≪もうすぐ、あの子が着くと思います……私が向かうのは、まだそうなので…俺さんに…任せて……≫
俺「そこまで、ウーシュ。後ろの人に代わってもらいなさい」
≪うぅ……まだ、話したいことが――――≫
≪おっと危ない……おい俺、年端もいかない娘になんて事をしている≫
俺「ウーシュ?…技術省の人間ではないな……誰だ?」
≪ほう、戦友の声も忘れたか。見舞いに牛乳を送ってやったろうに≫
倒れたであろうウルスラを受け止めた女性が通信機の向こうでハンと笑った。
急に鈍色の空が脳裏に映る。鳥も飛ばず、眼下はグズグズに腐った大地と、血みたいに溢れ出る炎。
口元を押さえ、震える声で呟いた。
俺「ルー、デル…?お前傷は……」
≪自分の心配でもしたらどうだ?赤鼻≫
俺「…随分と懐かしい呼ばれ方だよ。あと、ウーシュは俺の恩人なんだ。しっかり寝せてやってくれると―――」
≪言われずともそうするさ。子供が大好きなトナカイの為に≫
俺「……ありがとう」
きちんと肩まで布団をかぶせて、眼鏡も外して、軍服も脱いで温かく眠ってくれればそれでいい。
ずるずると壁から落ち、胃の辺りを冷たい右手と一緒に抑える。効果がないと苦く笑った。
『教えてくれ、ルーデル!なんでこんな……俺は、俺はッ!!』
『……ああ、その通りだ』
『大尉!?何を――――』
『お前が、あの子を――――――!!』
俺「…はは、何も変わっちゃいない。真実を捨ててまで、俺は」
エーリカ「今日は何があるの?」
軽い足音と共に天使は飛んでくる。脂汗に濡れた俺の額に手を当て、ふわりと拭う。
汚いから、叱れば汚く無いと返される。段々と遠くなる夏の情景がちらりと脳裏を掠めた。
俺「エーリカ…調整だったね。遅くなってごめんな」
エーリカ「いいよ。にぃにぃも暑いから脱いじゃいたい気分でしょ?」
もうぬいじゃったよと隣を歩くエーリカに軍服を脱いで羽織らせる。
吊っているはずの右腕は、油の臭いと共にゆるりと動いた。
坂本「ほう、これがカールスラントの最新型か」
初夏の風が抜けるハンガーで坂本が口を開く。
抜けると言っても、ここは熱がこもる。作業する者、説明を聞く者皆頬に伝う汗を隠しきれなかった。
俺「正確には試作機です。サカモト少佐」
書類を片手に説明するミーナと正反対に、俺は何も持たずに坂本の隣に立つ。
一瞬空気が淀んだが、素早くミーナが口を開いた。
ミーナ「Me262 V1、ジェットストライカーよ」
どうぞとミーナが目で俺に合図を送る。俺は軽く会釈で返し、赤く染め上げられたストライカーに向き直る。
エーリカ「ジェットぉ?」
俺「エーリカ?上着はどうしたんだ」
エーリカ「え、脱いだけど」
バルクホルン「こらハルトマン!服を着ろ服を―――――何だこれは?」
エーリカ「ジェットストライカーだって」
バルクホルン「ジェット?研究中だったあれか?」
バルクホルンが俺を睨む。
多分説明しろと言う事なんだろう。
俺「今朝ノイエ・カールスラントから届きました。エンジン出力はレシプロストライカーの数倍」
次第に明かされていくジェットストライカーの性能に、その場にいる全員が感嘆の声を上げる。
ウーシュの話では実験での成果は上々だったようで技術省でも結構話題に上がっていた。
俺「最高速度は時速950km以上―――」
俺「レシプロストライカーにとって代わる、新世代の技術ですね」
食い付いて来たシャーリーに説明をやめ、ほんのりと原理を説明する。
難しい顔をする彼女を視界の端で確認した後、バルクホルンが俺を呼んだ。
バルクホルン「貴様の鼻より赤いんじゃないか?赤鼻。これは?」
俺「ジェットストライカー専用に開発された武装です。50mmカノン砲一門、他に30mm機関砲四門であります」
バルクホルン「すごいな…」
坂本「ミーナ、そんなに持って本当に飛べるのか?」
資料を捲るミーナに坂本が問いかける。
開けるように俺が一歩下がって上を向くと、黒豹が目を爛々と輝かせているのが目に入った。
シャーリー「なあなあ!これ、私に履かせてくれよ!」
赤く輝くストライカーに触れ、シャーリーが叫ぶ。
途端に燃えたバルクホルンの瞳に俺は眉間に皺を寄せる。
バルクホルン「いーや、私が履こう!」
シャーリー「何だよ、お前んじゃないだろ?」
バルクホルン「何を言っている。カールスラント製のこの機体は私が履くべきだ!」
シャーリー「国なんか関係ないだろ?950kmだぞ。超音速の世界を知っている私が履くべきだ」
バルクホルン「お前の頭の中はスピードのことしか無いのか!」
<んもう、ケチケチすんなよぅ
<ケチだと!?
