―第501統合戦闘航空団ブリタニア基地 俺自室―





「…ん…朝か」

まだ朝日が完全に昇りきっていない中、俺は目を覚ました。
大きく伸びをして、欠伸を一つ。
ふと、窓の外を見る俺。朝焼けに照らされ、煌く海が一望できる。暫しその光景に目を奪われていると、眼下の森に何かが見えた。

「…ん?」

視線を下に転じる。草木の茂みから一瞬見えた影は、刀を一心に振る坂本のものだった。

「あれは、坂本少佐…自主トレか?」

(ちょうどいい。まだ、この基地のことも隊員のこともはっきりとは分かってないしな。字面だけのデータじゃ分からないことも教えてもらうか)

そう決めた俺は、身支度を整えて部屋を出た。



―同隊同基地 基地外れの森―



「やっ!…はぁっ!」

気合と共に、朝日を浴びた白銀の刀身が一閃する。

「ふっ…はっ!」

一息の度に、無駄の無い刀捌きを見せる坂本。

「ふぅ…ん? 誰だ?」

一通り訓練を終えて刀を背中の鞘に戻した坂本が、何かに気付いたらしく近くの茂みに声をかける。
物陰から姿を現した俺。その姿を見て、坂本はわずかに表情を緩める。

「なんだ、俺か。慣れない気配だったから驚いたぞ」

「それはすみません。邪魔しちゃ悪いかな、と…」

頬を掻きながら言う俺に、坂本は軽く笑って気にするな、と返す。

「それはそうと、俺は何しに来たんだ?」

額の汗を軽く袖で拭い、坂本が質問する。

「いえ、昨日も何人かとは少し話したのですが、まだ色々分からないことが多いので。それで、少佐に聞こうかと」

「はっはっは、そうかそうか! なら、機密に触れない範囲でなら何でも答えてやろう」

さりげなく「機密に」の部分を強調する坂本。軽く探りを入れたつもりだったが、俺の表情に特に変化は無い。ありがとうございます、と微笑むのみ。

(ふむ。まあ、いいか)

下手に探りを入れるのを止め、逆に質問する。

「こちらも聞きたいことがあってな。ミーナ込みで話がしたい。構わんか?」

一瞬、きょとんとした俺だったが、得心したように頷く。

「…それは、俺の原隊のことですね?」

質問しようとしたことを先に言われ、面食らう坂本。その様子を見て、苦笑する俺。

「まあ、あんな怪しげな部隊名のところから派遣されたとあれば、そりゃ疑いますよね。もう訓練は終わりですか?」

終わりなら歩きながら少し話を、との俺の言葉に従い基地に足を向ける。と、その時、俺は奇妙な視線を感じた。
反射的にショルダーホルスターからコートに隠れていた二丁の銃を抜き、姿勢を低くする。

「どうした!?」

坂本も俺の様子を見て、背中の刀に手を伸ばす。

(ネウロイ? いや、違う。だが、この殺気にも似た感覚どこから…っ、そこ!)

妙な殺気の発信源と思われる箇所に当たりをつけ、素早く銃口を向ける俺。が、そこは敵どころか味方しかいない基地の、しかも誰かの部屋の窓だった。

(…? 気のせい? にしてはやけにはっきりした感覚だったが…まあ、いいか)

気付けば、先程の殺気も消えている。ほっと一息吐いて、両手の銃をしまう。

「…俺?」

俺の突然の行動に不審な目を向ける坂本に、俺はまたも苦笑を向けるしかなかった。





―同隊同基地 ペリーヌ自室―




「な、何故気付かれましたの…」

窓際に必死の形相で張り付くペリーヌ。
大丈夫、ここなら死角。見えやしない…と自分に言い聞かせるのだが、動悸と冷や汗が止まらない。

「坂本少佐の勇姿を眺めながらの至福の朝でしたのに…あの男っ…!」

昨日配属になったばかりの男。俺とかいったか。昨晩の食事の時も思ったが、何か気に食わない…とペリーヌはそこまで考えて、それどころではないことを思い出す。

「…はっ! し、少佐は?」

先程俺に発見されるのを防ぐために咄嗟に蹴り倒した望遠鏡を再び立て掛け、坂本を探す。が、既に俺共々姿が見えない。
既に見える範囲から移動したようだ。そう判断してからのペリーヌの行動は早かった。
素早く望遠鏡を分解、ケースに仕舞う。そしてネグリジェを脱ぎ捨て、ベッドの上に放る。ただし、皺一つ無く。
次いで軍服を手に取り、着る。急いだため若干乱れた髪を素早く櫛で梳く。

これらの動作を二分弱で済ませたペリーヌは、メガネの奥で闘争の炎を燃やす。

(坂本少佐と二人きりだなんてっ…! いくら少佐と同郷の出身といえど、許せませんわ!!)

