嫌な天気だ。

手にしたMG42の引き金を絞るラルは頭上一面に広がる灰色の雲を視界に捉え、苦虫を二、三匹噛み潰したような表情を浮かべた。ペテルブルクに進行するネウロイの一団との交戦が開始されてから既に数十分以上の時が経過していた。

ラル「敵の数が多すぎる。一筋縄ではいかないか」

サーシャ「ですが他の部隊の方々のおかげで侵攻を食い止めることができています」

このまま戦況を覆すことができれば、と続けるサーシャの白い美貌に浮き出る大粒の汗を尻目にラルは辺りを見回す。
改良型ディオミディアとそれを護衛するかのように取り囲む小型ディオミディアが。更にそれらを通常のネウロイたちが陣形を組んで囲んでいる。

ポクルイーシキンの言葉通り現在は敵勢力の動きを食い止められているが、作戦目標はあくまで敵の全滅である。弾薬や魔法力を考慮すれば長期戦に持ち越されれば、戦局の悪化は火を見るよりも明らかだ。

ラル「全機! シールドを展開しつつ火力を一点に集中させろ!!」

別部隊のウィッチたちが小型ディオミディアを撃墜していく様を見て、ラルがブレイブウィッチーズ全機に対し指示を下す。
本丸さえ落とすことが出来れば、戦局を掴むことも容易くなると判断したラルの下でブレイブウィッチーズたちの携行火器がいっせいに火を吐いた。


ニパ「くそっ! 堅い!!」

シールドから伝わってくる着弾の衝撃にニパの容貌が苦しげに歪んだ。

ジョゼ「っ!」

12人による集中砲火の直撃を受けていながらディオミディアの上部に搭載されている無数の防御用の機銃座には傷一つ刻まれていない。機銃用に軽装甲が使用されているからだろう。
あの巌のような装甲を叩くには二十ミリ機関銃を用いるか、それ以上の衝撃を与えるしか手はない。
しかし、ブレイブウィッチーズの面々が携行する火器の口径はどれも二十ミリには程遠い。
管野の超高硬度シールドによる打撃ならばダメージを与えることはできる。だが、それは機銃の暴雨の中に突っ込めと、もっと分かりやすく言えば死ねと言っているようなものだ。

俺「俺がやる!」

意を決した俺が右腕を突き出し、先端に魔法力を集中させる。
堅牢なディオミディアの装甲を打ち破る唯一の攻撃手段を守ろうと各自がシールドを展開して俺の前に立ちはだかり、襲い掛かる無数の銃弾の盾となった。

俺「サンキュ! みんな! 退がってくれ!!」

俺の合図に全員が射線を空け、間髪入れずに砲口から衝撃波が放たれる。飛来する機銃弾を飲み込んでいく、それが着弾した瞬間に銃座が音を立てて盛大に拉げた。そのまま腕を薙いでいき、表面に搭載される機銃座を次々と圧壊していく。

管野「よしっ! オレが行く!」

邪魔な機銃さえなければこちらのものだと言わんばかりの勢いで鈍重な白鯨に肉薄する管野の拳に青白い光が集中する。
一撃必殺と称しても過言ではない破壊力を秘める拳を引き絞り、叩きつけた。

サーシャ「今度は私が!!」

絶対的なインパクトの直撃を許してしまったディオミディアのボディが僅かに傾いたのを見逃さなかったサーシャが、大きく窪んだ箇所に銃口を向けて引き金を絞る。
対装甲ライフルの弾丸が穴を空け、そのポイントに十二人分の火力が集まり、突入用の穴が拡大していった。ウィッチが入る分の大きささえ確保できれば、別部隊の精鋭が突入する段取りになっている。

ラル「穴が空いた! 全機散開! 外堀を崩してやれ!!」

ウィッチ少佐「ラル少佐!」

散開していく面々と入れ違いに現れたのは突入予定のウィッチが所属する部隊の隊長ことウィッチ少佐であった。心なしか彼女の顔立ちには焦りの感情が張り付いている。

ラル「ウィッチ少佐。突入予定のウィッチは今どこに?」

ウィッチ少佐「それが、その子のストライカーにトラブルが起きてしまって!」

ラル「何だと!?」

ウィッチ少佐曰く突入要員として選ばれたウィッチはストライカーが故障したため、今も所属している基地にいるという。
だが、その攻撃の要が欠けた以上は誰かが代わりに突入するしかない。

