闇夜に粉雪が舞う光景を眺める俺が不意に口角を吊り上げた。
こうして時間を忘れて外の景色のみに意識を傾けるのはいつ以来であっただろうか。
思いつつ、視線を戻してソファに座る。
俺「……それにしても。すごいな」
室内を眺め回す俺が素直に簡単の念を込めた言葉を洩らす。
眼前に広がる広々とした空間はかつて暮らしていたペテルブルク基地の自室の倍はある。
ガランド「忙しくて殆ど使っていなかったけど、君とこうして二人きりの時間を過ごすには絶好の場所だね」
穏やかな微笑を口元に湛えたガランドがキッチンから姿を現し、隣に腰を下した。
訊けば将官に昇進した際に別荘として与えられたようなのだが、現場主義を貫く彼女がこの別荘を使った回数は片手で数えられる程度しかないそうな。
そんな彼女がここを使う気になった理由が自分との休暇を過ごすためだというのだから俺は頭が上がらなかった。
俺「良い匂いだな」
キッチンから漂ってきた香ばしい匂いに素直な感想を洩らす。
まさか、本当に彼女の手料理にありつけるとは。
鼻の奥をくすぐる香りから味には期待できそうである。
ガランド「いま下ごしらえをしている最中なんだ。もう少し待っていてくれると助かるよ」
俺「フィーネの料理を食べられるなら、いつまでも待つさ」
ガランド「そんなことを言われると余計に張り切らないといけないね」
夕飯の下ごしらえをしていたらしく、腰まで届く優美な黒髪は調理の邪魔にならないよう一つに結い上げられている。
黒髪ポニテの組み合わせに弱い俺にとって今の彼女の姿は普段よりも魅力的に映った。
更にジャケットを脱ぎ、シャツの上から身に着けるミントグリーンのエプロンの存在が彼女が持つ家庭的な要素を前に押し出していた。
わざわざエプロンの色まで自分の好みに合わせてくれたのだから本当に頭が上がらない。
俺「何だか申し訳ないな。こんな立派な別荘に連れてきてもらった上に料理までご馳走になって」
ガランド「君に手料理をご馳走すると約束したのは私だ。それにね、好きな人に自分が作った料理を食べてもらうのは女性にとって幸せなことなのだよ?」
俺「そうなのか?」
ガランド「少なくとも私は、ね?」
隣に腰掛ける俺の手の甲に、自分の手の平を重ねたガランドが落ち着いた口調で返す。
そのまま俺の体温を確かめるように撫でたかと思えば、彼の逞しいに身を預けた。
頬を摺り寄せるガランドの姿に俺は飼い主に甘える仔猫を思い出し、徐に手を彼女の顎下まで伸ばすと、くすぐるように撫で上げた。
ガランド「んっ……ふぁっ! こ、こらっ」
俺「甘えてくるフィーネが可愛くてな。つい」
ガランド「まったくもう・・・・・・それにね。俺くん」
俺「うん?」
ガランド「私と君は愛し合う仲なんだ。お互い変な遠慮は無しにしようじゃないか」
俺「……そう、だよな」
たしかに普通の恋人同士なら妙な気遣いはしないだろうし、俺自身も彼女が嫌がるようなことをするつもりはない。
そもそもガランドとて嫌なことはしっかりと拒絶するはずである。
首肯する俺にガランドが浮かべる笑みを深いものへと変えた。
ガランド「ふふっ。それじゃ、遠慮なくいかせてもらうよ!」
俺「うぉ!?」
口元を歪め、青い瞳に怪しげな光を宿したガランドが隣に座る俺へと飛び掛り、ソファの上に押し倒す。
成す術なく押し倒された彼が言葉を発するよりも先にその唇を自身のそれで強引に塞いだ。
俺「……んっ」
ガランド「んむぅ!? ぅ、ん……んっ」
それまで目を丸くする俺の表情を見つめていたガランドが、にゅるりと口内に侵入してきた生暖かい下の感触に目を見開いた。
