――下原 定子 自室


定子「ふぁぁ……」


ベッドの上で、部屋の主が大きな欠伸と共にぐっと身体を伸ばす。背中が反れて豊満な胸が強調されるが、生憎と見ているものは一人もいない。
窓の外に視線を向ければ、既に太陽が地平線から顔を覗かせていた。
起床時間にはまだまだ早いが、定子には通常の軍勤務とは別の仕事が待っているので、これくらいの時間に起床をするのが調度いい。

元々寝起きがいい性質なのか、眠気を一切感じさせない表情でベットから抜け出した。
テキパキと軍服に着替え、手鏡で髪に寝癖をついていないかを確認すると、よしと洩らして部屋を出る。

彼女に与えられた別の仕事とは、食事の準備である。
定子の作った扶桑料理は隊の皆に、殊更管野に好評であり、週の内何回か腕を振るうことが日常と化していた。

食堂と一つになった厨房へ向かう途中、今日も彼が先にいて準備を始めているのだろう、と笑みをこぼす。
昨夜も就寝前に、朝食の献立を聞いてきたのでそれは間違いない。

廊下を進み食堂の扉を開けると、想像通りの人物が黒いTシャツ姿で厨房に立っている。


定子「おはようございます、俺さん」

俺「ん。おはようさん」


既に気配に気付いていたのだろうか、三角巾を頭に巻きつけた俺は一瞬視線を向けただけで自分の作業に戻っていく。
定子はそんな彼の様子に笑い、自分もエプロンをつけて厨房に立つ。

今日の朝食はアジの開きをメインに、汁物は大根とワカメの味噌汁、更にキノコのポン酢和えとキュウリのごま漬けが脇を彩る。
栄養バランスは兎も角として、純和風で固められたメニューだった。
見れば、既に下拵えを終えており、後は焼くか煮るか味付けをするかだけで、自分の立つ瀬がなくなってしまう。


定子「でも、驚きました。俺さんがお料理が得意なんて」

俺「あー、得意という認識はなかったなぁ。ま、兵站の確保は重要な仕事だし、サバイバルが出来ればとりあえず生きていけるしな」


自分よりも背が高く、かといってクルピンスキーやラルよりかは背が低く、顔立ちが幼い少年を見る。
身長はおおよそ165cmだろうか。確かな年齢は分からないらしいが、だいたい15、6歳とのこと。もしかしたら、隊内では最年少かもしれない。
何度見ても、あの晩襲撃してきた暗兵とは思えない。

正直、あの驚愕と恐怖は簡単に拭いきれるはずもないが、ここ二週間で随分マシになった方だ。
二人きりで食事の準備ができるようになっただけでも、かなりの進歩だと思う。


俺「もう出汁はとってある。味付けの方は頼むよ」

定子「はい。アジの開きとご飯はどうしましょう?」

俺「ああ、そっちはオレにもできるからいいや。後は焼くか炊くかだし」


オレが味付けすると管野がうるせぇ、とうんざりした口調で付け加える。

管野を除いたウィッチ達は全面的な信頼こそ向けていないものの、それなりに信用しているのは定子の態度から明らかである。
それは普段の言動や口こそ悪いものの、彼の行動は概ね牧歌的かつ普遍的な少年のものであったからだろう。

よく働き、よく手伝う少年だ。
ロスマンやサーシャの課した訓練はキッチリこなすし、ジョゼや定子が何か困っていれば手を貸してくれる。
愚痴こそ溢すが、決して見捨てたり、見放したりすることはなかった。
時々、手の開いている時間にふらりといなくなったりはするが、そういう場合は大抵、周辺の自然の中から食べるものを取ってきている。

胸の刺青やずば抜けた身体能力、判断力がなければ、誰も暗兵であると思わないような人間だった。
そのお陰か、基地の人間もラルの私兵、従卒として突然現れた俺を疑う者はいない。

ただ、その中で管野だけが彼に対して敵意を剥き出しにしていた。
彼女は決して疑り深い性格ではないが、一度敵を定めた人間を簡単に容認するような性格でもない。
仮にもラルの命を狙い、あまつさえ自分達のストライカーの命綱である整備班長をも傷つけたのだから、味方だと思える方が異常なのだ。

