格納庫内部

僕「それで、あなたのストライカーはどれですか?」
シャーリー「ジャーン、こいつだ!」

大尉が地声の効果音つきで、自分のストライカーを指差した。

僕「…P-51Dですか、実機を見るのは初めてです」
シャーリー「だろー?リベリオンの傑作機さ!」

実機がこんなところで見れるとは思わなかった。
大尉もわが子を可愛がるようにP-51を褒めちぎる。
P-51もストライカー冥利に尽きるだろうなと思う。幸せそうだし僕も何故か楽しくなる。

シャーリー「それでな、こいつとはもう結構長い付き合いで…」

大尉が今までの武勇伝を話してくれた。
内地では聞けないような面白いことばかりで、知らず知らずのうちに僕は引きこまれていく。
ひと通りの武勇伝を聞き終えて大尉に訊いた。

僕「えっと、こいつの操縦マニュアルと整備マニュアルはありますか?」
シャーリー「ん?整備は分かるとして、なんで操縦マニュアルまでいるんだ?」
僕「いえ、なんとなく。」
シャーリー「ふーん?まぁいいや、持ってくるよ。あ、整備のほうは
      そこら辺にあるから探しといて」

そう言って大尉は走って格納庫の外へ走って行った。どうやら自室にあるらしい。
マニュアルを探そうとして床を見ると工具類が散らばっていた。

僕「工具をその辺に置いたままにするなよ…」

と思わず愚痴をこぼしつつ
その辺にあるはずの整備マニュアルを探すことにした。
その辺に散らばった工具類を片付けながら整備マニュアルを探す。
P-51の整備ハッチが開いているままだから、恐らく僕をつれてくるまで何かしらの調整をしていたようだ。

しばらく探すとオイルで黒ずんだ冊子を見つけた。

僕「これかな?」

真っ黒になった表紙にうっすらとブリタニア語で
「Mechanic Manual for P-51」と書かれた表紙をめった。

僕「ブリタニア語とか久しぶりだな。大学以来か」

機体の注意事項や特記事項について留意しながら読む。
ところどころに鉛筆で筆記体のメモが書きこまれているが、ブロック体しか読めないのでよくわからない。

僕「大尉の字か?」

飛行時の機体特性かもしれない。あとで訊いてみようと思う。

操縦装置から始まって、操舵、魔導エンジン過給器、と読み進めていくうちに
あるページで手が止まった。
そのページを開いたままストライカーに近づいて、整備ハッチの中身とページの図を見比べる。

シャーリー「おーい、扶桑の技官殿ー、持ってきたぞー」

大尉が戻ってきた。
筆記体のメモについて訊こうと思ったが、今はそれどころではない。
大尉はとんでも無い飛び方をしているのではないだろうか、という疑念が湧き上がる。

シャーリー「おい、どうした?顔が真っ青だぞ?」

何も言わずに歩み寄る。右手に持つ操縦マニュアルを取り上げあるページを探す。
見つけた。
心臓が波打ち始め、あの『事故』の記憶が首を擡げた。

シャーリー「おい、どうしたんだよ、僕中尉?」

大尉が不思議そうな顔をして僕の顔を覗き込んだ。
マニュアルを奪うようにして取り上げた後、食い入るように読んでいるのだから。

僕「…これはなんだ」

頭の深いところで『事故』の無線が聞こえる。
僕は腕の震えを抑えながら、操縦マニュアルと整備マニュアルの
『緊急戦闘出力について』というページを突きつけた。

シャーリー「…緊急戦闘出力のことが載っているページだけど?」
僕「…そうだ。それであんたはここで何を調節してたんだ?」

僕は整備ハッチを指差す。
『事故』の直前に交わした最後の言葉が頭の中でリフレインし始める。

シャーリー「…リミッターを解除していた」
僕「…バリアと出力の比率は?」

僕の唇がワナワナと震えているのが僕でもわかる。
こびりついて離れない『事故』の記憶がチラつく。

シャーリー「…2:8だ」

少し不機嫌そうに答えた。
そりゃそうだろう。初対面の人間にいきなり質問責めにされるのだから。

僕「…わかった。最後に一つ訊く。何でこんな調整値にしたんだ…?」
シャーリー「…音速を確実に超えるためだ」

大尉がそう答えた瞬間に、頭のどこかでヒューズが飛ぶ音がした。

僕「馬ッ鹿野郎!!アンタは死にたいのかよ!!」

大尉は驚いた顔をして少し首を竦めたが、すぐに僕をキッと睨みつけた。

シャーリー「なんだと!」
僕「死にたいのかって言ったんだ!
  こんな出力比率でエンジンが耐えきれるか!
  リミッターふっ飛ばした状態で飛ぼうとすんな!爆死してぇのか!」
シャーリー「ここに来たばっかりの技官が、あたしのマーリンエンジンの何がわかるってんだ!」

