――隊舎廊下 当日



サーシャ「はあ、ニパさんも管野さんも、またストライカーを壊して……」


つい二日前、二人が壊したストライカーと増える仕事に両肩を落として廊下を行く。
幸いにして、何とか次の出撃までにはストライカーが揃うのは唯一の救いであったが、仕事量が減るはずもなく疲労は募る一方だった。

愛着のあるストライカーが壊れてしまうのは流石に悲しかったが、ニパと管野に怪我もなく無事に帰ってきてくれたのは喜ばしい。
あの子達は責任を全うして壊れたのだ、と彼女も胸を張って言える。


サーシャ「でも、きっちりお説教はしなくちゃ。最近はロスマン曹長と一緒に言っても聞かないんだから……!」


これは人の話を聞かない俺の影響なのだろうか。いや、聞いた上で、理解した上で自分の考えややり方を変えないのだから性質が悪い。
どれだけ言葉を尽くしても意味がない。そんな彼の影響を悪い形で受けてしまっているのではないか、と思える。

人の好き面は転じて悪しき面となる場合が殆どだ。
自信があるのはよい。しかし行きすぎれば過信となり破滅を呼び込む。慎重であるのはよい。だが、余りにも慎重になり過ぎれば、臆病と変わらず機を逃す。

俺はその辺りの調整、匙加減がサーシャですら舌を巻くほどに絶妙だ。落としどころが巧いというか、相手の言いたいことを言わせない手管に長けているというか。


サーシャ「いえ、やめましょう。俺さんのせいにしても何も解決しないもの」


益体のない思考を中断し、食堂へ向かった。

食事はいい。特に下原と俺が厨房に立つようになってから、楽しみが増した。
整備と称した機械弄りも彼女にとっては一種の娯楽と同様の要素は秘めていたが、純粋に楽しみや癒しの側面からみれば、仕事ではない一時の方が上である。
今日の夕飯は何かしら、と遊びの帰り、暖かな団欒が待つ家路を急ぐ少女のような軽い足取りで、サーシャは食堂へと足を踏み入れた。


サーシャ「あ、あら……?」


この時間ならば、夕食を待つ隊内の誰かと厨房に立つ下原と俺が居るはずの食堂は、闇に閉ざされていた。
ご丁寧にカーテンも閉められているらしく、月明かりも差し込んでいない食堂では、廊下から差し込む照明の光が入り口付近を照らすだけで全容を窺い知ることはできない。

一瞬、来る時間でも間違えたのかと思ったが、此処に来る途中で時計を確認した。間違えなく、夕食の時間であった。
ともすれば、下原と俺が何らかの仕事で夕飯の支度もままならないのだろうか、と首を傾げるが、そのような話は聞いていない。


サーシャ(うーん、今日は私が作った方がいいのかしら……? でも、下原さんが作ったものの方が美味しいし……、ともかく電気を)


暗闇の中、記憶を頼りに電灯のスイッチを探す。
それなりの時間をこの基地で過ごしていたからか、固有魔法の関係で常人以上を誇る記憶力のお陰か、目当ての感触を即座に見つかった。
電灯のスイッチをONにした瞬間、破裂音が連続する。


サーシャ「きゃあッ……!?」


反射的に顔の前に手を翳すが、何かが襲い掛かってくる様子もなく、恐る恐る目を向けると満面の笑みを浮かべる仲間達がクラッカーの成れの果てを手にして立っていた。


『サーシャ! 誕生日おめでとう!!』


突然の出来事に、目を白黒されるサーシャ。
必死で言葉を探しているようだが、喉元までせり上がったるも口を開くと引っ込んでいく。どうやら、状況整理が追い付いていないようだ。
しかし、お構いなしに伯爵は彼女の後ろに回り込み、ぐいぐいと背中を押して急かした。


