ラル「はぁ……」

深夜、溜まっていた書類をようやく捌き切ったラルは右肩を回しながら着替えとタオルを片手にサウナへと足を運んでいた。
統合戦闘航空団の司令ともなれば上層部から押し付けられる紙切れの数は膨大と言ってもいい。それを短い時間で処理をしろというのだから実に人使いが荒い連中だ。
前線のことなど何も理解しようとせず、一方的に書類や危険な任務を押し付けてくるだけで肝心の物資はいつも遅れやってくるのだから腹立たしい限りである。

一糸纏わぬ自分の姿が脱衣所に設置された姿見に映され、滑らかな乳白色の肢体に刻み付けられた生々しい傷跡が視界に入った。
かつてカールスラント撤退戦においてネウロイの破片で視界が遮られ被弾を許してしまい、脊髄骨折の重傷を負った。

引き締まった肉付きの良い全身に走る傷に指を這わせ彼女の表情が僅かに曇る。
人類第三位の撃墜数を誇るグレートエースといえど、彼女もまた一人の女性だ。ウィッチとして戦い抜いて出来た傷であっても、瞳に浮かぶ悲哀の色は、嫁入り前の身体に醜い傷を刻まれた女性が見せるそれだった。


いつか愛する男が現れ身体を許す時、果たしてその男は、この傷も受けて入れてくれるだろうか。


柄にも無くそんなことを考えながらサウナへ足を踏み入れた瞬間、何者かの気配を感じて足を止める。

ラル「誰かいるのか?」

俺「ラル!?」

ラル「俺か……!?」

聞き覚えのある声と共に、サウナの奥に座っていた俺の姿が視界に飛び込んで来た瞬間、身体を強張らせた。
その理由は彼の存在でもなければ、男の前でタオル一枚というあられもない姿を晒している状況に対する羞恥心からくるものでもない。
彼の全身に刻まれた傷跡にあった。
斬り傷もあれば、銃弾でもぶち込まれたような痕もあり、そのどれもが思わず目を背けたくなるほど醜く、質も数も自分の比ではない。

俺「え? 今……誰も使ってない……よな?」

腰にタオルを巻いた俺が表情を紅潮させ、乾いた声を絞り出す。その赤は傷を晒す羞恥ではなく自分のタオル姿に戸惑いからきていた。
そんな思春期の少年のような反応をされたら、むしろこっちが恥ずかしくなってくるではないか。

ラル「あ……あぁ。こんな時間だからな……みんな寝ている。そういうお前は何をしているんだ?」

別にこの男に対して特別な感情を持ち合わせているわけではないというのに、何故か喉が渇き、上手く声を出すことが出来ない。
頬に灯る熱はサウナ特有の蒸し暑さだけではないように思えた。

俺「ちょっと野暮用でな。悪い。出るよ」

ラル「いや……待て。少し話さないか? お前には色々と……聞きたいことがある」

横を通る彼の腕を掴んで引き止めるという行動を取る自分に驚きながら、ラルは必死に頭を回転させる。
そうだ。
そもそもこの男がどうしてやって来たのか、自分は何も知らされていない。
それだけじゃなく、軍の公式記録では戦死扱いの俺がどうして扶桑を出てガランド少将の駒として動いているのかも知らなかった。

部隊を預かる者として、この男の素性を知る必要があるだけであり決して一緒にいたいというわけでは断じてないのだ!!

俺「なぁ……聞きたいことって何だ? 話すことは別に良いけど……なぁに話せば良いか、わかんねぇよ」

ラル「そ、そうだな。男のウィッチとは……話したことがないから。お前のことを聞かせてくれ。どうして戦死となっているお前がここにいるのか。どうしてガランド少将はお前をここへ遣したのか」

俺「あんまり面白くないぞ?」

ぼやくように返すと俺は懐かしむような口ぶりで己の過去を語り始めた。


幼い頃に魔法力が発現した自分は同じく魔女としての才覚に目覚めた幼馴染と共に陸軍のウィッチ養成学校へと入学した。
物覚えついた時から常に傍にいた彼女とは特に二機編隊で阿吽の呼吸を発揮し、向かう所敵無しとも噂され上層部からも期待されている最中にあの扶桑海事変が起こったのだ。
元来彼女には先行癖があり、何か起きるたびに手綱役を押し付けられていたのだが、今回に限ってはそれが災いへと転じてしまった。

