『You don’t know. My secret heart story.』
1944年 秋 オラーシャ
『天高く、馬肥ゆる秋』、扶桑にはこういう言葉があるらしい。
俺からその言葉を聞いたのは、大規模な反功作戦が終わり、ここプテルブルクへと帰還してからしばらくたってからだった。
忘れもしない、それは最近私達がドップリ嵌っているチェスでの対戦において、あのバカが負けた罰ゲームとして私の部屋までおんぶで送って貰った時にだ。
私をおぶった瞬間、あのアホ面をニヤケさせながら言いやがった。
俺「天高く、馬肥ゆる秋…いや、この場合はイタチか…」
それが本来の使用法とは全く違った意味で使われた言葉だと知ったのは、後から菅野に正しい意味を教わってからだった。
ちなみに菅野は私のお腹を摘まんで爆笑していた。
菅野「だっはっはっ!なんだよこの肉!!」
その後に喧嘩になったのは言うまでも無いだろう。
本来は『秋は空が澄み渡り高く感じ、馬の食欲が増し、肥えて逞しくなる季節だ。』という意味らしい。
四季折々の好時節を感じさせるし、ユーモラスでありいい言葉だ。
扶桑人というのは本当にセンスがあると思う。この間、あのバカの部屋に行った時に貰ったブラックサンダーというお菓子の美味しさと言えばもう言葉にできない程だった。
閑話休題
つまり、私は太ったと言われたのだ。
まったくなんともデリカシーの無い男だ、…まぁ体重が増えたのは事実なんだけどね…
しかしそれには理由がある。
まず第1に、近頃とんと出撃が無かった事。
第2に、下原少尉の作った御飯がとても美味しかった事。
第3に、ついこの間まで私を襲っていた人生最大の悩み?でいいのかな?とりあえずモヤモヤした物が吹き飛んだ事。
どんな時でも、清々しい気分で食べる御飯と言う物は箸が進む物だ。
体重が増えない方がおかしいんじゃないか?
今回はそんな私が体験した人生最大の悩みについて聞いてもらおうと思う。
まったく、今思い返しても自分の行動の大胆さには驚く。
はっきりしない事にどうにも納得がいかないのは私の性分みたいなもので、それは自分の心に対しても同じだったみたいだ。
事は私の元に届いた大量の手紙の中に、あのバカ宛ての物が紛れこんだ事から始まった。
いつもならすぐにバカへと手渡して終わる話だが、ちょっとした好奇心から差出人の名前を見てしまったのがいけなかった。
いや、結果的にはいけなくは無かったのかな?
これは生まれて
初めて感じた感情に戸惑う純真な私と…
未だ会った事も無いライバルと…
バカでアホで童貞で…そして鈍感なあの男の、しょーもないお話。
* * *
≪第502統合戦闘航空団基地 ニッカ・エドワーディン・カタヤイネン自室≫
まどろむ意識に聞き慣れた声が飛び込んできて、私はいつものように覚醒する。
窓からはからは眠気を吹き飛ばすかのような秋の日差しが、カーテンの隙間から私の上に降り注いでいた
ニパ「んぅ~…」
軽く伸びをしてベッドから這いだす。どちらかと言えば朝は強い方だ。
むさ苦しい声をBGMに、身だしなみを整えていく。
時計を見れば時刻は6:00前、スオムス程では無いが当然オラーシャの秋も他国と比べれば寒い。
それなのに私が見下ろす窓の下では、上半身裸の半裸男が汗を滴らせながらいつもの場所で一心不乱に木刀を振るっていた。
あいつと初めて出会った年の冬に大雪の中、半裸で鍛錬を続けるバカを見た時には驚いた物だが、かれこれもう長い付き合いである、流石にもう何の感想も湧いてこない。
慣れとはなんとも恐ろしい物だ。
ニパ「上着持って行ってやるかな。」
こうして今日も私は自分に言い訳を作って、あのバカの元へと向かおうとする。
デスクの上の鏡を覗きこんで、変な所がないか確認、少し後ろ髪の位置が気に入らない。濡れたタオルを押し当てて直す。
中々綺麗に治らない髪にイライラしながら私は、アイツの側にいたい理由がなんなのか?私が毎朝あいつの元へ向かうようになったのか?振り返って思い出していた。
最初の頃はただ単に、扶桑人の剣術の訓練を見るのが初めてだったから…単なる興味本位で訓練風景を眺めていただけだった。
大型ネウロイすら一刀の元に斬り伏せる人間なんて、扶桑人でも「魔の黒江」と名高い人だけだと思っていたんだ。
赴任早々、エンジントラブルで上手く飛行できない私を尻目に超高度から急降下してネウロイを一刀両断にした人間に興味を持つのは別におかしくはないだろう。
毎日毎日、飽きもせずに木刀を振るい続けるアイツを、私も飽きもせずに眺め続けた。
何故かと言われればアイツの動きがとても綺麗だったのと、少しだけ勇気が持てそうだったから。
強大な敵に抗するためにチッポケな武器を選択し、己を鍛え上げて挑む姿が私にとっては憧れに近い物だったんだよ。
私にとっての“不幸”と言う物はネウロイ並みに強大きな敵であって、到底勝ち目の無い相手だと思っていた…自分の運の悪さを呪って、諦める事しかしていなかった私には、挑み続ける…抗い続けるアイツは…
とてもカッコよく見えたんだ。
ニパ「よっし。」
ようやく髪形が思い通りになった。
くるりとその場で一回転して、最終確認、特におかしい所は見当たらない。
ニパ「…」
だけどちょっと物足りない気がして、いつもは飾り気など一切無い髪形に変化をつけて見る
机の奥深くにしまいこんであったままの髪留めを使って、前髪を右に流して固定
そして普段は一切使用しないブラシを使って髪全体に櫛を入れて、丸みを帯びた感じに整えていく
ニパ「うわぁ…」
鏡に写った私は普段の女らしさの薄い自分と違って、普通に女の子だった。
色々な角度から覗きこんだり、笑ってみたり、脹れっ面してみたり…
いつもと違う自分に、ただただ驚いていた。
私がこのまま下に降りて行ったらアイツはどんな顔をして、どんな言葉をかけてくれるだろうか?
