格納庫
僕「全員揃ったな。今から紫電改の解説をするぞ」
坂本少佐の紫電改をカウリングを開けて、整備中隊の面々にエンジン関連の説明をする。
前々から少しずつ進めているが、今日明日あたりで全ての解説が終わりそうだ。
僕「見えるか?このノブは魔法力の濃度を調節するキャブのニードルに直結してるから
作戦の指令書の中に指示があるときだけイジればいい。理由は分かるよな?」
カールスラント謹製のDB605を自国製のストライカーにポン付するぐらい、手先が器用な国だ。
慣れない空冷エンジンの説明でも、水を吸い込むように理解出来る優秀な整備兵が多い。
僕「…低高度は水蒸気や埃などの不純物が多く浮遊しているから
濃度は高めに設定する。高高度は酸素とエーテルが少ないから濃度は低めにする。
理想的な空燃比を得るためだ。あと、フェリーする時はリーンにしておく。」
お陰で1人で2人分のストライカーを整備する心配は無くなった。
余計な心配をせずに整備や不調の原因究明に打ち込めることは良いことだ。
僕「それで…」
「あのー、お忙しいところすみません…」
背後からおずおずと尋ねる声が聞こえた。
説明を中断して振り向くと、宮藤とビショップ曹長、クロステルマン中尉がいる。
僕「こんにちは。何か御用でしょうか?」
普段なら先任ことマリオが飛びつくようにして訊くが
昨日あたりに右下腹部がやけに痛むと言ったきり、医務室から帰って来なかった。
聞いた話によると虫垂炎で即入院したそうだ。1週間ほど帰って来ないらしい。
ペリーヌ「今からこの豆…じゃなくて宮藤さんとリーネさんの戦闘訓練をしますので
3人分のストライカーを出してくださいます?」
なるほど、そういう事か。
ところで豆の次は何を言おうとしたんだろう。
僕「了解です。おい、今日の…」
「よっしゃ、宮藤さんのストライカーを診れるぜ!」
「待て、お前はクロステルマン中尉のじゃなかったのかよ!」
「「「「イィィィィヤッホーウ!!!!」」」」
飛行前点検の指示を出すよりも早く整備兵が6人
今日の受け持ちのストライカーに取り付いてプリフライトチェックを始めていた。
何があったか知らないが、やけにテンションが高い。
よく見ると、そのすぐ横で武装担当の整備兵も訓練用の機銃とペイント弾を用意している。
…あいつら話聞いてないはずだろ。
僕「…もう準備しちゃってますけど、訓練用の機銃とペイント弾で良いですよね」
ペリーヌ「え、ええよろしいですわ」
横で驚いたまま固まっていた中尉に聞くと、思い出したかのように答えた。
武装担当が用意している物で間違いないらしい。
僕「それじゃ、自分は紫電改を片付けておくから
点検してないヤツは格納庫内の床掃除やっとけよー」
一言だけ言い残して、作業台に散らばった部品をまとめて落ちないようにする。
周りに残っていた整備兵がバケツを持って格納庫の端に一列で並び
揃ったところで歩調をだいたい揃えて歩き始めた。
リーネ「中尉さん、あの人達は何をしているんですか?」
ビショップ曹長が不思議そうに訊いた。
僕「ああ、彼らはストライカーにゴミが入らないよう、床にゴミが落ちていないか見てるんですよ。
横一列に並んで一斉に動いたほうが、個々で動くよりもゴミが見つけやすいでしょう?」
朝起きたら滑走路でも同じことをする。もちろん理由は同じだ。
宮藤「だから、いつも朝起きて滑走路の方を見ると
整備兵さんが並んで滑走路を歩いてるんですね!」
僕「ご名答」
作業台に載せた紫電改が格納庫の作業スペースの奥に付いた。
帆布をその上にかけて風圧で飛ばないように四隅を紐で縛る。
ペリーヌ「あ、そう言えば夜遅くまで明かりが点いていた時もありましたけど、あれは何でしたの?」
普段あまり関わりのない分野だから色々と気になるのだろう。
しばらく質疑応答タイムになりそうだ。
僕「あーそれは多分、細かい部品を落としたんじゃないですかね。そいつを探していたと思います」
リーネ「いつまで探すんですか?」
僕「見つかるまで探しますね。見つかるまで」