管野はことある毎に、俺に噛み付いていた。
その中には正論のものが多かったが、感情的になりすぎて難癖としか思えないようなものまであった。

俺もその感情や考えを理解しているらしく、素直に引くのだが彼女はそれが気に食わないようである。
簡単に言ってしまえば、相手にされていないと思っているのだ。
それはかつての襲撃で軽くあしらわれた過去に起因しているのだが、彼は気付いていないようだ。


定子「もう少し、管野さんと仲良くしてもいいんじゃないですか?」

俺「そうは言ってもね、ああいう奴は隊に一人くらいは必要だと思うんだ。お前等はお人好し過ぎる」

定子「はあ、そうですか? でも、隊には結束が必要だと思いますけど……」

俺「そこは大丈夫だろ。あれは仲間の命が係われば、自分を抑えることができる人間だ。それにこの隊は個人のスタンドプレーを生かせる集団だよ」


個人的なものとは言え、俺の管野と502JWFに対する評価は中々に高いらしい。

益体のあるようでない話を続けながら調理を続ける内に、何時の間にか隊員達が集まってくる。
きっちりと起床時間を守って起きてくたサーシャが一番初めに、最後は昨晩深酒をしたクルピンスキーがロスマンに半ば引きずられるように入ってきた。

全員が席に着いたところで始まった食事は、何の滞りなく終了する。
終止、管野が俺を睨みつけていたが、この二週間ですっかり日常になってしまったのでもう気にする人間はいなかった。


管野「おい、お前……」

俺「ん? オレか?」

管野「お前以外に誰がいるんだよ。……まあいいや。お前、本当に暗兵とかなのかよ?」

俺「……はあ?」


食後の緑茶を飲んでいた俺であったが、管野の訳が分からない質問に首を傾げる。


俺「いや、お前も胸の刺青を見ただろ。それとも、オレが暗兵に憧れて胸に刺青をいれる馬鹿とでも思っているのか?」

管野「そうじゃねぇよ!」

クルピンスキー「あー、はいはい。ナオちゃんの言いたいことは分かったよ」

ジョゼ「そうですね。私も気になっていました」


それは全員が思っていることだったのか、クルピンスキーやジョゼのみならずその場に居た全員が視線を向けていた。
ますますもって意味が分からなくなる。果たして、自分のどこに暗兵だと疑われるような要素があるというのか。


ラル「顔立ちだよ、俺。髪こそ黒いが、顔立ちは欧州の人間のそれだ」

サーシャ「そうですね。暗兵の一族、シユウ、キョウコウ、カハクでしたか? 彼等が中国から流れてきた流浪の民なら、東洋系の顔立ちをしていた方が自然でしょう?」

俺「ああ、そういうこと。自分の人種とかすっかり忘れてた」

ニパ「忘れてたって、……要するにシユウって、中国の悪の秘密結社みたいなもんなんでしょ?」

俺「人聞きが悪いなぁ。まあ、仕方ないか」


俺の反応から察するに、実際のシユウと想像上で語られるシユウとは、どうやら大きな違いがあるらしい。


俺「シユウは基本、自給自足で生活している牧歌的な集団だよ」

定子「はあ。……もう、その時点で何だか想像していたものとかなり違いますね」

ラル「ふむ、そうだな。冷酷非常な暗殺集団というのが、我々のイメージだからな」

俺「それもあながち間違っちゃいないがね。今、ヨーロッパに広がってる暗兵のイメージは概ねシユウのものだしな」

クルピンスキー「自給自足ってことは、何処かに村でもあるのかい?」

俺「うん。具体的な場所は明かせないが、山奥の森の中に隠れ里があるんだ。シユウはそこで生活してる」

管野「場所を明かせないって、オレ達が誰かにお前のことを言い触らすと思ってんのかよ?」

俺「違う違う。行っても意味ないから。と言うか、無駄に死人が出る」


彼が言うには、中世の鏖殺令が発令された時点で、シユウはさっさとヨーロッパを脱出し、現在の隠れ里に移り住んだのだとか。

シユウの一族は其処を、中国、ヨーロッパと続く第三の故郷と決め、そこに結界を張り巡らせた。
具体的な理論やどんな魔法技術が使われたのか定かではないのだが、古代中国で培われた魔法体系とヨーロッパの魔法体系を組み合わせて作った結界であると聞きている。
その結界は、上空の視線から村の存在を消失させるものなのだとか。現在でも、何処の国にも属さない人間が存在できている理由はそういうことだ。

