基地内倉庫





基地内部にある使用されていなかった倉庫の中は、僅か一週間前とは別世界と変貌していた。

真っ当な生活を送る一般人ならば、生涯まずお目にかかることのない機材の数々。
見たこともないような単位が書かれ、積み重ねられた研究資料の山
壁にかけられた銃器の数々は、各国の軍で採用されているそれとは根本からして違うような気もする。

そんな場所で忙しなく動き続ける四人の男達は、皆白衣を纏い一目で研究者であることが知れる。
臨時とは言え、研究所、兵器開発局と呼ぶのに違和感は存在しない。

四人の男の年齢は、最低でも30代を超え、一番上は70に手をかけている程、平均年齢は高かそうだった。
しかし、衰えというものを感じさせない鬼気迫る表情で、それぞれの研究に没頭している。それこそ、異常を感じてしまうほどに。

そんな中、倉庫兼研究所の隅――出入り口の近くで二人の男が椅子に座っていた。
一人は俺であり、もう一人は他の研究者同様に白衣を纏っていたが年齢は俺と同じくらいだ。


「暇だな……」

「戦闘報告書やらの書類はどうしたんだい? 戦闘と部隊の運用は君の仕事だぜ」

「分かってる。だがねドク、もう終わったのだよ」

「……いくらなんでも仕事が速すぎるよ。他の部隊の連中は事務仕事だけでひーひー言っているぜ。実に有能だね」

「オレはね、有能じゃない、万能なんだよ……、と一昔前のオレならば言っていただろうな。だが、今のオレでもこの程度どうということはない」


ドク、とよばれた男は、俺がこの基地に来る際、談笑を交わしていた男と同一人物のようだ。
彼は休憩中なのか、見るからに濃そうなブラックコーヒーを飲んでいた。

彼らの発言からすれば、どうやらこの強化外骨格開発部隊は研究や開発を除けば、俺一人の手で運用されているようだ。
小さな部隊とはいえ、戦闘から事務仕事まで一手に担い、更には時間が余るとは驚愕する他ないだろう。


「…………で、ゴーストによる飛行訓練の許可は下りたのかい?」

「まだだ。ヴィルケ中佐が渋っているようだな。余程信用がないと見える」

「まあ、この部隊にはパイプがない。当然と言えば当然か」

「気持ちは分からないでもないがな。我々が味方と言えるかは別として、少なくとも敵ではないのだから、もう少し多めに見て貰いたいものだ」

「仕方がないさ。彼女はまだ若い上に、隊のウィッチの命を背負っているのだからね。
 尤も、此方としても君の命を預かっている身だ。速いところ、調整をしておきたい」

「誰にもオレの命を預けた覚えはないがな。
 だが、最高の性能を発揮できないのは問題だ。それとも中佐はマロニー同様、オレにさっさと死んで貰いたいのかね?」

「言い過ぎだぜ」


皮肉げな笑みを浮かべ、キツイ冗談を交えながら肩を竦める俺に、ドクは苦笑してコーヒーを啜った。
口の中に広まる苦味に眠気が吹き飛ばされていくようだ。やはり、眠い時にはコーヒーに限る。

ふと、ドクが視線を移すと俺は彼の後方――一応の完成を見せた新兵器を見ていた。
それは何というか四角い箱といった感じである。一見しただけでは、それがどのような兵器であるのか理解できない。


「ああ、アレかい? あれはね、ドキッ! 強化外骨格開発部隊の新兵器! って感じかな」

「どこの現人鬼だ」


お前の冗談にはついていけん、といった表情ではあったものの、自分もちゃっかりメタっていた。


「アレは肩に乗せて使用するんだ。ネウロイのコアを露出させるのに特化した装備、といったところかな」

「ふむ、なるほど。現状、此方のスペックを鑑みれば、オレがネウロイを撃墜するよりもウィッチの援護に回った方が得策か。現実的だ」

「ただね、アレ、色々と問題点があるんだよ」

「口頭で説明されてもな。スペック表を見せてくれ」


コーヒーをテーブルの上に置き、立ち上がって臨時研究所の奥へとドクが消えていく。
暫くして、書類の山が崩れる音と研究員の怒声、更に彼の謝罪の言葉が所内に響き渡った。

帰ってきたドクの頬には青痣が出来ており、思いっきりぶん殴られた後がある。
そういえば、あの一角で研究していたのは、真っ当な研究員とは思えないほどに筋骨隆々の武闘派だったなと俺は思い出した。