ミーナ「…また始まったわ」
坂本「しょうも無い奴らだ」
遠くで眺める坂本とミーナが溜息をはく。
一歩引いてやり取りを見る俺に、エーリカがくいと袖をひく。
俺「エーリカ?飴なら―――――」
シャーリー「なあ俺!俺だって私が履くべきだと思うだろ?」
バルクホルン「赤鼻には聞いてない!」
シャーリー「俺は技術省の人間だったんだぞ?部門は違くても意見はあるだろ?」
俺「でしたら――――――」
ルッキーニ「いっちばーんっ!!」
イェーガー大尉の方が、言おうと口を開いた瞬間、梁からルッキーニが飛びだし、ストライカーを履く。
エーリカはこれを言っていたのか、急いで見回すとエーリカは腕を組んでルッキーニを見ている。
底冷えする北の風を孕んだ瞳が、ルッキーニの変化を追っていた。
途端、バチンと電流が走る。
ルッキーニ「みゃ?」
俺「危ない……!」
魔力接合開始、魔法力充填率14%…きしりと腕がざわめくが、そのまま左手を合わせて紫電を飛ばす。
ルッキーニがむっと顔をしかめた瞬間、ばちりと尾の毛が逆立ち、強制的にストライカーに追い出された。
ルッキーニ「みぎゃーーーー!?」
そのまま発進ユニットに落下し、猫のようにシャーリーの発進ユニットまで逃げて行く。
急いでシャーリーが駆け寄る。何を話しているかは聞こえないがきっと思う事は同じだろう。
俺(絶縁体の形成を確認……しかし今のは何だ?理論に問題は…)
シャーリー「やっぱ私はパスするよ!」
バルクホルン「怖気づいたな?まあ見ていろ」
バルクホルンがたんと発進ユニットに飛び乗り、慣れた動作でジェットストライカーに足を突っ込む。
理論には確認で目を通したが問題はなかった。だとしたらこれは…
俺(単純な経路の組み違い……いや、変換効率の不具合…不味いぞ)
悪い予感が湧き出た瞬間、一気に嫌な未来が溢れ出す。
もし何かあれば開発チームに文句が行く。それで計画が凍結だなんて冗談じゃない。
これは技術者達の夢の結晶だ。そして搭乗するウィッチにも負担があるかもしれない。
俺「大尉!その子は一度分解を――――」
バルクホルン「私が履く!」
轟とエンジンがかかり、空気が渦を巻く。
叫ぶ俺に見向きもせず、バルクホルンがシャーリーに吼える。
バルクホルン「どうだ?今までのレシプロストライカーで、コイツに勝てると思うか?」
シャーリー「なんだと!?」
よろけた俺をミーナが支え、全員で溜息をつく。
言い合いをする二人を見ながら小声でエーリカと言葉を交わす。
エーリカ「大丈夫だよ…お兄さんするのも良いけど、少しはウルスラを信じてあげたら?」
俺「…何かあってからじゃ遅い。技術屋に妥協は許されない」
エーリカの言葉に頭を振って答える。
――これじゃまるっきり馬鹿じゃないか。吹っ切れるなんて怖すぎる。なんで理論に沿ってしか動けないんだ。
エーリカ「この頑固者。トゥルーデより酷いかもよ?」
俺「それに、かわいい妹分には甘い夢を見てもらいたいんだよ。エーリカ」
エーリカ「ふーん。後ろにいてばっかりじゃ成長しないよ?もう子どもじゃないしさ」
俺「…君達の成長は早すぎるんだ」
エーリカ「当たり前じゃん。何かあったら私も手伝うよ?」
俺「すまない、エーリカ」
宮藤「みなさーん!」
リーネ「朝ごはんの支度ができましたよ」
宮藤「あれ?」
出てきた二人の目の前には言い合いをする大尉が二人と呆れる二人。
そして眠そうにあくびをするエーリカと鼻を薄く光らせる俺が居た。
501基地の兵舎。一番手前の何も無い部屋。