すぐ目の前の黒瞳には不敵めいた光が浮かんでおり、その光を捉え、頬を緩めた。
とくん――という心臓の高鳴りが聞こえてくる。
愛しい男がこうして自分を求めてきたのだ。
嬉しくないわけがない。
歓喜に満ちた笑みを返し、迷うこと無く舌を彼の口内へと差し出した。
ガランド「んっ……じゅる……んぅぅぅ」
互いの舌を重ね、絡め、舐めあう。
荒い舌使いがそれぞれの口膣に満たされる唾液をかき混ぜると、卑猥な水音が室内に響き渡った。
重ね合わせた唇の隙間からは舌の激しい動きに追いやられた唾液が漏れ出し、ガランドと俺の口周りを汚し、妖しげな光沢を纏わせる。
俺「っはぁ……大丈夫か?」
ガランド「……あぁ、大丈夫だよ。それにしても驚いたよ。君の方から求めてきてくれるなんて」
俺「恋人同士の遠慮はなし、なんだろう?」
ガランド「もちろんだとも」
銀色の糸を引いて二人が離れた。
互いを貪ることに夢中で息継ぎを忘れていたせいか、頬にはやや赤みが差し込んでいる。
熱が篭ったガランドの青い瞳の表面には潤んだ輝きを放つ膜がかけられており、それら二つの宝石が俺の雄としての本能を昂ぶらせた。
俺「フィーネ・・・・・・おれ」
ガランド「おれ、くん……わたしも。きみが、ほしいよ……」
拳一つ分の距離が縮まる。
邪魔をする者は誰一人存在しない。
再び唇が重なり合おうとしたとき、キッチンから聞こえてくるアラームの音を耳にしたガランドが名残惜しそうに離れソファから立ち上がった。
ガランド「下ごしらえ。終わったようだね……」
俺「……あぁ。そう、みたいだな」
ガランド「そんな寂しそうな顔をされたら料理が作れないよ?」
俺「……わかってる」
ガランド「俺くん? 休暇は始まったばかりだし、夜はまだ長いんだ。焦らずに、ね?」
ほっそりとした白い指でくすぐるように俺の唇をなぞると薄い笑みを作って、台所へと入っていった。
一人ソファに残された俺はしばし残った彼女の温もりと香りを堪能した。
美しい黒髪が帯びていた甘い香りは留まり、ガランドが身を摺り寄せていた胸元はまだ温かい。
それでも満たされはしなかった。
やはり本物でないと、自身の心は満足できないようである。
立ち上がり足音と気配を殺して、鼻歌を歌いながら調理をするガランドの無防備な背中へと歩み寄った。
肩越しから彼女が包丁を扱っていないことを確認すると両手を広げ、
ガランド「ぅわ!?」
突如として背後から抱きしめられたガランドが悲鳴を上げる。
調理の邪魔にならないよう腕はゆるめに回されているものの、逞しい身体はぴったりと密着されており、背中から伝わる俺の温もりを感じながら必死に理性を繋ぎとめる状態で口を開いた。
ガランド「お、俺くん!? な、何を!?」
俺「ん~?」
ガランド「ひぁ!?」
普段は、下された黒髪によって隠される白いうなじに狙いを定めた俺が返答代わりに舐めあげた。
舌が這うたびにガランドの唇からは愛らしい嬌声が迸り、しなやかな全身が大きく波打つ。
日頃は積極的に自分を翻弄しにくる彼女を一方的に玩ぶ俺を黒ずんだ嗜虐心が突き動かしていた。
俺「いつぞやのお返しだ。フィーネもここは弱いんだな?」
彼女がペテルブルク基地を訪れていたとき、夕食をともにしたことがある。
その帰りに彼女から同じ仕打ちを受けた俺はいつか必ず逆襲してやると密かに心に誓っていたのである。
今が正に逆襲のときであった。
ガランド「やっ! そんな……こと、はぁ!!」