ドアを壊さんばかりの勢いで開き、静かな廊下を駆け抜けるペリーヌ。彼女の脳内人物リストに、宮藤と同等の要注意人物が追加された。




―同隊同基地 執務室―




「…確認します。俺さん。あなたは本当に上層部から特別な意を受けてここに配属になったわけではないのですね?」

坂本と共に執務室に来た俺は、ミーナと坂本の疑問に一つ一つ答えていた。

「ええ。特には。ここに来たのは単なる戦力増強ですよ」

ミーナの質問にすらすらと答えていく俺。内心、説明を全く無しに放り出したクソ上官に呪詛の言葉を吐きながら。

「しかし、何の説明も無かったんですね、うちのクソ上か…少将からは…」

溜息を吐く俺に、ミーナはさらに質問する。

「この、第0独立航空戦闘隊という部隊について詳しく解説してもらえる?」

「はい。俺の原隊は、クソ上…沢原少将が独自に創設し、彼の指揮の下あらゆる戦場に赴く、遊撃部隊です」

悪い言い方をすれば私兵ですね、と付け加えて俺は続ける。

「俺の使い魔と、鴉のようにあちこち飛び回る様にかけて、通称レイヴンウィッチーズと呼ばれています」

「レイヴン…まさか、あの幽霊部隊か?」

「ええ。俺の部隊は、そんな呼ばれ方をしていましたね」

坂本もミーナも聞いたことはあった。
過去の戦場において、所属部隊不明のウィッチ二人に危機を救われた、と。そして、そのウィッチは自らのコールサインを『レイヴン』と名乗ったそうだ。
しかし、どこの国もこぞって「そんなウィッチは知らない」と言う。結果、幽霊部隊としてウィッチ達の間で一時期噂になっていたのだ。

「…去年ぐらいから、そんな話は聞かなくなったわね。所詮噂かと思っていたんだけど…」

実在していたなんてね、とミーナは俺を見る。俺は複雑な表情を浮かべている。

「…去年の今頃、俺の僚機は撃墜され戦死しました。その頃からあまり俺も戦場に出ることは少なくなったので、噂が無くなったのはそのせいかと」

言い終えて目を伏せる俺に、執務室がやや暗い雰囲気に陥る。が、すぐに俺自身がその空気を晴らす。

「すみません。お二方、そんな顔しないでください」

明るく言い、空気を変えようとする俺に、二人も顔に笑みを浮かべる。俺はほっとした。
それから多少ミーナからの質問があったが、その口調も最初と違いやや穏やかなものだった。

「…聞きたいことはこのくらいかしら。ごめんなさいね、変な風に疑ったりして」

「私もだ。すまんな、俺」

二人は揃って頭を下げた。二人の行動に慌てる俺。

「いや、顔を上げてください。こんな怪しいの、疑われて当然ですよ。悪いのは完全に説明不足なうちのクソ上官ですから」

その言葉に顔を上げる二人を見て、ほっとする俺。

「そういえば、何故沢原少将はレイヴンウィッチーズのことを公表しないんだ?」

坂本が当然に疑問を口にする。当然と言えば当然だ。ミーナも興味深そうに俺を見る。

「えっと…大した理由ではないんですが…あのクソ上官は部隊を創設する時、こんな事を言ってました」

呆れの色を隠そうとせずに、俺は続ける。

「『謎の独立部隊って、カッコよくないですか?』…と」

これには、流石の二人も絶句した。俺は、ただ黙って頭を下げるしかなかった。




―同隊同基地 食堂―




「芳佳ー! ごはんー!」

宮藤とリーネが朝食の準備をしている食堂に、ルッキーニが駆け込んできた。

「おはようルッキーニちゃん! もうすぐ出来るから、ちょっと待ってて!」

厨房から声をかける宮藤。早くしてねー!と言いながら席に着くルッキーニ。一番乗りかと思っていたが、すでに先客がいた。

「…どったのペリーヌ?」

ルッキーニの視線の先で、ペリーヌがテーブルに伏していた。

「…な、なんでもありませんわ…」

部屋を飛び出したはいいものの何処に二人がいるのか分からなかったペリーヌは、あれからずっと基地中を駆け回っていた。

(一体二人は何処に…ああ…坂本少佐…)

そうして疲労感と絶望感一杯でなんとか食堂に辿り着き、テーブルで力尽きたという訳だった。

「うじゅ…からかおうと思ったのに…つまんない」

ルッキーニがやや残念そうに呟くが、最早噛み付く気力も残っていないペリーヌ。そんなペリーヌに、見かねたリーネが紅茶を差し出す。

「あの、ペリーヌさん…大丈夫ですか?」

カップを渡しながら、気遣うリーネ。

「ええ…お構いなく」

とは言うもののいつになく疲れた表情で力なくカップを受け取るペリーヌを見て、さらにリーネの表情が曇る。

「あの…昨日寝れなかった、とかですか…?」

言ってからしまった、余計なお世話だと怒られる、と思ったリーネは身を硬くする。

「本当に、お気遣いは結構ですから…朝食を早く作っていただけます?」

掛け値無しに、リーネは絶句した。まさか、あのペリーヌがここまでしおらしくなっているとは。

「…なんですの?」

流石に訝しげな顔をしたペリーヌに、何でもありません! と告げて逃げるように厨房に走り去るリーネ。それを力なく見送ったペリーヌがカップに口をつけるのと時を同じくして、食堂に人が集まり始める。
真っ先に入ってきたのはバルクホルンだ。次いでシャーリー

