前回までのあらすじ
シャーリー「シャーロット・イェーガー、リフト・オフ!」
リベリオン、カリフォルニア州
ミューロック飛行場東10マイル、高度25000ft
B-29前部爆弾倉直下
シャックルが唐突に開放され、空中に放り出された。
自由落下で身に付けていた物の重さが0になる。すぐにエンジンを点火しようとしたが
シャーリー「………あれっ?」
魔法力を叩き込んだはずなのに火が点かない。
シャーリー「え!?おい!ちょっと待てよ!」
調子の悪いバイクのキックスタータのように、2度3度とエンジンを点けようとしても手応えがない。
それでもお構いなしに、物理法則に従って地面へと真っ直ぐに落ちていく。
シャーリー「初っ端から墜落とか勘弁だって!」
赤茶けた地面が視界を埋め尽くす。
手応えのないエンジン点火を何度かしているうちに、足元でバーナに火が点いたような音がした。
ようやく本気を出したのか、両脚のXS-1があたしを押す。体を捻って上を向くと、砲弾のように空を駆け上がった。
シャーリー「す、すごい!これがロケットか!」
レシプロの比ではない加速力に息を飲んだ。
発進した母機の腹へ一直線に上昇して、主翼と尾翼の間をすり抜ける。
主翼から伝わる空気の流れをぶち抜いたのが手に取るように分かった。
<<こらぁっ、イェーガー!俺達を墜落させるつもりかぁ!>>
シャーリー「おっと、失礼!」
機長の怒鳴り声を軽く受け流ながした。その間にも、あたしは天空へと近づいていく。
明け方特有の紺色から橙色へと変化していく空のグラデーションに、ため息が出そうになった。
<<イェーガー大尉、間もなく高度40000ftに達します>>
シャーリー「…っとっと、了解だ」
測定員の一言で我に返る。高度約12000mを超えても両脚のバケモノエンジンは衰え知らずだ。
そういえば、『天国はもっと高いところにある』って誰かが言ってたっけ。
でも、コイツがあれば天国の端っこに手を掛けられそうな気がした。
<<高度43000…44000…45000ft!実験の第2段階への移行を>>
シャーリー「Roger!」
まだ上昇しようとするXS-1と気持ちを抑えて水平飛行に移る。
暮れなずむ夕方に似た空の中、高度45000ftでもう1基の燃焼室に火を灯した。
レシプロならとっくに息つきを始めるような高度でも、XS-1は加速し始めた。
シャーリー「うぉぉぉ!すっげぇぇぇ!」
歓声も置き去りにするかのように、両脚の魔導ロケットはあたしを押した。
弾丸のように筋雲を突き破って空の天井に一本の飛行機雲を描く。
緩くロールさせてみると、重量級とは思わせないぐらい軽やかにくるりと回った。
<<…イェーガー大尉、何をしている>>
シャーリー「あ、ちょっとロールレートが気になったので」
<<全く、実験中だというのにニアミスするわ、実験に関係のない事を…>>
<<まぁまぁ、落ち着いてくださいよキャプテン。きっと嬉しいんでしょう>>
小言を言い始めそうになった機長を副機長が宥めた。
どこかで見たことのあるようなバランスのコンビに懐かしさを思い出しながら、XS-1を更に加速させていく。
しばらくエンジンの様子を見ながら飛ばしていても、両脚には何の違和感もない。
シャーリー「しっかし、実験ってのは何の面白さもないな…」
ただ飛んでいるだけでは退屈になってきた。足元の方に視線をやる。
XS-1は従順に黙ったまま、轟音を立ててあたしの魔法力と酸化剤を燃やしていた。
まだ魔導ロケットの点火していない燃焼室には、未使用のままの酸化剤が充填されている。
<<…イェーガー大尉。酸化剤の残量は?>>
シャーリー「あー…まもなく60%だ」
<<了解。酸化剤を投棄して、基地へ帰投して下さい>>
シャーリー「………」
オレンジ色の猛獣には、まだどんな力が残っているのか調べてみたい。まだコイツと飛び続けたい。
<<大尉、どうしました?>>
急にそんな子供じみた考えが浮かんだ。
測定員に黙ったままバレルロール。背面になった途端に、スプリットSを描いて急降下させる。
