裏面を向けて差し出されるカードを前にニパは大きく息を飲み込んだ。
二枚のうち一枚はハートの3。残りの一枚はババである。

ニパ「むむむっ」

口元をもごもごと動かし、どちらが勝利への切符なのかについて考え込む。
ほっそりとした彼女の指が右へ左へと動く光景を前に、ソファに座り込んだ管野が欠伸交じりに口を開いた。

管野「いい加減にしろよ。いつまでも悩んでないでさっさと引けばいいじゃんか」

ニパ「今度こそ……今度こそ」

今度こそ『ツイてないカタヤイネン』などという不名誉な通り名を返上してみせる!
胸裏で意気込んだニパが意を決したような面持ちで右のカードへと手を伸ばし、引き抜いた。
不安と期待がない交ぜになるなかでゆっくりと裏返す。

ニパ「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

カードに描かれた絵はハートの3。
ではなく、舌を突き出す道化師の絵。すなわちババ。

サーシャ「ふふふっ。また私の勝ちですね」

絶叫し真っ白になるニパから本物の切符を掴み取ったサーシャが柔らかな表情のまま、自分の残りの一枚一緒にテーブルの上へと置いた。
ニッカ・エドワーディン・カタヤイネン。
別名を“ツイてないカタヤイネン“と呼ばれる彼女の不運っぷりは本日も相変わらずの通常営業だった。

ニパ「あぁぁぁぁうぅぅぅぅ」

ラル「そう気を落とすな。また次があるさ」

テーブルの上に突っ伏すニパの背中をさするラルが壁に掛けてある時計に目線を移す。
そろそろガランドが病室につく頃だろう。

クルピンスキー「気になるの? 俺のことが」

ラル「目を覚ましたのが、つい先日なんだぞ」

クルピンスキー「たしかに心配だね。特にナオちゃんはそうじゃない?」

管野「なっ!? 何でオレなんだよ!?」

クルピンスキーの指摘にそれまで敗北に打ちひしがれるニパをからかっていた管野の顔が朱色に塗りつぶされた。
何を隠そう俺が目を覚ましたという知らせを聞いた502の面々の中で真っ先に医務室に飛び込んだのが他ならぬ彼女だったのだ。

クルピンスキー「あのときのナオちゃんは可愛かったなぁ」

ロスマン「俺さんに抱きついちゃってねぇ」

指示棒を弄りながらロスマンの温かい眼差しを受け、管野の口が忙しく開いては閉じるといった動作を繰り返す。

管野「や……やめろぉ! やめてくれぇ!!」

弱々しく微笑む俺の腹部に年甲斐もなく涙を流しながら顔を埋めて泣いたあの時の情景が脳裏に蘇り、頬が熱湯でもかけられたかのように熱を帯び始める。
どうしてあんな行動に出たのか管野自身も上手く言葉にすることはできずにいた。
ただ、病室を訪れた自分に笑いかけてきた俺の姿を視界に捉えた瞬間に胸の奥底から熱いものがこみ上げ、気が付けば彼の身体に顔を埋めていたのだ。
最悪なのは、そんな姿を他の隊員たちに見られてしまったことだろう。

ラル「恥じることじゃないさ」

ジョゼ「そうですよ」

定子「それだけ管野さんが俺さんのことを大切に思っているということじゃないですか」

管野「そ、そうかな……?」

クッションで顔の半分を隠しながら、小さく首を傾げた。






ドアを開くと真っ先に薬品臭が鼻をついた。
ガランドの姿を見つけるとデスクで書類整理をしていた女医は軽い会釈をし、医務室を出て行く。
彼女なりの気遣いに感謝しつつ窓際へと歩み寄り、仕切りの役割を持つカーテンを開けると、

ガランド「起きていたのか。寝てなくていいのかい?」

俺「これぐらいは大丈夫だ」

ベッドの上で上体を起こし、白い滅菌衣を着せられた男が顔中で笑っていた。
まるで彼女がここを訪れることなど初めから知っていたかのような笑み。
人好きのするそれにつられてガランドの頬も自然と緩んでいく。

ガランド「身体の調子はどう? 目が覚めて間もないのだろう?」

ベッドの脇に置かれていた折りたたみ椅子に腰掛け、黒いズボンに包まれるスラリとした脚を組み、優美な脚線美が俺の眼前に差し出される。

俺「あっ……あぁ」

ガランド「どこを見ているのかな?」

視線が自身の脚に注がれていることに気が付き挑発的な微笑を投げかけてやると、俺は慌ててかぶりを振った。

俺「べっ、別に。医師たち曰くあと一週間で歩くことが出来るそうだ」

前回の戦闘でディオミディア内部に突入し、全身を負傷しただけでなく大量の瘴気を吸い込んだというのに、俺はいつもと変わらぬ微笑で見舞いに来た恋人を歓迎した。
が、それはつい先日からのことであり意識を取り戻すまでの彼は傷や口から入り込んだ瘴気に全身を蝕まれ昏睡状態に陥っていた。
現に今も、陽気な口調とは裏腹に頬の肉が作戦前に比べると大分削ぎ落とされているのが見て取れる。

