ある晴れた昼下がりのことである。珍しく休暇を取った俺は一人基地近くの街に店を構える雑貨屋に足を運び、陳列されている洒落た商品の数々を手にとっては棚に戻すといった動作を繰り返していた。

俺「なかなか良いものが見つからないもんだな」

女性用手鏡をぼんやりと眺めていると、視線を感じ辺りを見回す。
少し離れたところに立ち、こちらを眺める二人組みの女性客が可笑しそうに笑い声を上げていた。
男である自分が女物の手鏡なんかを凝視している光景がツボにでも入ったのだろう。別に自分だって好きで女性用の手鏡を握っているわけではない。

俺「武子って何を貰ったら喜ぶんだ?」

今日は同じ部隊に所属する加藤武子の誕生日である。
俺は彼女へと贈る誕生日プレゼントを買うためにわざわざ貴重な休暇を費やしているのだが、いざ来てみれば何を買えば良いかわからず、ただ時間だけが空しく過ぎていく。

俺「カメラとかじゃ高いし……そもそも素人の俺が適当に選べるものでもないしなぁ。フィルムとかじゃマズイよなぁ」

試しにフィルムを一個手渡した光景を脳裏に思い浮かべてみる。
これだけ?――と言いたげに寂しそうな表情を浮かべて使い魔である北海道犬の耳と尻尾を力無く垂らす武子のしょぼくれた姿が頭の中のスクリーンに映し出された。

俺「(あれ。何だか、すごく可愛くないか?)」

普段から真面目な印象を他者に与える彼女だけにそういった表情は俺の心の琴線を激しく揺らすほどの力を秘めていた。

???「ちょっと。なに一人でにやにやしてるのよ?」

俺「あれ……智子? お前も休暇なのか?」

智子「午後の訓練はないから隊長に頼んだのよ。俺のことだから、たぶんプレゼント選びに苦戦してるんじゃないかと思って」

俺「智子……おまえ」

何故俺がたった独りで寂しくプレゼント選びをしているかというと。
武子の誕生日を忘れていたからである。
昨晩の夕食後にそのことを彼女の誕生日が今日だということを聞かされたとき既に智子も圭子も黒江もプレゼントを購入したあとだったのだ。

智子「な……なに?」

俺「ありがとなぁ。おまえが妹でよかったよ」

智子「い、妹って……ひゃわ!?」

妹という言葉に抗議しようとした矢先に頭を撫でる俺の手の平の感触に思わず悲鳴を上げてしまった。
智子の悲鳴を耳にして、何事かと集まってきた店員や周囲の客が頭を撫でられる智子の姿を捉えまたすぐに戻っていった。

智子「(俺の手……あったかい……)」

そういえば、こうして俺に頭を撫でてもらうのは久しぶりな気がする。
ここ最近は訓練に加えて出撃も頻繁にあったため落ち着いて話す機会もなかったのだ。
だからこそ、久しぶりに味わう俺の温かくて大きな手の平の感触を智子は黙って受け入れることにした。

俺「さてと。それじゃあ手伝ってくれるか?」

智子「……えぇ。もちろん!」

手の平が離れ僅かながら寂しさを感じつつも、智子は満面の笑みを零して頷いた。




俺「ところで智子は武子へのプレゼントに何を選んだんだ?」

智子「私はコーヒーカップにしたの。ほら、最近武子ってよくコーヒーを飲んでるじゃない?」

言われてみれば、ここ最近コーヒーを口にしている武子の姿をよく見かける。
俺自身もコーヒーは飲めないわけではないのだが、あの甘い香りにホイホイ釣られて初めて飲んだときに味わった衝撃はいまでも忘れようがない。

俺「コーヒーカップか」

武子とてプレゼントに同じ品物を貰っても嬉しくはないだろう。
事前に智子に確認を取っておいて良かったと思いつつ、手にしたコーヒーカップを大人しく棚の上に戻す。いよいよ雲行きが本格的に怪しくなってきたなと顔をしかめていると、

