――上空 正午



常以上に数が多いわけでもなく、常以上に大型が無数に存在するわけでもなく、常以上に新型が飛来していたわけでもない。
何時もと変わらぬ迎撃任務。選考されたメンバー――管野、クルピンスキー、サーシャ、ジョゼ、俺ならば、ものの十数分で撃破できたであろう任務だった。
敵は中型が五機と目新しいものも何もなく、不足の事態さえ起きねば、一方的な撃滅で済んだであろう現実は――


管野「何なんだ、あのヤロウはッ!?」

クルピンスキー「ナオちゃん、落ちつ――――」

俺「伯爵、管野! 後ろだ、避けろ!!」


――今や、戦場に相応しい様相を呈している。

事の発端は、人類の生存圏へと足を踏み入れたネウロイを命令と使命感通りに倒した五人の前に突如現れた闖入者であった。
“それ”を目にした俺以外の四人は己が目を疑ったのも一瞬のこと。
……いや、一瞬にせざるを得なかったというべきだ。闖入者は、それこそ虎のような勢いで襲い掛かってきたのである。

俺を除いた四人は未だに混乱と冷静の狭間にいた。
黒く濁るように光る装甲、時折装甲上に煌めく赤い光。空を舞う鋼鉄の固まり。
どれもよく知るネウロイの特徴である。ただ、彼女達が知るネウロイと違ったのは――――“それ”が人型であったことだろう。


ジョゼ「た、大尉、あれは……!」

サーシャ「どうやら、501が交戦した人型ネウロイのようですね……!」


しかし、それだけならば、サーシャ自身はここまで動揺することはなかったはずだ。彼女はかねてより各国の部隊と積極的に情報を交換し、人型ネウロイの存在は知っていた。
そこから得られた情報は、どうやらネウロイは戦いを経て得たウィッチの情報を元に、同胞を生みだしているであろう事実。
最新の情報は501統合戦闘航空団から、古くはスオムス義勇独立飛行隊――現507統合戦闘航空団でも人型ネウロイとの接触は確認してあった。

それでもなお驚愕から抜け出せずにいるのは、伝え聞いていた言葉とは、頭に叩き込んだ書類内容とは余りにことなるフォルム故。
人型ネウロイを正確に呼称するならば、ウィッチを模している以上、ウィッチ型ネウロイとした方が正しいだろう。
実際、これまでに確認されているそれらのネウロイは一様に女性のような体型であり、両脚はストライカーユニットらしき形をしていたと聞いている。

だが、このネウロイは正に人型だった。
一部の隙もない鎧兜のような形状。中世の騎士が見れば、機能と美を両立した理想の戦化粧を前に感嘆を漏らし、憧憬を抱いただろう。
体型に関しても女性らしさなど欠片もなく、男性的。そして、手には長剣を握っていた。ウィッチとはいうよりは、戦士・剣士といった方が正しい。


管野「くそ! またかよッ!!」

アドラー《主ッ――!》

俺「……上かッ!」


管野の背後から狙ったネウロイは、剣戟を躱されるや否や即座に俺へと奇襲を仕掛けた。
そして、サーシャは確かに見た。百数十mは離れていたであろう管野と俺の距離を一瞬にして無にした姿を。
その軌道が見えた訳ではない。そもそも軌道なぞ存在しない。一瞬、ネウロイが赤い光に包まれたかと思えば、次の瞬間に全く別の場所に移動しているのだ。

瞬間移動、空間転移。呼び方は様々だが、隔てられた空間を一瞬で行き来する術。
ネウロイの有する能力か、技術であることは疑いようはなかったが、使用されているのをサーシャ――いや、ストライクウィッチーズを除くウィッチにとっては初めてだろう。
ましてや、それは伝え聞いていた使用法とは違う。彼女は精々が、ネウロイの巣から出てくる時にのみ使用された、と他ならぬミーナ・ディートリンデ・ヴィルケから伝えられていた。

恐るべきことに敵は、瞬間移動を戦闘に利用している。敵は真正面に存在しながらも、全ての方角から文字通りの奇襲が可能なのだ。
厄介、などという言葉では収まりきらない。サーシャの経験からなる直感が告げる。この敵は、何としてもこの場で倒しておかなければならない、と。