ニパ「いやいやいや!!それじゃ私がアイツに褒めて欲しいみたいじゃん!!!」
ふと我に返って髪留めを取り払い、両手で髪をクシャっとしていつもの無造作な感じに戻す
ニパ「なにやってんだよ、早く行こう…」
洗濯したばかりでフワフワのタオルと、ミネラルウォーターの入ったボトルを携えて私はアイツの元へと向かう、あぁ勿論アイツの部屋に寄っていつものように上着を持って行くのも忘れなかったさ。
外に出れば、気合の入った声がよりはっきりと聞こえてくる
ニパ「うわっ、寒ッ!」
雲が少なく、晴れ上がった空とは裏腹に気温は低めだ。
さっきからビュウビュウと吹いている秋特有の渇いた風が気温以上の寒さを生み出しているようだ、スオムス育ちの私が言うんだから間違いない。
こんな中で半裸とかアイツはやっぱり頭がおかしいと再確認する。
そんな頭がおかしい男の元へと辿りついた頃には、もう鍛錬は終わってしまっていたようだ。
私が意味の解からない行為をしていたせいで、見逃してしまった。
そんな私には一切気付かないで、俺は木刀を鞘に納めるように腰に当てて、目を瞑っている
俺「…」
これは残心と言う行為らしい、詳しくは解からないが、物事を終えた時などに文字通り相手に意識を残す心構えの事を言うらしい。
扶桑人の好む余韻という独特の概念にも通じる物があるのかもしれない。
ニパ「おつかれさん。」
俺「うわっぷ。」
いつまでも見ていても仕方が無いし、汗をかいたままでは風邪をひいてしまいそうなので、俺にタオルを投げてやる。
俺「サンキュ、今日は遅かったみたいじゃん。寝坊でもした?」
ニパ「別に、いつも通り起きたよ。」
こんな風にいつも通りの、他愛も無い会話をして私の一日は始まる
私が手渡したタオルで汗を拭きながら、片方の手で器用にこれまた私が渡したミネラルウォーター飲んでいる。なんとも器用な男だ。
俺「ふーん、何してたの?」
ニパ「え!?それは…」
俺「なんだよ、言えない事か?」
俺が意地悪そうな笑みを浮かべて、踏み込んできた。
私が答えに窮するのがよっぽど楽しいみたいで、ニヤニヤとしている。
ムカツク。
『お前に会うために、お洒落して可愛く着飾ろうとしていた』なんて言えるわけ無い。
ニパ「て、手紙書いてたんだよ。昨日途中で寝ちゃってさ、その続き。」
俺「え?そんだけ?誰に?」
思った以上に私の解答がつまらなかったようで、急激に俺が興味を失っていくのが解かった。
ニパ「ハンナ」
俺「ハンナってお前に似てる子だっけ?」
なんだかんだで、よくツルんでいる私達は、互いの事を良く喋っていた。
私の交友関係について俺は覚えていたようだ
ニパ「そうそう、心配性でさー、私が「502で上手くやってるか心配だ」ってよく手紙くるんだ。だからその返事。」
ちなみに、昨夜手紙を書いていたのは本当。
今考えてみれば、ハンナに書いた手紙の内容の6割くらいが俺の話だった気がする。
近況報告になると、一緒に過ごす時間が長い俺とのエピソードが増えていく。
どうやら私は、思った以上にコイツと共有している時間が長いみたいだ、その事実に今更気付くと言う事は、きっとそれは私にとって自然な事なんだろう。
俺「手紙かー。そういや、扶桑のみんな元気かな。」
ふと、俺が東の方へ目を向けて…遥か遠く扶桑の方向を見つめて、呟いた。
その横顔からはどこか優しさを感じる。
普段あまり見せない表情だから、思わずドキリとしてしまったのは内緒だ。
ニパ「元気だよ、きっと。そのために私達は戦ってるんだから。」
ドキリとしてしまったのが悔しくって、自分がどんな顔をしているか俺に悟られなく無くって、私は俺に背を向けて空を見上げる。
両の掌を組んで、上空へと突きあげて精一杯の伸び、背を反って思いっきり胸を張る。
俺「だな!」
その言葉と同時に俺が私の背中をバシリと叩いて、駆けだして行く
ニパ「痛っ!何すんだよ!!」
俺「競争!食堂まで!お前が負けたら今日の俺の皿洗い当番交代な!」
ニパ「勝手に決めんなよ!それに私が勝ってもメリット0じゃないか!?」
負けたく無くて、私も追いかけるように走り出す。
思いっきり吸い込んだ空気には、秋に咲く達磨菊の高貴とも例えられる香りがする。
眼の前には俺の背中が見える、もう随分と遠くなってしまった。
そう、私はいつもこうして俺の事を眺めているんだ。
一緒に遊んでいても、手を伸ばせばその頬に触れられそうな距離にいても眺めている
それはいつの頃からだったのだろうか?