「い、痛い。歯が折れた。何も此処までしなくてもいいのに」

「お前は一番の若年だからな。そんなことはどうでもいいから、早く見せろ」


涙目で頬を摩るドクから資料を引ったくり、それに目を通す。
黙ってそれを読んでいた俺であったが、読み進めていく内にいつもの無表情が曇っていく。
尤もそれが分かるのは、もう5年ほどの付き合いになるドクと研究者ぐらいのものだろう。


「……これ、正気か?」

「いや、うん……ボクもちょっとどうかと思う」

「ちょっと所じゃないぞ。確かに特化させてはいるが、ハイリスクハイリターンなんてレベルじゃない。これじゃあハイリスクローリターンだ」

「流石に、止めたんだけどね。これはこれで効果的だからって。それに、君が危険を恐れるような人物じゃないだろうって」

「ご尤もだ。しかしこれは……ああ、いや、そうでもないのか。基本的にネウロイが一機しか現れないこの戦線じゃ、確かに此方の方が……」


だがなぁ、と難色を示している。
元来、この男もメチャクチャな人物である。強化外骨格を纏っているとは言え、露出したコアの素手による破壊など敢行する方がどうかしている。
そんな俺ですらが難色を示すなど、開発コンセプトが極端過ぎて一か八かの兵器としか言えないのだろう。


「しかし、こうなるとバーニアの調整を直さなくてはならないな」

「それについての計算は終わってる。あとは―――!?」

「警報か、ネウロイだな。どうやら、本格的に襲撃サイクルが狂ってきているようだ」

「しかし、何で……」

「さて……聞いた話じゃ、カールスラントの方で動きがあったそうだが、何とも言えん」


その時、警報の中、それに掻き消されることなくよく通る内線電話の音が響いた。
受話器の向こうから聞こえてくる命令に、了解とだけ返答し、電話を切る。


「出撃だ。もう既に何人か空に上がっている。遅れる訳にはいかんぞ!」


その言葉を聴いたドクを初めとする研究員達が動き出す。
どうやら、彼らは研究員としてだけではなく整備員としての仕事も担っているようだ。

各員が武器の点検を即座に済ませ、黒い鎧を纏った俺の前に持ってくる。
三人がかりで運ばれてきたデグチャレフPSRDの設計図を元に――とはいって強化改造しすぎてもう殆ど原型の面影のないライフルを俺は片手で握った。
そして、両肩には先刻の四角い箱にしか見えない新兵器が、俺の指示で取り付けられている。この間、僅か三分ほどの早業であった。


「……幸運を」

「さあ、どうだろうな。まあ、犬死にしないように努力するさ」


それだけ言葉を交わすと、出入り口とは別に存在する巨大な搬入口の扉に手をかけた。
本来ならば、数人がかりであけるであろうそれを安々と片手で開き、外に出る。
研究所から滑走路はやや遠い。ここから鎧を纏って歩いていくのは如何にも滑稽である。

しかし、俺の身体はそんな心配を嘲笑うかのように、すっと宙へと浮かび上がった。
どうやら、彼の纏った鎧には長い滑走路は、文字通り無用の長物であるらしい。

背面のバーニアが雄叫びのような音を上げ、急加速と急上昇を行う。
基地上空に舞い上がった俺は、一度空中で静止し、滑走路から飛び立つミーナとリーネの姿を確認するや、彼女達と同じ方向へと飛び立った。










ブリタニア上空





高度15000フィート。
第501統合戦闘航空団基地より、やや離れた空域にネウロイは進入した。
出撃したウィッチは、先の二人と美緒、バルクホルン、ペリーヌ、芳佳の6人に加え、オレの計7人。

世界最高位のウィッチであるハルトマン。
速度において右に出る者のいないシャーリー
新人ながらシャーリーとの連携が光るフランチェスカ・ルッキーニ。
未来予知の固有魔法によって被弾経験の皆無のエースであるエイラ。
上の4名を残してきたのは、前回の時間差襲撃を教訓にしたのだろう。
残るサーニャ・V・リトビャクは夜間哨戒で魔力を使い果たし、そもそも出撃できる状態にはなかった。


「隊列変更だ。ペリーヌはバルクホルンの二番機に。宮藤はわたしの所に入れ」


残るミーナとリーネ、俺が3機編成に組む。

暫くすると美緒の魔眼が敵機を捉えた。
時を同じくして、俺の視界にもネウロイの姿が飛び込んでくる。
どうやら彼の被った兜には、望遠視の性質が備わった美緒の魔眼と同等の望遠能力があるようだ。

