誰もが寝静まる真夜中なだけあってか、部屋へと近づいてくる足音がいつになくはっきりと聞こえる気がした。
正確なリズムを刻むそれが少しずつ大きくなるにつれてガランドの心臓も同じように激しく脈を打った。
今宵、自分は俺に想いを告白する。
そう思った途端に頬が今にも火を噴き出す勢いで熱くなっていく。
ガランド「しっかりしろ」
そう自分に言い聞かせ、質の悪い風邪でもこじらせたように荒くなった呼吸を整えようと大きく息を吸っては吐き出す動作を
繰り返した。
それでも、身体の震えは止まる気配を見せず、それどころか火照りは全身にまで回り始める。
手元に置いてあった水差しを掴み、グラスに注いで一気に中身を飲み干すも火照りは一向に治まらない。
ただ想いを吐露するという行為がこんなにも緊張するものだったとは。
ガランド「所詮は私も生娘ということか……」
だが、今はそれでいい。
今夜、ここにいるのはウィッチでもなければ軍人でもない。
アドルフィーネ・ガランドという一人の女だ。ただの女として愛しい男にこの想いをぶつけるだけなのだ。
俺「フィーネ。俺だけど・・・・・・入っても良いか?」
ノックの後に聞こえて来る彼の言葉に身が強張った。
ガランド「あぁ。大丈夫だよ」
それでも平常さを装うことが出来たのはウィッチとして培った胆力の賜物だろう。
灯りも点けずに窓際のベッドに腰掛けていたガランドが立ち上がり、気品に満ちた笑みで部屋へと入る俺を迎え入れた。
ガランド「来てくれて嬉しいよ」
俺「お前の頼みをすっぽかすわけにもいかないだろう?」
ガランド「それは、私は特別ということなのかな?」
俺「そ、それはだな……」
ガランドの言葉に対し、俺が気恥ずかしげに頬をかいて視線を逸らす。幼さが残る彼の反応に幾分か気が紛れるのを感じつつ、息を整えた。
ガランド「懐かしいな。前までは君と一緒に夜空を眺めながら酌み交わしたのは覚えてるか?」
俺「よく覚えてるな」
ガランド「君と過ごした日々は今でも鮮明に思い出せるよ?」
俺「……なぁ、フィーネ。ただの思い出話をするために呼んだわけじゃないだろう?」
ガランド「そうだったね……」
一度言葉を切り、軽く息を吸う。
ガランド「笑わないで・・・・・・聞いて欲しい」
この言葉を伝えるために一体どれだけの時間を要したのだろう。
この言葉を伝えることをどんなに夢見たことだろう。
あぁ……やっと言える。
ガランド「私は。アドルフィーネ・ガランドは世界中の誰よりも君を愛している」
俺「それは……」
ガランド「好きなんだ。君のことが」
俺にとって彼女の愛は刃にも、銃弾にも等しかった。
俺「……良いのかな。俺は傍にいても」
誰かを愛したい。誰かに愛されたいという感情がこんなにも恐ろしいものだと今になって知った俺は己の浅薄さに嫌悪する。
こんなにも苦しむならば人としての心などさっさと捨てるべきだったのだ。
ただの殺人機械でいられたら、どれほど幸せだったろうか。
だが、現に自分は彼女のことを狂おしいほどに愛している。愛してしまっているのだ。
ガランド「どうして、そう思うんだい・・・・・・?」
俺「俺は今まで多くの命を奪ってきた。そのことに後悔はない。ただな? 俺がお前の傍にいることで……お前の立場が危うくなるんじゃないのか?」
自分がガランドを愛することで彼女が気付いてきた地位も功績も汚泥で穢してしまう。
そうなるくらいなら、このまま一生独りで歩き続けた方が良い。
心の底から欲する存在を汚すくらいなら。
ガランド「そうさせたのは私だ」
俺「違う。俺が自分で選んだ道だ。お前は関係無い」
ガランド「関係無い? 私は君を散々使い回してきたんだ。今更無関係だと言って逃げるつもりはない」