俺「――――チィッ!!」

アドラー《無事か、主!》

俺「……何とか、な」


頭上から振り下ろされる必殺の一撃をシールドではなく手にしていたMG42を盾にし、僅かに後方へ下がることで回避してのけた。

覚醒状態にこそなっていないものの、既に一体化しているアドラーと俺にとっても胆の冷える一撃に間違いなかった。
俺は切断されたMG42の切断面に目を落とし、使い物にならない武器は不要な重しだと投げ捨てる。
一瞬の睨み合いののち、横合いからの援護射撃にネウロイは上空へと逃れ、管野とクルピンスキーが後を追う。僅かに遅れ、俺も続いた。

後を追う俺は、馬鹿なと目の前の現実を訝しんだ。
決して人型のネウロイに驚いたわけでも、空間転移に愕然としたわけでもない。
あのMG42の断面は、熱による溶断でも、力任せにひしゃぎ斬られたものではなかった。純粋かつ単純な刃物による切断。斬鉄の域にまで達した剣技ともいうべきもの。

それこそがありえない。ニパやラルを撃墜せしめた不定形や球体型とは比較にならないほど人に近いネウロイ。
ましてや、技とは人間のみ許された特権である。日々の鍛錬と流した血と汗によってのみ得られる代物。それを化物が使うなど……!

加えて、あの空間転移の巧みさ。
あのネウロイは体表から1mほどの位置に現れる。それはシールドのギリギリ内側だ。
ウィッチのシールドはその安全上の性質、ストライカーユニットの根幹を成す宮藤理論の仕様として、体表からある程度以上は近づけられない。
あまりに近すぎれば、シールドが破られた際に身を守ると言う動作が間に合わず、シールドで攻撃を防げたとしても何らかのダメージを受ける可能性もあるからだ。
弱点とはとても言い難い僅かな瑕を突いた。それはウィッチのことを知り尽くしていることに他ならない。

管野やクルピンスキーが攻撃を回避できたのはエースとしての技量と速度を緩めず飛び続けていたこと。
俺が防げたのは暗兵としての経験と技術、何よりもネウロイと同じ能力を得たとしたならば、自身も同じ行動と攻撃手段を選択していたであろう事実から。

そこまで考え、俺は全身に冷や水をぶちまけられたような錯覚に陥った。


俺「馬鹿が――ッ!」

アドラー《どうしたというのだ!?》


一つの考え――いや、確信と言っても差し支えない回答に行き当たり、自らを罵倒する。

管野とクルピンスキーが人型ネウロイと戦っていられるのは、既に敵についての余計な思考を遮断し、戦闘に専念しているが故。
ならば、未だに少しでも情報を得ようと、遠距離からの援護射撃に徹しているサーシャとジョゼの混乱の度合いは深い。

――その隙は、戦場では致命的だ。

急激な旋回に、内臓が搔きまわされるような不快感。だが、そんなものを気にかけている暇も余裕も俺には存在しなかった。


俺「アドラー、全ての魔法力を加速に回せ、シールドからもだ!」

アドラー《御意――!》


此処に来てようやく俺の意図に気付いたのか、アドラーは主人の言葉通りに加速のみへと魔法力を向けた。
生命維持に必要な魔法力すらストライカーへと流し込み、魔導エンジンの悲鳴すら無視して飛翔する。
完全なる生身での600km/hを超える飛行。目を開けていられないどころか、呼吸すらままならぬ、掛け値なしに五体が千切れかねない空の上に現れた地獄を駆け抜ける。


俺(ジョゼと熊さん、狙うならば、どちらだ!?)


答えは二つに一つ。その回答を誤れば、どちらか一方の命は確実に失われるだろう。
徐々に遠のく意識の中で出した答えは――――“俺ならば、まずは頭を潰す”というものだった。


ジョゼ「え!? 俺さ―――」

サーシャ「どうし―――キャアァァッ!?!?」


減速せず、ボディへのタックルかと思わせる激突。
それでも俺とサーシャが一切の傷を負わなかったのは、アドラーが寸前で加速に回していた魔法力を正常な形へと戻したからだ。

