――上空
俺「チッ……質量の次は数で勝負ってわけか」
サーシャ「大丈夫ですか、俺さん」
ロッテを組んだサーシャがかけてきた声に、大丈夫と短く答える。
彼等の周囲には100機を超える小型ネウロイが蠅の如く飛び回っていた。
驚いたことに、元々はたった一機の大型であったが、ブレイブウィッチーズの面々が近づくや、現在の数にまで分裂したのである。
X-10型と呼称される強大な力を有する大型ネウロイ。
これが人類に接触したのはブリタニア防衛を担っていたストライクウィッチーズであるが、この戦線においても同型のネウロイが存在したようだ。
俺「この場合、コアを破壊しちまうのが一番なんだろうが、見つける方法ってある?」
サーシャ「残念ですけど、私達の中にコアを透視できる魔眼を持っている人はいませんね」
俺「参ったね。勢いはこっちにあるけど、倒し切るより早くこっちの弾がなくなるぜ」
サーシャと共に空を駆ける俺が仲間達を確認するが、そうしている間にもネウロイの撃墜数は凄まじい勢いで増えていく。
流石は攻撃性能、突破能力に関しては右に出る部隊がいない攻勢部隊といったところか。
無茶な射撃と接近を繰り返すクルピンスキーと管野を、それぞれの僚機であるジョゼと定子が絶妙のタイミングで攻撃を防ぎ、更なる攻撃の機会を生む。
しかし、味方も味方ならば、敵も敵。
彼女達の攻撃を上回っていないものの、短時間で再生と増殖を
繰り返し、消耗を待つ腹積もりのようだ。
早い段階でコアを発見せねば、現状は逆転するだろう。人間である以上、死ぬよりも早く限界が訪れる。
サーシャ「一旦、距離を取ってコアを探します!」
俺「見つけられるのか?」
サーシャ「このタイプは何度か戦ったことがあります。コアを持っている本体は他の個体を操作しているのか、挙動が他のものとは違うんです」
俺「成程ね、先にそっちを見つられればこっちの勝ちか」
同型のネウロイと戦闘経験があるのなら、反対する理由はない。
サーシャのストライカーに流れ込んだ魔法力が上昇を生み、周囲のネウロイを引き離していく。
無論、猟犬のように追い縋るネウロイも多く存在したが、後に続く俺が撃ち落とす。
不規則な動きを見せる相手に当てるよりも、誰かを追うという行動に出ている相手に当てる方が遥かに容易である。
尤も、お互いの技量を理解し、味方の行動を予測し、更に相手を信じていなければ出来ぬ芸当だ。
俺「全弾消耗……相変わらず命中率が悪いね、しかし」
カキンと弾切れを告げるMG42に眉を顰め、他の仲間よりも速く全弾を使い切った自分の技量に舌打ちをする。
どうにも銃というものは苦手だ。音はうるさいし、反動も酷くて扱い難い。
かと言って格闘戦は被弾率が上がる。そもそも履いているストライカーユニットはBf109、一撃離脱戦法を前提としたものだ。
MG42を背負い、自身はサーシャの守備に徹する。
大きく広がり、此方を包囲しようとするX-10は他のアタッカーを迎撃することで精一杯なのか、時折無防備なサーシャを攻撃するだけでそれ以上近づいてくることはなかった。
俺「どうだ、熊さん。見つかりそう?」
サーシャ「待った下さい。そう簡単には見つかりませんよ」
僅かな焦りの表情を見せたサーシャであったが、返す言葉は冷静であった。
だが、戦場は膠着し始めていた。
管野は相変わらず猪突猛進に攻撃を繰り返していたが、クルピンスキーは弾を温存を選択。
ジョゼと定子に関しては、二人のフォローにかかりきりで攻撃に転じてこそいないが、いずれは魔法力が尽きるだろう。
出来うる限り早く見つけなければ、敗北こそしないものの、致命的な損害を被る恐れがある。
そんなサーシャの焦りを突くように、命を刈り取る魔の手は忍び寄り……
俺「動くな、熊さん!」
サーシャ「――――ッ!?」
叫ぶと同時に俺の身体が反転する。
サーシャが耳朶に響いた言葉を理解するよりも速く、八条の銀光が軌跡を描く。