視界が薄暗くなってすぐに戻る。ほんの一瞬で、さっきまで遥か下方にあった雲が視界を埋め尽くした。
<<イェーガー大尉!返事を!>>
ロケットエンジンの動力を切った。オンとオフしかなくても十分に機速を稼げる。
視界に迫ってくる雲を突き破ると、赤茶けた大地に白い基地の滑走路が見えた。そっちへ僅かに進路修正。
<<メイデイ、メイデイ!管制塔、イェーガー大尉が…!>>
基地全体のディテールが一足飛びにはっきりしてくる。目測で地上300ftもないだろう。
管制塔の窓ガラスを数えられるまで近づいて、すぐそばを掠める瞬間に全部の燃焼室を点火した。
動力試験後、司令室
司令「…君がここに何故呼ばれたか、理由はわかるかね?イェーガー大尉」
まだ昼前の陽の光が窓から差し込んで、司令の姿が薄暗く陰った。
休めの姿勢のまま腰の後ろに回した手を握り直す。
シャーリー「ええ、一応は」
いつもの様に最低限の礼儀を持って平然と返す。こんな事が出来るのも、ある意味慣れのようなものだろう。
大体の予想はついてるし、今さっきやったばかりだ。司令が机の上に置いてあった文書を取った。
司令「飛行側面図にも無い飛行を行った上に、魔導ロケットエンジンを一度に全て点火か…
技術者連中が、『絶対にやるな』とあれほど実験前に口を酸っぱくして説明したはずだが」
覚えているよな?とでも言いたげに、報告書の向こう側で司令のゲジ眉が釣り上がる。
XS-1には何の異常も無いし、現にあたしは怪我も事故も起こしていないのに。
とりあえず今は、大人しく『イエス』と答えたほうが良さそうだ。
シャーリー「はい」
軍に入って事あるごとに偉いさんの小言を聞いてきた経験から、ある程度の打算と確信を持って答えた。
多分、処分があっても飛行禁止を3日間ぐらいで済むだろう。
執務机で手を組んでいた司令が、無表情のまま書類綴りをめくる。目当ての文書が見つかったらしく、あるページで止まった。
司令「…シャーロット・E・イェーガー大尉に命ずる。命令違反の罰として、今日から1週間の飛行禁止処分に科す」
シャーリー「えっ!?」
一歩踏み出したあたしに、司令が無言で命令書を突きつける。
余白の多い格式張った命令書と司令の眼光が、軍隊特有の沈黙の強制力を漂わせていた。
司令「どうも何も無い。1週間の飛行禁止処分だ」
自室謹慎と飛行禁止は何度も食らっても、こんなに長かったことは一度も無い。黙ったままの司令に詰め寄った。
シャーリー「じゃあ、その間どうしろと?」
司令「飛べなくても出来る事はあるだろう。自室禁錮ではないからな。
あと何故、予定した速度を超過して飛行したのか理由を書いた文書を提出する必要がある」
シャーリー「レポートを書け?学校ですか、ここは?」
司令「学校ではないが軍だ。付け加えるなら、貴官でなくとも他のウィッチが実験を遂行することは可能だ」
あたしの冷やかしを嘲笑うように冷ややかに答えた。
執務机を拳で殴りつけたくなる衝動を抑えながら、命令書を引っつかむようにして受け取る。
一歩下がり、ぎりぎり失礼にならない程度の遅さで右手を額まで上げた。
シャーリー「…了解しました」
口に出せずに渦巻いた感情で唇の端が震えるのがわかった。
ゆるゆると敬礼を解いて、消化不良を起こしたまま司令室のドアに向かう。部屋から出る途中で
司令「ああ、そうだ、イェーガー大尉」
思い出したように呼び止められた。
シャーリー「…何でしょうか」
司令「君は入隊してからだいぶ経つ上に、佐官まで一歩手前だ。
いい加減、子供じみた考え方や行動は改めたほうが良い。この一週間でよく考えろ」
シャーリー「…っ!」
頑丈な樫のドアを叩きつけるように閉めた。
自室
何かを思い出した時のように突然目が覚めた。
北向の窓から光量の落ちた陽が入って、天井灯の点いていない部屋を薄暗く照らす。
ベッドに寝転んだまま、意識が遅れて覚醒していくのをぼんやりと感じた。
僕「………」
天井のパネルを見つめながら記憶を掘り起こす。