大事なことなので2度言う。
宮藤「見つかるまでって、見つからなかったらどうするんですか?」
僕「それこそ、飯抜き風呂抜きでも就寝時間を削ってでも
落とした部品が見つかるまで執念深く探しますよ。いや冗談抜きで」
3人が俄には信じられないという顔をしたが、ストライカーに異物が入ったら大抵はエンジンが止まる。
損傷が酷い時はエンジン交換もありうる。
それを防ぐために落としたら見つけるまで、ほとんど執念で探す。
飯抜き風呂抜きで野郎どもが、薄暗い格納庫を這いつくばって探す光景は
何も知らない人から見たら滑稽かもしれないが、これも僕達の仕事だ。
僕「まぁ、そうなる前に作業台の下にありましたって事が多いんですけど」
そろそろ飛行前点検が終わるだろう。ここらへんで質疑応答タイムを締めるか。
「ストライカーユニット準備よし!」
「武装準備ヨシ!」
ちょうど良いところでストライカーと武装の準備が終わったらしい。
こちらを見る整備兵の視線が「いいなーウィッチと話せていいなー」と言ってるようだが、気にしないでおこう。
僕「準備ができたようですね。訓練、頑張って下さい」
宮藤「はい!また後で裏話を聞かせてください!」
僕「了ー解。じゃ、行ってらっしゃーい」
そう言ってゼロ戦に飛び込み、橙に塗装された機銃を抱えて滑走路へタキシング。
クロステルマン中尉が左右を見て、宮藤とビショップ曹長が位置に付いたのを確認した後
中尉を先頭に右にビショップ曹長、左に宮藤の編隊で離陸を開始。
僕「…ん?」
聴き慣れたエンジン音に不協和音が混ざったような気がした。
いつもの咳き込む音に加えて、無理に回転数を上げてるような音。
どのストライカーから鳴ってるかはわからない。何かあればすぐに戻ってくるだろう。
僕「帽振れしてないで戻ってこーい。まだ説明は残ってるぞー」
滑走路で略帽を振ったまま見物客になりかけていた
整備兵に声を掛けると、不満の塊となって格納庫へ歩いてきた。
僕「いつまでもブー垂れてないでシャンとしな。
僕達の仕事は、紅茶片手にウィッチの戦闘訓練の見学をすることじゃないぞ」
いつもなら見学がてら休憩時間になるけど今日は生憎、紫電改の説明がまだ残ってる。
午後からでも時間があれば見学しよう。
僕「集まったな。次に過給器の説明を始める。このストライカーの過給器は…」
急に墜落しないだろうか。不安を蟠えたまま帆布を外して紫電改の説明を再開した。
10分程説明をした頃だろうか、先程まで基地上空で聞こえていた
ストライカーのエンジン音が静かになった。戦闘訓練にしては短すぎる。
管制塔から「そろそろ3人が降りる」という指示が聞こえた。何かあったのだろう。
僕「総員聞いたか?地上誘導の当番は滑走路の端へ行け。
それ以外は飛行後点検と紫電改の片付けをしろ」
ここの基地には地上誘導員がいないので整備兵がその役目も兼任している。
動き始めた整備兵をよそに、格納庫の出入口から滑走路の先端を見ると
クロステルマン中尉が先行して着陸体勢に入った。
その後ろをビショップ曹長が宮藤に付き添うようにしてゆっくりと降りくる。
僕「何か変だな…」
宮藤がペイント弾で橙色になっている事はまだわからなくもない。
ただ、異様に被弾数が多い。
試作機ほどではないが、飴色だったゼロ戦がほぼ橙一色に染まっていた。
地上誘導員役の整備兵が両腕を頭の上でクロスさせる。停止のサイン。
クロステルマン中尉が不機嫌そうにストライカーを脱いで(?)足早に通用口から出て行った。
見ていないうちに何かあったようだ。
先にスピットを脱いだビショップ曹長が慌ててこちらに来た。
リーネ「中尉さん、中尉さん!芳佳ちゃんの…」
僕「ビショップ曹長さん、落ち着いて下さい。はい吸ってー」
リーネ「すぅー」
僕「はいてー」
リーネ「ふぅー」
多分これでいいはず。
僕「何かおかしなことでもありましたか?」
リーネ「えっと、芳佳ちゃんがストライカーの調子がおかしいって…」
離陸時の異音と関係があるかもしれない。
