工作室
僕「………」
薄暗い工作室で超々ジュラルミンの外板に皿取りリベットを打ち込む。
窓は開けてあるが半地下構造なので部屋の上方にしか風が入らない。暑い。
もう少しで外板にエアスクープが取り付けられそうだ。
まだ片側だけだが。
僕「………」
リベットを叩く音で耳鳴りがしてきた。
速度記録用に
シャーリーと折半で材料を買い、時間を見つけては
少しずつ作業を進めているものの、なかなか進まない。
どっちもそれぞれの任務で忙しいから仕方ないか。
格納庫の隅にあるスピーカーから音程の上がるチャイムが鳴った。
ちらと顔を上げてすぐに戻す。多分僕のことではないはずだ。
<<次の作戦のブリーフィングを行うので、ビスレッリ先任
技術中尉
僕技術中尉の両名は1900時に談話室へ集合してください。以上>>
中佐の指令が終わると今度は音程の下がるチャイムが鳴った。
珍しいこともあるものだ。思わず手が止まる。
基本的に僕たちは指令書1枚で動いているから、わざわざ呼び出したのは何かあるのだろう。
僕「…片付けておくか」
片付けて、ついでに恐らく休憩室で寛いでいるマリオを呼んでから
あちらに向かうとちょうど良さそうだ。
工具と残りのリベットを片付け、外板全体を汚れの少ないウエスで拭いてから
傷つけないように帆布で包んで、『触るな危険』と書かれた一角にそっと置いた。
僕「腰が痛い…」
ウィッチが出撃してから2時間と半分をずっと同じ姿勢で
ハンマを振るっていたら、腰も痛くなるか。腰を軽く叩きながら休憩室へ向かった。
談話室
休憩室から先任を引っ張り出して談話室で時間まで待つ。
大義名分付きでウィッチに近づける、という理由からか
整備兵の全員からの恨めしげな視線に見送られた。
しばらくしてからウィッチが三々五々に談話室へ入ってきた。
訝しげにこちらを見る者が大半、こちらに軽く手を振る者、
なぜか隣のウィッチに抱きついて「サーニャをゴニョゴニョ」という者、
「お菓子ー!」と言って先任に抱きついた者が2名か。
僕「…改めて見ると個性的だな」
マリオ「だろ?」
率直な感想を言うと、ルッキーニ少尉とハルトマン中尉に
板チョコを渡している先任が答えた。
あまりにも手慣れた渡している様子から
姪っ子にお菓子を渡す叔父さんにしか見えなくなってきた。
板チョコを持った少尉と中尉がシャーリーの左右に座ると、部屋全体が暗くなった。
襟を正して、椅子に座り直す。
坂本「よし、全員揃ったな。今からローマに近付いている
新種のネウロイについて説明する。ミーナ、写真を」
中佐の操作で談話室の壁に数枚の写真が映された。
写真のほぼ中央に黒いノイズが走っているだけのようにも見える。
それ以外は何の変哲もない風景の写真のようだ。
バルクホルン「ノイズしか写っていないようだが…」
坂本「これが昼間現れたネウロイだ。全体をとらえようとしたら、こうなった」
僕と全く同じことを考えたらしい大尉が呟くと、表情も変えずに少佐が返す。
僕「ウムム…」
確かに雲よりも高い高度までノイズのような棒状の影が続いている。
アレもネウロイなのか。口元をへの字に曲げたまま写真を見る。
坂本「全長は3万メートルを超えると推測される」
シャーリー「3万!?高さ30kmってことか」
ネウロイのバリエーションの豊かさに呆れた。
分裂したり、角材型など、その他に聞いた話をまとめただけでも
ネウロイの1匹1匹がここのウィッチ以上に個性的過ぎる。
それだけネウロイも攻めあぐねているということだろうか。
坂本「厄介なのは、こいつのコアの位置だ」
竹刀のように長い竹定規で少佐がノイズの頂点あたりを指す。
ネウロイと言われても、線分の一端にしか見えない。
バルクホルン「てっぺん?」
僕「…マジかよ」
空いた口が塞がらない。どうやってそこまで飛ばすんだ?
