疲れ切った表情の俺が布団に潜りながら今日一日に起きた出来事を回想した。
列車に揺られ、卵焼きをご馳走になり、荷物を持たされ、女性陣の入浴現場を覗き、酔った智子たちに顔やら首筋やらを舐められ、部屋に連れていって寝かせた。

疲労が込められた溜息を盛大に吐き出す。
今日ほど濃密な一日は久しぶりだなと思い、徐に天井へと視線を投げる。
この疲れも覗き料とすれば安いほうかと割り切って寝返りを打った。

俺「ふぁぁぁ」

込み上げて来る眠気には勝てず電気を消そうと思い立った、その時である。
襖が開く音に身体を起こして入り口へ振り向くと腰まで伸びた長く優雅な黒髪の持ち主がこちらを見つめていた。
僅かにつり上がった目尻の奥の黒瞳には日頃漂う凛とした眼光の代わりに寂寞の色が浮かんでいる。

俺「と、智子っ!?」

俺が裏返った悲鳴を上げる。
端正な容貌を寂しげに歪める彼女の姿もそうだが、彼を驚愕させたのは智子の格好であった。

普段ならば陸軍征服や戦闘時に身にまとう巫女衣装によって覆い隠された肢体の殆どがさらけ出されているのだ。
裸体の上に半纏一枚を羽織る出で立ちの彼女の胸元にはさらしすらも巻かれていない。

俺「おまっ! なんて格好してるんだよっ!?」

半纏の丈が長く、また前も留められているため女性として肝心な部分は隠されているのは幸いだった。
しかし、無駄な肉がなく触れたら絶品の触り心地を期待させる白いふともも。
襟元から顔を覗かせる鎖骨が秘める艶やかさは思春期の少年の肉欲を刺激するには充分すぎるほどの妖艶さを見せ付けていた。

智子「……」

顔色を朱に染め、半ば悲鳴とも取れる声を上げる俺に智子が歩み寄った。
近づくに連れて白い美貌の細部が顕となり、俺はそれまで自身を焦がしていた動揺や情欲がすぐさま消えていく感覚を覚えた。

俺「とも、こ……?」

智子「っく……ひっく……ぅええええ」

黒い宝石のような瞳から大粒の涙をぼろぼろと零しながら智子がしゃくり声を上げた。
両手を持ち上げ、込み上げる涙を拭うも生暖かい透明な雫はいくら拭っても枯れる気配を見せない。

俺「智子? 一体どうしたんだ?」

智子「ひっぐ……どうしたも、こうしたも……ないわよぉぉ!! ばかぁぁ!」

なるべく刺激しないよう落ち着いた口調で話しかけたつもりであったが、今の彼女には余り効果はなかったようだ。
部屋の入り口近くで立ち尽くしたまま泣きじゃくり始める智子の様子に一体何事かと俺が駆け寄ると智子は彼の背へと腕を回し、きつく抱きしめる。

俺「……智子?」

智子「どうして、よぉ。なんで……いっつも……武子たち、ばかりに優しくするのよぉ」

俺の身体に埋めた顔を、涙をこすり付けるかのように左右へと振る。
幼い頃から、それこそ物心ついた時からずっと傍にいたのだ。
だというのに、最近の彼はちっとも構ってくれないばかりか、やたらと武子や圭子や黒江の傍にいる気がしてならない。

智子「もっと、わたしにもかまいなさいよぉ……」

心の底からの願いをぽつりと呟く。
自分だけのものだと思っていた彼が他の少女たちとばかり仲良くする姿を見せ付けられ、智子の胸の内には不安と寂しさが沸々と込み上げていた。

幼少期から今日に至るまで離れることなく過ごしてきた彼が、いつか遠くへ行ってしまうかもしれない恐怖に囚われそうになってしまう。
たしかに身体つきも部隊の中ではまだ未成熟かもしれない。

