『Pretty you』
1944年 秋
《第502統合戦闘団基地 トレーニングルーム》
色づいた葉っぱも枯れ始め、いよいよ本格的な冬の気配が訪れてきたこの頃。
スオムス生れのスオムス育ち、悪そうな奴等はだいたい苦手な私の生活はと言えば、あまり変わってはいなかった。
当然、俺との関係も……
ニパ「痛いな…」
出撃の無い午前中の暇な時間に、私は俺の訓練をこうして今日も眺めている。
乾燥した空気のせいで切れてしまった唇を触りながら、椅子に座って足をブラブラ。
ちょっと痛くて、気になる。
まぁ、私には常に軽度の治癒魔法がかかり続けているから、すぐ治るんだけどさ。
治って、切れて、治ってを何度も繰り返すのは地味にツライ。不幸だ。
俺「おぉおお……。」
そんな私の不幸にはお構い無しに、俺がトレーニングルームの中心で唸り声を上げる。
彼の使い魔である雄牛の双角を頭に生やし、お尻には牛特有の細く長い尻尾を生やしていた。
尻尾の毛色は赤毛で、ひゅんひゅんと左右に揺れている。俺の使い魔の牛ちゃんは赤くて可愛いんだ。
そんな彼は珍しく抜身の真剣……俺の愛刀であるガーベラストレートを両手で構えて、魔力を練り、刀身に魔力を纏わしている。
蒼く煌めく膨大な魔力が、今私達のいるトレーニングルームをまるで太陽のように照らして、幻想的で美しい。
今日の訓練は魔力コントロールらしく、扶桑の先輩の技をパクるための練習って言ってた。
俺「ぉぉお?」
よく解からない気持ち悪い声を上げている。
そして、刀身全体を覆っていた魔力の奔流が、少しずつ切っ先の方に収束していく……
ニパ「お?おぉ!?」
菅野「お!?お!?」
俺「お?くるか!?くるか!?」
しかしそんな私達の期待は虚しく……
バシュン!
と、音を立て、魔力は大気のエーテルへと還元され、消えてしまった。
どうやらまた失敗したようだ。
俺「だぁ!!まったダメだぁ!!」
菅野「相変わらず魔力コントロールがヘタクソだな俺は。」
本日通産10回目の試みが失敗して床に倒れ込んだ俺を、菅野が上から呆れた顔で見下ろしていた。
今現在、トレーニングルームには私、俺、菅野の同い年3人がいる。
特に示し合わせた訳でも無く、ただなんとなく……そんな感じに集まって、なんとなく一緒にいただけ、そんな事が私達3人にはよくあった。
そんな関係ってあるよね。
俺「念動系の魔力操作は特に苦手なんだよなぁ…。」
菅野「別にそこまで『雲耀』に拘る必要無ぇだろ?お前、そんなんなくても大型斬れんじゃん。」
俺「だって今のままじゃ効率悪くて叶わねぇよ。毎回魔力全開放して斬ってたら、長く戦えないし…
その点、『雲耀』使えれば必要最低限な魔力量で済むって思ったんだけど……やっぱ簡単にはいかねぇわ……」
菅野「……」
俺「なんだよ、じっと見て気持ち悪い。」
菅野「気待ち悪ぃのはお前だ。最近変わり過ぎだろ?