身体を掠めそうなほどの距離を通過したそれが何なのかを理解できなかった彼女は、反射的に後方を振り返る。
見れば、八機のキューブが50m程の距離に居た。その全てに、銀光の正体――即ちナイフが突き刺さっている。
いけない、とサーシャが即座にDP28の銃口を向ける。如何に小型とは言え、投擲されたナイフ程度で破壊は出来ないのだ。
次の瞬間、その行動は無為に終わる。
今まさに攻撃しようとしていた八機のキューブが突如爆発したのである。
サーシャ「何……ッ?!」
俺「良し。やっぱりこっちの方が当たるな」
突然の出来事に驚くサーシャとは対称的に、俺は自身の使った武器に納得しているようだった。
何の事はない。彼は武器庫の中で使われていなかった数多の手榴弾をバラし、ナイフの柄に仕込んだのである。
無論、そのような真似をすれば手榴弾本来の威力は失われ、ナイフとして使うことはほぼ不可能だ。
だが、彼には魔法力がある。増した身体能力によって射程は補われ、爆発の威力もまた同様。
使い方と使い所さえ見誤なければ、MG42以上の効果を発揮するだろう。
あの一瞬で八つの物体に対して一度に投擲し、全て命中できるだけの技量があることが前提ではあるが。
俺「……ん? 何だ?」
サーシャ「他の個体も砕けて……。もしかして、破壊したものの中にコアが……?」
彼女の言葉は真実を射ぬいていた。連鎖的に砕けていくネウロイが、何よりの証である。
暫し、茫然とその様を眺めていた二人であったが、近寄ってくる仲間達に気を取り戻す。
クルピンスキー「やったじゃないか、俺。大型の撃墜は
初めてだろう?」
俺「何だ、見てたのか。……撃墜なんて興味はないけどな」
社会における地位や名誉。それらとは無縁の彼にとって、撃墜数や大型の撃墜など興味の対象外であった。
またまたぁ、などと俺の肩に手を回し、頭を撫でるクルピンスキーにくすぐったそうに眼を細める。
その様子を眺めていた管野はムっとした表情で両手を組んでいた。きっと獲物を横取りされた気分なのだろう。
それでも何かを言わなかったのは、俺の次に全弾消耗した自分への戒めのつもりだったかもしれない。
定子「でも、コアの場所がよく分かりましたね」
俺「いや、たまたまだ。正直、今ので倒せると思ってなかったから困惑気味だよ」
ジョゼ「何はともあれ、よかったじゃないですか。俺さん大型初撃墜記念に、今晩はごちそうにでもしましょうか?」
俺「…………それ、お前がたらふく食べたいだけじゃない?」
空気を読まない指摘に、はうぅとジョゼは声を漏らす所を見ると、どうやら何割かは指摘が正しかったようだ。
朗らかな笑い声が、勝利を謳うように青空の上に響いていく。
結局、俺の辞退も受け付けず、今夜の夕飯はいつもよりも少しだけ豪勢なものを出すということで落ち着いた。
一体何を出そうかと談笑しながら基地へと帰投するウィッチ達の後を飛び、俺は一人神妙な顔付きで何かを考えている。
円満な終結を迎えた事の何が不満だというのか。或いは、何を疑問に思う必要があるのか。その胸中を理解できる者は、残念ながら彼一人だけであった。
―――ハンガー 夜
サーシャ「そう、そこのボルトを締めて、……終わりですね」
俺「ふむふむ。思っていた以上に複雑だな。こりゃ覚えるのに時間がかかりそうだ」
サーシャ「当然です。各国の技術の粋を集めたものがストライカーユニットなんですから」
ピンと右手の人差し指を立て、諭すように顔を寄せるサーシャに、ふーんと気のない返事する。
俺はレトロな技術を積み重ねてきた人間である。現代の、ましてや何だかよく分からない理屈で飛んでいるストライカーに、一定以上の興味を持つことはないのだろう。
夕食を済ませた後、ストライカーユニットの整備の仕方を教わっていた。
あくまでも門外漢でも行える簡単な整備であったが、何の知識もない状態ではこれが限界だ。
ふうと一息ついて、オイル塗れの手袋を外す。