サーシャ「あ、あの、中尉……ッ?」

クルピンスキー「はいはい。とにかく座って座って、今日の主役は君なんだから」


されるがまま、サーシャは普段はラルの座っている椅子――上座に座らせられた。それに合わせ、皆はそれぞれの椅子につく。


サーシャ「え、えーっと……?」

俺「おい、伯爵。熊さん、驚きすぎて状況把握できてねーんだけど」

クルピンスキー「あはは、サプライズパーティーなんだから、これくらいしなくちゃね」

俺「ようやる」


振り返れば、エプロン姿の俺が厨房の向こうで包丁をひゅんひゅんと回しながら立っていた。
非常に危険だがそれ以上に、彼の呆れかえった表情の方が印象的だ。


俺「じゃあ、こっちはこっちで作るからな」

下原「はい、今日は俺さんにお任せしますね」


はいよ、と答えて俺はコンロに火をいれる。既に下拵えは終わっているらしく、熱せられた鍋に油を引いた。

よくよく見れば、見たことのないフライパンである。底が深く、取っ手も二つついている。
サーシャの預かり知らぬ所ではあるが、このフライパン、もとい中華鍋は今日のために俺が作ったものである。

街に出向いて鍛冶屋――とはいっても半ば趣味で開いているような店で、普段は農具や調理器具の作成や修理を主にやっているらしい――の工房を借りた。
何事も全力を尽くすのが信条の彼は、どうせ中華を作るのならばと自作したのである。これでは伯爵のことを、ようやるなどと言える立場ではない。


サーシャ「た、隊長、これは……」

ラル「なに、普段から迷惑をかけている君を労ってのことだ。今日は存分に楽しむといい」

サーシャ「迷惑だなんて、そんな……」

ロスマン「いいのよ、私達がやりたくてやってるんだから。……まあ、今回は私とラルはお金を出しただけなんだけど」

クルピンスキー「いいんだよ、こういうのは気持ちさ、気持ち」


俺「俺としては、言いだした三人がろくに仕事してないのが納得できねーけどな」

管野「ああ?! 俺等だって、ケーキ作っただろうがよ!!」

俺「ははは。プレゼントも俺に買いに行かせたけどな。そっち三人なのに俺一人だぜ、仕事のバランス可笑しくね? 作ってはいたね、冷蔵庫の中のケーキ。でも、すげー不格好だったぞ。店で買ってきた方がよかったんでない?」

ニパ「うぅぅ……一所懸命、ジョゼと下原に聞いて作ったんだから、意地悪言わないでよ。……あ、味は大丈夫だからね!」


必死になって味だけは保障するニパに、下原とジョゼがフォローを入れる。その様子にサーシャはようやく笑みを浮かべた。

正直な所、ついさっきまで自分の誕生日など頭の中には存在していなかった。
幼い頃は両親が、オラーシャ軍に入ってからは仲間が、毎年細やかながらも誕生日を祝ってくれていたのに……。

心に、余裕がなかったのだろうか。
確かに仕事に負われる日々ではあったが、その分、充実もしていた。自分の仕事と戦いが、人々のためになるという自負もあった。
どうやらそれらが、知らず知らずの内に自分を追い込んでいたようだ。それこそ、生まれた日を忘れさせてしまうほどに。


サーシャ「皆さん、ありがとうございます」


サーシャの礼と共に頭を下げた。
ニパはうん、と笑みを浮かべて答え、管野は照れ臭そうにそっぽを向いた。それを微笑ましく見守る少女達。


俺「――はい、おまち」

ジョゼ「うわぁぁぁ、おいしそう……!」

俺「ジョゼのために作ったんじゃないんだがねぇ。まあ、食えないことはないと思うよ」


運ばれてきた一品目を見ると、ジョゼは涎を垂らしそうな勢いで目を輝かせる。俺はその姿に苦笑した。そしてそれを皮切りに、次から次へに料理が運ばれてくる。


俺「それが青椒肉絲、そっちが春巻き、んでこれが水餃子。…………中華はやたら数が多くてな。高級料理なんかは作れんから、家庭向けの奴ばかりだけど」

サーシャ「……俺さんは、食べないんですか?」

俺「ああ、今日は俺が作る側――って、大抵はそうか。まあ、こっちは気にせず好きに食べてくれ。冷めた中華は喰えたもんじゃないんだよ」


後に続く酢豚に小龍包、焼売、棒々鶏、乾焼蝦仁。いずれも比較的オーソドックスで癖の少ない、食べる者の舌を選ばないラインナップ。
扶桑出身の管野と下原は箸で、残りはスプーンとフォークを使って料理を口に運んでいく。