「おはよう。お、ルッキーニ来てたのか」

「シャーリー! おはよー!」

椅子から飛び上がり、挨拶とばかりにシャーリーの胸に飛び込むルッキーニ。おいおい、と言いながらも満更ではないシャーリーに、バルクホルンが苦言を呈する。

「貴様ら…もう少し慎みというものを弁える気は無いのか?」

「えー。…バルクホルン大尉、もっ!」

言うが早いが、バルクホルンに飛び込むルッキーニ。そのままバルクホルンが抵抗する前に胸に顔を埋める。

「ん~おっきい~」

「なっ!? このっ…! 離れろルッキーニ少尉っ!」

全力でルッキーニを引き剥がすバルクホルン。剥がされたルッキーニは一瞬不満げな顔をするが、すぐにシャーリーの胸に再度ダイブする。

「でも~やっぱりこっちがいっちばーん!」

「そうかそうか、あっはっは!」

「だから、貴様らは…っ!」

(朝から、元気な人たちですこと…)

その騒ぎを眺めながら、ぼんやりと紅茶を啜るペリーヌ。無論、自分が言えた義理ではないことはとっくに頭から消え去っている。彼女の頭を現時点で占めているのは唯一つ。

(…ああ…坂本少佐…)

と、その時、ペリーヌの想いが通じたのか。

「おはよう皆。今日もいい天気だなぁ、はっはっは!」

豪快に笑いながら、気分良さそうに食堂に坂本が入ってきた。

(さっ、坂本少佐!)

先程までの疲れも何もかも全てが吹っ飛び、目を輝かせて立ち上がるペリーヌ。…が、数瞬後にその表情が一変した。

「おはようございます」

何故なら、坂本のすぐ後に、怨敵(一方的な)俺が入ってきたからだ。

「あー…イェーガー中尉達は朝から元気…ッ!?」

未だ喧騒の最中にいる三人を一瞥した俺は、自身に向けられた今日二度目の殺気を察知した。今度は、探すまでも無かった。

(く…クロステルマン中尉…?)

俺を凄まじい眼力で睨みつけるペリーヌ。何かしただろうかと急いで考える俺。ペリーヌの口が開く直前、

「おはようペリーヌ! どうした? そんな怖い顔をして、何かあったか?」

坂本がペリーヌに声をかける。その瞬間、ペリーヌの表情が一気に軟化した。

「い、いいえ!? 少佐、おはようございます!」

「ん、そうか、ならいいんだ。おーい、宮藤ー! 朝食は…」

そのまま厨房の宮藤達のところに行ってしまう坂本。同時に、再び現れる俺への敵意の表情。

「…その、クロステルマン中尉?」

「話しかけないでくださいます?」

声をかけて話を聞こうにも、そもそも話すら聞いてもらえない始末。頭を抱える俺。
仕方ないので、話を聞くのを諦めて席に着く俺。…呪詛の視線が、さながらネウロイのビームのように俺に突き刺さる。すごく痛い。
そこへ、ミーナとハルトマンが食堂へ入ってきた。

「おはよう皆」

「おはよー…」

ミーナは笑顔で、ハルトマンは半分欠伸交じりで挨拶する。

そんなハルトマンを見てバルクホルンが何か言おうとしたが、ちょうど宮藤達が朝食を持って来たことで口を噤む。
次々と並べられていく料理は、昨日の晩と同じく扶桑料理だ。

「夜間哨戒組の二人以外は皆揃っているわね? それじゃ、いただきます」

ミーナの合図と共に、全員か料理に口を付け始める。俺も箸を手に取り、まず納豆を口に入れる。その瞬間、宮藤が顔を輝かせた。

「俺さんは納豆食べられるんですか!?」

「ああ。扶桑にいた頃は毎朝食べてたよ。でも、この納豆は美味いな。今までで一番美味いよ」

えへへ、と嬉しそうに笑う宮藤。そして、むすっとした表情で続けた。

「皆、食べてくれないんですよ…こんなに美味しいのに…」

そこに、ペリーヌが口を挟む。

「ふん。こんな腐った豆、とても食べられませんわ」

相変わらずつんけんとした態度のペリーヌを見て、シャーリーがニヤニヤしながら言う。

「坂本少佐は好きで食べてるぞ?」

うっ、とその一言に詰まるペリーヌ。

「いくら坂本少佐の好物だとしても…こんなものを口に入れるなんて…」

何やら葛藤の最中に突入するペリーヌ。そんなペリーヌを見てニヤニヤするシャーリーとルッキーニ。

「それもーらいっ」

「おいハルトマン! 私のおかずを取るな!」

何やらおかずの取り合いで盛り上がるハルトマンとバルクホルン。芳佳とリーネは料理の話題で盛り上がっている。
そんな隊員達を眺めて、笑顔で朝食を口に運ぶミーナと坂本。

(…本当に仲がいいんだな。ここは…)

自分が今まで渡って来た場所でも、ここは特に居心地がいい。
戦場の過酷な空気に当てられて、仲間内の食事の時間でさえギスギスした雰囲気が漂う部隊を、俺は何度も見てきていた。

(叶うなら、お前と一緒にここに来たかったな…)

