――上空
空へと上がる黒い竜。
一体、どんな力が働いているのか。如何なる金属で構築されたのかも分からない異形の両脚が地を離れていく。
アドラー「しかし、どう倒すつもりだ」
俺「やることは同じだ、撃って堕とす」
答えるが速いか、俺は引き金を引いた。
狙いをつけるには余りにも十分な時間があり、新たな力を獲得した黒竜は余りにも度が過ぎた隙があった。
例えるなら、
模擬戦開始の合図すら待たず、引き金を引くかのような行為。卑劣と罵られても仕方がない。
悪びれることのない正々堂々の不意打ち。
だが、相手はネウロイであり、やっているのは戦争だ。其処には慈悲もなく許容もない。その時、その瞬間に限ってはあらゆる行為が肯定される。
僅かな横風に軌道を変えられながらも、発射された2発のロケット弾は黒竜の身体に突き刺さるかのように見えた。
しかし、見えない操り糸で進行方向を変えられるかのように、現状では在り得ない軌道の変化を見せ、一発は地上へと、もう一発も敵の存在しない天空へと昇っていった。
管野『うおッ!? 危ねぇだろうが、よく狙え!』
俺「狙ったつもりだったんだがな。……どうやら、アイツの周囲は風が渦巻いているみたいだな、どうなってるんだか……」
ロスマン『確かに、ロケット弾は風の影響を受けやすいけど……』
俺「元々俺は射撃の腕がよろしくない。あれの周囲に発生している暴風を読んで攻撃を当てるのは不可能だ」
ラル『では、どうする……?』
俺「決まってる。風の影響が意味がないほど近づいて撃てばいい。思い切り近づいて引き金を引くだけの簡単な仕事だな」
ニパ『でも、そんなことしたら俺が……ッ!』
俺「問題ない。幸いにしてロケット弾は時限式。離脱には十分な時間がある」
クルピンスキー『ッ……でも、』
俺「笑わせるなよ、伯爵。やってることは普段のお前等と同じだ。要は近接射撃な訳だからな。危険度は違うかもしれんが、否定する権利はない筈だ」
相も変わらない自らに降りかかる危険に対する興味のなさ。性質が悪いのは、危険を正しく認識している上での興味がないという点だろう。そういう人間は、他人の説得に耳を貸すことはない。
来るぞ、というアドラーの呟きに応じるかのように黒竜が迫る。俺は舌打ちと共に身体を翻し、距離を取った。だが、圧倒的な質量の差にも拘らず、僅かな距離しか稼げない。
擦れ違い様にロケット弾を浴びせるという手もあったが、黒竜の周囲に渦巻く風の強さは暴風域と言っても過言ではない。
機体の操作を誤れば、何もできないまま墜落する可能性も否定はできない。死ぬのは構わないが、何もしないまま、問題を解決しないまま死ぬのは、俺としても本意ではない。
俺「来い、アドラー!」
アドラー「構わんのか……?」
俺「可笑しな真似をすれば、即座にコッチから追い出す。それに、乗っ取りに対処する方法は考えてある」
流石だな、と漏らし、俺の身体に重なると解けるように一つになった。
単なる同調ではなく、一息に覚醒状態にまで至る。敵の戦力が分からない以上、過去に一度は切った手札である以上、出し惜しみはない。
以前のような精神が侵されるような不快感は皆無だった。あの精神を崩壊させかねない感覚は、身体を奪う術式が発動していたが故なのだろう。