更に地上から隠れ里に行こうにも、その結界が磁場と人間の感覚をほんの少しだけ狂わせらしい。
そうなれば、方位磁針も地図を意味をなさず、何の目印もない森の中を狂った感覚で歩き回る羽目になる。
最終的に、森の中に迷い込んだ人間の末路は餓死と相場が決まっている。


ニパ「でも、そんな結界があったら、一旦森から出たら自分達が入れないじゃないか」

俺「だから、この刺青をしてるんだよ。伊達や酔狂でこんな刺青なんてするかよ。
  ヨーロッパに出て、この刺青を見られた日にゃ、運が悪いと住民からリンチにされて殺されるぞ」

ロスマン「じゃあ、その刺青は……」

俺「ああ。これが結界を無効化させるらしい。刺青を彫る道具自体に大昔の魔女の魔法力が篭ってるんだ」

クルピンスキー「それだけじゃ、意味がないんじゃないのかい?」

俺「だから、ルーンとかいう今じゃ廃れた魔法体系を使ってるらしいよ。昔は一族の人間を見分ける機能しかない刺青だったみたいだがね」


ルーンという魔法体系は、現在の固有魔法とは違い、ネウロイの封印のような学問、技術として魔法である。
簡潔に説明するなら、魔法力の篭められた道具を用いて、特定の効果を発揮する術式の込められた文字を刻むことで発動する魔法体系だ。

そういった特殊な魔法体系は世界中に点在しているものの、近代化に伴い、
或いは使い魔を要する魔法体系がネウロイとの大戦で広まったためにか、殆どが消失の憂き目にあっている。


俺「そんなこんなで生活を送っているんだが、一つ問題があってな。村や地域特有の特産物がないんだわ」

クルピンスキー「それは村の単位では死活問題だろうね。ボクも育った町が港町だったからよく分かるよ」

俺「そうなんだよ。育てたものを売ろうにも、普遍的過ぎて高値で売れるなんて食糧危機の時だけなんだ」


国からの援助を受けられない村に特産物がないというのは、大問題だ。それは外から金が入ってこないことと同義である。
如何に自給自足と言えど、一定の生活を保つにはどうしたところで金が必要になる。
シユウの例であげれば、医療品や調味料の確保などが一番分かり易い例だろう。

彼等は独自に薬草などを調合し、薬を作ることも不可能ではないが、それではどうにもならない病は当然存在する。
手術が必要な悪性の腫瘍、致死率の極めて高い感染症にかかった場合は成す術がない。
そうなった場合、村を出て専門の医師を探し治療を受けようにも、金がなければ誰も助けてはくれないのだ。


俺「てな訳で、他所から子供を買ってきて、出稼ぎ要員として育てる訳だ。だから、シユウの中で中国の血を引く人間はもう極めて少ない」

サーシャ「じ、人身売買じゃないですか!?」

俺「そんなこと言ってもなあ。国が発展すれば貧富の差が生まれるのは必然だよ。貧しい者の中には、ガキに飯を食わせられない親もいるんだぜ」

定子「それは、そうかもしれませんけど、子供にだって人権が……」

俺「馬鹿言うな。他の人身売買組織に比べれば、シユウなんて天国みたいなもんさ。
  親が子を売ることを認めても、ガキが親元から離れたいかちゃんと確認を取るくらいだぞ。孤児を連れてくるにしたって、孤児院に行きたいかもキチンと確認する」

管野「だからって、口先三寸で丸め込まれたら……」

俺「死ぬよかマシだ。オレも危うく家の守護精霊になるくらいだったしな。
  お前、ガキが飢えずに、ましてや教育まで受けられる社会ってのが、どれだけありがたいか理解してないだろ」


記憶が正しければ、彼の生家はカールスラントの貧しい家だったという。
両親がどんな職種の人間であったかは憶えていないが、とても親子3人で生活していくことは出来なかったようだ。
俺が自分で喋れるようになった時、現れたのがシユウの人間であった。

