――空中――


 朝日が顔を出して少ししたばかりだが、緊張に皆の顔が強張る。何せ前情報だけで、ネウロイの数は30を優に超えているのだから。

 ネウロイも休日の内にゆっくりと休んだのだろう、波状攻撃を仕掛けているのだ。それも、多方面に。

 ブリタニア、ガリア、ロマーニャ、カールスラント。おそらく、どこか一つでも突破されればそのまま押し戻されるのだろう、そのまま済し崩されてしまえば、ロマーニャはおろかガリアさえも崩壊し、もう一度ダイナモ作戦を行うことになる。

 しかし、その時にはもはや連合軍にそれを完遂するだけの力はない。

 戦局はそのまま完全に回天し、戦況は1939年の9月1日、オストマルク侵攻まで逆転する。

 緊張で静まり返るインカムに、男の声が響いた。

「やらせねぇよ」

 いつもの低い声にありありと怒りをはらませた、男の声であった。地の底から響き渡るような声に、空を駆ける十二人の内、数人は思わず身震いをする。

「連中にもう一度ガリアの地を踏ませてやるものか。今度こそは奴らを冷たい海にブチ込んでやる」

「俺大尉、私語を慎みなさい。まもなく接敵です」

 ぴしゃりとミーナが言うと、男はそれっきり言葉は紡がなかった。十二人の前方では、黒い芥子粒が徐々に大きくなっている。

「全機編隊を保って接近! こちらから指示を出したらいつものペアで各自目標を撃墜してください! 敵第二波までは……およそ六分!」

 インカムに各々の返答が響く。とりわけ、男の返答は良く耳に響いた。

「俺大尉、こちらの許可なしの固有魔法は禁止します」

「了解しました、中佐」

 男はモーゼルを見つめながら、言葉を紡ぐ。並みのネウロイならば、特殊弾丸でどうにでもできるのだから。

「全機散開して再編成! 各自の判断で行動せよ!」

 ミーナのその言葉に、白い雲は花を開いたように広がる。そして再び小さくまとまると、鳳仙花の種がはじける様にまた広がった。

「すごい数だな!」

「ウジュー、ちょっと気持ち悪いかも」

 シャーリーとルッキーニのペアは手近な一機に狙いを定め、攻撃を行っている。表面を削り取り、コアを露出させて、白い破片に変えた。

「よくもこれだけの数を揃えたものだ」

「ここから先は、絶対に通せないよね」

 バルクホルンとハルトマンのペアも群れの中に飛び込み。滅茶苦茶に弾幕を張る。どうやらこのペアは遊撃に回るようだ。

 ネウロイのビームがリーネと宮藤のペアに向かうが、それは張られたシールドによって拡散する。ビームの飛んできた方向へ向けて、リーネはボーイズを放った。たった1発で、ネウロイは白い破片となって霧散する。

「やったね! リーネちゃん!」

「うん! ありがとう芳佳ちゃん!」

 無邪気に笑い合う二人は、遠方からの狙撃に勤めるようだ。

 そして坂本とミーナは手をつなぎ、インカムに指令を与えている。

「サーニャさん、前方にフリーガーハマーを一発射出して。大丈夫、味方には当たらないわ」

「エイラ! サーニャを援護してやれ! 九時方向に二機」

「了解しました」

「馬鹿なネウロイだよナ。私には当たらないのに。ほれっと」

 ネウロイの群れの中で爆発が起こり、何機かは機体から煙を吹く。エイラはサーニャを抱きかかえると、曲芸飛行のように雲を引いた。

 そして男とペリーヌは、その隙を見逃さなかった。

 男のモーゼルからいくつもの銃弾が発射され、傷ついたネウロイに突き刺さり、爆発する。露出したコアはペリーヌが撃ちぬき、確実に頭数を減らしていった。

「良い動きだ、ペリーヌ。っと、高度を60下げろ」

 ふわりとペリーヌは高度を下げると、その瞬間に、ペリーヌがいた位置に銃弾が飛んでいく。銃弾はペリーヌを狙っていたネウロイの装甲を抉り取った。

「一歩間違えば、フレンドリーファイアですわよ?」

「君には当てない。それに、当たらないだろう?」

 雲霞のようなネウロイは徐々に数を減らす。この分だったら、第二波までに体制を整えられそうだ。男は打ち切った弾倉に弾を込める。いつもの爆裂徹甲焼夷弾ではなく、別の弾、彼の取っておきである。

 男がコートの内側から取り出したのは、細長い棒であった。それはまるでマスケット銃に弾を装填する際に使用する槊杖のようである。

 男はそれを長い長い銃身の先端から挿入し、スライドを引いて弾を固定した。カチンと言う心地よい音がわずかに空気を振るわせる。

 全長1メートル弱のその銃弾――もはや砲弾は、正真正銘、彼のモーゼル専用の弾丸である。

 すさまじい炸裂音とともに男の周囲の空気が揺れ、前方のネウロイ数体をつきぬけた。男は射出の衝撃で腕を思いっきり跳ね上げる。顔にはわずかに苦痛の表情がにじむ。

「対ネウロイ用巨大フレシェット弾丸。カールスラントの兵器は撃つたびに心地良い」

 槍のようなその一撃を受けたネウロイには容赦ない攻撃が降り注ぐ。そして、ネウロイは最大の脅威を認識したのだろう、赤いビームが男にめがけて放たれる。

 しかし、男の肌を掠めるだけで、体に命中することは無い。

「なんて危なっかしい飛び方をするんだ」

「シールドを張らないなんて、良くやるよね」

 バルクホルンとエーリカはネウロイを見つめながら言葉を紡ぐ。もはや演劇といっても過言ではないほど、男は悠々と飛んでいた。

 攻撃を一手に引き受けた男は、徐々に高度を下げて行く。ペリーヌは何とか男に追随しようとしているようだが、ビームが束になって飛び交っている戦場には、彼女は踏み込めないようだ。