刹那、サーシャは確かに見た。自らの正面に、引いては俺の背後に現れた黒い死神の姿を。

全てがスローモーションのようにゆっくりと時間が過ぎていく。
ネウロイの振り下ろした剣は、俺の背中――右肩から左脇腹にかけてを、欠片の容赦も躊躇もなく斬り裂いた。

俺は予想が当たった達成感も、斬り裂かれた背中の傷も気に掛けず、既に取り出してあったナイフを開いている左腕で背後に投擲した。
僅かなタイムラグすらない。彼にとって痛みとはもっとも付き合いの長い友人のようなもの。傷や痛みで行動が阻害されようはずもない。

――だが化物は、既に次の攻撃へと移っていた。

ナイフが手から離れる直前、第二の剣閃が俺の左腕、肘から手首にかけてを直線に奔り、投擲されたナイフは狙いの胸部をズレて右肩へと突き刺さる。


俺「ッ……!」


サーシャを抱え、痛みに耐えつつも敵の攻撃圏内を脱した俺は停止反転し、再びネウロイと向かい合う。
即死には程遠い、それでも背中の傷よりも遥かな深手に俺は顔を歪める。
一秒にも満たない神速の攻防。俺は左腕と背なに傷を負い、対してネウロイにダメージらしきものもなく、右肩からナイフを抜こうとしていた。

ナイフは直ちに引き抜かれ、捨てられたと同時に爆発四散する。
ナイフに仕込まれた爆弾を知っているかのような行為に、俺は舌打ちしかできなかった。

ネウロイは長剣を持ち替え、右腕の調子を確かめていたのだろうか、手を握って開くを繰り返している。


俺(動作や仕草まで人のそれじゃないか……以前のネウロイの完成系ということ、なのか……?)


予測すら、何か陥穽が潜んでいる気がする。
とてつもない違和感があるのだ。眼前のネウロイが、ネウロイであること自体が間違いであるような……。

しかし、俺はあらゆる考えを捨て去り、片手剣を逆手に抜き放った。
出血こそ酷くはないが、左腕の肘から先はまるで動かなくなっている。
逃げるにせよ、戦いに全精力を注がねば、待ち構えているのは全滅の憂き目のみ。最悪の事態だけは回避せねばならない。

正面に撃ち合えば、恐らく一合で剣ごと身体を断たれてしまう。
さりとて、現状での装備、覚醒による身体能力の向上を以ってしても、このネウロイには届かないだろう。
地上でならばいざ知らず、ここは天空。彼が積み重ねてきた技術の全てを発揮できないのだ。

ましてや、あの空間転移。直感に優れ、経験によって補えるとはいえ、五感から得られる情報は本当に攻撃の当たる刹那からしか入ってこないのだ。
如何に捌きを骨子とした拳法を修め、防御からの反撃に優れた俺であっても、何もかもが間に合わない。

ほぼ完全な手詰まりである。可能なのは、精々が依頼人達を逃がすことのみ。
転移させぬように付かず離れずの間合いを保ち、敵に張り付き続ける必要があるだろう。
何分と持つかも分からないが、手段が他にない以上、そうせざるを得ない。

尤も、俺一人を残して退くことを良しとするウィッチ達ではないが、そこはクルピンスキーに任せる。
常に冷静で、他人を気遣う余裕のある彼女ならば、俺は一人の方が生き延びる可能性が高いことに気付くはず。
幸いにして、地上は木々と雪に閉ざされた森。姿を隠し敵を討つに特化した暗殺者であるならば、逃げ遂せる可能性は充分にある。


俺(まあ、森に逃げ込むまで持つかは分からんがな……)


俺の次なる行動に備えてか、或いは自身の行動のためにか、人型は剣の鋒を一度は俺に向けるが――――


アドラー《…………ムッ!?》

ジョゼ「また、消えた!」

俺「これは、……」


その姿は忽然と消え去った。

周囲を探ってみても、影も形もない。
背後のサーシャの周辺にも、ただ驚くばかりだったジョゼにも、此方へ向かっている管野やクルピンスキーの付近にも誰もいなかった。


俺「退いた、ようだな……」

アドラー《彼奴め、一体何を考えているのだ……》


圧倒的な優位に立ちながら、ネウロイが退くなどありえない。ましてや、戦術・戦略としても退く必要など何処にもなかった。


俺(どういう、ことなんだ……?)