ジョゼ「んんん~♪ 美味しい!」

下原「味も濃いし、油も多いみたいですから、ご飯が食べたくなりますね」

ラル「確かにな、流石にパンには合いそうにない」

管野「使ってる調味料が近いのか? 味は扶桑の料理に近い気がするけど、結構独特だな」

ロスマン「これだけ辛味や塩気が強いと……」

クルピンスキー「お酒が飲みたくなるよね!」

俺「洋酒にゃ合わないと思うんだが。それに……」


俺は鍋を振りながら、いいのかと視線をサーシャに向けた。それに気付いた彼女は、苦笑いで答えた。

今日は自分の誕生日とは言え、一度クルピンスキーが言い出したら聞く耳を持つはずもない。
宴席で酒を飲むことが、咎められる理由もない。よく食べ、よく飲み、よく笑う。それが最も楽しい祝い方というものだろう。

今日の主役のお咎めなしと知るや、伯爵は席を立って厨房の棚を開ける。余りの速さに、ニパと管野は呆れた表情で顔を見合わせる。
ごそごそと棚の中を漁っていると、中に見慣れない二つの酒瓶を発見した。


クルピンスキー「あれ? こんなワイン、あったっけ……?」

俺「――――あ、」


しまった、という表情をする俺。
繁々とラベルを眺めていたクルピンスキーは、どのようなワインなのかを知ると、驚きの声を上げた。


クルピンスキー「うわ、二つともアウスレーゼじゃないか。しかも片方はトロッケンベーレン!」

ロスマン「あら……」

ラル「……ほう、よく見つけてきたものだな」


どちらもカールスラントのワインの肩書きである。この肩書きは原料となる葡萄の糖度によって変わり、六つに分かれる。
アウスレーゼは下から三番目、ドロッケンベーレンアウスレーゼは最上級にあたる。後者は貴腐ワインだ。

更に生産地と生産年、村名と畑名によって値段も変わってくる。二つのワインはどれをとっても最高級品であった。
カールスラントが奪われた今、新たにカールスラントワインが作られることはない。元より希少価値の高いワインであるのなら、ロスマンとラルが目を丸くするのも頷ける。


クルピンスキー「これ、俺が買ってきたの? 料理のために?」

俺「俺が買ってきたのはそうだが、使う訳あるか」

クルピンスキー「じゃあ、飲んでもいいよね?」

俺「あー、駄目じゃないけど――――…………まあ、伯爵が開けるならいいか。ああ、アウスレーゼの方は珍しく辛口らしい、そっちの方が料理にあうみたいだぞ」


何処か迷う様子を俺であったが、歯切れの悪いまま許可を出した。
やったね、と喜色満面でワインを手に取り、席に戻っていく。
この時、彼女は気付くべきだった。酒を好きでもなく俺が、サーシャの誕生日を祝うために買ってきた訳でも、料理にも使う訳でもないのにワインを買ってきたのかを。









――数時間後



ジョゼ「ごちそうさまでしたー」

下原「ふー、満腹です。しあわせー」

俺「腹一杯に飯くらえるのって幸せだよなぁ、その点は完全に同意」

管野「餓死寸前までいったお前が言うと重いからやめろ」


出された料理のみならず、“味はよかった”ケーキはぺろりと平らげていた。
幸せそうに顔を緩めるジョゼと下原に、机に頬杖をついて同意する俺。そしてビシリとツッコミをいれる管野。


サーシャ「んー、カールスラントワインって、こんなに甘いんですね」

ニパ「こんなに甘いとジュースと変わらないね」

ラル「いや、ここまで甘いものを飲むのは私も初めてだよ」

ロスマン「私は、辛口の方が好みね。ケーキにはこちらの方があっていたけど」

クルピンスキー「いやいや、いつも安酒ばかり飲んでいる身としては、どちらも味わい深いもんさ」


酒に手を出していた主役達は、残ったワインを名残惜しむように飲んでいる。皆一様にほろ酔い加減で頬を朱に染めていた。


クルピンスキー「さてと、宴もたけなわだけど、そろそろいいんじゃないかい、俺?」

俺「別に渡すタイミングは見計らってたわけじゃないんだがな」


単に、そういった機微が分からなかっただけである。
最終的に渡すのなら渡すタイミングなど似たり寄ったりだ、と思ってはいたが、伯爵に言わせればそうではないらしいと聞いていた。
相も変わらず、その理屈は理解できなかったが、パーティーの企画者であり経験者の助言を聞かない訳にはいかないだろう。