ネウロイの形状は前回同様に細長いが、それほどの速度はなく、更に巨大だ。
機体の中央にはレーダーの役割でも果たすのか、三つの柱が不気味に回転していた。


「バルクホルン隊突入! 少佐の隊は援護に」

『了解!』


力強くバルクホルンと美緒が返答するや、4人が先行する。

爆発的な加速でネウロイとの距離を詰め、バルクホルンは両手に握ったMG42の引き金を引く。
吐き出される弾丸と空薬莢。彼女の固有魔法である怪力と呼ばれる超身体強化によって反動を押さえ込む。

擦れ違い様にの射撃に、ネウロイの機体の表面を滑るように弾痕が穿たれていく。
しかし、敵は彼女達の攻撃を意に介さず、真っ直ぐにブリタニアの本土を目指す。


(かなり硬い上に、攻撃も強力で手数が多い。拠点や空域の制圧に特化したネウロイといったところか?)


迫る紅い光状を余裕を持って回避し、引き金を引かずにネウロイを入念に観察する。
彼の持つライフルは威力、射程共に軍で正式採用されているライフルを遥かに上回るものの、装弾数は一発限りの際物である。
また弾丸そのものもライフルに誂えて造られた特別製かつ巨大であり、一度の戦闘に持っていけるのは薬室に装填されたものも含めて5発のみ。
故に、コアの位置を正確に見極めなければならない。


「――――む」


バルクホルンとペーリヌの二人が、無数の光線を放つ機首から離れたある一点を攻撃した瞬間、俺が声を洩らした。
僅かながら、ネウロイの殺意に乱れが生じたのだ。

ウィッチでもなく、ストライカーユニットと比較しても性能的に劣る強化外骨格で彼が何故、大戦初期から戦い、生き残れてきたのか。
それはネウロイの殺気を感じ取れるからに他ならなかった。

地球上に存在する生物とは明らかに異なる体構造、精神構造を有するネウロイの殺意を感じ取る。
言葉にすれば簡単なことではあるが、それを可能とする者は彼以外に存在しない。
例え、ベテランのウィッチであったとしても彼らの殺意を感じ取ることは、精神構造が異質すぎるが故に不可能に近い。
せいぜい、何となく狙えわれているような気がする、という予感めいた不確かな感覚に頼るしかない。

しかし、彼はそれを正確に読み取れる。
一体、どのような理由なのかは定かではないし、そもそもネウロイが殺意を放っているなど常人の感覚からすれば眉唾物どころか、一笑にふされかねないものだ。
だが、現実として俺はネウロイの殺意を肌で感じ取っていた。


「ヴィルケ中佐、今バルクホルン隊が撃った所をもう一度攻撃して見れくれ」

「どういうこと?」

「……一瞬だが、奴の挙動が乱れた。コアはそこだ」


何を馬鹿な、とでも言いたげな表情を見せるミーナであったが、戦場を移動し、既にブリタニア本土が眼下に広がっている。
敵も高度を下げ、地上への攻撃態勢を視野に入れ始めているようだった。これ以上の侵攻は民間人への被害が出かねない。

俺の余計な説明を省いた断定的な物言いか、或いは美緒の魔眼が使用できないことから来る僅かな焦りからか、彼女はリーネに指示を出した。


「リーネさん! 俺少尉の言うとおりに!」

「はい……ッ!」


ミーナの言葉に返事をするが速いか、ボーイズライフルが火を噴いた。
他の隊員が持つ機関銃とは比べ物にならない破壊力を以って、ネウロイの装甲を爆散させる。

黒い装甲が白い煙幕へと変わる中、その帳の向こうに赤い光がチラついた。


「こちら、俺。今一瞬だけだが、コアを確認した」

「坂本少佐、念の為、一旦距離を取って魔眼で確認を!」

『了解! 下がるぞ宮藤、遅れるな!』

『わ、わかりました!』


指示通り、ネウロイの攻撃を器用に躱し、或いはシールドによって防御しながら射程範囲を抜ける美緒と、危なっかしくも何とか着いていく芳佳。

そうなれば当然、最もネウロイとの距離が近いバルクホルンとペリーヌが狙われるが何の問題もない。
バルクホルンはその強固なシールドと長年の経験からなる戦法故に。
ペリーヌは生まれ持った才能と積み重ねた努力による華麗ですらある空戦軌道故に。

………………そう、普段通りならば。


(いくらなんでも前に出過ぎだ。まだ町や村には遠い、何を焦っているんだ)


