――地上 森林地帯



黒鷲「おい! 無事か、小僧!」

少年「ぬかっていたか……、オレと、したことがな」


森の中、ネウロイに接近したはずの少年は、再び距離を取っていた。
その左肩からは、直径3cmほどの黒い杭のようなものが生えており、その先端からは血が滴っている。
痛みは耐えられるのか表情こそ歪んでいないが、疲労の色は濃い。

接触した瞬間、蠍型の異形は彼の予想通り、人間を容易く消滅させる赤い閃光を放ってきた。

暫くの間、攻撃を回避することに問題はなかった。
陸戦ネウロイは非常に強力な攻撃を放つ反面、連射が利かない場合が多い。
彼が相対した敵も同様であった。
無論、その分だけ空戦よりも遥かに防御能力、再生能力に優れているのではあるが、逃げる分には関係がない。

少年からしてみれば、超威力の大砲を向けられているだけ。
暗兵特有の馬鹿げた身体能力と獣じみた第六感を駆使すれば、避けることは容易い。

また多面的、多角的な攻撃を仕掛けてこないということは、正面からの攻撃に限られるということ。
視界に入れている限りは、危険度はそれほど高くはないという少年の判断は間違っていなかった。

だが、少年の戦力分析が当たっていたのはそこまでであり、ネウロイは更なる攻撃手段を有していた。

それは現大戦初期のネウロイに多く見られた、実体弾を使用した攻撃である。
現在のネウロイはウィッチのシールドに対抗するためか、殆どが光線、未知のエネルギーか粒子を利用した攻撃を行う。
理由は定かではないものの、実体弾の衝撃のみでシールドを使用させるよりも、より多くの魔法力を消費させるためではないか、というのが人間側の見解だ。

異形はビームを回避した直後の少年に尻尾を向けると、先端から杭を射出した。

普段の彼ならば、目を瞑っていても回避できていた脅威。
しかし、自らの予測分析を違えていたことで生じた驚異。

二つのキョウイが心と身体に浸透し、行動を鈍らせた。
それでも致命傷を避けられたのは、彼の人から逸脱した身体能力と鍛え抜いた技量のお陰であると疑う余地はない。

攻撃を受けた彼は痛みに耐えながら、持っていた爆弾をネウロイの目の前で炸裂させ、一旦その場を離脱した。


少年「……ぐッ!?」

黒鷲「瘴気だ、小僧! その杭自体が瘴気を放っているぞ!」


猛烈な眩暈と吐き気に、その場に膝を突く。
如何に少年が魔法力を有していようとも、体内に直接瘴気を放たれれば、その浄化には時間がかかる。
出血を抑えるために杭を身体から引き抜かなかったのが、逆に仇となった。

舌打ちをして躊躇なく一息に、悲鳴も一切上げず、肩から黒い杭を抜く。
吹き出る赤い血液。炸裂したかのような痛みと疲労によって鉛と化した重い身体。失われていく体力と体温に、少年は明確な死の予感を感じ始めた。

これはマズい。黒鷲は素直に思った。
この出血と傷である。最早、今この場で契約を交わしたとしても、身体強化程度でどうにかなる傷ではない。

ましてや、体内に打ち込まれた瘴気もある。
瘴気はどのような作用を持った毒物なのかハッキリと分かってはいないが、徐々に人の生理機能を奪っていき、やがては死に至る。
恐らく、出血を抑える人体の働きすら阻害しているに違いない。失血か衰弱か、どちらにせよ待っている結末は死しかない。


少年「……ようやく、お出まし、か。これで、逃げられるな。…………ッ、死ななかったらの話、ではあるが、」

黒鷲「……しめた!」

少年「…………やっぱりな、使えない奴は見捨てるタイプだと思ったよ」


その時、木を背に座り込んだ少年は、空を翔ける現代の騎兵隊であり、自身が命を狙った存在を見上げていた。
総勢4名と余りに少ない一つの軍隊は、それでもネウロイに劣りはしない。
502JWFは、数あるウィッチ隊の中でも最高の攻勢部隊であるのだから。