零戦に張り付いて飛行後点検をしている整備兵を、心配そうに宮藤が見ていた。
僕「了解しました。自分も確認してみます」
略帽をかぶり直して零戦を固定している発進ユニットに近づく。
整備兵がわからないとばかりに首を振っていた。
近づくと張り付いていた整備兵の1人がこちらを向いた。
整備兵「中尉、こいつが不調らしいのですが…」
僕「曹長から大体の話は聞いた。報告は明瞭に」
整備兵「は。飛行後点検で一通り診ているところですが、現在異常はありませんでした。
今のところ魔導エンジンや動力管にも、割れや歪みは見当たりません」
点検レベルではわからない不調か。
人聞きは悪いが宮藤本人の使い方に問題があるかもしれない。
僕「わかった。点検が終わったら全系統のクロスチェックを頼む。
まだ分解修理まで時間があるけど、プラグとオイルも交換しておいて。それと排気のサンプル収集も」
整備兵「了解」
ストライカーの整備はあちらに任せておけば良い。僕は使用者から不調の原因を探すか。
僕「宮藤さん、今から少しお時間をいただきますがよろしいですか?」
宮藤「えっと、何か良くないことでも…」
僕「どんな飛び方をしていたのか話していただければ十分です。
取って食うようなことはしないので、心配されなくても大丈夫ですよ。」
宮藤「は、はぁ…」
僕「それと、少佐にも同席していただきたいので
ここに来るまで休憩室で待ちましょうか。とりあえずこちらへどうぞ」
宮藤を休憩室へ来るように促す。
ただ飛んでいただけかもしれないのに、尋問の真似事をされる身には堪らない話だろう。
うなだれた宮藤を連れて休憩室の扉を開けた。
休憩室
宮藤から戦闘訓練の一部始終を聞き終え、カップの底に残っていたココアの残りを呷る。
溶けきってない砂糖が舌の上を砂のように転がり、溶けた。
僕「フムン…」
机の上には零戦に関する諸元、飛行特性、その他諸々に関する書類や
備え付けの航空日誌、覚え書き、飛行後に採取した排気のサンプルが広がり
机の反対側には不安そうな顔の宮藤がまだ半分ほどココアが残っているカップを両手で持っている。
訓練の様子と整備兵からあった報告を統合すると、確証は無いが大方の予想は付いた。
僕「宮藤さん」
宮藤「は、はいっ!」
僕「最後にお聞きしますがあなたは…」
言いかけたところで誰かが休憩室の扉を叩く音がする。
「中尉、坂本少佐をお連れしました!」
僕「了解。そっちに向かう」
表皮が剥がれかけたソファから立ち上がり軋む扉を開けて、敬礼。
ガチガチに緊張している若い整備兵と、顔に一抹の不安を貼りつけた少佐がいた。
僕「汚いところですが、休憩室へようこそ。お飲み物を用意しましょうか?」
坂本「いや、いい。それよりも何かわかったのか」
僕「予想が付く辺りまでは。あと一つだけ宮藤さん本人から確認を取るだけです」
立ち話も難だから少佐にソファへ座るよう勧め、少佐と宮藤が同じソファに腰掛けた。
コーヒーテーブルを挟んだ反対側に僕が座る。全員が一息付いたところで少佐が切り出した。
坂本「ときに宮藤。お前は戦闘訓練で、どんなふうに飛んでいた私にも説明してくれるか」
宮藤「はい、私は…」
少佐の問いに宮藤が僕に説明してくれたものと同じように説明し始めた。
その時の要点をまとめた覚え書きを少佐に渡す。
受け取ると、宮藤の説明と手元の紙切れを見比べながら話を聞いた。
下手くそな略図とミミズの這ったような字でも、一応は何が書きこまれているかわかったようだ。
宮藤「…と言うことなんです」
坂本「……ふむ。それで僕
技術中尉、宮藤に確認したいこととは何だ?」
宮藤の長い説明を聞き終えて、何かを考えるような沈黙の後
少佐がこちらに向き直って訊いた。
慌てて座り直して、意味もなく開襟シャツの襟を正す。
僕「は。少佐にもお聞きしますが
宮藤軍曹は一般的なウィッチよりも魔法力が多い体質ですか?」
宮藤が飛んだ時にあったこと、整備兵から聞いた『何ら異常のない部品』の話を
まとめると予想はそこへ行き着いた。