戦闘報告書からイメージしていたバルクホルンの戦い方の違いに、愕然とする。
俺のイメージしていた彼女の戦い方はもっとストイックで、現実的かつ合理的。攻守のバランスが取れた優秀なアタッカーであった。
だが、今の彼女は現実的でもなければ合理的でもない。攻撃に気を取られすぎて、防御が疎かになっている。

その差異に、ミーナも殆ど悲鳴に声を上げる。


「あの子、いつもは二番機を視界に入れている筈なのに!」

「拙い。中佐、一旦距離を取らせ――――!」


俺の進言よりも早く、悲劇は起こった。

ネウロイの放ったビームをバルクホルンが直撃寸前で回避する。
その先に居たのは青い空でも、緑の大地でもない。青の一番、ペリーヌ・クロステルマンその人であった。

シールドを展開し、ダメージこそ避けたものの、急展開したシールドでは攻撃の勢いまでは相殺しきれず、空間を滑っていく。
一瞬で体勢を立て直したのは見事であったが、今回に限って、バランスを崩しての墜落という不名誉の方が彼女の精神を動揺させなかったかもしれない。

ドスン、とペリーヌと回避に成功したばかりのバルクホルンの背中がぶつかった。

何のことはない、新米ウィッチの頃には誰もがやるような僚機との訓練中の軽い接触事故。
しかし、彼女達は幾度の死線を潜り抜けてきたベテランであり――そして、此処は戦場だった。

即座に、俺は引き金を引く。
狙いはビームの射出口ただ一点。
彼女達を救うべく放たれた弾丸は、無常にも敵の攻撃が終了した時点で装甲に突き刺さる。


「うわあああッッ――!!」


数条もの光線は、展開されようとしていたシールドを紙の如く破り、バルクホルンの握るMG42の弾倉を暴発させる。


「――トゥルーデ!」

『大尉ぃッ!』

「バルクホルンさんッ!!」

「ちぃッ……!」


遥か地上の森へと落下していくバルクホルンの後をペリーヌ、芳佳、俺の三人が追う。

一番最初に辿り着いたのは俺だ。
それこそ、今日見せる最高速で追い縋り、負傷した彼女に一切の負担をかけずに受け止める。

見れば、胸部から大量に出血している。
口から血を吐いていない所を見れば、食道や肺などの内臓に傷はついていないようだ。
だが、魔法力で強化されていようとも元の肉体は10代の少女である。予断を許さない状況に代わりはない。


「シールドを張れ! 地上に下りる!」


後から追いついてきたペリーヌと芳佳に防御を任せ、最新の注意を払って眼下の森へと降下していく。

地上についた瞬間、俺はバルクホルンの身体を地面に寝かせ、傷を確認するために軍服を前を開く。
あらわになったのは血で赤く染まったタンクトップ。そこから僅かに先端を覗かせる金属片が傷の原因だ。

その金属片を取り除けば大出血を引き起こし、かといってそのままにして医療可能な場所への移送へはバルクホルンの体力が持つかどうか。


(思った以上に厄介な状態だ。針と糸でも持ってくるべきだったか)


医療にも精通しているのか、一瞬でバルクホルンの診察を終わらせ、せめて止血だけでもと動き出そうとした時、芳佳が割って入った。


「私がやります!」


何を、と俺が告げるよりも早く、青い燐光がバルクホルンと芳佳の二人を包み込んだ。
魔法力の輝きに、慌てるように後退し、距離を取る俺。


「こんな力が……」

「治癒魔法か……」


治癒魔法。バルクホルンの怪力同様、念動系に分類される固有魔法。
生物が元あった形に治そうとする魔法であり、外傷のみならず病気に対しても有効とれている。
数ある固有魔法の中でも、希少な部類に入る。命を救うためだけにしか使えない魔法である。

それを見て、問題はないと判断したのか、ネウロイから攻撃を遮っていたペリーヌの横に立つ。


「クロステルマン中尉は坂本少佐の下に入ってください。此処はオレが」

「何を言って……!」

「……はあ」


俺はこれだからガキは嫌いだ、とばかりに大きく溜息を吐いた。
確かに、ペリーヌのように自分の責任と受け止める人としての度量は認めるべきだろうが、それで冷静さを欠いてしまっては意味がない。

今この状況で芳佳以外に出来る最善は、バルクホルンの治療を見守ることではなく、ネウロイをいち早く倒し安全を確保することだ。
その方が落ち着いて、芳佳自身も余計なことに気を逸らさずに済み、バルクホルンの命を救うことに繋がる。