無鉄砲さも抜け切っておらず、武子たちと比べるとまだまだ“子供”なのかもしれない。
それでも、彼を想う気持ちは世界中の誰よりも強いと自負しているのだ。

俺「智子……ごめんな」

智子「……ばか……ばかっ」

ぽかぽかと胸板を叩く智子であるが強めに抱きしめられたことへの充足感で頬を緩ませつつあった。
想いを寄せる男性からの強い抱擁は涙を流す少女を笑顔に変える魔法を秘めているのかもしれない。

俺「……そうだ。智子」

智子が泣き止んだのを見計らい、俺が一度智子から離れる。
枕元に置いてある自分の荷物から何かを取り出し、時計を確認すると、ちょうど針は午前零時を示していた。

智子「……ぅ?」

俺「本当は朝一番に渡すつもりだったんだけどな……」

智子の手を取り、握らせる。

智子「こ、これって……!!」

俺「誕生日おめでとう。智子」

手の平を開き、智子は目を見開く。
そこには鮮やかな真紅の包装紙に包まれる手の平サイズのプレゼントがあった。
誕生日プレゼントとしては些かスケールが小さいように見えなくも無い。
それでも、智子にとってプレゼントの大きさなど深く気にすることではなかった。
彼が自分の誕生日を忘れずにいてくれたことが大切なのであり、俺からのプレゼントは智子の胸の奥を満たすのに充分すぎるほどの温かさを持っていた。

智子「開けても……?」

俺「おぉ。もちろん」

智子「ッ!!」

俺の二つ返事を受け、袋を開けた智子の端正な顔立ちに無邪気な笑みが零れ落ちる。
袋の中から姿を見せたのは二つで対を成す髪飾り。
白い羽の細工が施されているそれは智子の優美な黒髪によく映えるデザインであった。

智子「きれい……でも、わたしに似合うかしら……?」

俺「似合うと思って選んできたんだけどな」

今回の温泉旅行が決まるよりも以前から慎重に吟味して、購入した一品である。
サイズこそ小さくインパクトには欠けるかもしれないが、俺としては自信を持って贈ることが出来ると確信していた。

智子「だって。わたし、女の子っぽいことしてこなかったから……」

不安げな口調で智子が返した。
思えば、彼に自分の想いに気付いて欲しいと願っていながら、こういったものを手にしようと考えたことは一度も無かった気がする。

俺「絶対に似合うって」

見た目こそ小さいものの、値段は俺の俸給一ヶ月分に相当する。
店員曰く、何でも欧州の有名なデザイナーが製作したらしく、それ故に値段も吊り上がっているとのことだ。
俗に言うブランド品という奴である。
初めて目にしたときはこんな小さなもので、とも思ったがこうして智子の笑顔を目にすることが出来ているのだから、やはり安い買い物だった。

俺「そうだ。つけてやろうか?」

智子「え……で、でも」

俺「大丈夫だ。きっと似合う」

自信に満ちた俺の言葉に智子の胸がとくんと脈を打った。

智子「……ずるいわ。あなたに、そんなこと言われたら……わたし」

もう少し、自分を着飾っても良いのかもしれない。
そうすることで、彼に一歩近づけるのなら……

俺「つけるか?」

智子が小さく頷いた。

智子「優しく……してね?」

俺「もちろん」

俺が智子の髪に手を伸ばし、柔らかな手触りにむず痒さを感じつつも髪飾りをつけるのに適したポイントを手で探る。
自分で言い出しておいて何だが、髪飾りを異性につける経験など無い俺にとって

智子「んっ……なんだか、くすぐったいわ……」

俺「すぐ終わるから。我慢してくれ」

くすぐられているような感覚に頬を染める智子が身を捩らせた。
瞼もきつく閉じ、苦悶な表情を見せる彼女の姿に生唾を飲み込んで俺が髪を弄り続ける。

智子「うん……ふぁっ……そ、こはぁっ」

耳の辺りをくすぐられ、智子の桜色の唇から嬌声が漏れ出した。

俺「よしっ。終わったぞ」

智子「ど、どう……?」

俺「あぁ。すっごく似合ってるぞ」

世辞の無い素直な言葉に智子の頬がさらに、かぁぁぁっと赤くなった。

智子「……ぅん。ありが、と」

俺「本当にごめんな。寂しい思いさせて」

智子「そ、そうよっ! 謝るくらいなら、何か……誠意を見せなさいよ……」

俺「……えっ」

何かに気がついたように智子が語尾を強めた。
たしかにプレゼントは嬉しいが、それだけでは許さない。
智子の黒い瞳が無言でそう語っているのを見つけた俺は言葉を詰まらせた。