俺「ウィッチ少佐! つまり誰も突入できるウィッチがいないってことだな!?」

ウィッチ少佐「えぇ! ですが他の隊員たちも護衛のネウロイに引き付けられていて身動きが取れないのが現状です!!」

ラル「こちらも同じだ……くそっ!!」

俺「突入できるのは俺たちの内の誰か、か。それだけ分かれば十分だ」

ラル「待て! お前が行くのか!?」

ディオミディアへと向き直る俺の肩をラルが掴む。

俺「だったら誰が行く? お前もウィッチ少佐も他のやつらへの指揮があるだろう? 誰かが行かなきゃ街は火の海だ。違うか?」

ラル「やめろ! 魔力障壁すら張れないんだぞ!?」

俺「ペテルブルクが落とされてみろ。奴らの勢力図が一気に拡大することになる。そうなれば、お前たちの故郷奪還も遠ざかるだろ」

ウィッチ隊隊員A「隊長! ディオミディアに空いた穴が!!」

ウィッチ少佐「なんですって!?」

俺「ごちゃごちゃ言っている暇はないみたいだな」

ラル「待て! 俺ぇ!!!」

ブレイブウィッチーズ全機が火力を集中させ、抉じ開けた大穴が姿を消そうとする光景を前に、俺はラルの手を振り払って狭まっていく暗闇の中へと身を投げた。





俺「ちっ。こっちのストライカーまでおしゃかになりやがったか」

不吉な音と煙を立てたストライカーを脱ぎ捨て、ディオミディアの体内へと足を踏み入れると視界が大きく揺らぎ、急激な脱力感に見舞われ思わず片膝を突いてしまった。
脳髄が押しつぶされるような圧迫感に、胃から込み上げてきた物が口の中から湧いて出る。

俺「瘴気か……」

ラル『俺! 聞こえるか! 俺!!』

痛み出す頭を抑えているとインカムからラルの切羽詰った怒鳴り声が迸り、一層頭痛を悪化させた。

俺「聞こえてるから……耳元で怒鳴らないでくれ」

ラル『この馬鹿が!! スタンドプレーはあれほどするなと言っただろう!!』

俺「もう入っちまったんだから仕方ないだろう?」

口内から零れ落ちる真紅の液体を乱暴に拭って、暗闇が支配する通路の向こう側を睨みつけた。
濃度の高い瘴気が全身を包むこの状況下での長期戦は明らかに下策。こちらが生身であり、魔力障壁すら展開できない以上は短期決戦に持ち込むしかない。

ラル『必ず帰ってこい……命令だ』

俺「了解しました、少佐殿。それじゃ……さっさと始末して帰るとしますか」

MG42の銃床を下に向け、杖代わりに使用して起き上がると、立ち眩みが襲ってきた。
笑う膝に無理やり力を込めると両腕で携行火器を構えコアのある場所に向かって走り出す。
出来る限りは生きてみよう。
家族が、そして最愛の女性が待つあの場所へ帰るために。





X-7の死角から急接近するロスマンがすれ違いざまに急所へと銃弾をぶち込んで、離脱。
小うるさい蝿を落とそうと躍起になる黒い異形にクルピンスキーが不敵な微笑を口元に湛えて、隙を突いた。

ロスマン「伯爵! 近づきすぎよ!」

クルピンスキー「そういうエディータこそ! 今日はやけに気合が入っているじゃない!」

ロスマン「あの中に俺さんがいるのよ? 外にいる私たちが援護をするのは当然でしょう」

501統合戦闘航空団に所属するゲルトルート・バルクホルンに重傷を負わせるほどの強力なビームを難なく回避した二人が顔を見合わせ、微笑む。
ディオミディアの内部に突入した俺の身を案ずる言葉を口にする彼女たちの表情からは一片の不安も感じ取れない。

クルピンスキー「早く落とそうよ。じゃないと俺が帰って来たときに困るからね」

ロスマン「えぇ。いくわよ!」

ウィッチA「クルピンスキー中尉!」

ウィッチB「私たちもお供します!!」

クルピンスキー「良い子たちだね」

ロスマン「また他の部隊の子にちょっかい出して……まったくもう」

クルピンスキー「まぁまぁ。せっかく手伝うって言ってくれてるんだし、ね?」

携行火器を構えた二人が不遜な笑みのまま、再び攻撃を開始した。






突入開始からまだ十分にも満たないというのに、俺の疲労の痕が深く刻み込まれていた。
瘴気が充満する密閉空間での戦闘は着実に彼の身体を蝕んでいく。弾丸を装填した回数も、ほとんど記憶に残っていない。

俺「ったく……広すぎるんだよ。ここ」

壁にもたれかかった俺の足元に散らばる淡い白の光を放つ破片の数から、どれだけ大量のネウロイを撃破してきたことが伺える。
荒い呼吸を整えようとした途端に咳き込み、口元を押さえ込んだ手の平には鉄錆の臭いを漂わせる真紅の液体がこびりついた。

