扶桑皇国第三○ニ海軍航空隊。
厚木基地を根拠地にするこの部隊は、横須賀鎮守府や首都東京を含む関東を守る防空部隊である。
最激戦区の欧州にウィッチを派遣することの多い扶桑であるが、海軍の実力派ウィッチも多く所属する、本土きっての主力航空隊だ。
特に「男」のウィッチがいることで有名である。
その「男」のウィッチである俺は、呼出しを受け第三○ニ航空隊司令室に向かっていた。
ドアをノックをすると声が返ってくる。
司令「入れ」
俺「入ります」
司令「ああ、来たか」
俺「俺中尉ただ今参上いたしました」
敬礼を向ける先、巨大な執務机にいるのは不釣合いとも思えるような少々小柄な女性だった。
真面目な雰囲気をだしていた俺だったが、女性が返礼をするとすぐに表情を崩してしまう。
俺「いきなり呼出しなんて俺何かしましたっけ?」
司令「いや『今回は』説教ではないぞ」
俺「おー、そりゃありがたい。安奈ちゃんの説教はいつも長いんだよなー」
司令「階級は大して気にしなくていいとは言っているが『安奈ちゃん』はやめろといつも言っているだろうが……」
整った表情を顰めるのは小園安奈大佐。
第三○ニ航空隊の司令であり、かつてはリバウ遣欧艦隊リバウ航空隊の副長(飛行長兼任)を務め、リバウ三羽烏を部下に持っていたこともある女傑である。
カールスラントのアドルフィーネ・ガランド少将程ではないが大佐という元ウィッチとしては破格の地位にあり、扶桑海軍ウィッチの運用にはかなりの影響力を持っているらしい。
俺「なに? もしかして年齢気にしてる? 確かにもう20も後は――」
安奈「……ねじ切るぞ?」
俺「おっと失礼小園隊長」
口では言うが反省の様子があまり見られない俺に対して溜息をつくが、さっさと用件を済まそうと安奈は話を続けた。
安奈「辞令だ」
俺「辞令? なんでまた」
安奈「上層部にガランドから増員要請があったらしくてな、それでお前にはひとっ飛び行ってもらうわけさ」
俺「はぁ。でも
ガリアも解放された今、欧州は大分優勢なんじゃ?」
安奈「わざわざ私のところにもガランドから催促が来た。『獅子は兎を狩るにも全力を出す』とな」
耳にかかる艶やかな黒髪を払い背もたれに身を預ける安奈は、ふんと鼻を鳴らした。
俺「つまりどういう意味で?」
安奈「『優勢なうちにネウロイどもを叩き潰したいからウィッチの出し惜しみするな』ってことだろうよ」
俺「なるほどねぇ……」
納得といった様子で俺は頷く。
俺「そんで、俺はどこへ行けばいいんで?」
安奈「オラーシャだ。東部戦線のな。第502統合戦闘航空団と言えばお前でもわかるだろう?」
俺「さすがの俺でもそれくらいは知ってますって」
胸を張る俺だったが、安奈から向けられる視線は微妙に胡散臭そうにしている気配があった。
安奈「まあいい……ちなみに出発は明後日だ」
俺「はやっ!!」
驚く俺であるが安奈は全く気にしない。逆にもっと爆弾を投下する。
安奈「後そうだ、ペテルブルクまでは自分で飛んでけ」
俺「……ごめん安奈ちゃん、今なんて?」
安奈「ペテルブルクまで自分で飛べと言ったんだ。あと安奈ちゃん言うな」
俺「はぁああああ!?」
絶叫した俺だが、安奈は全く態度を変えない。まるで俺がおかしいといわんばかりである。
安奈「なにを驚いている? お前の固有魔法があれば大丈夫だろう。前だってテストでここからシドニーまで飛んだじゃないか。ペテルブルクはシドニーよりは近いぞ」
俺「確かに厚木から7800kmくらいあるシドニーよか近いけど、それだって7000kmは割らないでしょうが!!」
安奈「なんだぁ、前はできて今はできないとでも言うのかぁ?」
俺「できるできないの前に、やりたくない!! 固有魔法でどうにかなるって言っても長く飛べるってだけだから、巡航速度じゃ15時間以上かかるんだよ!!」