流れる時は万物を流転させると言うが、きっとそれには人の心も含まれているのだろう。
私の心も、例外なく移ろい行く。
春が過ぎ、夏が終わり、秋が来て、冬を迎える。
そんなサイクルを
繰り返して行く内に、徐々に私達の関係は変化してきた。
ニパ「待てってばー!!」
きっとそれは決して留まらずに、これからも変わり続けるのだろう。
良い方へか、悪い方へか…まぁ何が私にとって良い結末なのかなんて、私には解からないんだけどさ。
まさしく、全ては神のみぞ知ると言う訳だ。
“ツイてない”私にとって、これほど不吉な言葉も無い。
* * *
≪昼 第502統合戦闘航空団基地 ニッカ・エドワーディン・カタヤイネン自室≫
穏やかな昼下がり、どうにも不思議な事に最近出撃がとんと無い。
前回の侵攻作戦が大勝に終わり戦略的に重要な拠点を取り返した事と、カールスラント側のネウロイが妙に大人しいのが理由らしい。
どうにも嫌な予感がするのは私だけでは無いようで、下原少尉も『嵐の前の静けさのようだ。』などと例えていた。
世界的に台風の被害が多い扶桑にはこう言った言葉もあるらしい。
そんな一抹の不安を抱えながら、私は机に向かってペンを走らせている。
書いてるのは手紙、今朝の通りハンナ・ウィンドに近況報告の返事を書いていたのだった。
内容は前述の侵攻作戦の折り、俺と並んで満月を見上げた事、その月がとても綺麗だった事等だ。
満月へ向かって誓った俺の言葉に関しては記さない。
あの出来事はできれば2人だけの話にしたくって、友達にも話したくはなかったんだ。
夢みたいに幻想的で、美しかったあの時間はきっと私にとってかけがえのない思い出なのだろう。
そんな風な事を考えている私の耳に、バラバラと機銃の音が飛び込んでくる。
この音は最近俺の元へと届けられた92式重機関銃の音だ。
遅い発射速度が特徴的だから聞く者が聞けばすぐに解かるだろう
「もっと良く狙って!実戦ではネウロイも動いてるのよ!!」
教導員でもあるロスマン曹長の檄が飛ぶ、比較的訓練所から離れた位置にある私の部屋まで聞こえてくるのだからきっと基地中に響いているのだろう。
急に射撃訓練にやる気を出し始めた俺へ指導するのがよほど楽しいようだ。
「あぁ~!姿勢がブレてる!視線は常に相手から外さない!!もう一回!!」
剣術に絶対の自信を持っていた俺が、銃の練習を始めたのは前述の2人で満月を見上げた日の翌日からだった。
あいつは言った、『なりたい自分になるために。』『自分の守りたい物すべてを守れるように。』『そのための努力など惜しまない。』と。
だからアイツは扶桑から比較的命中精度の高い銃を選択し取り寄せ、訓練を繰り返している。
ロスマン曹長へと指導を願い出る姿は、頑なに銃を持つ事を拒み菊一文字のみで死ぬまで戦い続けると言った男と同一人物だとはとても思えなかった。
私を含め、隊の全員が目をまん丸にして口を開いていたのを思い出す。
ニパ「変わっていくのは、私だけじゃないんだよな…」
コンコン
未だ聞こえるロスマン曹長の声を割って、ドアがノックされる
ニパ「あ、開いてますよ。」
すかさずペンを置いて来訪者の入室を促せば、数秒後に下原少尉が少しだけドアを開きひょっこりと顔を覗かせた。
こう言った女性らしい仕草が妙に嵌っているのが羨ましい。私や菅野が同じ事をやった所でギャグにしかならないのは解かっている。
下原「お手紙届いたんで、持ってきました。」
ニッコリと邪気の無い笑みで私に封筒の束を手渡してくれる。
差し出していない方の手には、未だ束になった封筒が大量に抱えられていた。
ニパ「ありがとうございます。」
皆それぞれに生きてきた分だけ沢山の人と出会って、心を通わして、大切な人が増えて、そして出会った分だけまた別れて行く。
下原「沢山届いたね。スオムスのお友達から?」
ニパ「あ、はい。ほとんどそうですね…後は家族からです。」
下原「うふふ、いいお友達が一杯みたいで羨ましいです。」
言わば、手紙と言うのはそんな離れた人の心と心を繋いでくれる架け橋なのだろう。人それぞれの背景にドラマがあるように、手紙1通1通の裏にも相応のドラマがあるのだと私は考える。
だからこの時私は、私宛の手紙の中に1通だけ紛れ込んでいた俺宛ての封筒を無視できなかったんだ。
誰から、どんな人から送られているのか程度のちょっとした好奇心。
その手紙は、俺のイメージにピッタリの透き通るように綺麗な水色をした封筒を着飾り、扶桑の切手が張り付けてあった。
切手の貼り方とか、封筒のセンスがとても女性っぽい。
ニパ「おいおい、マジかよ…聞いてないぞ、女の友達がいるとか…いや待て、家族という可能性も…」
悪い事をしているとは思いながらも好奇心は、はやる想いは止まらない。
すかさず差出人を確認、扶桑文字は読めないが姓を示す部分には『宮藤』と可愛らしく丸みを帯びた文字が記されていた。
ニパ「俺の姓と違う…って事は家族じゃない…」
しかしこの『宮藤芳佳』という文字には見覚えがある、一体どこで見たのか?