想像以上に複雑な機構に嘆息したのだ。ナイフなら研いで終わりだが、これでは時間がかかりすぎる。
俺「付き合って貰って悪いね、熊さん」
サーシャ「いいんですよ。どんな形でも、ストライカーに興味を持って貰って嬉しいですから」
そう言えば、父親が機械技師だとかで機械に強かったんだっけ、とサーシャが整備についても一流である理由を思い出す。
幼い頃から機械に慣れ親しんでいたのなら、他人に教えられるほどの知識を持っていても不思議ではない。
俺「熊さん、ちょっと待ってて」
サーシャ「……はい? あ、俺さん! ちょっと!?」
何をするつもりなのか。戸惑うサーシャを余所にハンガーを後にする。
このまま部屋を帰ろうにも、待っていろと言われた以上は勝手に帰る訳にもいかない。
外は既に一面の雪化粧がなされ、地面や草も見えないほどに積もっているくらいだ。ハンガーの中と言えど気温は低い。
幸いにしてオラーシャ出身の彼女は、この程度の寒さには慣れていたが、寒いものは寒いし、体温は徐々に奪われているものだ。
俺「ごめん、お待たせ。……はい」
サーシャ「これは……?」
俺「ハーブティー。今日使ったナイフを買った時にね」
サーシャ「はあ。ハーブティー、好きなんですか?」
俺「いや、別に。熊さんに整備に関して世話になってるから、お礼にでもと思って」
サーシャはキョトンとした表情で俺を見る。
正味な話、礼節に関してはキチンとしているが、こうした形で礼をする人物だとは思っていなかった。
彼女としては喜んでいいのやら。物を強請っていた訳ではないし、自分が好きなもの、興味のあるものに対して他人が興味を示してくれるのは純粋に嬉しかったのだから。
俺「ああ、もしかしてハーブティー、苦手だった?」
サーシャ「いえ、全然!」
ともあれ、素直に好意を受け取ることにした。
少し不安げな表情を見れば、こうしては他人にものを買うのは初めてなのだろうと察することが出来たし、その初めての権利を受け取ることも嬉しかったから。
自分のコートを地面に敷き、俺が座るように促す。
人の物に下敷きにして地面に座るのは気が引けたが、彼のことだ。譲ることはないだろうからとすぐ折れた。
手渡されたハーブティーを口に含むと、口と鼻の奥にカモミールの香りと味が広がる。
そう言えば、カモミールはマザーズハーブや女性のためのハーブと呼ばれていたのを思い出す。
確か効能は、風邪や頭痛、生理不順の肉体面のみならず、情緒不安定や不眠症、ストレスのような精神面なものにまで及ぶ。
こうして思い出すと、女性のためのハーブというのも納得だ。
横を見れば、俺のしかめっ面があった。どうやらハーブティーは彼の舌には合わなかったらしい。
しかし、その表情の理由はそれだけではないようだった。
サーシャ「……どうかしたんですか?」
俺「ああ、いや……大したことじゃないんだけど。ちょっと気になってさ」
サーシャ「もしかして、基地の人に何か……?」
俺「違う違う。整備班とも警備の連中とも人間関係は概ね良好だよ。そうじゃなくて……」
サーシャ「言い難いことでないのなら、教えてください。私達は仲間なんですよ……?」
彼にしては随分と歯切れの悪い物言いに、どんな悩みなのかと首を傾げる。
俺「もう終わった話なので掘り返していいのか分からないが……今日のネウロイ、可笑しくなかったか?」
サーシャ「可笑しいと言えば、可笑しかったかもしれませんが……」
確かに、俺の指摘通りであった。
何故コアを持った個体が、わざわざサーシャの頸を取りに来たのか。その疑問に答えが出てこない。
チェスに例えるならばキングが、将棋に例えるならば王将が。僅かな駒を従えて前に出てきたのである。異常としか言いようがない。
しかも今日の戦いは、ネウロイの侵略範囲を広げるような重要な戦いでも、大々的な侵攻でもなかったのだ。ネウロイに無理をする理由はないだろう。
目的があるとするならば、人類側の戦力を少しでも削るための戦いであったはずだ。