敵が発射した弾丸の速度に対応できずにいた彼女を押し飛ばし、無理やり射線上に飛び出した自分はシールドを張る暇すらなく、機銃弾に全身を穿たれ海へと墜落していった。
意識を取り戻した俺は漁師の家の客間に敷かれた布団に横になっていた。

助けてくれた漁師曰く漁に使う網に引っかかっていたらしい。
それからリハビリを続け、やっとの思いで自由に動けた時に知った自らが戦死した報道。
流されたところが情報の届かない田舎だったのも不幸な偶然だったのだろう。

ラル「どうして生きていると伝えなかったんだ……?」

俺「怖かったのかも、な……」

ラル「怖かった?」

俺「俺のことを死んだと思っている陸軍と扶桑がさ。生きているのに……何だか世界から爪弾きにされた気がして」

それでも真新しい光沢を放つ墓の前には線香と瑞々しい綺麗な花が供えられており、自分の死を悲しんでくれる人がいることが、その二つから垣間見ることが出来ただけでも嬉しかった。
陸軍人としての人生は完全に閉ざされたが、こうしてしぶとく生きているならこれからは一人の男としてこの力を誰かのために使っていこう。
そう決心し、俺は扶桑を出て行った。

ラル「後悔はないのか?」

正直に言えば心残りが一つだけあった。
自分が庇った彼女のことだ。涙で頬を濡らしながら、墜落していく自分に向かって手を伸ばしてきたあの娘は今何をしているのだろうか。
風の噂では扶桑海事変の二年後にスオムスへ派遣されたと聞いたが、それ以外彼女に関する情報は何も入ってこない。

ラル「女か?」

俺「あぁ。とても良い女だよ」

あれから七年になる。
ただでさえ人目を惹くほどの容姿だ。もしかすると既に好きな男と出会い、添い遂げているのかもしれない。
頑固で生真面目な性格だが、あれは尽くすタイプだ。仮にそうだとしたら、きっと円満な夫婦仲を築けているに違いない。
それに幼い頃から妹のように可愛がってきたのだ。幸せになって欲しいと思うのは兄貴分として当然ではないか。

俺「そのあとは色んなところ旅したなぁ。嫌な奴にも会ったし……面白い奴にも会った」

真実を誰にも告げることなく扶桑を去った後は傭兵として、軍の手が行き届かない小さな街の防衛や避難民の護衛などで生計を立てていた。
正規軍の所属で無い以上は少ない弾薬を必死に遣り繰りしなければならなかったし、時には楯代わりとして扱われ、撃墜と負傷の数も一度や二度ではなかった。

確かに男性ウィッチは女性に比べるとその数は圧倒的に少ない。
しかし、自分の場合はフリーランスの傭兵という立場故に、彼らにとって自軍の貴重な男性ウィッチに生存率の低い危険な任務を与えるよりかは、失敗して命を落としたとしても使い捨てが利く傭兵に押し付けた方が都合が良かったのだろう。

撃墜した標的が、別のウィッチの実績になっていたことなんてざらであったが、俺自身も雇われている間の衣食住の確約、今後生きていくための報酬さえ受け取ることが出来ればスコアなど別段気にすることでもなかった。
公式記録で戦死者名簿に名を連ねている身としては今更撃墜数に執着すること自体、馬鹿馬鹿しいというのが率直な考えだったからだ。

雑に扱われることが殆どではあったものの、中には自分のことを心配してくれたウィッチや、一人の人間として接してくれた基地司令もおり、まだ若かった頃は彼らとの別れによく涙を流したものだ。
そうして様々な出会いと別れを繰り返しながら、世界各地をたった一人で転々と渡り歩いている時にガランドと再会し、半ば押さえ込まれるような形で彼女の私兵となったのだ。
それ以降、表ではウィッチと共にネウロイと戦い、裏では彼女らの命を狙う輩を闇に葬り去る。自分がそんな暗殺者の真似事を始めたのも、その頃からだ。

ラル「なら……ここへ来たのも共生派を鎮圧するためか?」

俺「本当なら誰にも知られることなく済ませるはずだったんだけどな」

ペテルブルク基地と基地近辺に散在する複数の居住区で不穏な動きがあるとの連絡を受けた彼は得物一つを引っ提げて、極北の激戦地へとやって来た。
表向きは戦力増強の補充要員として現地のウィッチと共にネウロイを撃滅。
裏では巣を張る共生派を駆逐する。