いきなり銃の練習始めるかと思えば、今度は継戦能力だぁ?泣く子も黙る扶桑の特攻鬼様はどこいったんだよ?」
俺「別に……変わってなんかねぇよ。」
そう言うと俺はおもむろに立ち上がり、もう一度菊一文字を構え、魔力を集中しだす。
菅野の言う通り、俺は最近変わった。
あの、2人で満月を見上げた日から……2人だけの想い出の誓いの日から、彼は“理想の大人”になるための自分を模索し始めたんだ。
「大切な者も物も全部守れて、誰にも心配かけないような、強くて、かっこいい大人。」そんな自分になるための努力を、今日も彼は続けている。
ニパ「ところでさ、『ウンヨウ』って何?」
空気を読まずに発せられた私の言葉は、俺の集中を阻害し魔力を霧散させ、菅野を呆れさせて彼女のアホ顔を更に間抜けな物へと変化させた。
ニパ「え?また私マズイ事言った?」
菅野「お前、知らずに今までの訓練見てたのかよ……。」
ニパ「わ、悪いかよ!扶桑語は難しくて良く解からないんだよ。」
俺「ニパでも『魔のクロエ』は聞いた事あるだろ?」
ニパ「うん。」
300m級の大型ネウロイを一刀両断した扶桑のウィッチにして、世界最高の剣士。
なんでも刀剣を用いたウィッチの中で、歴代でも十指に数えられる腕前だかって聞いたことがある。
刀で大型を斬るなんて事、俺が実際にして見せるまで嘘だと思っていた私には、あまり想像できない話だ。
菅野「その黒江綾香大尉の必殺の秘剣が『雲耀』ってんだ。
魔力を切っ先に集中させて、ネウロイに叩きこむ、高等技術さ。」
ニパ「へ~……それをパクろうとしてたんだ。」
俺「パクリってお前……インスパイアって言ってくれ。」
菅野「まんまパクリじゃねぇか……。」
俺「細かい奴らめ……。」
菅野のジト目を無視して、俺がまた菊一文字を構える。
直刃で、激戦を
繰り返して尚刃毀れ1つ無い彼の愛刀は、息を飲む程美しい。
俺「そもそも、『雲耀』は綾姉が示現流の技を元に開発した秘剣なんだよ。
だったら同じ流派の俺にできない道理は無い。」
再び、放出された魔力が刀身を覆い始める。
俺「って事は、後は魔力コントロールの問題……魔力を収束……」
ブツブツと、独り言を言いながら、訓練を続ける。
特にこれまでと変化は見られない。
俺「そして、切っ先へ移動……圧縮……」
言葉通り、魔力を操って行く。
先程の言葉通り、魔力コントロールが下手な彼らしく、非常に手こずっている。
俺「ぐぬぬ……」
いや、かなり手こずっている
俺「ぬぬ……こんの野郎……俺の魔力なんだから言う事聞きやがれぇ!!」
ニパ「えっ!!」
菅野「なっ!!」
と、彼が癇癪を起した瞬間、私と菅野は信じられない光景を目にした。
それはまさに魔力の奔流。
俺の身体中から、さながら爆発を起こしたかのように魔力が溢れ出る。
俺「え!?え!?何これ!!??」
ニパ「うわぁ……」
菅野「知るか!っつかお前、なんだよその髪!?」
菅野が驚き、叫ぶのも無理は無い。
だって、私達の視線の先にいた俺の髪は……
俺「長っ!!」
ニパ「赤っ!!」
菅野「似合わねっ!!」
腰まで届くかと言う長髪。
その色は赤……と言っても鮮やかな赤で無く、俺の使い魔の牛ちゃんの毛並みのような、くすんだ赤。
俺「何これ……どうしよう……」
ニパ「どうしようって言われても……ねぇ?」
菅野「なぁ?」
刀を構え、頭に牛の双角を生やし、燃えるような赤い長髪で、半ベソをかいている好きな人の姿を見るのは、少し……情けなかった。
* * *
《502統合戦闘航空団基地 資料室》
サーシャ「間違い無く、『覚醒状態』ですね。」
俺「覚醒?」
ニパ「状態?」
菅野「なんだよ、それ?」
普段めったに訪れない資料室は少し新鮮だった。
四方を資料の山に囲まれた、少し大き目なテーブルに腰掛けているのは先程の3人に、ポクルイーシキン大尉を加えた4人。