俺「やめろ。やめてくれよ・・・・・・」
自分で選んだ。
自分で刀を執った。
自分で殺した。
彼女が介する隙間も、理由も微塵もない。いや、あってはならないのだ。
ガランド「頼むよ・・・・・・俺くん。君が背負っているものを、私にも分けてはくれないか?」
揺れ動く俺にガランドが歩み寄る。それは、まるで彼自身の心にも近づくようにもみえた。
俺「駄目だ。お前を汚したくは、無い」
ガランド「もう良いだろう。一人で抱え込むのはやめてくれ」
相手の心を包み込む慈愛に満ちた声音でガランドが震える俺の背中に手を回して抱き寄せる。不安げに怯える子供をあやす母親のように。
俺「俺だって……お前が好きなんだ……」
帰る場所を失った自分を必要としてくれた彼女の存在に、どれだけ心が救われたことか。
だからこそ俺は躊躇う。
自分のような男がガランドの愛情を受けも良いのだろうか。
彼女に愛情を注いでも良いのだろうか、と。
俺「俺は……お前のことを好きになっても良いのか?」
ガランド「当たり前じゃないか。私自身が望んでいるんだ」
俺「……フィーネ」
躊躇いながらも彼女の背中に手を伸ばし、ガランドを抱きしめる。それは俺が彼女の想いを受け止めたということに他ならない。
背に回された腕の温もりを実感するガランドは青い瞳を潤ませながら歓喜の声を漏らした。
ガランド「やっとだ……! やっと君と想いを通じ合わせることが出来たんだ! こんなに嬉しいことはないよ、俺くん!!」
俺「俺もだよ。ついさっきまで重かったものが……今ではやけに軽く感じる」
今まで誰かを隣で歩かせることを頑なに拒んできたからこそ、こんな自分と共に生きていくと言ってくれたガランドの存在に絶対的な安らぎを感じているのだ。
ガランド「ふふっ……さて、俺くん。恋人となった二人がまず最初にすることは……何だと思う?」
俺を抱きしめる腕を解き、彼との距離を拳一つ分だけ空けるガランドが上目遣いで微笑んだ。
俺「そ、それは……つまり」
ガランド「さぁ……いいよ。おいで、俺くん」
俺「フィーネ」
瞼を閉じて身を任せるガランドの面差しに桃色が浮かび上がっているのを見つけ、彼女もまた一人の無垢な女性であるのだと再確認した俺がガランドの肩に手を置く。
ガランド「愛しているよ、俺くん。世界中の誰よりも」
俺「俺も……愛してるぞ。アドルフィーネ」
ゆっくりと唇を重ねた。
目覚めというのは突然起こる。カーテンの隙間から差し込む光や、見知った人間に起こされることがなかろうと、それは唐突に起きるのだ。
若干の倦怠感を感じ、上体を起こして伸びをする。
俺「・・・・・・っ!」
雲に覆われ幾分か眩しさが和らげられている空を窓越しに眺めつつ、俺はふいに昨夜の情景を思い出した。
ガランドと想いが通じ合ったあの夜の出来事が脳裏に投影された途端、頬に熱が灯っていくのを感じた。
初めて抱きしめた彼女の身体から伝わってくる温もり、重ねあった唇の柔らかさ。
一晩経ったというのに、それらの感覚が今も残っているような気がした。
思えば誰かに抱きしめてもらったことなど片手で数える程しかなかった。親の顔を知らず物心ついた時には祖母に智子とその家族に囲まれて生きてきた俺は母親の温もりというものを知らずに育った。
だから陸軍時代に酔った敏子にからまれて抱き寄せられた時や、稽古後に気を失った自分を章香が膝の上で休ませてくれた時などは気恥ずかしさもあったが、それ以上の安らぎを初めて覚えたのだ。
俺「さってと! さっさと着替えて仕事にいかないとな」
清掃員の朝は早い。