血液と魔法力が凄まじい速度で全身を駆け巡る。骨と筋肉の軋む音に、限界を超えた身体強化を確信する。
烏羽のような髪が長く伸び、爪が猛禽の如く尖り、金へと色を変える瞳は地平線まで見通すほどの視力を得た。
アドラー《追い付かれるぞ!》
俺「シィ――!」
袖から取り出した三本のナイフを、振り返りもせずに後方へと投擲した。射線の先には、俺の全身を噛み砕かんと迫る黒い口腔が。
吹き荒ぶ風を物ともせず、三本のナイフは口内に突き刺さるや、間髪入れずに爆散した。
籠る爆発音と共に、悲鳴の如き咆哮が続く。
火力が足りないのか、顎を破壊するにまでは至っていないが、怯ませるには十分だった。
好機と見たか、追い縋る黒竜の周囲を螺旋を描く軌道で腹の下へと潜り込む。
荒れ狂う暴風を前にしても、墜落もしなければ、軌道に乱れが生じなかったのは、偏に覚醒状態へと至ったお陰。
難しい魔法力、機体の制御をアドラーに一任し、自らは異常なまでに強化された聴覚によって、風の音からあらゆる方向から吹き荒ぶ暴風の流れを読んだのだ。
俺「喰らえ……!」
近づける限界まで近づいた俺は、即座に引き金を引く。
発射されるロケット弾は、風の影響を受けながらも、ようやく黒竜の腹部へと突き刺さった。
コアの位置の如何は別にせよ、爆発の影響のない場所に逃げなければならない。弾を命中させた感慨などまるで抱いていない俺は、離れようと機体を操作する。
アドラー《マズイ、来るぞ!》
俺「チィッ! デタラメな奴だ……!」
離れようとした瞬間、黒竜の全身から紅い六角形の紋様が浮かび上がったかと思えば、全方位へと雨のように細く、大量の紅い閃光が伸びる。
回避不可能と判断した俺とラル達は即座にシールドを張り、直撃を避けた。
しかし、黒竜は周囲に存在する魔法力を強制的に拡散させる能力、或いは機能を有する。
となれば、その範囲内にいる内は、固有魔法による攻撃どころか、シールドの強度も下がってしまう。
無論、そのようなことは先刻承知。
だが、先に見せた口からの照射や竜の巨体を使った攻撃のみが精々と思っていた。それは致命的な間違いだったのだ。
易々とシールドを突き破り、無数のビームが俺を襲う。
咄嗟に光と光の合間へと身体を滑り込ませた俺であったが、手に握ったフリーガーハマーまではそうはいかなかった。
熱を持つ赤光に貫かれれば、どうなるか考えるまでもない。
舌打ちをする余裕すらなく、手にしていたフリーガーハマーを投げ捨てる。しかし、その程度で誘爆の範囲から逃げられる筈もない。
皮肉にも、黒竜へと放ったロケット弾とフリーガーハマーが爆発する瞬間は、同時であった。
俺「ぐ、がァァッ――!!」
アドラー《……ぬぅッ!?》
ラル『俺ッ……!』
爆炎と爆風。何よりも、フリーガーハマー自体の破片が俺の全身を襲う。
右腕で胴を、左腕で頭と首を直撃から守るが、熱と衝撃、そして痛みに思考が白に染まる。
だが、恐るべき精神力によってそれらの一切を無視し、自身が負った傷を痛みによって確認する。
右鼓膜破損、両腕に多数の裂傷と火傷、腹部と脚に破片が突き刺さっているが内臓、重要な血管への損傷はなし。
俺(上出来だ、運が良かったな。しかし、武器を失った。このままでは決定打に欠く。ナイフでも銃でも魔法力が通用しない以上、コアの破壊は難しい。ならば……!)
