――――夜、海上――――
飛行停止処分中の俺大尉を除いたストライクウィッチーズの面々は真っ暗な空を飛ぶ。久しぶりのネウロイの襲来ということもあってか、誰も彼も厳しい表情のままだ。
「そういえば、俺のいない飛行も久しぶりだな」
気を紛らわせようとしているのか、
シャーリーが他愛も無い調子で言葉を紡ぐ。思えば彼はこの基地に配属されてからずっと空を飛んできたのだから。
「ウジュー、俺がいると楽が出来るからいいんだけどねー」
シャーリーの言葉にルッキーニも賛成する。どうやら、滅茶苦茶な飛び方と独特な雰囲気と価値観を持つ俺大尉ではあるが、いつの間にかウィッチーズに溶け込んでいたようだ。
そんな2人のやりとりにインカムからバルクホルンの厳しい声が響く。
「今は戦闘中だ、私語を慎め」
いつも通りのバルクホルンの言葉にシャーリーとルッキーニはけらけらと笑いながらも編隊を維持する。少しだけ弛緩した空気の中で、ストライクウィッチーズは交戦中のエイラとサーニャの元へ向かった。
「サーニャさん、現状の報告を」
ミーナがインカムに向けて言葉を紡ぐ。少しでも暗闇の不安を軽減しようとしているのか、温和な声色だ。
「はい。敵は1体、基地には眼もくれずに高速でロマーニャ本土へ一直線に向かっています。追跡を試みましたが私達のストライカーでは追いつけません」
「滅茶苦茶早いゾ。それにこっちに攻撃を加えようともしなかったからナ。まぁ、私達が攻撃できなかったから戦力として見てもらえなかったのかもしれないケド」
不満げなエイラの言葉に多少の違和感を覚えながらも、ミーナは状況を整理すると指示を下す。
「了解したわ。全員へ、このまま挟み撃ちに入ります! ペリーヌさんは宮藤さんとリーネさんと共に遊撃を!」
「了解しましたわ!」
各々ロッテやケッテを組み、真正面からネウロイへと向かう。通常ならば真っ暗闇の中でもレーザーの発射口である赤い格子は輝いているはずなのだが、今回のネウロイにはそのような輝きは見られない。そのため、暗闇に眼を凝らさなければ判断さえ難しい。
形は異質で、まるでフリーガーハマーの弾頭をそのまま巨大化させて直線運動させたような、槍という表現が似合う形状だ。
「まるで幽霊だな」
バルクホルンが何気なく口にした言葉だが、その言葉は的を得ていた。真っ暗な背景に溶け込む真っ黒な影、指摘されなければそこに「ある」とは到底気付けない存在だ。
ヘッドオンの状態から面々はすれ違いざまに銃弾を打ち込む。シャーリー、ルッキーニペアに続いてカールスラントのエース2人、そして遠距離からボーイズライフルが弾丸の嵐を付きぬけて装甲を打ち破り、駄目押しとばかりにペリーヌと宮藤が弾丸を打ち出す。この攻撃にどれほどの効果があるのかは不明だが、外装は他愛も無くばりばりと音を立てて剥がれ落ちて――それらはまるで太陽のような光を放つと空中で爆散した。
爆風と熱風にあおられたのか、インカムから数人の悲鳴が響く。
「何だ!? 何が起きた!?」
「なんてこと……!」
部隊の後方から情報の収集とコアの探知を行っていた佐官2人はあまりの光景に声を震わせる。
損害の程度はどれくらいだろうか、それを確かめるために坂本はインカムにむけて怒鳴った。
「各員状況を報告しろ!」
その指示に面々は報告を行う。だが、いつまで待ってもペリーヌとリーネ、宮藤の報告は聞こえてはこなかった。
「あいつらは私達の後ろにいたんだ……」
バルクホルンの呟きに坂本とミーナが青ざめる。
「ペリーヌ! リーネ! 宮藤! 直ちに報告を行え!」
少しの沈黙の後で、ノイズ混じりの言葉がインカムを振るわせた。
「……こちらペリーヌ、損害を報告しますわ。リーネさんは爆風にあおられて気絶、宮藤さんはストライカーが片方破損してインカムも故障したようです。私は多少の破片を浴びましたが、軽傷です。私がリーネさんを抱えて、宮藤さんに肩を貸して飛行している状況ですわ」
その言葉にたまらず坂本は息を吐く。最悪の事態は避けたようだ。坂本は少しの沈黙の後に指示を下す。
