――――ハンガー――――


「今日は何の日だー!?」

「俺の飛行停止処分が終わった日ー!!」

 シャーリーとルッキーニは男の両脇で右手を高く掲げながらそう宣言する。さまざまなトラブルはあったものの、なんとか飛行停止処分は解除されたのだ。とはいえ、追加の罰則となった雑務および清掃活動はまだ75%残っているのだが。

 はじめはモップとバケツを手に基地を歩き回る俺大尉は好奇の目で見られていたが、しばらくするとそれが当たり前であるかのような反応になってしまっていた。念のため強調しておくが、俺大尉はヴェアヴォルフ、エクスキャリバーと呼ばれ、激戦区を転々としながら公式で125機も撃墜したガリアンエースである。ただ、この基地に来てからは清掃好きというイメージしかないように思えるが……。

「何故君達はそんなにも楽しげなのだ?」

 2人のテンションに付いていけずにたまらず男は理由を問う。男の質問に悪戯心たっぷりの笑みを浮かべると、2人は高らかに宣言した。

「しましまのルッキーニとー!」

「ぱふぱふのシャーリーのー!」

「スーパーリベンジマッチ! さあ大尉、尋常に勝負だ!!」

「大体分かった」

 ポージングまで決めて宣言した2人のテンションをばっさりと切り落として男は把握した由を伝える。ペリーヌと男の模擬戦に破れたのがよほど悔しかったのだろう、2対1でおまけに2週間のブランク付きとは、あまりにもやるせない条件だ。

「それで、受けるの? 受けないの? ハリー! ハリー! ハリー! ハリー!」

「おうおうルッキーニ、そんなに煽るなよー」

 ルッキーニが男の顔を見上げておちょくるように問う。シャーリーもなだめているような台詞ではあるが、悪戯な笑みは健在である。そんな2人に対して、男は決断を述べた。

「そうだな……ブランク開けに君達エース2人を同時に相手するのは多少きつい」

 その言葉に、ルッキーニは口を尖らせて不平を述べる。だが、男は口元を釣り上げると続きを述べる。

「しかし、君達に後れを取るようなほどではないな。来い、闘ってやる」

「かちーんと来たぁぁぁ!!」

 シャーリーはルッキーニの足元にもぐりこみ、すばやく肩車をしながらそう宣言する。男が見上げるほどの高さになったルッキーニは面白げにきゃあきゃあと騒いでいる。

「20分後に空で会おう! 負けたときの言い訳でも考えておけよ!」

「ふふ、久しぶりに頭を使いそうだな」

 口喧嘩を交わしながらも笑みを浮かべる3人は準備を開始する。すぐさまストライカーのチューンを始めたシャーリーとルッキーニを尻目に、男は審判を呼びに行った。


――――20分後――――


「で、この状況と」

 ペリーヌはテラスから空を眺めて頭を抑えると大きくため息を吐く。怪我はすっかり治ったが、今は飛行停止処分が解除されたと同時に空に舞い上がる男が頭痛の源であった。

「まあまあ、訓練だと思えば良いじゃないか」

「少佐がそうおっしゃるのでしたら……」

 双眼鏡を携えるペリーヌの脇には坂本が立ち、戦場となる空を見つめている。男が呼んだ審判は、この2人だ。当の3人はといえば滑走路から空へと舞い上がり、いまかいまかと開戦を待ちわびている。

 今回の模擬戦のルールだが、敗北条件はストライカーへの被弾のみで固有魔法の使用は禁止、開戦は離陸から10秒後というものだ。圧倒的に男が不利なルールだが、モーゼルを2丁持っているからハンデは無し、というなんともえげつないルールがまかり通っているのだ。

「近くで見ていると気付けないような機動もあるから、私としては模擬戦は賛成だぞ?」

「むぅ……」

 言葉を詰まらせたペリーヌは戦場となる空を見つめる。ちょうど離陸から10秒が経過し、戦闘が始まったところであった。

「(……やはりブランクはあるか)」

 男は上昇を続けるルッキーニと男への接近を開始したシャーリーを視界に捕らえながら思う。いい訳は毛頭するつもりは無いが、いままでブランクと言うものを味わった事の無い彼にとって、自分の体が思うように動かないという感覚は耐えがたいものなのだろう。

