~仔犬が奏でる暴走曲~
管野「うぅっ……ひっく……えっく……」
俺「おいおい。どうすんだよ……これ」
クルピンスキー「いやぁ。さすがに僕もこれは予想外の展開だよ……あはは」
ラウンジのソファに座る俺とクルピンスキーは目の前で頬を真っ赤に染め上げる仔犬の姿をまじまじと見つめ、同時に溜息を吐いた。
向かい側のソファに腰掛ける彼女の足元には黄金色の液体が底に少しだけ残っている透明なグラス。
俗にウィスキーグラスと呼ばれるその容器に注がれていたのは俺とクルピンスキーの二人が街に出て、晩酌用にと買ってきたスコッチであり、値もそれなりに張る銘柄である。それもアルコールの度数もやや高めの代物だ。
管野「うぃー……ひっく」
クルピンスキー「どうして」
俺「こうなった」
事の発端は数時間前まで遡る。
その日の晩、夕食を済ませた俺とクルピンスキーの二人は今宵のために新しく買ってきたスコッチ・ウィスキーを酌み交わすため密かにラウンジへと集まっていた。
クルピンスキー「この前は酔いつぶれちゃったからね」
先日の酒場での一件のことを言っているのだろうか。
自分のグラスにスコッチを注いでくれるクルピンスキーの照れたような笑みを前に俺は彼女の意外な一面を発見した。
普段は飄々としていて、常に相手を自分のペースに引き込む彼女が初な少女のような笑顔を零すとは。
俺「そうだったな。寝顔はなかなかに可愛かったぞ?」
クルピンスキー「もぅ。からかわないでよ」
調子に乗ってついからかってみると、案の定勘に障ったのか頬を膨らませる。そういう反応こそ可愛らしいと言われてしまう要因だと彼女は気づいているのだろうか。
俺「すまん。そりゃ悪かった」
クルピンスキー「よろしい。それじゃあ」
俺&クルピンスキー「乾杯」
互いのグラスを打ち付けあう。ガラスとガラスがぶつかった拍子に生まれた音がやけに心地よく聞こえたのはこれから始まるささやかな酒盛りに胸が躍っている所為だろう。
彼女とこうして杯を交わす時間は俺にとって心を落ち着かせることのできる数少ない一時なのだ。
クルピンスキー「んっ……んっ……っはぁ」
俺「へぇ。美味いな」
クルピンスキー「でしょう? 行きつけの酒屋で買ってきたんだ」
俺「さっすが伯爵!」
クルピンスキー「ふふん。もっとほめよ」
それから夜が更けることなど気にも留めずに酒を呷っては、つまみに用意したドライフルーツなどを口に運び、話に花を咲かせた。
クルピンスキーは近隣部隊に所属する可愛いウィッチの子の話を。
俺は知り合いの武器商人からことあるごとに新商品を売りつけられているといった他愛も無い話をしては笑い合った。
消灯時刻を余裕でぶっちぎってから小一時間が経過した時である。
クルピンスキー「本当に俺はお酒に強いんだねぇ!!」
俺「敏ねぇに頻繁につきあわされたからな! 慣れた!!」
何度も酔った敏子に抱き寄せられては無理やり晩酌の相手をさせられた経験からか俺は酒に関しては滅法強い。
だからこそ、彼女の毒牙にかかり犠牲となった智子、綾香、武子、圭子の四人が不気味な笑みを浮かべたまま生ける屍が如くふらついた足取りで近づいてきた時だけは自身の免疫力を呪ったこともしばしばあった。
管野「中尉に……俺か? こんな時間に何して……って酒くさっ!?」
茹蛸のように顔を朱色に染めた二人が笑い合っていると小さな侵入者がラウンジへと足を踏み入れる。
途端に部屋中に蔓延する酒気に顔をしかめた。
なかなか寝付けることができずにいた侵入者こと管野直枝はラウンジから聞こえてくる微かな物音の正体を突き止めんとわざわざやって来たのだ。
俺「あぁ、悪い。うるさかったか?」
管野「こんな夜中に酒なんか飲んで……大尉や曹長に見つかったらタダじゃすまないぞ」
クルピンスキー「そんなことより! ナオちゃんも飲もうよ~」
管野「いや、オレは」
俺「やめとけって。ナオはまだ子供なんだから」
管野「んなっ!?」
俺としてはまだ成長途中にある管野の身体を気遣っての言葉だったのだが、それが惨劇の引き金となるなど露とも知らずに続ける。