黒鷲は彼女達の姿を見るや、枝の合間を縫うように飛び去っていく。

羽根を羽ばたかせて消えていく姿を眺め、少年は黒鷲と契約を交わさなかった最大の理由を口にするのだった。










――森林地帯 上空



ラル「新型はなし、か。大型1、中型3、小型9。そして、陸戦の中型1。報告通りだな」

クルピンスキー「大丈夫かい、昨日の今日で」

ラル「誰に向かって言っている。それに、空の上の方がまだ気が楽だ」


基地から出撃したラルとクルピンスキーは上空を飛翔しつつ、談笑を交わしていた。
決して緊張感がない訳ではないが、これから戦いに赴く兵士のものとも思えない声色だ。

基地に入った出撃要請を受け、彼女達はそれを受諾。
出撃したのは、ラル、クルピンスキー、ジョゼ、ロスマンの4人。
無論、闘争心剥き出しのピュアファイターである管野も志願していたが、現在は基地で待機中だ。

その最大の理由はラルを空へと上げるためである。
少年の目的を知る年長組としては、地上に居るよりも空中でネウロイと戦っていた方が危険度が低いと判断した。
管野も、少年から他の隊員を守るためには、お前の力が必要だと言われれば、渋々とはいえ納得せざるを得なかった。
こと地上での格闘戦に関しては、彼女の固有魔法は攻守に優れた魔法であるのは論を跨がない。

そして、出撃隊員をベテランと治癒魔法を持つジョゼで纏めたのは、万が一少年がストライカーユニットを保有していた場合を鑑みてであった。
少年に依頼したのは、十中八九軍の人間だろうと結論付けた彼女達は、横流しされたストライカーユニットでの空戦中の襲撃も考えに入れていたのだ。
その為に、模擬戦の経験が豊富なクルピンスキーとロスマンを、負傷した場合に備えてジョゼをメンバーに抜粋した。


ラル「今回は無理をするな。十分な余力を残して戦え! 曹長は大尉に、少尉は私の元につけ!」


ラルの命令に隊員が続く。戦いの火蓋は斬って落とされた。

だが、そこから展開したのは戦いと呼べるようなものではなかった。余りにも一方的過ぎたのだ。

クルピンスキーが防御を捨てて攻撃に出ても、僚機のロスマンが抜群のコンビネーションで、その隙を埋める。
カールスラント空軍第三位の撃墜数を誇るラルの芸術的な空戦技術が、ジョゼのシールドによる防御によって鋭さを増していく。

ネウロイの攻撃部隊の姿を確認してから、五分と経たない内に小型9機が戦場から姿を消した。
流石に、統合戦闘航空団随一の攻勢部隊と呼ばれるだけのことはある。


ロスマン『次はどうしましょう?』

クルピンスキー『陸戦型も気になるけど、どうやら此方に気を止めていないみたいだね。順当にいって、中型と大型を狙いかな?』

ラル「そうだな。理由は分からんが、空戦に集中できる内に対処しておいた方が賢明か」

ジョゼ「……でも、何でしょう。まるで、何かを探しているみたいですけど」


戦況を見極めながら、耳元のインカムで4人が次の一手を模索する。

ジョゼの言うとおり、蠍型の異形は木々を薙ぎ倒しながら移動しているが、近場の街へも基地へも向かう様子はない。
一定の範囲をぐるぐると移動している様は、確かに何かを探しているようだ。

それならそれで好都合、とラルが次なる標的を定めようとした時、奇妙な声が耳の中に飛び込んできた。


黒鷲「おーい、そこなウィッチやーい」

ラル「……なんだ?」

ジョゼ「しょ、少佐、……鷲が、鷲さんが喋ってます!」

ラル「使い魔、か?」


自らに向かってくる喋る黒鷲の姿を見とめ、ラルとジョゼはその場で浮遊するように停止した。
この間にも周囲への警戒を怠っていないのは、流石と言えよう。

黒鷲は無論、少年の下を去ったものと同一。
この使い魔は逃げたのではなく、その腹に抱えたものが如何なる思惑によるかは別として、少年を助けるために奔走していた。


黒鷲「すまんが、助けてくれんかのう」

ラル「悪いが、今は戦闘中だ。それに、使い魔は間に合っている」

黒鷲「地上に、瀕死の怪我人がおると言ってもか?」

ラル「何だと!?」


こんな街から離れた場所に人間がいるなどと思ってもみなかった。
言葉にせずとも、驚愕に歪んだラルの顔が全てを雄弁に語っている。

ネウロイの勢力圏より外れているとはいえ、この区域は一般人の立ち入りは禁止されている。
軍人であったとしても、余程特別な任務か、撃墜されたウィッチの捜索やストライカーユニットの回収でもなければ立ち入らない。


