前回までのあらすじ
僕「あゝ、ライトR-3350のブルースが聴こえる。素晴らしい!実に素晴らしい!」
ルッキーニ「僕が壊れた!」
B-29改造母機、後部爆弾倉
<<…ヘイ『グラマラス・
シャーリー』、聞こえるかい?>>
シャーリー「ああ、バッチリ聞こえるよ。感度良好」
右耳に付けたインカムから聞こえた機長のアナウンスに答える。
通常ならここに腹一杯の爆弾が並ぶはずだが、今は殺風景な隔壁が四方を囲んでいる。
実験用に改修された機体で、超音速実験の時にはここから降下するようになっている。
<<まもなく当リムジンは、ミューロック飛行場上空に5分遅れで侵入する。降下に備えよ>>
シャーリー「ラジャー」
ずっとアイドリングで待機していたマーリンに少し力を込める。エンジンが気分よく吹け上がった。
早く飛ばしてくれと待っていたみたい。首に掛けたゴーグルを目の位置まで上げて、位置を調整。
服の裾を直して準備完了。
シャーリー「こっちはいつでもいいぜ」
<<それは結構。降下まで3分。後部爆弾倉、開放>>
シャーリー「了ー解」
頭の上を左右に走るパイプを掴むと、油圧モーターの作動音がして足元に光の線が引かれた。
ゆっくりと観音開きの扉が左右に開く。巻き込まれた風が少しずつ強くなるのがわかる。
飛ばされないように最低限の舵を効かせて待つ。完全に開いた爆弾倉から白けた地面が見えた。
<<降下1分前。カウント開始>>
残りの時間が減るごとに胸の鼓動が高鳴る。
薄い茶色の地面に白い滑走路と四角いハンガーを確認した。
<<…3、2、1、Let's Roll!>>
パイプから手を離す。重力が消えて一瞬の浮遊感に包まれる。
そして頭を下に向けると、あたしは飛行場に向けて急降下した。
飛行場滑走路付近
B-29の機影が近づくにつれて、空冷エンジンの轟音が僕の臓腑を揺さぶり始める。
見上げて待っていると、爆撃機の腹辺りで何かが光った。
ルッキーニ「あ!シャーリーだ!」
僕「ん?どこだ?」
ルッキーニ「ほら、あそこだって!」
ルッキーニが指さす先で、視力の悪い眼がようやく像を結んだ。
シャーリーが滑走路の左端から近づいてくる。
観客の目の前に白いスモークを引いて駆け抜け、観客がどよめいた。
<<今回の曲技飛行を務めるウィッチは、シャーロット・E・イェーガー大尉です!>>
スピーカから流れた紹介で、今度は歓声が上がった。
スモークは滑走路右手で大きく前へ伸びて、P-51Hが太陽に何度か反射して煌めく。
航跡の先端が左旋回をやめて、観客に対して正対した。
<<滑走路正面からこちらへ向かってきます。大迫力のローパスをお楽しみください>>
滑走路のほぼ中央を真っ直ぐ飛んでくる。高さは人の背丈と大して変わらない。
エンジンを高鳴らせて突っ込んできた。
「おいおい、初っ端からクレイジーだな!」
観客の誰かが呆れたように叫んだ。
列の目前でポップアップ。そのままの速さで僕達のすぐ上を通り過ぎる。
エンジンの爆音と遅れてきた風圧が鼓膜を叩いた。
僕「よくやるわ…」
ルッキーニ「ヒューッ!シャーリーかっくいいー!」
呆気に取られると言うのは正にこの事だろう。
派手な演出に大喜びするルッキーニの横で、呆けたように軌跡を見上げる。
当のシャーリーは会場の後方で大きく左旋回していた。
<<会場右手をご覧ください。滑走路上をイェーガー大尉がナイフエッジで通過します>>
何とか見える影を追って首を右へ巡らせる。いつもの着陸コースでアプローチ。
だけど、エンジン音はフルスロットルに近い音を立てている。
観客席の手前で短い主翼を垂直に。僅かに頭を持ち上げ、僕達と見物客に向けて手を振った。
僕「すげぇ…」
盛り上がる観客の中で思わず呟いた。
JATOにも似たスモーク発生器から白い煙がブレずに引かれている。
魔法力の補正があっても、胴体の揚力だけで真っ直ぐ飛ぶのは並大抵では出来ないだろう。
ルッキーニ「何がすごいの?」
滑走路の向こう側で大きく弧を描くシャーリーを見ていると
ルッキーニが不思議そうな顔をして訊いてきた。
僕「その、ブレずにナイフエッジがよく出来るよなって」
ルッキーニ「だって、シャーリーが飛んでるんだもん。それくらいフツーだよ?」
僕「そりゃまぁ、そうだろうな」
<<次はスローロールとスナップロールです。会場左手をご覧ください>>
ルッキーニの答えに頷くと、ちょうどよくスピーカからアナウンスが聞こえた。
滑走路の左側から、さっきよりも高い高度でシャーリーが向かってくる。