脳裏に浮かぶのは、かつて自分の二番機だった少女の顔。自分を庇った時の、少女の笑顔…。

「あ、そうだわ。俺さん」

物思いに耽っていた俺に、食べる手を止めて話しかけるミーナ。

「あなたのストライカー、今日の昼に届くそうよ」

「何? それは本当か?」

坂本がこちらの話に食いついてくる。

「思ったより早かったですね。もう調整済んだのか…」

扶桑で自分のストライカーを任せている友人の顔を思い浮かべる俺。まあ、あいつのことだしな、と思考に一区切りをつける。

「なら、そうだな…おーい、皆! 食べながらでいい、聞いてくれ!」

少し何かを考えて、坂本が皆に注目を促す。

「今日、昼に俺のストライカーが届くそうだ。なので、昼の訓練内容を変更して、模擬戦形式で俺の実力を見る。それに合わせて昼食までの時間を自由時間にしようと思う」

「やったー! 自由時間だー!」

「よ、芳佳ちゃん…」

自由時間と聞いて真っ先に喜ぶ宮藤と、それを諌めようとするリーネ。その様子に、坂本がすっと目を細めた。

「宮藤。リーネ。お前達はこの後滑走路に来い! 特訓だ!」

「えー!」

「なんだ宮藤。嫌そうだな?」

坂本の視線に、途端に宮藤が萎縮する。

「あっ、あのっ、さ、坂本少佐! わ、私もその、訓練をご一緒に…」

ペリーヌが、しどろもどろになりつつ坂本に訓練を志願する。

「ん? はっはっは! いい心がけだペリーヌ! よし、三人とも! ビシバシ鍛えてやるからな!」

そう言って豪快に笑う坂本にペリーヌはうっとりとした表情、宮藤とリーネはややげんなりした表情という対照的な構図。
その様子に、俺はここに来て何度目かも分からない苦笑を浮かべた。





―同隊同基地 滑走路―




朝食の後、基地をふらふらしていた俺がバルクホルンに捕まり原隊や噂の真偽について洗いざらい吐かされ、部屋を間違えてエイラに殴られ、結局坂本に捕まり訓練に参加させられたことなどがあったが、それら些細なことはこの際割愛する。
昼まで訓練していた宮藤たちに代わり、昼間は俺がありあわせの物で簡単な昼食を仕上げた。因みに、俺の料理はなかなか好評であった。

そして、昼食の後に全員が滑走路に集合した。が、しかし。

「あのさー…来たはいいけど、本当に今日来るのー?」

エーリカが欠伸をしながら言う。確かに、まだ輸送機は到着していない。

「報告には昼とあったんだけど…何の音沙汰も無いわね」

ミーナが手元のファイルと、次いで滑走路に持ち出した通信装置を見て言う。

「うー…暇ー」

ルッキーニがダダをこね始める。確かに、何もせずに突っ立っているのはルッキーニでなくても退屈なものがあるだろう。他の隊員も概ね同意見だった。

「…あ!」

坂本が暇なら訓練を、と言い出す前に、ルッキーニが面白いことを考えたとばかりに目を輝かせて俺の前に飛び跳ねてくる。

「ね、ね。俺の使い魔ってなーに?」

ああ、といった顔で他の隊員もこちらに視線を寄越してくる。

「使い魔はカラスだよ。ワタリガラスってやつ」

なるほど、と俺の原隊について聞いていた三人が頷く。

「それ見たい! どんなやつ?」

ルッキーニが更に質問する。どんなやつと言われても…、と俺は苦笑する。

「そういや、スオムスの方の神話にもワタリガラスは出てくるナ」

エイラの言葉を聞いたルッキーニがさらに目を輝かせ、見たい見たい神話に出てくるみたいなカラス見たいー!と騒ぐ。

「分かった分かった…でも、そんな大層なやつじゃないぞ?」

「それでも見たいのー!」

まあ、見せて困るものでもない。他の人も興味示してるし…と俺は考え、腕を上げる。

(…来い、ヤタ)

使い魔とのリンクを通じて、相棒の名を呼ぶ。すると、どこからとも無く一羽のカラスが飛んできた。それは隊員たちの上を一周した後、俺の腕の上にそれは留った。

「…なんか、普通のカラスー…ちょっとつまんない」

イメージと違ったのか、ルッキーニがむくれる。と、その時、

「ああ? 誰が普通のカラスだコラ?」

ポカン、という表情がこれほど似合う顔はないだろう、と場違いにも俺はルッキーニの顔を見て思った。
まず、ルッキーニは俺の顔を見る。苦笑して首を振る俺。次いで、ややぎこちなく振り返る。隊員の誰もが、ルッキーニと相違無い表情を浮かべている。

