―扶桑皇国海軍某基地―




「…転属、ですか」

俺はややうんざりした面持ちで手元の書類から顔を上げ、目の前でニコニコしている直属の上官を見た。

「ええ。転属です。とはいっても、もう慣れたものでしょう?」

その一言に、俺は盛大に溜息を吐いた。本来ならば不敬罪により懲罰モノだが、生憎その程度をいちいち気にするような上官ではない。

「…第501統合戦闘航空団、ストライクウィッチーズ…」

「そう。君の転属先です。よく噛まずに言えましたね?」

上官でなければ今すぐこの場で殴り倒したい。その衝動をぐっとこらえ、俺は口を開いた。

「いくらなんでもウィッチ隊に配属って、不味いでしょう。俺男ですよ?」

「あっはっは。俺君は線が細いし、顔もやや中性的だから問題な…分かった、冗談だからその対ネウロイ用の銃をしまってくれないかい?」

無言で対ネウロイ用のカスタム銃を突きつける俺に対して、苦笑と片手で制する上司。仕方なく、ため息を吐きながら銃を懐に仕舞う俺。仮にも相手は上官である。

「やれやれ、俺君ときたら…私以外にこんな事しようものなら即銃殺ですよ?」

「ご心配無く。アンタ以外にはしません」

「アンタって…まあ、仕方ありませんね…」

そこで、気を取り直したように真面目な顔に切り替わる上官。自然と、俺の顔も引き締まる。

「俺大尉。転属及びは着任は一週間後になります。早急に身支度を整え、出立してください」

「…了解」

「なお、君のストライカーは後で501の基地に送る手筈になっています。調整がまだ残っていると報告があがっていましたからね」

それもそうか、と俺は思う。俺のストライカーは何度か実戦投入したとはいえ、未だ試作機であることには変わりない。

「ま、そちらは君の友人が腕によりをかけて仕上げるとのことですから。気にせず発ってくださいね。ブリタニアはいいところですよ」

「了解。俺大尉。転属の任、受領致しました。即刻任に就きます」

張り詰めた擬音さえ聞こえてきそうな敬礼。ただ、顔に若干の不本意が見え隠れする辺り、軍人としての育て方を間違えただろうか、と苦笑する上官。

「…人が真面目にやってる時になんですか、そのニヤケ顔は」

「俺君、その発言は不敬罪ですよ。ほら、もう時間も無いし行った行った」

そのままの表情でヒラヒラと手を振る上官に再び溜息を吐きながら踵を返す俺。

「…沢原少将。一つよろしいですか?」

ドアノブに手をかけた俺が、肩越しに振り返る。

「ん? 何でしょう?」

「……いえ。機内で読むので、501に関するデータを」

言いよどみ、話題を変えた俺に沢原は深くは追求せずに、

「手配しましょう」

と一言のみ告げた。

感謝します、と言い残し今度こそ俺は部屋を出た。

他の誰もいなくなった部屋で、沢原は一人思案する。

(…三年前の私の選択は、間違っていましたかね?)

考えたところで、答えは出ない。選択をした以上、自分はそれに殉ずるのみだ、と思い直して窓の外に目をやる。今日もいい天気だ。

…もし、この世界に人類の敵、ネウロイなるものが現れなかったら。
ネウロイによって家族を失い、空に向かって吼えるしかなかった彼が別の道を歩めていたら。
人類は、彼は。この空に、どんな夢を描いたのだろうか…






―第501統合戦闘航空団ブリタニア基地 執務室―





「美緒。ちょっと、新人のことで話があるのだけど」

書類から顔を上げて、デスクの向かい側の少女にそう切り出したのは、ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ中佐。ストライクウィッチーズの隊長だ。