黒鷲「どうじゃ。見た所、そちらのウィッチは治癒魔法を使えそうじゃし、助けちゃくれんか?」

ラル「くッ!……」

ジョゼ「少佐、わたし……!」

ラル「…………すまん、少尉。怪我人の安全の確保を頼みたい。最悪、ストライカーユニットは捨てても構わん!」

ジョゼ「分かりました! 任せて下さい!」


暫くの思索の後、ラルはネウロイの撃墜よりも一つの命を優先した。
元より見捨てるつもりなどなかったが、そこは軍人としての性だろう。

彼女の言葉に、この人の下で飛べて良かったと心底思いながら、ジョゼは力強く返答する。

二人のウィッチが自らの思い通りに動き、黒鷲はほくそ笑む。
こんな場所であの少年に死んで貰っては困る。それでは、自身の願いが叶わない。


ラル「大尉、曹長。今から私もそちらに入る」

『了解!』

黒鷲「よーし、お嬢ちゃん、付いてきとくれよ」

ジャゼ「はい……!」


普段の弱気な態度とは違う、気迫を感じられる返答と共にジョゼは黒鷲と共に地上へと降下していった。

その姿を見送り、ラルは既に中型ネウロイと交戦を開始したクルピンスキーとロスマンの元へと向かう。
彼女の胸中に、一つだけ気がかりがあった。

あの使い魔が助けを求めてきた、ということは恐らく負傷者はウィッチであると見ていいだろう。
だが、珍しい喋る使い魔をパートナーとするウィッチが、近隣部隊に居ただろうか?

鷲を使い魔とするウィッチは、航空ウィッチとしての適正がある場合が殆どである。
稀有な喋る使い魔と契約を交わしたウィッチならば、軍に属していればラルの耳に入ってこない方が可笑しい。
軍に属していないとしても、このご時世だ。将来有望な存在として、近隣部隊でも噂になるだろう。

そうにも関わらず、ラルの脳内には一致する情報が僅かにも存在していない。
ならば、存在しない筈の人間は、一体誰だ?


ラル(……まさか、な)


彼女の予感は的中している。
しかし、その予感が的中していると知る手段を、彼女は持ち合わせていなかった。

かくして、運命の歯車は滞りなく回り続ける。
ウィッチと暗兵が交差する時、物語の幕が開けるのだ。

その時は、彼女達と少年の目の前にまで、迫っていた――――










――地上 森林地帯



黒鷲の案内により、ジョゼは森の中をひた走っていた。
時に草に足をとられ、時に木の根に躓きながらも、懸命に先を行く黒鷲を追う。

不幸にも黒鷲と少女の目的地は木々の枝が重なり、ストライカーユニットによる着陸が不可能であった。
仕方なし、森の中にぽっかりと開けた場所を発見し、そこから徒歩による移動を試みた。
ジョゼはストライカーユニットを着陸地点に放置し、ブレン軽機関銃を背負ってる。
万が一、武器なしで陸戦ネウロイに遭遇した場合、怪我人を助けるどころか、自分の命すら守れない。

上空で、3人の機関銃が弾丸を吐き出す音とネウロイの装甲が砕け散る音が聞こえる。
彼女の胸中に恐怖はなく、怪我人を救うというウィッチとしての義務感しか存在しない。


黒鷲「見えたぞ、アレが怪我人よ」

ジョゼ「……え?」


そんな義務感も、少年の姿を視認した瞬間に砕けて消えた。

始めてみる少年、な訳がない。
顔を隠す覆面こそないものの、服装は昨夜見た暗兵のそれだ。
何より自身に向けられた無機質な視線が、ラルの命を狙った襲撃者であると物語っている。


少年「貴様、余計な真似を……」

黒鷲「何を言う、ワシは尊い人命を優先したに過ぎん」

少年「それが、余計だと言っているだ……」


悪魔のように低く笑い、黒鷲は近くにあった枝に止まる。
そんな黒鷲に対し、少年は睨みつけることしかできなかった。もう、何か行動を起こすことすら馬鹿らしい。

一人と一匹の使い魔の会話を前にしても、ジョゼの耳には会話の内容が一切入ってこなかった。

両親や周囲の大人達から聞き及んだ暗兵の恐ろしい逸話。昨夜の襲撃で見せた人の領域を踏み越えた身体能力。平気で人を殺せる精神性。そして、ヨーロッパの人間に抱いているであろう復讐心。