「ペリーヌ! 追わなくて良い!」

 坂本の言葉にペリーヌはふと我に返ったように、ネウロイを見つめた。攻撃はすべて男に集中しているため、他の面々から見れば良い的である。

 銃声が響き、やがて男を追いかけるビームは途絶える。海面を飛んでいた男は背後を振り向き、味方と合流を果たした。

「美味しいところを持っていかれたか」

「冷や汗が流れっぱなしですわよ」

 十二人は再び、敵を迎撃するために飛ぶ。今度は、小さな編隊を作ったままだ。彼方に見える黒い点は、一つしか見えない。

「目標まで十二マイル……嘘、なんて大きさなの」

 ミーナは目の前の黒い点の正体を分析する。その報告は、全員が驚かざるを得ないものであった。

「目標は……目標は一機! 全幅500メートル……何かの間違いであってほしいわね」

 ミーナの呟きに被せるように、坂本はインカムにつぶやく。

「何だアレは、前面が光って……マズい! 全機急降下!!」

 坂本の指示に考察を加える暇も無く、十二人は一気に高度を下げる。その瞬間、赤いレーザーが空を引き裂いた。それはまるで……。

「私の模倣か、そうか、この私を眼の前にしながら『それ』を行うか」

 男は歯を噛み砕かんばかりに食いしばり、獣の唸るような声で言葉を紡ぐ。

 このネウロイの攻撃は、男の固有魔法そのままであった。射程ではおそらく男には勝てないのだろうが、連射力と攻撃力ではどうなるか分からない。

 そして、絶望的な言葉が坂本の口から吐き出される。

「コアは……コアは前面、あの光線の発射位置だ。発射の瞬間だけ露出するようになっている。おそらくそれ以外では通用しないだろう」

 つまりは、敵のレーザーを浴びながら攻撃するしかないというわけだ。

 なんと言うペテン。なんと言うズルだ。

 だが、それが出来るものが一人、たった一人いる。

 強力な前面装甲ごと撃ち破れるであろう武器は、一人いる。

「中佐、私が行きます。往きます。征かなくてはなりません。目の前のこれが私を模倣していると言うのなら、私がこれを打ち倒さねばなりません」

「駄目よ」

 ぴしゃりと、ミーナは言う。当然だ、敵の素性も、何もかもがまだ不明なのだから。

「私ならやれます。だから、お願いです、中佐!」

 男の真剣さを感じ取ったのだろうか、ミーナはわずかに眉間に皺を寄せ、言葉を紡ぐ。

「勝機はいくらあるというの? 千に一つ? 万に一つ? 億? 兆? それとも京かしら?」

「それがたとえ那由他の彼方でも、私には充分に過ぎます!!」

 その言葉に、ミーナは息を呑んだ。指揮官とするなら、もちろんこんな作戦は許可できるはずは無い。だが、ミーナは、なぜか彼に賭けて見たくなった。

「……俺大尉、貴方の先行は許可できません」

 しかし、とミーナは言葉を続ける。

「十二人全員で、ネウロイに向かいます。貴方はコアの破壊を、他のメンバーはロッテまたはケッテを組んで攻撃の囮になって。観測の結果、あのレーザーはシールドを二つ重ねてようやく防御できるかどうかの威力らしいわ」

 その言葉に、ペリーヌの頬に冷たい汗が流れる。では、彼はどうやって防ぐのだろうか? これではまるで、行ったきりの特攻隊だ。

「中佐! 私は大尉の援護位置に付きます!」

 ペリーヌは悲痛な声でミーナに呼びかける。すると、ミーナはまるで聖母のような笑みで、ペリーヌへと指示をくだす。

「……お願いね、ペリーヌさん」

 ミーナはおそらく、彼女の恋心に気付いているのだろう。だからこそ、こんなことをさせたのだ。ミーナは、かつて恋人を失っているのだから。

 てっきり反対されるとばかり思っていたペリーヌは、拍子ぬけたように一瞬だけ呆けた顔を作る。だが、一瞬で表情を引き締めると、ミーナに敬礼を行う。

「ええ、任されましたわ」

 くす、と、穏やかに二人は笑い合う。そして、弛緩した空気は一気に収縮する。

「全機行動開始!」

 ロッテが多数生まれ、それはばらばらにネウロイへと突っ込む。ペリーヌと男は互いに眼を合わせると、一つ頷いた。

 チャンスはおそらく1度きり、前方にコアを捉え次第照射を行わなくてはいけない。

 光線が飛んでくる確立はおそらく他のペアよりも高いのだろう。だが、奇跡を信じるほか無い。

「私の横に来てくれ」

「ええ」

 男はモーゼルを両腰に差し、ペリーヌと手をつなぐ。空中空母を打ち落としたときも、こうしていたのだった、と思い出すと、男は苦笑した。

「実は、君にまだ秘密にしていたことがある」

「あら、素敵なお話を期待していますわ、大尉」

 前方のネウロイの前面が赤く光る。照準はまっすぐに、男とペリーヌをとらえていた。

 男はふと微笑むと、言葉を紡いだ。

「私は、シールドが張れないんだ。だから、ここでお別れだ」

 ペリーヌが大きく眼を見開いて口を開けた瞬間、男は握っていた手を振りながら、ペリーヌをおもいっきり突き飛ばした。

 男の掌が白く輝いた瞬間、赤い光線が、男を包んだ。

最終更新:2013年02月07日 15:20