俺が視線を向けたのは、ロケット弾で抉られた黒竜の腹部。其処には僅かではあるが、コアが見え隠れしている。
それを確認するや、仲間へ自らの無事すら告げず、俺は翔けた。
目的はただ一つ。コア向けての特攻。第一次ネウロイ大戦で彼の先達が敢行した爆弾を抱えての自爆である。
通常のネウロイならば、このような真似はしなかっただろう。
しかし、黒竜はラル達の意志によって解き放たれたネウロイである。如何なる被害も出してはならない。
戦闘が長引けば、何がしかの被害が出るのは目に見えている。ならば、この機会を逃す訳にはいかないだろう。
服の下に隠していたベルトで括られた爆弾のピンを抜く。後は、コアへと飛ぶだけだ。
ラル『待て、何をする気だ、俺!』
その問いに答えるつもりなど毛頭ない。答える必要性を感じてない。
被害を最小限に抑え、行動するまでに許された時間は限りなく少ないのだ。答えていては勝機を逃す。
別れはいずれ訪れるものと、あっさり自らの死を受け入れ、ストライカーに魔法力を注いで加速した。
自らの人生を振り返る走馬灯すら垣間見ず、一直線に黒竜の腹部。露わとなったコアへと駆け抜ける。
だが――…………
俺「ッ!? アドラー、貴様、この期に及んで……ッ!」
アドラー「すまんな。これは儂の務めだ」
ガクン、と飛行速度が急激に減速する。
伸びていた髪も、鋭く尖った爪も、金色に染まった瞳も、全てが元の状態に戻っていった。
ストライカーの速度が落ちたのは、俺の魔法力をアドラーが奪っていったからであり、元の状態に戻ったのは使い魔の側から覚醒を解いたからだ。
思わぬ妨害に悪態を吐く俺。
それに耳を貸さず、アドラーは謝罪の言葉を述べるだけだった。
革製のベルトが鋭い猛禽の爪によって絶たれ、俺の身体から抜け出たアドラーは爆弾と共に羽ばたく。
黒鷲の後方では、仮初とはいえ自らが主とした少年が何かを叫んでいる。
まさか、自分の身を案じる言葉を吐く訳がない。恐らくは、自分の仕事を取るなとでも言っているのだろう。
しかし、そんなことを考えている暇は、すぐに消えてなくなった。
度重なるダメージで黒竜の飛行速度は落ちていたが、周囲に渦巻く暴風は消えていない。如何に鷲の身であったとしても、まともに飛ぶことすら難しいのだ。
何やら、俺の仲間達が叫んでいたが、インカムの持たぬ彼には届かない。
アドラー(思えば、長い道程であった。……だが、)
気が遠くなる道のりを歩む、先行きの見えぬ旅であった。
だが、思い返してみれば、印象に残る記憶は殆ど残っていない。それは目的以外に興味を示さなかったというよりも寧ろ、長すぎる時の中で徐々に記憶を失いつつあったということだろう。
それでも頭の片隅に残る暖かな記憶は、時に目的すら忘れさせる威力を秘めていたのも事実だ。502での生活もまた、アドラーにとっては――――
アドラー(“生きていたのなら、帰りたい”か、……また、らしくもない願いだな)
黒鷲にとっても、彼女達の元は帰るべき場所になりつつあったらしい。
それでも彼の飛翔は止まらない。
もし仮に、黒鷲と主である少年に共通項があるとするならば、自身の願い、ささやかな幸せすら躊躇なく置き去りに出来ること。
但し、俺は生きている人間の為に。黒鷲は既に死亡している、愛した女の為に。
自らの人生に嘆きはなく、選択に戸惑いもない。
アドラー(ああ……、これで、ようやく)
黒鷲になってまで、愛したウィッチの魂を救おうとした男は最後に何を思ったのか。
自らの人生を狂わせる元凶となった黒竜のコアへと向かい、そして――――
――談話室 一週間後
結果だけ言うのであれば、目的の達成率は五分五分だった。
当初のアドラーの目的は達成され、かつてウィッチの施した封印、竜型のネウロイは他ならぬ彼の手で撃破された。
だが、ラルのアドラーを戦力として取り込もうという目的は達成できなかった。
結局の所、アドラーの勝ち逃げと言った所である。
ジョゼ「………………」
サーシャ「………………」
俺「お前等な、いつまでも暗い顔をするな。気持ちを切り替えろ。お前等の目的は、もっと別の物だろう」
管野「分かってるよ! アイツは自分の目的は果たしたし、あたし達が何かを失った訳じゃない! そんなことは……」