その全てが、恐ろしかった。ある意味において、ネウロイよりも遥かに恐ろしい存在だ。
人は理解不能、正体不明の存在に恐怖する。だが、理解できるからこそ、正体が見えているからこそ恐ろしいものもある。

ジョゼにとっては目の前で負傷した少年が、まさにそれであった。


少年「………………おい、そこのアンタ」

ジョゼ「…………………」


恐怖の余り、喉が渇く。肉体が緊張の余り、硬直する。
睨むような少年の視線に、返事をする余裕すらない。
胸の前で両腕を重ね、次の行動を決めようにも停止した思考がそれを許さなかった。

彼女は、少年の声色が弱っていることに気がつかないほど精神的に追い詰められていた。


少年「さっさと、逃げろ。このバカに騙されたのは分かるが、……敵のために命をかけるなんざ、それこそバカらしいだろ」

ジョゼ「……え?」


少年の口から出た言葉は、ジョゼの驚愕で固まった精神を氷解させるのには十分な威力を秘めていた。

それは、第一印象から想像もつかない台詞。
何故、暗兵たる彼が自分の身を案じるような言動を理解できない。


ジョゼ「しょ、少佐……」

ラル『少尉、どうかしたのか!?』

ジョゼ「そ、その、負傷者は、昨日の暗兵の人で……」

ラル『くそッ……! 大丈夫か!?』

ジョゼ「は、はい。でも、怪我しているのは本当で……」

ラル『……どういうことなんだ』


インカムの向こうで聞こえるラルの声は、誰の耳に分かるほど動揺している。
声こそ聞こえなかったが、クルピンスキーとロスマンの息を呑む音から、ラルと同じ心境のようだ。


ジョゼ「私、どうすれば……」

ラル『…………その場を離れろ、少尉。君の身まで、これ以上危険に晒すわけにはいかない』

ジョゼ「……で、でも」

ラル『残念だが、少尉の身には変えられない』

少年「そういうことだ。敵を助けるために命をかけるなんざバカの極みみたいなもんさ」


異様な聴力を発揮してラルの声を聞いたのか、それともジョゼの言葉から推測したのか、少年は犬でも追い払うようにシッシッと手を振る。

黒鷲が居なければ、孤独に死んでいく筈だったというのに、少年の声色に変化はなかった。
暗兵の覚悟故にか。だとすれば、余りに悲しすぎる覚悟だ。ジョゼは、そう思わずにはいられなかった。


少年「おい……?」

ジョゼ「………………」

クルピンスキー『…………ジョゼ君、君の好きにしていいんだよ?』

ロスマン『ちょっと、大尉!?』

クルピンスキー『このまま、何もしないで悩ませておく方が問題さ。
        逃げるなら逃げる、助けるなら助ける。どちらにせよ、決断は速いに越したことはない。違うかな、少佐?』

少年「……おいおい」

ラル『……そうだな。少尉、君の決断に任せよう。好きなようにするといい』


逃げるべきか、助けるべきか。
クルピンスキーとラルの言葉に背中を押され、ジョゼが一歩前に出る。

その行動に、信じられないと少年が傷口を押さえたままその瞳を見開いた。

彼女がよく見れば、少年の言動は兎も角として、まだまだ幼いといっていい年頃だった。もしかしたら、年下かもしれない。
顔を覆面で隠していた理由なのか、右の額から頬にかけて瞳を縦断する深い傷跡がある。
それを見るほどに、自分は何を怯えていたのかと恥ずかしくなってくる

この人は、ただの人間で、今は怪我をしている。


ジョゼ「こちらジョーゼット・ルマール少尉。今から要救護者の治療を開始します!」


だから、自分が助けなくては。

それだけの理由で、彼女は少年の隣に膝を下ろした。
最早、彼女の胸中には怪我人を救うという考えしかない。

彼の止めろという言葉にも耳を貸さず、両手を傷口に近づけ治癒魔法を行使する。
少年はやがて諦め、黙って治療を受けることにした。生き残れるのならば、それはそれで構わなかった。
そもそも、シユウの暗兵に信念は存在しない。
生き恥を晒そうが、敵に捕獲されて拷問を受けようが、それが依頼人にさえ累が及ばない限り、自身にどんな恥辱や死が待っていようとも黙って受け入れるだけだ。

