第502統合戦闘航空団のハンガーの一角。
俺「なあ、伯爵?」
クルピンスキー「なんだい?」
俺「いつまで、こうしてりゃいいんだ?」
クルピンスキー「それは、熊さんが許可するまでだよねぇ」
俺「てか、なんで俺たち正座させられるわけ?」
クルピンスキー「哨戒飛行終わってすぐに一杯やろうとしてたからだねぇ」
俺「だよなぁー……」
がっくりと肩を落とし、ため息をつく。
作業をしている整備員達を眺めながら、二人は並んで正座をし続けていた。
足元にはご丁寧にも板張りになっており、至れり尽くせりである。
もっとも、懲罰用に長く正座をさせることを想定してなので、罰を受けるものがありがたみを覚えることは皆無だが。
俺「それにしても、なんでオラーシャくんだりまで来て正座なんてさせられなきゃならないんだよ……」
クルピンスキー「あー、それは定子ちゃんが原因なんだよね」
肩をすくめてみせるクルピンスキー。
俺「下原が? そりゃなんで?」
クルピンスキー「うん、定子ちゃんが熊さんに扶桑の文化だって正座を教えたんだけど……」
俺「気が付けばこうなってた、ってわけか」
クルピンスキー「そういうことだね」
がっくりと俺は膝に手をつき肩を落とす。
周囲の整備員達が全然二人を気にしないことも、この懲罰が502で一般的なものであるということを物語っていた。
俺「だいたい、正座ってのは罰に使うものじゃあないのによ……」
クルピンスキー「ああ、そういえば精神鍛錬に使うものなんだっけ? なんか結構前に定子ちゃんがそう言って嘆いてたなぁ」
顎に手を当てて、うんうんとクルピンスキーがうなずく。
俺「下原ぁ……」
重い嘆きのため息が漏れる。
クルピンスキー「ふふっ、まあ定子ちゃんも扶桑文化を広めようと頑張っていたんだよ。まぁ、ちょっと空回りだったかもしれないけどね」
俺「善意だからどうしょうもねえんだよ」
クルピンスキー「そりゃあそうだね。でも、君は扶桑出身なんだから、私たちよりよっぽど正座には慣れてるんじゃないのかい?」
俺「ああ、そりゃあな。精神修行だー、とか言って道場で正座させられたこともあるしよ」
クルピンスキー「ってことは、足とかもあんまり痺れたりしないんだよね?」
俺「まあ、な」
クルピンスキー「ふーん……」
なにか考え込むように、唇に指を一本当て、じっと俺の足を見る。
そして、突然にやりと笑う。
クルピンスキー「えいっ」
俺「……っ!」
クルピンスキーの伸ばした指が、つんと俺の足をつつく。
声は噛み殺したものの、俺の体がびくりと震えると同時に固まる。
クルピンスキー「あれっ、どうしたの? 正座には強いんだよね?」
俺「はっ、なんともないな」
クルピンスキー「へー」
俺「っ!!」
今度はクルピンスキーの指が、つーっと俺の足に這わされる。
だがそれでも、一筋の冷や汗を流そうとも、俺は表情に苦痛をあらわさない。
クルピンスキー「すごいなぁ。尊敬しちゃうよ」
まるで甘えかかるかのように体を俺の方へ傾け、挑戦的な視線を上目使いに向けてくる。
もちろん、クルピンスキーはその間、俺の足に指を這わせることは忘れない。
俺「はっ! そう……っ……か、いっ!」
まっすぐにクルピンスキーの目を見返す。こちらも挑戦的だ。
俺「そういうお前はどうなん……だっ?」
クルピンスキー「っ……!!」
やられてばかりではいられない俺が、クルピンスキーの足をつつき返す。
クルピンスキーも声も上げず表情も変えないが、一瞬体を震わせ、また瞳の奥の光が揺らいだのを、俺は見逃さない。
俺「どうした伯爵? もう限界かぁ?」
クルピンスキー「ふふっ、それはどうだろ……んっ!!」
指の腹で一本線を引くように、クルピンスキーの足を撫でると、押し殺したような声が漏れた。
俺「おやぁ? やっぱりもう限界か?」
クルピンスキー「むっ」
にやり、と俺の顔が勝ち誇る。
対してクルピンスキーは、少し恥ずかしそうに、そしてそれ以上に悔しそうに眉をひそめる。
クルピンスキー「やせ我慢は体に悪いんじゃないかい?」
俺「誰、がぁっ!?」
ぐっ、と思いっきりクルピンスキーが俺の足をつかんだ。
さすがに、これには俺も素っ頓狂な声をあげてしまう。
クルピンスキー「ふふんっ」
俺「伯爵てめぇ……どりゃ!」
クルピンスキー「あっ! ……やったね?」
俺「ざまあみ、ろぉっ!?」
つつき、撫で、つかみ合う。
クルピンスキー「んんっ!」
俺「くうっ!」
攻撃は最大の防御とばかりに、手が伸びる。
クルピンスキー「あぅ、そこは……」
俺「が……」
二人は本気なのだが、やっていることは、はっきり言っていちゃついているようにしか見えない。
しかも、伯爵の漏らす声だけは妙に色っぽさが感じられてしまうため、正座させられている隊員には慣れている整備員達も、
整備員A(なんだこいつらいちゃいちゃいちゃいちゃと……!)