俺「大体この酒だって度数高いだろう? 小さい時からこんなもん飲ませちまったら大変だぞ」
管野「(小さい!?)」
クルピンスキー「そだね~。ナオちゃんにはまだ早いもんね~」
管野「(うぐぐぐぐっ!!!)」
いたって真面目な態度をとる俺とは正反対に酔いが回ったクルピンスキー伯爵は何が面白いのかやたらと弾んだ声で頷いてみせる。
たとえ本人にその気はなかったのかもしれないが、俺の一言に全身を振るわせる管野にとって彼女の言葉は火に油を注ぐのと同じ結果をもたらしてしまったようだ。
管野「馬鹿にしやがって!! それよこせ!!!!」
俺「わ! わしのスコッチ!!」
クルピンスキー「ナオちゃん!?」
乱暴な足取りで俺に近づくや否や、まだ中身が残るグラスを引っ手繰ると口元へと運ぶも、怒りで理性を失った彼女にはその行為が間接キスになるということに気づく余裕などなかった。
あまりにも素早い行動にワンテンポ遅れて俺とクルピンスキーが一気にウィスキーを飲み干し、倒れこむようにソファへと腰掛けた管野の傍に駆け寄る。
俺「ナオ! しっかりしろ!!」
クルピンスキー「ナオちゃん! 大丈夫かい!?」
管野「うぃ……ひっく……っく」
返ってきたのは可愛らしいしゃくり声。目はどこか潤みを帯び、湯あたりでもしてしまったかのように、相貌の焦点は定まっていない。
管野「ひっくぅ!!」
そして今に至る。
管野「ん!」
それまでソファに座り込んで天井をぼんやりと眺めていた管野が突然グラスを両手で持って差し出してくる。
俺「ん?」
管野「もっと!」
クルピンスキー「な、ナオちゃん? そろそろ寝よう? ね?」
管野「もっと!!!」
どうやら完全に酔っ払ってしまったようだ。ただでさえ度数の高い酒を一気飲みしたのだ。
これ以上酒を渡せば、質の悪い病を引き起こしかねない。
将来有望なウィッチをこのような形で潰すわけにはいかないと考えた俺の行動は管野以上に早かった。
一瞬でテーブルの上に置いてあるウィスキーのボトルを胸元に寄せて、距離を空ける。
管野「ぐうぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!」
それが気に食わなかったのか、歯を剥き出しにした管野は獣のような唸り声を上げて俺を睨み付け始めた。
まるで食べようとしていた餌を横から掠め取られ、怒り狂った犬のような管野の姿に俺の頬が引き攣る。
歴戦の戦士を戦慄させるほどの剣幕を露にする管野はグラスをテーブルの上に放ると、徐に立ち上がり俺へと歩み寄った。
俺「ナオ? 落ち着け……落ち着けぇ!?」
管野「がうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」
必死の静止も虚しく猛犬と化した管野は尻尾をぴんと逆立てて、唸り声を立てるだけだ。目を凝らせば右手には魔力が集中しているではないか。
まさか大型ネウロイを一撃で粉砕する破壊力を誇る超高硬度シールドの正拳を自分に叩き込むのでは、と直感した俺の顔つきから血の気がさっと引いていく。
クルピンスキー「ナオちゃん! それは! それはさすがに不味いって!」
俺「ナオ! 落ち着け! 落ちつ……げっぱぁ!?」
笑う膝に無理やり力を込め後退する俺の鳩尾に一切の容赦がない痛恨の一撃が叩き込まれた。ぎりぎりと管野の拳がめり込み、次の瞬間には天地が逆転する。
遠のく意識の中で、この小柄な身体のどこにこんな化け物じみた力が眠っているのだろうかとしみじみ思いながらも、成す術も無く俺の意識はフェードアウトしていった。
入り口近くまで吹っ飛ばされ、頭から落下する俺の頭に追い討ちとばかりに彼の手から離れて宙を舞っていたウィスキーの容器が鈍い音を立てて激突する。
流石ブランド品だけに良いガラスを使っているのか、しっかりと栓が閉じられたそれは哀れな男の頭にたんこぶを作ると床の上を転がっていった。
俺「えぅ……あぅ……あぁ……」
クルピンスキー「俺ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!」
数度の痙攣を
