目の前の男が笑みを作った。
そっと心を包み込んでくれるような笑顔。幾度も自分の心を安らげてきた微笑み。
そんな人好きのする微笑に自然と口元を緩めてしまったラルであったが、即座に我を取り戻す。
これからこの男に身を委ねるのだと思うと、胸の高鳴りが激しくなり呼吸すら上手く繰り返すことができない。
ラル「ほ、本当に……するのか?」
上擦った声で問う。
戦場において各隊員たちに指示を下す威厳のある明るい声音には憂慮の色が満ちるだけでなく、幾分か震えているようにも聞き取れる。
俺「あぁ。嫌ならやめておくけど」
期待と不安が入り混じる青い瞳の眼差しを受けた俺が自身の顎に手を添え、噛み砕くように何度か頷く。
人類第三位の撃墜数を誇るグレートエースといえどラルが歳相応の少女であることは俺自身も触れ合っていく中で知っていた。
憂慮に震えるラルを少しでも落ち着かせようと彼女の頬に手を添えると、緊張しているせいか、触れた彼女の頬は風邪にでも掛かったかと思わせるほどの熱を帯びていた。
俺「おい……本当に大丈夫か?」
あまりの高熱に思わず、そう訊ねてしまった。
ラル「……あぁ」
瞼を閉じたラルが頬に添えられた手を握る。
そうすることで僅かでも安らぎを得ようとするかのように、包み込んだ俺の手に頬を摺り寄せる。
俺「……で、どうする? 無理に勧めるつもりはないぞ?」
いくら軍人といっても生娘には変わりない。
初めての体験に不安の念を抱くのは詮無きことだろうと自分に言い聞かせながら、落ち着いた口調で瞑目するラルに声をかける。
俺とて無理に段階を進めるつもりはない。
こういった営みは、やはり一歩ずつ事を運んだ上で行うほうが互いに後腐れが残らないはずだ。
ラル「いや、というわけじゃないんだ。ただ……その、お前に見せるのは恥ずかしいんだ……」
俯き頬を桃色に染めるラルが、蚊が泣くような声で呟いた。
これから行われる行為では自らの恥所を曝け出さなければならない。
誰にも見せたことの無い場所を、それも愛おしい男に見せるということへの抵抗感を抱くラルが本音を吐露する。
不安はある。恐怖もある。
だが、それ以上の歓喜があるというのもまた事実。
自身が惚れた男に。
世界中の誰よりも大切な男に身を委ねることができる女としての喜びが、それら負の感情よりも勝っていた。
俺「気持ちは……分からなくはないけどな」
ラル「それに! 私は……してもらうのは初めて、なんだ」
やはり、という思いが俺の胸裏に生まれる。
同時に世界中の誰よりも大切な彼女の初めての相手になれたことへの喜びが込み上げ、自分を信じて身を任せてくれるラルからの信頼に胸の内が溶けていく感覚を覚えた。
それは痛くもあり、熱くもあり、そして砂糖菓子にも似た甘い感覚であった。
彼女への好意に気付くことが出来た時に抱いた情念と同質のものが新たに胸の中へと充溢していく。
俺「あぁ……それは確かに不安になるな。やっぱり……怖いなら無理しなくても良いんだぞ?」
ラル「大丈夫だ! ただ、な? 優しくしてもらえると……うれしい」
意を決し、瞼を開く。
硬質な決意の光が宝玉を思わせる双眸に宿るのを捉えた俺が頬に添えた手を彼女の背中に回して抱き寄せると彼女は無言のまま身を預けてきた。
ただ、見つめ合い。抱きしめるだけだというのに。
どうして彼女はこんなにも自分の心を掻き乱すのだろう。
どうして彼女はこんなにも愛おしく思えるのだろう。
俺「もちろん。なるべく痛くならないように気をつけるつもりだ」
――もっとラルのことが知りたい――