 このままでは挟み撃ちにされると考えたのか、男は上昇を止めると水平軌道を描く。その行動に、たまらずシャーリーとルッキーニは笑みを浮かべた。

「よっしゃあ想像どおり! ルッキーニ! ぬかるなよ!」

「オッケーイ!」

 シャーリーは男の背後を追い、ルッキーニは男の上空へと向かう。完全に、挟み撃ちの形になるようだ。

「見事な軌道だ」

 冷や汗を掻きながら男は素直な賞賛の言葉を呟く。あっという間に包囲されているのだ。ただでさえ速度に重点を置いているシャーリーと、上空から確実に狙いを定めるルッキーニによって包囲は確実に狭められている。

 ルッキーニが調子付けに銃弾を発射しようと引き金に指をかけた瞬間、男のストライカーが鋭く雲を引いて右旋回をした。

 意識が吹き飛びそうな遠心力を耐えて急角度の旋回を行った男は、続いてかく乱のための軌道を開始する。

 旋回の直後に下を向き、そのまま海面に向けて加速したのだ。

「馬鹿な! 海に墜ちるぞ!!」

 坂本の叫びはどこへやら、全く同じ間隔で1回2回と螺旋状に真っ白い飛行機雲が青い空に描かれる。上から見れば1つだけの円である

「なんっじゃこりゃ……」

 シャーリーはやっとの事でそれだけの言葉を搾り出し、飛行機雲の円の中をつきぬけて一直線に男を追う。旋回半径では勝てないため、速度で追いつくつもりだろう。

 海面が近づくにつれて速度は上がり、ついに潮の香りがつんと鼻を付くような距離にまで迫る。シャーリーがたまらず追撃を止めようと速度を落とした瞬間、男の姿が視界から消えうせた。

「な!?」

 何がおきたのかも分からずに周囲を見渡すシャーリーに、上空からルッキーニが叫ぶ。

「シャーリー! 後ろ! 後ろ!!」

「へ? うわぁっ!?」

 シャーリーのストライカーに後方の下側からペイント弾が数発飛来する。が、幸いにも命中はしない。

 男は低高度の状態から、あろうことか下向きのUターン――スプリットSの軌道を描いたのだ。

「外したか」

 男は心底残念そうに小さく呟くと、超低空で変態的な軌道を描きながら距離を取った。まるで大衆に見せる曲芸飛行のような飛び方だ。

「これが……俺大尉の飛び方……」

 ペリーヌが呟くと、男は視線をシャーリーへ合わせたまま、今度は一気に距離を詰める。双眼鏡ごしにかすかに表情のうかがえる男は――笑っていた。ペリーヌに見せる少年のような笑みではなく、獲物を見つけた獣のような瞳で。

「大人気ないぞー! 俺ええー!!」

 ペイント弾をかろうじてよけたシャーリーは接近する男を向かえ撃つために反転すると、自らも加速してペイント弾での弾幕を張る。ヘッドオンの状態だ。

 高度はおそらく300フィートも無いであろう超低空で、男は海面に突っ込むほどのバレルロールで弾幕を避けてシャーリーの吐息が感じられるほどの至近距離を通過する。空気が海面を切り、男の体をわずかに水しぶきが掠めた。

 普通ならば恐怖してもおかしくは無いはずなのだが、興奮状態のシャーリーはたまらずに笑みを浮かべると、飛び去った男の背を追う。ドッグファイトが始まった。

「そうか、誘っているのか」

 坂本の呟きに、ペリーヌは双眼鏡から目を離すと視線を向ける。

「ルッキーニだ。上空からの占位だけで先ほどから手出しが出来ていない。シャーリーが男の誘いにのってドッグファイトをはじめた時からルッキーニは手出しが出来ていないようだからな」

 ペリーヌは双眼鏡越しにルッキーニを見遣る。ルッキーニは照準を男に合わせようとしているが、低高度の上至近距離にシャーリーがいるため狙撃できないようだ。

「あ!」

「おっ?」

 痺れを切らしたルッキーニが高度を下げ、男に向けて突っ込んだ。

「そろそろ来ると思っていたよ、ルッキーニ少尉」

 男はなんともなしに呟くと、今度は急減速して宙返りするように上空へのUターン――インメルマンターンを行う。シャーリーが男を追うために上空を見つめると、男が両手に持つモーゼルの銃身が、サーベルのようにストライカーと胸元に突き立てられていた。