激昂した大尉が拳を作業台に叩きつけた。その衝撃で作業台の上にあったボルト、ナットが転がる。
そして額をぶつける寸前まで大尉が顔を近づけ、こちらも負けじと額を寄せる。

僕「これでも扶桑の技術士官だ。エンジンに異常な負荷が掛かってることぐらいは初見でもすぐに分かる。
  音速を超えると、設計の安全率を超えて自壊する確率が高い。今すぐ魔力の分配比率を戻せ!」
シャーリー「ポッと出の士官殿が偉そうなことを言うな!こいつはあたしのP-51、あたしのマーリンエンジンだ。
       最終調整はあたしがやる。よそ者が口をだすな!」
僕「あんた、ふざけてんのか!?」
シャーリー「やるか堅物?」

「はい、そこまで!」

格納庫に凛とした声が響いた。
思わず顔を上げると格納庫内には騒ぎを聞きつけた整備兵とウィッチの面々が揃っていた。

シャーリー「…あちゃー、中佐までおでましか」

ギリギリまで近づけた顔を離して、大尉がかなり気まずそうに呟く。
ウィッチを掻き分けてきたミーナ中佐が僕達に尋ねる。

ミーナ「シャーリーさん、僕技術中尉。ウィッチと整備兵は必要最低限以外の接触は
    規則によって禁じられていることをご存知ですね?」
僕「はい」
シャーリー「Yes,maam」
ミーナ「何があったかすぐに事情を聞きたいので、シャーリーさんは司令官室へ。
     僕技術中尉はその後に来るように」
僕「…了解」
シャーリー「…了解」
ミーナ「全員、昼休みの時間はすでに終わっています。各自の作業に戻ってください」

中佐の一言でウィッチが引き上げていく。残されたのは整備兵たちと僕。
ウィッチが引き上げた後、しばらくして

「おまえ、すげーな」

体当たり撃墜の与太話を聞かせてくれた陽気なロマーニャ人整備兵
じゃなかった同じく先任技官のマリオが声をかけてきた。

僕「…何がだよ」
マリオ「ここに来て3日でウィッチに話しかけられて、しかも怒鳴りあいの口喧嘩をすることだよ」
僕「エンジンに過負荷のかかる調整、しかも下手したら死ぬような調整を見たら
  技術屋として怒鳴りたくもなる。何故止めない」
マリオ「いやー大尉ってさ、俺らが比率を戻しても自分で変えちゃうからなー
    最初は危ないから注意していたんだけど、変わんないからまぁいいやってなったんだよ」

周りの整備兵が頷く。常習犯だったのかよ。
ここの管理体制に呆れてしまう。

僕「そんなんでいいのかよ…」
マリオ「いままで事故って無いしな。まーこれでしばらくの酒のツマミには困らん」

呆れかえって何も言えなくなる。よく事故が起こらなかったものだ。

僕「…それでロマーニャの”しばらく”ってどれくらいだ」
マリオ「ロマーニャのしばらくは長いからなー」

ニヤニヤしながら言う。こいつ楽しそうだ。陽気なロマーニャ人め。

マリオ「その程度で気にすることじゃないからなー。気を直して整備作業に戻ろうぜ。
    ちょうどお前に頼みたいこともあるしな」

各々が手に工具類を持ち出して整備にとりかかる。
本来の業務である坂本少佐の紫電改の整備とその整備指導が残っているので
僕も工具箱から必要な工具と戦闘脚の整備手引き書をを取り出した。

僕「はぁ…」

思わず溜息をついた。来て早々にこれだから、この先が思いやられる。
格納庫の出口から見える太陽に少し翳りが見えた。


『追憶』へ続く
最終更新:2013年02月07日 13:24