私達の騒ぎを聞きつけて現れた大尉が、俺の姿を見て驚愕、そして資料室に呼び出されたのだった。
ちなみに、俺の髪はいつもの短めの黒髪に戻っている。
使い魔を引っ込めたら普通に戻ったそうだ。
サーシャ「我々ウィッチは使い魔によって、その使い魔ごとの特性を得られるのは……まぁ説明はいりませんよね?」
俺「はい。」
ニパ「そりゃあ……ねぇ?」
菅野「まぁ……なぁ?」
当然、そんな事は実際に使い魔を使役している私達にとっては常識だ。
外見的な特徴だけでなく、五感の強化などにも、使い魔やウィッチによって違いは現れる。
サーシャ「それが極端に本人とシンクロしている現象。と、資料には書いてあります。」
テーブルの上に、皆の眼に入るように大尉が資料を広げてくれる。
その資料は扶桑の物で、当然扶桑文字、私には読めない。
俺「あ、これ若本さんじゃん。」
菅野「扶桑最強のウィッチ……若本徹子……。」
サーシャ「扶桑海軍所属、若本徹子(当時中尉)が、確認された最初の魔力覚醒者らしいです。
『身体能力、魔力が大きく上昇する反面、魔力の消耗が激しく、飛行時には魔力コントロールも大雑把になる。』
と、あります。強力な反面かなりリスキーな力のようですね。」
大尉が、私に気を使って説明してくれた。
納得できた所で、資料に目を向ける。
資料には写真が貼られており、そこには扶桑海軍の制服を着た、目元涼やかな短髪のウィッチが写っていた。この人がその若本徹子さんなんだろう。とても綺麗な人だ。
そして、隣には凛々しい表情の同じ顔した女性の写真。魔力覚醒時との比較写真のようだ。
なるほど、先程の俺と同じように写真の彼女も髪が伸びて長髪になっている。
ニパ「さっきの俺の姿が『覚醒状態』だとして。なんでまた急に?今までそんな事無かったじゃん?」
俺「解かんねぇ。意図して魔力コントロールしようと思ったの
初めてだし。元から俺と牛ちゃんの相性が良かったんじゃね?」
サーシャ「い、今まで魔力コントロールを使い魔に一任してたんですか!?」
菅野「うげぇ、ダメなご主人で牛も可哀想に……。」
ニパ「牛ちゃん……大変だったんだなぁ……ただでさえ俺の魔力量多いのに……。」
俺「だ、だから練習してたんすよ!!」
俺に非難の視線が集まる。
「口は災いの元。」下原少尉からこないだ教わった言葉。使い所は間違っていないはずだ。
サーシャ「では、なおさら危険ですね。」
はぁ。と溜息1つ溢す大尉。
美しいブロンドの髪が揺れていた。
サーシャ「戦闘隊長として、俺少尉に命じます。戦闘中の『魔力覚醒』の使用は厳禁とします。」
ギィ……
と、軋んだ嫌な音を立てて、資料室のドアが閉まる。
大尉の説明が終わり、退室する私と俺、菅野と大尉はまだ話があるとかで、まだ室内に残っている。
廊下の空気はヒヤリとして、乾燥していた。
ニパ「……」
チラリ、と俺の表情を窺う。
せっかくの新しい力の使用を禁じられたのだ。怒ったり、凹んだりしてないのか気になったんだ。
俺「どうした?」
ニパ「あ、いや。意外だなーって。」
俺「ん?何が?」
ニパ「魔力覚醒の事。俺が欲しがってた力じゃん。残念がってると思ったからさ。」
俺「あー。別にいいよ。俺が欲しいのはああいうのじゃない。
もっとこう、堅実なっつーか……手に余る力は力じゃないよ、そうじゃないと、守れない。」
ニパ「何を?」
俺「教えねぇーよ。」
私が一番聞きたかった事は教えて貰えなかった。
話題を無くし、しばらく歩く俺と私。
俺「ん?」
突然、俺が立ち止まって、私の方にズズイと顔を寄せて来た。
ニパ「え!?」
俺「……」
どんどん、近づく顔と顔の距離。
あまりに突然の出来事に、私の心臓の速度は体感で5割増し。
ニパ「な、なに……ど、どう……したの?」
声が震える。
