ミューロック飛行場上空20000ft
B-29改造母機、前部爆弾倉
魔導ロケットエンジンから生える金属パイプを1本ずつ目と手の感触で確かめていく。
複雑精緻にのたうつそれらは、まるで生き物のように精密に燃料タンクや燃焼室へ絡みあう。
耐食鋼で出来た臓物のソリッドな手触りが、異常ナシと手に伝えてきた。
僕「くっそ、寒いな…」
最終点検をしながら寒さに震えた。いつものツナギの上にD-1ジャケットを着込んでいても寒い。
断熱していても滲み出る酸化剤の冷気と高空の寒さが、なけなしの暖房も吹き飛ばす。
絡みつく冷気に指をかじかませながら、点検項目にレ点を打った。
僕「各部のリーク無しと…」
シャーリー「おっ?点検完了か?」
僕「ああ。でも、もう少しだ」
後ろで点検が終わるのを待っていたシャーリーがリストを覗き込んだ。
XMLR11の全体を覆うカウリングを閉じてラッチを確実に締める。
最後に点検者、つまり僕の名前をサインしてからシャーリーに渡した。
僕「よし、出来た。最終点検完了しました」
シャーリー「あいよ、了ー解だ」
確認者欄に流麗な筆記体のサインが書き込まれる。
俯き気味に書いていても、初の動力実験で相好を崩しているのが見えた。
僕「なんか、遠足へ行く前みたいに嬉しそうだな」
シャーリー「当たり前だろ~?今から音速を超えれると思うと、すごく楽しみだよ」
僕「まぁ、そうだろうな。でも今回の実験でマッハ0.82以上は出せないのは知ってるよね?」
シャーリー「大丈夫、大丈夫。絶対にそれ以上は飛ばさないって」
ヘラヘラと笑いながら答えたが、隙あらば音速でも超えそうな性格だ。
一応、釘を刺しておいた方が良いだろう。
僕「とりあえず、今回の飛行プランを確認するよ」
シャーリー「また?早く飛ばせてくれよ~」
案の定、口を尖らせる。予想通りの反応に思わず苦笑いが漏れた。
僕「1回目で事故って計画がオジャン、は勘弁してほしいからね。えーっと…」
シャーリー「高度25000ftで母機から発進したら、エンジンを点火して高度45000ftまで上昇。
その後、M0.82まで加速させて水平飛行をしながらエンジンの状態を監視する。
最後にまだ燃料と魔法力が残っていても、燃料だけ投棄して基地へ滑空降着。合ってるよな?」
飛行側面図の概略を淀みなく答えた。
3日も前から同じ事を聞かされれば、イヤでも暗記できるのは当然だろう。
それ以前にシャーリーが実験を嫌がるとは思えないが。
僕「合ってる。あと、XMLR11は1度に1基の燃焼室のみ点火して、ストライカー両側の合計で3つ以上は同時に使用しないこと」
シャーリー「警戒することが多くなるんだろ」
僕「そうだな。それに魔法力の消費量がジェットよりも激しいから、トラブルが起きた時のためってのもある」
このエンジンはフルスロットルかエンジンカットでしか出力調整が出来ないので
仮に4つの燃焼室を1度に点火させたら、一気に加速して一瞬で魔法力を消費させる可能性がある。
そのために、片脚に4つずつある燃焼室を1基ずつ順次に点火して加速させなければならない。
シャーリー「何だかまどろっこしいな~」
僕「音速の直前で、何が起きるか解明されていないから仕方ないよ」
同意するつもりで肩を竦めた。そもそも現在の航空力学はM0.85までしか解明されていない。
今はその一歩手前にいて、上層部としては10mphずつ増速させるつもりだと言う。
シャーリー「あたしが音速を超えた時は、な~んにも無かったぜ」
僕「昨日は良くても今日は何が起きるか分からないぞ。気を引き締めておくように」