俺「誠意って言われてもなぁ」

プレゼントだけでは機嫌を直すことは出来なかったかと顔をしかめて頭を掻き毟る。
しかし、これ以上どうやって彼女の機嫌を取り繕えば良いか検討がつかない。

智子「じゃ、じゃあ!」

俺「うん?」

思案に暮れる俺を前に智子が口を開いた。
白い頬は既に朱一色に染まり、何か言おうとしているのだろうが羞恥心がそれを邪魔しているのか口を何度も開けては閉じる。
そして、

智子「いっしょの布団が……いい」

躊躇いがちに目を伏せ、殆ど声としての機能を果たせていないような言葉をやっとの思いで搾り出した。

俺「一緒の布団って……えぇっ!?」

智子「だめ、なの?わたしじゃ……いや?」

自身が放った言葉に狼狽する俺に縋りつき、真っ直ぐに視線を注ぐ。
やはり彼にとって自分は妹でしかないのだろうか。
それとも圭子たちのような身体つきの良い娘の方が好みなのだろうか。
一秒ごとに不安が溢れ、胸中で騒ぎ始める。

俺「その、だなっ……嫌だって意味じゃないぞ?」

縋るような眼差しを受け、俺が取り繕う。
決して智子に魅力を感じていないわけではない。

恥ずかしい話ではあるが、部屋へと入ってきた彼女の艶かしい格好に情欲を滾らせてしまった自分がたしかにいるのだ。
艶やかな黒の長髪も。

それとは対照的に白い柔肌も。
黒の宝玉を思わせる双眸も。

全てが思わず息を飲み込んでしまうほどに美しいのだ。
しかし、妹分だと思っていた少女が“女”になりつつある現実が俺に理性を取り戻させた。
どれだけ自分が智子に憧れの念を抱いたところで、彼女が自身を兄として見ていたら、この思いも単なる押し付けになってしまうのではないか。

智子「じゃあ……どうして?」

俺「そのっ。おまえが……きっ、きれいだから、だよ」

智子「えっ……?」

俺「その、だな。正直に言うと……部屋に入ってきたお前を見て。すごく……興奮した」

鼻の頭をかく俺を唖然とした表情で見つめる智子の脳裏には様々な言葉が飛び交っていた。
綺麗? わたしが?
興奮した? わたしに?

智子「ふにゃ」

次の刹那、智子が頬を緩ませた。
幸せを満面の笑みで表現し、そのまま俺を強く抱きしめる。
彼が自分を妹ではなく一人の女として見ていたことへの歓喜が彼女

俺「とっ、智子ぉ!?」

智子「おれ……おれぇ……ふふっ」

弾んだ声音で抱きつき、甘えてくる智子の豹変振りに俺の頭は混乱した。
何が彼女をここまで喜ばせたのかわからないが、この体勢は非常に不味い。

互いに浴衣と半纏という格好の所為か密着すると、身体の柔らかさがダイレクトに伝わってきてしまうのだ。
当然のことながら、未成熟な智子の胸が持つ柔らかさも伝わってきてしまっているわけで。

俺「離れてくれ! 当たってるから! 色々と当たっちゃってるから!!」

智子「そ、そうね。当たっている……ものね」

俺「……え゛?」

智子の意味深な発現に首を傾ける。
すると何かに気付いたのか、恐る恐る視線を下半身に落とした俺が息を呑んで絶句した。
股座からいきり立った愚息が激しい勢いで自己主張し、更には柔らかな智子の肌にぐいぐいと先端部を押しつけているではないか。