――もっとラルを見ていたい――
――もっと、もっとラルを愛したい――
底知れぬ欲求に全身が支配される感覚を俺はラルの背中を撫でることで紛らわせる。
このままでは本当に理性が保てなくなると悟っての行動であった。
ラル「じゃ、じゃあ。よろしく……たのむ」
俺「よし。おいで、グンドュラ」
ラル「……あ、あぁ」
手招きに小さく首肯したラルが俺の上に身を委ねた。
自室のベッドよりも。
以前ホテルに泊まった際に使用したベッドよりも硬いというのに言い知れぬ心地よさを感じることが出来たのは、やはり相手が俺だからなのだと改めて実感する。
俺「どうだ?」
ラル「あたたかい、な……それに。おちつく」
偽りの無い言葉。
愛する存在に身を任すことがこんなにも心地よいとは。
俺「そりゃよかった。じゃあ……入れるからな? 痛かったら、すぐに言うんだぞ?」
ラル「優しいんだな。お前は」
俺「男としては当然だと思うんだけどなぁ」
獣欲に支配されることなく自分の身を大切にしてくれる俺の優しさに素直な感情を洩らしたラルが眠りに就くかのように瞼を閉じる。
男の手に全てを委ねるという意思表示でもあるが、依然表情からは強張ったものが窺える。
だとしても、自分を信じて身を委ねてくれた以上は信頼に応えなければならない。
恐怖を乗り越えて歩み寄ってきた彼女の勇気を無碍にしないために、自分もまた彼女を傷つけるかもしれないという恐怖を乗り越える必要があった。
俺「……ありがとう。それじゃ、力抜いて」
ラル「……こう、か?」
俺「そうそう、そんな感じだ。それじゃ、入れるぞ……痛かったらすぐに言うんだぞ」
ラル「あぁ……ふぁ……!?」
ゆっくりと内部へ侵入してくる異物の感触に、横たわるラルの全身が小さく波を打つ。
初めて味わう感覚に、その美貌が苦悶の色に塗り替えられ始めた。
胸の動機が激しくなる。
まるで取り出された心臓の鼓動を耳元で聞かせられているかのようだ。
俺「……痛かったか?」
ラル「いや。少し、気持ちよかっただけだ……続けてくれ」
俺「本当か?」
ラル「あぁ。本当だ」
返事を皮切りに、再び抽挿が開始される。
ゆっくりと、そして慈しむかのように彼女の内部を進んでいく。
初めの内は表情を強張らせていたラルではあったが、時が経過するに連れて端正な顔立ちはほぐれていき、桜色の唇からは熱を帯びる吐息が吐き出された。
ラル「んっ……ふぁっ……ぁ……」
俺「どうだ?」
ラル「わるく、ないっ。ふぁ!? そんな……ふかいところ、まで……!!」
会話の途中に、それまで浅い箇所に存在した異物が徐に深い部分にまで進行し始めた途端にラルの口から甲高い悲鳴が割って出た。
突然の感覚に身体を動かさなかったのは彼女がグレートエースと称されるウィッチからなのか。
あるいは愛しい男に全てを委ねるが故の態度なのか。
俺「そういうものだぞ?」
ラル「そう、なのか……んっ……んぁぁっ」
俺「お、おい。本当に大丈夫なんだろうな?」
徐々に艶を帯びていくラルの吐息に俺が問いかける。
ラル「ふふっ……おまえは心配性だなぁ」
俺「自分の女を心配しないやつがどこの世界にいるよ? これでも。結構、びくついているんだぞ?」
ラル「そうなのか?」
俺「当たり前だ。おまえに……痛い思いはしてほしくないからな」
愛しい女性に痛い思いを味わって欲しくない。
悲しい思いも、辛い思いもして欲しくない。
命の灯火が消える最後の刹那まで、幸せだったと笑い続けて欲しいのだ。
ラル「ぅぁ……」
真っ直ぐに自分を見下ろす俺の瞳に声音を震わせる。