ニパ「あ!ストライカーの!ミヤフジ博士の娘さん!!」
そう、この『ミヤフジヨシカ』は有名人だ。現在のストライカーユニットの基礎となっている『宮藤理論』で有名な宮藤博士の娘で、この間解散した501JFWの一員だったウィッチ。
こないだイッルから届いた手紙にも、彼女について記されていたのを思い出す。
あのイッルが珍しく「ちょっと変だけど、イイ奴」と褒めていたのできっと本当にイイ子で、会ってみたいと思ったものだ。
ニパ「何?この超展開…」
冷静に考えれば、別におかしい話でも無い。
俺の出身地はミヤフジ博士の住んでいたという横須賀だし、ミヤフジヨシカは確か私達とそう年齢も変わらなかったはずだ、同じ年だったかもしれない。
面識があっても別に不思議では無いだろう。
ニパ「いやいや…動揺しすぎだろ私…」
そう言うが、手紙を持つ手は震えているし、視界はグラグラしている。
さっきからあれ程うるさいと思っていた機銃の音も、ロスマン曹長の声も耳に入ってこない。
聞こえるのは自分の心臓の重低音だけ。ドクン、ドクン、と等間隔で脈打って今にも胸を突き破って飛び出してきそうだ。
ニパ「友達でしょ、友達…」
そう、私にも友達からは男女問わず手紙は届くんだから、アイツとミヤフジヨシカの関係だけが特別であろうはずも無い。
だけど、私は知っているんだ。
私は“ツイてない”だから全て物事は最悪を想定しておくべきだと。
ニパ「むむむ…」
穴の開く程手紙を見つめても、中見は見えない。
それでも私はこの空色をした手紙から視線を外す事がどうしてもできなかったんだ。
何もしなくても時間は過ぎて行く。
気付けばもう夕飯の時間で、銃の音も止んでいる。きっと俺も部屋に戻っているのだろう。
ニパ「手紙…」
『間違えて私の部屋に届いた』と持っていかななくてはと思うのだが、どうにも足が動かない。
自分が最低なのは理解している。しかし理解できないのはこの胸にモヤモヤと漂ってグルグルと締め付けてくるドス黒い感情の名前だ。
こんなにも嫌な気分になったのは久しぶりだった。
ニパ「…どうしよう。」
そんな考えた所で答えは一つしか無い問題に悩む私に、救いが現れたのはすぐだった。
ノックもせずにいきなり開かれるドア。
遠慮も配慮も無しにいつものように、私が会いに行かなければいけない人物がやってきたのだ。
俺「ニパ~、チェスしようぜ~」
ついさっきまでロスマン曹長にシゴかれてたはずなのに、疲れを微塵もさせない口調でやって来た俺は、甚平という名の民族衣装を羽織って、手にはチェスのボードと駒を抱えていた。
なんでもラル隊長の暇潰しに付き合わされて以来、俺はチェスに嵌っているらしく、こうして時間があれば私の部屋にやって来て勝負を挑んでくるのだ。
俺「今日こそ絶対勝つ!!」
私の気持ちなんて知らないで、このバカは能天気な事を抜かしている。
誰のせいでせっかくの貴重な休日を無駄にしたと思っているんだ。
俺「ん?この封筒…。」
部屋の真ん中にあるテーブルにボードを設置しようとした俺が、テーブル上に置いてあったミヤフジヨシカからの手紙に気付いたようだ。
ニパ「私の部屋に間違えて届いてたんだ。」
俺「マジ?こういうの困るよな~。」
そう言って、俺はおもむろに封を切り、中を見始めた。
なんだよ、そんなに気になるのかよ。なんて思って思わずムスっとしてしまう。
ニパ「誰から?扶桑の友達?」
俺「ん~、そうそう。こんなちっちゃい頃からのな。」
答えを知っている私の打算的な質問に俺は屈託なく答える。
人差し指と親指で「ちっちゃい頃」の大きさを示しているが、曖昧すぎて解からないのがムカツク。
多分、いわゆる幼馴染であると言いたいのだろう。
ニパ「幼馴染ってやつ?」
俺「そうなのかな?その辺の定義解かんねぇや。」
私の問いかけに適当に答えて、手紙をガン見しているのもムカツク。
幼馴染と言えば思い出すのは、イッルがいつも自分の幼馴染を自慢していた事だ。
それを聞いて羨ましいと思っていたっけ。
マズイ。ミヤフジヨシカが幼馴染だというのは非常にマズイ。
何がマズイのかは具体的には解からないが、とにかく良く無い。
ニパ「う~…。」
思わず言葉を失ってしまう。
突然、変な呻き声をあげた私の方を不審気な表情で見た俺は、すぐにまた視線を手紙の方へ戻した。
ニパ「ねぇ、なんて書いてあるの?」
俺「別に面白い事なんて書いてないよ、近況報告とか、俺への質問とか…」
ニパ「もっと具体的に!」
俺「なんでそんな気になってんだよ?」
ニパ「き、気にしてないし!」
この後も無駄な問答を何度か繰り返し、結局俺が手紙を読んでくれる事になった。