「貴方は――――」

「落ち着けッッ!!」


何か、更に言葉を紡ごうとしたペリーヌを遮り、俺の怒号が飛んだ。
それは、一軍人としての言葉であり、また年長者としての言葉でもあった。


「いいか、宮藤。お前も一度治療を止めて、二度深呼吸をしろ」

「で、でも、そんなことをしたら……」

「――早くしろッッ!!」


更なる怒号に、まだ幼いといってもいい少女二人は肩をビクリと震わせる。
その有無を言わさぬ態度と迫力に圧され、意を決して大きく二度深呼吸をした。


「宮藤はそのまま大尉の治療を。そして、中尉。固有魔法や攻撃性能から言って、あなたの方が敵を素早く撃破できる可能性は高い」

「ですが……」

「失敗を反省するのはいい。けれど、今はその時ではない。今は、中尉の最善を尽くすべきだ。違いますか?」

「…………ッ!」


後悔や焦りを振り切るように。俺の言葉に後押しされるように。
ペリーヌ・クロステルマンは空へと翔けていく。
そうだ。彼女は何時だってそうだった。
友を失った時も、家族を失った時も、国を失った時も。数多の取り返しのつかない失敗と絶望を振り切って。振り切りきれずに後ろ髪を引かれながらも、がむしゃらに戦った。
青の一番、そう呼ばれたウィッチの真の実力がそこにある。


「坂本少佐、クロステルマン中尉がそちらの僚機に入る。フォローを」

『――了解した!』


俺の更なる算段としては、美緒ならばペリーヌの手綱を握ることが出来るとも踏んでいた。
僅かな期間しか共に過ごしていないとは言え、美緒に向けられているペリーヌの感情は、もはや崇拝に近いことは俺でなくとも分かるだろう。
まして、美緒は扶桑海事変からの大ベテランである。仲間の身が危ないからと、焦りから無茶や危険を冒すような人物でもない。

あとは、と肩越しに治療中の宮藤を見る。
先程は焦りから巧く魔法力を操作できていなかったようであるが、今は別人のように最適な形で固有魔法を行使していた。

そも魔法力とは、精神面によるところが大きい。
ならば、焦りや不安、或いは体調不良なども行使の妨げになるのである。

俺の見た所、芳佳の秘める魔法力はウィッチとしては最上級。
だが、その大きすぎる魔法力が逆に固有魔法の行使を邪魔しているように思えた。
単純に魔法力を込めれば強固になるシールドと固有魔法は一線を画する。彼女のような固有魔法に求められるのは最高ではなく、寧ろ最適である。
負った怪我や患った病気に対し、最適の魔法力と術式を以って当たることが、最終的に最高の結果を生み出すのだ。


(もっとも、オレの受け売りではないがな)


かつて世話になった治癒魔法を有する二人のウィッチの顔を思い浮かべ、兜の下で苦笑を洩らす。

そうしている間にも、敵の攻撃は激しくなっていく。
自身の周りを飛び回るウィッチ達を、倒すべき敵として認識したのか、ネウロイは体勢を買え、地面と垂直の状態で停止した。
以前、エジプトで見たオベルスクのような威容は、まるで不吉を象徴しているかのようだ。


『拙い。そちらを狙っているわ!』

「問題ない。ウィッチほどではないが、此方にもシールドがある」


通信機越しの美緒の言葉に、冷静に返答し、左腕を前に差し出した。
瞬間、ネウロイの攻撃が放たれる。

あらゆる金属を消滅させ、大地と海を割る赤い閃光。
地上の三人に向けて放たれたそれは、オレの身体に直撃する寸前に軌道を代え、あらぬ方向へと飛んでいった。

展開されたシールドが、ネウロイの攻撃を逸らしたのである。
ウィッチのそれとは明らかに性質の異なるシールドは半球状に形成されていた。


『シールドまで……!』

「もっとも、ウィッチのそれより遥かに劣りますがね」


そう、彼の言うとおり、強化外骨格の張るシールドは単純な強固さにおいてはウィッチよりも遥かに劣る。
だが、その球体の形状は大抵の攻撃を受け流し、そして多数かつ他方向からの攻撃を防御可能とネウロイのビームに対しては利便性が高い。
但し、あくまでもネウロイからの攻撃を前提とした防御であり、実体弾による攻撃には極めて脆かった。