吹きかけられた吐息によって反論をかき消されてしまう。
更に耳たぶを優しく甘噛みされ、艶やかな悲鳴が甲高いものへと変わっていく。
回された腕の力は相変わらず緩いため、振り払おうと思えば簡単に振り払えるはずである。
それなのに自身の愛撫を黙って受け止めている様子を見るからに、どうやら拒絶の意思はないようだ。
俺「フィーネ。もしかして、感じてるのか?」
ガランド「ちがっ! わ、たしは!!」
俺「へぇ? 本当か?」
ガランド「ひっ!? うぁぁぁぁぁ!?」
肩に顎を乗せて首筋を横から、舌の先端で舐め上げた途端にガランドの唇から一際高い嬌声が上がった。
そのまま、ぐったりともたれ掛かってくる彼女を抱き留めて頭を優しく撫でてやると使い魔の耳と尻尾が発現する。
大きく肩で息をするガランドが顔を俺へと傾け、涙を瞳に浮かべて弱々しい非難の眼差しを向け、
ガランド「……もう。これでは、料理が作れないじゃないか……」
拗ねたような声音で口を尖らせた。
俺「ごめんよ。つい、な」
ガランド「いいよ。もしかして……寂しくなったのかな?」
俺「……そんなところ、かな」
ガランドが離れただけで全身の温度が下っていくのと同時に、胸の中で物寂しい感情が沸き起こってくる感覚を覚えた。
それまで密着していたのだから、彼女が傍から離れれば上昇していた体温が下るのは当然であろう。
自分でも気付かぬ内に彼女の存在に依存しまっていることに気付いた俺は言葉で形容しがたい感情を抱いた。
幼い頃から親がおらず、妹分である智子の面倒も見てきた俺にとって甘えるという行為に若干の抵抗があったからである。
本当に甘えても良いのだろうか? 迷惑だと思っているのではないだろうか?
ガランド「夕食が終わったら沢山甘えていいから。今だけは我慢してもらえると嬉しいな」
俺の心境を知ってか知らずか、ガランドが零れんばかりの笑みを浮かべる。
慈愛に溢れ、母性に満ちた微笑の前に俺はこれ以上の思考を放棄した。
恋人同士の遠慮はなし。
つい今しがた彼女がそう言っていたではないか。
俺「……ありがとうな。ところでさ」
ガランド「なにかな?」
俺「さっきの、嫌だったか?」
途端にガランドが更に頬を赤く染める。
首筋に先ほどの生暖かいザラザラとした舌の感触が生々しく蘇ったらしく、妖艶にしなやかな身体を捩った。
数秒間、言葉の選択に苦心し、
ガランド「いやじゃ……ないよ。た、ただね。今度は・・・・・・ちゃんと言ってから、して欲しいかな」
蚊が鳴く様な声で、ぽつりと本音を洩らすガランドのしおらしい笑顔を前にした俺が反射的に左胸へと手の平を当てた。
どうして、この女はこんな反則めいた笑みを浮かべてくるのだろうか。
特にここ最近は彼女の何気ない仕草でも、目にするたびに心を揺り動かされてしまってばかりだ。
そんなことを頭の中に思い浮かべながらキュンと痛み出す胸に手を添えたまま怪しまれないよう、ぎこちない笑顔を作って数歩後ずさった。
ガランド「俺くん?」
それでも誤魔化し切ることは出来なかった。
怪訝に思ったのだろうか、目を丸くしたガランドが歩み寄り、顔を覗きこんでくる。
自分に向けられる大きな青い瞳に息を呑み込んだ俺が我に帰り、
俺「えっ……あっ! そうだ! 皿でも出すかな!!」
ガランド「・・・・・・くすっ。それなら、お願いしようかな?」
胸裏に生じた動揺を悟られぬよう慌てて取り繕い、そのまま逃げるように食器棚へ向かった。
背中に愛しい女性の温かい視線を感じながら。
テーブルの上に並べられる料理の数々を前に自然と喉が音を立てた。