この口八丁は下原少尉に何度も乗せられて変な服を着せられている私が、見様見真似で覚えた技術だ。
俺「なんの羞恥プレイだよこれ…」
心底嫌そうな顔で朗読を始める俺。
私が気になって気になって仕方が無かった手紙の内容は、本当に俺が説明してくれたような、ありふれた内容だった。
所々から感じられる優しさから、ミヤフジヨシカが本当にイイ子だと言うのが伝わってくる。
その中でも気になったのは2点。
1つは、幼馴染である2人の思い出というか、共通の過去を聞いて、私の知らない俺を知っている彼女に、少し嫌な感情を持った事。
もう1つは、最後に記してあった『俺君に会いたい。』と言う言葉。
ただの友達には…多分書かない言葉だろう。
少なくとも、ミヤフジヨシカは、俺に対して特別な感情を持っているのが解かる。
ニパ「うん、イイ子みたいだね。」
先程までなんとなく感じていた不安が的中したが、私は冷静を装っていた。
俺「うん、すげーイイ奴。」
友達が褒められたのが嬉しかったのだろうか?俺がミヤフジヨシカについて話し出す。
得意気に話すのが不快だ。
心底嬉しそうに話すのが不快だ。
それを不快だと感じる自分が、どうしようもなく不快だ。
ニパ「…ごめん、出てって。」
俺「へ?」
俺が言葉を止める
失礼なのは解かってるけど、これ以上聞いていたくない。
ニパ「ごめん、ちょっと1人になりたいんだ。具合悪い。」
俺「大丈夫か?医務室に…」
ニパ「大丈夫、だから…」
真剣に心配してくれた俺の背中を押して、ドアの方向へと向かわせる。
俺が若干の抵抗を見せ、思うように進んでくれない。
俺「つってもなぁ…」
ニパ「大丈夫だから!!」
そう言って思いっきり突き飛ばす。
俺はバランスを崩し、廊下で尻餅をついてしまった。
だけど私はそんな俺を無視しながらドアを閉めて、ドアに背を預けてもたれかかる。
ドアの向こうからは、相も変わらず声が聞こえる。まだ部屋の前にいるようだ。
俺「あ!解かった!お前生理だろ!?」
ニパ「ちっげぇよ!バッカ!!!」
余りにもバカな事を大声で叫んだ俺に、私は手近にあったイタチの置物を掴み、ドアを開いて投げつける。
見事顔面に命中。それから大人しくなったのでダメージは与えられたようだ。
ニパ「はぁ…」
完全に自己嫌悪、自分で勝手に落ち込んで、勝手に嫌な想像をして、心配してくれた人に八つ当たり。まったくもって最悪だと自分でも思う。
しかし言い訳をさせてもらえば、自分でもまだ整理できてない事が多すぎてパニックになっているんだ。
ニパ「あー、もう訳解かんない~。」
頭を抱えて、ベッドへ寝ころぶ。その位置から見える窓に目を向ければ、ガラスにポツポツと水滴が付着していくのに気付いた。
どうやら神様も私と同じでご機嫌斜めのようだ。
ニパ「気が合うね、そうだったら私にもうちょっと幸運くれよ。」
天井に向かって手を伸ばして宙を掴む。当然手には何物も掴めてなどいなかった。
でもそれが、これから私が空虚な未来を掴むのだと言う予言のようで、一層気分が悪くなってしまった。
夜空はいつの間にか分厚い雲に覆われ、雨は激しさを増して行く
まるで、私の心模様と同じように、荒れに荒れている。
ニパ「…はぁ。」
無意味に溜息を吐いて、私の意識はまどろんでいく。
眠りと言う物には人間のストレスを軽減させる効能もあると聞く、それならば今の私に必要なのは睡眠だろう。
こうしてまた言い訳を作って、自分の心に向き合って答えを出す事から逃げた私の意識は、暗闇の中へと溶けて行った。
* * *
気付けば、私は見知らぬ土地にいた。
感じるのはうららかな春の陽気。聞こえてくるのは小鳥の囀り。
眼の前には立派な桜の木がそびえたっていて、花は満開だった。
ニパ「桜花…」
俺が使っているストライカーユニットと同名の花は、扶桑では特別な物らしい。
春には国中に咲き誇り、全国民がその美しい姿に見入るとか…
左右に目を向ければ、扶桑独特の建築様式の家屋が眼下に広がっている。
どうやらここは小高い丘の上のようだ。
ニパ「ここ、扶桑だ…。」
俺から話を聞いていたのと同じ風景。何度も語ってくれたアイツが小さい頃によく遊んでいたという丘。
私は今そこに立っていた。
ニパ「うわ!桜だ!瓦の屋根だ!!」
何度も何度も、俺が本当に楽しそうに故郷の話をするので、いつのまにか私の憧れの場所になっていた土地。
いつか、平和になったら俺と一緒に扶桑に行くのが密かな夢だったりしたのだ。
ニパ「あ、そうだ!俺は?」
思わずあがったテンションに、俺の姿を探す。
これが夢だとしても、私の理想ならきっとここにはアイツもいるはずだ。
