営倉
僕「暇だ…」
禁錮刑最終日。あの夢を見た日から1日経った。
先任に聞いたところ、どうやら僕は丸1日寝こんでいたらしい。
まだ吐き気がするが食事を取れない程ではない。
僕「どうせ時間になるまで出られないから寝よう」
腕枕を解いて壁側に寝返りをうつ。しばらくすると腹の音が鳴った。
僕「そういえばまだ朝飯食べてないんだよな…」
禁錮されてから何回食事をしたか思い出そうとする。
思い出せない。
それならば、記憶を順序ごとに思い出そうとする。
僕「ここに入ってから何してたっけ…」
確か、マリオの肩にもたれかかりながらここまで歩いて、ベットに寝かせられた所までは覚えている。
それで『事故』の夢を見て、飛び起きて、窓から外を眺めて…
『事故』の断片を思い出したせいか、吐き気がぶり返してきた。
僕「うっ…おぇっ……またかよ…」
水道を全開にして流し台に手を付きまた吐き出す。
胃の中にはもう何も無いのに。
僕「いつまで続くんだ…」
水で口をすすいでると、廊下側から二人分の足音が聞こえてきた。
一人はよく聞き慣れた安全靴の固い音。恐らくマリオだろう。
もう一人はマリオの足音とは明らかに違う。やや軽く、柔らかい音だ。
僕「マリオと…誰だ?」
ちょっと考える。
営倉の扉の前で二人分の足音が止まった。
ノックの音。
マリオ「おい、僕中尉入るぞ。お客様付きだ」
僕「おい、ちょっと…」
僕が許可する前に鍵を開けて入ってきた。
マリオ「…上着は着とけ。お前の肉体美でべっぴんさんが惚れるだろう?」
扉を開け放った先任が呆れたように言う。
惚れたとしても半分はお前のせいだろう。上半裸で応対するハメになったじゃないか。
一応、寝間着替わりの作務衣の下履きは着てるけどさ。
僕「いつ僕が部屋に入って良いって言った?」
マリオ「まー落ち着けって。取り敢えず昼飯置いとく。で、後ろは面会人の…」
シャーリー「後はあたしが話す。あんたは少しこの部屋から出てくれないか?」
先任は驚いたような顔をしたが、すぐに真顔になり
マリオ「了解しました。自分は部屋の外で待機しています」
と何時になく真剣な口調で言い、部屋を出て行った。
扉を閉める直前に「がんばれー」とマリオの口が動いたのが見えた。あいつは何を期待しているんだ。
心のなかでツッコんでから、視線を大尉の方へ移す。
壁に寄りかかり腕を組んでいるが目が心なしか悲しそうに見えた。
黙って大尉を見つめているとポツりと呟く。
シャーリー「…少佐から聞いた」
僕「あの『事故』のことか」
シャーリー「ああ…」
僕「それで関係者本人に訊きに来たのか?」
大尉は頷く。
僕「…わかった。もしあれば煙草を吸いたいんだが」
紫煙で誤魔化しているのは自分でも分かっているが、誤魔化さないと話していられない。
大尉が胸ポケットを自分の探り、何か放り投げる。
慌てて受け取って手元を見るとゴールデンバットとマッチ、灰皿替わりのサクマドロップの
空き缶が紐で結えられていた。
シャーリー「…マリオ中尉が渡してきた」
大尉がボソっと言う。
アイツ意外と気が利くんだな、と思いつつベットから立ち上がり換気のために窓を開ける。
ベットに戻り腰を下ろし、最後の1本の煙草を口にくわえマッチに火をつけて近づける。
火が移ると両方の切り口から煙が揺らめく。
息を吸うと少し熱を持った煙が肺に充満するのがわかる。
紫煙を吸い込んで、大尉に掛からぬよう煙を全て吐き出す。
ゴールデンバット独特の酩酊感を少しだけ味わってから僕は口を開いた。
僕「もう3年も前の話か…」
『高速度研究脚第三号飛行試験の事故』を1つ1つ思い出しながら僕は話した。
試験前夜の会話
その後に変えた魔力の分配比率
飛び立つ前に話した最後の言葉
無線から聞こえる研三の声
観測員からの入電
本部の喧騒
水面に漂う研三の残骸
軍法裁判所の閉廷を知らせる木槌の音
監視付きの自室謹慎処分とその後の術科学校への出向辞令
僕を見る周りの目、目、目…
時計もない石造りの部屋の中で
紫煙の揺らめきだけが時間が進んでいることを告げていた。
話しているうちに目から涙が溢れる。
手に持った薄緑地に茶のコウモリが2匹描かれた煙草の紙箱に、水滴が止めどなく落ちた。
思えば術科学校に出向してから煙草を吸うようになった。
紫煙であの記憶を消すことができたら、あの記憶を消毒することができたら。
日々そんなことを思いながらマッチに火をつけ、作業的に煙草を吸った。
それで『事故』の記憶を忘れられたら、どんなに良いだろうか。どんなに楽になれるだろうか。
そして
僕「いつまでこの罪を背負うんだろう…?」
全てを話し終えて最後にそう呟くと、大尉が壁から背を離した。
そして小走りになって僕のいる方向に飛び込んでくる。
身構える間もなく押し倒された。僕の左手から最後の1本の煙草が手を離れる。
大尉の胸が僕の口と鼻を塞いで息ができない。
離そうとするが予想以上の剛力で頭を固めれているので離そうにも離せない。
息が苦しいことを伝えようと大尉の肩をタップすると頭の上から
シャーリー「この堅物バカ!」
大尉の怒鳴り声が聞こえた。
シャーリー「あたしがアンタを格納庫に連れてきた時、アンタはすごく楽しそうだった!
あたしの夢に乗ったから付いてきたんだろう!?
以前のアンタの夢を簡単に放り出してどうすんだ!?」
息が苦しいのでより強くタップすると、さらに腕の力を強めてきた。
シャーリー「いつまで背負ってンだよ!そんなんじゃいつか押しつぶされて死んじまうぞ!
あの『事故』は比率を変えたから起きたんだろう!?
だから次にあたしが音速を超える時は、あたしがそんな無理をしないように止めてくれよ!」
急に腕の力が弱くなったかと思うと大尉は僕の肩を掴んで揺すった。
涙で滲む視界の中、大尉は肩で息をしながら泣いていた。
シャーリー「…だから、あたしの夢に協力して欲しい。無理はしないようにするから…」
大尉は一言だけ呟くと今度は僕の胸に寄りかかった来た。慌てて支える。
何が起きたのか訳もわからずに視線を下げると、
僕の胸に顔を押し付けたまま肩を震わせている橙色の頭が見えた。
全く考えていなかった展開に僕の処理能力が追いていない。
僕「何であなたまで泣く必要があるんです……?」
視界がぼやける中で大尉に尋ねる。答えは帰ってこない。
ただ、大尉の伝えたかった事はわかった。
だから心を決めて僕は答える。
僕「……わかりました。でも、絶対に無理だけはしないで下さい…」
大尉と音速を超える。
あの『事故』を忘れない為にも。
気が付くと先任が入口で呆然としてこちらを見ていた。
気まずくなって大尉を抱きしめたまま顔を反らす。窓の外に飛行機雲が見えた。
忙しくなりそうだ……
最終更新:2013年02月07日 13:25