「……ペリーヌ、宮藤とリーネを連れて基地へ帰還しろ。他は編隊を組みながらあのネウロイを追うぞ」
さすがに継続しての戦闘は不可能と判断したのか、坂本の言葉に従ってペリーヌ達は進路を基地に取る。宮藤はリーネを回復しているのか、青い光がゆっくりと、彗星のように基地へと向かう。
そしてネウロイも破損箇所を修復しているのか、青い尾を引いて流れ星のように飛びさるネウロイを追いかける中、インカムに再びノイズが走った。
――――基地、滑走路――――
整備班の補助に回って魔女達を空に送り出し、インカムを耳に装着して戦況を聞いていた男は夜空の爆発にたまらず眼を見開いた。フリーガーハマーが着弾したにしては破壊の規模が大きい上に、連続して数十回も爆発するのはいささか不自然である。
そして男は、爆発の中で生まれた巨大な青いシールドを見ていた。宮藤は――いや、もしかしたら遊撃に回った3人は、爆発の中にいたのだろうか。
夢か現かも理解できない光景を処理しているうちに状況が報告される。だが、いつまでたっても3人の報告は無い。
やっと報告されたそれは、弱弱しいペリーヌの声であった。
「……こちらはエクスキャリバー」
吹っ切れたように男はインカムに呟く。仇討ちや復讐の気持ちではない、彼自身も知らない気持ちを胸に秘めて。
「生憎飛行停止処分中の身でありますが、ご助力を」
「ふざけるな!!」
激昂したように坂本が怒鳴る。無理も無い、人が死にそうな戦場でこんな事を言われては誰だって頭に来る。
「私が、アレを射抜きます」
その言葉に、終にミーナもインカムに叫ぶ。
「あなたは罰則を受けている最中なの! 今回の戦闘には加えさせません!!」
「アレを落とせるのならば――ロマーニャの人々を悲しみのどん底に突き落とさせないためならば、甘んじて銃殺刑も受けましょう」
「っ……!!」
ネウロイが引く青い尾が薄くなっている。おそらく、直に再生も完了してしまうのだろう。そうなる前に、なんとしても落とさねばならない。
「リトヴャク中尉、基地の滑走路からあのネウロイまでの間に味方は?」
唐突に声を掛けられたサーニャは肩を震わせると言葉を詰まらせる。どうやら、考えあぐねいているようだ。
そんな中でミーナは大きく息を吐くと、サーニャへ接近して直接言葉を掛けた。
「罰として基地全域の清掃活動および雑務2ヶ月追加って伝えてあげて」
その言葉の意味を理解したのか、サーニャは1回だけ頷くとネウロイとの間に遮蔽物が無い事、味方も被害は無いであろうことを伝える。そして最後に一言だけ付け加えた。
「戦闘が終わったら、追加の罰則だそうです」
「あぁ、覚悟している。ペリーヌ達の帰還方向は私から見て3時方向だから、そちらを辿ってくれれば被害は無いはずだ」
そして、ストライクウィッチーズはネウロイに追いつくのは不可能と判断したのか、帰還するペリーヌ達を援護するために高度を下げた。
「こんな暗闇であの距離の飛翔体を射抜けるのか?」
「俺ならやりかねないのが怖いんだよねー」
バルクホルンとハルトマンがすばやくペリーヌの援護位置に付き、言葉を掛けようと息を吸い込んだ瞬間、息を詰まらせる。
そして、カウントダウンが宣言された。
「射出まで3秒。3、2」
治癒魔法の青い光の中には、片方のストライカーが停止したまま必死に治癒魔法を展開する宮藤と眼を閉じたままペリーヌに抱きかかえられるリーネ、そして、口元と胸元から一筋の血を流したまま飛行を続けるペリーヌがいた。
「あら、バルクホルン大尉にハルトマン中尉……?」
「1」
虚ろな瞳でペリーヌはのろのろと2人を見遣る。バルクホルンは泣き出しそうな顔を浮かべるとペリーヌの腕からリーネを担ぎ上げ、宮藤の腕を取って肩を貸す。それに続いてハルトマンはペリーヌの腕を取って肩を貸す。
青い光の矢が文字通り光速で、遥か彼方のネウロイへ向けて放たれた。狙いは正確だったようで、男が多少掌を揺らすとネウロイ全体を青い光が包み込み、太陽が炸裂したような眩しさと轟音を伴って夜空を真っ白に染めた。
「軽傷!? この怪我で軽傷だと!?」