「…何処に目つけてんだそこのクソガキ。目の前の俺様が見えてねぇのか? あァ?」

ぎぎぎ、とルッキーニが俺を、正確には俺の腕に留まったカラスを見る。

「…つ、使い魔が喋った!?」

「なんだ、文句あんのかコラ?」

驚愕するルッキーニと、他全員。俺が頬を掻いて、説明を始める。

「あー…紹介します。こいつが俺の使い魔、ワタリガラスのヤタです。…ヤタ。挨拶しろ」

ふん、と鼻を鳴らすのみのヤタ。溜息を吐く俺。

「…喋るだけで、見た目普通のカラス…でもちょっと大きいくらい? やっぱりちょっとつまんない…」

あ、と俺が思った時には既に遅かった。ルッキーニの一言に、ヤタの目に怒りの火が灯る。

「ほう…テメェ、いい度胸してんじゃねェかコラァ!」

俺の腕から飛んだヤタがルッキーニに飛び掛り、頭をつつき始める。

「痛い痛い痛い! ぴぎゃー!」

「オラオラオラオラァ!」

悲鳴を上げて、逃げ惑うルッキーニ。ひたすら逃げるルッキーニを追いかけてつつき回すヤタ。その光景を尻目に、坂本が場を取り繕うように咳払いをする。

「…人の言語を理解する使い魔がいる、とは聞いたことがあったが…まさか、実際この目で見ることになるとはなぁ」

坂本の言葉に、バルクホルンが同意する。

「噂の幽霊部隊といい、喋る使い魔といい、俺はまさに歩く御伽噺のようだな」

「大尉…その言い方はちょっとへこむんだが…」

そんな会話を交わしている間にも、一人と一匹の鬼ごっこは継続していた。

「わーん! シャーリー!」

ルッキーニが半べそをかきながらシャーリーの後ろに隠れる。

「お…おい、ヤタだっけ? その辺にしといてくれないか?」

シャーリーがルッキーニを背中に庇うようにして言う。

「あぁ? 却下だ却下。つつかれたくなけりゃそこどけ」

まだヤタはルッキーニを許す気がないらしい。流石にこれ以上は、と思った俺がヤタに歩み寄る。

「その辺にしとけ、ヤタ。もういいだろ」

「うるせぇ。テメェは引っ込んでろヘタレ野郎」

その時、一番傍にいたシャーリーとルッキーニは、はっきりと見た。俺のこめかみに、青筋がくっきりと浮き出たのを。

「…いい加減にしろよ?」

俺は笑顔のまま、ヤタにさらに近寄る。そして、そのままヤタの首を掴んだ。

「ちょ、何だテメッ、首、首はやめ…グエッ」

「ちょっと…教育が足りなかったかな? なあヤタ?」

そのまま、笑顔でギリギリとヤタの首を締め上げる俺。多少危なげな音が聞こえ始めた気がしたが、そんなものを一切聞かない俺の力は一向に弱まらない。

「グッ…テメッ…あんまり調子に乗るんじゃねぇぞ!!」

ヤタが翼を大きく広げた瞬間、大量の黒い羽がヤタを中心にばら撒かれる。思わぬ反撃に、俺の力が弱まった瞬間を逃さず脱出するヤタ。

「おいコラテメェ! 使い魔殺す気か!?」

俺の手の届かない高度に滞空し、叫ぶヤタ。

「お前が悪いんだろ? 全く、すぐキレやがって」

手首を軽く振りながら言う俺。

「ちっ…興が冷めたわ。もうくだらねぇことで呼ぶんじゃねぇぞこのヘタレめ!」

棄て台詞と共に、何処かへ飛んでいくヤタ。溜息とともにそれを見送った俺は、ヤタが消えたその先からこちらに飛んでくる影を捉えた。

ネウロイか。一瞬身構える俺だったが、杞憂だったようだ。

「あれは…輸送機だな。ようやく到着か」

坂本が魔眼を用いて確認する。それは紛れも無く扶桑からの輸送機だった。その時、簡易通信装置に通信が入る。ミーナがそれを操作すると、俺にとって馴染み深い声が通信機から聞こえてきた。

《あー…こちら第0独立戦闘航空隊所属機だ。501、聞こえるか?》

「こちら501。よく聞こえています」

《扶桑からの補給品を持って来た。着陸許可を求めたい》

「了解。着陸を許可します」

そこで通信を切ると、隊員に滑走路から離れるように促すミーナ。その間にも輸送機は着実に基地に近き、着陸体制に入る。
そのまま、何事も無く無事に着陸。輸送機の扉が開き、一人の男が姿を現す。

「よう、俺!」

「おう、久しぶりだな。友」

軽い挨拶と握手を交わす俺と友。その後友はミーナに駆け寄り、敬礼した。

「着陸許可、感謝します。扶桑皇国より派遣されました、友技術中尉です」

ミーナもそれに習い、敬礼する。

「501隊長、ミーナ・ヴィルケ中佐です。遠路遥々と、ご苦労様」

長旅の疲れをねぎらうミーナに、恐縮です、と返す友。手に持ったボードをミーナに渡し、続ける。

「補給品の目録になります。確認の上、受領書にサインを」

ボードを受け取ったミーナは、挟まれている紙に目を通す。

「…俺大尉のストライカーと武装、それから食料ね…」

輸送機から次々と下ろされていくコンテナを一瞥し、ミーナは一番の疑問を口にした。

「…なんで大量の米と、同じくらいのジャガイモが送られてきたのかしら?」

「おー、ジャガイモだー!」

素直に喜ぶエーリカを尻目に、ミーナは苦笑する。
補給は素直にありがたい。それも食料となれば、感謝してもしきれないくらいだ。だが、いくらなんでも米とジャガイモオンリーとは如何なものか。
それに対して、友は苦笑して答えた。

「ええ、まあ…うちの上官が、『食料の補給は…米とジャガイモをしこたま送りましょうか』と言ってきたので…」

「…あのクソ上官…」

溜息を吐く俺に、友が輸送機の方を指す。

「まあ、文句は後にしてあれ見ろ」

苦い表情をそのままに、俺は友の示した方を見る。そこでは、一機のストライカーユニットが下ろされている所だった。

「扶桑製のストライカーか? だが、見たこと無い機種だな」

坂本がいの一番に近づき、俺のストライカーを観察する。

「J5N1『天雷』。試作機ですが、性能は実戦に耐えられるレベルですよ」

「天雷? あれは確か目標性能を満たずに開発は中止したと聞いているが…」

首を捻る坂本に、友が説明を始める。

「試作されていた内の一機を、うちの上官が何処からか拾ってきたんですよ。それを、俺専用として徹底的にチューンして、どうにか実戦投入する運びになった訳です」

元々の性能は悪くないストライカーでしたから、と友は付け加える。そこに、コンテナをチェックし終えたミーナが声をかけた。

「補給品の確認が出来ました。改めて、感謝します」

「恐縮です。後は少し天雷の様子を見て、任務完了です」

「もう帰るのか?」

俺が少し驚いて言う。

「ああ、まだ向こうでやることが残っててな。というわけで俺、天雷の調子が見たい。履いてみてくれ」

そうか、と俺は天雷に向かう。久しぶりに見るその機体。高揚感が湧き上がってくるのを俺は自覚する。
簡易固定ラックから挿入口に飛び込む俺。ストライカーと己が一体になる瞬間。久方ぶりの感覚が、俺の全身を駆け巡った。