しかし、少年はたった一つだけ残った疑問を口にする。


少年「何故、何で逃げない。オレは……」

ジョゼ「黙っていてください。治療に障ります」

少年「オレは暗兵で、アンタ達の大将の首を狙った。敵だったんだぞ」

ジョゼ「でも、今はただの怪我人です。アナタの願いが復讐だったとしても、私は……」

少年「復讐……?」


予想だにしていなかった言葉に、少年は目を丸くする。
生憎だが、少年の胸の中にはそんなロマンチックな感情は欠片も存在していない。ただ、仕事としてラルの命を狙っただけである。
そこでようやく、治療をしている少女が勘違いをしていることに気がついた。それも意図的にさせられていることに。
確かに合理的だ。人間の中に複数の敵がいると理解させるよりも、一人の明確な敵に視線を向けさせた方が健全だろう。


少年「クク。復讐ね。ああ、確かにそうだ。今回の一件もそれが起因してるかもな」

ジョゼ「……え? どういうこと、ですか?」

少年「オレの復讐心とアンタ達の存在を疎ましく思う連中との利害が一致したってことさ。もっとも、その連中はもう死んだがね」

ロスマン『……、アナタ』

ラル『すまない、少尉。少しだけ、話をさせてくれないか』


彼がラル達の意図を察してなお庇おうとしたのは、合理的な判断が好意的だったから。
道徳的、感情的な判断よりも、よっぽど現実的で建設的だ。暗兵たる彼の行動基準に極めて近く、理解も容易い。
なら、それはそのままにしておいて、自分は復讐者としての役に徹しようと思った。

上空の3人は、少年が全てを理解した上で何一つ語らないことに選択したことに気付いる。
だからこそ、何故、全てを吐露してしまわないのかが理解できない。自分達は、それだけのことをした筈なのだ。

ラルの言葉にジョゼは懐から取り出した予備のインカムを、少年の耳に装着した。


ラル『お前は、どうして……』

少年「別に、深い理由なんてないよ。でも、…………疲れたのかな?」


それは目前に迫る死を追い払ってくれた礼なのか。或いは、インカムの向こうで話す相手こそが、何らかの運命の相手だと無意識に察したのか。
彼も、何故自身の心中を語るような気になったかは分からない。

よく考えれば、少年の行動には不可思議な点があった。

ラルの命のみを狙ったとするならば、何故一人きりになった時を狙わなかったのか。
周囲に人間がいない方が成功率は跳ね上がるし、自身の正体がバレる恐れもない。
事実として少年はクルピンスキーの妨害によって、標的殺害に失敗し、あまつさえ自らの正体を晒してしまう結果となった。

仮に依頼遂行に命をかけるのが暗兵ならば、初撃のみで何故即座に撤退を選んだのか。
あの場において、ラルの殺害が成功する可能性は決してゼロではなかった筈である。

ただ、一つだけ言えることがある。彼の言葉に嘘はないことだ。


少年「ネウロイとの戦争じゃ、暗兵なんざ文字通りの糞虫だ。全身に爆弾を括りつけて自爆するぐらいしか、使い道なんざねぇ」

ラル『お前には、魔法力がある筈だ……』

少年「何だ、気付いてたのか。でもな、ウィッチとしても戦えなかったよ」


無論、生まれ持った力を利用して、戦争に参加して金を稼ごうとしたことはあった。
義勇兵として志願し、魔法力が認められたところまではとんとん拍子で進んだが、結局は失敗に終わった。

胸の刺青を、見られてしまったのだ。
それを見た兵士が、ヨーロッパ出身だったのも少年の不運に拍車をかけた。
少年の知らぬ所で話は進み、最終的に身に覚えのない罪を被せられ、戦いに参加する前に銃殺刑一歩手前の事態にまで発展した。
もっとも、後で知った話であるが、被せられた冤罪は実際のところ、一部の兵士が犯したミスだったらしい。
現場の上官はその汚点を全て少年におっ被せて殺すことで、自身の不手際と無能さ、更に軍の醜態を覆い隠そうとしたのである。