憲兵隊や現地の警察も決して無能ではないのだが、巨大な組織は時に動きが硬化してしまうことがある。
内通に収賄。
別段この地区だけに言えたことではないが組織に属さないがために、あらゆるしがらみとは無縁な俺だからこそ、ここへ派遣されたのだ。

俺「話せるのはこんなもんかな。この身体の傷はネウロイと人間の両方からつけられたもんだ」

ラル「……」

俺「おいおい。別に黙り込むことじゃないだろ? こんな世の中なんだ。仕方ないさ」

ラル「お前は……どうしてそんなに笑っていられるんだ?」

俺「そりゃあ……こんな力を持ってるんだ。やれることやっとかないと。それにさ、いちいち誰かを守るのに軍人っていう肩書きが必要とは限らないだろう?」

確かにあいつらに会えないのは寂しいけどな、と快活に笑ってみせる俺の瞳に悲観の感情は見られなかった。





推奨BGM:

―――第507統合戦闘航空団拠点。カウハバ基地


照明が落とされた暗い部屋の中、一人の女性が布団の上に座り込んでいた。
白い素肌の上に半羅一枚という艶かしい出で立ち。
裾から伸びる太腿は扇情的なラインを描き、襟元から姿を見せる双房は整った形と張りの良さを誇っている。
窓から差しこむ蒼白い月光を浴び、棚に置かれた写真立てに目線を注ぐ。
収められているのは一人の男を中心に五人の女性たちが無邪気な笑顔を浮かべている写真だった。
変色したフォトフレームとは裏腹に写真を保護するガラス板の放つ光沢から、どれだけ大切に扱われてきたのかが伺える。
誰もが快活な笑みを浮かべている写真とは裏腹に彼女の顔貌に満ちるのは深い憂いの感情。その憂いすらも美艶に見えてしまうのは彼女が持つ美しさによるものだろう。

???「ねぇ俺。もう今年で七年よ? 早いものね」

男の腕にしがみ付く昔の自分を見つめ、呟く。薄紅色の唇から洩れ出す声に含まれるのは悲しみの色。
艶やかな長い黒髪を掻き上げる女性の黒瞳がゆっくりと潤んだ輝きを放ち始めた。彼がこの世を去って今年で七年になる。
海中へと姿を消した彼の捜索活動は虚しく終り、ただ彼が最期の瞬間まで履いていたであろうストライカーだけがボロボロの状態で浜辺に打ち揚げられていた。

???「今のわたしはどう? ちゃんとみんなを守ることが出来ているかしら?」

色白の頬に透明な雫が伝い落ち、写真立てを胸元に寄せて抱きしめる。
両膝を突く小柄な体躯が小刻みに震えを始めた。
あの時、自分が無理に先行しなければ彼は死なずにすんだのかもしれない。もう少し早く敵の弾丸に気付きシールドを張っていれば、彼が飛び込んでくることも無かったのかもしれない。
しかし、全ては仮定の話であり彼はもうこの世の何処にもいない。
必死に押し殺されて、なお洩れ続ける慟哭が部屋の中で木霊する。


女性―――穴拭智子の瞳から透明な雫が零れ落ちた。

智子「会いたい……! 俺に……っく……会いたいよぉ……!!!」

今は亡き幼馴染への恋慕が胸の内側から決壊し、涙という形で現れる。物心がついた時から彼は傍にいた。
当たり前のように、そこにいた。
一緒に山を散策したり、怖くて一人で眠れない夜は布団の中に入れてくれたこともあった。
兄のような彼を異性として恋い慕うようになった時、既に自分と彼は戦場を駆けるウィッチだった。


――――

敏子『今朝、上層部から俺の捜索を打ち切るという決定が下されたわ』

智子『そ……そんな……』

黒江『穴拭!? しっかりしろ!!!』

敏子『俺大尉は扶桑海に現れた怪異と戦い、そして散った。祖国の楯となったその勇敢さを称え二階級特進。これが陸軍上層部の判断よ』

圭子『ちょっと待ってください! 仮にそうだとしても俺の遺体だってまだ見つかっていないんですよ!? いくらなんでも早すぎます!!』

武子『中佐は黙ってそれを受け入れたんですか!?』

敏子『そんなわけないでしょう……!! そんなわけ……ない……!!!』

―――


遺体のない葬式には多くの人間が参列し彼の死を悔やんだ。
貴重な男性ウィッチとして軍内部ではそれなりの注目を浴び、期待もされていただけに彼の死は余りに唐突だった。
しかし中には、いざ怪異が現れれば、大した撃墜数を出せずにあっけなく死んだ彼を能無しと嘲笑う者もいた。