俺「じゃあ、ちょっと部屋まで取りに行ってくる」

管野「どっかに用意しておけよ」

俺「なかなか、ものが多くてな」


俺はそれだけ言うと食堂を出て行った。恐らくは、自室まで買ったプレゼントを取りに行ったのだろう。
しかし、プレゼントが大きいならばまだ分からないでもないが、多いというのはどういうことか。
確かに、プレゼントは一つきりなどというルールはない。が、誰でも買うのは一つきりというのが相場である。俺が、その辺りのことを分かっていない理解していない可能性もあるが、金を必要以上に使うような男とも思えない。
若干、不安げな空気が食堂に漂い始めた頃、俺が両手一杯に荷物を抱えて現れた。いや、正確にはプレゼントであるのだが。


俺「これが熊さんの分」

サーシャ「あ、ありが――――私の分?」

俺「んで、これがジョゼ、これが下原、管野、ニパ、先生、伯爵のね」

ジョゼ「え、………………え?」


ポカンと見守るだけの一同を他所に、次々にプレゼントをそれぞれの前に置いていく。
大小様々な包装の施された箱――管野に至っては大きな旅行用トランクである――に、目を白黒させざるを得まい。


下原「……いえ、あの、……え?」

俺「これ、お前等の分の誕生日プレゼントな」

ニパ「いやいやいや、私達、誕生日じゃないけど!?」

俺「いや、だってあれだろ。一度に買った方が効率いいよね?」

管野「駄目だコイツ! 誕生日プレゼントがどういうもんか分かってねぇ! つーか、効率とかじゃねーんだよ、こういうのは!!」

俺「貰う側がごちゃごちゃ言ってんじゃねぇよ。それにお互いにいつ死ぬか分からないし、先生とかもう誕生日過ぎちゃってるから渡せる時に渡しとこうと思ってさ」

クルピンスキー「さらっと怖いこと言わないでくれる!?」


確かに、誕生日が近い兄弟は一緒に祝われることもなくもないが、これはやりすぎである。

戦場に立つ以上、死の可能性はいかなる時でも付き纏う。俺としては、渡せなかったなと心残りを持ったまま逝くのが嫌だったのだろう。
だが、誕生日プレゼントは誕生日に渡すからこそ意味がある、ということをまるで理解していない行動である。これでは管野の罵倒も正当だ。
自分も他人も死なないなどと夢にも思わない。命とは散るもの、どれだけ努力を重ねようと死ぬ時は死ぬと受け入れている俺らしい行動であったが、色々と台無しだ。


俺「気に入らねぇなら捨てろよ。誕生日までお互いに生きてりゃまた買うからさ。今回は、これまでの分だとでも思ってくれ」

ロスマン「捨てはしないけど、こういう時、どういう顔をしていいのか分からないわね……」

俺「笑えばいいんじゃね? まー、お前等から貰った金を還元してるだけなんですけどね、実際」


俺なりに気を使ったのだろうが、気を使う方向を完全に間違えていた。

これはこれで俺らしいと苦笑を浮かべるしかない状況の中、落ち込んでいる人物が一人。


ラル「…………なあ、俺。記憶にないんだが、私はお前に嫌われるような真似をしたか?」

俺「はあ? いや、むしろ好きな部類だけど?」

ラル「なら、なぜ私の分がないんだ?」

ニパ「あれ、ホントだ! 隊長の分がない!?」


俺の奇行に呆気に取られていた一同は、ニパの一言でようやくラルの分のプレゼントがないことに気が付いた。

これは流石に女傑と呼ぶに相応しい実力と精神性を誇るラルと言えども、きつかった。若干、涙目でさえある。
少なからず好意を抱いている俺に除け者にされたという思いは、失望を抱かせた。勿論、自分に対してだ。