整備員B(嫌がらせかあああああ!)
整備員C(くっそ俺中尉が羨ましすぎる!)
整備員D(……モゲロ)
まったく集中できなくなり、イライラが募っていた。
クルピンスキー「くぅ……んっ……!」
俺「うっ……」
周囲がぴりぴりとしているのに二人は気づかない。
まるで、二人だけの空間を展開しているのだと主張しているようだ。
整備員一同(こいつらどうにかしてくれ!!)
そんな願いが届いたか、一人の女性が二人の前へ歩み寄る。
女性「あらあら、罰正座の最中じゃなかったのかしら?」
俺「ん……?」
クルピンスキー「おや」
女性「随分と楽しそうじゃない?」
かけられた声に視線を上げると、そこにはスオムスの野戦服を着た女性がいた。流れるような髪は、銀かと見まがう薄い金髪。肌は白く、勝気な笑みがその性格を現している。
だが、ただの女性ではない。
首の後ろ、両肩に軽々と担いでいるのは50kg近いラハティL-39。そう、つまりはウィッチということだ。
クルピンスキー「やあ、アウロラちゃん久しぶりだね。元気してた?」
アウロラ「ふふっ、元気よー。あのヘタレな妹でも頑張れるのに、私には無理だと?」
クルピンスキー「ふふっ、その自信は相変わらずだね。いい女だ、惚れちゃいそうだよ」
アウロラ「あら、ごめんなさいね。ファンはスオムスだけで十分沢山いるのよ」
ラハティを床に下すと、爽やかな笑みで伯爵の言葉をいなすと、横で正座している俺に興味深そうな視線を向ける。
アウロラ「あなたよね? 男のウィッチの新入隊員の俺中尉って」
俺「ああ、そうだ。俺がその俺中尉だが……あんたは?」
アウロラ「私はアウロラ・エドワーディン・ユーティライネン。スオムス陸軍中尉。ここでストライカー回収班の班長をやってるわ。墜落しちゃっても、しっかり拾ってあげるから安心なさい?」
差し出された手を握る。
クルピンスキー「私や二パくん、ナオちゃんが結構お世話になってるよ」
俺「さすがは、ブレイクウィッチーズだな」
アウロラ「ふふっ、まぁだからこそ私たちが結成されたんだけれどね」
ぱさりと耳にかかった髪を払う。
その仕草はどうもかっこよく見えた。
俺「でも、あんたウィッチだろう?」
アウロラ「そうよ? これでも陸戦なら自信があるわ」
俺「それなのに、ストライカー回収班なんかやってんのか?」
アウロラ「ウィッチだからこそ、よ」
にやりと笑みを向けられるのだが、俺はその意味がまだよくわからない。
見かねて、クルピンスキーが助け口出す。
クルピンスキー「私たちの部隊が、攻勢部隊だからだよ」
俺「あん?」
クルピンスキー「つまり、地上部隊のための制空権を取る任務が主ってことは、墜落した落下先はネウロイ勢力圏でしたー、ってこともよくある」
アウロラ「私たちはそんなところへ突入して、目標を回収、帰還をしなくちゃいけないのよ」
クルピンスキー「最も軍隊で難儀するのは、撤退だ。だからこそ、ストライカー回収班は精強じゃないとダメなんだ」
俺「ああ、なるほど……」
言われてみれば、疲れ知らず恐れ知らずなネウロイの勢力圏に突入して、ストライカーを壊され、陸ではほとんど役に立たない航空ウィッチを拾って、そのまま無事に戻ってくるのは大変なことだ。
俺「ってことは……アウロラって、実は強いのか?」
アウロラ「ふふっ、実はもなにも、私は強いわよ? これでもモロッコの恐怖と呼ばれたし、スオムスじゃあ妹以上の英雄扱いなのよ?」
俺「なんだ、その物騒な通称は」
アウロラ「冬戦争より前には私ね、
ガリア外人部隊にいたのよ。それで、ちょっとモロッコで小規模怪異が出現した時に、張り切っちゃったらそんな通称もらっちゃったのよねー」
あっはっはと豪快に笑うアウロラに、呆れていいやら笑っていいやら、俺はちょっと複雑な気分だった。