俺「……俺の使い魔云々は口実で、ただアイツを助けたかったのが本心だろう? なら、目的が達成された以上、何の問題も無いはずだ」
ニパ「でも、死んだんだぞ……ッ!」
俺「それこそ可笑しな話だろ。何だかよく分からない魔法で生き長らえていただけで、元よりこの時代にいない人間。あるべき所に帰っただけだ」
冷淡とさえ言える俺の態度に何人かが睨み据える。
敵に認定したアドラーが居なくなった俺はいざ知らず、他の皆はいまだに仲間を失ったと認識に違いある。
確かに、俺もアドラーが悪人ではないことは分かっていたが、それでも敵は敵だ。死を悼むことはあっても、悲しむことはない。
クルピンスキー「君は、あれでよかったと……?」
俺「俺としてはな。アドラーとしても、本望だろうよ。自分の手で宿敵を倒せた、それ以上の満足が奴にあるのか?」
ロスマン「それは……、そうかもしれないわね」
他者の望む結末と自分が望む結末は、決して重ならない。様々な因果が積み重なり、一つの結末へと向かっていく。
だからこそ、各々が力を合わせ、あるいは他者を利用してすら、己の望む結末にひた走る。
今回は、アドラーの望む結末と相成った。それは決して彼女達の力量が不足していたのではなく、一人の人間の数百年にも及ぶ執念が招いたのだろう。
俺「ラルには悪いが、アドラーがいなくとも俺は戦える。戦力半減だが、可能な限りのことはしよう。それで納得はできないか?」
ラル「…………いや、お前を責めるつもりは元よりなかったよ」
俺「そうか、それはなにより。じゃあ俺は仕事に戻る」
暗く、落ち込んだままの雰囲気を気にせずに俺は談話室を出て行こうとする。
この空気、この悲しみは彼女達が戦いを続ける以上、これから何度となく味わうものであり、そして何度となく味わってきた苦い経験だろう。
要するに、どうとでもなると思っているのだ。
この経験を糧にするもよし、二度と同じ経験を繰り返さないと誓うもよし。どちらにせよ、前に進むための原動力となるのは間違いない。
そして、この程度で潰れてしまうのであれば、もう戦場に出ない方が彼女達のためでもある。
クルピンスキー「一つ、聞いてもいいかな?」
俺「ん? 俺にか?」
クルピンスキー「そうだよ。君は今回の件、本当にそれでよかったと、そう思っているのかい? こんなあっさり人が死んだって言うのに」
如何に打算を含んだ関係とはいえ、アドラーと俺には少なからず相互の信頼があったはず。そんな、淡い期待を込めた問いかけだった。
もし仮に、そんな期待に答えてくれない、そんな思いすら抱かない人物であるのなら……自分達は俺に対する評価を、ひいてはこれまでの関係に終止符を打たねばならない。
そんな冷酷極まる人間と共に戦っていくことなぞ出来はしない、と暗にそう問うていた。
掴んだドアノブから手を離し、考えこむ仕草すら見せずに振り返った俺は口を開く。
俺「ああ。さっきに言ったことは、偽らざる本心だよ」
クルピンスキー「……君は――ッ!」
俺「別段、アイツも無為に死んだ訳でもない。アイツは望むがままに行動し、目的を死んだが、残したものもあるだろうよ」
ニパ「どういう、こと……?」
俺「簡単な話だろ」
目的や思いはどうあれ、アドラーは俺の命を救った。あるいは俺の身体を乗っ取った時にも街へ向かったネウロイを撃墜してみせた。
その結果として、俺は今こうしてこの場に立てているし、ネウロイを撃破したことで救われた人間もいるはずだ。
なればこそ、アドラーの死は決して無駄ではなかった。彼の死によって出来た道を歩み生きる人間がいるなら、無駄であろうはずもない。
誰かの死が、誰かの生に繋がっているのならば、それでいいと俺はそう言った。
俺「人間なんてそんなもんだ。だから、終わったことに対していつまでも答えを出せずに立ち止まっている方がよっぽどの問題だ」
クルピンスキー「………………」
俺「俺は誰かの死に対して、そういう答えを出したと自分勝手に思っているだけだ。冷酷だと罵りたければ好きにしろ、それでお前達の気が晴れるのならな。俺は死ぬまで前に進むだけだ」
一遍の迷いもない、俺が出した死に対する答え。