どれも下ごしらえの段階から手が込んであり、香ばしい匂いを嗅いだだけで涎が溢れそうになる。
口端から僅かに零れる透明な液体を慌ててシャツの袖で拭った俺がガランドに視線を移す。
エプロンを脱ぎ、黒髪を結んでいた紐を外す最中であった。
しゅるりと音を立てて、紐が髪から離れると縛り付けられていた黒い長髪が静かに降ろされた。
普段見ないだけにガランドのポニーテール姿はとても新鮮に映っていた。
だからだろうか。
広がる黒髪を前に思わず小さな声を上げてしまった。
ガランド「俺くん?」
俺「あっ、いや。何でもないよ」
また次の機会にでも頼めば良いかと言い聞かせて席に着く。
改めて彼女が一から作り上げた料理たちに簡単の吐息を零した。
本当にこれらが自分のために作られたのか。
本当に自分が食べてしまってもいいのだろうか。
ガランド「俺くん。これらは全て君と食べるために作ったんだ。食べてくれないと困るよ?」
顔に出てしまっていたのかどうかは分からない。
少なくとも彼女には自身の胸裏に生じた疑問を見透かされてしまっていた様である。
やはり敵わないなと薄く苦笑いを零しながら、差し出したグラスに深紅の液体が注がれるのを黙って見守った。
俺には酒の良し悪しがわからない。
ただ美味ければ良い、というのが酒に対する俺の価値観である。
風味だとか、舌触りだとか。あまりそういう“上品”な趣味は持ちあわせていない。
俺にとって酒という飲み物は、その場の空気を楽しむための潤滑剤に過ぎなかった。
それでも、きっと美味いのだろう。
こうして最愛の女性と共に杯を交わすのだから。
ガランド「さぁ、俺くん。乾杯しようじゃないか」
俺「乾杯?」
ガランド「二人の出会いに。そして今後の未来に、ね」
胸中で独りごちる俺が柘榴石を思わせるワインを見つめていると、ガランドが微笑を湛えてグラスを掲げ持った。
俺「そうだな。乾杯しようっ!」
自然と俺のグラスを持つ手が持ち上がる。
ガランド「如何なる時でも」
まるで魔法の呪文でも唱えるかのように、ガランドが口を開く。
俺「傍を離れず」
彼女が何を伝え、何を分かち合いたいのか察した俺もまた同じように穏やかな口調で付け足した。
ガランド「如何なる時も・・・・・・俺という男性を」
俺「アドルフィーネ・ガランドという女性を。愛し続けることを」
俺&ガランド「永久に・・・・・・誓います」
言い終え、グラス同士がカツンと軽く打ち付けられた際に心地よい澄んだ音色が二人の耳朶を撫でた。
その音を皮切りに俺とガランドがグラスを口元に運び、中のワインを一気に飲み干した。
バーやレストランとは違い、人目を気にする必要もないためか
ガランド「っは・・・・・・ふふっ。これではまるで結婚式に言う台詞みたいじゃないか」
俺「まったくだ。背中がむず痒くなってきたよ」
顔を赤らめたガランドが愉快そうに喉を鳴らしながら俺に視線を投げかける。
生まれ持った白い肌に差し込む赤みは酒の所為だけではないようだ。
肘をテーブルに突き、手の平を頬に這わせる彼女の視線を浴びる俺が気恥ずかしそうに身を捩った。
自分で言っておいて何だが・・・・・・恥ずかしい。
俺「それでも。嘘は言ってない」
ガランド「あぁ。嘘は言っていないよ」
瞼を閉じるガランドが伸ばした手の甲に俺の手の平が重なった。
口にしなくても互いが何を欲しているのかが、何となく分かる。
だからこそ、つい今しがたの言葉も紡ぐことが出来たのだ。
俺「フィーネ」
ガランド「うん、分かるよ」