「新人? 宮藤のことか?」

そう答えたのは、坂本美緒少佐。同隊の戦闘隊長を務めている。

「違うわ。いえ、宮藤さんの事も気になるのだけれど、それより…」

口で説明するより見せた方が早いと判断したのか、手元の書類を坂本に渡すミーナ。

「ん? …ああ、例の扶桑からの…」

書類を見た坂本は、そんなことかとばかりに顔を上げる。

「まあ、男だというのは珍しいな。原隊で噂程度には聞いていたが、まさか実在したとは…」

自分の言いたいこととは違う、と言わんばかりの表情でミーナが口を開く。

「…男性ウィッチの希少性はともかく、風紀に問題が起こる可能性があります。いくらネウロイのことがあるとはいえ…」

先日、夜間哨戒に出撃した三人のウィッチが遭遇したネウロイの件が二人の頭を過ぎる。
上層部はネウロイについて、やはり自分たちの知らないことを知っている?
それとも、こちらと同じく何も掴んでいないのだろうか?

疑念は尽きないが、本題からは脱線している。上層部が怪しいのは、今に始まったことではない。二人は話題を修正した。

「まあ、問題が起きたら起きたでその時だ。みっちりしごいて二度と妙な気を起こさないようにしてやる」

その発言は色々とどうなのかしら、という言葉がミーナの喉まで出かけたが、苦笑を浮かべる程度に済ませておいた。
どのみち、今から心配しても仕方ないことでもある。せめて、問題が起きないように気を配ることは徹底しよう。
そう決めたミーナは、再び坂本から手渡された書類に目を落とし…ある一点に目が留まった。