足元に出現した魔法陣は、宮藤と同程度。バルクホルンが軽く目を見張り、坂本が感心したような吐息を漏らした。

「エンジン始動」

少しずつエンジンの回転数を上げていく俺。目を閉じて、エンジン音の機微を正確に聞き取る友。

「…エンジン音に問題は無さそうだな。じゃ、軽く飛んでみてくれ。中佐、許可をいただけますか?」

「ええ、許可します。…あ、俺君。インカムを」

ミーナからインカムを受け取り、耳に装着する俺。それを確認してから、友がラックのレバーに手を掛ける。

「ラック外すぞ。いいな?」

「あいよ」

友がレバーを下げると、天雷の戒めが解かれる。

「行くぞ、天雷」

俺はスロットルを一気に限界まで叩き込み、自身を前へ、空へと押し出した。久しぶりの空だ。様々な感情に、俺の頬が緩む。

《あー…俺、聞こえるか?》

インカムから友の声が聞こえ、俺はそちらに意識を傾ける。

《ほんの少しでいいから、何か異変を感じたら教えてくれ。前よりまた少し手を入れたからな》

「了解。適当に動かしてみる」

俺は最大まで入れたスロットルをそのままに、一直線に飛行する。

(…少し速くなったか?)

色々手を入れた、というのは伊達ではないらしい。友の「手入れ」がどれほどのレベルのものか、俺はよく知っていた。

(基地の浴槽を丸々戦艦に仕立て上げた奴が弄ったストライカーというものはいささか不安なところもあるが…今回もそれは杞憂だな)

俺は速度をそのままに機首を上げ、そのままループする。
二度目のループの頂点でインメルマンターンを用いて進路を基地方向へ戻す。

基地の上空に差し掛かったあたりで、一度大きく旋回。次いで更に機首を上げ、スロットルを限界まで下げる。
しばらく上昇した後、失速した俺がU字を描くように落下し、機首が下を向く。テールスライドと呼ばれる機動だ。そのまま俺は、基地に向けて降下した。

何事も無く地上に帰還した俺に、友は矢継ぎ早に質問する。

「お疲れ。で、どうだった? 何か異常は無かったか? 気になる点はあったか?」

「おいおい、まずは天雷を脱がせてくれよ」

そうか、と身を引く友に俺は一つ苦笑すると、天雷をラックに固定し、挿入口から足を引き抜く。

「中々見事なテールスライドだったぞ、俺」

坂本の賞賛に、頭を下げる俺。次いで、友に向き直る。

「異常は特に無いな。それどころか、以前より機体の出力も追従性もよくなっている。お前、また調整という名の魔改造をやったな?」

俺の言葉に、友は魔改造ってなんだよ、と苦笑する。

「ちょっと、色んな部品を効率の良くなるように取り替えただけだよ」

どうだか、と笑う俺。部品をちょっと変えて性能が上がるくらいなら、恐らく技術屋は誰も苦労しない。

「この先異常があればすぐに俺に連絡しろよ。これは、細かいところは俺しか出来ないからな」

「ああ。分かった。…でもスペックシートくらいは置いて行ってくれ。軽い整備も出来ないんじゃ困るからな」

それを聞いた友が手に持ったボードから一枚の紙を俺に手渡し、言う。

「そいじゃ、もう行くわ。…生きろよ。また会おうぜ」

「…当然だ」

最後にミーナ達にもう一度敬礼すると、足早に輸送機に乗り込んだ友。その後、すぐに輸送機は飛び立って行った。
補給品を置くだけ置いて行った友の輸送機を見送った後、坂本が声を張り上げた。

「さて、思ったより遅くなったが、予定通り模擬戦を行う。俺の相手は…」

隊員を見回した坂本の前で、ペリーヌが挙手をした。

「少佐。模擬戦の相手、私にやらせていただけますか?」

これには、誰もが驚いた顔をする。着任初日から、ペリーヌが俺のことを快く思っていないことに皆気づいていたからだ。坂本を除いて。

「お? そうか! では、ストライカーの準備をしてくれ。武装もな」

ありがとうございます、と坂本に頭を下げてから、ペリーヌはハンガーに向かった。当然、俺への一睨みを欠かさずに。

「…なんか、嫌な予感がする」

そう呟いてから、ふと俺はエイラがタロットカードを捲くっているのに気付く。
…カードを見てその表情を曇らせたエイラを見て、俺はまた溜息を吐いた。結果は、恐らく聞くまでもあるまい。




―同隊同基地 上空―




《二人とも、聞こえているな?》

インカムから、坂本の声が聞こえる。

《ええ、聞こえていますわ》

「聞こえています」

ストライカーを装着し、空に上がった俺とペリーヌは互いに模擬戦用のペイント銃を持って1500mほどの間隔を空けて対峙していた。
ペリーヌは愛用のブレン軽機関銃を模した銃を、俺はMG42を模した銃をバルクホルンの様に二丁携えている。