俺「ははっ……少しは休む暇も与えろってんだ」

予想よりも早い瘴気の侵食に顔をしかめた。
もたついている猶予は無い。
このままではコアに到達する前に、この白鯨が棺となってしまう。朦朧とする意識を繋ぎ止め、半ばボロ雑巾にも近い身体に鞭を打ち、走り始めた。

俺「寝てろ!」

視界の前方に赤い光が灯った瞬間、俺は引き金を絞っていた。
乾いた銃声とともに鮮やかな銃口炎が狭く薄暗い通路の中を照らし出す。
先手を奪われ塵芥と化したネウロイたちの中を突き進む俺の表情には焦燥の色が浮き出ていた。
外にいるウィッチたちは無事だろうか。俺にとってそれだけが不安の種であった。

俺「信じるしかないよなぁ……」

十字路へと差し掛かり角へと身を投げる。直後、自分が立っていた場所に暴風が吹き荒れる勢いで弾丸が飛来した。
懐から取り出した手榴弾の安全ピンを引き抜き、第二波が待ち構える暗がりの向こうへ投げつける。
それでも今は信じるしかない。
自分に出来ることは一刻も早くコアに到達し破壊することなのだ。

俺「無事でいてくれよ……!!」

噴煙のなかを一切の光が届かぬ闇の彼方に向かって突き進んでいった。





―――俺がディオミディアの内部へと突入した―――


X-3相手に機銃弾の雨を降らせるジョゼ、管野、定子、ニパの四人がその知らせをラルから報告されたのはつい今しがた。
四人とも俺が魔力減衰を迎えていることを知っているが故に、端正な顔立ちに暗い影を落としていた。

ジョゼ「俺さん……大丈夫でしょうか?」

軽機関銃の弾倉を手早く交換したジョゼの唇から、全員の不安を代弁するかのごとく震えた声が零れ落ちる。

管野「大丈夫に決まってる!」

超高硬度シールドによる拳撃によってX-3の片翼を圧し折った管野が不穏な空気を払拭するかのように声を張り上げた。
酔っていたとはいえ、俺は自分の攻撃をまともに受けてもなお、無傷だったのだ。
瘴気ごときに負けるわけがない。

定子「管野さん。でも……」

ニパ「大丈夫。俺はきっと戻ってくる」

根拠などはどこにもない。それでも、ニパには俺の生還を確信していた。
自分を蜘蛛型から逃がしてくれた、あの時だって俺は生きて帰ってきたではないか。
魔力減衰というハンデを抱えてもなお俺は自分たちとともに戦い続けてきたではないか。

定子「ニパさん……そうですよね。俺さんなら」

ジョゼ「俺さんなら、きっと戻ってきてくれます!」

それまでの不安が嘘のように晴れていく。
目には見えずとも、そこには確かに俺と彼女たちとの強い信頼の証が現れていた。




―――ペテルブルク基地格納庫

同じ頃ラルから俺がディオミディアの内部へ単身で突入したとの報告を受けたガランドは静止の声をあげる秘書官を置き去りにして格納庫へと駆け出していた。
彼の力を信じていないわけではない。
だが、何故だか嫌な予感がするのだ。
徐々に肥大していく焦燥感を消すことが出来ずにいたガランドは秘密裏に持ち込んでいた自身の専用ストライカーを身に着け、出撃の準備を整えた。
今すぐ彼の元へといかなければ取り返しのつかないことになる。
きっと自分は後悔してしまう。