一度退いて油断を誘うつもりか、それ以外の意図があるのか。ともあれ、あのネウロイは人同等か、それ以上の思考があるかもしれない。それが事実ならば難敵などというレベルではない。
ネウロイは力任せや技術力の高さに物を言わせた化物の集団だ。それが人と同等以上の思考や戦術や戦略を得たとするならば、人類にとって天敵以外の何者でもない。


クルピンスキー「俺、無事かい!?」

俺「ご覧の有り様だよ。今回は、してやられたな」

ジョゼ「すぐに下に降りて治療しないと……!」

俺「いや、まだ奴が周囲に潜んでいる可能性も否定できない。一旦基地に戻ってから治療した方が賢明だ」

管野「…………基地まで持つなら速く戻るぞ。ただの攻撃じゃねぇかもしれねぇ。医者に診て貰った方がいい」


俺が振り返って背後を見れば、蒼い顔で呆然と背中を眺めているサーシャの姿があった。


俺「熊さん!」

サーシャ「………………ッ!」

俺「周囲に敵の気配はないが、安全とは言い切れない。幸い、出血は少ないし致命傷でもない。一旦基地に戻ってから、治療をするが構わないな?」

サーシャ「は、はい……。」

俺(全く、死にかけたからと呆けすぎだ。戦場じゃあ、この程度は日常茶飯事だろうに)


基地への帰還命令もないまま、俺の言葉に従いサーシャが基地へと飛び始め、他の皆も俺に気遣いながら後に続く。

彼女の心境を全く理解していない俺は、戦場においてすら余りにも正気過ぎる精神に嘆息する。
完全に正気を失ってしまうのでは話にならないが、ある程度の狂気を持たねば、戦場では生き残れまい。尤も、そうでないからこそのウィッチであるのだろうが。

サーシャが優秀なウィッチであることは疑いようがない。
逆に言えば、目も当てられないような失敗を経験したことが極めて少ないことに他ならない。華々しいとまで言わずとも、彼女の人生は成功で彩られている。
だからこそ、失敗からのリカバリーを知らない。

これが失敗続きのニパや不屈の闘志を持つ管野、故郷を追われ辛酸を舐めたラル達やジョゼならば、俺の傷の状態を確認することすら忘れるほどに取り乱すこともなかっただろう。


クルピンスキー「……俺」

俺「何だ、伯爵? さっきも言ったが傷なら問題ない。治療は必要だが、基地までなら十分に持つ」

クルピンスキー「僕は君ほど自分の身体を完璧に把握している人間を僕は知らない。だから心配だけど、不安はないよ」

俺「だったらなんだ? あのネウロイの話か?」

クルピンスキー「それも違う。熊さんの話だよ」


はあ? と伯爵の言葉に、俺は左腕の止血をしながら首を傾げる。
俺からすればサーシャを庇い、傷を負っただけのこと。お互いが生き残っている以上、この話はそこで終わりのはずだ。

しかし、クルピンスキーが言っているのはそのようなことではない。
彼の行動を批判するつもりは毛頭ない。ただ、自身が無事である以上は助けられた側の心境を慮ってほしかった。


クルピンスキー(これは駄目だね。日常なら可愛いものだけど、戦場では彼と僕達の思考のズレは致命的だ。分かってはいたつもりだったけど…………これは、僕が一肌脱ぐしかないかな)










――作戦司令室



サーシャ「――――以上が、我々が交戦した新型の概要です」

ラル「………………」


サーシャとアドラーからの報告を耳にしたラルは苦虫を噛み潰したように眉根を寄せた。
カールスラントへの進軍はまだ先の話ではあるが、姿を見せたネウロイは紛うこと無き強敵だ。

空間転移によるシールドの内側への跳躍。近接戦闘に特化した能力。俺すら圧倒する剣技。

どれをとっても、ウィッチにとっては天敵だ。
そも銃を主武装とするウィッチは近接戦闘の技術を学んでいる者は稀である。
扶桑の魔女ならば刀による戦闘も可能だろうが、空の上での高速戦闘では擦れ違い様の一撃が基本。空間転移にまでは対応できまい。
諦めるのは早計であるが、新型に対応する策を練ろうにも情報が少な過ぎる。