例え自身が屍山を築こうとも、血河の中を歩いていようとも、決して歩みを止めはしない。己がその一部となり、誰かの道となるまでは。
なんて自分勝手で、なんとも酷い話。それでは何時まで経っても、人類はそういう生き方しかできないではないか。
クルピンスキー「……参った、なぁ」
どんな顔をしていいのか分からず、泣き笑いの表情でクルピンスキーは頭を?いた。
そこまでの覚悟と答えを信じているというのならば、今この場で誰よりもアドラーの死と向かい合っているのは、他ならぬ俺だ。
例え自分勝手であったとしても、明確な一つの答えを提示し、実践している彼の前では、こうして答えも出せないまま、冷酷だ、間違っていると言っている自分の方が駄々をこねている子供ではないか。
クルピンスキー「でも、僕は……多分、他の皆も、その答えを受け入れるつもりも、認めるつもりもないよ」
俺「ああ、いいんじゃないのか? 俺よりも上等な答えを見つけてくれ」
ラル「……意外だな。お前なら、甘えるなと言いそうなものだが」
俺「馬鹿を言うなよ。誰かの死を否定する人間がいなけりゃ、それこそ世界は屍山血河で溢れかえる。人類が消え失せる羽目になるぜ」
ラルから発せられた忌憚のない意見に、俺は肩を竦めて答えた。
そういう人間がいるからこそ、被害が最小限に収まるとでも考えているのだろう。
自分の考えが受け入れられなかろうと、気にも留めない。それはそれで良しとして、俺は自分の考えを貫くだけである。それこそ、死の瞬間まで。
ある種、自分なりの答えを見出した者として、当然の姿勢なのかもしれない。
俺「話は終わりだな。納得してくれたか?」
クルピンスキー「納得なんてしないさ。でも、君の考えはよく分かった。悪かったよ、どうかしていた」
俺「別に気にしちゃいない。極力合わせるつもりじゃいたが、俺の考え方と噛み合わないのは理解してた」
サーシャ「もしかして、いつか私達が俺さんを見捨てるとでも思っているんですか?」
俺「勿論、それも視野に入れている。俺達の齟齬は絶対に噛み合わない。いつか手に余る時が来るさ」
ラル「馬鹿を言うな。お前を解き放ったら、何処の誰に被害が出るか分からん。手綱はキッチリ握らせてもらうぞ」
管野「全くだ。お前みたいな危険人物。俺等が雇ってた方が世のため人のためだろ」
ロスマン「ふふ。管野少尉の言うことも、もっともね」
ニパ「皆、酷いこと言うなあ……まあ、否定できないけどさ」
ジョゼ「私達は色々と助けられてきましたから、絶対に見捨てたりなんてしませんよ」
下原「それに隊長に言わせれば、貴重な戦力ですからね」
俺「やれやれ。揃いも揃って終身雇用契約を希望か? 実入りはいいが、暗兵として喜んでいいやら、悲しんでいいのやら分からん所だ」
それは俺なりの冗談であったのだろう。暗く沈んでいた雰囲気が霧散し、ようやく朗らかな空気が部屋を流れ始めた。
アドラーの死が皆の心に傷を残したとしても、それが一生引きずるような瑕だとしても、人は生きている限り、前に進み続ける。
それでいいと俺は思っている。そう思わない人間であっても、過去が変えられない以上、過去が変えられたとしても、人は死ぬまでそう生き続けるしかないのだ。
その時、コンコンと窓を何かが叩く音が気付いた。
俺「――――あ?」
ラル「どうか――――」
クルピンスキー「二人とも、そんな顔し…………えぇー」
ロスマン「ちょっと、ど――――ッ!?」
ジョゼ「えぇッ!?!?」
ニパ「ああッ!!」
管野「ッッ!?!?」
サーシャ「……ッ、…………ッ!?」
下原「ど、どどど、どうしてッ!?」
窓の外に目を向けた皆が固まったり、指を差したり、呆けたり、各々別の反応を見せながらも抱いた疑問は同一であった。
アドラー「おーい、ここを開けとくれぇ。寒くて敵わん」
それは、どうして死んだはずの黒鷲が窓の外で羽ばたきながら、此処を開けろと催促しているのか、という疑問。
誰もが夢かと固まり、動揺で次の言葉を発することさえ出来ない。顔を見合わせ、目を丸くするのが精々である。
そんな中、いち早く動揺から立ち直った俺は、無表情のまま窓の前まで歩み、アドラーを部屋の中へと招き入れた。
俺「お前、生きてたのか」