もうどんな顔だったかも憶えていないが、随分と優しい声色の男だったような気がする。


暗兵『さて、君に一つだけ聞いておこう。これから辛く苦しい訓練が待っている。それでも、ボクと一緒に来る気はあるかな?』

少年『…………………………いく』


別段、両親が嫌いだった訳でも、腹いっぱいにご飯を食べさせてくれなかった恨んでいた訳でもない。ただ、これ以上両親を困らせたくなかった。

何も知らない子供であったとしても、両親が泣いている理由は何となく理解できた。
子供は、大人が思う以上に賢く聡い。無邪気さ故に気付かないことは多いが、様々な経験を経た大人よりも時に鋭い感性を発揮する。少年も、そんな子供の一人だった。

別れ際、両親が泣いている姿だけを記憶しているが、如何せん10年も前のことだ。自分の本当の名前も、両親の顔も覚えていない。


俺「それにシユウじゃ、生活に役立つ技術も教えてくれるしな」

ラル「例えば何だ?」

俺「えっとぉ、偸盗術、暗殺術、投擲・投毒術、変装術、催眠術、格闘技、サバイバルの知識、あとは世界の主要国家の語学なんかも教えてもらえた」

クルピンスキー「は、ははは、それは凄い……」


自分の学んだことを指折り数えてみたが、身体全ての指を使っても足りない。
面倒なことを止め、後は思い出した順に言っていこうと顔を上げると、部屋の空気が可笑しなことになっていた。

ジョゼと定子はボロボロ泣いているし、ロスマンやサーシャは涙ぐんでいる。
他の皆も、一様に同情の視線を向けていた。あの管野ですら……!


俺(何こいつら、気持ち悪りぃ)


だが、彼は自分のために泣いてくれているなどとは思わなかったようだ。

シユウの人間の価値観は“生きているだけで丸儲け”という言葉に集約される。
元来、シビアな歴史を歩んできた一族である。そういった価値観が、女子供にまでも浸透していた。

暗兵として大成するまでの修行の途中で死ぬ者も少なくはない。
同時期に修行を開始した人間にも死人は出たので、彼としては自分は幸運な方だと思っている。
不幸と幸運の境界線は本人が決めるものだというが、これはそれが顕著に現れた例なのだろう。


管野「そ、それで、他の暗兵とかは……」

俺「キョウコウとカハクな。そいつらは……っと、訓練の時間か」

管野「ああ!? おい!」

俺「悪いね、オレとしても無意味に死ぬのはゴメンだ。訓練はできる時にしておきたい。如何せん、射撃と空戦じゃ素人だし」

ラル「いい心掛けだ。曹長、大尉。俺の教育は任せたよ。俺も、二人の言うことはしっかりと聞くように」

俺「分かってる。教官の指示に従わないほど、死にたがりじゃない。暗兵の講釈は時間ができたらまたしてやるよ。別に隠すもんでもないしな」


じゃあな、と後ろ手に振り食堂を後にする。予定では射撃訓練場に向かったはずだ。

チッ、と舌打ちをして、管野はどっかと椅子に座り込んだ。
正直な感想を言えば、暗兵の歴史というものは興味深かった。自分の知っている現実や歴史とは余りにもかけ離れていて、非常に面白い。
勿論、その中で多くの血が流れたことを考えれば、面白いなどと口にするのは憚られたが、それでも元文学少女の血が騒ぐ。
デストロイヤーなどと呼ばれる今になっても、その気質は消え去っていないようだ。


管野(あいつも、結構大変な目にあってるんだな。…………いやいやいや、だからって簡単に許していい訳ねーだろ!)