俺「(うあぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁあぁぁぁああああ!!!???)」

思えば、ここ数日の間忙しくて自己処理をする暇もなかった。
風呂から出たあとも、目に焼き付けた楽園を楽しむ暇も無く夕食の時間となった。

そんな性欲を持て余している最中に、顔や首筋を舐めまわされるという事件が起きたのである。
既に俺が持つ牡の本能は理性を上回る寸前まで高まっていたのだ。

俺「(まずい)」

このままでは智子を押し倒しかねない。
ウィッチは純潔を失えば魔法力が失われるという話を耳にしたことがある。

中には例外となる者もいるようだが、智子がその例外なのかどうか分からない手前、手を出すわけにもいかない。
もちろん例外だとしても彼女が合意をしなければ無理な話である。
力で女を物にするほど腐り果てていない俺は持ち前の強靭な精神力で性欲を跳ね除けた。

智子「それで……どうなのよ」

崩れかけた半纏を直しながら智子。
隆起する男根を間近で見たばかりか擦り付けられ、彼女の頬を染める朱色は抜けていなかった。

智子「同じ布団で、いいの?」

俺「……わかったよ。その代わり、あんまり刺激しないでくれよ?」

智子が笑みで応え、差し出された俺の手を握り締める。
布団の中へ入る俺に続いて潜り込み、その華奢な身体を彼へと密着させた。

俺「ちょっ!?」

智子「……おちつく」

胸板に顔を摺り寄せた智子がうっとりとした口調の声を洩らす。
さきほどの俺の言葉など既に忘却の彼方へと追いやったようだ。

俺「そんなに落ち着くものなのか?」

智子「もちろん」

たしかに男も女の柔らかな部分に顔を埋めれば落ち着くかもしれないなと思いつつ智子の背中に手を伸ばして撫でる。

智子「ふにゃ」

すぐに蕩けたような声が胸元から返ってきた。
視線を更に下へ落とすと使い魔であるコン平の尻尾が布団から飛び出し、右へ左へとリズミカルに揺れ動いているのが視界の中へと入る。

俺「懐かしいな。小さい頃もこうして布団に入ってきた智子の背中を撫でたっけ。覚えてるか?」

智子「えぇ。寒いときはこうやって身体を寄せ合ったわよね」

俺「怖い話聞いて泣きながら布団に入ってきたときもあったよな」

智子「もう! その話はやめてって言ってるじゃない!」

過去の恥ずかしい思い出を掘り返された智子が口を尖らせ、楽しげに笑う俺を睨みつけた。
智子の非難の眼差しを受け流し、俺が続ける。

俺「あの頃の智子はどこか行くと必ず後ろについてきたよな」

智子「もう、やめて……はずかしいわ……」

怒りと羞恥心が逆転し、とうとう耐え切れなくなって両手を手を頬に添えた。

俺「はははっ。悪かったな。それじゃ、そろそろ寝るぞ」

いやいやと頭を振る智子の黒髪を撫でつけた俺が大きな欠伸を搾り出す。
そんな彼の間の抜けた声に思わず笑みを落とした智子が顔を上げた。

智子「おやすみ。俺」



夜中に目を覚ました智子がすぐ傍で寝息を立てる俺の寝顔を覗きこむ。
月明かりに照らされた恋い慕う少年の寝顔を前に彼女の唇が自然とつり上がった。

智子「もう寝ちゃっているわよね……」

俺「んぅ……んぅぅ」

智子「俺……好きよ。ううん、だいすき」

彼が寝ているせいだろう。
言いたくても言えなかった言葉がすんなりと口を割って出た。
それでも、きっと起きている彼の前では緊張して上手く言えないはずだ。

智子「いつか……ちゃんと想いを伝えるわ。だから」

一度言葉を区切った智子が深呼吸を繰り返し

智子「そのときは……受け止めてくれる?」

そう呟くと眠る俺の頬に軽く唇を当て、すぐに彼の胸元に顔を埋めた。

智子「(しちゃった……自分から。キスしちゃったわ……!!!)」

今までの自分からは想像もつかないほどの大胆な行動に自分でも驚いた。
その後、心臓の高鳴りを抑えられない智子が寝付けくことができたのはかなり先の話である。


おしまい
最終更新:2013年02月04日 14:43