俺の意図が理解できなくて、頭が沸騰している。
そして……
迫る彼に耐えられなくって、目を瞑ってしまった。
完全な暗闇、でもほんの少し先には彼がいる。文字通り、目と鼻の先。
そして、ついに……
大きな不安と、少しの期待に焦がれる私を現実に引き戻す声が聞こえた
俺「唇、切れてんじゃん。」
ニパ「あ、はい。そうですね。」
俺を置き去りにして、歩き出す。
ちょっと期待して損した。
俺「ちょっ!待てって。」
ニパ「待たない。」
早足で歩く私を追いかけてくる俺。
俺「いくら自然治癒で治るつっても切れれば痛いだろ?お前乾燥に弱いんだからちゃんとケアしろよな。」
ニパ「はいはい。」
まぁ、さっきの態度にはまだちょっと腹立っているけれど、心配してくれた事は嬉しい。
私の唇が乾燥したら切れやすくなる事を覚えていてくれた事は、凄く嬉しい。
ニパ「ふふっ。」
だからニヤけてしまうのは、しょうがない。
普段少年っぽいとか、散々な言われ様な私だって年頃なんだ。
自分の事をちゃんと知って貰えてた事は人並みに嬉しいもんさ。
* * *
《同日 晩 第502統合戦闘航空団基地 食堂》
夕食を終え、皆がそれぞれの時間を有意義に過ごす、宵の一時。
私はジョゼさんと、並んで椅子に座って一緒に雑誌を眺めている。
2人掛けのテーブルの上には、ジョゼさんがどこからか調達してきたティーン向けのファッション誌と、夜食の大福が5個。
大福は俺への支給品で、さっきかっぱらってきた物だ。
2人で、「これが可愛い。」とか、「これ菅野に似合いそう。」とか、言いながらファッション誌を眺めるのは結構楽しかった。
2人で談笑しながら、ジョゼさんがページを捲る。
片方の手には大福。
ちなみにもう3個目だ。
ジョゼさんの白く細い指が捲ったページの先では、華やかで美しいモデル達のグラビアページが終わり、とある特集ページが組まれていた。
『鈍い片想いの彼を振り向かせちゃえ!!愛され系モテカワメイク術♡』
頭の悪そうな、大きな丸文字フォントで描かれた文字。
写真の中では可愛らしいモデルが、男の子に見つめられている。
そのモデルはキラキラと輝いていて、確かに魅力的だった。
ニパ「あ……。」
ジョゼ「どうしたの?」
私の気が引かれたのは、その写真の男の子が、少し俺に似ていたからだ。
いや、俺の方が全然カッコ悪いけど、雰囲気が似ていたんだ。
俺もやっぱり綺麗な子が好きなのだろうか?
ニパ「あ、いやなんでもないです。」
ジョゼ「……」
雑誌のページと私の顔を交互に見比べていたジョゼさんは、やがて何かを察したようだ。
ジョゼ「ニパさん、お化粧に興味あるの?」
ニパ「え!?……あの……その……」
ニパ「……はい。」
私がお化粧するなんて、笑われてしまいそうで。
恥ずかしくって、俯いてしまって、返事は消え入りそうな程小さい声になってしまった。
ニパ「や、やっぱり私がお化粧したいなんて、おかしいですよね……あはは……」
自分の言葉に保険をかけて、自虐で逃げようとした私の頬を、ジョゼさんの両手が優しく撫でつけた。
ジョゼ「全然、おかしくなんてないよ。」
柔らかく微笑んで、優しく諭すように言葉を紡ぐ。
ジョゼ「女の子だったら、綺麗になりたいって思うのは当然だよ。」
ニパ「……」
ジョゼ「ニパさんは肌綺麗だけど、私達は常に高度の高い所にいて、常に強い紫外線を浴びてるから、油断は大敵。」
言葉を発しながら、私の肌を調べるように触り続けるジョゼさん。
至近距離で見た彼女の顔は、本当に綺麗で、雑誌のモデルなんて相手にならない程可愛い。
そんな彼女も良く見ればうっすらと化粧をしているのが解かる。
私がいつも綺麗だ、可愛いと密かに憧れていた彼女も努力をしていたのだ。
と言う事は、私も努力次第で雑誌のモデルや、ジョゼさんのように可愛く綺麗になれるのだろうか?