俺「そっか・・・・・・」
決して目には見えないけれど確かに感じ取れる愛情を噛み締め、手を握り締めた。
一切の世辞を抜きにしてもガランドの料理は絶品だった。
シュニッツェルもザワークラウトも、そこらの飲食店よりも遥かに美味である。
加えて、恋人の手料理というのが味をぐんと引き立てた最大の調味料となっていた。
ガランド手製のカールスラント料理に散々舌鼓を打った俺がソファに座り込み、しばしの間天井を眺めていると何かを思い出したように跳ね起きた。
すぐさま階段を上がっていき、二階の寝室へと足を踏み入れベッドの上に置いてあった大きな包みを取り上げ、再び階下のリビングへと戻っていく。
俺「フィーネ!」
ガランド「俺くん? その包みは何だい?」
突然、二階へと駆け上がっていった俺が大きな包みを抱えて戻ってきたことへの疑問を抱きつつ、傍まで歩み寄る。
緑の上に白い斑点が散りばめられた包みの上を赤いリボンが走るクリスマス仕様のそれを見つめていると、
俺「その・・・・・・なんだ。俺からのプレゼントだよ」
口元に穏やかな微笑を携え、俺が包みを差し出してきた。
ガランド「うれしい・・・・・・ありがとう、俺くん。中身は何かな?」
俺「それを言ったら、つまらないだろう? 開けてみてくれよ」
俺に促され、リボンを解いて丁寧に包装紙をはがしていくと中から姿を見せたのは自分が今身に着けているのと同じ素材で作られたジャケットであった。
裏地が自分のものとは異なり冬用に作られているため、コートがなくともそれ一枚で真冬が過ごせるだろう。
袖に施された銀の装飾から推測するにおそらく相当値が張る一品であることが伺える。
ガランド「こんな高価なもの・・・・・・本当にいいのかい?」
俺「フィーネにはいつも、もらってばかりだからな。本当は・・・・・・もっと、ちゃんとしたものを贈りたかったんだけどな」
こういうとき、立場の違いが辛い。
自分はこんな立派な別荘にまで入れてもらっているというのに、返せるものといえばジャケット一枚なのだから。
あまりの不甲斐なさに泣けてくる。
ガランド「俺くん。私は別に高価なものなんかいらないよ。ただ傍に君がいてくれるだけで・・・・・・良いんだ」
俺「フィーネ」
ガランド「君と二人きりで過ごす夜。私にとって最高のクリスマスプレゼントだ」
俺から貰ったジャケットを愛おしそうに胸の前で抱きしめるガランドが瞼を閉じて、微笑んだ。
輝く満面の笑顔を前に俺は口元を緩めた。
この女性と出会っていなければ、きっと今の自分はないだろう。
502や501の仲間たちと出会うこともなければ、こうして幸せな一時を過ごすことも無かっただろう。
いくら感謝しても仕切れない。
俺「俺も・・・・・・同じだよ」
恩も、幸せも。
少しずつ返していこう。
それは自分にしか出来ないことだから。
俺からのプレゼントを早速着こなしたガランドが玄関を飛び出し庭に立ち、くるくると回り始める。
年不相応な少女らしい姿に苦笑いを零す俺が積もった雪を踏みしめながら歩み寄ると、しなやかな身体を抱き寄せる。
ガランド「俺くん。雪がこんなに沢山降っているよ・・・・・・ホワイトクリスマスというやつだね」
俺「あぁ。何て言うか……綺麗だな」
特に抵抗することもなく、そこが自分の特等席だと言わんばかりに身体を預けてくるガランドの頭を飾る純白の粉雪を手で払いのけると、何も言わず天を仰いだ。
それから一体どれほどの時間が経過したのだろうか。
現実では、そう長くはなかったのかもしれない。