あの最中、狙いがサーシャにあったとしても、あの選択肢はありえない。
サーシャ「でも……相手はネウロイですから、此方にとって不合理な選択をしても……」
俺「それだよ。ネウロイが不合理な選択をするのが解せない。いや、不合理以前の選択だ。だから、そこに何らかの意図があったように思える」
ネウロイの行動は機械に近い。それ故に合理的で無駄が少ない。
中には異端ともいえる行動を取る個体も存在するが、その数は極端に少ないのが現実である。
人類に対する殺戮以外のアプローチ。彼奴等にも何らかの意図があるのは間違いない。
しかし、そもそも生き物であるかも分からない存在が相手では、人間に読み解くことは不可能に近いだろう。
思い出すのはニパと哨戒任務の際に出会った人間に近い思考を持つネウロイ。
あのネウロイと似ている気がした。何の証左もない直感ではあるものの、確信に近い予感があった。
サーシャ「でも、もう倒した敵ですし、あまり気にするのも身体に毒ですよ」
俺「…………うん、そうだな。事が起こってからでは遅いけど、終わった事を気にしすぎるのも意味がない、か」
サーシャ「あ、そうでした」
空になったティーカップを地面に置き、向き直る。
俺は何事かと少し驚いたように眉を動かしたが、彼女に倣い正座で向かい合った。
サーシャ「今日は、助けてくれてありがとうございました」
俺「別にいいよ。仕事……むぐ」
サーシャ「そうじゃなくて、別の言葉があるでしょう?」
片手で俺の口を塞ぎ、サーシャは雪の中で咲く花のような笑みを浮かべる。
俺「次からは気をつけろよ?」
サーシャ「気を付けますけど、違います」
俺「チッ。わざわざ俺に尻ぬぐわせやがって、めんどくさい?」
サーシャ「ぐ。……油断した私も悪かったですけど、その言い方はあんまりです。それも不正解!」
俺「いくら僚機がいるからって、戦場で気を抜くなんてね。……このド素人が!」
サーシャ「遂に疑問形じゃなくなった! そんな風に思ってたんですか!?」
握り拳をふるふると震わせ、静かな怒りの表情を形作る。
俺からすれば、1割くらいは本心だったので、参ったなと頭を掻く。
尤も、危険に晒す要因となったのは、ネウロイの特異性が気になって周囲への警戒を怠った自分自身でもあるので冗談のつもりだった。
いくつかの言葉はすぐに浮かんできたが、どれも先の言葉と似たようなものばかり。彼女の望むものではないのは明白だ。
そこまで考えて、ああ、と一つの可能性に気付く。一般人なら一番始めに気付く可能性だろうが、思考回路が異質な彼では時間がかかるのも頷ける。
俺「どう、いたしまして……?」
サーシャ「はい、よく出来ました」
俺「こ、子供扱いは止めてくれ」
不安げに答える俺の頭を、サーシャはよしよしと撫でた。
撫でられた途端、項垂れて顔を赤くする様は、借りてきた猫のようで不思議な愛嬌がある。
暫く撫で続けていると、えへへと年相応の笑みを浮かべる彼は随分可愛らしかった。
俺「ん。今日はありがと、勉強になった」
サーシャ「どういたしまして。これからも気軽に声をかけてくださいね。時間が許す限り、付き合いますから」
俺「うん、そうする。…………ああ、そうだ。部屋まで送る」
サーシャ「………………送り狼にならないでくださいね?」
俺「そんな目で見られてたのか、俺。ていうか、伯爵じゃないから。そんな経験もないし、大胆さもいらないよ」
冗談ですよ、と言う彼女をジト目で見るが、くすくすと笑うだけで効果はない。
それに釣られるように俺も薄く笑った。
ほんの少し前までは考えられない環境と、それに安らぎを感じている自分が可笑しかった。
少しづつ変わり始めた自分自身に戸惑いこそあるものの、悪い気はしない。このまま身を任せるのもいいだろう。
二人の声がゆっくりと遠ざかっていくと、ハンガーに残ったのは、沈黙のみであった。
最終更新:2013年02月06日 23:20