ニパ「あの……私に、化粧教えてください!!!」
俺がなりたい自分になるために努力を惜しまないように、私もなりたい自分のために頑張ろうと思う。
* * *
《同日 晩 第502統合戦闘航空団基地 ニッカ・エドワーディン・カタヤイネン自室》
時計の針が22時過ぎを示す時間。
テーブルの上にはいくつも瓶が並んでいる。
化粧液、乳液、美容液、クリーム、ローション、紫外線予防、保湿効果、スキンケア……見ているだけで気が滅入りそうだ。
一通り、ジョゼさんから効能と使い方のレクチャーを受けて借りてきたのだが、正直うろ覚えだった。
ニパ「はぁ……。」
しかも、ジョゼさんいわく肌の手入れ用としてはまだほんの一部らしい。
お風呂上がりで、まだほんのりと髪が水分を含んだまま私は頭を抱えてしまう。
ニパ「えっと、お風呂の後は……確か乾燥対策の化粧水っと……」
こういう地道な努力が大切らしい。
化粧水を手に垂らして、円を描くようにマッサージしながら肌に馴染ませていく。
ニパ「これでいいのかな?」
ジョゼさんから借りて来た雑誌を見て確認。
ニパ「げ!この後は乳液と美容液で同じ事するの?」
正直、これを毎日続けると思うと辟易してきてうんざりしてしまう。
今日から始めたけれども、いつまで続くものか正直解かったものじゃない。
やはり私に化粧は荷が重すぎるのだろうか?
ニパ「いやいや!諦めちゃダメだ!私も、俺みたいに理想の大人になるために頑張るって決めたじゃないか!!」
頭をブンブンと左右に揺すって、諦めの思考を吹き飛ばす。
そうだ、弱気になっていられない。
これは誓いだ。
絶対に綺麗になってやる。
普段少年っぽいとか、散々な言われ様な私だって年頃なんだ。
人並みに綺麗になりたいって気持ちだって持っているものさ。
* * *
それから、3日がたった。
相も変わらず、俺は出撃していない時間は訓練に次ぐ訓練の連続。
毎日毎日、ロスマン曹長からは射撃を……ポクルイーシキン大尉からは魔力コントロールの指導を受け続けている。
その間を縫ってでしか彼と接点を持てなかった。
そうそう、そう言えばこないだの出撃で俺が銃による攻撃でネウロイを単独撃破したんだ。
刀以外でのネウロイ撃破は初めてで、しかも記念すべき撃墜数100機目だったらしい。
みんなから褒められて嬉しそうにハニカム彼を見て、私もなんだか幸せな気分になってしまった。
努力は実を結ぶと、再確認できた。
という惚気は置いておいて、本題。
肌の手入れと、薄めの化粧をし始めたのはいいが、これと言って実感は得られなかった。
隊のみんなはすぐに気付いて褒めてくれたり、アドバイスしてくれたりしたけれど、肝心の俺が何も言ってこない。
かなり薄めの化粧だが、気付いていないなんて事は無いと思う。
見て見ぬふりしているのだろうか?
ニパ「こ、これは……」
そんな憂鬱な私の目に飛び込んできたのは、こないだとは違うファッション雑誌の特集。
少しでも知識を溜めるために、バックナンバーをジョゼさんから借りていたのだ。
『せっかくお洒落したのに、彼氏が褒めてくれない……そんな倦怠期を解消する10の方法。』
ニパ「まさしく、今の私じゃないか……」
まぁ、付き合ってなどいないので決して『倦怠期』では無いのだけど、そこには化粧のアピールポイントや、可愛く見える仕草などが懇切丁寧に記されていた。
ニパ「ふむふむ。」
食い入るように眺める私。
ページの下部には、アニメ風にデフォルメされた男の子が目をハートにして吹き出しで「綺麗だよ。」なんて背中がムズ痒くなる台詞を言っている。
俺『綺麗だよ、ニパ。』(妄想)
ニパ「悪くないな……」
なんとなくしてしまった妄想だが、悪くないどころか凄くイイ。
普段少年っぽいとか、散々な言われ様な私だって年頃なんだ。
他人に綺麗だと言われたい願望だって、持っているのさ。
* * *
《翌日 第502統合戦闘航空団基地 談話室》
ニパ「俺の奴どこいったんだよ。」
時刻は夕方、今日は出撃予定も無く、穏やかな一日だった。
だから、昨日見た雑誌の通りに『モテカワメイク』を自分に施したのに肝心の彼がいない。
朝から俺の姿を探していたのに見つからないんだから、きっと外出しているのだろう。
俺が訓練を休んでまで外出する理由ってなんだろう?