安奈「飛べるなら、飛べ。お前は扶桑男児だろうが、泣き言など聞かん」
ちょっとキツメの目をさらに細めて、安奈は猛烈な抗議を行う俺を冷たく突き放す。
安奈「だいたいこれは命令だ。まあ、理由としてウィッチの長距離飛行に関するデータ取りってのもあるにはあるがな」
俺「そもそもウィッチに長距離飛行なんてさせるもんじゃないって……」
石油を燃料とする飛行機はともかく、ウィッチが長距離飛行をするには問題が多い。
長時間の飛行は精神肉体両面でのウィッチへの負担があまりにも大きいのだ。
訓練を積んだウィッチでも長時間飛べば消耗が激しく大した働きが出来ないので、ウィッチを長距離で飛ばしても作戦上の意味がないこともある。
そしてそもそも、増槽もあるが魔力は基本的にウィッチ自身のもので、燃費を切り詰めたとて長時間飛行を行うには膨大な魔力を持つウィッチが必要で、それは数がとても少ない。
この最後の問題を解決できる固有魔法を持っているがゆえに、俺は苦労しているのであった。
俺「なんでこんな目に俺が……」
安奈「固有魔法があるだけウィッチとしてはいいだろうに」
がっくりと俺は肩を落とす。
だがそんなことを気にする安奈ではなく、辞令を俺に渡す。
安奈「ほれ、いつまでもいじけてないでさっさと準備しろ」
俺「はいはい……」
安奈「はいは一回にしろ」
俺「へーい……」
安奈「おい、はいですらなくなってるぞ」
一度大きなため息をついてから、俺はしぶしぶといった様子で退室した。
夕方の食堂に女性の陽気な声が響いてた。
女性「ほう、オラーシャか! なんだ、あそこでかいんだろ?」
俺「でかいんすよ。それを俺は横断しなきゃならないってわけで……」
女性「あっはっは! いいじゃないか、お前にしかできないことだ。誇れ誇れ!」
俺「姉御はほんと楽しそうで……」
ざっくばらんに切った短い髪の女性は赤松明美中尉。
軍神と称される北郷章香とは親友であり、彼女の列機を長く務めるなど、海軍指折りのエースウィッチの一人である。
無類の酒好きだが、意外にも教官としては優秀で、新米だった俺を今まで指導したのも彼女。
既にあがりを迎えており現在は第三○二航空隊で教官扱いで所属するが、隙を見てはこっそり出撃する上官泣かせなウィッチでもある。
明美「そりゃあなぁ、あのダメダメだった俺が天下の統合戦闘航空団様に派遣されるんだ。ずっと教えていた私の鼻も高いってもんじゃあないか!」
俺「行くのはともかく自分で飛ぶのは……」
明美「だから、それはお前しかできないだろ? なら伝説だ、やってやれって」
俺「姉御は気楽っすねぇ」
だがどうも愉快そうな明美と違い、俺の表情は曇り気味だった。
明美「まったくなんださっきからしけた面して、酒が足りてないんじゃないのか!!」
溜息をつく俺の前にある空きグラスに明美は手ずから扶桑酒を注いでやる。
明美「さあ飲め飲め!!」
俺「って、わかりましたからそんな背中叩かないでくださいよ!!」
明美「あっはっは! そうだそれでいい、命令ならどうせやらなきゃならないんだ。気楽にやったほうが100倍ましだろう!」
俺「まあ、そりゃねぇ」
明美「それに、お前は私の弟子だ。自信持っていいんだぞ!」
がばっと明美は俺の肩に手を回しがっちりと力を入れる。
俺「じゃ、師匠の顔に泥を塗らない程度に頑張りますかね」
明美「おっ、いい顔になったな!」
次第に明美の笑顔につられて俺にも普段通りの笑顔に戻っていた。
日も落ちた食堂。
先ほどまで俺と一緒に酒盛りに興じていた明美は、一人で酒を飲んでいた。その表情にも少々影がある。
彼女の正面に、グラスを持って安奈が座った。
安奈「珍しいな。お前がそんな表情をするとは」
明美「おや、安奈ちゃんじゃないの」