俺(やれやれ、502にゃあまだまだ濃いのがたくさんいるもんだ)
内心で苦笑していると、クルピンスキーが話を進めていた。
クルピンスキー「冬戦争でも、アウロラちゃんは大活躍だったんだよね?」
アウロラ「まぁねー、これでもずっと前線にいたのに、一発も被弾してないし」
俺「はぁっ!? 待て待て、一発もないのかよ!?」
アウロラ「ないわよ。仲間を守るためにシールドで受け止めたことはあるけど、怪我はないわ。って言うか、あのヘタレな愚妹にできて私にできないわけないじゃない」
胸を張るアウロラ。偉そうに見えるが、どうしてか嫌味なところがない。
アウロラ「って言うより、ネウロイのエイムがへたくそなのよ。私はあのヘタレみたいにあんまり避けないし」
俺「具体的に言うと?」
アウロラ「そうねぇ……」
顎に指を一本あて少し悩むが、すぐに思いついたようでぱっと顔を晴れさせる。
アウロラ「前線にロッキングチェア持ち込んで、寝転がりながら指揮とってたことあるんだけど、一回もネウロイったら私に当てられないのよ」
俺「それは、ネウロイがおかしいのか?」
アウロラ「おかしいわよ。空飛んでるウィッチも撃ち抜けるのに、ぜーんぜん動かない私に当てられないんだから、怠慢ってとこかしら?」
一人納得しているアウロラをよそに、こっそりと俺はクルピンスキーに耳打ちする。
俺「なあ、この人……有名じゃないだけで世界屈指の陸戦ウィッチなんじゃねーのか?」
クルピンスキー「ああ、多分そうだよ。だって、ふらっといなくなったと思ったら単騎で戦車型ネウロイを撃破して、無傷で帰ってくるくらいだから」
アウロラ「ちなみに言っておくと、雪が深くて使い物にならないから陸戦ストライカーは使ってないわよ?」
俺「おい……あんた、なにもんだよ?」
聞こえていたらしいアウロラのさらなる一言に、俺の表情はひきつる。
アウロラ「私は、ただのスオムス軍人。祖国を守るために全力を尽くしただけよ」
クルピンスキー「でも確か、コッラ川では32人で100倍以上のネウロイから陣地死守したんだよね?」
アウロラ「あー、あの戦いねぇ……あれは、ぎりぎりだったわ。もうちょっとネウロイの撤退が遅かったら防衛線突破されてたかもしれないもの」
俺「いや、そもそも持ちこたえたのがおかしいだろう」
アウロラ「もし防衛線抜かれてたら、スオムスは今頃ネウロイに荒野にされてるわ、私は全力を出しただけ」
さらりと言ってのける。
だが、聞いた俺は、人間じゃないものを見たような感覚に襲われる。
俺「おいおい……あんたら、本当に人間か?」
アウロラ「あー……まあ、一人人間やめてるような奴ならいるわ」
俺(いや、あんたも十分人間やめてる)
アウロラ「あ、そうだ」
腰に引っ掛けていたビンを持ち上げると、頭より高い位置に掲げる。
そして、逆の手の指をぱちん、と鳴らす。
俺「なっ!?」
クルピンスキー「わっ!」
銃弾が一発、どこからともなく撃ち込まれ、見事にビンの口の部分だけを撃ち抜いていた。
あわてて銃弾の飛んできた方向を見るが、撃ったと思える人間はいない。
アウロラ「……と、まあこんなスナイパーが部下にいるのよね」
対してなにも気にした様子もなく、アウロラは優雅にビンの中身で喉を潤していた。
と、ここで俺がはっと気づく。
俺「おい待てアウロラ! なんでそんな奴がここにいるんだよ!!」
アウロラ「あら、言ってなかった? うちのストライカー回収班は、コッラ川の生き残りなのよ?」
俺「は?」
アウロラ「当たり前でしょう? 急造チームで危険な任務はこなせないし、私たちは少数で多数のネウロイを相手にするのは、慣れてるのよ」
俺(502って、実はストライカー回収班が一番強いんじゃねーのか?)