アドラー「まあの。儂も驚きじゃよ」
俺「――――チ」
アドラー「露骨に本人の前で舌打ちは止めてくれんか。儂とて予想外なのじゃからな」
カハクの扱う魔法は出鱈目と理不尽を形にしたようなものと聞いていたが、実際に目の当りにすると、それでも驚愕は拭えない。
あの規模の爆発で、如何に魔法力を有しているとしても五体満足でいられる方がどうかしている。それは爆弾を用意した俺自身がよく分かっていた。
ロスマン「どうして、あの時確かに……?」
アドラー「ああ、あの爆発で身体は細切れになったが、頭と片足は無事でな。バラバラになった身体のパーツをかき集めるのに苦労した」
管野「つ、繋がるもんなの、か……?」
俺「聞いた話じゃ、カハクの連中は身体を解体しても生きてるし、傷口を繋げば元通りになる回復力もあるらしいからな。普通の人間だって適切な処置を行えば切断された腕が繋がる可能性があるんだ、不思議じゃない」
サーシャ「で、でも、そんな綺麗に切断されたわけでもないのに」
俺「そこが、カハクのカハク足る由縁だな。全く、天地自然の理を捻じ曲げるのも大概にしておけという話だ」
目の前で起きている現実を容易に受け入れ、俺は肩を竦める。その様子に驚きも喜びもない。現実にこうなった以上、ただあるがままを受け入れるしかない。
俺「それで、どうして戻ってきた? お前が此処にいる理由はもうないはずだがな」
アドラー「そうだな。この身は仮初の器。儂の意識も何時まで持つかも分からん。だが、この意識がある限りは、誓いは果たす」
その誓いは『目的を果せたならば、共に戦う』と彼女達とアドラーが交わしたもの。
随分と律義なものであるが、アドラーが人間出会った頃、騎士として生きていた男であるのなら何ら不思議ではない。
アドラー「我が騎士道とお前達に救われた彼女の魂に誓おう。お主がそれを受け入れるつもりがあるのなら、な」
俺「はん、勝手に誓え。俺には関係ないね。一度は捨てた騎士道や死んだ女に誓うことが何の意味があるか理解できんしな」
アドラー「相も変わらず口の減らん奴だ。して、返答や如何に?」
嗤う元人間の猛禽類に対して、俺は忌々しげに舌打ちする。周りを見れば、ウィッチ達は一様に笑顔を浮かべ、俺の返答を期待して待っている。
正直なところ、俺としては困った展開である。アドラーが死んでいた方が、俺としては理想的だった。
一度裏切った者と共に戦うなぞ、俺の感性からすれば、まずありえない行動だ。もしするにしても、そこには何らかの理由が欲しいところである。
それもなしに、裏切り者との再度の共闘。…………考えただけでも背筋が凍る。俺は自身の性能を過信してはいない。空の上で背後の味方の裏切りに気にしながら戦うなぞ自殺行為も甚だしい。
しかし、それでも依頼人にそんな顔をされては断りたい申し出も、断ることも出来ないではないか。
俺「いいだろう。こうなった以上、俺も受け入れるしかない」
アドラー「うむ。お前ならばそういうであろうな。だが、言いたいことはそれだけか?」
俺「敢えて言うなら…………散々使い倒したあと、ボロ雑巾のように捨ててやる」
アドラー「――クク! それでこそだ!」
ウィッチ達は俺の物言いに唖然とする。ここまで真摯な姿勢を貫くアドラーに対しても、俺は一切態度を変えることはないようだ。
だが、黒鷲はそれでこそ暗兵、それでこそ俺であると呵々大笑した。
アドラーの笑い声だけが談話室に響き、見守る者達はその様に苦笑を浮かべることしかできなかった。
暫く経つと、ようやく笑いの虫が収まったのか、使い魔である黒鷲は俺に向かって恭しく首を垂れる。
アドラー「ここに誓いを。――――我が身、悉く尽き果てるまで剣となり翼とならん。我が主、この恩は必ずや、戦場にてお返して見せよう」
此処に、一つの終わりと始まりが。
暗兵と黒鷲の主従は、偽りから真のそれへと変革する。例え、其処に相互の信頼はなくとも、彼の誓いに偽りはない。
かくして、暗兵と黒鷲、そしてウィッチの物語は次なるステージへと続く。
歯車は軋みを上げ、隠れていた事実が顔を出す。彼等はその中で何を思い、どう戦うのか。その先に待つものは果たして――――
最終更新:2013年02月06日 23:27