根の部分が素直は管野は、早くもぐらつきかけた心を補強するように、俺の出て行った扉を睨み付けるのだった。










――射撃訓練場



俺はカールスラント製の機関銃、MG42を片膝をついた状態で撃っていた。

布を裂くような音が周囲に響き渡る。余りの連射速度に、人間の耳が個々の発射音を聞き取れないのだ。
MG42は独特の発砲音と連射、威力から電動ノコギリとあだ名されている。


サーシャ「だいぶマシになってきましたね」

ロスマン「そうね。二週間前に比べれば、格段の進歩と言えるわ」


一人射撃を続ける俺の姿を見守っていたサーシャとロスマンは感心したように口を開いた。
まだまだ二人の求める射撃精度とは言い難かったが、まともに的に当てられなかったことを思えば十分な成長と言えよう。

彼がMG42を使っているのは、元々の故郷であるカールスラントの武器を使いたい、などという感傷的な気分になったから……では当然ない。
単純に補給の問題にあった。
元々、俺には銃器や武器に対する思い入れは皆無である。
より多く手に入り、より簡単に補給が効くこと。それが、彼の武器を使う上で重要視する部分だ。
その点で言えば、MG42というよりもカールスラント製の兵器は理想的であった。

現在、カールスラントはネウロイに祖国を奪われた状態にある。その為、補給やエースウィッチの統合戦闘航空団加入に積極的なのだ。
また現在、カールスラント奪還を指揮するアドルフィーネ・ガランドも、同国出身であることが、補給を容易にさせていた。


サーシャ「飛行の方は……」

ロスマン「もうちょっと、自分の身を案じてくれないと心配ね」


一週間前の初飛行を思い出し、はあと同時に大きな溜息を吐き出す。

ストライカーユニットはかつてクルピンスキーが破壊したBf109G-2をラルの予備パーツを流用し、何とかリペアしたものを使っていた。
ただ、通常のストライカーよりも装着口が大きく改造されており、男性用の長ズボンを履いたままでも装着可能な仕様である。

二人の脳裏をよぎる初飛行。
一度目は滑走路で問題なく加速は得たものの、離陸できず先にある木に激突。
二度目は離陸こそできたものの、今度は高度が足りずに基地の外壁に激突。
共にストライカーユニットを庇い、自身が怪我を負うという無残な結末であった。


サーシャ『な、なんでストライカーの方を庇うんですか!?』

俺『え? だって、熊さんが困ると思って……』


全身に擦り傷と打撲を負って血塗れになった彼の第一声はそれだった。

それまでの一週間、管野とニパが出撃し、見事にストライカーユニットを破壊したのも原因だろう。
二人の無事を喜びつつも、壊れたストライカーユニットを眺めて、サーシャが増えた頭痛の種に頭を抱えているのを俺は目にしていたのだ。

だからと言って、サーシャとしても機械のために身体を犠牲にされても困ってしまう。
結局、怪我を負うような非常事態においては、自身の安全を言うように説き伏せるという形に落ち着いた。勿論、正座で。


アドラー「そんなことより、ワシの方が問題じゃあ!」

ロスマン「あら。アドラー、居たのね」

サーシャ「まあ……あなたからしたら、大問題でしょうね」

アドラー「そうじゃ! ワシの存在理由は!? 使い魔としての存在意義ががががッッ!!!」


バッサバッサと翼をはためかせて滞空しながら、自らの不満をぶち撒ける。
猛禽類なのによく表情が変わり、その上悔し涙まで流していた。


アドラー「可笑しいじゃろうが!? なんであやつは……くぅぅ!!」

サーシャ「まあ、気持ちは分からないでもないけれど……」

ロスマン「そうね。まさか、使い魔なしでストライカーユニットで飛行できる人がいるなんて、思ってもみなかったわ」


アドラーが悔しがる理由はそこにある。彼は魔法力の制御を使い魔に頼る必要がなかった。
基地にいる誰もが驚いた。使い魔を必要としない魔法体系は、一般に知られている訳ではないのだ。

ストライカーユニットを駆るウィッチも、その異常性に目を丸くした。自らの手足として行使する彼女達だから分かることもある。
飛行魔法の発動、エンジンの回転数、機体バランスの獲得、シールド発動における魔法力配分、その他諸々の問題点。
空戦ユニットは制御に緻密なコントロールが要求される。
更には、空の上で五感から飛び込んでくる情報量の多さに、彼女達自身の脳や精神のみではそれらを捌ききれず、コントロール不能の状態に陥ってしまう。