ハルトマンに肩を貸された事で安心したのか、ペリーヌは皮肉げな笑みを浮かべるとゆっくりと瞳を閉じる。宮藤は荒い息のまま必死に治癒魔法を展開しているが、魔法力も限界に近いだろう。
「トゥルーデ? フラウ? 一体何が――」
「バルクホルンから基地へ連絡! 負傷者1名! 至急治療の準備を整えろ! ミーナ! 坂本少佐! ペリーヌが!」
インカムを通して伝わってきた悲痛な声に、男はペリーヌに何が起きたのかを悟ったのだろうか、あわただしく行動する整備班の元へ向かった。
――――医務室――――
ペリーヌは瞼をゆっくりと上げる。薬品の臭いに白い天井、医務室のようだ。夜が開けたのか、明るい日差しが部屋に差し込んでいた。
ペリーヌは記憶をたどる。爆発の中でシールドを展開したはいいが、ブレンガンのマガジンに引火して銃が炸裂してしまったのだ。そういえばバルクホルンもそんな事があったな、と一人笑みを浮かべると、リーネの事が気になった。彼女は外傷こそ無かったものの、意識を失っていたのだから。
何とか無理をしてでも行動しようとしたのか、ペリーヌはのろのろと上体を起こす。その時、医務室の扉が開かれた。
扉を開けたのは、包帯や消毒液その他医療用の備品を抱えた俺大尉であった。視線が交差すると、男は安心して力が抜けたのか、壁に背を預けて薄く笑みを浮かべた。
「無事で何よりだ。今軍曹を――」
「待って」
男が踵を返して宮藤を呼びにいこうとすると、か細いペリーヌの声が男を呼び止める。さすがに、そんな彼女をおいていけるほど彼は人間が出来てはいない。
「どうしてかしら、大尉にお会いできたのがずいぶんと久しぶりのように思いますわ」
「ほんの数時間さ。夢を見る程度の時間だよ」
男は棚の中に包帯や消毒液を詰め込んでから病室の扉を閉めると、ベッドの脇の椅子に掛ける。気のせいか、やつれているように思う。目の下の隈やふらふらとした足取りから察するに、夜通しでペリーヌを見舞っていたのだろうか。
「バルクホルン大尉とハルトマン中尉の手を借りたところまでは覚えているのですけれど、それからの事が記憶にありませんわ」
「君とリネット曹長を医務室に運ばせてもらった。ストライカーを履いたままでは基地内は動けないし、人が足りなかったから私がやらせてもらったんだ」
「そうですわ! リーネさんは!? 大丈夫でしたの?!」
「ん……あぁ、軽い脳震盪を起こしていたがすぐに意識を取り戻したよ。君が怪我をしたと聞いて泣き出しそうになっていたがね」
思い出した用に叫ぶペリーヌに多少面食らったようだが、男は至極冷静にそう答える。そして、悪戯っぽい笑いを浮かべると言葉を紡いだ。
「ミーナ中佐は怒らせると怖いな。女性に頬を張られたのはずいぶんと久しぶりの事だ」
その言葉にたまらずペリーヌは苦笑する。
「そういえば、追加の罰則はどの程度の物なのかしら?」
「飛行停止処分は2週間のままだが、2ヶ月の間基地全域の清掃と雑務担当ということだ。正直、この程度で済んだのが不思議なくらいさ」
そして男は椅子から立ち上がる。
「さて、そろそろ失礼させてもらうよ。君の傷の治療をするためには私がいては営倉へ送られてしまう」
男は目頭を揉むとペリーヌに背を向けた。傷は胸部、消毒や包帯の交換には服を脱がなくてはいけないだろう。
「またすぐにくるから、寂しがらないでくれよ?」
「あら? 寂しがっているのは大尉のほうじゃなくて?」
くく、と喉を鳴らして男は部屋を出る。そして病室にはペリーヌ1人だけが残された。
「まったく、あの人は本当に……」
年齢以上に大人びて見える事がほとんどだと言うのに、時折見せる無邪気なしぐさに眼を奪われてしまう。おそらく彼が基地にやってきて寝顔を見てしまった時から、惹かれていたのだろう。
あわただしい足音と共に扉が開かれ、宮藤とリーネをはじめとして501の面々が次々とペリーヌに声を掛ける。シャーリーとルッキーニに連れられてやってきて目立たない位置に立つ俺大尉にむけて、ペリーヌは屈託の無い笑みを投げた。
最終更新:2013年02月07日 15:23