飾り気のない率直な言葉に込められた自身に対する無限の愛情に、頬の上に広がっていた熱が耳たぶにまで広がっていくのを感じた。
愛されているという喜びがラルの全身をじんわりと温めていった。
俺「続けても?」
ラル「あぁ。もっと……してくれ」
俺「承知」
ラル「んっ……い、いたっ」
俺「悪い! 大丈夫か!?」
慌てた声が降り注ぎ、思わず笑みを零してしまった。
その狼狽ぶりから如何に自分が大切に思われていることを知ったラルは口元を押さえた手を俺の顎元に伸ばすと、そのままくすぐるように撫で始めた。
ラル「いや、もう平気だ」
俺「ごめんな……」
ラル「まったく……そんな顔をするやつがあるか」
俺「だけどよ……おまえに、痛い思いさせちまった」
痛い思いをしてほしくないといった傍からこの始末だ。
気落ちした様子でラルを見下ろす俺の頬に、それまで顎元をくすぐる繊手が這った。
ラル「良いんだ。頼んだのは私だ」
俺「……グンドュラ」
落ち込む子供を慰めるかのように、頬を撫でるラルの手を包み込む。
ラル「次からは……優しく、な?」
俺「あぁ。わかったよ」
慎重に彼女の内部への進入を再開する。
次こそは痛みを与えないよう細心の注意を払いながら。
ラル「ん……いぃ……」
俺「本当か?」
ラル「あぁ。すごく……気持ちいい。ひぃぁ……やんっ」
可愛らしい悲鳴が下から聞こえ、思わず動きを止めてしまいそうになる。
俺「あんまり動くな。また痛くなるぞ?」
ラル「で、でもっ! そんなに……中で動かれたらぁっ!」
俺「うわ……すごい。こんなにたくさん」
ラル「やだっ! やだやだ! 見るな! 言うなぁ!」
羞恥のあまり今にも泣き出してしまいそうな声をあげる。
俺「だって……こんなに」
ラル「やめろっ! 恥ずかしい!」
涙を浮かべた瞳を、瞼を閉じて覆い隠す彼女の姿に俺は心臓が引っこ抜かれるような感覚を覚えた。
普段の大人びた姿も魅力的だが。
こうして時折見せる歳相応の姿もまた可愛らしい。
俺「くくっ……いまのグンドュラ。いつも以上に可愛いぞ?」
ラル「うぅぅぅぅ」
俺「さてと……この辺りで良いかな」
やり過ぎると傷が残ってしまう。
今後のことを踏まえると、ここらが潮だろう。
ラル「……はぅ」
ロスマン「それで……お二人は何をしているんですか?」
それまで二人のやり取りを気まずげに見守っていたロスマンが指示棒の先端を指先で玩びながら、恐る恐る訊ねた。
心なしか頬は赤く染め上げられ、小柄な体躯を捩じらせる。
俺「見て分からないか? 耳かきだよ」
ラルの耳から、そっと引き抜いた道具を器用に回しながら俺が返す。
ロスマン「ですが、隊長の声が明らかにその……喘ぎ、声に聞こえ……」
俺「ほほぉ? エディータは一体何を想像したのかな?」
頬を染め、数珠繋ぎで言葉を洩らすロスマンの態度に何を感じ取ったのか。
口元を歪に吊り上げた俺が意地の悪い口調で問いかける。
ロスマン「なっ! 何も想像していません!」
ぷいっと顔を背ける姿に子供らしさを感じた俺が口元に笑みを作った。
俺「ははは! それじゃ、時間も時間だし。この辺りでお開きにするかな……で、どうだった?」
窓の外に視線を移すと硝子越しの景色には夜の帳が下りている。
残念ながらラルとの睦言を楽しむ余裕は残っていないようだ。
ラル「気持ちいいものだな……誰かにしてもらうのは」
俺の膝を枕代わりにしていたラルが起き上がる。
胸元に手を添え、どこか落ち着きの無い態度で視線を泳がせてぽつりと呟くように返した。
まるで情事を終えたかのように、艶やかに見える。