秘書官「おやめください閣下!!」

傍に駆け寄った秘書官が血相を変え、轟くストライカーの駆動音に負けじと声を張り上げた。

ガランド「離してくれ。彼女たちだけ戦わせるわけにはいけないんだ」

秘書官「ですが閣下はシールドが張れないじゃないですか!? だからこそ陛下も閣下の出撃を禁止したのですよ!!」

たしかに自分はシールドを失っているが、瘴気の中を突き進む俺も同じだ。
ましてや指を咥えて彼女らの帰還を待つほど自分の性分は我慢強くない。

整備員A「ガランド少将!!」

ガランド「君は確か……」

男の姿には見覚えがあった。
何度か俺と話しているところを見たことがあり、自分の記憶が正しければ彼のストライカーの整備を担当している若者だ。

整備兵A「これから俺のところに行くんでしょう!?」

秘書官「行きません! あなたは持ち場に戻りなさい!!」

整備兵Aの言葉に唇を尖らせた秘書官が大きく手を広げて行く手をさえぎった。

整備兵A「頼んます! あいつを! 俺のことを助けてやってください!!!」

切羽詰った若者の言葉に、

ガランド「あぁ……任せろ。夫の背中を守るのは他ならぬ妻の役目だからな」

MG42を背負ったガランドが右手の親指を上げて返す。

ガランド「アドルフィーネ・ガランド! 出撃する!!!」

一陣の風と化したガランドは滑走路を疾駆し、最愛の男が戦う空へと飛翔していった。

―――なぁ俺くん。君のことを心配してくれる友がここにもいるじゃないか。頼むから早まらないでくれ―――





俺「でかいのは図体だけか」

翼の差し渡しだけでも小さなグラウンド並みのサイズのディオミディアであるが、コアだけは他のネウロイと同じサイズであった。
それでもでかいボディ同様にコアが鎮座する空間だけは空洞になっており、天井及び壁面からは小さな砲台のようなものが突き出ている。
ただのコア保管庫というわけではなく鉄壁の防御力を誇ったとしても、万が一のときに現れるであろう侵入者に対するために設けられたそれらを見るに、どうやらこの空間そのものが一つのトラップとなっているようだ。

体内に仕込んだ無数の小型ネウロイによって戦力を分断及び減少させ、この場所へとたどり着いたウィッチに向かって容赦なく銃弾の雨を降らせる戦術なのだろう。
人類の天敵として相応しい悪質な手法に対し心中で毒づきながら、こちらに顔を向けた砲台に指先からの衝撃波を叩き込んだ。
僅かな魔法力も無駄には出来ない状況で攻撃を外すことは許されない。複雑な動きを披露する十指は見事に全砲台を捉え、次々と無力化していく。

俺「これでチェックだ……!!!」

全ての砲台の破壊を終えたと同時に俺は背負うMG42の銃口を通常サイズのコアに向け、引き金を絞った。魔力が込められた弾丸の直撃を受けたコアはガラス細工のように砕け散る。
はずだった。

俺「おいおい……嘘だろ……」

粉々に四散するはずの赤玉は魔力弾の直撃を受けてなお、燦然たる輝きを放ち続けていた。
次の刹那、右の脇腹に生まれた痛みが灼熱を帯びて全身を駆け巡る。侵入者を攻撃する砲台は全て破壊したはずだ。

俺「コアか」

辺りを見回しても新たな砲台が見当たらないことを考えるとコアそのものに攻撃機構が備わっていると判断して間違いない。
最後の最後で実に厄介な相手だと歯噛みしつつ、携行火器を持ち上げる。ウィッチにとってコアとはネウロイの心臓であり、ただ銃弾を当てて破壊するだけの存在。

そのコアが攻撃するなど聞いたことがなかった。コアに攻撃手段などあるはずはない。恐らく敵はその固定概念を突いたのだろう。先ほどの罠が空間的ならば、このコアによる攻撃は心理的トラップと呼んでいい。

俺「ますますズル賢くなりやがって……!!」

ステップを踏んで敵の攻撃を回避。
同時に小さな標的に全弾を叩き込むも、ルビーを彷彿させる赤い宝石は砕け散るどころか、ひび割れる気配すら見せない。
もしかすると元は巨大なコアだったのを対侵入者用に小さく圧縮したことで防御力が上がっているのかもしれない。

俺「っぐ!」

細いビームが脇腹を抉った。鉄錆の匂いが下から昇り、生臭さに吐き気がこみ上げてくる。サイズが小さいのか、それとも内部に存在しているが故に派手な攻撃が出来ないのか。
真意のほどは定かでないが俺にとっては都合がよかった。
少なくとも一瞬で全身を焼かれる心配はせずにすむ。
それでも腕や脚の一本をくれてやる覚悟で臨まなければ勝てる相手ではない。

俺「ナメてんじゃねぇぞ……」

倒れるわけにはいかない。道連れにしてでも破壊する。殺意を全身に内包した俺は防御と回避を捨て、攻撃に専念した。
脛が貫かれるも照準だけは維持し、撃ち続ける。
右の脇腹を喰らい突かれる。
痛みなど気にも留めずに、ただがむしゃらに銃弾を吐き出し続ける。
全身から血が零れ続けているにも関わらず、なおも立ちあがったまま銃口を構える俺の黒瞳から闘志の輝きが消え失せることはなかった。

俺「ここでお前を斃しとかねぇとよぉ……」

真紅の宝石に、満身創痍の俺の姿が映し出される。
それは、顔も名も知らぬウィッチたちの幸福のために進んで己が手を汚し、命を削ってまで生き抜いてきた男の愚直なまでの生き様だった。

俺「あいつらが無事に……嫁にいけねぇだろうがァ!!!」

細いビームと銃弾の応酬。
擬似魔力障壁すら張ることを捨てた俺はただひたすらに引き金を絞り、赤い宝玉に魔力をのせた銃弾をぶち込んでいく。左膝が貫かれ大きく身体が傾いた。
それでも、揺れる狙いを一点に定めたまま射撃を続け、弾が切れた瞬間には既に装填を終えている。全身に傷を負う中でも素早い判断に即応する肉体的ポテンシャルは未だ衰えをみせていない。

―――ガチッ!!