基地に勤務する全ての者が少しでも快適に日々を過ごせるために美化は徹底して行われる。心の乱れは環境の乱れであり、それらを正すのが清掃員なのだ。
俺「(カッコつけたところで結局はゴミ掃除なんだけどな)」
上体を起こしたまま両腕を大きく上へと伸ばし、ゆっくりと下げて前にも伸ばす。左右へと動かしたところでベッドに置いたときであった。
むっにゅん
布団とはまた異なる柔らかくも弾力に富む感触が手の平に伝わり、俺は首を傾げた。
はて。この柔らかな物体を自分はどこかで触ったことがあるような・・・・・・
俺「・・・・・・え゛?」
すぐ真横から艶がかった声が聞こえ油の切れた人形のように首を回してみれば、白いシャツ一枚といった格好のガランドが寝そべり、こちらを見上げているではないか。
心なしか頬にはうっすらとした桜色が差込み、薄紅色の唇から洩れ出す呼気にはなにやら熱が篭っていた。
それもそのはずである。
今自分の右手は彼女の乳房の上に置かれているのだから。気付かなかったとはいえ彼女の胸を揉んでいた事実に気がついた俺の思考がゆっくりと凍結を開始する。
ガランド「あんっ・・・・・・おはよう、俺くん。朝から情熱的な目覚ましだね?」
でも朝はキスの方がいいかな、と続けて細い指を唇へと這わせるガランドがしっとりとした笑みを見せる。
男の理性を殴りつける微笑を前にしても凍ったままの俺は虚ろな瞳で寝そべる彼女を見つめているだけだった。
俺「・・・・・・」
ガランド「俺くん。そんなに見つめられると、その……恥ずかしいな……」
俺「・・・・・・え゛」
ガランド「俺くん? どうしたんだい?」
俺「う゛え゛ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!??」
停止していた思考が再起動した途端、絶叫が部屋の中に轟いた。
どうしてガランドがここにいるのか。
昨夜は部屋に戻っているはずだ。
それよりこんなこと前にもあった気がする。
頭の中で次々と疑問の波が押し寄せてくる中、俺は何とか声を絞り出す。
俺「ななななななな! 何でここにいるんだ!?」
ガランド「せっかく想いが通じ合ったのだよ? だから、前からしたかったことをしに、ね」
俺「したかった・・・・・・こと?」
ガランド「こういうことだ!!」
口角を吊り上げたガランドが俺へと飛び掛り、激戦を駆け抜けてきた屈強な肉体を押し倒した。
刀一本で弾丸の嵐すら潜り抜ける彼も恋人の突然の行動には対応が遅れ、成す術なく組み伏せられる。
俺「フィ、フィーネ!?」
ガランド「あぁ・・・・・・やはり俺くんのここはいいなぁ。大きくて硬くて・・・・・・こんなにも逞しい・・・・・・とても心が落ち着くよ」
俺「誤解を招くようなことを言うな! 誰かに聞かれでもしたらどうするんだ!?」
ガランド「ふふっ。別に問題は無いだろう? 君と私は恋人同士なんだ。それとも、愛しい男に甘えることはいけないことなのかな?」
俺「べ、別にそういうわけじゃ、なくてだな・・・・・・」
悪びれる様子もなく俺の胸板に頬をすり寄せるガランドの頭から使い魔の耳が発現した。
白猫のような三角形状の物体は彼女の歓喜に呼応するかのように動き、臀部の部分から生える細長い尻尾も同様に“ゆらゆら”と揺れている。
ガランド「念願が一つ叶って嬉しいよ」
俺「一つって・・・・・・まだあるのか?」
ガランド「当たり前じゃないか。ずっとこうなりたかったんだよ。溜め込んでいるものは吐き出さないと、ね」
俺「もうすぐ仕事なんだけどなぁ」
ガランド「もう少し。あと、もう少しだけ頼むよ」
胸元で頬を摺り寄せる猫の頭に手を乗せ、俺は困ったような笑顔を浮かべた。