ガランド「つい先日意識を取り戻したというのに。随分と早い回復だね」

俺「回復力だけは人並み以上ってことさ」

激戦地を旅し、その身に幾度と無く傷を負っても立ち上がってきた俺だからこそ持つ説得力が、その言葉には含まれていた。

俺「さすがにあそこまで眠り続けたのは久しぶりだけどな」

意識を取り戻し、重い瞼を開けると視界に飛び込んできたのは朝日を浴びたまま自分の胸元に顔を埋める愛しい人の寝顔。
柔らかな陽光に照らされ一段と美しく映る白く整った容貌は今でも脳裏に焼き付いている。
あまりの美しさに自分は天国に来てしまったのではないか、と勘違いしたほどだ。

ガランド「まったく……本当に君はいつも心配ばかりかけてくれるね」

俺「そのことについては……申し訳ありませんでした」

左の頬をさすりながら頭を下げる。
目を覚ました彼女に容赦なく引っぱたかれ、頬の痛みから自分の居場所が天国ではなく現世だと理解した。
そのあと、堰を切ったように泣きついてきた彼女をあやすのに幾分か骨が折れたものの、散々心配をかけさせてしまったことを考えると必要経費だと割り切れば安いものだった。

ガランド「なら今度からはもう少し自重してくれ。いくらウィッチたちのためとはいえ心臓に悪いよ」

俺「あっははは……以後気をつけます……」

ガランド「よろしい。彼女たちから見舞いの果物を預かってきているんだ。剥いてあげよう」

手にしていたバスケットを掲げて見せる。
瑞々しい果物が詰め込まれたバスケットを前に俺の喉が音を立てた。

俺「助かるよ。最近は点滴ばかりで今朝になって、やっと解放されたばかりなんだ」

ガランド「そうだったのか」

ナイフを取り出し、林檎の表面に刃をあてがい、危なげなく皮を剥いていく。
思えばガランドのこうした家庭的な姿を初めて見る気がした。

俺「へぇ。慣れてるんだな」

ガランド「私だって女だ。これくらいのことは出来るよ……それに」

俺「それに?」

ガランド「手料理も食べさせてあげたいからね」

そういえば出撃前夜にそんな約束もしたっけ。
カールスラントの料理は大して知らないが、恋人の手料理というだけで食欲がそそられる。
それだけでない。エプロン姿で台所に立つガランドの姿を想像した途端に俺の内側の理性が激しく音を立てて揺らいだ。
きっと長い黒髪は料理の邪魔にならないよう頭の後ろで束ねているに違いない。
それで、エプロンを身に着けながら笑顔で鍋をかき混ぜているのだ。そんなガランドの新妻姿を脳裏に浮かべた俺の鼻息が荒いものへと変わっていった。

俺「楽しみにしてるからな!?」

ガランド「何を想像したのかは聞かないでおくよ。こんなものか」

俺「おぉ。美味そう」

食べやすいよう一口大にカットされたりんごに伸ばした手を掴まれる。視線を変えると、片方の手で皿を俺から遠ざけるガランドが頬を綻ばせていた。
青い瞳に浮かぶ悪戯めいた光を見つけ、俺は諦観が混じった溜息を吐いた
何かを企んだときの彼女は決まってこんな目をするのだ。
今までの経験から逃れる術はないと知っているため観念して手を引っ込める。

ガランド「どれ。恋人らしく食べさせてあげよう」

これくらい自分で食べられるんだけどなぁ……と思いつつも口を開ける。

ガランド「はい。あーん」

俺「あ、あーん……」

フォークに刺して差し出されたりんごを咀嚼する。
しゃくしゃくと音を立て、口内に甘みと酸味が広がっていった。

ガランド「美味しい?」

俺「あぁ。美味い」

りんご本来の味だけではない。
恋人である彼女が剥いてくれたからこそ、いつも以上に美味しく味わえるのだ。

ガランド「よかった。ほら、あーん」

再び口元に差し出されるりんご。
気恥ずかしさが残りつつも口を開けるとりんごが突然踵を返し、ガランドの口の中に入っていった。

俺「あーん……ってえぇ!?」

ガランド「うん。美味しい」

俺「……」

まるで捨てられた子犬のように見つめてくる俺の目を見たガランドが思わず吹き出した。
こんな一面も見せるのかと感心しながら。もっと困らせてみたいとも思ったが、状況が状況なだけに自制することにした。