俺「ちっ!」

弾薬が切れ、役立たずの鉄屑と化したものを乱暴に放り投げると右腕を前方に突き出して掌に魔法力を集中させる。
その間にも敵の攻撃は止むどころか、コアを破壊する手段を一つ失った俺に王手をかけんと激化する。

俺「っぁ!」

左肩を貫かれる痛みに霧散しかける集中力を強引に引き寄せ、弾丸状に圧縮した何度も衝撃波をぶっ放す。
極細のビームを打ち消しながら殺到する衝撃波の猛襲により、徐々に情勢が俺へと傾き始めた。
攻撃の手が緩み、赤い光輝を放つコアの表面に白い亀裂が走る。
一発直撃するごとにそれは深く、広がっていく。ひび割れていくコアを前に俺が魔法力を集中させた。腹腔に溜め込んだ気と共に右掌に集中した魔法力を解放。

―――轟!!!

小さなコロッセオの内部に雷鳴が迸った。
天地を揺るがす霹靂を伴って迫る暴虐の奔流に呑み込まれたコアが歪み、砕け散る。

俺「っへへ。やってやったぞ……ソッタレが……」

特大の衝撃波による反動を押さえつけることが出来ず、壁面まで吹き飛ばされた俺が背に生じる激痛に表情を歪め、力なく笑い座り込んだ。これで、この化け物の脅威は取り除けた。自分は死ぬかも知れないが、こいつも墜ちる。

俺「フィー……ね……」

そうだ。死ぬわけにはいかない。
約束したじゃないか。
帰らないと。
みんなが居る場所へ。
あいつが待ってくれている場所へ帰らないと。

俺「……こちら、俺。コアの、破壊に……成功……」

ラル『わかった! わかったから! 早く戻ってこい!!』

数珠繋ぎで何とか言葉を絞り出すとラルの震えた声が返ってきた。

俺「みんなは……? 他の部隊の奴ら、は……?」

ラル『そんなことよりも自分の心配をしろ!!』

俺「頼むよ……じゃないと、何のために戦ってきたのか、分からなくなっちまうよ……」

ラル『戦死者は……いない。負傷者は出ているが、誰も大事には至っていない……!!』

俺「そっかぁ……あぁ……よかった……本当に、よかった……ごふっ……」

このまま逝ってしまってもかまわないと思えるほどの充足感が彼の胸を満たしていた。

俺「今、こいつの下に誰か……いるかぁ?」

ラル『誰も、いない! だから! 早く戻ってきてくれ……俺ぇ!!』

俺「りょーかい……誰でも良いから上手く拾ってくれよ? 落っこちるのはもう、嫌だからな……」

左の掌を床の上につける。最後の一発を発射した瞬間に地面が無くなった。浮遊感の直後に味わう落下。
瞼を開いてみれば、小規模の爆発を繰り返し始める凶悪な白鯨の姿が飛び込んできた。インカムからラルや他の隊員たちの悲鳴にも似た声が聞こえてくる。
このまま地面に落ちるのかと考えていたが、杞憂に終わった。

俺「はっ、は……来てくれるって……思ってたよ。ただいま……」

自分の身体を抱きしめる柔らかな肢体の温もり。
風にたなびく優美な黒髪。
真っ直ぐに向けられる青い瞳は潤んだ輝きを放っていた。

ガランド「君は! 約束しただろう! 必ず帰ってくると!!」

俺「だから……こうして……帰っ……じゃ……か」

小刻みに震える手を涙で濡れるガランドの頬に添える俺の黒い瞳からは既に生命の輝きが消えかけていた。

ガランド「俺くん!? 医療班を! 早く!!!」

こんなにも近くにいるのに、ガランドの声がやけに遠くから聞こえるのはどうしてだろうか。
次第に薄暗くなっていく視界で俺が最期に見た彼女は泣き顔を浮かべていた。


俺「(なぁ、ちゃんと帰ってきたんだ。笑ってくれよ……フィーネ)」


コンセントを引き抜かれたスタンドのように、俺の意識はぶつりと途絶えた。
最終更新:2013年02月04日 14:29