長きに渡って埃を被り、瞳に映るものはくすんだ窓からの月光と小さな格子の嵌められた扉の向こう、廊下だけだった。
俺「真っ赤なお鼻の…トナカイさんは」
俺「いつもみんなの、わらいもの……」
紙もペンも何も無い。あるのはベッドと一脚の椅子。
石造りの床に座り、俺は歌を口ずさむ。
俺「でもその時のクリスマスの日…サンタのおじさんは言いました……」
そこまで歌い、顔を手で覆う。
『暗い夜道はぴかぴかの、お前の鼻が役に立つのさ』
俺「……その歌は嫌いなんだ」
綺麗に磨かれたガラスのような、それでいてどこか幼い歌声を掻き消すように呟く。
格子から見える脚は二人分。月の具合から見て食事を持ってきてくれたのだろう。
「…ごめんなさい。お好きなのかと思って」
「オイ、俺!サーニャが歌ってンダゾ?もうちょっと――――」
サーニャ「いいの、エイラ」
扉の下、盆が丁度入る位の隙間を開け、食事を中に入れる。
全ての部屋で唯一この部屋だけについている物。自室は危険だと言う事らしい。
言ったきり何も動きが感じられない。エイラは扉の向こうにいるであろう男に小さく唸った。
エイラ「…俺、ダンマリ決め込むなんて何してんダヨ」
俺「あまり俺と話さない方が良い。隊長の魔法はここまで届く」
エイラ「オイ!コノっ―――」
サーニャ「駄目よエイラ!…私達は食事を持って行くように頼まれただけ。それに、もう時間よ」
ノブに手をかけようとするエイラをサーニャが止める。
納得できなかった。この男がここにいる理由も、何も言わない事も。
エイラ「あれだけ言われて悔しく無いのカヨ!」
俺「…本当の事だよ、全て。反論の余地も、疑われるのも無理は無い」
月に照らされ、濃い陰影が顔に浮かぶ。
古木の様に厳しく、元々鋭い目は虚しく光っていた。
エイラ「…私だって仲間を疑いたくないよ!…でも、隊長が……」
エイラ「俺がジェットストライカーを使って大尉を殺そうとしてたなんて、考えたくない!!」
くぐもって届いた声は揺れていた。素直な子だと思う。
サーニャが何か言った後、揺れる声が小さく聞こえた。
エイラ「奇跡のトナカイは、嘘だったのカヨ…」
俺「……これが真実だよ。ユーティライネン中尉」
サーニャ「…俺大尉、そこまでして追う真実ってなんですか?」
俺「時間だ。夜は暖かくして飛ぶといい」
最後に届いた言葉は無視した。
再び静寂が部屋を支配する。風の音、囁く声、蔑む声。
守ると豪語した少女達に拒絶され、自分一人じゃ立つ事も出来ない。
たった一人じゃ真実すらまともに話せない。
俺「…この鼻は何も照らしちゃくれない」
二日前
エーリカ・バルクホルンの部屋
外で行われるバルクホルンとシャーリーの勝負を眺める。
大量の書類と機械油の臭いが部屋に満ち、ささやかに空いた窓から入る風が新鮮だった。
俺「上昇力、搭載量共にジェットストライカーが有利…当たり前か」
エーリカ「はい、魔力接合率最大83%。動かした時の具合は?」
俺「イメージ通りに動くよ。ただ、魔法力を巡らせるのが少し……」
エーリカ「魔法力不足だね。大練成でもやれば戻るんでしょ?」
俺「…真実を認めてもらうまで使わないと決めている」
テコでも動かないと言うような俺に、エーリカが溜息をついてベッドに倒れこむ。
エーリカ「真実真実…科学ではそんなにそれが大事なの?」
俺「錬金術師は真実を求めるものだ。偽りのないものをね」
エーリカ「…魔法と科学の混合なんて事するのはにぃにぃ位だよー」
俺「そうかな……よし、行ってくる」
椅子にかけた上着を素肌に羽織る。上は全て脱いでいたようだった。