《ルールはいつも通り。相手にペイント弾を当てるか、弾切れになるまで続行だ》

「了解」

俺は手に持った銃の感覚を確かめる。問題無い。行ける。

《俺さん。聞こえますわね》

やや不機嫌そうに俺に通信を入れるペリーヌ。

《固有魔法を使用させていただきます。あなたも、そのつもりで》

言外に全力で行く、と告げてペリーヌは通信を切った。

(…本当に、俺は何をしたんだろう…)

何も心当たりの無い俺は首を傾げるが、再びの坂本の声に気を引き締める。

《準備はいいな? 始め!!》

その声と共に、俺とペリーヌは同時に動き出す。
ヘッドオン。彼我の距離があっという間に詰められ、互いに武器を構える。
一瞬、二人の視線が交錯する。次の瞬間、三つの銃口が火を噴いた。同時に放たれた牽制の射撃は互いに掠りもせず、高速ですれ違う二人。

そのまま離脱して距離を離そうとする俺に対して、ペリーヌはすぐさま体を45度バンクさせ、宙返りのように反転。シャンデルと呼ばれる機動で俺に追いすがる。

(背後と優位を同時に取りにきたか。そうこなきゃな!)

頭上から迫るペリーヌが、俺に向けて銃を構えているのを目視した俺は、先程のペリーヌとは逆に体を135度バンクさせ、スライスバックを用いて反転。ペリーヌを引き離そうと試みる。
だが、ペリーヌは俺が考えているより甘い敵では無かった。俺の機動を冷静に俯瞰していたペリーヌはスプリットSで反転、なおも俺の真後ろに喰らい付く。

「甘いですわよ!」

ペリーヌが引き金を引き絞る寸前で、俺はロールしながら機首を持ち上げた。

(この機動、バレルロール? オーバーシュートを狙う魂胆でしょうが、その程度で!)

俺の行動から先の手を読んだペリーヌは、スロットルを下げ、銃口を俺の予測位置に向ける。正確には、向けようとした。
俺の姿が、唐突に視界から消失したからだ。

「!?」

ブレイク。そうペリーヌの脳が自身に命じる前に、既にペリーヌの体は動いていた。
自身に向けられた銃弾を紙一重で回避。急降下して距離を稼ごうとするが、いつの間にか後方に付いた俺はぴったり付いてくる。

(…なんでしたの、今のは…私が、いつオーバーシュートした?)

思考を纏めて、なんとか逆転の策を練ろうとするものの、背後の俺が撃ってくる銃弾に、思考が散らされる。

(とにかく、何か手を…!)




―同隊同基地 滑走路―




「なかなかやるじゃないか。俺大尉は」

バルクホルンが感嘆したように言う。空中での模擬戦の模様は、地上から良く見えている。俺がペリーヌの背後を取った機動もはっきりと見えていた。

「なるほど。ハイGバレルロールか。大方、ペリーヌが高をくくって油断したのだろうな」

坂本が頷いて言う。
そう。先程俺が仕掛けた機動はペリーヌが読んだ通りのバレルロールではなく、より低速、より大回りのハイGバレルロールだった。
それに気付けなかったペリーヌは、まんまと俺の狙い通りにオーバーシュートしてしまったというわけだ。

「ペリーヌさんはガリアのトップエース。相手の機動を読む優秀な目が仇になったかしら?」

ミーナが頬に手を当てて言う。ペリーヌの日ごろの言動はともかく、その空戦技術は確かなものだ。そのペリーヌが俺に一杯食わされた、という事実は少なくとも皆を驚かせた。
その間にも、模擬戦は続いている。
尚もドッグファイトを続ける二人は、ローリングシザーズで相手のオーバーシュートを誘い合う。
二人の軌道が華麗に絡み合うその様に、俺の能力にやや疑問さえ感じていたバルクホルンでさえ見惚れていた。

「俺さん…凄い…」

「俺って…結構強い?」

宮藤が呆けながら、エーリカが首を傾げながら言う。その言葉に、誰もが首肯した。

「元々色んな戦場を渡り歩いてた、と言っていたから…実力はかなりのものなんでしょうとは思っていたけど…」

ミーナの言葉を、坂本が継ぐ。

「想像以上だな、これは。即戦力として期待出来そうだ…」

「あ、見て!」

ルッキーニが空中を指差す。二人の空戦は、次のステップに進んだようだ。

「さて、どちらが勝つか…」

腕を組んで二人の機動を見上げるバルクホルン。

決着は、恐らくそう遠くは無い。




―同隊同基地 上空―




このままでは埒が明かない。そう判断した二人は同時に大きくブレイク。互いに距離を取る。

「中々やるな中尉! 『青の一番』(ブルー・プルミエ)は伊達じゃないな!」

インメルマンターンで反転し、再びペリーヌを追跡しようとした俺が、高揚感を抑えきれずにインカムに言葉を叩きつける。

《私を、この程度と思わないでくださいまし!》

ペリーヌが俺と全く同じ機動をとり、俺と向き合う。インカムから聞こえてくる声が、益々俺を高揚させる。
再度のヘッドオン。今度こそ、牽制は無し。純粋な早撃ち勝負だ。先に引き金を引いたほうが勝つ。

互いに高速で接近していく二人。互いの緊張感が双方に伝播する。

(…捉えた!)