俺「ん? これは……?」

ふと棚に陳列されている商品を手に取った。
新品同様の光沢を放つそれは武子によく似合うデザインであり、持ち上げてみると頑丈そうな外見とは裏腹に軽いので簡単に持ち運ぶことも出来る。

これならば智子や他の二人のプレゼントにも気負けしなくても済みそうだ。
裏返しにして値札を確認する。

俺「げっ……」

潰された蛙の鳴き声にも似た声が絞り出された。
新品同様なだけあって値はそれなりに張るが、買えないほどでもなかった。

ただ、財布の中身が当分寒くなることは覚悟しなければならない。
誕生日プレゼントとしては若干スケールが小さいものの武子の趣味を考えると、これが一番のはずだ。

智子「俺はそれにするの?」

俺「あぁ。武子の趣味に合うだろう?」

智子「そうねぇ……」

俺が掲げ持つものを見て納得する。たしかにそれなら武子もきっと喜ぶに違いない。
俺からのプレゼントを受け取って笑顔を浮かべる武子の姿を想像し、智子は胸の奥が温かいもので満たされていくのを感じた。
それと同時に俺から誕生日プレゼントを貰える武子が羨ましくもあった。

智子「(私の誕生日のときも……プレゼント選んできてくれるのかしら……?)」



帰り道。
日が沈み始め夕焼け色が空一面に広がる下で智子は隣を歩く俺に気付かれないよう視線を移す。
茜の光に照らされる俺は他の男性ウィッチと比べると十人並みと言われるかもしれないが、智子にとっては幼い頃から自分を守ってくれてきた大切な存在であり他のどんな男よりも輝いて見えていた。

智子「ね、ねぇ……俺」

俺「ん? どうした?」

智子「その……ね? もし俺が良ければ……手をつながない?」

頬をぽっと赤らめながら智子は今が夕方であることに感謝した。この頬に差し込む朱色を誤魔化すことが出来るのだから。

俺「最近は寒くなってきたからな。いいぞ」

智子「ひゃっ……」

自身の手を包み込む大きな手の感触に智子の心臓がバクンと跳ね上がる。手を繋ぐ相手が恋い慕う男であるだけに胸の高鳴りも一段と激しいものへと変化していく。

俺「あぁ悪い。痛かったか?」

智子「いいえ……やっぱり、あたたかい……」

俺「智子の手だって柔らかくて温かいぞ?」

智子「ッ!? あ……その……ありがとう」

俺「そうだ。さっきの店でこれをもらったんだ」

智子「それって福引券?」

俺「そうそう。一等は温泉旅行だってよ」

智子「温泉!?」

温泉という言葉を耳にした瞬間、智子が目の色を変えて俺の腕を掴むや否や街角にある福引コーナーへと向かって勢いよく歩き出す。

俺「そうだけどって……おい、智子!?」

智子「温泉よ!? 温泉!!」

福引券を差し出した智子が俺に振り返り顔を近づける。白い端正な顔立ちがすぐ目の前にまで近づき、俺の心臓の鼓動を速まらせた。

俺「本当に大丈夫か?」

智子「任せて。一等を引き当てて温泉よ!!」

ガラガラの取っ手を掴むや否や勢い良く回す。
その迫力たるや流石は巴御前の名で知られるだけのことはある。ただガラガラを回しているというのに、なんと凛とした顔つきなのだろう。