空になったビンをぷらぷらと振るアウロラに、俺は曖昧な表情を向けるだけだった。
クルピンスキー「さすが、アウロラちゃんだね。私が色々言っても、いつもガードが堅いし。どう、そろそろ今晩?」
アウロラ「ふふっ、遠慮しておくわ」
クルピンスキー「参ったね、また断られちゃったよ」
残念とばかりに額に手を当てるが、表情は笑顔。
だからこそ、アウロラもくすりと笑う。
アウロラ「ま、あんた達二人仲よさそうだしね、遠慮しておくわ」
クルピンスキー「まあ、仲が悪いとは言わないよ」
俺「確かに、仲がいい方に入るだろうな」
クルピンスキー「でも、そういう関係とはなんか違うよね?」
俺「ああ、悪友って感じが一番しっくりくる」
うんうん、と俺とクルピンスキーは頷く。
だが、アウロラは腰に手を当て、呆れ顔でため息をついた。
アウロラ「さっきのじゃれあいみたいなのは、いちゃついてるようにしか見えなかったわよ?」
俺「えっ?」
クルピンスキー「えっ?」
きょとんとした顔で驚く二人。
俺「……」
クルピンスキー「……」
そのまま同時にお互いの顔を見る。
俺&クルピンスキー「まさかぁ!」
が、そのまま笑い出してしまった。
アウロラ「あーらら」
全く気にした様子がない二人を眺めて、肩を竦めた。
そしてやおら、床に置いていたラハティL-39を持ち上げる。
俺「もう行くのか?」
アウロラ「まあねー、私もそんなに暇ってわけじゃないのよ。それに、そろそろ立ち去った方がいいって私の勘が告げてるの」
くすり、と笑みを残すと、アウロラは背を向ける。
アウロラ「それじゃあ二人とも、仲良くね~」
俺「おう、またな。次は酒でも傾けて話を肴にしようぜ」
クルピンスキー「次は、こんなとこじゃなくて綺麗なカフェででも会いたいね」
二人の性格をわかりやすいほどに現す言葉に、アウロラはくすりと笑みを漏らす。
だが振り返ることはなく、返事として手を軽く振って見せた。
俺「……なんというか、姉御肌って感じの奴だな」
クルピンスキー「そりゃあねぇ、スオムスじゃ部下たちから『ママ(äiti)』って呼ばれてたくらいだから」
俺「そいつぁすげえ……ぬあっ!」
クルピンスキー「あはっ、油断大敵ってやつだね?」
俺「てめっ……」
忘れたころにやってきた、痺れた足への攻撃。この不意打ちには俺も声を漏らしてしまった。
俺「やりやがったな!」
クルピンスキー「……くうっ……やるね!」
俺「ぐっ……ええい、扶桑男児に撤退の二文字はない!」
クルピンスキー「んんっ……素直に転進ならしてもいいんだよ?」
再開される奇妙な我慢合戦。
だが、二人は戦いに集中するあまり、背後から近づく人影に気が付かなかった。
サーシャ「なにを……やっているんですか?」
俺&クルピンスキー「え゛っ?」
ぎぎぎ、と油の切れた機械のように振り返る二人。
サーシャ「なにを、やって、いるん、ですか?」
惚れ惚れするほど綺麗な笑顔から紡がれるのは、先ほどと同じ言葉。だが、切れ切れに力強く言われ、よけいに圧力が増したように思える。
もうオラーシャの寒さには慣れたと思っていたのに、俺は悪寒を感じた。
サーシャ「罰正座のはず、でしたよね?」
俺「いやー、それは……」
クルピンスキー「えーっと、そうだね……」
さすがの俺と伯爵も、サーシャの両手で鈍い輝きを放っているスパナを見ては、ふざける余裕はなかった。
お互いに目線を交わし、一瞬で意思統一をこなす。
俺&クルピンスキー「ロッテの相棒との親交を深めてたのさ!!」
ばっと肩を組み、笑顔を見せる。それこそ、やましいことなんてなにもない、と主張するように。
サーシャ「……」
一切表情を変えないサーシャ。
俺&クルピンスキー「……」
こちらも、笑顔のまま動かない。
サーシャ「……言いたいことは、それだけですか?」
スパナ二刀流が乱舞し、鈍い音がハンガー内に響いた。
アウロラ「ふふっ……」
物陰から、ポクルイーシキンに叱られる二人を見ていた。
アウロラ「まあ、今はそんな関係でもいいかもしれないわよね。本当は危うい均衡の上にあるそんな関係で」
頬の片側だけが吊り上って笑みの形を作る。
アウロラ「あなたたちの関係がどっちに転ぶのか……楽しみね」
脇に控えていた小柄な男に声をかける。
アウロラ「あなたもそう思わない?」
男「……」
アウロラ「はぁ、相変わらず愛想にかけるわねぇ。まあ、いいけど……」
肩を小さく竦めるも、たいして気にした様子もなく、アウロラは今度こそ本当に立ち去る。
アウロラ「ま、もう哨戒の時間ね。行くわよヘイヘ」
最終更新:2013年02月04日 14:22