俺「もしかして、欧州やリベリオンの人は誰かに耳掃除をしてもらう習慣はないのか?」
ロスマン「全ての人が、とは言えませんが。少なくとも私の家や近所の人たちはそういったことは」
ラル「おまえは……今みたいに誰かにしてもらったことがあるのか?」
俺「俺? あるぞ? 智子に武子に綾香に圭子に敏ねぇに……って、あれ? グンドュラ?」
ラルのように顔を赤く染め上げ、耳かきを手にした指を振るわせる智子には危うく鼓膜をぶち破られそうになった。
武子は緊張のあまり奥まで届かずに、結果として寝る前に自分で掃除をした。
綾香は逆に豪快に突き進んできたため、痛い思いを何度か味わう羽目になった。
以外にも圭子と敏子の二人は器用に手を動かし、一度も痛みを感じることなく掃除が終わった。
その上、膝の感触が心地よく、そのまま寝入ってしまった自分が起きるまで正座を維持したまま膝を貸してくれた。
指を順番に折りながら彼女たちとの思い出を掘り起こす最中、不意に俯いたラルがゆっくりと肩を震わせる。
視線を落とせば両の拳は力強く握り締められており、何やら剣呑な空気が談話室に漂い始めているではないか。
ラル「ほぅ……そうかそうか」
瑞々しい唇から割って出た声を耳にした俺は本能的に身を退こうと試みる。
先ほどまで艶がかった声音は氷刃の如く、凍てついた鋭さを帯びていた。
しかし長時間の間、正座を続けていたために足が痺れて思うように動かすことが出来ない。
俺「あれ? 俺……もしかして地雷踏んだ?」
ロスマン「俺さん……あなたって人は」
視線を逸らせばロスマンがやれやれと言わんばかりに肩をすくめている。
彼女の仕草から、先ほどのラルからの問いかけへの返事が地雷だったことに気がつくも、時は既に遅かったようだ。
ラル「こ、来い! 今度は私がしてやる!!」
羞恥とは違った紅色で頬を染めたラルが俺の首根っこを掴む。
悔しさ。
それが今の彼女を突き動かす感情だった。
自分の知らない俺がいて、それを知る人間が片手の指の数だけいることがどうしても悔しかった。
この男は自分の恋人で。
この男を愛しているのは自分だというのに。
自分の初めてを奪っておきながら、この男は既に他の女性との経験を経ていることが悔しくて、悔しくて。
俺「いやっ! 俺これから寝るところなんですけどぉ!?」
ラル「うるさいっ! もう誰にも、お前の耳を掃除させたりはしないからな!」
だから、ラルは俺の言葉を一蹴した。
俺が愛する女も、俺を愛する女も自分なのだ。
それなのに彼の中には未だに他の女の記憶が残っている。
自分だけを見ろ――というのは恋焦がれる女性にとって究極の望みであるが、それを強いるほど自分は病み切っていない。
もちろん、そういった望みが露とも無いといえば嘘にはなる。
だとしても、もう少し自分に注目してもいいではないかと願うくらいは許されるはずだ。
ラル「(絶対に負けない……負けてたまるか)」
嫉妬の炎を瞳に滾らすラルの姿にロスマンが小さな笑みを零した。
あれほど頼もしいと思ったグレートエースを一介の少女に変えてしまうのだから、恋とは摩訶不思議なものである。
俺「ちょっと待ってくれ! ずっと正座してたから足が痺れ――ってうぉぁ!?」
ラル「ぅわ!?」
ロスマン「あら……まぁ」
ラルの手によって無理やりその場に立たされるも、正座によって足の裏が痺れてしまい思う具合に両脚へ力を込めることが出来ない俺は反射的にラルへと身を預ける。
しかし、彼女も突然のことに踏ん張りが利かず結果、二人揃ってその場に倒れこんでしまった。