普段は仕事もこなし、将官クラスのウィッチであるというのに、自分の前では一人の女として甘えてくる彼女のギャップに途惑ってしまう。
だが同時に嬉しくもあった。自分にだけ見せてくれる彼女の一面が。
可愛らしい彼女の素顔を独り占めすることが出来ているという今の状況が。
俺「わかったよ」
彼が開放されたのはそれから十分後のことだった。
俺「・・・・・・ん?」
ガランド「どうしたんだい?」
俺「フィーネ。それ、俺のシャツか?」
洗顔と歯磨きを終えて戻ってきた俺はふと彼女が身に付けているシャツが、昨夜自分が着ていたそれだと今になって気付いた。
畳んでテーブルの上に置いたはずなのだが、どうしてガランドが寝間着代わりに使っているのだろうか。
ガランド「いざ来てみたは良かったのだけど、自分の着替えを部屋に置いてきてしまってね」
俺「それで俺のシャツを着たと」
ガランド「そういうことだ」
シャツくらいクローゼットの中に新しいのが入っているというのに。
俺「昨日俺が着てたのだから・・・・・・汚いぞ」
ガランド「構わないよ。むしろ今日一日貸して欲しいくらいだ」
俺「……は?」
ガランド「俺くん。今日だけで良いんだ。このシャツ……貸してはくれないか?」
俺「借りるにしたって新しいのがあるじゃないか」
ガランド「このシャツを着ていると……君に包まれているような気がして。安心できるんだよ」
まるで常に君が傍にいてくれているみたいにね、と続けて花が咲いたような笑顔で若干サイズが大きい俺のシャツの袖に顔を埋めては頬を摺り寄せる。
俺「仕方ない……な!?」
その時、俺は今になって彼女がいかに官能的な姿なのかを再確認した。
事故とはいえ先ほど触れてしまった彼女の果実はシャツに覆われているにも関わらず、その輪郭は微かにぼやけて見える。
ボタンも際どいところで留められており、襟元からはもっちりとした白い谷間が除かせている。
更には目を凝らせば頂上に備わった桜色の小粒も時折シャツに密着した途端に、布越しではあるものの姿を見せてくるのだ。
白い裸体を透けるシャツ一枚だけが覆うというエロティックな格好から目線を逸らす俺の態度にガランドの口元が意地悪げに吊り上がった。
ガランド「そうだ俺くん」
俺「……んっ!?」
幼子が新しい玩具でも見つけたような笑みのまま、ガランドが素早く俺の傍まで近づいた。
そのまま首に手を回し、自分の唇を彼のそれに重ねる。
ガランド「おはようのキスがまだだったからね」
俺「不意打ちとは……やってくれるじゃないか!!」
ガランド「んむぅ!?」
お返しだと言わんばかりに彼女のあご下に手をかけ、今度は俺がガランドの唇に自分のを押し付けた。
今まで攻めてばかりのガランドであったが、突然の反撃に目を白黒させ頬を一気に赤く染め上げる。そんな彼女の可愛らしい様子を目の前で伺う俺は内心でほくそ笑んだ。
俺「じゃあ、これはいってきますのキスってことだな」
ガランド「ははっ……これは一本取られてしまったね。まさか君の方から求めてきてくれるとは」
俺「駄目か?」
ガランド「まさか。君なら……私のすべてを貪っても構わないのだよ?」
その言葉に脳髄が揺さぶられる。自分も男だ。今にも彼女をベッドの上に押し倒したいという欲求を持ち前の自制心で、
俺「そういうのは……まだ早いんじゃないか?」
何とか押さえつけた。
ガランド「君がそう言うなら。その時を楽しみにしているよ」
俺「あ、あぁ……」
ガランド「そうだ。俺くん」
俺「どうした?」
ガランド「いってらっしゃい」
まるで夫を送り出す新妻のようだと思いながら、俺もまた口元に笑みを浮かべて返し、部屋を後にした。
続く
最終更新:2013年03月09日 23:07