店員「おめでとうございまぁぁぁぁぁぁっす!!!」

ガラガラの口から姿を見せた青い球を見つけた店員が手にしていた鐘を鳴らした。

智子「えぇ!? も、もしかして!!!」

店員「三等の豆挽きになりまぁぁぁぁぁぁっす!!!」

智子「……へ?」

豆引きが入った箱を目の前にドンと置かれるのと同時に智子の胸中に生じた期待が一瞬で崩れた。

俺「まぁ……あれだよ。こんなこともあるよ……持って帰ろう? な?」

放心し、燃え尽きたかのように真っ白になる智子の肩に俺が手を乗せる。
片手には先ほどの店で購入した商品が入った袋とたった今引き当てた豆挽きの箱を抱えて。

智子「な、なによそれぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

目当ての一等を逃してしまった智子の悲痛な叫びが辺り一面に響き渡った。


――基地内

俺と智子の二人が基地へと戻り談話室へと入ると椅子に腰掛け本を読み耽っていた圭子が二人に気付き、笑顔で出迎えた。

圭子「あら、おかえり。ずいぶんと時間がかかっていたみたいだけど、ちゃんと選べた?」

俺「おう。ばっちりだ」

手にした袋と豆挽きが入った箱を見せると、どうしたのと言わんばかりに圭子が目を丸くする。同じように部屋の隅で素振りをしていた黒江が俺に近づき、

黒江「まったくプレゼントを探すのにどれだけ時間をかけて……いる……んだ?」

隣にいる智子の姿を捉え、まるで雷にでも打たれたかのように固まった。

智子「ふふんっ」

両手を腰に当てて、どこか勝ち誇ったような笑みを見せる智子。

黒江「なっ! どうして穴拭まで一緒にいるんだ!?」

俺「わざわざ心配して様子を見に来てくれたんだ。なぁ?」

智子「えぇ。そうよ」

黒江「くっ……姿が見えないと思っていたら……!!!」

俺に撫でられ、満足そうに瞼を閉じて身を任せる智子に激情を込めた視線を投げつける黒江を尻目に俺は武子の姿が見当たらないことに気が付いた。
いつもならソファに座り込み、カメラ関連の雑誌を読んでいるか愛用のカメラの点検をしているはずだ。

俺「あれ? そういえば武子の姿が見当たらないぞ?」

圭子「基地の中にはいると思うのだけど」

俺「今日はあいつの誕生日だっていうのに、どこ行ってるんだ。ちょっと探してくる」

黒江「あぁ! 俺!!」

自分の制止も振り払って部屋を飛び出していく俺の姿に黒江はどこか物寂しさを感じた。
プレゼント選びくらい言ってくれれば付き合ったのに。

黒江「はぁ……」

完全に出遅れてしまったことへの後悔に項垂れていると頭を撫でる手の平の感触に振り向くと圭子が柔らかな笑みを浮かべて自分の頭を撫でていた。






俺「武子!!」

自分の名を呼ぶ声に武子は口元を綻ばせながら振り向いた。視線の先――暗がりの向こうから俺が息を切らしてこちらへと駆け寄ってくる。
右手には包装紙に包まれた四角形状のものが収まっていた。

武子「そんなに息を切らしてどうしたの?」

俺「どうしたも……こうしたもないだろうが……はぁ……はぁ」

武子「ちょ、ちょっと。大丈夫?」

両膝に手を当て、息を荒げる俺の背中を摩りながら顔を覗きこむと彼の額には大粒の汗がびっしりと浮かんでいた。

俺「俺のことは良い。それよりも武子は……こんなところで何をしてるんだ?」

武子「それは……」

俺「何か考えごとか?」

武子「今後のことをね」

俺「今後のこと?」

武子「ねぇ俺。あなたは智子のこと……どう思う?」

俺「どう思うって……そりゃ可愛い妹ってことぐらいしか」

武子「ごめんなさい。言葉が足りなかったわね……智子の戦い方について、あなたの意見を聞かせて欲しいの」

俺「……」

武子「なら私から言わせてもらうわね。正直に言えば、今の智子の戦い方はそう長くは続かないと思うの。それは……俺。あなたが一番知っているはずよ?」

武子の言葉は正鵠を射ていた。
確かに近頃智子の先行癖が目立ってきている。

智子が先行する度にサポートに入ることで負傷も撃墜も免れているが、俺自身もこういった関係がいつまでも続くとは思えなかった。
いずれは第一飛行戦隊も解散し、五人は欧州戦線へと派遣される。
そのあとも肩を並べて飛べるかどうかも分からない以上、やはり早い内に治した方が良いのかもしれない。