もう一度桜の木の方へ目を向けて、そこに探していた姿を発見した。
ニパ「やっぱいた!」
駆け寄ろうとして、足が止まる。
そこに…俺の隣にもう1人誰かがいる事に気付いたから。
ニパ「え…。」
艶やかで黒く長い髪に、小さい顔大きい瞳、スタイル抜群の八頭身扶桑美女が俺の体にベッタリくっついていたのだ。
2人で桜を見上げて、楽しそうに語り合っている。
話の内容ははっきりとは聞こえてこないが、断片的にも『お前は昔から~』とか『思い出の~』なんて言葉が聞こえてくる。
ニパ「う、うわぁぁあああああああああぁぁあああ!!!!」
思わず跳ね起きる、解かってはいた事だが当然夢だった。
パジャマは秋だと言うのに寝汗でグッショリしている。
ニパ「あ、悪夢だ…」
俺がミヤフジヨシカ?と思われる少女とイチャイチャしていた事でなく、夢の中にまでアイツが登場した事に対しての言葉だとは説明させてもらおう。
ニパ「マズイぞ。ミヤフジヨシカがあんな女優みたいな奴だなんていよいよ本格的にマズイぞ…」
なんて、夢に現れた謎の人物をミヤフジヨシカがだと断定して話を進めるのは滑稽な話だ。
壁に掛けてある、故郷から持ってきたお気に入りの空色の時計に目を向ければ時刻は22時、あまり時間は経っていなかった。
ニパ「はぁ…」
今日何度目かも解からない溜息をついて少し考える、寝たおかげで少し冷静にはなれているみたいだ。
そして始まる自問自答。
そもそも私はどうしたいのだろうか?
何を望んでいるんだろうか?
解からない…
ニパ「それは嘘だ。」
そう、嘘だ。本当は知っている。
私が俺に対して持っている感情の名前も、私がミヤフジヨシカに感じている感情の名前も。
解からないって言い訳して、向き合う事から逃げていたって事も知ってる。
ニパ「じゃあ、どうすればいいんだ?」
そんな事決まっている。向き合ったなら、後は対決するだけだ。
私の性格は私自身が一番知っている。
「何事にも白黒つけたがって、どこまでも真っ直ぐ。」昔イッルが言ってくれた私の良い所。
ニパ「ははっ、ホンット今日の私は“らしく”なかったな。」
ダメな自分への自嘲。でもそれはやるべき事が解かった証。
もう眼は前へと向いている。
ニパ「それだけ、今の関係を崩したくなかったんだろうな…」
それでも、いつかは変わらなくちゃいけない。
そして、その“いつか”は“今”みたいだ。
立ち上がり、机の上に置きっぱなしの俺の持ってきたチェスセットを抱えて、私はドアを開き廊下へと出る。
ヒヤリとした夜独特の空気を肌で感じながら、私は脱兎の如く駆ける。走る。
途中ですれ違った大尉には「廊下を走るな。」と怒られた。
ニパ「すいません!後で正座でもなんでもしますんで今は見逃してください!!」
執務室の前ですれ違ったラル隊長は、私の方を見て何か悟ったような顔をして「頑張れよ。」と良く解からない事を言っていた。
ニパ「はい!!」
とりあえず返事はこうだ、これから頑張るんだから嘘じゃあない。
階段を3段飛ばしで駆けあがり、息を切らしながら俺の部屋の前へと到着。
ニパ「はぁ…はぁ…ふぅ。」
呼吸を整え、ノックもせずに、遠慮も配慮も無く俺の部屋へと侵入していく。
いきなり入ってきた私を見るなり机に向かって手紙…恐らくミヤフジヨシカへの返事を書いていた俺はとても驚いた顔をしていた。
そんな驚いた顔がおかしくって、私は少し微笑みながらチェスのセットを差し出してこう告げた。
ニパ「俺。勝負しようぜ。」
* * *
激しい雨が窓を叩く中、俺と私は対面して座っている。
間には、コタツと言う人類の文化史に残る扶桑の至高の発明品を挟み、その中に入って暖を取っていた。
俺「…」
夕方、私があんなに失礼な態度を取ったのにも関わらず快く勝負を受け入れてくれたんだ。
そんな俺は、私の目的がチェスだけだと思っているのだろう、なんの疑いも持たずにチェスの盤上を睨めつけている。
私の心臓は、この後に待ち構えている対決への不安と恐怖で高鳴りっぱなし。
こんなに鼓動が速いのは初めてだ。初陣の日だってこんなに緊張しなかったのに…
ニパ「…」
部屋の中には、チェスの駒が動くカツ、カツ、と言う無機質な音だけが響いている。
まだ私の本題には入ってはいないが、コタツの下では静かにもう1つの戦いが繰り広げられていた。
簡単に言えば、足の場所の取り合い。
最初に俺が私の足の上に乗せてきたから、私も負けじと上に乗せ返している内に妙な事になってしまった。
気付いたら2人の足がコタツ内部で蔓のように絡まり合っている。
俺の足は筋肉質で男を感じさせるが、サカっている場合じゃない。本気で重い。
俺「で、もう体調はいいの?」