ニパ「もう……ツイてないなぁ……」
と、誰もいない談話室で私がボヤいた瞬間、開かれるドア。
暖炉に火をくべていたため暖かかった部屋の温度が、一気に下がる。
俺「あぁ~寒かった~。死ぬかと思った。」
駆け足で俺が暖炉の前まで寄って行き、両手をかざして暖を取る。
いつも通りの、扶桑海軍の制服の上に、綺麗な牛の刺繍が施されたスカジャンを着て、首には白のマフラーを巻いている。
手にはどこかのお店の、非常に小さい紙袋を抱えているし、寒さで耳が真っ赤になっているので、やはり外出していたのだろう。
ニパ「おかえり。街にでも行ってたの?」
俺「うん。ちょい欲しい物あってさ。でもやっぱチャリで行くのは無理があった。」
ニパ「え!?チャリってあれ!?夏に2ケツしたあのボロチャリ!?」
俺「うん。他にアシ無かったんだもん。俺車乗れないし……」
夏に、俺と一緒に大尉の説教から逃れるために使ったオンボロチャリを思い出す。
錆付いたボディ。一漕ぎする度に金属音を奏でるタイヤ……。
車でも結構距離があるのに、あれで行くとなると、中々大変だったはずだ。
ニパ「大変だったね。で、そこまでして欲しかった物って何?」
単純な好奇心で、俺が手にしている紙袋について訊ねる。
俺が訓練を休んでまで欲しかった物、かなり気になる。
俺「あー……っと、その……」
しかし、俺は言葉を濁して、ポリポリと頭を掻きながら何か戸惑っている。
モジモジとして、彼の視線は紙袋と私を往復している。
俺「あー……そうだ!そんな事より、き、綺麗になったよな!」
ニパ「え!?そ、そうかな……」
俺「うん、見違えたみたいだ。見栄えがいいって言うのかな?」
ニパ「そ、そんなに?」
俺「うん。やっぱジョゼさん掃除上手だよなー。」
ニパ「そう、実はジョゼさんに化粧……は!?掃除!?」
俺「やっぱスッキリ綺麗になると、気持ちいいよなぁ。」
ニパ「……」
お化粧を褒められたと勘違いした。
しかも何買ったのか、完璧に濁されてるし……。
ニパ「で、何買った……」
俺「ん?なんかいい匂いするな……」
私がもう一度訊ねようとした言葉を制するように、俺が鼻をクンクンとさせながら言葉を発した。
ニパ「そ、そう?」
実は私、今日は香水もつけているんだ。
クルピンスキー中尉に、無理言って貸してもらったやつ。
中尉は「ニパ君にはちょっと早いし、いらないと思うけど。」って言ってたけれど、効果はあったようだ。
俺「うん、たまらん匂い。スゲー腹減ってきた。今夜は定ちゃんが当番だし味噌汁だな。」
ニパ「え!?た、たまんない??実は香水……え!?味噌汁!?」
俺「この匂いは間違い無いだろ。」
ニパ「……」
中尉に言う通りでした。私の匂いはシチューに負けてしまう程でした。
そして、流れる沈黙。
私が黙っているのは凹んでいるからだけど、俺はなんで喋らないんだろう?
少し見やれば、俺はまた交互に紙袋と私に視線を送り続けている、何か逡巡しているようにも見える。
ニパ「ね……痛っ!」
声をかけようとして、また唇が切れてしまった。
グロスを塗っていても、乾燥に弱い私の唇は簡単に切れてしまう。
ツイてない。
そんな私を見て、俺の表情が変わる。
俺「また切れたのか?しゃーねぇーなぁー。ほれ、やる。」
フッ少し微笑んで、紙袋を私に手渡してきた。
随分軽い。何が入っているのだろうか?