少女達の向けてくる非難の視線を俺は軽く受け流して肩を竦める。


俺「いや、お前の分は買ってある」

ラル「ほ、本当か……!?」

俺「嘘ついてどうするんだよ。お前の誕生日はたかだか4日後だろ、その時に渡す。ああ、俺が4日で死んだら部屋を漁ってみろ、ちゃんとあるから」


人生に悲観していないながらも、希望も糞もない物言いだった。
それでもラルの表情から失望を消し去るには十分。乙女心というべきか、人の性というべきか、目の前にある喜びはあらゆる負の感情を粉砕するものだ。


サーシャ「開けても、いいですか?」

俺「どうぞどうぞ、大したもんじゃないがね」


サーシャのものだけは箱に収められておらず、包装とリボンのみ。
重さもそれほどでもないところを見ると、中身は衣類かそれに類するものであることは間違いない。
ただ、衣服のセンスは兎も角として、俺がそのようなものを買ってきたとなれば、心が躍るというものだろう。不安と期待が程良くバランスの取れた状態で袋を開けた。

中から現れたのは、サーシャにイメージに合わせたのだろうか、水色のツナギが入っていた。


クルピンスキー「女の子のプレゼントにツナギってどうなんだい? 普通は、アクセサリーとかさぁ」

俺「阿呆か。俺が使えないものを買う訳がないだろうが。実用的かつ機能的、貰っておいて損はない。ふふん、理想的だろう」


アクセサリーの類は、送る相手のイメージや持っている衣服に合わせて買わねばならない。
そのようなセンスがないのは理解しているのか、俺が送ったのは普段から使え、なおかつサーシャが必要としていたものだった。

思いついたのは、軍服姿のまま整備を行っていた時。
ツナギならば、何着持っていても問題にはならない。つまり、ハズレにはならないわけである。実に抜け目のない選択だ。


ロスマン「あら、背中も凄いわね」

サーシャ「え? ―――――……あ」

俺「ただそれだけじゃ芸がないんでね。時間もあったし、かなり頑張ったよ、我ながら」


裏返してツナギの背中を見れば、502統合戦闘航空団を象徴するネウロイのコアを掴んだ鷲の部隊証が精巧に刺繍されていた。
俺は刺繍など嗜んではいなかったが、最低限の糸と針の使い方を知っていた。買った衣類を自分なりに使い易いように改造する為だ。
その点において、下地は出来ていた。後は睡眠時間を削り、失敗に失敗を繰り返して、ようやく完成させたものだ。金はかかっていないが、手はかかっている。

礼を言うことすら忘れ、サーシャは渡されたプレゼントを眺める。
単純に嬉しかった。何というか、この部隊証は此処にいる皆との繋がりように思えたのだ。
生まれた国も違い、抱く価値観も違う中、それでも共に戦った証が形になったようで……。


俺「ジョゼのは食事道具一式だ、箸だのフォークだのだな」

ジョゼ「俺さんの中で、私は食いしん坊キャラなんですね……」

俺「事実だろう? 下原のはカメラ。ガラクタだったが、直せるようだったんでね。可愛いものが好きなのは知っていたが、基準が分からん。だから、自分で可愛いと思ったものを撮ってくれ」

下原「むむ、これはカメラの勉強はした方がいいかもしれません!」

俺「好きにしろ。ニパのは懐中時計だ。蓋の方に方位磁針を埋め込んである。医療用キットでもよかったんだが、所詮は消耗品だからな。これで堕ちた時もある程度は安心だろう?」

ニパ「げ、撃墜されるのが前提なんだ。いや、嬉しいけどさぁ」

俺「確率的に仕方ないだろ。管野のは古代中国の書物だ。本を読むのは好きなんだろう。ああ、安心しろ。全部、お前の読めるように英語だぞ」

管野「…………これって、文学的にかなり価値があるんじゃ」

俺「ねぇよ。昔、馬鹿な奴が居てな。三国志とか売れば金になるんじゃないかと翻訳して売ろうとしたんだ。結果は悲惨で金の無駄遣いだったし。先生のは仕事用の眼鏡」

ロスマン「でもこれ、レンズがないけれど……」

俺「先生の今持ってる眼鏡のレンズに合わせてあるから大丈夫。それに鼈甲製だ、かなりフレームが細いから強度はないけど、何度でも直して使えるから安心して。あと、伯爵のだけど……」