「……ッ……何を、している。……速く、ここから離れろ」

「嫌です! 仲間なんですよ、必ず助けます!」

「その力は、敵に使え……。敵を、倒すんだ。私の命は、捨て駒でいいんだ」


勝手なことを言う、俺は思わずそんな言葉が出そうになる。
ウィッチとそこらの兵士とでは、この大戦の最中、命の価値が違う。
ましてやバルクホルンは世界有数のトップエースだ。彼女が上がりを向かえるまでに、一体どれほどのネウロイを倒せるか、計り知れないものがある。
ならば、己自身と芳佳の命を捨てて、バルクホルンの命を救えるのならば――人類側の損失は極めて軽微だ。


(まあ、目的も果たさずに死ぬつもりもないがな)


彼が言う目的は、他のウィッチ達が目指すものとは異なるのか、胸の内で一人呟く。

事実、この状況においてバルクホルンを助けられなければ、万人が納得せざるを得ない理由をつけて離脱するつもりである。
それは逆に言えば、バルクホルンが助かる可能性が高いのであれば、命さえ失わなければよい、という強固な意志の現れでもあった。


「わたしには……、傷ついている人を見捨てるなんて真似、出来ません!」

「………………ッ!」


芳佳の言葉に、心にわだかまっていた何かが洗い流されたような、それこそ憑き物が落ちたような顔で、バルクホルンは優しく微笑んだ。

そんな彼女の心境の変化を察したとは思えないが、ともあれネウロイの攻撃がより苛烈となる。
舌打ちと共にシールドを展開させ、攻撃を逸らすもその衝撃に俺の全身が軋み始めた。


「いや、それより――――ッ」


その程度ならば耐えられる。それ以上に厄介だったのは、熱だ。
強化外骨格のシールドは、ビームの発生に伴う二次被害までは防げなかった。


「……来やがった。――……ッ!」


それにネウロイも気付いたのか、今まで断続的に行ってきた攻撃を連続的に。連続から更には照射に切り替える。
5秒、10秒、20秒。上空のウィッチによる援護も空しく、ネウロイの攻撃は放たれ続けた。

見る間に彼の伸ばした両腕は黒から赤く染まり、金属それ自体が赤熱化している。
一体、鎧の内側何度にまで上昇しているだろう。彼は両腕が焼けていく音を耳にしていた。
だが、それでも悲鳴の一つも上げはしない。そう、彼にとってこの程度の苦痛など、何の障害にもなりはしないのだ。

――そこが、ネウロイの持つエネルギーの限度だったのか。2分を超える照射がようやく途切れた。


「…………無事か?」

「それは此方の台詞ですよ、大尉」

「そうか。……済まない、迷惑をかけた」


ネウロイの攻撃を凌ぎきった俺は背後で治療を終え、既に立ち上がっていたバルクホルンに軽口で返した。
芳佳は既にバルクホルンの治療で魔法力の大部分を使い果たしたのか、肩で大きく息をしていたが、最低限自分の身を守ることは出来そうだ。

二度三度、両腕を握ては開きを繰り返し、機能性が損なわれていないことを確かめる。
手甲の下は火傷で凄まじい様相を呈しているだろうが、動きさえすれば問題ないと判断し、足元にあった己のライフルを蹴り飛ばした。


「うっ!? ……何を?」

「使ってください。征くのでしょう?」


重量にしておよそ50キロはあるライフルを軽々と蹴り飛ばした方も蹴り飛ばした方だが、受け取った方も受け取った方だ。
もっとも親しんだMG42は一生はこの世から消失し、もう一丁も落下の際に失われ、この森の何処かで眠っている。
そして経験故にか、手にしたライフルの凶悪な威力を、バルクホルンは握ったその手から感じ取っていた。


「装弾数は1発ですから、注意してください」

「外すな、という訳か」

「ええ。オレが先行して装甲を剥がしますから、トドメは任せました。世界最高位のトップエースならば、簡単ですよね?」

「ああ。――――なんてことは、ないっ!!」


何処か挑発するような物言いに、バルクホルンは裂帛の意志で応じた。
俺は地を蹴り、バルクホルンはストライカーユニットで天へと上る。

加速、加速、加速ッ――!!
余計な軌道は不要とばかりに一直線に。愚直ですらあるような軌道で、ネウロイに迫るウィッチと黒い影。

無論、そのような愚考をネウロイが許す筈もない。
二匹の蚊蜻蛉を焼き尽くさんと無数の赤光を放つが、二人は更なる加速を以って掻い潜る。

突如、舞い戻った二人を唖然と見送る四人を今は捨て置き、戦場を翔けた。
余りにも長く感じる、余りにも短い時間の中、先行した俺がネウロイを射程圏内に捉える。


「新兵器だ。遠慮はするな、全弾持っていけ――!」


彼の両肩に装備された新たな武装が、獣の顎のように口を開く。そして、咆哮が響き渡った。
一瞬にして射出される数百発の黒いベアリング弾。
無数の点の攻撃は群れを無し、やがては面の攻撃へと変貌を遂げる。