坂本「うむ、そうだな。私は何度も目にしているが宮藤の異常な魔法力には
目を見張るものがある。危ないところを助けられたこともあるしな」
宮藤「はい。私にはよくわかりませんが、家系からしても珍しいそうです」
僕の予想がリーチからビンゴになった。
僕「なるほど…ならば合点がいきますね。ストライカーユニットには
それぞれの機体によって出力の安全装置、リミッターがあることをご存知ですか?」
坂本「聞いたことはあるが、あまり気にしたことはないな」
それもそうだろう。普段は働かないような保険の部品なのだから。
僕「…始め、話を聞いた時には、クロステルマン中尉の後ろに回りこんで
排気を吸ったストライカーが、酸素不足とエーテル不足でエンジンストールしたか
すぐ後ろの乱気流に巻き込まれて失速したかと思いました」
坂本「………」
宮藤「………」
僕「しかし、どうもそうではない。『力を込めた瞬間に』エンジンがおかしくなる。逃げる時も同じだったようです」
坂本「…フムン」
僕「リミッターはその接続されている装置の許容される範囲の出力上限を
突破する寸前に働くブレーカーです。それに加え、設計には安全率という係数があり
ある程度の乱暴な使用にも耐えられるようにストライカーも設計されている。」
坂本「……ふむ。しかし、その上限に達することが……あるのか」
少佐がチラと宮藤の方を見た。その実例が隣にいる。
僕「…ところが、宮藤さんには設計者も考えていなかったような膨大な魔法力が存在し
力を込めると係数込みの許容範囲をも超える出力が感知されリミッターが働いて
内部で自動的に動力カットが行われた。ストライカー自身を保護するために。
整備担当から聞く限り、部品には損傷が無いようですし
不調の原因は、設計通りにリミッターが働いたことではないでしょうか」
かなり一方的な見解だが、一通りを聞いた少佐と宮藤が何かを考えこんでいる。
脂臭い休憩室が静まり返った。
宮藤「…中尉さん。私は何をすればいいんですか?」
沈黙を破って宮藤が訊いた。
僕「そうですね…出力を上げる時は階段を登るように、徐々に増やしていくことですかね」
坂本「…うーむ。それもそうだが、ここは最前線で私たちはそんな悠長なことをしていられない。
それ以外の対策は無いのか」
確かにここは最前線だから、緊急時にゆっくりと加速していたら撃ち落されかねない。
当たり前か。
僕「ですよね……あとは動力管に安全弁を増設して
リミッターが働く前に、余った魔法力を外へ放出することと
リミッターを外して、内部構造全体を宮藤さんの魔法力に耐えられるように改造することですね」
坂本「そっくりそのまま強化するのは時間がかかるだろうから、
『あんぜんべん』なるものを増やす方が良さそうだが…どうだ、宮藤?」
宮藤「私もそれが良いと思います。中尉さん、出来ますか?」
宮藤が期待する目でこちらを見てくる。ついこの前にも、こんな状況になったことがあったな。
僕「宮藤さんの魔法力を数値化した上で部品を1から作り直さなければならないので
データ採取、設計、生産、組み付け、作動試験で、どんなに急いでも2日はかかります。
ですが、出来ないわけではありません。」
僕の予想を聞いた少佐が少し考えた後
坂本「……そうか、わかった。宮藤の身体的な原因があることも考えられるから
身体検査が終わったらそちらに連絡する。その時は頼んだ」
僕「了解です」
後日、連絡するという形で話がまとまった。
ソファから立ち上がって扉を開ける。外から潮の匂いが流れこんできた。
ストライカーとその部品が腐食する忌々しい匂いだが
脂と汗とオイル臭い部屋にいた2人には清涼な空気に違いないだろう。
坂本「ストライカーに関係のあることで何かあったら連絡してくれ。宮藤、行くぞ」
宮藤「はい!中尉さん、ありがとうございました」
僕「どういたしまして。良い知らせを待っていますよ」
通用口から2人を見送ったあと、中断していた紫電改の整備指導をするために関係する資料を集めた。
最終更新:2013年02月07日 13:30