俺「――――ここか」

サーシャ「俺さん、治療は?!」

俺「もう終わったよ。ジョゼは左腕の傷を治したら魔法力を使い果たして医務室で寝てる。軍医の爺さんも、俺にもジョゼにも命に別状はないってよ」

アドラー「背なの傷はどうした?」

俺「だいたい60針くらい縫った。大雑把に縫ったらしいからもう少し傷はデカいが、身体を鍛えていて助かったよ、もう少しで皮と肉だけじゃなく背骨まで断たれていた」

クルピンスキー「聞いてるだけでくらくらしてくるね」


患者衣のまま部屋に入ってきた俺であったが、足取りはしっかりとしており傷を負っているようには見えない。
だが、その下には白い包帯が巻きつけられており、決して無事ではないだろう。


下原「お、俺さん、まだ横になっていた方が……」

俺「いや、麻酔も使わなかったから問題ない。体力を消耗しちゃいるが、それほどでもないから大丈夫だ」


その言葉に一同は唖然とする。麻酔もなしに60針も縫うなど、正気の沙汰ではない。
俺としては、敵の襲撃も考えられる以上、身体が鈍る要素を黙認するのは抵抗があったのだろう。
自身の痛みよりも仕事を優先する在り方。彼の場合、余りにも行き過ぎていた。


ニパ「ほ、本当に大丈夫、なんだよね」

俺「だから、大丈夫だって。何度も言ってるだろ? 暗兵の傷と苦痛に対する耐性はズバ抜けてる。致命傷でない限り、掠り傷と大差はない」

ロスマン「その発言は聞き捨てならないけど、顔色もそれほど悪くはないようだし、大丈夫なようね」

ラル「…………とりあえず立っているのもなんだ、座るといい」


ラルが促し、クルピンスキーが何も言わずに椅子を引いた。
怪我人に対する正しい配所ではあったものの、俺からすればこそばゆい限りだ。
それでも何も言わずに椅子に座ったのは、戦闘と手術で消耗した体力と魔法力を少しでも回復させたかったからだろう。


ラル「今回のネウロイ、お前はどう見る」

俺「どう、といわれてもな。理解も何も及ばない、というのが正直な感想だ」

ラル「これまでの人型は、皆一様にウィッチを模していた。科学者達の見解は、ウィッチの力に対抗するではないか、と言っているらしい」

俺「成程、敵に対抗するにはそれが一番手っ取り早い。手っ取り早いが…………」

ロスマン「明らかに、形も性能も異なり過ぎている、わよね……?」

俺「だろうな。それにウィッチについて知り過ぎている。あの空間転移も妙だな、これまでの戦闘で使用して来なかった以上は今までは安定したものではなかったという証左だろうに」


戦闘中に使用できるほどの安定した空間転移。
人類側が初めてその技術を確認したのは何時かは俺も知らないが、其処に至るまでの過程がすっぽりと抜け落ちている気がする。


俺「転移を効果的に使うのであれば、基地や街にでも跳べばいい。警戒中だろうが何だろうが突然敵が目の前に現れては如何にウィッチと言えど対応できない。戦闘に特化させる理由は薄いはずだ」

ロスマン「確かにね。いくら私達でもストライカーがなければネウロイに対抗できない。なら、強力な個体で各個撃破を狙うより、爆撃機で基地を強襲する方が戦果を得られる」

管野「でもよ、ネウロイは化物だぜ? そこまで頭が回るもんか?」

俺「それも一理ある。奴等は馬鹿でも愚かでもないが、思考能力や精神構造が人と同じとは限らない。考えるだけ無駄かもな」

ラル「ネウロイの考察は我々の仕事ではない、そこまでにしておけ。実際の性能は、どうだった?」

俺「圧倒的、の一言だな。転移を差し引いたとしても、真正面からやりあったら勝てない」


僅かな攻防の最中、感じ取った敵の性能は今までのネウロイとは比較にならなかった。
ただ強く、ただ速く、ただ巧い。たったそれだけのことで、あのネウロイは他の全てを圧倒している。
シユウの暗兵の中でさえ、真正面から戦えば何人が生き残れるか。正に“戦鬼”と呼ぶに相応しい。

