧力に亡霊はすでに気付いていた。
 迫るマルセイユの照準から逃れるようにロール。そして一気にスライスバックをかけ、その高度を速度に変えた。
 大気を押し破って抜け出た亡霊を大鷲はハイ・ヨーヨーで速度を高度変換。
 黄色の砂塵を巻き上げ、陸をスレスレで駆けていく亡霊を空の彼方より狙いを定め、急降下。
 落ちる最中に亡霊の尾翼から機首に弾丸を撃ち込むと、鈍い音を立てて装甲が砕けた。
 遅い。そして鈍重。詰まる所、マルセイユの敵ではない。


マルセイユ「…なるほど。所詮見かけ倒しという訳だ」


 亡霊との交戦で一番警戒された事はネウロイがどこまで俺を再現したか、であった。
 いつも高高度を行き来するだけだった為、戦闘能力はまったくの未知数。
 しかし、『攻撃特化』が使えないのなら。再現モデルが1942年の俺なのならば。
 この勝負の決着はそう遠くなかった。


マルセイユ「最後だ。…これで!」


 更に距離を詰める。
 子供じみた過去は置き去りにしてきた。重すぎた思いも何もかも。
 コクピットを掠め飛んで、そのままMG42で撃ち抜けば――――


マルセイユ「っな、がッ…!?」


 うるさいほどの風切り音の中が、場違いなまでに甲高い空気が渦巻く音に巻き取られる。
 落ちていく浮遊感にいきなり混ざった上への気流が姿勢を崩す。
 明らかにレシプロ機を超えた動きに情報処理が追いつかない。
 一気に上空へと飛びあがる亡霊から逃れるように身体を捻るだけで精一杯だった。


マルセイユ「っつぁ…、今の…噴流……!?」

≪大尉!大丈夫か!?今の音は一体……!?≫

マルセイユ「問題無い。続行だ!」


 機体が掠った際に割れたゴーグルを外し、額から流れる血を拭ってから再び高度を上げる。


マルセイユ(油断した…まさか、いや、あれはネウロイだ。噴流でない方が珍しい)


 頭の中であれはタイガーバウムだ。そういう式が最初から出来あがっていたのだ。
 だからレシプロだと疑いもせずに近付き、隠していたつもりも無いであろう普通の機動に遅れを取った。


マルセイユ(…所詮私も、虎の亡霊に当てられた一人だと言うことか)


 そうやって自分を嘲ると、マルセイユはもう一度横に辷りながら飛ぶ亡霊の背後に着く。
 先程全体に当てた感覚でコアの位置はコクピットだと目星は付いている。
 再び亡霊を照準に収める。後は引き金を引くだけ……その時だった。


マルセイユ「―――――ッッ?」


 指が止まる。射竦められたかのように、身体が一気に冷えていく。
 マルセイユが戸惑ったほんの一瞬。目の前の亡霊が左に捻り込んだと認識した瞬間、それはマルセイユの背後に現れた。


マルセイユ「しまっ、」


 空に縛り付けられたような重圧に呼吸が止まる。
 自分だけに当てられる濃密な殺気。
 亡霊からは紅い閃光が瞬く間にストライカーに被弾。
 そのままほとんど真っ逆さまに、マルセイユは砂漠へと呑まれていった。
                                    ◇◇◇



 かろうじてブレイクに移ったのが幸いした。
 ふらふらになりながらも不時着したそこは、あの時の戦闘空域の直下。
 初代の墓の前だった。


≪…そこに着いたのも何かの縁かしらね≫

マルセイユ「こんな縁なんて願い下げだ」

≪でしょうね。今から迎えに行くわ。まあ、待ってなさい≫

マルセイユ「…頼んだ」


 会話もそこそこにマルセイユは無線を切った。
 少し歩いて初代の墓――クフ王ピラミッドのキャップストーンの前に座った。


マルセイユ「あいつは…俺は、一度も本気じゃなかったんだな」


 戦闘機動は全て俺のものと一緒だった。
 ロールの打ち方も、辷る時の癖も。
 あの凍てつくような殺気は恐らく、黒鯨に闘いを挑んだ際のコピー。
 子機が―亡霊の写し取ったあの時の俺。


マルセイユ「……馬鹿は私、か」


 今だに震える手を握りしめて嗤う。
 馬鹿だ馬鹿だと言っておいて、結局一番の馬鹿は自分だったなんて笑えてくる。
 本気だったのは自分だけで、アイツはいつだって飄々とかわして。
 どこまでも子供だった。アイツは大人で、ただの遊び。
 涙が出てきた。でも癪だから顔を上げた。
 キャップストーンはあの時と変わらない存在感を保っていた。
 そしてふと、下の辺りに刻まれた文字に手を伸ばした。


マルセイユ「…知らないんだぞ、私は。早く教えろ、バカ虎」


virtute siderum tenus。
マルセイユに一番相応しいと俺が送った言葉。
意味は秘密だと言われたから調べようとは思わなかった。
それよりも分かってどうするという気持ちの方が強くて、そんな自分が憎らしくて、調べたくなかった。







最終更新:2013年02月02日 13:05