そのまま手袋をはめ、右腕を吊る。
エーリカ「ワイシャツくらい着なよ」
俺「こいつは動かすと熱いんだ。少しバラすだけだしね」
エーリカ「そんなコソ泥みたいな事してたら、また睨まれるよ?」
俺「この眼で確かめなければ。それに大尉が心配だ」
窓から見えるバルクホルンの表情は僅かに疲労を滲ませている。
――この目が衰えていなければ、ジェットストライカーはとんでもない化物だ。
俺(どこだ?…ここでもない)
月明かりだけを頼りに深紅の機体をばらしていく。
廊下ですれ違っても大尉は何も言われなかった。
彼女も長くウィッチをやっているならばはしゃぎ過ぎるなんて馬鹿な真似はしない筈。
ミヤフジ軍曹が少しだけ話してくれた事を頼りに導き出される答えは一つ。
俺(…君を疑っているわけじゃないんだ。ただ知りたいだけ)
両手を同時に動かすのはひどく疲れる。先程から視界が微かにぶれているのを感じる。
どうしてここまで大尉の為に動く。頭の隅で声が聞こえた。
罵られ、蔑まれ、疎まれ。ここまでされて、隊の者もだ。どうしてここまで――
俺(守りたいから…懐かしい理由だ。違う、俺は―――)
―――認められたいんだ
俺「誰だ?」
足音が聞こえた気がしたが誰もいない。
途端にぐにゃりと視界が歪む。ノイズの奔る記憶が頭を掻き回す。
俺「っつぅ―――ッ!!」
俺(敏感になりすぎだ!ここは違う…オストマルクなんかじゃない!)
エーリカ「ふぁああ……」
部屋に帰って来るなり倒れ込んだバルクホルンに上着をかぶせ、窓からハンガーの方を見る。
丁度男が一人歩いて来る。放熱をしているのか、上半身は裸だった。
抜き身の刀の様な輝きを月へと返すその右腕。
その顔から察するに原因は大方掴んだのだろう。
エーリカ「なんで私のまわりは堅物ばっかりなんだか」
俺「大尉、また履くんですか」
バルクホルン「…何の用だ?テストはまだ終わっていない。当然だ」
俺「…そうですか。でしたら忠告だけでも―――」
バルクホルン「信用もない貴様の言う事に誰が耳を貸すか」
辛辣な言葉は慣れ過ぎて良く分からなかった。
整備士が竦んだ気配でああ、ひどい事なんだなと思う。
引かないと言うのなら、もう自分の力では止められない。
大雑把に把握できたのは、やはり変換効率の不具合。次の飛行で全てを見極めねば。
俺「では、お気をつけて」
掛ける言葉すら不要とでもいうように、噴流式エンジンの轟音が俺の背中を押した。
ミーナ「魔法力を完全に使い果たして海に落ちたのよ。覚えてない?」
バルクホルン「馬鹿な!私がそんな初歩的なミスをするはずはない!」
坂本「大尉の所為じゃない……おそらく問題はあのジェットストライカー、そして…」
ミーナ「少佐!」
繋げて何か言おうとした坂本をミーナが窘める。
少し慌てたように坂本が謝り、彼女は話を続けた。
ミーナ「…はっきりとした事は分からないけど、魔法力を著しく消耗させてるんじゃないかしら」
所々濁しながら伝える。
不服そうだったバルクホルンだったがミーナには逆らえないようだった。
一通り伝え終わったミーナと坂本は医務室を出てハンガーへと足を向ける。
俺(誰もいない…ばらすのなら今の内…)
整備士達がいないのを確認し、引き上げられたジェットストライカーに触れた瞬間だった。
「そこまでよ」
俺「……隊長、サカモト少佐…どうしました?」
坂本「シラを切るつもりならもう遅い。執務室まで来てもらおう」
ジェットストライカーに触れる左手を坂本が取り、俺を睨みつける。
俺「失礼、自分は何をしたのでしょうか?」
坂本「貴様ッ!」