安奈「……お前ら師弟はいい加減に学習能力がないのか?」
明美「私達が言われて唯々諾々と従うような奴に見えるかい?」
呆れた顔を見せる安奈へにやりとした笑みを見せながら、明美は酒瓶を向ける。
安奈「やれやれ……そういえば、その弟子はどうした? さっきまで騒々しい酒宴だったと聞くが」
明美「あいつなら、整備兵どもに連れてかれたよ。今度ペテルブルクまで飛ぶのに使う富嶽の調整だとさ」
安奈「なるほど」
『富嶽』とは扶桑の技術力を結集した戦略爆撃用ストライカーユニットである。ただ、とある問題から実機は一つしかなく『技術力の無駄』と揶揄されている。
巡航速度だけ見ても毎時400kmを超えるなど、爆撃用としては破格の速度であり、実用上昇限度も15000mと高性能。戦略爆撃を目的としているだけあり魔力増幅率も高く積載重量も多く、素晴らしい機体のように一見すると思える。
だが、そもそも前述した通りウィッチに長距離爆撃には向かず、それが可能な膨大な魔力量を誇るウィッチがいたとしても、長距離爆撃に使うだけ人材の無駄なのだ。
それに、どんなに積載量が多くともウィッチが爆弾を持つ以上リベリオンの爆撃機B-29に敵わず、対地攻撃に使うとしてもより効率的なストライカーは多いのだ。
それゆえの『技術力の無駄』である。
安奈「しかし、酒を飲んでもすぐに仕事ができるのはうらやましい限りだな」
明美「確かに、あいつの固有魔法はそういう意味じゃあ便利だあね」
安奈「体内に取り込んだアルコールを魔力に変換する能力だったか?」
明美「そ。空でも酒を飲めば魔力が回復できるなんてギャグみたいな能力だよねえ」
安奈「そのせいで富嶽を押し付けられたわけだが」
そう、魔力変換の固有魔法のために、飛行中でも魔力の補給が可能な俺のところに実働データを取るという名目で富嶽はある。
そして上層部の命令で過去にはここ厚木基地からシドニーやホノルルまで飛ばされていたのだ。そして、今回はペテルブルクまでである。
明美「見てる分には楽しいけどね」
安奈「弟子が心配か?」
言って、安奈はちらりと明美へ目線を送る。
ちょうど酒を傾けていた明美は、一瞬止まってから観念したように息を吐き出した。
明美「ま、そりゃ心配だよ。男のウィッチなんてほぼ皆無だろ? 訓練校で見つけた時から今までずーっと世話してやってきたんだから、心配にもなるって」
安奈「まあそうだろうな。あの性格も酒好きなところも、お前によく似ている。それに腕も確かだ」
明美「おや、それは嬉しいね。安奈ちゃんが褒めるなんて」
安奈「認めていなければ統合戦闘航空団に推挙などしないさ」
空になった明美のグラスに、今度は安奈が酒を注ぐ。
明美「ふっふっふ。そこんとこは私も保証するよ。あいつならちゃんと戦果を挙げるってね」
安奈「それはよかったのか悪かったのか判断に困るな」
明美「やれやれ、ひどい言いようだね」
言葉とは反対に明美の口元には笑みが浮かんでいた。
それを見て安奈も口の端をつりあげる。
安奈「そろそろお前も弟子離れするべき時だろうしな」
明美「弟子が離れていかないだけさ」
安奈「ふっどうだか」
明美「なんだよ、文句あるのか?」
軽く明美に睨まれても、安奈は表情を崩さない。
にやにやと愉快そうだ。
安奈「どちらが正しいかの結論は置いておくが、あいつも一人立ちってことだ」
明美「まあ、な。これで厄介払いが出来る」
明かりにかざすように明美がグラスを掲げた。
透き通った扶桑酒の中で光が揺らりと泳ぐ。
安奈「あっちで騒動を起こすかもしれんぞ?」
明美のグラスに自らのものを並べるように安奈も腕を伸ばす。
明美「だけどここみたいに『またお前か』で済ましてはもらえないからなぁ。そこは自己責任さ」
安奈「確かにな」