近接戦闘用指向性炸裂弾。そう名付けられた新兵器は後に誕生するクレイモア地雷によく似ていた。
再生が巻き起こるよりも速く破壊が侵攻していく。
そして宣言通り、全ての弾をネウロイにプレゼントし終わった頃には、コアが剥き出しになっていた。


「これで、――――終わりだッ!」


攻撃の勢いに備えるために静止した俺の後ろから、バルクホルンが躍り出る。
最早、攻撃に転ずる余裕すらないのか、ネウロイは黙ってその現実を受け入れる術はない。

どう足掻いた所で外しようのない距離までコアに接近し、彼女はその引き金を引き絞る――!










基地内テラス





太陽は当に海中へと没し、夜闇が辺りを包み込んでいた。
少し肌寒さを感じる中、隊舎からの明かりが指すテラスで一人煙草を吸っている男が一人。そう、俺である。

戦闘が終了し、色々と面倒ごとが多かった彼であったが、今はようやく一服できる余裕が出来たようだ。
戦闘終了直後にミーナが泣きながらバルクホルンの頬を張って説教をしたり、ペリーヌと芳佳に礼と共に頭を下げられたり、美緒に称賛の言葉を貰ったりと大変だった。
しかし、と吐き出しだした紫煙が夜風に消えていく様を見ながら呟く。


「とんだ失敗作だったな、アレ」


そう、彼の使った新兵器は欠陥品だった。
その証拠に彼の額には真新しい白い包帯が巻かれている。
無論、ネウロイの攻撃によって受けたものではない。それは包帯が指先まで巻かれた両腕だけである。
両腕は重度の火傷を負ったが、彼に手術は必要なかった。手甲を外した時にベロンと皮が剥がれた時は、彼女達の前で外さなくてよかった、と心底思った程度だ。

新兵器の問題は、余りに近い距離故に跳弾を引き起こしてしまうこと。
実際に、彼は頭部のみでなく身体の前面が隈なく打撲で覆われている。


「距離が近ければ跳弾に巻き込まれ、離れれば味方への誤射に繋がるなんてな。笑えんぞ、冗談抜きで」


不幸中の幸いは、バルクホルンに跳弾が当たらなかったことだろう。そうでもなければ、今この場に彼はいないのだ。
しかし、あの破壊力は魅力的だ。巧く改良すれば、より強力な兵器になる。
俺が使うと決めた以上は、どうやって跳弾とネウロイの攻撃による誘爆を防ぐかが、これからの開発班の課題となりそうである。


「……俺少尉」

「バルクホルン大尉ですか。と、失礼しました」

「ああ、いや、そのままで構わない」

「はあ、そうですか」


持ってきた灰皿で煙草を揉み消して姿勢を正そうとする俺を片手で制し、バルクホルンは一定の距離を開けて隣に立つ。
規律が第一の女傑という印象を持っていた俺は、どこかしおらしい彼女の姿に首を傾げそうになる。

ともあれ、上官の許可はおりているのだ。あくまでも自然に、自分のしたい格好でいればいい。
テラスの柵に寄りかかり、肺一杯に紫煙を吸い込む。


「…………それで、大尉。身体の方に異常は?」

「あ、ああ。精密な結果はまだ分からないようだが、医師の診断では問題ないそうだ。傷も残らん」

「左様で。それは重畳」


暫く経っても口を開かないバルクホルンに業を煮やし、俺の方から話しかけた。
帰ってきた台詞は予想通りで、取り敢えず安堵の言葉を返しておく。


「……………………」

「あの、大尉? 何か御用が?」

「い、いや。そ、それは、だな」


歯切れの悪い返事と挙動不審に目が左右に泳いでいる様子に、なんだコイツといった視線を送る俺。
此処で頬を赤く染めてもいれば、彼くらいの男なら愉快な勘違いでもしそうなものだが、生憎と頬は染まっていなかった。
可愛らしさよりも挙動不審さが目立つ彼女であったが、深呼吸をして落ち着きを取り戻す。