スモークを引きながら右ロール。そして水平に戻った瞬間にストライカーを振った。
尻を振るように白いスモークが一瞬だけ大きく螺旋を描き、すぐに水平に戻しながら駆け抜けた。
僕「…なぁルッキーニ少尉、どうやったらあんな動きになるんだ?」
ほんの一瞬の出来事で、何が起きたのかさっぱり分からない。
隣にいるルッキーニに訊いてみたが
ルッキーニ「ん~?そんなのヒュンってやってクルンって回るだけじゃん」
全く分からなかった。
僕「ごめん、全然わからん。整備員にも分かるように説明してくれ」
ルッキーニ「だーかーらー、シャーリーは水平にスピンさせたの」
僕「えーっと、水平にキリモミさせたって?」
呆れたような顔をするルッキーニに聞き返す。
ルッキーニ「そゆこと。あ、メモとか持ってない?」
僕「持ってるよ…はい、どうぞ」
胸ポケットからいつも持ち歩いているメモ帳を渡すと、躊躇なく白紙のページを1枚破りとった。
今度は破ったメモで紙飛行機を折り始めて、出来上がった飛行機を僕に見せた。
ルッキーニ「はい、ここが縦の機軸とするよ。
ヨーイングさせると、ここを中心にして水平に回転するのは分かるよね?」
僕「それくらいは分かるって」
ルッキーニが紙飛行機の機首をゆっくりと振る。それに答えると満足気な顔になった。
ルッキーニ「それくらいは当たり前だよねー。でね、ゆっくり回しても
あまり変化はないけど急激に回転させると、ヨーイングした向きにある翼の
対気速度が減って反対側は増えるでしょ?」
僕「フム…確かにそうだな」
素早く左右に機首を振る紙飛行機を見ながら頷いた。
…しかし、ルッキーニってこんな性格だったか?
いつも「お菓子お菓子」と言っていたような記憶しかないのは気のせいか?
ルッキーニ「ってことは、減速側の翼は減速、もしかすると失速して揚力が減るけど
増速した翼は速度が増した分、揚力が増えるの。
それを使って、シャーリーはヨーイングした方向に急旋転した、ってわけ」
説明を聞きながら頭の中で動きを組み立てた。確かにそうなる気がする。
僕「なるほど、説明ありがとな。お礼に何か1つだけ聞いてあげるよ」
ルッキーニ「じゃあ、シャーリーに会いたい!」
ルッキーニが目を輝かせて答えた。
曲技飛行が終わった後は開放していない格納庫にいると聞いたから、そこに行けば会えるだろう。
僕「わかった、これが終わったら会いに行こう」
ルッキーニ「やったー、ありがとー!」
僕の腰に両腕を回してルッキーニが抱きついた。その頭を撫でて空を見る。
肉眼でもシルエットが分かるほどシャーリーが近づいていた。
少し前、飛行場上空
シャーリー「そろそろかな…?」
上から滑走路を見下ろして呟いた。機速は失速寸前。上昇に入ったらすぐに止まりそうだ。
耳のインカムから航空無線がビープ音を鳴らした。
<<Yaeger,smoke on>>
スモークを焚き始める。間もなく上昇しろと指示が入るだろう。
<<Yaeger,Hammerhead & flatspin……Let's go!>>
水平飛行から急上昇。体を引き起こす。案の定、すぐにストライカーが震え始めた。
あたしとムスタングを何とか上昇させ、無理やり垂直に立たせる。
上昇が止まって、空中で一瞬だけホバリングした。
シャーリー「うぉりゃぁぁ!」
落ち始めたのと同時にマーリンへ魔法力を叩きこむ。
トンボ返りの要領でストライカーを振り上げる。プロペラ後流を使ってハンマーヘッド。
今度はムスタングを横へ振ってフラットスピンに。景色が左へ流れだした。
<<……6000……5000……4000…>>
シャーリー「う…ぐぅ…」
歯を食いしばって腹筋に力を入れながら、グルグルと回る視界と横Gに耐える。
内蔵が体の中で右側に寄ろうとする。正直、あまり気持ちの良いものじゃない。
<<……recovery,ready…now!>>
マーリンの出力をアイドルまで絞り、ストライカーを左へ振る。
やっと独楽のような回転が落ち着いてきた。回転が止まりそうになった所で頭を下げる。
最後に来た方向を向く直前でフルスロットル。体が水平になるまで持ち上げてスピンから脱出した。
シャーリー「うぅ~…気持ち悪い…」
<<Smoke off.Good job,Yaeger……大丈夫か>>
シャーリー「お気遣いありがとさん、大丈夫だ…」
今の呟きもインカムが拾ったらしい。込み上げる吐き気を堪えながら管制官に答えた。
シャーリー「いつやってもこれだけは慣れないわ…」
まだ右側に内蔵が偏っているような感覚がある。右手に飛行場全体を見渡しつつ緩く右旋回。