頭の中で全ストライカーの上昇限界を思い出すが、全てネウロイの全長の半分にも満たない。
坂本「だから、作戦にはこいつを使う。ロケットブースターだ」
映写機がこの前に少しだけ見たロケットーブースターの三面図を映した。
ジェットストライカーのオプションらしいが、比較実験の時に使わなかったから
格納庫に1組だけ保管されていたことを思い出した。
宮藤「これがあればコアのあるところまで飛べるんですか?」
バルクホルン「いいや、そんな簡単な話では無いはずだ」
あくまでも緊急時に短距離で離陸できます、という但し書きがあったしな。
長時間の使用を目的としているわけではない。
苦労してカールスラント語の取扱説明書を読んだ限り
魔力を一時的に貯める風船のような構造だった。
ミーナ「ええ。ブースターは強力だけど、魔法力を大量に消費するから
短時間しか飛ぶことは出来ないわ」
シャーリー「だったら、あたし達みんなで誰かを上空まで運べば良い」
機械に強いシャーリーらしい提案だと思う。一度、正面から視線を外して隣に訊く。
僕「おい、ロケットブースターって1組しかないよな」
マリオ「そうだな。だもんで、そいつを10組分コピーせにゃならんのだよな」
先任がヒゲに手を当てて答えた。
周りでは「誰が3万メートル上空まで飛ぶか」でユーティライネン中尉が何か言っていたが
畑が違うこちらには意見を求められることはないだろう。
僕「敵さんは24時間以内にローマに到達するらしいから
それまでに10組作れってことか。時間がないけど出来るのか?」
マリオ「バーカ。『出来るかな?』じゃねえよ。やるんだよ」
ニヤと笑って答える。こいつらしい返し方だ。
少佐がこちらを向いた。2人揃って慌てて姿勢を正す。
坂本「ビスレッリ先任技術中尉、僕技術中尉、11人分のロケットブースターを
明日の昼過ぎまでに揃えられるか?」
椅子から起立した先任が休めの姿勢を取った。目が爛々と輝いている。
マリオ「『出来るかな?』ではなくやるのが我々、501JFW整備中隊の気概です。
もちろん揃えてみせましょう」
談話室にいる全員が見つめる中、腹を括って息を吸い込む。
僕「自分も整備兵の上に立つ者の1人です。上に立つ者が弱気になっていては
従ってくれる彼らの仕事になりません。
明日の昼過ぎまでに、技術屋の意地を賭けて形にしてみせましょう」
坂本「はっはっは、これは頼もしいな!ネウロイは私達に任せておけ!」
ミーナ「話もまとまりましたね。では解散してください」
中佐の一言でウィッチが部屋を出て行った。
大見得切ったことに苦笑いしていると談話室から出ていこうとした
シャーリーが僕の耳元に顔を寄せる。
シャーリー「頑張れよ」
僕「…もちろんだ」
眠れそうにないけど、たったの1日徹夜すれば良い話だ。
そう言い聞かせて立ち上がり、先任と格納庫へ向かった。
作戦当日明朝、格納庫
格納庫の通用口から顔を出して、だれもいないか見回す。
シャーリー「…よーし、誰もいないな」
昨晩は消灯寸前まで格納庫で整備兵がいたから、あたしのマーリンを整備できなかったけど
さすがにこんな朝早くにはいないだろう。
本来、整備は本職に任せたほうがイイんだろうけど
自分で整備していないからか飛んだ時に、いまいち、その、何かパッとしない。
シャーリー「信用していないわけじゃないんだけどねー…」
ただ単に気分の問題かもしれないけど。誰の姿も無いが、奥のほうから微かに音がする。
多分、いつも整備兵が「工場」って呼んでる部屋からだろう。
少し開いた扉から明かりが漏れている。
シャーリー「……こんな朝早くから誰だ?」
まだ電気の供給が止まっているのに、電気をつけれるはずがない。
「工場」の扉に近づいて、少しだけ開けてみる。蝶番が擦れて錆びた金属の擦れる音がした。