明美「まあ、どちらにせよあいつを信じるしかもうないけどな」
明美の目線が安奈へと向けられる。
そこにはいつになく温かな色合いが見えた。
安奈「私もよく考えればあいつとは長い付き合いだったな」
明美「まだまだ続くさ。必ず帰ってくるから、な」
視線を交わし、お互いに小さく笑みが漏らす。
安奈「バカな部下の」
明美「バカな弟子の」
二人「巣立ちを祝って」
グラス同士がぶつかる甲高い音が小さく響いた。
二日という時間は過ぎるにはあまりに早く、厚木基地の滑走路には富嶽のストライカーユニットを履いた俺と、明美がいた。
明美はおもむろに一本の扶桑刀を鞘から抜き放つ。
刀身に反射した陽光は、まるで太陽をかき消すかのようにまばゆく、一切の無駄のない細き刀身は美しさと同時になにものをも寄せ付けないような怜悧さを持っていた。
実戦や訓練で扶桑刀によく触れる俺であっても見とれてしまう、まさに名刀と言える刀だった。
明美「いい刀だろ?」
じっと俺が見ていたのに気付いた明美がにやりと笑う。
俺「そうっすね。すげえいい……」
明美「うむ」
偽ることなく俺が言ったことで、満足そうな表情を浮かべる。
そして、流れるような動作で鞘に刀を収めるとそれを俺へと差し出した。
明美「ほれ、やるよ。餞別だ」
俺「え? いやいやこんないい刀もらえませんって」
首を振ってとんでもないと俺は辞退してしまう。
明美「ばぁか、師匠からの贈り物を断るやつがあるか」
俺「いや、当然のように受け取ってもだめでしょうが……」
明美「かー! いちいち細かいこと気にしやがって!」
眉をひそめた明美が、俺の鼻先に左手の指を突き付けた。
明美「お前がこれから行く先は最前線で、しかもオラーシャだ。扶桑刀がそうほいほい補給できるわけじゃない」
お気楽さを前面に出している普段と違い、真剣そのものな瞳に俺は気圧される。
明美「それを慮って、ネウロイごときにゃ負けない名刀を私がわざわざくれてやるんだ。受け取れ!」
今度は眼前に刀を差しだされた。
再び視線は漆喰の黒き鞘に吸い寄せられる。
そして、気付けば刀に手を伸ばしていた。
明美「そうだ、その刀の銘を教えておこう」
ずしりとした見た目以上の重みを深く感じていた俺は、はっとして明美に視線を戻した。
明美「『雷切』さ」
俺「雷切……」
明美「そうだ。雷神をも切ったと言われる名刀だ。どうだ?」
俺「最高っすね」
明美の不敵な笑みに、俺も不敵な笑みを返す。
俺「確かに、ネウロイ如きには負ける気がしない刀だ」
明美「ふっ」
満足そうに鼻を鳴らすと、そのまま明美は俺に背を向けて歩き始めた。
明美「用はそれだけだ。後はまぁ、なんだ」
背を向け歩みを滞らせることなく、後頭部を掻きながらちょっぴり恥ずかしそうに言う。
明美「死ぬなよ」
俺「あ……」
今までの人生の約三分の一を共に過ごしてきた尊敬する人からの、らしくないと言えばらしくない、それでいて率直な気持ちの吐露。
俺「姉御!!」
気付けば俺は声を張り上げていた。
蘇る懐かしい日々。
ある時は怒られた。
ある時は徹底的にしごかれた。
ある時は一緒にバカをやった。
ある時は死線を共に潜り抜けた。
いろいろあったけれど、彼にとっての彼女というのは簡単。
俺「今まで、ありがとうございました!!」
頼りになる『姉御』だ。
地面に頭をぶつけてしまいそうな勢いで、いやもしかしたら当ててしまうつもりだったのかもしれない、それほどの気持ちで頭を下げた。
明美「ふん、らしくないっての……バカ弟子が」
頭を下げ続けていた俺は、明美が足を止め振り返っていたことも、小さく呟きを零したことも、結局気付くことはなかった。
その日、扶桑皇国海軍第三○ニ航空隊所属俺中尉は、第502統合戦闘航空団へ飛び立った。
最終更新:2013年02月04日 14:20