初めは、サーシャもロスマンも暗兵には独自の魔法体系が構築されている、と考えていた。


俺『いいや、暗兵の中には魔法力を持つ者は少ない。そもそも使わないんだよなぁ』

サーシャ『え? どういうことですか?』

俺『うーん。いや、魔法力の助けがあるとどうしても基本となる身体能力の値が下がるんだ』

ロスマン『そうなのかしら、私達も訓練はしているけど……』

俺『魔法力ってのは常に発せられているものだし、多少ではあるが身体強化も無意識の内にしてしまう。ほら、弾丸なんかの知覚できない攻撃でも防御できてしまう』

サーシャ『確かに、シールドは発動したりしますね』

俺『でしょ? 肉体を追い込むと身体強化が発動する。
  そうなれば自然、体力・身体能力を高めるには常人以上の鍛錬が必要になってしまう。常に、魔法力に助けられた状態にある訳だからな。それじゃあ効率が悪い』

ロスマン『……成程、ね』

俺『それに、オレ達は常に限界値が一定ではない魔法力ってのに信を置く気はない。その日の気分次第で、0にも10にも100にもなる不安定なものはいらないよ』


だから、オレの修行は魔法力を完全に抑えることから始まった、と語っていた。
無論、何の特殊な魔法体系を擁しないシユウである。完全な手探り状態からのスタートであった。

まだまだ幼い状態での苛烈な修行と魔法力を抑え、コントロールする修行の両立は困難を極めた。
来る日も来る日も尋常ならざる汗を掻き、死に至ってしまいそうな量の血反吐を吐き、修練終了後に流す排泄物には常に血が混じる生活。

暗兵は安易な精神論に頼らない。気力も、根性も、信仰も物理的限界を覆すことは不可能と考える。
だからこそ、体力の限界を、出力の限界を、持久力の限界を、耐久力の限界を高め、見極める。見慣れ続ける。あたかも道具のように、自らの機能を使い慣れる。

苛烈な訓練によって血反吐を吐かなくなった頃、彼は生まれ持った力を完全に制御化に置いた。他者を必要としない完璧な形で。

酷使による肉体の制御と操作技術が、魔法力にまで及んだのである。
これは言うなれば、新たな魔法体系の獲得だ。精神でも、使い魔でもない。肉体の酷使という側面からの無意識による制御方法の確立。
とても常人では到達できない、魔法力に信を置かない暗兵故に辿り着いた境地と言えるだろう。


アドラー「もう! なんじゃ、ワシと契約する意味なんかなかったじゃろうが!?」

俺「違う。意味ならあったさ。あの場では可能な選択肢を広げる意味がな。実際、効果はあっただろう」

サーシャ「もう今日の分を撃ってしまったんですか!?」

俺「うん。もっと撃てれば、命中力もよくなると思うだが……」

ロスマン「やめてちょうだい、俺。銃も弾丸もタダじゃないのよ?」

俺「だよな。訓練で弾を使いすぎて実戦で弾がないんじゃ、笑い話にもなりゃしない。……やっぱりオレ、武器はナイフとかの方がいいな」


射撃訓練初日、一日一万発撃つと意気込んだ俺が、二人の『やめて!』という叫びに不貞腐れたのは記憶に新しい。

仕方がないこととは言え、使い慣れない武器よりも使い慣れた武器の方が気が楽だ。
だが、小型ならいざ知らず、大型ではナイフで対抗するのは難しい。コアを破壊するどころか、露出させることも難易度は高いのだ。


ロスマン「一応、近接武器でも不可能ではないのだけれどね」

俺「分かってる。メッサーシャルフは一撃離脱用のユニットなんだろ?」

サーシャ「よく勉強してますね」

俺「そりゃまあ、二人とも教え方がいいからな。オレとしても、なるべく生き残る術は身につけて置きたいし」

アドラー「そんなことより! そんなことよりワシを使え! 使えったら使わんかいッ!!」

俺「喧しいわ、この駄鷲が!」

アドラー「うぼあぁぁッ!?」


手にしていたMG42を投げつけ、アドラーと共に吹き飛ばす。酷い扱いである。


サーシャ「もう少し、信頼関係を築いたいいと思いますけど……?」

俺「いやだね。あいつとオレは、そこらのウィッチと使い魔みたいに単純な主従関係じゃない、利害関係だ」

ロスマン「どういうこと?」

俺「さあね。だが、アレが腹に一物抱えていることだけは確かだ。そんな奴に頼る気にはならないよ」


ウィッチにとって、使い魔とは最も信頼の置けるパートナーと言っても過言ではない。
それを信頼していない。彼にしか分からない悪意が介在しているのだろうか。ロスマンとサーシャには分からなかった。