シャーリー「…おーい、誰かいるのか~?」
部屋の中を見渡してみたが、部屋の隅の方で発電機が唸っているだけだった。
部屋に入って歩きまわってみると
シャーリー「うわわっ!」
柔らかい感触で思わず声を出して、踏み出した脚を引っ込めた。
足元を見ると作業台に凭れて眠る僕中尉と、煤けた溶接用のエプロンがあって
近くの作業台の上によくわからない同じような形の部品が20数個、固めて置いてあった。
シャーリー「こんなところで寝るなよ…」
驚いて心臓が波打ったまま、中尉に布団替わりの帆布をかけ直そうとすると
小さなメモが落ちてきた。拾いあげて目を通してみる。
昨晩のうちに内部構造を作ったこと、先に手伝いの整備兵は帰したことがメモに書かれていた。
シャーリー「なんでこう、1人で抱え込もうとするかな………」
多分、先任に向けて書かれたメモを読んで呟いた。
何でも抱え込んで1人で解決しようとする。『事故』のこととか、この前のこととか。
バルクホルンほどではないだろうけど、頑固な性格なんだろう。
シャーリー「…中尉の頑固な性格が直りますように、っと」
帆布を肩まで掛けて直してから、僕中尉を抱きしめる。
何の反応が無いから生きているか心配になったが
規則正しく寝息を立てているのでちゃんと生きているようだ。
シャーリー「じゃあね」
まだ起床時間まで時間があるし気持よさそうに寝ている僕中尉の近くで
音をたてるのも迷惑だろうから、もう少し寝てこよう。
蝶番が軋まないように扉を開けて自分の部屋に戻った。
休憩室
周りが明るく、意識が頭の底から浮かんでくる。
瞼が重い。いま何時だっけ?薄く開いた目で首を動かして時計を探す。
僕「…あれ?」
尻の下が固い床ではなく、柔らかい布地になっていることに気づいた。
確か工作室で寝てたはずなんだけどな…
シャーリー「お、起きたか?」
僕「……何でシャーリーがいるんだ?」
僕の顔を覗き込むシャーリーを見て訊いた。
お陰で僕の近くにいる整備兵が、とてつもなく羨ましそうな顔でこちらを見ていた。
天井と周りの壁からして整備中隊の休憩室だけど
…ここにウィッチが入っても良いんだっけ?
シャーリー「僕中尉に見せたい物があるからちょっと来ないか?」
ものすごく楽しそうにシャーリーが訊いてくる。
昨日聞いた、うろ覚えな作戦概要を思い出してみるが
思ったよりも出番が早く終わってしまったのだろうか?
僕「わかったから、ちょっと待って…」
シャーリーが、まだ目の明け切っていない僕の手を引いて走って行く。
少し脚を縺れさせて格納庫から出ると、
海上にチェスのクイーンの様な形を保ったまま
細かな光る破片が海面へとゆっくり落ちている光景が見えた。
僕「すご…」
あまりの美しさに見惚れ、やっとそれだけを呟いて空を見上げる。
シャーリー「あれがネウロイのコアを破壊したときに毎回見られるんだ」
隣で僕の手を握ったまま呟く。
右手を離さずにその幻想的な光景を見上げ続けた。そのまま言葉を続ける。
シャーリー「こんな光景が毎回見られるのも整備中隊のおかげだよ。…いつも、ありがとう」
横を見るとシャーリーが心なしか少し照れているようにも見える。
……これって傍から見たら惚気てるように見られるんだろうか?
もういいや、この際どこまでも突き進んでやる。
半ば自棄っぱちになってシャーリーの肩に腕を回す。
僕「そっちこそ、いつも最前線で戦ってくれるから
僕達も心置きなく整備出来るんだよ。ホントにありがとう」
シャーリー「持ちつ持たれつ、か。ふふっ、なるほどね」
驚いたような顔をしたが、笑いながらそう言って海のほうを見る。
破片のクイーンが完全に消えるまで、お互いの肩に腕を回したままずっと海上を見ていた。
最終更新:2013年02月07日 13:28