繰り返したあと、動かなくなった俺を前にクルピンスキーの悲痛な叫びがラウンジの中で木霊した。
せっかく気持ちよく眠っていたというのに。
ラウンジから聞こえてくる騒ぎに安眠を邪魔されたロスマンは湧き上がる怒りを静かに抑えながら、指示棒を片手に目的地へと歩を進める。
そもそも、こんな真夜中に何を騒いでいるというのだろう。
ロスマン「どうやらオシオキしてあげないといけないようね」
指示棒を片方の手の平に打ちつけながらサディスティックな笑みを端正な顔立ちに貼り付ける。
おおかた伯爵が誰かと騒いでいるのだろう。先日も俺を連れて街に出かけていったことを考えると、おそらく彼も一枚噛んでいるとみた。
ロスマン「もうっ! 俺さんったら……」
初めて会った時は真面目そうな青年のように見えたのに。彼との思い出の中で一番印象に残った出来事といえば資料室での一件だ。
資料室に充満する埃に思わずくしゃみをしてしてしまい、梯子に乗っていた自分はバランスを崩し床に落ちてしまったのだ。
いや、正確には身体が床に打ち付けられる寸前に彼がクッション代わりになってくれたので大事には至らなかったのだが、その拍子に俺の顔に胸を押し付ける体勢になってしまったのだ。
しかし、以来彼がそのことを蒸し返すといったことはなかったし、自分の身体を妙な目つきで眺めることもなかった。
ロスマン「優しい人なんだけど……」
そのことから彼なりの優しさが伺えたが、反面で自分の起伏が激しくない身体にはやはり魅力がないのではとつい思ってしまうのは彼女もまた一人の女性だからであろう。
せめて胸も伯爵ほどあれば!!
ロスマン「まったくもう! 二人ともいい加減にしなさ……い?」
ラウンジの入り口から上半身だけ晒し、うつ伏せになって冷たい廊下の上に倒れ伏す人物を捉え、血相を変えて駆け寄る。
ロスマン「俺さん!?」
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抱き起こすと俺の口内から夥しい量の血が零れ落ちている。もしかすると侵入者に襲われたのではといった考えが彼女の脳裏を過ぎった。
いつぞや死体で発見された共生派が基地内に侵入し、偶然出くわしてしまった俺に襲い掛かったのかもしれない。
俺「ぐぅっ……」
ロスマン「俺さん! しっかりしてください! 何が! 何があったんですか!?」
俺「どうやら俺たちぁ……とんでもねぇ化け物を……作っちまったようだ……」
ロスマン「ばけもの……?」
震える腕を持ち上げ、ラウンジの中を指差した俺はまるで息絶えたかのように意識を失った。彼の指が示す先に目線を向けてみれば、酔った管野ににじり寄られ困惑した表情のクルピンスキーの姿があった。
クルピンスキー「エディータ! 助けて!!!」
ロスマン「まさか……あんた、その子にまでお酒を飲ましたの!?」
クルピンスキー「違うよぉ! ナオちゃんが飲んじゃったんだよぉ!!!」
管野「う~う~」
ロスマン「え!?」
口元から酒気を帯びた息を吐き出し、おぼつかない足取りでクルピンスキーへと歩み寄っていた管野が標的をこちらへと移す。まるで生ける屍のような千鳥足で二人に歩み寄る管野。
誰かロメロ呼んでこい。
意識を取り戻した俺が気づかれぬよう僅かに瞼を開け胸中でぼやいていると、
管野「あぅ」
俺「ぐぇ!?」
ロスマンの太ももに頭を乗せて寝そべる俺をちょうど良い枕に見えたのだろう。両膝をつくや否や、彼の腹部にぼふっと顔を埋めた。一方俺は腹部を割りと容赦なく強打され、潰された蛙のような悲鳴を漏らす。
管野「うぅん……ぅん……んぅ」
俺が身につけているジャケットを掴み、どこか満ち足りたような笑顔で眠りについた管野がゆっくりと身体を上下させる姿を前にロスマンと恐る恐るやって来たクルピンスキーが安堵の息を吐く。
クルピンスキー「寝顔も可愛いんだね。ナオちゃん」
ロスマン「本当ねぇ……」
俺「……」
仔犬の可愛らしい寝顔に穏やかな微笑を浮かべる二人とは正反対に俺は苦しそうに顔を引き攣っていた。
翌朝、ラウンジの隅では伯爵と俺が正座をさせられていたという。
最終更新:2013年02月04日 14:38