ミーナ「少佐」
背中の刀に伸びた手をミーナが静止させる。
俺の目が冷静に、全てを覗くようにミーナへと向けられる。
ミーナ「俺大尉。貴方には殺人未遂の疑いが掛けられています」
俺「……?」
そのまま執務室へと連れられ、俺は手枷をかけられた。
事のあらましはこうだ。
今回の事故でバルクホルンは魔法力を空に近い程ジェットストライカーに掠め取られた。
試作機の為事故は付き物と考えたが、ノイエ・カールスラントでの実験ではおかしい所は無い。
そこで浮かび上がるのは人的要因。つまり、
坂本「貴官はバルクホルンと不和が生じていた。そして技術省の出、カールスラントの誇る天才だ」
元だがな。と坂本が付け加える。
ミーナ「そして貴方がジェットストライカーに何かしているところも整備士達が見ています」
俺「…そうですか」
坂本「疑う個所は充分にある。そもそも得体の知れない貴官に信頼はない」
ミーナ「…残念だけど、そう言う事よ」
何か言う事はと聞かれたが、何もないと答えた。
全て真実だ。虚偽も何もない。
ミーナ「何か大尉に言う事はありますか?」
俺「…何もありません」
坂本「…ここまでしておいて何も無いだと?」
俺「ええ、謝罪の言葉も何も」
ミーナ「そう、それならいいわ」
吹っ切れたようにミーナが立ち上がる。きっと隊からこういう者を出したくなかったのだろう。
紅い瞳は激情に揺れていた。
ミーナ「――俺大尉、貴官には無期限の謹慎を命じます」
坂本「…何か言う事はあるか?」
俺「弁解も何も。了解です」
言い渡された命令の通り、退室しようとした瞬間、坂本の言葉に止められる。
坂本「その右腕に何を隠している」
俺「…何も、と言ったら嘘になります」
坂本「そして貴官の力…宮藤の時とルッキーニの時、何をした。その力は何だ?」
まさかと思ったがやはり疑っていたか。
何も話さない俺に痺れを切らしたか、坂本が詰め寄る。
坂本「正直に話せ。貴官は一体何をしに此処へ来た」
俺「501部隊への援助です」
坂本「ほう、その得体の知れない力のお陰でか?…人だって殺せるぞ。それは」
坂本がまっすぐに俺を見る。
頭の中を掻き回されるような不快感と嘔吐感がどろりと体を這いずる。
――悟られてはいけない、これは違う事だ。口を開けばいいだけ。それだけだ。
ぐちゃぐちゃになりかけた思考を整え、からからの口を開いた。
俺「…それが、何だと言うのですか」
坂本「…技術省にはこんな気狂いまでいるのか。どんな人間がいるか分からんな」
ミーナ「美緒!」
怒りのままに放たれた言葉に俺が振り向く。
纏う空気は怒気と言うには静かすぎるが、坂本を僅かに怯ませるものだった。
俺「…自分を馬鹿にするのは結構。しかし少佐」
体の向きは変えず、頭だけを動かして坂本を見下ろす。
この男の始めて見せた感情、片方だけ見えた瞳に燃える何かは染みるように部屋を埋めていった。
俺「彼女等を馬鹿にするのは許さん。俺は真実を話すまで、罰ならば甘んじて受けよう」
ミーナ「…部屋は兵舎の一番手前です。私物の持ち込みは許しません」
俺「了解」
ごつんごつんと音が遠ざかる。
緊張が解けたように坂本が息をついた。
坂本「…すまない。熱くなりすぎた」
ミーナ「いえ、大丈夫よ。」
坂本「…どう報告する?」
ミーナ「とりあえず今は現状を維持ね。ジェットストライカーの方は技術省が回収に来てくれるわ」
エーリカ「…馬鹿だ馬鹿だと思ってたけど」
小さな格子のついた扉の前でエーリカが呟く。
エーリカ「こんなに馬鹿だとは思わなかったよ」
