ミューロック飛行場、兵員食堂


僕「ウムム………」

誰もいない食堂で唸る。机の上には、雑誌に載っていたクロスワードパズルの白黒がある。
達成度は8割程。私物の辞書のみで何とか残りの白枠を包囲しつつあるが
最後の2割前後がなかなか陥落しない。

僕「…訳すと『インディアンの酋長』か。意味は分かるんだけど、絶対に7文字で表せないだろ」

雑誌にしてはやけに手の込んだものだ。
ただ単に、僕の持っている語彙が少ないのかもしれない。
1人で悶々としていると、急に視界が塞がれた。

「だ~れだ?」
僕「あー…シャーリーか」

声の記憶を辿って言い当てると、目を塞いでいた手が取り払われた。
見上げた視界の真ん中に、蛍光灯の光で陰になったシャーリーの顔が見える。

シャーリー「よっ、何してんだ?」
僕「ああ、クロスワードパズルを解いているんだ」
シャーリー「へぇ。でも最終的な答えはもう出来てるじゃん」

よく見えるように雑誌をシャーリーの方へずらす。
僕の右側にある椅子を引き出しながら、殆どが埋まっているマス目を見て呟いた。

僕「どうせやるなら徹底的に、ってやつだよ」
シャーリー「ふぅん。でも、手が止まってるってことは分からない事でもあるのか」
僕「まぁ、そうなるね」

右手に持った鉛筆が手の中で回しながら答える。
懸賞に応募するわけでもないので、全部解いてしまっても構わないだろう。
それ以前に、締め切りはとうの昔に過ぎている。

シャーリー「『インディアンの酋長』?chiefじゃないのか?」
僕「そうなんだって。どう考えても分からないでしょ」

しばらく紙面とにらめっこをした後、シャーリーが『降参だ』と言うように両手を肩まで上げた。

シャーリー「ん~、わからん。でも何で中尉がクロスワードを解いているんだよ?」
僕「その、ここの人間とブリタニア語で話し合ったりすると
  どうしても単語の面で何を言っているのかわからないことがあってね。」

日常的な会話は充分に出来るのだが、そこから更に突っ込んだところにある専門用語は
どうしても周囲よりも遅れをとってしまう。何かいい勉強法は無いかと主任に聞いたところ
要らなくなった雑誌を渡された。これを解いて語彙を増やせということらしい。

シャーリー「ふぅん。頭を使うことは良い事なんじゃないかな?」
僕「ネイティブにそう言ってもらえるとありがたいよ」

一段落した所で、薄い紅茶を一口飲む。
珈琲が一般的なお国柄なのか、ロマーニャの紅茶と格段に違う味だった。
もちろんロマーニャの紅茶のほうが美味しかった。

シャーリー「あ、そうだ。ロケットストライカーはどうなってる?」
僕「えっと、いつ来るかってこと?」

唐突に話の内容が変わったので、多少驚きつつ聞き返す。元々その話が目的だったのだろう。

僕「多分そっちが聞いてることと大して変わりは無いよ」
シャーリー「じゃあ、こっちに来るのはエアショーの後か?」
僕「そうなるみたい」

そう言うと、シャーリーは椅子の背もたれに体重を預けた。抗議するようにギッと軋む。

シャーリー「中尉もそれ以上のことは聞いていないか…」
僕「むしろ、他国の人間が機密を知っていたらスパイと間違われるって」
シャーリー「そりゃそうか」
僕「そりゃそうだよ」

話すことも無くなったのか、2人しかいない食堂に沈黙が訪れる。天井の蛍光灯が唸る音が聞こえる。
クロスワードの残りを解こうとして目線を机に落とすと、僕の名前を呼ぶ声がした。

僕「どうした?」

一度落とした視界を上げながら訊く。机に頬杖をついたシャーリーがこちらを向いていた。

シャーリー「なんかさ、中尉ってこっちに来てから丸くなったような気がする」
僕「そうなのか?」

意外だと思った。歳を取れば誰だって穏やかになるかもしれない。

シャーリー「ん~、501にいた時は『あれもしなきゃ、これもしなきゃ』って感じで
      なんとなく話し掛けづらい雰囲気だったけど、今は余裕を持って話せるよ」
僕「まぁ、向こうは最前線だったわけだし
  僕は僕で実戦配備の間も無いルーキーだったからじゃない?」
シャーリー「あはは、そうかもな」

快活に笑って同意すると、シャーリーは椅子を引いて立ち上がった。

シャーリー「それじゃ、来週のエアショーは頼んだよ」
僕「頼むも何も、使うストライカーはちゃんと診ておくって」
シャーリー「うん、任せた。じゃあね」
僕「じゃ、おやすみ」

手をひらひらと振ってシャーリーを見送る。姿が見えなくなった後、不味い紅茶を一口飲んで
まだ解けきっていないクロスワードの残りを解くことにした。


エアショー当日


僕「人が多い…」

地上展示されているB-36に群がる見物客を見て呟く。
荒野しか無い片田舎なのに、どこから湧いて出てきたんだと疑問になるほどの来客に驚いた。
主任曰く「毎回これくらい。戦争が一段落したから、これからはもっと増える」とのことだ。

僕「そろそろか?」

取り出した懐中時計で今の時間を見る。まもなく曲技飛行が始まる頃だろう。
体重を預けていた格納庫の壁から背を離すと
視界の端で13、4歳ぐらいの女の子がこちらをじっと見ていた。

僕「あー、Can I help…」
「あ!やっぱり僕じゃん!ひっさしぶりー」

どうされましたか、と聞く前に元気そうな声が被さった。
相手は僕の顔を知っているようだが、いまいち思い出せない。

僕「えーと、どちら様ですか?」
「あたしだよ、あたし!フランチェスカ・ルッキーニだよ!」
僕「…ああ!お久しぶり」

名前を出されてやっと思い出した。ぱっと見、以前ツインテールだった髪を下ろして
少し背が伸びたぐらいだろうか。それ以外に大きな印象の変化はない。

ルッキーニ「ねね、シャーリーに会いに来たんだけど、今どこにいるか分かる?」
僕「シャーリーなら、今は空の上だよ」
ルッキーニ「ん?どーゆーこと?」

頭の上に「?」が浮かんだ。あたりまえか。

僕「滑走路の近くに行けば分かるよ。もうじき分かるから、見に行くかい?」
ルッキーニ「うん!早く行こっ!」

シャーリーに会えると分かると、その先の行動は早い。
僕はルッキーニに右手首を引かれながら滑走路へ走った。


滑走路付近


ルッキーニ「ねーねー、ま~だ~?」
僕「もうじき来るよ。我慢だ、ルッキーニ少尉」

雲ひとつ無い青空から視線を落として、ぐずり始めたルッキーニに答える。
何があったか知らないが、開始時間から5分ほど遅れている。

ルッキーニ「さっきから『もうじき』って何回も言ってるけど、全然来ないじゃん」
僕「大丈夫、もうじき来る」
ルッキーニ「また言った~」

すかさずルッキーニのツッコミが入った。

僕「シャーリーが約束をすっぽかしたことは無いだろう?だから、ちゃんと来るよ」
ルッキーニ「もーホントに来る…来た!」

落とした目線をもう一度空に上げる。
空に『士』の字にも似た影が映り、一拍遅れてライトR-3350のブルースが聞こえた。

『曲技』に続く
最終更新:2013年02月07日 13:35