射程に勝る俺が、先に二丁の銃を向けた。が、そこで気付いた。ペリーヌがこちらに銃口を向けていないことに。
そして、何かの予備動作のように左手の指を自らの額に当てていることに。

(これは…まさか!?)

ここで引き金を引けなかったことは、俺の最大のミスだった。一瞬の隙に、俺はペリーヌの固有魔法の射程に捉えられた。

「トネール!!」

既に直接声が聞こえる距離で、ペリーヌの掛け声とともに魔法力が雷撃となって表出し、俺に襲い掛かる。

「ちっ…!」

舌打ちする間ももどかしく、俺は急降下。一瞬前まで俺がいた場所を数条の雷撃、さらにそれを纏ったペリーヌが通り過ぎる。
俺にとっては最悪の状況、ペリーヌにとっては最上の状況に転がり込んだ。

通り過ぎたペリーヌは、先程の俺と同じくスライスバックで反転。さらに速度を増して俺に肉薄する。

(…全く。これが501、最前線の魔女か!)

背後に迫るペリーヌを見ながら、俺は未だに衰えない高揚感の元に、思う。

(まさか、『アフリカの星』とあいつ以外に、ここまで俺の機動に喰らい付いてくるとはな!)

あの勝気な少女と、今は亡き少女が脳裏に浮かぶ。
恐らく、バルクホルン大尉やハルトマン中尉は、もっと強いのだろう。俺の表情がこの基地では見せたことの無い攻撃的なものとなる。

(…だが、これには付いて来れるかな?)

直後の俺の機動に、ペリーヌは自分の目を疑った。
ドッグファイト中に、俺はストライカーを前に突き出し、急制動をかけたのだ。無論、そんなことをすれば末路は明白のはずだ。

(…急制動をかけたことにこちらが驚いて、隙を作った瞬間に後方に飛んで背後を取るつもり?)

ペリーヌは一瞬で判断し、勝利を確信した。

「お生憎様、それで動揺するのはここでは豆狸かリーネさんくらいのものですわよ!!」

銃を構えるペリーヌ。が、直前まで真正面に捉えていた俺の姿が消失した。

「え!?」

オーバーシュートしたわけではない。そもそも、敵を真正面に捉えた状態でどう追い越したというのだ。
では何故。ペリーヌの思考が完全に停止した次の瞬間、当初ペリーヌが予測した通りの後方から声が聞こえた。

「チェックメイトだ、中尉」

ブレイクする暇も、振り返る隙すらなかった。大量の銃弾がペリーヌに降り注ぎ、そのほとんどがペリーヌに着弾した。




―同隊同基地 ハンガー―




「二人とも、お疲れ様。中々いい模擬戦だったわよ」

ミーナが戻ってきた二人を労う。

「…大尉、その…私はお前の実力を測り損ねていたようだ」

バルクホルンが何やら赤くなりながら俺に声をかける。

「おやー? トゥルーデ? 言うことが違うんじゃない?」

にしし、と笑いながらハルトマンがバルクホルンをからかいにかかる。

「『かっこよかったぞ、俺』…なんちゃってなー!」

ハルトマンに上乗せして、シャーリーがあまり似てないバルクホルンの口真似をする。

「き、貴様らー!」

バルクホルンが真っ赤になって怒鳴り二人に迫るが、既に二人は脱兎の如く駆け出していた。待たんかー! と追うバルクホルン。

「ねー俺! さっき、最後に何したの?」

ルッキーニが聞いてくる。

「ああ、固有魔法を使ったんだ」

「固有…魔法? そうは、見えなかったが…?」

鬼ごっこを早々に切り上げ、若干息が上がり気味のバルクホルンが俺に問う。

「ああ、俺の固有魔法は『相殺』。さっきのは、急制動の慣性を相殺してすぐに後ろに飛んだんだ」

なるほど、とバルクホルンは頷く。それなら、あの異常な切り返しにも説明がつく。ペリーヌが引っかかったのも無理は無い。

「そーさい?」

ルッキーニが頭の上にクエスチョンマークが飛び交っている。俺は苦笑した。

「俺さん俺さん! かっこよかったですよ!」

目を輝かせながら俺に話しかける宮藤。

そうか? と苦笑を今度は宮藤に向ける俺。

「クロステルマン中尉も強かったよ。正直、負けるかと思った」

そう言って、ペリーヌの方を見る俺。模擬戦を終えてから、何やら今にも泣きそうな顔で一言も口を開いていない。

「お疲れ、ペリーヌ。いい訓練になったみたいだな?」

「…ありがとうございます」

坂本がペリーヌに近づいて声を掛けた。が、やはり様子がおかしい。あのペリーヌが坂本に対して上の空のような態度を示すとは。
ほとんどの隊員がそれに気付き、そちらに視線を向けた。
奇異の視線を一心に受けたまま、ペリーヌが動いた。脇目も振らず、俺の元へ向かう。

「…俺大尉」

俺の前に来たペリーヌは、目に涙を溜め、一瞬何かを躊躇う素振りを見せ、やがて口を開く。
恐らく、それは口にしてはならないことだった。だが、ペリーヌは止まれなかった。故に、それを言葉として、俺にぶつけた。







「…二度と、私に近寄らないで」





最終更新:2013年02月02日 13:37