だが、俺には彼女と共に雪降る星空を眺める時間がとても長く感じられた。
ガランド「そうだ。私も忘れない内にプレゼントを渡しておかないとね」
おそらく先ほどのプレゼントであるジャケットを羽織り、玄関へ向かう途中に入れたのだろう。
ポケットに手を潜らせたガランドが小さな紙袋を取り出した。
サイズは手首から指までの大きさである。
俺「これは?」
ガランド「私からのプレゼントだよ。中は開けてからのお楽しみということで」
悪戯めいた微笑を前につられて笑みを零した俺がテープを剥がし、中身を取り出す。
出てきたのは右手用の手袋が一つ。
それだけであった。
俺「手袋? にしては一つ足りないような・・・・・・あれ?」
ガランド「ふふっ。もう片方は・・・・・・ここだよっ」
ガランドが左手を持ち上げると彼女の白い繊手は、自分が手にする薄緑色の手袋に包みこまれていた。
手袋とは本来二つのものが合わさって、
初めて防寒具として機能する。
だというのに何故、ガランドは自分に手袋を、それも一つだけ贈ったのだろう。
ガランド「ほらっ。こうすれば・・・・・・お互いの手の感覚が直接伝わるし、温かいだろう?」
不思議そうに首を傾げる俺が右手に手袋をはめ込むのを見計らったガランドが、凍てついた外気に晒される彼の左手を自身の右手で包み込んだ。
なるほど。これならたしかに空いた手が冷えることもない。
俺「でも、フィーネ。これだと互いが傍にいないと意味がないんじゃないか?」
ガランド「そこは心配しなくてもいいさ」
俺「どうしてだよ?」
ガランド「私たちはいつも一緒だからに決まっているじゃないか。どんなときも、もちろん出掛けるときも」
柔らかな月明かりに照らされた白い美貌を前に俺が息を呑み込んだ。
続いて、その言葉の真意に気付き、次第に顔がにやけていくのを感じた。
直後に胸の奥が温かな喜びで満たされていく。
俺「あぁ、そうだよな。そうだったよな・・・・・・なぁ、フィーネ」
ガランド「なにかな?」
俺「ありがとう」
ガランド「・・・・・・ふふっ。どういたしまして」
俺「フィーネ、好きだ。大好きだ」
感情に身を任せ、力強くガランドの身体を抱き寄せた。
そして、今日に至るまで何度も囁いた言葉を口にする。
ありふれた言葉だが、彼女に対する自分の愛を伝えるにはこれ以上の言葉は無いだろう。
放つ度に頬に熱が灯っていくが、いずれ羞恥心への耐性はついていく。
だが、この気持ちが揺らぐことは無いと断言できる。
それに、きっとこれからも自分は何度もガランドへの愛を口にする。
命を賭しても守り切らねばならない、この女性に。
ガランド「私も・・・・・・好きだよ。俺くん」
感極まったのか、青い瞳に透明な雫を浮かべたガランドが瞼を閉じて顔を近づける。
腕の力を緩めた俺が彼女の形の良い唇へと自分のそれを重ね合わせると、不意に遠い夜空の彼方から鐘の音が二人に届いた。
俺「鐘の音?」
ガランド「ふむふむ。俺くんには・・・・・・黒のタキシードが似合いそうだね」
俺「黒のタキシードって・・・・・・もしかして、それは・・・・・・」
ガランド「式の話だよ。あぁ、安心して。陛下も認めてくださったから」
俺「式ぃ!? 陛下ぁ!?」
そういえばフィーネは帝政カールスラントの皇帝に気に入られているんだっけと思い出す。
シールドを失ったガランドを失うのを恐れた皇帝が出撃禁止を命じたほどであると以前、秘書官から聞いた話が脳裏に再生される。
そんな彼女をどこぞの馬の骨とも知れない自分が嫁に貰うのだ。
本当に認めたのだろうか?