「済まなかった。今回は皆に迷惑をかけた」

「謝るのなら一番動揺していたクロステルマン中尉に、礼なら一番尽力した宮藤に言ってやってください」

「もう言ったさ。中尉には先に謝られてしまったがな」


そうですか、と答えた俺の脳裏には、バルクホルンの顔を見た瞬間、頭を下げるペリーヌの姿が掠めていた。
責任感と気位の高い、何とも彼女らしい行為だ。


「………………何も聞かないんだな」

「ええ。余り興味がないので」

「随分、はっきりと言うな」


ずばっと竹を割ったようなあっさりとした返答にバルクホルンは苦笑する。
俺が何も聞かないのは興味がないのが半分、そしておおよその見当はついていることが半分であった。

俺の推察では、バルクホルンは失った誰かを、或いは失いかけた誰かの影を宮藤に重ねたのだろうというものだ。
そうであれば初めての顔合わせの際に見せた、場にそぐわない芳佳に向けられた視線にも納得がいく。
そして、それは的を射ていた。


「妹と宮藤がよく似ていてな。自分でもそれがどうかしていたと思うのだが、どうにも焦りを止められなかった」

「妹さんは、存命で?」

「ああ。だが、カールスラント撤退戦の際、私の目の前で重症を負ったまま、今もブリタニアの病院で眠り続けているよ」

「そうですか。亡くなっていないだけマシとは言え、少々酷ではありますね」


同情も憐憫もせず、彼女の境遇に淡々とした口調で意見を述べる。
彼には彼女の痛みも苦しみも理解できない。そもそも生まれてこの方、彼に家族と呼べるものは存在しなかった。


「ああ。だから、今度休暇を貰って見舞いに行こうと思っている」

「成程、ヴィルケ中佐と何か話していると思いましたが、その事についてでしたか」

「そうだ。まだ出会ったばかりの少尉に、こんなことを教えるのも何か可笑しな話だがな」

「つまり、他人にそれを伝えたくなるほど楽しみで堪らない、という訳ですか」

「か、からかうんじゃない!」


顔を真っ赤しつつも、決して否定はしないバルクホルン。
そんな彼女の姿に、俺は無表情の上から意地の悪げな笑みを貼り付けた。


「冗談はさておき。妹さんに会ったら、何でもいいから話しかけてあげてください」

「それはそのつもりだが、何故?」

「医学で解明された訳ではないですが、意識不明の患者に話しかけると意識が回復する可能性が高くなるんですよ」

「な、なに!? それは本当かッ!?」

「実際に目にした訳ではないので確かなことは言えないですが、眠っていた際に話しかけていた内容を覚えている、なんて例もあるらしいです」

「そんなことまで、あるのか……」

「人間の脳はまだまだ解明できていない部分が殆どですから。親しい人間の言葉が脳を刺激し、意識回復の一因を担うというのも、あながち不思議な話じゃない」


そういうと、見えてきた僅かな希望に打ち振るえるバルクホルンを尻目に、遠くの星を眺めながら煙草を吸った。


「そうか。なら、私は明日に備えて休ませて貰う!」


見舞いに行くの明日かよ、急な話だなおい、と心の中でツッコミを入れつつも、決して口には出さない。
俺とは言えど、他人の幸せな気分に水を指すのは気が引けた。


「そうだ。すっかり忘れていた」

「……まだ何か?」

「わたしと話す時は階級も敬語もいらん。わたしのような小娘に気を使う必要はない」


規律を重んじるバルクホルンを知る人間であれば、明日は槍が降るんじゃないのかという気分にさせる破格の提案だった。
それは今日の戦闘において最も冷静沈着で、戦士として一流の振る舞いを見せた俺に対する彼女なりの不器用な敬意の現れである。
そして、不用意に戦場で心を乱した、大人になりきれない自分自身への戒めも篭められていた。


「了解した。対価といっては何だが、君が思い詰めたら、年上として愚痴くらいは聞こう。
 また無茶をされたら堪ったものではないし、ヴィルケ中佐の胃に穴でも開いたら大変だからな」

「ふッ、言っていろ。――――ありがとう。感謝している」


俺の皮肉に晴々とした笑顔を浮かべ、自室へ帰っていったであろうバルクホルンの背中を見送り、最後に煙草を吸う。
綺麗に根元まで吸い切ってから残った火種を灰皿の上で揉み消しつつ、紫煙を吐き出す。
煙草を吸った時特有の倦怠感、それとは別の多幸感を感じながら、ボンヤリとした思考でポツリと呟く。


「――――変な女」


彼の言葉は無論、彼女を侮辱するものではなく、何とも言えない気分にしてくれた彼女の意趣返しであった。
最終更新:2013年02月04日 14:18