大半が、俺の手の入れられたプレゼントばかりであった。管野に関しては、最早ロハである。わざわざ、シユウの村から調味料と一緒に取り寄せたので帳消しであろう。
実際の所、それぞれに手を入れたかったわけではなく、半分辺りでプレゼントを買う金がなくなり、仕方なしで安くすませたのではあるが。


クルピンスキー「いやぁ、悪いね。僕をトリにしてくれるなんて、俺ったら、僕のことがそんなに好きなのかい?」

俺「…………そういうわけじゃないんだけどね。トリというかオチだし」


ハハハ、と笑いながら周りのものより一際大きいプレゼントを、優越感たっぷりに広げる。
何が入っているのか。柄にもなくドキドキと期待に胸高鳴らせながらゆっくりと開いていくとそこには―――


クルピンスキー「…………………………俺、これ、渡すの間違えてる」

俺「え? 間違ってねぇよ?」

クルピンスキー「だって、中身が何もないじゃないか!?」

俺「入ってる入ってる、よく見ろ」


はあ!? と困惑しながらも中身が空だった箱ごとひっくり返すと、一枚の紙がひらひらと降ってきた。

たかが一枚の紙切れの、何がプレゼントだというのか。
俺がこんな悪質な悪戯をするわけがない。そうさ、これもサプライズの内なんだと自分に言い聞かせながら、机の上に落ちた紙切れを拾って見ると―――



『お前に送るものは、一握りの自制心。それはきっと、お前の人生をより良いものとしてくれるだろうさ』



クルピンスキー「俺ぇぇぇぇぇッ!! これはないよ! これは酷いよ!」

俺「酷くない、事実だ事実。お前に必要なものは、間違いなく“それ”だ」

ロスマン「なになに……? ――――あはははは! これはアンタに必要よね!」

ラル「く、クク……た、確かにな」


紙に書かれた言葉を見てロスマンは腹を抱えて笑い、ラルは何とか笑いを噛み殺す。
しかし、笑っていたのは二人だけで他の皆は俺には非難の、伯爵には同情の視線を向けていた。それでも言葉にしないのは普段からの彼女の行いが問題だ。


俺「まあ、それだけじゃない……というか、なかったんだけどなぁ……」

クルピンスキー「――……ッ! だ、だよね! 僕だけこんな……!」


僅かな希望を糧に、瞳を輝かせ思わず椅子から立ち上がりクルピンスキーを見て、俺はおもむろに席を立った。
そして、手に取ったのは開いた二つの瓶。つい数時間前に彼女が発見し、彼女の手によって開封されたワインである。


クルピンスキー「………………………………え?」

俺「だから、これがアンタへのプレゼント――だったものだな、正確には」


残念だったな、とばかりに首を振る俺を見て、伯爵は今度こそ膝を折って床に四肢をついた。
そう、あの時に俺の言葉を聞いていれば、伯爵が開けるのならという言葉を疑問を持っていれば、ほんの少しの自制心が働けば、ここまで期待を裏切られはしなかったものを。
まさに箱の中に入っていた紙に書かれていた言葉は、的を射た真実だったのである。


クルピンスキー「こ、こんなのないよ。こんなの絶対おかしいよ!」

俺「おかしくねぇよ。全て自業自得だ。墓穴を掘ったんだよ、伯爵は。…………ここまで俺の予想通りだと、いっそ笑えてくるがな」

管野「ここまで予測してやったのかよ。えげつねぇ」

俺「ある程度だがな、ああも早く見つけられるとは思わなかったし。ここまでやらにゃ、反省も糞もないだろ、伯爵の場合」

ニパ「まあ、そうだよね」

クルピンスキー「誰も味方がいない……!」


他人が言っても反省しないなら、自分自身で反省して貰えばいい。そう考えて、こんな悪質な罠を仕掛けていたらしい。
その効き目は十二分。目に見えて落ち込んだ伯爵は、いつぞや、ナインテ――ロスマンにきつく絞られた時の如く、壁に向かって膝を抱えて座っている。