シャーリー「はーい」
不服そうな返事が返ってくる。サインの書かれた点検リストを受け取った。
僕「じゃあ、そろそろXS-1を履いてくれ」
シャーリー「待ってました!」
兎の両耳と尻尾を生やしてXS-1に両脚を入れた。縦長の爆弾倉に魔方陣が絵描がれる。
エンジンにまだ火を入れていないが、魔法力で動く器機類は問題なく稼働するだろう。
爆弾倉に後付された通話器を取り上げた。
僕「こちら前部爆弾倉。測定器はちゃんと動いてるかい?」
<<こちら後部与圧室。異常なしだ。XS-1内部で魔法力が循環しているのもバッチリ確認できる>>
僕「了解だ。もうじきそちらへ向かう」
通話器を壁に戻す。XS-1を履いたまま待っているシャーリーに向き直った。
僕「これで僕の仕事は終わりだ。キャビンに引っ込むよ」
シャーリー「ラジャ。じゃあ、ちょっとばかりかっ飛ばしてくるぜ」
ニッと笑って軽く右手をかざす。その右手に僕の右手を打合せて、小気味よい音を鳴らした。
ハイタッチで選手交代をしたあと、僕は与圧室への隔壁を開いた。
B-29後部与圧室
重い隔壁を開くと、電子機器が詰め込まれた狭い空間が早速目に入ってくる。
身を捩りながら測定機器の間にある所定の席に辿り着く。
上部銃座があった操作席に腰を下ろして、ヘッドセットのマイクを口元にやった。
僕「こちら僕中尉。配置につきました」
<<了解。高度25000ftへ上昇を開始する>>
前部与圧室にいる機長が答え、4発のエンジン音が高鳴った。半球状のガラス窓から外を見る。
機体の後方に、チェイス役のP-80を履いたウィッチがB-29を追いかけているのが見えた。
<<高度22000……22500……>>
爆装していないB-29は測定機器を詰め込んでも軽々と高度を増していく。
空の蒼が刻々と濃くなっていき、時折耳抜きをしながら実験開始を待った。
<<…24000……24500……高度25000ft。こちら機長、前部爆弾倉を開放する。テストパイロットは急減圧に注意せよ>>
シャーリー<<了ー解!>>
雑音まじりの無線でも喜びを爆発させそうな声が聞こえた。
爆撃手の操作で油圧モータが動いて、金属同士が擦れる音がする。
爆弾倉に巻き込まれた空気の流れが隔壁ごしに与圧室を叩きだした。
シャーリー<<こちら前部爆弾倉。爆弾倉の開放を確認した!>>
<<All right. 測定員、レーダー手は機器の確認を>>
<<電波速度計、上昇率計、ともに異常無し!>>
<<レーダー、異常無し!>>
電子機器にテスト用の信号の流し、測定員のNACAの技師とレーダー手が口々に答える。
銃座に座ったまま観測用の双眼鏡を首に下げた。
<<こちらコールサイン、マザーシップ。動力実験の準備が完了した。実験開始の許可を>>
<<こちら管制塔のオーバーロード。マザーシップ、実験開始を許可する>>
<<マザーシップ、了解した。カウントを開始する>>
機長のバリトンで発進までの時間が刻まれ始めた。
プロペラが風を切る音と両翼のエンジン音、一定時間ごとに鳴る電子音だけが聞こえる。
与圧された機内の静かな気迫と高揚を肌で感じた。
<<…30秒前………20秒前……>>
残りの時間が少なくなるに連れて反比例するように鼓動が早まっていく。
隔壁の向こう側でシャーリーも同じように、その瞬間を待っているだろう。
手汗で滑る双眼鏡を握り直した。
<<……5秒前…3,2,1,実験開始。God speed!>>
床下でXS-1を固定していたシャックルが開く。一気に軽くなった機体がフワリと浮いた。
最終更新:2013年02月07日 13:37