ニパ「うん、おかげさまでね。」
精一杯の皮肉だが、通じるはずも無い。
俺「なら良かった、調子悪いお前に勝っても言い訳されそうで嫌だしな。」
ニパ「そういう台詞は盤上見て言えよタコ助。」
俺の盤上の駒達はすでにほぼ全滅状態。実はコイツ、はっきり言ってチェス超弱い。
定石も知らずに突っ込んでくるだけなので、対処は凄い楽なんだ。
クイーンもルークもナイトも既にいない俺の陣地には、ほぼ完璧に揃っている状態の私の駒達が迫っていた。
おそらく、後3手で積みだ。
だから、そろそろ仕掛ける。
ニパ「ねぇ、俺にとってミヤフジヨシカってどんな存在なの?」
私は質問と同時に、クイーンをキングへと差し向ける。
いよいよ、対決の時間だ。
俺「え?だから友達。」
キングを逃がす。それでは手詰まりになるだけだとこのバカは気付かないのだろうか?
ニパ「本当に?それ以外になんかないの?」
今度はナイト、馬の形を模した駒の変則的な動きで更にキングを追いつめる。
俺「無いさ、もう家族みたいなもんで変な目で見るとか無理。お前自分の兄とか恋愛対象になんの?」
俺が残ったビショップを使って、ナイトを打ち倒しキングを守る。
少しは戦う気になったようだ。
でももう遅い。
ニパ「じ、じゃあ…」
覚悟して来たはずなのに、勇気を振り絞ったはずなのに、何故か声は震えて上手く言葉にできない。
指もガクガクしてポーンを上手く掴めないんだ。
だけど…それでも私は戦うって決めたから、私らしく逃げないって決めたから。
頑張って踏ん張って、ポーンをキングの前に叩きつける。
ニパ「じゃあ、私は…私の事はどう思ってるの!?」
チェックメイト。
もう逃げ場は無い。
ちなみにコタツの中でも私が俺の足を組み伏せていた。
こっちもチェックメイト、私の完勝だ。
俺「…」
ニパ「…」
グラグラした視界の中、やっぱり俺の反応が怖くて顔を伏せて視線を落としてしまう。
顔が熱い、紅潮しているのが自分でもハッキリと解かる。
言ってしまった。ちなみに逃げ場が無いのは私も同じ。
俺の得意としてる特攻戦法って奴だ。
ニパ「…」
それでも、やっぱり気になって少しだけ顔を上げて表情を悟られないように俺を見上げる。
やっぱり驚いているのだろうか?
俺「そ、それって…ど、どういう意味?」
俺も、私と同じように顔を逸らしてハッキリとは表情が見えない。
耳がほんのりピンク色になっているのがかろうじて解かった程度だ。
ニパ「…そのまんま…そのまんま…の、意味。」
俺「…」
ニパ「…」
再び訪れる静寂。2人共未だそっぽを向いたまま、時間だけが流れて行く。
コタツの中の足が汗ばんでいくのが解かる。
部屋の中はとても静かで、雨が窓ガラスを叩く音だけが私達を包んでいた。
俺「それ、今言わなきゃダメか?」
ニパ「え?あ、いや…できれば、今…聞きたいんだけど…」
静寂を破って、重い口を開いた俺の表情は信じられないくらい真剣で少し驚いた。
このバカなら茶化して煙に巻くような事してくると思っていたから。
俺「できれば、もう少し…もう少しだけ待って欲しい。」
俺が言葉を紡ぐ。
とてもハッキリとした意思を感じさせる言葉で、私の問いに本気の心で答えてくれる。
いつのまにか、俺が私の方を真っ直ぐに見つめている。
その眼は私の良く知っている眼をしていた、覚悟を決めた時の眼、今の私と同じ。
だから、私も逃げずに真っ直ぐ見つめ返すんだ。
俺「絶対に…絶対にちゃんと答えるからさ…だから、後ちょっとだけ…」
俺「後ちょっとだけ待ってくれないか?」
ニパ「…」
交差する視線は熱を帯びて、そのせいか私も自分の頬が紅潮していくのが解かる。
吐息は水分を含み、湿っぽくなり、頭はあまりの熱に暴走を起こして、用意していた台詞の数々を忘れさせてしまう。
しかし、耳だけがはっきりと俺の発する次の言葉を待っていた。
俺「俺が誓いの通り、理想の自分になれるまで…俺が守りたい物全部守りきれるって自信がつくまで…それまで!!」
その言葉が嘘で無い事や、この場からとりあえず逃げるためのデタラメで無い事は俺の表情や声からちゃんと伝わった。
それに、俺が人の誠意を持った行動に半端で応えるような奴じゃない事を他ならぬ私がちゃんと知っている。
ニパ「はぁ…」
ニパ「解かったよ、ちゃんと待ってる。」
私が聞きたかった答えとは、少し違ったけど。
それでもちゃんと約束してくれたから、まぁ良しとしよう。
ニパ「待っててやるから逃げんなよ。」
俺「うん。」
俺が投了して、ゲームセット。
これでチェスの勝負は私の38勝0敗となった訳だ。
私の“勝負”は一旦の結末を迎えた、一応…私の勝ちでいいのかな?