クルピンスキー「ふ……いいさ、人なんて孤独なものなんだから」

俺「拗ねるなよ、うっとおしい」

クルピンスキー「ふーんだ、俺が悪いんだよ」

俺「やれやれだ。……実は、もう一つあるんだけどな。管野、中の本を部屋に持ってったら、そのトランクをくれてやれ」

管野「あー、やたらと大きくて頑丈そうだと思ったら、そういうことか」

クルピンスキー「ふふ、何? そのトランクを使って、此処を出てけって? 鬼畜だなぁ、俺は」

俺「違う。いつだか言ってただろ、旅がどうのと」


その言葉を聞いて目を丸くする。

クルピンスキーが軍へと入った理由の一つは、様々な国を回れるからという夢のため。
彼女はバルト海に面したブラウンスベルクと呼ばれる港湾都市で育った。海を渡り、国を旅して回るという夢を持つのも、至極自然な流れだったのだろう。

始めは海軍への入隊が目的であったが、魔法力の適性検査の結果、空軍に身を置くこととなった。
今でも夢を捨てた訳ではない。いつか――それこそ、ネウロイの脅威を退けた後にでも、自分の足で文化の異なる国を回ろうとさえ思っている。

しかし、自分の夢を俺に語った憶えなどなかった。


俺「いつだか、酔い潰れた時があっただろ、その時に聞いた」

クルピンスキー「そんな酔っ払いの戯言を憶えていてくれるんだから、ほんとズルいなぁ」

俺「ははははは、肩にゲロぶちまけられてから言われて忘れられる奴がいるなら是非見てみたいものだがなぁ!」


俺は笑いながら言った。笑ってはいたが、目が笑っていなかった。誰だってそんな経験をすれば、忘れたくても忘れられないというものだ。
その様を見て、同じく乾いた笑みを浮かべる伯爵。そして、照れと己の愚行を誤魔化すために、俺に向かって突進した。


クルピンスキー「もう、何のかんので男の子だなぁ! 惚れちゃいそうだよ!」

俺「ちょ、この! だー! 来るな近寄るな抱きつくなぁぁぁぁッ!!」


顔を赤くして、何とか腰に抱き着いてきたクルピンスキーを引き剥がそうとする俺。
食堂いっぱいに皆の笑い声が響き渡る。俺の初めての参加した誕生パーティーは、どうにか成功を修めたのだった。










――食堂 深夜


俺「ッたく、仕度だけじゃなく始末まで俺任せとはね」


あー、と精神的な疲れ故にみっともない声を上げて、宴の始末が済んだ食堂の椅子へと座る。

あの後は、酷い様だった。
皆テンションが上がったのか、新たに酒を飲みだしたのだ。珍しいことに、管野やニパ、ジョゼや下原までもが。
普段、酒など飲まない四人が普段から飲み慣れているラルやクルピンスキー、ロスマンのペースについていけるはずもない。
ニパはおいおいと泣き出し、管野は絡み酒。ジョゼは身体が熱いと服を脱ぎ始め、下原は理性を失ったように馬鹿笑い。

決して、嫌なだけな時間ではなかったが、好きこのんで味わいたいものでもなかった。


俺「そういや熊さん、酒に強かったなぁ。オラーシャの人間は、あんなもんなのか」


何と、あのサーシャも無礼講ということなのか、酒を煽っていた。だが、最初から最後まで全くの素面であった。
「世の中には醜女はいない、ウォトカが足りないだけだ」というオラーシャの言葉を思いだし、俺は一人納得する。
だが、そんなものは勘違いだ。単なる個々人の肝機能の差である。オラーシャの人間だから酒に強いのではなく、サーシャが酒に強かっただけ。

面白い勘違いをした俺であったが、その時、食堂の扉が開いた


俺「……熊さん?」

サーシャ「やっぱり、此処でしたね」


開いた扉の間から顔だけを出してニッコリと笑うサーシャに、何か用事でもあったのだろうかと首を傾げる。


サーシャ「俺さんには、一番初めに見て貰おうと思って」


そう言いつつ、入ってきた彼女はプレゼントとして渡したツナギが纏っていた。
貰ったその日の内に着るなんて気の早い姉ちゃんだ、などとも思ったが、決して顔にも口には出さない。

少しはにかんだ表情で、その場でクルリと一回転。実に可愛い、実にあざとい。狙ってやっていないのが素晴らしい。
しかし、可憐な姿を見て、俺は何とも言えない表情で一言。