俺「いてて……ん? なんだこりゃ?」
体勢を崩し、床の上に倒れたというのに痛みはまるで伝わってこない。
それどころか、温かくも柔らかな感触が自分の顔と手の平を包み込んでいる。
はて、これは一体何だろうかと手を動かすと柔らかで弾性に富んだそれに指が沈み込んだ。
すると持ち前の弾性によって指は押し返され、柔らかな物体はまた本来の形状を取り戻した。
ラル「……っく」
俺「あ……え、あ……」
ロスマン「お邪魔しました! そしてご馳走様でしたぁ!!」
両手で顔を覆いロスマンが勢い良く部屋を飛び出した。
バタバタと廊下を駆けていく足音が徐々に小さくなっていく。
俺「え、あ……はっ!? 悪い!!」
顔を上げると視線の先には顔を赤く染め上げ、こちらを見つめるラルの艶かしい表情。
そこで俺は自分が彼女の胸に顔を埋め、挙句の果てにはその柔らかさまで堪能してしまったことに気がつき、慌てて起き上がった。
ラル「……」
俺「えっと……悪い」
ラル「その……別に、嫌じゃ……なかったぞ」
ぽつりとラルが呟いた。
それこそ、誰もいない談話室だからこそ聞き取れたほどの大きさで。
俺「……え?」
ラル「相手が……その、お前だからな」
俺「グンドュラ……」
ラル「お前じゃなかったら……胸を触らせたり、耳掃除を任せたりはしない。全部……おまえだから、俺だから……委ねられるんだ」
体勢を整え、その場に座り、身を捩らせながら言葉を紡いでいく。
自分で言っておいて恥ずかしいと思える台詞をよくもここまで口に出来るとはと思いながらラルは真っ直ぐに俺へと視線を注いだ。
たとえ大した切欠でなかったとしても。
この想いを捻じ曲げるつもりは無い。
たとえ誰から何を言われようとも。
この幸せを捨てるつもりも無い。
俺「は、ははは。そう言ってもらえると……何だか。すごく……嬉しい、な」
ラル「……おれ」
俺「うん? あぁ……わかったよ」
ラル「んっ……」
俺「んっ」
ねだるようにラルが瞼を閉じた。
言葉を使わずとも何を欲しているのか理解した俺は片手で彼女を抱き寄せ、形の良い唇に自分のそれを重ね合わせる。
ただ唇を重ねるだけだというのに、胸の中を温かく満たすこの一体感は何だろうか。
そんなことを胸の中に抱きつつ、唇を甘噛みするとラルの身体がぴくりと強張った。
やりすぎたかという思いが俺の頭の中に浮かんだが、すぐさまラルも唇を弱々しく噛み返してきた。
ゆっくりと互いを求め合うキスを続けること五分弱。
ラル「良いな……やっぱり」
俺「本当に、な」
俺と同時に拳一つ分の距離を隔てたラルが洩らす。
短い言葉は充足感で満ち溢れ、その声も心なしか弾んでいるように聞こえた。
ラル「おれ……今日はこのまま、ここで寝るか?」
ソファを指差し、悪戯めいた微笑みを口元に作る。
たしかに狭いソファに横になり、柔らかな彼女の肢体と密着して眠りに就くというのは思いのほか魅力的ではあるが、風邪を引いては今後の仕事に影響が出るのではないかいう理性が煩悩に勝った。
俺「寝るって……ここは寒いぞ? 部屋に戻ってベッドで寝たほうが良いんじゃないか?」
ラル「構わないさ。お前が温めてくれるなら」
首に手を回し身体を密着させたラルが返す。
最高の殺し文句に思わず首を縦に振りそうになるのを寸前のところで押さえ込んだ俺は、同じように彼女を更に強く抱きしめた。
胸元に押し付けられる彼女の豊かな双丘から心臓の鼓動が伝わってくる。
それにしても、こうして抱きしめるだけで口元がにやけてしまいそうになるのは何故だろう。