少なくとも502では、俺は近接戦闘において最強である。その俺からして圧倒的と言わしめる性能に、絶望的な雰囲気に染まる。


俺「一度跳べば次の転移まで、最速で3秒程度はかかるようだった。ただ……」

ラル「ただ、なんだ?」

俺「まだ空の上での戦闘に不慣れであるようには感じた」


空戦は、思考と軌道の読み合いとなる。
エースともなれば、その予見は未来予知と錯覚するほどに高まり、その軌道は流麗とさえ言えるのだ。

空間転移によって誤魔化されてはいたが、思考と軌道の読みが一流であれば、俺達はこの場に帰ってくることはできなかっただろう。


ラル「付け入る隙は、あるか」

俺「なきにしもあらず、といった程度で確実ではないがね。元々の身体能力に差がある。隙を突けたとしても、あっさり躱されるかもな」

下原「そういう、希望を打ち砕くようなことを言うのは、相変わらずですね……」

俺「アホか。不測の事態なんて当然起こりうる。それに目を向けないなんて、どうかしているぞ」


俺の言うことも一理あるが、肩透かしを食らわされた彼女達からすれば、堪ったものではないだろう。


俺「今日、突然退いた理由は分からんが、ともかく動き続けている限りは易々とやられることはない」

ラル「それが分かっただけも、重畳か」

俺「予断は許されんがな。同型が量産されないとも限らない。早々にけりを付けたいところだ」


その点に関しては問題ないだろう。一度逃したネウロイは同じ地区に現れる場合が多い。
どのような決着が付くかは別にしても、そこに至るまでの期間は一月にも満たないだろう。


ラル「よし、報告はここまでにしておこう。ロスマン曹長、急で悪いが下原少尉の夜間哨戒に随伴してくれ」

ロスマン「了解しました、少佐」

ラル「今日出撃した者はしっかりと休息を取れ。特に、俺はな」

俺「この程度、どうということはないんだが……。まあいい、依頼人の意向なら従うさ。じゃあ、一足先に部屋で休ませて貰う」


それだけ言うと俺とアドラーは自室へと戻っていく。
続き、下原とロスマンが夜間哨戒に備えて部屋へと帰り、ラルは上層部への報告を纏めるために執務室へ。ニパと管野はジョゼの様子を見てくると作戦司令室を後にした。

最後に残ったのは、クルピンスキーとサーシャ。
サーシャは俺が部屋に入ってきた瞬間から俯き、今の今まで一言も喋らず、伯爵は伯爵で何も言わずにその様子を眺めているだけだった。
しかし、沈黙に耐えきれなくなったのか、口を開く。


サーシャ「中尉は、何処かへ行かないんですか?」

クルピンスキー「いやぁ、今日は予定がないからね。どうしたものかと考えていた所だよ」


嘘ばっかり、と心の中で呟く。
クルピンスキーは私生活こそ乱れているが、出撃の後に予定をいれるほど愚かでも、また人手が必要になる可能性があるのに出掛けるほど向こう見ずでもないのは知っている。
事実としてその優雅な、或いは女性らしからぬ紳士然とした立ち居振る舞いこそが“伯爵”たる由縁なのだから。


サーシャ「…………俺さん、一度も、目を合わせてくれませんでしたね」

クルピンスキー「熊さん、勘違いしちゃいけない。俺は、今回の件に腹を立てているわけじゃ――」

サーシャ「分かっています。……それくらい、分かっています。でも……」


俺が、そういう人間であることはこれまでの付き合いで分かっている。
傷や苦痛に対する耐性も、致命傷でなければ掠り傷だと考えていることも、身体は仕事や願いを叶えるための道具に過ぎないという言葉も。全て、真実なのだ。
傷を負っても死にさえしなければそれで良し。身体が変形したとしても、使えば擦り減って当然と受け入れる。
だからこそ声もかけなかったし、見向きもしなかった。サーシャに怪我がなかった以上、気に掛けるのは先の話だけ。

それがサーシャを苛んだ。
恨まれる訳でもない、罵倒される訳でもない。故に、生真面目な彼女は抱く感情の向けどころが定まらずにいた。これなら、まだ何か言われた方が感情の整理ができるだろう。
しかし、俺は精神的なケアを怠っていた。いや、恐らくは初めから踏み込んでいくつもりがないのだ。感情の問題は自分自身でしか処理できない、と。