暗兵など何処へ行っても、ていのいい捨て駒でしかない。

それは暗兵として育てられる時点で聞いていた話であるし、覚悟もしていた。
実際、少年は誰のことも、自らの境遇すら恨んでいなかったが、それでも疲労だけは溜まるものだ。
暗兵はその精神的な疲労を戦場にて晴らし、散っていく。彼には、その機会すら与えられたことはなかった。


少年「忌み嫌われてマトモな職にも就けず、戦争にも参加できない」

ジョゼ「………………」

少年「挙句、食うに困って状況も弁えずに暗殺稼業に手を染めりゃあ、依頼人に裏切られるわ、貧乏くじを引く羽目になるわ」

クルピンスキー『……ボクが言うのもなんだが、酷い話だ』

少年「ハハ、そう言って貰えたのも初めてだな。…………もうぜーんぶ、どうでもよくなっちまったよ」


まだまだ幼い声色なのに疲れしか感じさせない、酷く虚無的な声で言った。
自らの存在は、最早この時代には不要なのだと全否定されている。
生きている意味が見出せない。生きている理由が見つからない。少年は、笑ってならがそう語った。

ラル達には一切責任のない事柄であったが、それでも何かしなければならないと感じていた。
少年が暗兵として生きると選んだ理由は分からないし、少年自身の責任である。
だが、少年を生きる意味を見失わせるほど追い込んだのは、ヨーロッパの人間であり、また軍の責任とも言える。

だから。だからこそ、今の軍を代表するウィッチである自分達が何とかするべきではないだろうか?


ラル『なら……』

少年「……ん?」


ならば、結論は一つだ。
ラルの心中を察したのか、上空で共に戦いを続けるクルピンスキーとロスマンが笑顔を浮かべて頷いた。


ラル『なら、私が雇おう』

少年「…………正気か? オレはアンタを殺そうとしたんだぜ?」


ラル『ああ。今雇用がないならば、私と契約することに何の問題もない筈だが? それにお前にはネウロイと戦う力があるだろう?』

クルピンスキー『それはいい! ボクらに雇われるなら、暗殺稼業になんて手を染める必要もないからね!』

ロスマン『はあ…………もう私が何を言っても無駄でしょうね』

ラル『おや? 不服かな、ロスマン曹長?』

ロスマン『いいえ。新しい生徒ができて嬉しく思いますよ、少佐』


信じられない。この連中は、何を言っているのだろう。

思いもよらない話に少年はどうしていいのか分からないらしく、答えを求めて隣で治療を続けるジョゼを見るが、笑うだけで何も答えてはくれない。

はあ、と大きく溜息を吐き出す。もしかしたら自分は、とんでもない馬鹿共に雇われようとしているのかもしれない、と。
それでも前に依頼を受けた男達に比べれば、ずっとマシだろう。
少なくとも裏切られるようなことはない。仮に裏切られたのだとしても、それまでは食い繋げる。


少年(本気かよ、こいつら……)


そんなことを考えながらも、既にその雇用契約を結ぼうとしている自分に気がついた。
悪い話ではない。暗兵は汚れ仕事を専門としているものの、矢面に立って戦うことも不可能ではない。
そして何よりも、そこに少しでも信頼があるならば、暗兵は命を賭ける存在だ。

次の言葉を紡ごうとした時、少年と黒鷲は遠くで何かが響く音を耳にする。
ジョゼは気付いていないようであるが、それは明らかに陸戦ネウロイが二人を発見した証左であった。


少年「依頼内容は、ネウロイを倒せってことでいいのか?」

ラル『それだけじゃない。私達と共に戦い、出来れば我々を守って欲しい』

少年「そうか。…………なら」

ジョゼ「――――え?」


治癒が進行し、瘴気による生理機能不順から解消されているのを確認する。
瘴気も抜けきっておらず、肩の傷も完治していないが、動く分には問題なかった。

少年の左拳が動き、ジョゼの額を打ち抜いた。
拳を受けた本人は、何が起きたのか分からないといった表情で、その場に崩れ落ちる。

それが暗兵の体術なのか、痛みはないのにも関わらず、指先一本動かない身体に彼女は愕然と立ち上がった少年を見上げた。


少年「悪いな。神経をちょっと麻痺させてもらった。心配するな、暫くすれば問題なく動けるようになる」

ジョゼ「な、何を……!?」

少年「……少し黙ってろ」


そう言って、少年は倒れたジョゼに上着をのせると周囲の落ち葉を覆い被せていく。
カモフラージュになるかは分からないが、何もしないよりはマシだという判断だった。


ラル『おい! お前、何をする気だ!』

少年「何って、依頼を受ける気になったんだ。おっと、前金代わりにこれは貰っていく」


あっけらかんと答え、治療には不要と投げ捨てられたブレン軽機関銃を手に取る。
正直、この手の銃は使ったことはなかったので不安だったが、手持ちの武器だけでは心許ない。