『原隊:扶桑皇国海軍第0独立戦闘航空隊』




数日後





―同隊同基地 ブリーフィングルーム―





「ねえねえリーネちゃん、今日って新人さんが来るんだよね?」

そう隣の少女に声をかけたのは宮藤芳佳軍曹。先日ストライクウィッチーズに参加した新人だ。

「うん。でも私たちより階級が高い人なんだって。怖い人じゃないといいな…」

芳佳の言葉に不安げに返事をしたのは、リネット・ビショップ軍曹。

「お前ら、知らないのか? 新人って男のウィッチらしいゾ」

二人の横から言葉を投げかけるエイラ・イルマタル・ユーティライネン少尉。エイラの一言に、二人の悲鳴が上がった。

「うるさい! サーニャが起きるだろロ!」

エイラが自分の隣の少女をかばうように文句を言う。

その隣で枕を抱いて眠っているのは、サーニャ・V・リトヴャク中尉。ストライクウィッチーズ唯一のナイトウィッチだ。

「あ、ご、ごめんなさい…で、でも! 男のウィッチって、そんな人いるんですか!?」

「そうです! それに私、男の人となんて…あぅ…」

尚も騒ぎ立てる芳佳と、顔を真っ赤にするリーネ。そんな二人を見かねたのか、ペリーヌ・クロステルマン中尉が肩を怒らせて立ち上がった。

「貴女達! 静かになさい! なんですのたかが新人が来るくらいで! 男? そんなの知ったことではありませんわ!」

二人に向かって怒り心頭といった面持ちで説教を始めるペリーヌ。

「えー…でもペリーヌさん…」

「ああもう、お黙りなさい! この豆狸!」

尚も反論しようとする芳佳を、ペリーヌがぴしゃりと封殺する。そんな中、寝ていたサーニャが身じろぎし、寝ぼけ眼で顔を上げる。

「さ、サーニャ!? 起きちゃったカ? 大丈夫カ?」

オロオロしながら必死にサーニャに話しかけるエイラ。

「あら、サーニャさん。貴女いたんですの?」

ペリーヌの一言に、エイラがカチンときた様子で振り向く。

「オイ、ツンツンメガネ。お前が大声出したからサーニャが起きたんだロ。なのになんだよその態度ハ」

「わ、私のせいだと言いたいんですの!?」

今度は二人の間で口論が始まろうという時、最前列に座っていた少女が立ち上がり、振り返る。

「貴様ら、いつまでやっている!! 黙って待機も出来んのか!?」

軍人然として吼えたのはゲルトルート・バルクホルン大尉。その途端、バルクホルンの迫力に当てられ全員が萎縮し席に着いた。

「…トゥルーデが一番うるさかったよ?」

その横から茶々を入れるエーリカ・ハルトマン中尉。その一言にバルクホルンの矛先がそちらに向く。

「お前はもっとしゃっきりしろ、ハルトマン! いいか、カールスラント軍人たるもの…」

「あー、また始まったよ…」

うんざりといった顔を隠そうともせず、溜息を吐く。そんなハルトマンに、バルクホルンはさらにヒートアップする。
そんな中、慌しく扉が開き二人の人間が入ってきた。

「いやー、すまん。ルッキーニ連れて来るのに手間取ったよ」

そう言いながら部屋に入ってきたのは、シャーロット・E・イェーガー中尉。小脇には、フランチェスカ・ルッキーニ少尉を抱えている。

「うじゅ…まだ眠いのに…」

文句を垂らしつつ、床に下りるルッキーニ。そんな二人の様子を見て、バルクホルンが鼻を鳴らす。

「お気楽だな、リベリアン? 大事な召集に遅刻するとは」

やや棘のある言葉に、シャーリーはやや苦笑して受け流す。

「遅刻の理由はあるだろ? これだからカールスラントの堅物は…」

シャーリーは片手をヒラヒラと振りながら、ルッキーニは不満げな顔のままで着席する。
まだ言い足りない様子のバルクホルンだったが、部屋にミーナと坂本が入ってきたことによりやむなく席に着いた。

「はい、注目。今日は事前に伝えた通り、新人が入隊します。今日集まってもらったのは挨拶と顔合わせのためよ」

全員が揃っていることを確認したミーナは、たった今入ってきた扉に向き直り、

「入っていいわよ」

と告げる。それに合わせて、一人の男が入室する。
黒を基調とした軍服に、同色のコートという他人を威圧するような服装。中性的な顔立ちと黒縁の覇気を感じさせない眼鏡。
知らずの内にウィッチたちは男の雰囲気に見入っていた。
その男、俺はミーナの隣まで進み、隊のメンバーの方を向いた。

