工作室 通称『工場』
ジュラルミンの板材を溶接する音とトルクレンチがナットに当たる音が
工作室に響く。先程から、というより早1時間近くもお互いが無言なのは
何も機嫌が悪いわけではない。ただ作業に集中しているだけだと思う。
僕「………」
シャーリー「………」
作業も一段落したし、何か振ってみようか。根を詰めて作業するのもアレだし。
ティグ溶接本体の電源を落としてから、トーチとアルミの溶加棒を作業台に置いて
濃い色の保護
メガネを外す。目が周りの光量に慣れるまで数秒掛かった。
いつも通りの脊椎反射。
僕「…又聞きだけどさ、この前中佐が200機撃墜したらしいね。」
シャーリー「ああ、あれか…」
何故か物凄く歯切れが悪そうだった。何かあったのだろうか?
僕「200機撃墜とか凄いと思うんだけど、何かお祝いとかしたのか?」
シャーリー「いや、それが、その…」
今度は顔が赤くなってきている。訳がわからない。
ちょっと話をずらすか。
僕「あーそうだ、その子機だったかを撃墜するために
ハルトマン中尉とバルクホルン大尉が出撃した時、格納庫の床に
ウエス(注)が2キレあったんだと。それでしばらくしてから整備兵が片付けようとして
見に行ったら無くなってたんだってさ。アレは何だったんだろうなって…」
シャーリー「…もうそれ以上は聞かないでくれ。聞いてるこっちが恥ずかしい」
顔から火を吹きそうな表情でかなり真面目に懇願してきた。
僕「りょ、了解!」
よくわからないけど何かマズいことでもあったのだろう。
その日1日、一言も口を聞いてくれなかった。
食堂
夕食を食べたあとに向かい側に座る先任に訊いてみることにした。
僕「先任、この前の中佐の200機撃墜と『ウエスの怪』をシャーリーに話したら
口を聞いてくれなくなったんだけど」
マリオ「おいお前、ホントに話しちまったのか!?」
テーブルを挟んだ向かい側で夕食後のレモネードを飲んでいる先任が
驚いたような顔をこちらに向けた。
マリオ「ちょっと耳貸せ」
僕「なんだよ」
マリオ「いいから」
切羽詰まったように言う先任に渋々耳を貸して
マリオ「実はカクガクシカジカでな…」
僕「うそだろぉぉぉぉぉ!!!?」
驚愕の真実を聞いて叫んだ。
僕「どうしようどうしようどうしようミーナさんにミーナさんにミーナさんに
聞かれたらクビがクビがクビが飛んじゃうどうしようどうしようどうしよう…」
マリオ「落ち着けよ。とりあえずレモネード飲め、ほら」
僕「ミーナさん200機目を××で撃墜してウエスが×××だっただなんて
ミーナさん200機目を××で撃墜してウエスが×××だっただなんて…」
マリオ「いいから飲め!」
先任に顎を掴まれて無理やりレモネードを流し込まれた。
美味かったけどむせた。
僕「ゲホッ…でもどうしようミーナさんに…」
マリオ「あー、いいか?女の子がな、機嫌を損ねたときはどうすりゃいいと思うよ?」
僕「知るか」
1人だけ付き合ったことはあるが、そんなこともなく終わってしまった。
マリオ「自信満々に答えるなよ。いいか?よーく聞けよ」
勿体ぶるな。早く言ってくれ。
マリオ「その子の好きそうな物をプレゼントするんだ」
僕「…は?」
マジですか。どこ情報ですか、それ?
マリオ「ハイスクールの時のダチが言ってた。
機嫌を損ねたらそれが一番良く効くんだ。出来れば3日以内に渡せ」
僕「3日ぁ!?」
そんな時間あったっけ?勤務表を思い出すが、しばらく非番は無かったはずだ。
これはマズい。非常にマズい。銃殺刑になったらどうしよう。
僕「おい、全部勤務になってるはずだけどどうすんだよ。基地の外に出れないじゃん」
マリオ「勤務表は中佐と相談して空けとく。
お前は大尉が気にいるような物を必ず3日以内に買ってこい。
これは命令だ。復唱!」
僕「3日以内にシャーロット・イェーガー大尉のお気に召す物を買ってくること。以上!」
マリオ「よろしい、では作戦開始!」
とは言ったものの、女心なんぞわかんねーよ。機械なら不調の原因もすぐに分かるんだが。
自室に戻って散々考えたが思いつかず、太陽が昇るまで眠れなかった。
『骨董』へ続く
(注)ウエスとは金属材料に汚れや油が付着したときに拭き取ったり
金属材料を掴むときに使う雑巾のような物です。
最終更新:2013年02月07日 13:29