ジョゼ「待って! 待ってください!」

少年「待てない。これ以上近づかれると、アンタの命に関わる」

ジョゼ「だからって、こんな……」

少年「構わない。こういうのは柄じゃないが、悪い気はしないしな」


必死になって、自分に手を伸ばそうとするジョゼを背後に、決して振り返ることなく少年は歩き出した。


クルピンスキー『止めるんだ! ストライカーユニットもなしで陸戦ネウロイと戦うなんて無茶だ!』

ロスマン『そうよ、私達が、きゃあ……!』

クルピンスキー『……エディータ!』


少年が空を見上げれば、既に最後の大型を残して空戦型のネウロイはその姿を消していた。
空に走る無数の赤い光とインカムの向こうから聞こえてくる悲鳴から鑑みるに、最後の敵が厄介なようだ。
恐らく、大型を倒しきるのに後数分は要するだろう。その頃には、己と置いてきた彼女はこの世には存在しまい。
ならば、二人で死ぬよりかは、一人が死んで一人が生き残った方がまだマシだ。


少年「じゃあな、依頼は確かに引き受けた」

ラル『おい、待――――』


それだけ伝えると、耳のインカムを無造作に投げ捨てた。
投げ捨てられたインカムからまだ何かを言っているような声が聞こえたが、これ以上話を聞く気はない。

少年の顔にはとても死地に赴く人間とは思えないような、あどけない笑みが張り付いている。


黒鷲「随分、嬉しそうじゃの?」

少年「チッ、…………まあな。仕事があると言われると、つい生きていてもいい気分になっちまう」

黒鷲「ならば、ワシと契約せんか。生き残る可能性が増すぞ」

少年「どうせ最後になるかも分からないんだ、それも構わないが……何故、オレだ。他にもウィッチなんざ、居るだろうに」

黒鷲「ふむ。お前さんの運命に興味があるから、もしくはお前さんとなら命をかけるに値する仕事ができそうだから、ではどうかな?」

少年「……嘘くせぇ」


黒鷲の言葉を吐き捨てながらも、左腕をすっと上げる。ここに止まれということだ。
彼の意図を察し、黒い使い魔はその大きな翼を器用に動かし、二の腕辺りにすっと止まった。

こんな腹に一物抱えている使い魔と契約するなどゾっとするが、それで生き残れるのならば、悪くはない。


黒鷲「では、契約を結ぶに当たって一つ名が欲しい」

少年「………………じゃあ、アドラーで」

アドラー「カールスラントの言葉で鷲、ね。まんますぎるじゃろうて」

少年「うるせぇよ。オレにネーミングセンスを期待されてもな」


与えた名に不満を漏らす黒鷲改めアドレーに、はあと大きく溜息を漏らす。
こんなのが相棒なんて、本当についていない。どうせだったら、もっと素直で従順な使い魔の方がよかった。


少年「贅沢言ってられないか。……おい、行くぞ」

アドラー「了解だ、我が主」


少年とアドレーは、森の中へと消えていった。

これより五分後、陸戦ネウロイはこの地上から消滅することとなる。
戦いの後、4人のウィッチによる必死の捜索にも拘らず、見つかったのはブレン軽機関銃と、少年のものと思しき無数の折れたナイフと片手剣だけであった。










――502JFW基地



森林地帯上空の戦闘から一週間後。
ラル、クルピンスキー、ロスマンの3人は一通りの仕事を終え、談話室へと向かっていた。


クルピンスキー「まだ、気にしているのかい」

ラル「…………ああ。あれは私の責任だよ」

ロスマン「そんな、あれはアナタだけの責任じゃ……」


そこまで言って、ロスマンはクルピンスキーに止められる。
どれだけ言葉にしても、自分を責めている以上、他人が何を言っても解決にはならない。
それを知っているからこそ、クルピンスキーは、ラル本人が答えを出すのを待つつもりなのだ。