俺「認めてもいない人間の話す事は全て妄言だよ。話す事は何もないさ」
エーリカ「…考え過ぎ、って言ってあげたいけどそうだね」
否定はしない。執務室で話していた事はすでに全員に知れ渡っている。
この男の扱いは今日からウィッチではなく、囚人相当。もしくはそれ以下と坂本が言っていたから間違いない。
エーリカ「ジェットはどうだったのさ」
俺「直した。専門外だったけどどうにかなったよ」
エーリカ「お見事。問題個所は?」
俺「変換効率の不具合、使用するウィッチが健康ならどうにかなる。後は理論通りになり過ぎだった」
エーリカ「にぃにぃの理論じゃん」
ばっさりと切り伏せられる。
大尉が倒れた事に少なからず怒っているのだろう。最も、付き合いが長く無ければ分からない程の怒りだが。
俺「宇宙創成並のエネルギー転移理論をストライカーに入れたんだ。さすがウーシュだよ」
エーリカ「…さすがウルスラ」
俺「エーリカも出来るじゃないか。同じ事を同じように理解して来たんだから」
エーリカ「言ったじゃん。私は医学を選んだんだよ」
俺「それも選択の内か…さ、そろそろ帰りなさい。怪しまれては困る」
エーリカ「……ねえ、認めてもらうのっていつ?」
風向きが変わり、部屋の中まで風が入る。手枷の冷たい音が嫌に響いた。
俺「これは罰だ」
エーリカ「そうやって逃げるの?」
俺「…そうかもしれない」
エーリカ「朝起きたら、昔のにぃにぃに戻るなんてないよね」
俺「…早く寝なさい。報告レポートは机の上にある」
僅かに震えるエーリカの声が辛かった。
笑うしか出来ない自分に、あまりにみじめな自分に涙が出た。
俺(…敵襲か)
じっと顔を伏せているうちに夜は開け、昼が近くなっていた。
敵襲を告げる音はここまで響き、誰かが廊下を駆ける音が聞こえる。
突然扉が開く。ぽいと何かが投げ入れられ、また閉まる。
エーリカ「おいてくよ」
俺「…インカム?どうして……」
エーリカ「その頭で考えろ!」
走りながら言い捨てていく。
取り合えず耳にはめてみると綺麗な音が響く。
俺(随分進歩したんだな)
思案の内に戦闘は激しくなっていく。
どうやら速さに長け、分離までするネウロイらしい。
俺(増援…相当なのか?)
≪ザザ…バルクホルンさん!?≫
俺「何?」
≪お前達の足では間に合わん!≫
噴流式エンジンの轟音が音声の後ろで響く。
どういう事だ。大尉だって知ってるはずだ。ジェットは俺が触ったんだ。だから履く事は許されない筈。
≪命令違反です、大尉!≫
≪今あいつを助けるにはこれしかないんだ!≫
俺「…大尉、危険です!あなたの身体では持たない!」
≪赤鼻?何故貴様まで!≫
俺「いいですか大尉、それを履くのは危険です!」
≪…お前が何かしたからか?≫
俺「知っているならどうして―――――」
≪今、空で死にそうな戦友がいる。それだけで充分だ≫
俺「自分を…疑わないのですか…?」
≪だったらお前が行くのか?≫
迷いの無い声に揺さぶられる。
すでに飛ぶ準備は整っているのに彼女は飛ばない。
俺は行けない。この手枷が、虚偽が俺を縛っているから
………きょ、ぎ?
俺「俺、は―――」
≪好きにしろ。私は行く≫
俺の声をぶった切って彼女は空に飛び出した。
インカムから零れる口論も頭は理解せず、俺は手枷と両腕から目を離せずに思考の海を泳いでいく。
俺「……これは、嘘なのか?」
思考が揺れる。誰かが頭の中で鐘を鳴らしている様な錯覚すら覚える。
腕が消え、守る力を奪われ、真実を塗り替えられ、夢を捨て、戦いから逃げた?
―――オレガニゲタノハ“タタカウコト”?