恐る恐る訊ねてみる。
俺「なぁ・・・・・・フィーネ。その、皇帝は何て?」
ガランド「ん? あぁ。額に青筋を浮かべて引きずり出せと言っていたよ」
俺「思い切り怒ってるじゃないですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
ガランド「大丈夫さ。そうだろう?」
俺「まぁ・・・・・・な」
誰から何と言われようとガランドは自分の女である。
皇帝陛下だろうが何だろうが部外者が口を挟むというなら、こちらも断固とした対応を取るまでだ。
ガランド「守ってくれるね? だ・ん・な・さ・ま」
俺「お、おぅ! 当たり前だ!」
ガランド「俺くんなら。そう言ってくれると思っていたよ」
直後、唇に不意打ち。
突然の口付けに目を丸くする俺のす目の前で、頬をほんのりと染めたガランドが深い笑みを零していた。
ダブルベッドの上に身を投げ、手足を伸ばすと全身の骨が音を立てた。
天井を見つめながら大きな欠伸を零す俺は今日一日の出来事を思い出す。
こうして時間も忘れ、ただ愛しい女性と一日中落ち着いた時間を過ごせるなんて。
まるで夢のような話である。
そっと右手で頬の肉を摘み、引っ張る。
熱を帯びた痛みから、今の自分が夢ではなく現実にいるということを自覚した。
俺「ふぁ」
ガランド「おねむの時間かな?」
ネグリジェに身を包んだガランドがシーツとベッドの隙間に入り込んできた。
子供を相手にするような言葉遣いに苦笑を浮かべた俺が右腕を横に伸ばすと、それを枕にしたガランドが身を寄せる。
彼女曰く、自分の腕枕はどんな枕よりも寝心地が良いらしい。
ガランド「今日は楽しかったね」
俺「あぁ。美味しい料理にもありつけたからな」
ガランド「また作るよ。ううん・・・・・・君には、これからも私の手料理を食べて欲しいな」
俺「はははっ。そんなことになったら、太りそうだな」
太る姿は想像できないが、せめて彼女の隣を歩き続けられるように体型は維持していこうと胸の中で誓いを立てていると、ガランドが身体をもぞもぞと動かした。
ガランド「俺くん。もう少し寄ってもいいかな?」
俺「寒いか?」
ガランド「うん・・・・・・あたためて」
俺「よしよし。おいでおいで」
寒さに震えるガランドを俺が抱き寄せる。
冬は苦手だが、こうして恋人を抱くことができることを考えると、悪くはないかもしれない。
物思いに耽っているとガランドが徐に口を開いた。
ガランド「俺くん、さっきの首のあれ。嫌じゃないのは・・・・・・本当だよ?」
俺「・・・・・・本当、か?」
ガランド「キスのときも・・・・・・驚きはしたけど、それ以上に嬉しかったよ。君が私のことを求めてきてくれて・・・・・・本当にね」
俺「フィーネ・・・・・・」
ガランド「私が言った言葉――覚えてるね?」
俺「恋人同士の遠慮はなし、だろう」
ガランド「うん。だからね・・・・・・俺くん」
一度言葉を区切り、息を吸い込む。
そして、ゆっくりと吐き出したガランドが意を決した面持ちを作った。
ガランド「私のこと。いつでも・・・・・・君の好きにして、いいよ」
俺「ッ!?」
ガランド「それにっ! 私たちは男女の関係なんだ。そろそろ、もう一段上に上がっても良いと思うんだ」
俺「そ、それって・・・・・・!?」
俺の問いかけにガランドがごくりと唾を飲み込み、
ガランド「俺くん。フィーネを・・・・・俺くんの女(もの)にして?」
か細い声を震わせながら、何とか絞り出した。
青い瞳に宿る真摯な光を捉え、俺は彼女の言葉が決して冗談といった類のものではないことを察し、ガランドを押し倒すような形に体勢を変える。
俺「本当に・・・・・・良いんだな?」
ガランド「はじめてだから・・・・・・優しく頼む・・・・・・よ」
小さく頷くガランドの唇を奪おうと顔を近づける。
すると、何やら寝息のようなものが聞こえてきた。
俺「フィーネ・・・・・・?」
ガランド「ぅん・・・・・・んぅ・・・・・・」
俺「寝ちゃったよ・・・・・・」
寝息を立てる女性に苦笑を零す。
どうやらもう一段上に上がるのはまだまだ先の話のようだ。
俺「今は・・・・・・まだいいか」
健やかな寝顔を晒すガランドの頭を撫で、
俺「おやすみ、フィーネ。良い夢を」
額に軽くキスをし、身体を横たわらせた俺は彼女を抱き寄せ、眠りに就いた。
おしまい
時間がないのでwiki直投とさせていただきました。
最終更新:2013年02月04日 14:30