「紹介します。扶桑皇国海軍から派遣された、俺大尉です。本日付で、我が第501統合戦闘航空団に配属となりました」

ミーナの紹介を受けて、俺が一歩前に出る。

「紹介に預かった、俺大尉だ。よろしく頼む」

短い挨拶に、敬礼。
ある種異様な俺の雰囲気の前に、言葉を発そうとはしなかった。否、発することが出来なかった。

そんな雰囲気を崩したのは、俺本人だった。

「と、軍人の挨拶はここまで」

「…は?」

誰かが、思わず間の抜けた息を漏らす。俺は敬礼と雰囲気を崩して続ける。

「今まで色々なところを回されて、階級とかもあんまり気にしてなかったんだ。だから、そんなの気にせず気軽に接してほしい」

先ほどの表情はどこへ行ったのか。途端に柔和な表情に切り替わった俺に、今度は違う意味で誰も何も言えなかった。

「…駄目かな?」

「そ、そんなこと無いです! 俺さん、仲良くしましょう!」

やや困ったように小首を傾げて苦笑する俺に、芳佳が慌てて立ち上がって言った。

「君は…宮藤軍曹か。ありがとう」

「い、いえ、あの…」

「お、宮藤が撃墜されたゾ。やるなー俺」

顔を赤くしてもじもじし始めた芳佳を見て、エイラがニヤニヤしながらからかう。

「ちょ、エイラさーん!」

更に真っ赤な顔でわたわたする芳佳の様子に、隊員たちに笑顔が戻った。
頃合を見て、ミーナが俺に声をかける。

「俺さんは、もう私たちのことは知ってるのよね?」

「はい、中佐。皆さんのデータは道中に閲覧させていただきました。皆、素晴らしい戦果の持ち主ですね」

「そういう大尉はたった今撃墜数をプラスしたけどナ」

「エイラさーん!!」

再び悲鳴を上げる芳佳に、和やかな空気が再び部屋を満たす。が、我慢の限界に至ったバルクホルンが机を叩く。

「お前ら、もう少し緊張感を持て! 宮藤! いつまでだらしない顔をしている!!」

「ふぇっ!? ごめんなさい!」

「にしし。トゥルーデったら、妹が取られるのが怖いんだねー」

ハルトマンが茶化したことで、バルクホルンの顔が真っ赤に爆発した。

「な、ハルトマンー!!」

余計なことを言うハルトマンを捕らえようとしたバルクホルンの腕をするりと抜け、俺の後ろに隠れるハルトマン。

「わー。助けて俺ー」

「ちょっ、ハルトマン中尉!?」

突然盾にされ、目を白黒させる俺。その様子を見て楽しげに笑うハルトマン。

「ハルトマン! 新人とはいえ男だぞ! 無用心に近づくな!」

「えー。仲間なんだからいいじゃーん」

そう言いながらさらにバルクホルンの神経を逆撫でするように、俺に後ろから抱きつくハルトマン。

「ハルトマン貴様…!! 俺!! 貴様もニヤついてないで離れんかー!!」

「ちょ、落ち着いてバルクホルン大尉! 別にニヤついてないから!? ハルトマン中尉も早く離れて!!」

今にも俺に飛び掛らんばかりのバルクホルンと、ハルトマンを必死に剥がそうとする俺、そしてこの惨状を明らかに楽しんでいるハルトマン。
そして、面白がってこちらを見物する他隊員。

見かねたミーナと坂本がハルトマンとバルクホルンをいさめるまで、俺は神経をすり減らし続けた。





―同隊同基地 俺自室―





「つ…疲れた…」

ブリーフィングルームの惨状の後、ミーナと坂本に基地を軽く案内された。
実質的な基地の責任者であろう二人に案内されたということは、俺が未だ完全には信用されていないことの証左だろう。

(まあ、それは仕方が無いか。でも、飯は旨かったな)

その後、晩御飯にありつけた。なんでも、大体宮藤とリネットが作ってくれているらしい。久々の扶桑食は、旨かった。
コートを脱いで、ベッドに倒れ込む。溜め込んだ息を吐いて、首だけを巡らせて部屋を見渡す。

ここでの生活は、どうやら思った以上に、今まで以上に面白い生活になりそうだ。そこだけは、あのクソ上官に感謝してもいいと俺は思う。

「…そうだ。ハイデマリーに手紙書くか…」

以前、サン・トロンに飛ばされた時に知り合った友人の顔が俺の頭を掠める。
ベッドから起きて、荷物からレターセットを取り出す。ベッドサイドの明かりをつけていざ書こうとしたところで、急激な眠気に襲われる。

(あー…今日は予想以上に疲れたしな…)

手紙は明日書こう。そう決めた俺は軍服を脱いでベッドに潜った。

(そういえば…晩飯の時、クロステルマン中尉にはやけに噛み付かれたな…仲良くできるならそうしたい…んだけどな…)

そこまで考えたところで、俺の意識はまどろみに連れ去られていった。





―同隊同基地 執務室―





「それで、彼についてどう思う?」

開口一番、ミーナは坂本に尋ねる。

「不審な点は今のところ見当たらない。初日だしな…だが、この原隊については私も聞いたことが無い。」

二人の疑問、それは見慣れない『扶桑皇国海軍第0独立戦闘航空隊』という部隊名。

「…上層部のスパイ、という線は?」

「もしそうなら、こんなあからさまな部隊名は表記しないだろうな」

暫し考え込む二人。

「…まあ、奴に不審な点が見えなければ、直接尋ねてみればいいだろう」

考えても仕方ないと判断した坂本が、とりあえずの結論を出す。

「今日はもう遅い。明日以降、俺に直接話を聞こう。それでいいか?」

特に反論も無いので、素直に頷くミーナ。

「では、おやすみミーナ」

「おやすみなさい、美緒」

挨拶をかわして、執務室にはミーナ一人となる。

(明日からまた大変そうね…私ももう寝ましょうか…)

まだ多少の書類仕事は残っていたが、今日のところは作業を切り上げてミーナも執務室を後にした。

明日から、また騒がしい日々が始まる。





最終更新:2013年02月02日 13:37