俺「ああ、熊さんは可愛いんじゃない?」

サーシャ「そ、そういう恥ずかしいことを言うのは禁止です! それにこのプレゼントが似合っているかを聞いているんです!」


照れながら、本来求めていた評価と言葉に期待する。

が、俺が似合っているといったところで、それは俺のセンスが良いと自画自賛しているようなものだ。
自己の評価は正当に、過大も過小も許さない。仕事の良し悪しは人任せ、己が求めるのは納得だけ、と考える彼には耐え難い。


サーシャ「もう、そんなこと言うと着てあげませんよ、…………なぁんて」

俺「いや、別にいいけど? 気に入らないなら、無理に着てくれなくてもいいよ」


意地悪げな口調でサーシャは言ったが、俺に素で返され慌てて否定する。
好意を無碍にされるのに失望しない。自分の尺度で買ったものだから、相手がどう思おうが相手の自由と割り切っている。そして、次があるのなら気に入られるよう努力しようとでも考えている。
あらゆる事象を割り切って前向きに生きていても、ここまで来るともう病的でさえあった。
その癖、優しくされるのが慣れていないらしく、少しでも優しくするとにやけるし、よく笑う。サーシャはそのギャップが可愛くもあったが、もう少し適度とバランスを知って欲しかった。


俺「その様子なら、気に入ってくれた……?」

サーシャ「ええ、とても。正直、女性へのプレゼントとしてはどうかと思いましたけど、俺さんらしいですから」

俺「そうか。なら、次はもう少し勉強するさ」


彼女の言葉を聞き、ようやく顔を綻ばす。
好意を無碍にされるのは構わないが、好意を受け取って貰えれば、安堵はするようだ。面倒な性格である。

正味な所、俺としても緊張と難儀の連続であった。
ブレゼントも何も送ったことのない人間が、自分で考え、自分で決定する。確かに無理難題といって差し支えない。
しかし、安易に他人を頼るのも違った気がしたし、どうせ送るのならば一から十まで己の決定を下そうと決めていた。


サーシャ「少し、嬉しそうですね」

俺「嬉しくは―――あるか。こういうのも悪くない」

サーシャ「悪くないなんて、中途半端な言い方、相手に失礼ですよ?」

俺「そうか、……それもそうだ。いい、とてもいい経験をした」


素直に認め、にっと笑みを浮かべる。
思えば、不思議な少年である。冷血かと思えば優しさを見せたり、素直だと思えば難解な性格をしていたり。正体や性格が掴みがたい、そういう人間なのだろう。

それでも最近は、こうして年相応の笑みを見せてくれるようになった。
その分だけ容赦――主な被害者は伯爵である――もなくなってきているが、彼を育て、共に育った誰かのように心の距離が近くなったと思いたい。


サーシャ「これからは、もっと頑張りますね!」

俺「こりゃ参ったな。心労で倒れられたら、俺のせいか!?」

サーシャ「もう冗談をばっかり、………………冗談、ですよね?」

俺「三割は本気」

サーシャ「じ、自分の体調管理くらいできますよ!?」

俺「つってもなぁ、熊さんは俺と違って自分の限界を把握しているわけじゃないだろ?」

サーシャ「それでも、止めろとは言わないんですね?」


そりゃあね、と漏らす。
俺は無茶と無理を通してきた故に止める資格などない。それでも止めろと口にするほど恥知らずではなかったし、当人が望むのであるのなら最良の道だと信じている。

見るからに参ったと両手を上げそたそうな表情に、これは一本取れたかしらと微笑む。
自分のことも仲間のことも、よく見ているのは分かっていた。何せ、今着ているツナギなど身体にピッタリである。身体のサイズを把握されているのは気恥ずかしくあったが、反面、嬉しくもある。
そんな人が傍に居てくれることが。時に疲れ果てて、寄りかかっても何も言わずに身体を支えてくれる人が居ることが、堪らなく嬉しかったのだ。

じんわりと暖かな何かが心に広がっていくのを感じたが、彼女が口にしたのはただの一言。


サーシャ「俺さん。……誕生日プレゼント、“ありがとうございます”」

俺「ん? …………クク、――――ああ、“どういたしまして”」


それはサーシャと俺にしか分からない、言葉以上の意味を持つ魔法の言葉であった。
最終更新:2013年02月06日 23:31