―――笑うなぁ! あいつはなぁ……俺は勇敢に戦ったんだ!! 戦って!! 戦って!! 最期は仲間を守って立派に死んだんだ!! あいつの死を侮辱する奴はこの江藤敏子が絶対に許さない!! 文句がある奴は前へ出ろぉ!!!―――


嘲笑を浮かべて俺の遺影を指差す佐官たちが放った嘲りを耳にした瞬間、頭の中が真っ白になった。
気がつけば拳を握り、佐官たちに向かって歩き出していた智子を押し留めたのは隊長である江藤敏子の怒号だった。
固く握り締めた鉄拳をそいつらの頬に叩き込んでいく彼女の目から零れ落ちる大量の涙を見つけ、智子はそれまで込み上げていた熱が一気に冷めていくのを感じた。

周囲を見回せば片手で両目を覆い嗚咽を漏らす綾香。

目を伏せ身体を震わせる武子。

瞳に哀しみを湛えながら遺影を見つめる圭子たちの姿が飛び込んできた。

綾香は暇さえあれば朝早くから眠そうな俺を叩き起こして釣り場へと引き摺り、武子と圭子は俺と共に写真を撮りに出かけていった。

隊長である敏子は彼を実の弟のような目で見守り、厳しさと優しさを併せ持って彼と接して、時折大人の色香で純情だった俺をからかう姿は、可愛い弟で遊ぶ姉のものだった。
思えばいつも部隊の中心には彼がいた。

智子「ぅぅぅぅああぁああああ!!!」

そんな俺の死を境に胸の中にぽっかりと穴が空いた。
大切な何かが欠け落ちて、それがもう手の届かない所にあるのだという、どうしようもない悲しみが智子の全身を覆い、凍てつかせる。

ビューリング「おい……どうした?」

智子「びゅぅ……りんぐ?」

よほど泣き声が大きかったのだろうか。ノックもせずに飛び込んできたビューリングが歩み寄る。

ビューリング「そんなに……大切な……奴だったのか?」

僅かに顔を覗かせる写真に写った男性。
その男こそ智子が以前自分に話した俺という男性だと察した。
扶桑海の巴御前と称される智子が恋い慕うに不釣合いだと思えてしまう程、どこにでもいる男性というのが俺に対するビューリングの第一印象だった。

智子「好きだった……大好きだった!!!」

悲痛な感情が込められた叫び声。
いや、今でも彼のことは愛している。彼以外の男性など考えられないほどに。
それでも……俺はもういない。
あの声音で自分の名前を呼ぶことも無ければ、自分が落ち込んだ時には決まって頭を撫でてくれた、あの優しくて大きな手の平の温かさを感じることも出来ない。
そして、この想いを伝える機会も未来永劫ないのだ。

智子「ぅぅううぁぁぁああ……!!!」

子供のように泣きじゃくる智子の姿にビューリングは沈黙せざるを得なかった。普段の姿からは想像もつかないほどの弱々しい一面。
彼女をこうまで悲しませるほど俺という男は穴拭智子という女性にとって掛け替えの無い存在だったのだろう。
ハルカやジュゼッピーナの猛追を悉く退け、迫る糸河をばっさりと斬り捨てたのも一途に写真の男性を想い続けているからこそ。

ビューリング「……トモコ」

嗚咽を漏らし、止め処なく涙を溢し続ける彼女の背中にそっと手を回し、あやすように抱き寄せることしか出来なかった。








やっと出てきた三人目のヒロインは智子でした。
俺の撃墜云々についてはストライクウィッチーズ零の第三話をベースとしております。
また、あくまでこの作品における智子は一途に「俺」を思い続けてきたため鉄壁の防御力によって、ハルカやジュゼッピーナの魔手を退けてます。
故に智子√では嫉妬に燃えるハルカとの一騒動も書けたら良いなと考えています。
bp
最終更新:2013年02月04日 14:26