会場へのアプローチのついでに、次に使う分の運動エネルギーを蓄える。
気を取り直して滑走路の延長線上に差し掛かった。
<<Yaeger,smoke on>>
シャーリー「Roger」
右手に付けたスイッチを押して肩越しに振り向く。
ロケット推進の補助離陸装置そっくりのスモーク発生器から、白い煙がリボンのように伸びていた。
<<Yaeger,4 point roll & Kulbit……Let's go!>>
即座に90°左にロール。慣性で余計に回らないように軽く当て舵を打つ。
1秒間ブレさせずに飛ばしてから、またロールさせる。4回繰り返すうちに滑走路を通り過ぎた。
<<Pop up,ready…now!>>
すかさず急上昇。天空へ向けて駆け上がる。
マーリンV1650-9はダイエットした胴体と相俟って、まだまだ出力と回転数に余裕がありそう。
半ロールして背面になり、そのまま地面に向けて宙返り。
<<…ザー…3500ft>>
宙返りの頂点で現在の高度が耳に伝わる。
降下しながらも出力を下げて、アプローチと高度が同じぐらいになるように機速を調整。
今度は観客の左手から滑走路へ近づく。下げた出力を更に落とす。
<<Kulbit ready…now!>>
失速直前で右脚、左脚の順にムスタングを振り上げた。
氷の上で滑った時のようにストライカーだけが斜め上へ進もうとする。
シャーリー「回れぇぇぇっ!」
叩き込んだ魔法力で回転数が爆発的に上がる。景色が縦に流れて一回転した。
視界が掻き乱されたスモークで白く染まる。すぐにプロペラが吹き飛ばして視界が戻った。
カウンターを当てて体を水平にさせ、滑走路の残りを駆け抜ける。
<<Smoke off.よくやった。フライバイに備えよ>>
シャーリー「了解だ、オーバーロード」
ずっと押しっぱなしだったスモークのスイッチを切る。スピンドル油の煙の帯が途切れた。
後は滑走路上を飛んで、こっそりと観客のいないところで着陸するだけ。
シャーリー「はぁ~、疲れたな~。早くシャワーでも浴びたいよ」
<<格納庫に帰るまでが曲技飛行だからな。気を抜くな>>
シャーリー「わーかってますって」
軽口を叩いてみるとクソ真面目な管制に窘められた。
シャーリー「あー、そう言えば僕はどこで見てるんだろ…?」
滑走路の端で思い出した。確か今の時間は非番だったはず。
演技の〆で観客に向け、手を振りながら僕の姿を探してみたが
人が多すぎてどこに居るのかもわからない。
シャーリー「…まぁ、あとで探そう」
逃げて消えるわけでもないだろうし、あとで探す時間もある。
手を振るのを止めて着陸地点へ向かった。
格納庫通用口前
僕「…あったあった。ここだ」
会場から歩いて数分、飛行場の敷地内に幾つかある格納庫の前に着いた。
人影は無いのに、通用口の前で物々しい格好をした警備兵が立哨している。
ルッキーニを連れて彼に近づくと、予想通り誰何された。
僕「扶桑海軍所属の僕
技術中尉です。イェーガー大尉との面会を希望する方をお連れしました」
身分証を差し出して答える。
警備兵がそれを受け取ってひと通り確認した後、訝しげな目線がルッキーニを向いた。
「…こちらのお子さんが、ですか?」
僕「ええ。大尉に伝えればすっ飛んできますよ。お伝えできますか?」
「了解です。少々お待ちください」
ホントかよ顔に書いた警備兵が格納庫へ引っ込んだ。
引っ込んですぐに格納庫の中が騒がしくなった。
誰かが走ってくる足音とそれを静止させようとする声が聞こえる。
勢い良く扉が開いて、文字通りにシャーリーがすっ飛んできた。
シャーリー「ルッキーニ!?ルッキーニじゃないか!」
ルッキーニ「やっほーシャーリー、ひっさしぶりー!」
心の底から嬉しそうに抱きあう2人を見て笑みがこぼれる。
ルッキーニ「あ、そうだ!シャーリーあのね、僕がココまで案内してくれたんだよ」
ひと通りじゃれついた後、やっと落ち着いたルッキーニが僕を見て言った。
シャーリー「本当か!?ルッキーニを連れてきてくれてありがとなー!」
僕「うぐぉあ!ちょ、シャーリー、待てって!」
ルッキーニの次は僕に抱きついた。
リベリオン式の強烈な感情表現に戸惑いつつも、どこかそれを嬉しいと感じる。
予期せぬサプライズで幸せそうなシャーリーが僕を見た。
シャーリー「ねぇ、今夜はすっごく賑やかになりそうだよ」
僕「ああ、間違いないね」
今夜の打ち上げ会はルッキーニも混ざって賑やかくなるだろう。同じように笑って答えた。
最終更新:2013年02月07日 13:36