ガランド「ごめんよ。つい、ね」

俺「いいよ……今に始まったことでもないしな」

ガランド「まぁまぁ……そうだ。良い報せがあるぞ」

俺「良い知らせぇ?」

眉を顰めて喰らいつく。どことなく不機嫌な口調。

ガランド「今朝、軍警察から基地に連絡があってね。ここいらに潜伏していた反動勢力を一斉に拘束したようだ」

俺「ほ、本当か!?」

ガランド「それだけじゃない。世界各地でも同じようなことが起こっている」

俺「世界各地でか……」

それはつまり。ウィッチへの脅威が完全に摘み取られたということになる。
同時に俺の凶手としての役割が終わったということでもあった。

俺「じゃあ俺も……いよいよ、お払い箱ってわけか」

ガランド「俺くん……」

俺「あの子たちへの脅威がなくなった。今まで俺がやってきたことが、やっと……やっと報われたんだ」

人類とネウロイの戦いはこれからも続くだろう。
だが、俺とウィッチを狙う勢力との戦いはようやく終焉を迎えたのだ。

俺「何はともあれ、これで心置きなく……自分のやりたいことがやれるってもんだ」

ガランド「やりたいこと?」

俺「あぁ!」

大きく伸びをした俺が快活に笑って見せ、息を吸い込む。
心が昂り、肩が震え始める。
深呼吸を繰り返した俺が、硬質な覚悟の光を弾く黒瞳をガランドに向け、

俺「アドルフィーネ・ガランドを一生かけて守り抜くこと! んでもって……世界中の誰よりも幸せにすること!」

一片の迷いも、恐れもない決意が医務室の中に木霊した。

俺「本当なら……もっと早く言いたかったんだけど。意識が無いまま随分と時間が経っちまったし。それにこんな身体だから指輪も買いにいけないけど……俺は……俺はお前と一緒に生きていきたい」

些か唐突過ぎたかもしれないが、彼女が次の基地に向かうことを考えるとやはり今ここで伝えておくべきなのだ。
それにしても、ガランドに対する愛情は際限なく込み上げてくるというのに、いざ言葉に変えてみると稚拙なものばかりが口を割って出てくる。
こんなときぐらい気の利いた言葉が出せないのかと内心で不器用な自分を叱咤した。

ガランド「本当に突然だね……」

俺「……」

ガランド「そんなに不安な目をしないでくれ。俺くん。私こそ君が傍にいてくれさえすれば」

頬をほんのりと桜色に染めるガランドが俺の手の甲にそっと自分の手を重ねた。

ガランド「何もいらないよ……」

心の奥底から湧き上がる歓喜が涙となって青い宝石から零れ落ち、胸の奥を温かい何かがゆっくりと満たしていく。
こんなにも満ち足りた気分を味わったのは、彼に想いを告げたあの夜以来だろう。

俺「大丈夫……か?」

ガランド「え……あぁ! すまない」

涙を流していたことに遅れて気が付いた。
心配をかけさせまいと気丈に返し、目じりをそっと拭う。

ガランド「それじゃ。さっそく幸せにしてもらおうか?」

不意にガランドが椅子から立ち上がり自分の太ももの上に腰掛けた。
肌から伝わってくるヒップの感触に思わず生唾を飲み込みそうになるも、湧き出てきた邪な気持ちを強引に押し殺す。

俺「アドルフィーネ?」

ガランド「俺くん……」

切なげで。
それでいて、どこか物欲しげな眼差しを向ける彼女の身体に腕を回し抱き寄せる。
ガランドもそこが自身の定位置であるかのように倒れ込む形で身を預けた。

ガランド「熱い……緊張してる?」

胸板に埋める頬から伝わってくる熱は痛みを覚えるほど熱く、心臓が忙しそうに鼓動を奏でていた。

俺「当たり前だろう」

一世一代の誓いをやってのけた男は既に呼吸を整え、最愛の女性の肩に手を乗せていた。

ガランド「俺くん……」

俺「みなまで言うな。愛してるぞ……アドルフィーネ」

シンプルな一言。
映画や小説に出てくる登場人物たちほど気の利いた言い回しはできないが、彼女を愛する気持ちなら誰にも負けはしない。

唇を重ねあう俺とガランドを柔らかな日の光が照らし続けた。
まるで二人の未来を祝福するかのように。


ED
最終更新:2013年02月04日 14:29