俺はいつ“伝えようとした”?
いつだって疑っていた。自分を支えるものが一瞬で奪われてからずっと世界を疑っていた。
いつだって、真実から目をそむけていた。
俺「道を失ったのは俺…?…ずっと、俺は」
あの日から自分に嘘をついていた。いや、真実を求める方法を、真っ暗の道をずっと歩いていた。
ご立派な嘘までついて。訪れた変化から、真実から目を背けた。
だとすれば、これは変化だ。大きな転移点を見逃そうとしていたのか。
全てを変えなければ………いつ?
俺「そんなもの―――――今だ!!」
両の手を合わせ、紫電を這わせる。
バチンと鉄の枷を一周するを見るよりも速く、手枷を引きちぎった。
俺「すまない、でも俺は……俺は」
虚空に向かって呟きながら上着を羽織り、戦闘への準備を整える。
戦う前に身なりを整えるのは昔から習慣だった。俺は気付かないが身体は息をするように動いた。
扉の前で呼吸を整える。
ぐるぐると頭の中で議論が巻き起こる。そんなもの知るか、目の前の真実を見ろ。
どんな理由を付けても言い訳にしかならないのなら、死んででも助けてやる。
俺「妄言狂言…何でも結構。始末だって自分でつける……だから、今だけ」
俺「今だけ、力を――――」
ぱんと両手を合わせる。
ゆっくりと離せば糸を引くように電流がついて来る。
その電流を見つめ、焼き付けるように目を瞑る。
――理由なんて今さらいらない。ならば、意志を貫けばいい
転移対象決定、方程式を展開、証明――――終了。
俺「…子供を見殺しにしてまで、俺は生きたくない!!」
シャーリー「バルクホルン!?」
カノン砲がシャーリーの正面から迫るネウロイを数発で撃破する。
シャーリー「すげー…」
坂本「不味い、一匹逃げたぞ!」
シャーリー「何?っくそ!バルクホルン!もう一発だ………おい、バルクホルン?」
猛スピードで接近するネウロイに向かってバルクホルンが突っ込んで行く。
坂本「いかん!ジェットストライカーが暴走しているんだ、このままだと魔法力を吸い尽くされる…いや、ネウロイと衝突する!!」
≪シャーリーさん!!≫
シャーリー「ッ了解!!」
そのまま自身の魔法、加速を使ってバルクホルンへと飛ぶ。
咆哮と共に再加速したシャーリーが意識を失ったバルクホルンを確保する。
シャーリー「トリガー……駄目だ、ぶつかる!!!」
≪そのまま大尉の確保を!!≫
坂本「…俺、だと!?」
迫るエンジン音に耳をすませ、後方に身体を向ける。
向かって来る一機のストライカー。烈風丸を構え、飛びだそうと身構えた途端、エーリカの手に阻まれる。
坂本「…どういうつもりだ?」
エーリカ「何かあったら私が何とかする。だから、お願い」
辛そうな顔でインカムに叫ぶ俺を見つめてエーリカが呟く。
坂本「……芋の皮むきだな」
≪馬鹿か!奇跡でも起きない限り―――――≫
俺「奇跡は起きます。いや、起こして見せる」
方向を変え、バルクホルンとシャーリーに突っ込むネウロイに突っ込んで行く。
しかし速さが足りない。二人とネウロイとの距離は着実に近付いている。
≪――ああもう信じるぞ!お前を信じるからどうにかしろ!!≫
俺「…赤鼻にお任せあれ」
上着を脱ぎ去り、両手を合わせる。
弾ける紫電に呼応するように俺の側頭部から赤い角、正確には光が丁度トナカイの角のような形になって溢れだした。
少し離れた洋上でエーリカが笑みをこぼす。
赤い角、そして光り輝く真紅の鼻。
エーリカ「初めからこうすればよかったんだよ…堅物め」
俺「…今よりそこに、海を創る!!」
トナカイは高く叫ぶ。エーテルを変換した際の真紅の光を輝かせ、ぐっと両手を組む。
祈るような仕草で目を閉じ、体勢をそのままにたった一つを呟いた。
俺「――ファーゼン、ウバガン―――」
最終更新:2013年02月03日 16:35