再び部屋に訪れる静寂。
でもさっきまでの例えようの無い重い沈黙では無くって、そこそこ居心地のいい、そんな沈黙。
私は結構こんな時間が好きなんだ。
それはきっと、俺の近くに私が居る事がごく普通で、当り前の事である証拠だから。
でも、そんな自分が好きな静寂を破ったのは私だった。
ずっと気になっていた事を尋ねてみようと思ったんだ。
ニパ「そう言えばさ、俺が銃の練習してるのも、その“守りたい物”ってののため?」
その質問を受けて俺は、コタツの中で私の足と複雑に組み合ってゴチャゴチャなっていた足を抜き去り立ち上がる。
そして、壁に掛かっていたガーベラストレート…菊一文字に手をかけ、おもむろに抜き払う。
真っ直ぐな刀身は輝きを放ち、刃毀れ1つない。
何度みて思わず溜息を吐いてしまいそうな程の美しさだ。芸術的な逸品だと思う。
俺はそんな美しい菊一文字の刃先を見つめて、答えを述べる
俺「俺さ、前まではこの刃の先までの世界を守れればいいって思ってたんだ。
それから先は、俺の世界じゃなくって…俺の世界はこの刃の中にあるって、そう思ってた。」
ニパ「…」
俺「でも、俺の周りじゃない場所に…刃のもっと先に大切だと思うものができたから…だから、そこに届くように。」
そう言って俺は私の方を向いて、青空のような笑顔を見せた。
私はこの笑顔を見ると、どうしても一緒に笑顔になってしまう。
もしかしたら、俺の固有魔法なのかも知れない。
『私を笑顔にする固有魔法。』
うん、無いな。
自分で言っておいてなんだが寒すぎる。
俺「でも、一番守りたかった物は意外に近くにいたみたいだ。」
私がそんな馬鹿な事を考えている内に、今度は俺が意地悪い笑みで私を見てくる。
そんな表情も嫌いじゃない。
ニパ「あんまり答えが遅いと、遠く行っちゃうかもね。」
私も負けじと同じ表情を返してやる。
俺「え!?マジ!?」
ニパ「マジマジ。」
いつの間にか、窓を叩いている雨の音なんて聞こえなくなる程に私達は相手の言葉や反応に心を向け合う。
他愛も無いお喋りをしながら、俺の冗談に、私の反応に笑みがこぼれる。
コタツの中では、2人の足が今度は優しく重なりあって互いの存在を確かに感じ合っている。
向き合う私達の間には、チェスの駒がチェックメイトの形のまま放置されたっきりになっている。
少しだけ近づいた心の距離に私の心臓はドキドキと高鳴りっぱなし。
この気持ちが、ほんの少しでも伝わるようにと願いながら、2人きりの秋の夜長は過ぎて行った。
* * *
以上が今回の私達の間に起こった出来事。
この日から、私が変えたくなかった私と俺の関係とやらは、どうやら少しだけ…少しだけ変化して落ち着いた。
きっと、これからも少しずつだけど変化していくんだろう。
それは私の決意とか、俺の誓いとか…はたまたミヤフジヨシカの努力によっていくらでも姿を変えていくんだと思う。
でも悪いが、これだけは譲ってやるつもりは無い。
私自身が望んだ、私の欲しい物のために私も努力は惜しまないつもりだ。
絶対に諦めない。自分の運の悪さに世界を呪って、全てを諦めていた自分を変えてくれた俺のためにも。
なにより、自分の中で小さな革命が起こせる程本気なこの感情のためにも。
その感情の名前を問われれば、私は胸を張って答えよう。
本当にコイツでいいのか?なんて意地悪な問いをされれば、何度でも頷こう。
もう、自分の想いからは決して逃げないと決めたんだ。
ニッカ・エドワーディン・カタヤイネン、只今初恋中。
最終更新:2013年02月03日 16:13