クルピンスキー(それで可愛い女の子を苦しめるなんて、男の子失格だよ、俺)


尤も、それは分かりきっていた。サーシャも理解していない訳ではない。問題なのは、彼女に一方的に助けられるという経験がないことだ。

ミスで仲間が傷を負うどころか、戦場で仲間を失う経験もしている。戦場に長く居れば、当たり前に体験するであろう出来事。
それでも一方的に助けられることだけはなかった。仲間達とは共に戦い、共に傷つき、共に悲しみと痛みを共有してきた。
自身の痛みと傷を肩代わりされたことだけはない。運が良かったのか、悪かったのか。今回に関しては、どう見ても悪い方に転んでいる。


クルピンスキー「だったら、礼なり何なりすればいい。でなきゃ、いつまでも苦しいままだよ?」

サーシャ「それも分かってます。分かっていますけど……、俺さんの顔を見るのが、何だか怖くって……」

クルピンスキー「杞憂だよ、それは。熊さんが礼を言っても…………そうだな、“何が?”とでも言うだろうね」


クルピンスキーは瞳を閉じ、俺の性格を考えて導き出された台詞を口にした。“いや、別に仕事だから”というのも捨てがたい。
その場面を容易に思い浮かべられたのか、サーシャは影の差していた表情に僅かばかり笑みを刻んだ。


クルピンスキー「分かったなら、行っておいで。ありがとう、その一言だけで済む話だよ」

サーシャ「………………」

クルピンスキー「はあ。分かってはいるけど、やっぱり難しいよね。やりたいことをやるのって」

サーシャ「中尉は、そんなことないように思いますけど」

クルピンスキー「あはははは! そりゃそうさ、感じたままに思うままに生きているからね。理性よりも享楽を。俺のストイックな生き方とは真逆なのさ」


サーシャは分かっていても、前に踏み出せずにいる。ならば部隊の年長者としてやってやることは、震えるその背中を押してやることだ。

その時、天啓を得る。俺にとってはご褒美であり、罰になる閃きを。
正直なところ、俺の他者の心に対する無頓着さを、クルピンスキーは前々から何とかせねば、と思っていた。
今まで致命的な亀裂や軋轢が生まれはしなかったが、これからもそうとは限らない。何らかの戒めか軛を打ち込んでおかなければ、行きつく所まで行きついてしまう気さえした。だからこその閃き。だからこその悪戯――もとい、制裁である。


クルピンスキー「では悩める熊さんに、この僕が一つ知恵を授けよう」

サーシャ「は、はあ……?」

クルピンスキー「それはね、―――――――――――」


嫌な予感はしたが、好意を無碍にするわけにはいかないと耳元で伝えてくるクルピンスキーの言葉を聞く。
しかし、伯爵の知恵を聞くや否や、驚愕に目が丸くなり、唖然で口は開いてしまい、最終的にはやかんが沸騰したかのように顔を真っ赤にして立ち上がる。


サーシャ「~~~~~~~~~ッ!? そんなこと、できるわけないじゃないですか!!」

クルピンスキー「うひゃあ、怒った! でも何時もの調子に戻ったみたいだね! じゃあ、健闘を祈ってるよ!」


この、と更なる言葉を紡ごうとするも、伯爵は陽気な笑みを浮かべて部屋の外へと逃げ去っていった。
無責任ではないけれど、本当にいい加減な人、と顔も赤いまま振り上げた拳は、その矛先を失って力なく垂れ下がる。しかし、伯爵の提案を再度思い浮かべ、頭から湯気が立ちそうなほど赤くなった。

恥ずかしい! はしたない! 頭がおかしい! 嘘くさい! 

浮かんでは消えていく疑念と伯爵への罵倒の言葉。
それでもほんの少しだけ、心は揺れ動いている。そこまでしてしまえば、気まずさも何もない。……別の気まずさが生まれてしまいそうだが。
だが、一歩前に進めそうなのも事実。俺も前に進むことこそ寛容と言っていたと意を決し、最後にポツリ。


サーシャ「ほ、本当に、大丈夫かしら……」
最終更新:2013年02月06日 23:28