母機の爆弾層での会話……上部銃座……夕焼けに似た橙色の空……急激なカーブを描く飛行機雲……
後部キャビンで必死に呼びかける測定員……
僕「あー…まだ治ってなかったのか……」
飛び飛びになった記憶が頭の中で1つの絵を描くと、自嘲的な笑いが半開きだった口から漏れた。
未だに『事故』の記憶が尾を引いているらしい。記憶の深さに辟易しながらも、上体を起こしてベッドの縁に腰掛ける。
一息ついた所で、誰かがこちらに向けて歩いてくる足音が聞こえた。
僕「前にもこんな事があったな…」
その聞き慣れた足音を聞いて呟く。それは自室の扉の前で途絶えて、ノックの音と
「…僕中尉、いるか?」
同じくらいに聞き慣れた声がした。ベッドから立ち上がり、ツッカケを履いて扉に近づく。
鍵を開けて扉を押し開くと、戸口の前に項垂れたシャーリーがいた。
僕「どうした?」
シャーリー「ん…ああ!ついさっき飛行禁止って司令に言われちゃってさー、1週間も飛べなくなっちゃったよ~
それに命令違反をした理由を、報告書にまとめて書けだって」
僕「1週間か、思ったよりも長いな」
先ほどまで項垂れていたのを取り繕うかのように飄々と話したが、何となくぎこちない。
敢えて気付かないフリをして相槌を打つと、甘えるように肩を寄せてきた。
シャーリー「だろ~?もう信じらんないよ、1週間も何しろっての」
僕「まぁ、時間はたっぷりあるんだから、頭を冷やして報告書でもゆっくり書いていればいいんじゃないか?」
シャーリー「…お前も司令と同じ事言うんだな」
目元が前髪に隠れたシャーリーが囁いた。大方、さっきの命令違反で司令にこっぴどく怒られたのだろう。
1つ溜息をついて、身を引いたシャーリーに向き直った。
僕「同じ事って、当たり前だろ。その処分が妥当かどうかまでは知らないけど、子供じゃないんだから…」
石膏ボードの壁を殴る音で言いかけた言葉を飲み込む。
壁に拳を当てたまま、俯いたシャーリーが前髪の下から僕を睨みつけた。
シャーリー「何だよ!どいつもこいつも、あたしを子供だの命令違反だの勝手なコト言いやがって!」
今まで溜め込んでいた感情を叩きつけるように叫んだ。
部屋の前
消化不良のまま渦巻いていた怒りが、腹の中を逆流して喉から口へと溢れ出す。
シャーリー「お前はあたしの何を知っているの!?あたしを何だと思ってるの!?」
よくわからないまま、激流となった怒りは八つ当たりとなって空になるまで吐き出された。
湧き出てくる気持ちが言葉にならずに目から流れだす。それを振り払うように、勢いに任せて更にぶち撒ける。
シャーリー「あたしのコトを何にも知らないのに、あたしが考えてるコトも知らないのに、好き勝手指図するな!」
これじゃ、まるで親に駄々を捏ねる子供と大して変わらないじゃないか。
頭の中でそう浮かんでも、潤んできた目元を拭って感情のままに吠えた。
シャーリー「あたしは自分の頭で考えて、あの時イケると踏んだんだ!なのに、なのに、何で……!」
僕「…じゃあ、自分で考えて命令違反でヤマ踏んだ結果がこのザマか」
言葉が出なくなった頃合いを見計らって、狙いすました一言が投げナイフのように刺さる。
カタチにするには足りなくて脆い苛立ちを視線に込めて睨めつける。涙でぼやけた視界の中で、苦しそうに僕が顔を歪めていた。
僕「…ここは前にいた501じゃない。ましてや、何が起こるかもまだわからない領域に僕らは片脚突っ込んでるんだ。
以前のように命令違反をしても、終わり良ければ全て良しで済む訳がない。いい加減、大人になっ…」
全部を言い終わらないうちに風船が弾けるような音をたてた。
シャーリー「あ…」
右手に鈍い痛みと熱がじわりと広がる。それでようやく、頬を引っ叩いたことが分かった。
表情を変えないまま、でも瞳の奥に悲しみが滲み出す目を見て、気持ちの処理が追いつかなくなる。
頭の中が、心の中がグチャグチャになったまま
シャーリー「…僕のバカ野郎!お前なんか大ッキライだ!」
1番言いたくない捨て台詞を吐いて逃げだした。
最終更新:2013年02月07日 13:37