俺「しかし、悔しい……いや、おぞましい話ではあるが、相性だけはいいんだよな」

サーシャ「相性がいい?」

俺「うん。多分、他のウィッチと使い魔とは比べ物にならないくらい相性はいい。本当、難儀な話だよ」


最も相性のいい相手が、最も信頼の置けない相手であるという皮肉に、オレは溜息を吐き出す。

サーシャはますます混乱の度合いを深めていくようであるが、ロスマンは得心がいったらしく一人で頷いていた。
だが、それをわざわざ語る気はないようで、前々から気になっていたことを口にする。


ロスマン「ところで、あなた固有魔法は使えるの?」

俺「ん。一応使える。分類としては、念動系になると思う」

サーシャ「わたしよりも応用性は高そうですね」

俺「そうかなぁ? 応用性は高いは高いんだろうけど、逆に使いどころは難しいというか何というか」


ぽりぽりと頬を掻き、自分の固有魔法が気に入らないのか、嫌そうな顔をした。
どちらかと言えば、彼としては伝え聞いている管野の超硬シールドやサーシャの映像記憶能力の方がよかったのだ。
共に応用できる範囲は狭いが、使いどころは難しくはない上、どんな敵にも一定の効果を発揮するタイプの能力である。

因みに、サーシャの映像記憶能力とは、見たものを正確に思い出せることができる能力だ。
まだ理屈こそ解明されていないが、脳の記憶を司る部分に念動力で働きかけ、自身の望む記憶を引き出すのではないかと推測されている。
言葉で聞いただけでは何てことはなさそうであるが、実際は違う。

一度見たタイプのネウロイにはどのような攻撃が有効であるか、敵の攻撃範囲はどの程度なのかを正確に把握が可能であるし、
不可能としか思えない軌道を行うウィッチであっても、独自に研究が可能と、一度でも戦場で交戦、帰還さえできれば凶悪な能力だ。

対し俺の能力は逆に、応用範囲こそ広いものの、使う敵を選ぶようだ。


ロスマン「教えてくれないのかしら?」

俺「うーん。教えても構わないんだが、使う気はない。当分の間は、単純に空戦と射撃技術の方を成長させたいから」

サーシャ「……まだ、信用してくれていないんですか?」

俺「ち、違うよ! し、信じてるし、感謝もしてる! ただ、なんていうか……その、オレの固有魔法は他人に知られない方が効果を発揮するタイプなんだよ」


悲しげに語るサーシャに、しどろもどろになって応じる。
自分が信用されないのは構わないが、相手のことを信用していないと思われるのは心外だったらしい。

ある意味、年相応の振る舞いにロスマンは一人笑っていた。
戦闘時、いや日常の中でさえ時に冷酷な判断を下す暗兵が、こんな形で動揺するなど笑い話以外の何物でもないだろう。
そして、普段とのギャップが随分と可愛らしかった。何というか、必死で捨てられることを回避しようとしている子犬を見ている気分だ。

自分が如何に信用しているかを素直に伝えていく俺であったが、それが続くに連れてサーシャの顔が真っ赤になっていく。
同年代の男に褒められ慣れていないのだ。打算や欲望なく、純粋な気持ちを伝えてくる人間など、誰もいなかったのだろう。


ロスマン「はいはい、二人ともその辺にして飛行訓練に移りましょうか」

俺「い、いや、先生のことも信じてるし、感謝してるよ。教え方も上手いし、優しいし、それから……」


ぐ、とロスマンも頬が赤くなるのを感じた。
正直、クルピンスキーから日常的にその手のおべんちゃらを聞いていた彼女はある程度耐性があると思っていたが、予想以上の破壊力であった。
語彙力はないものの、純粋に気持ちを伝えられるというのが、ここまで気恥ずかしいものだったとは……!

俺の無自覚な恥ずかしい褒め殺しは、二人が頭から湯気が立ちそうなほど真っ赤になり、アドラーが復活するまで続いたと言う。
最終更新:2013年02月06日 23:18