加えて言えば、ジョゼの落ち込みようもラルに勝るとも劣らないものだった。
それも当然だ。自身の油断で少年を死地に追いやったと思っているのだから。


クルピンスキー「……ん? 何か、談話室が随分騒がしいようだけど」

ロスマン「またニパさんと管野さんが喧嘩しているのかしら」

ラル「やれやれ、最近は少なくなったと思ったんだがな……」


近づいてきた談話室からは、酷い喧騒が響いている。
管野の怒号と、何故かジョゼが大声で泣いていた。更に、物が壊れる音が続く。

ただの喧嘩ではない。ニパと管野は時折口論になることはあったが、手が出るような喧嘩に発展したことは少ない。
何事か、と3人は視線を交わすが、一向に答えは出てこない。仕方なく、答えの出ないまま、扉を開けた。そこには……


ジョゼ「うえぇぇええええん!!! よがっだぁ! ぼんどうによがっだでずぅ!!!」

サーシャ「ジョ、ジョゼさん、落ち着いて……」

ニパ「そ、そうだよ。生きてたんだしさ……」


喜びと安堵の余りなくジョゼと、それを必死に慰めるサーシャとニパ。


管野「この、ヤロぉぉおおおッッッ!!」

定子「駄目です管野さん!! ビリヤードボールなんか投げ、ってきゃああああ、危ない!」


渾身の力で手当たり次第に周囲のものをぶん投げる管野と、必死に彼女を押さえながら悲鳴を上げる定子。


少年「危ね。…………随分嫌われたもんだな。分かってたけど」

アドレー「うわぁ……見ろ、主。壁にビリヤードボールがめりこんどる」


首だけを動かして余裕綽々で回避する少年と、コート掛けに止まりつつも余りの威力にドン引きしているアドラーの姿があった。


クルピンスキー「――あは」

ロスマン「また侵入されてるわね。もうちょっと、警備を強化した方がいいかしら」

ラル「………………」


その姿を確認したラルは管野の暴走を気にも留めず、無言のまま少年へと近寄っていく。
最早、理由などどうでもよかった。重要なのは、彼が生きていたという事実だけである。

少年もそれに気付いたのか、自ら彼女の前へと立った。
そのまま少年の両肩に手を置き、顔を床に向けたまま震える声で語り出す。


ラル「…………生きて、いたんだな」

少年「ああ。死体はなかっただろ?」

ラル「傷を負って、どこかに去ったまま野垂れ死んだものだとばかり、な」

少年「否定はできないが、報酬はきっちり貰わなくちゃ、プロとして」

ラル「そうか、それもそうだな」


顔を上げたラルの潤んだ瞳を見て、少しだけドキリと心臓が弾むのを自覚した。


ラル「報酬の話の前に、確認を取っておきたい。あの時の契約は、今も続いていると考えても?」

少年「ああ。ついうっかりだけど、一度結んだ以上はキッチリ働かせて貰うよ」

ラル「そうか。なら、お前の名前を教えてくれないか?」

少年「名前……、名前ねぇ」


暗兵に人としての名前はない。あるのは武器としての銘だけだ。
しかし、そんな仰々しい銘を名前にする訳にもいかず、少年は困ったように視線を泳がせた。


ラル「名前が、ないのか?」

少年「ああ。シユウじゃ『黒髪鬼』なんて呼ばれたけど、それは武器としての銘で通り名みたいなもんだし……」

ラル「そうか。だったら、私がお前に名前をやろう」


ふむ、と少しだけ考えるような仕草をすると口を開く。
何となく、パッと思いついた名前は、酷く少年に似合っているような気がした。


ラル「……では、俺でどうだ?」

俺「ああ、それでいいよ」

ラル「…………もう少し、何か言うことがあるんじゃないのか?」

俺「ん。アンタ、案外センスないんだな。…………いってぇッ!」


欠片もデリカシーを感じられない言葉に、少年もとい俺の頭にラルの鉄拳が振り下ろされた。


運命の歯車は回りきり、物語の幕が上がる。
ウィッチと暗兵と黒鷲の三重奏は、物語を如何様に彩るのか。それを知る者は、まだいない。
最終更新:2013年02月06日 23:18