きっと幸せだからなのだと俺は納得する。
グンドュラ・ラルと共に生きていける今にどうしようもないほどの幸せを感じているのだ。
俺「それでもだ。風邪を引いたら大変だ。それともあれか? また看病して欲しいのか?」
ラル「うっ。その話を持ち出すのは反則じゃないか?」
大人びた言葉にラルが一瞬、言葉を詰まらせた。
決まりが悪そうに視線を泳がせる姿に胸を突かれたような痛みを覚えながら俺が彼女の頭の上に顎を乗せる。
俺「それだけお前には健やかでいて欲しいんだよ。さっ! 部屋に戻るぞ」
ラル「ところで……足はいいのか?」
俺「あふん。やめろ」
立ち上がろうとした俺の足をラルが指先で突っつくと俺の身体が支柱を失った植物のように、床の上に倒れ伏した。
そんな姿がツボに入ったのか。
口元に浮かべた笑みを深くしたラルは執拗に俺の足を攻撃する。
ラル「ふふっ。ほらほら。どうした?」
嗜虐心に満ちた笑みを浮かべる彼女に俺は一瞬、皮製のボンテージ衣装が似合うのではないかと益体もないことを考えてしまった。
俺「やめっ! いま本当にまずいんだって!!」
ラル「そういう顔も出来るんだな。可愛いぞ?」
いつもの姉御肌に戻ったラルが隣に腰を降ろすなり寄りかかる。
俺「男に……可愛いは禁句なんだぞ」
顔色を曇らせて返す俺。
生憎と自分のそれは中性的でもなければ偉丈夫と称されるほどの顔でもない。
一体どこに可愛いなどという評価を受ける部分があるのだろうか。
ラル「そういう慌てた表情のことを言ったんだ……けど、悪かったな。カッコいい、で良いか?」
俺「言い直されてもなぁ……」
ラル「……カッコいいというのは本当だぞ?」
俺「本当か? 自分で言うのもなんだけど……顔の作りは平凡だぞ」
姉代わりである江藤敏子からはよりにもよって突然変異体とまで称され、笑われたのだ。
その日、ショックのあまり不貞寝するとなぜか夢の中に四匹の亀が出てきたのは彼女が放った言葉と何か関係していたのだろうか。
ラル「顔じゃない、中身だ。私が止めたのに戦場に出てきた、あのときのお前は……そのっ、あれだ」
俺「??」
ラル「カッコ……よかったぞ?」
最後のほうが疑問系になったのは措いておくとして。
恋人からの褒め言葉に、妙なこそばゆさを感じた俺は自然と口元が吊り上がらせた。
俺「え、あ……あははっ。何だか照れるな。おまえにそんなこと言われると……はははっ」
ラル「おれ」
俺「ん?」
ラル「部屋に……戻るか」
俺「そうだな」
戦場で勇ましく銃を握り締めているにも拘わらず柔らかなラルの手を握り、立ち上がる。
何だかんだ睦言を楽しんでいる間にすっかり夜は更けこんでいた。
早いところ床に就かなければ明日はきっと寝不足に苦しむに違いない。
ラル「当然、同じ布団だからな?」
俺「もちろん。最近は特に寒いからな」
寒い冬が終わって、暖かい春が来ても、暑い夏が過ぎ去り、涼しげな秋が訪れても。
彼女の温もりを感じながら寝入りたいものである。
ラル「抱きしめても……いいか?」
俺「俺もするぞ?」
冬の寒さだけはどうしても慣れないが、愛しい女性に抱きしめられながら同じ布団で眠りに就けることを考えると、冬もそう悪いものではないのかもしれない。
ラル「そ、そうか……うん。そうだな……」
俺「……それじゃ。行くか」
ラル「……あぁ」
そんなことを考えながら柔らかなラルの手を握り締め、俺は照明が落とされた談話室を後にするのだった。
おしまい
地の文追加してみました
最終更新:2013年02月04日 14:37