俺「そう……だな」

ネウロイとて黙って人類の反撃を受け続けるつもりなど毛頭ないだろう。聞くところによれば既に欧州において新種が確認されているとのことだ。
それは、今後の人類対ネウロイによる戦争が激化することを決定付けるものだった。
そうなれば、時機に単機の空戦能力よりも集団での戦闘技術が優先、要求されるだろう。

武子「ごめんなさい。こんな日に言うことじゃなかったわね……」

俺「いや。武子の言うことはもっともだ……いつかは来ることなんだ……」

武子「……」

俺「智子のこと……心配か?」

訊いた瞬間、俺は当たり前だと自問自答した。
親友である智子を武子が心配しないはずがないではないか。

俺「焦らずに進んでいけば良いんじゃないか……?」

武子「俺……?」

まだ欧州派遣がいつになるかも確定していないのだ。今は慌てず順調に進んでいけばいい。
遠い目標を見据えつつ、目先を気にして歩くだけの余裕はまだあるのだから。

武子「……そうね」

武子が微笑んだ。
部隊管理を担うものとしての責任感と親友の将来を案じるが故に生じた不安と焦りに束縛された彼女であったが、ようやく解放されたように見えた。

俺「そうだ……はい、これ」

武子「俺……これ、は?」

差し出された大きな正方形状の品物を受け取る。鮮やかなブルーの包装にしアクセントとして白いレースのリボンで飾りつけられていたそれを手にした瞬間、頬に熱がこみ上げていくのを武子は感じた。
こんな女の子らしいものを貰ったのは一体いつ以来だろうか。

俺「俺からのプレゼントに決まってるだろう?」

武子「……開けても良い?」

もちろんと言いたげに頷く俺の前で包装紙を破かないよう丁寧に剥がしていく。

武子「……ぁ」

姿を見せたのは西欧風にデザインされたアルバム。
中を捲れば軽さとは反対に写真を収めるページ数が多く、更にそのページは写真のサイズごとに別れており大きさを問わず様々な写真を収めることが出来る品だった。
自分の趣味を理解した上で選んで来てくれたプレゼントに武子は胸の奥を温かいもので満たされていく充足感を噛み締める。

俺「武子?」

武子「いいえ。何でもないの……ありがとう、俺。すごく嬉しいわ」

頬をほんのりと紅潮させる武子の柔らかな微笑みは今まで見た彼女のどんな笑顔よりも美しく魅力的だった。

武子「これ……一生大切にするわね」

俺「あ、あぁ。遠慮なく……使ってやってくれ。さてと……そろそろ帰ろうぜ。主役がいないと始まらないしな」

武子「そうね。智子たちを待たせるのも悪いわね」

踵を返して歩き始める俺の腕に近づいた武子が素早い動作で自分のそれを交差させた。

俺「たっ、武子ぉ!?」

武子「私だってたまには肩の荷を降ろしたいわ。だから、私も智子みたいに甘えても良いかしら?」

初めて目にする武子の悪戯めいた笑顔。上目遣いで送られる視線や腕に密着する瑞々しい果実の柔らかさに俺は全身を巡る血液が一斉に沸騰したかのような感覚を味わった。

俺「えっ……えぇい! 好きにしろ!!」

武子「ふふっ。ありがとう」

俺の腕に頭を預ける武子の姿はどこか晴れ晴れとしたものだった。
談話室へと戻った俺と俺の腕に自分の腕を絡める武子の姿を前にした智子と黒江が慌てふためくのはまた別の話である。
最終更新:2013年02月04日 14:41