ニパ「これなに?」
俺「開けてみ。」
言葉に従って、開けてみる。
中に入っていたのはリップクリーム。
何の変哲も無い、薬用の乾燥対策の物。
俺は「どうしても欲しい物があった」から街に買い物に行ったと言っていた。
私が知る限りでは、俺の唇が乾燥に弱いという事は無い筈だった。
と、言う事は。
ニパ「これ、私のために?」
俺「あー……まぁ、そうなるよな……」
いや、私も人の事言えないか。
化粧の事、気付いて貰えなかった事で凹んでいたのに、リップをプレゼントされただけで、こんなに浮かれてしまっている。
私のために、寒い中オンボロ自転車でリップを買いに行ってくれた。
私のために、一日も欠かしたことの無い訓練を休んで、買いに行ってくれた。
ニパ「ふふふ。」
また頭をポリポリと掻いて、俺がソッポを向く。
表情はよく見えないけど、耳が赤くなっている。
もう部屋に入って大分時間が経っているから、寒さのせいなんて言い訳はさせない。
俺「お前が全然ケアしねぇから……」
ニパ「……ありがとう。すっごく嬉しい。」
まったく、変な所に気が付くというか。
妙な所で気が利くというか……
本当に、俺は変わってると思う。
小さいけど、私の中では大きな俺からのプレゼントを両手で大切に握りしめる。
ダメだ、私は完璧にやられてしまってるみたいだ。
俺「さって。そろそろメシの時間だろうし、行こうぜ?」
ニヤニヤと、笑みを止められない私に背を向けて俺が歩き出す。
結局、目的だったメイクを褒めて貰う事は出来なかったけれど、もっと嬉しい事があったから良しとしよう。
もしかしたら、こういう事には鈍いのかもしれないしね。
俺「あー、そういや、そのメイク似合ってねぇぞ。」
ニパ「いや!気付いてたのかよっ!!」
* * *
《同日 夜 第502統合戦闘航空団基地 俺自室》
下原少尉特製の扶桑式の夕食を満喫し入浴を終えた私達は、暇な時間を俺の部屋で遊んで過ごしていた。
今日の暇潰しはババ抜き。
現在私の5連敗中だ。ツイてない。
俺「相っ変わらずカードゲーム弱ぇよな……」
ニパ「うるさい。それでもラプラと組めば勝てるんだよ。」
俺「嘘臭ぇ……」
本当だ、何故かスオムスで同隊だった彼女と組んだ時だけ、私は負け無しだったんだ。いつも俺には信じて貰えないけれど。
俺「ってかさ、なんでまた急に化粧なんてしだしたの?」
ニパ「化粧は2の次で、肌の手入れをしたかったんだよ。」
私がカードを集めて、再配布している時に、唐突に話しかけられた。
そして、嘘をつく。
正直な理由なんて、面と向かって言える訳が無い。
俺「ふ~ん、別に化粧も、肌の手入れもお前はいらないんじゃない?」
ニパ「なんだよ!?私が綺麗になりたいって思うのがそんなにおかしいのか!?」
俺「いや、そんな事しなくても十分綺麗だと思うけど。」
ニパ「へ……」
思いがけない言葉を聞いて、バサバサとカードを取り落としてしまった。
そして俺は、自分が放った言葉の重大さに気付いたのか、慌てて口を開いた。
俺「あ!いや、肌が白くて綺麗って意味で!!お前の容姿が綺麗って意味じゃなくって!!
あぁ違う!!ブスって意味じゃないからなっ!!!あー!もー!!」
両手で頭を掻いて、俺が取り乱す。
対面する私は、頭の中で俺の言葉を何度も繰り返して、噛みしめる。
ニパ「ふふっ、私の魅力に気付いてしまったか?」
俺「うるせぇーよ、そう言う発言するなら。顔赤くして照れて言うな。」
ニパ「こ、これはファンデーションで赤いだけ!!」
俺「え?まだ化粧してんの?」
ニパ「リ、リップクリームだけだよ!!」
結局、自分でバラしてるし。
お互いに調子を崩しながら、こうして恥ずかしくも楽しい幸せな夜が過ぎて行く。
ポケットには、俺から貰ったリップクリーム。
当然、私の唇が切れる事はもう無かった。
そうそう、結局化粧は辞めたけど簡単な肌のお手入れだけは続けている。
意味は違ったけれど俺に「綺麗だ」と言われたのが、とても嬉しかったんだ。
今度は本当の意味で言ってもらえるように、ラル隊長を始めロスマン曹長や中尉にいろいろな手法を聞いたりして、頑張っている。
俺が目指す「理想の大人」と並んでも恥ずかしく無い「理想の私」を目指して。
普段少年っぽいとか、散々な言われ様な私だって年頃なんだ。
大好きな人に綺麗だって褒めててもらいたいのさ。
最終更新:2013年02月03日 16:14