「げっ!」

 モーゼルに詰まったペイント弾がシャーリーのストライカーではじけた。完全に一瞬の隙だったのに、未来を予知したような正確さで攻撃されたのだ。

 何が起きたのかも理解できずに慣性に任せて飛び続けるシャーリーは吹っ切れたように大きく息を吐いて笑うと、戦場を離れてまだ青いキャンバスの残る大空へ向かった。 

「シャーリー!!」

 インメルマンターンによって高度を合わせられたルッキーニはすばやく照準を合わせると男にペイント弾を放つ。男は微塵も臆した様子は無く、ルッキーニの瞳を見つめたままロールやピッチアップだけで回避軌道を描いた。

「何で当たんないの!?」

 ルッキーニは若干パニックに陥りながらも弾幕を張る。だが、終に男はルッキーニの表情が伺えるほどの距離にまで到達してしまった。

 接触するような至近距離を男が飛びぬけ、すれ違いざまに銃声が一発だけ響く。

 ルッキーニのストライカーにオレンジ色の塗料が散っていた。

「嘘でしょー!?」

 信じられないと言うように叫ぶルッキーニを少しだけ見つめた後で、男はゆったりと大空へ向けて飛び立った。


――――談話室――――


 反省会のため、5人が談話室に集合していた。

「まさかここまであっさり負けるとはなー」

「ウジュー……俺ぇー、今回もズルはしてないよね? ね?」

「まさか。今回はネウロイ相手だろうと使える技術を使っただけだ」

 シャーリーは未だ信じられないように呟き、ルッキーニも疑わしげに男に問う。男はそんな疑惑を一言で切り払うと、どこか満足したように窓の外を見つめた。

「危うく負けるところだった。シャーロット大尉に背中につかれたときは素直に危ないと思ったし、引き離すための低高度に付いてきたときは生きた心地がしなかった」

「そりゃあ私もさ。あの位置からスプリットSで回避って、相当危険な飛行だぞ?」

「うむ、本来ならばあそこで中止を宣言すべきだったんだが……俺の飛行がすごくて見とれてしまっていた」

 はっはっは、と豪快に笑う坂本に飛行技術をほめられたと理解したのか、男は照れくさそうに頬を掻く。

「それにしても、本当に無茶苦茶でしたわ。見てるこっちがヒヤヒヤするような飛び方だったんですもの」

 ペリーヌはふんと鼻を鳴らしてそっぽを向く。一体彼女がどれほど肝を冷やしたのか、男には理解できないだろう。

「ああでもしなければ負けていたんだから、仕方ないだろう? 私は負けず嫌いだからね」

「まったく……」

 くつくつと喉を鳴らして男は笑う。ペリーヌはそんな男をちらりと見遣ると、呆れたようにため息を吐いた。

 ペリーヌは、1つの懸念を抱えている。先ほどからシャーリーがちらちらと悪戯っぽい目つきで見つめてくることがそれと直結するのだが、ぶっちゃけて言えば俺大尉との付き合いの事だ。

 男が姦しい娘達を連れてロマーニャへ買い物に言っている最中にシャーリーから報告されたものは、気位の高い彼女に取っては到底放置できないことであるのだが、シャーリーがそのために最善の策を打ってくれるとは限らない。いや、むしろルッキーニにペリーヌの自室での会話をした時点で彼女はその日から羞恥に顔を赤らめる事になるだろう。

 当の本人は戦闘以外の事に興味が無いのか、ルッキーニをなだめながら坂本のアドバイスに耳を傾けている。

「(一体どうしたら良いのかしら)」

 柔らかな日の光に包まれながらも、ペリーヌの胸中はもやもやと曇り続けていた。そんなペリーヌの胸中を知ってかしらずか、シャーリーは反省会に夢中なルッキーニの傍からするりと抜け出すとペリーヌの耳元で言葉を紡ぐ。

「大丈夫大丈夫。いくら私だってプライベートを広めたりしないさ」

「……信用できませんわ」

 シャーリーの囁きにペリーヌは素直にそう答える。だがシャーリーは朗らかな笑みを浮かべると、ペリーヌの肩を叩きながら親指を立てた。

「本当だって、信じろよ。トラストミー!」

 再びペリーヌはため息を吐く。いっそのこと開き直ってしまおうかと彼女が考えた瞬間にシャーリーが意地の悪い笑みを浮かべたのは、何かの間違いであろう。

「……お言葉を信じますわ。シャーリー大尉」

「おお、ありがたいね」

 くすくすと笑い声をもらしながら2人は笑い合う。

 反省会を終えた3人がその珍しい組み合わせを怪訝そうに見つめているのに気付くのは、もう少し先の事だろう。


最終更新:2013年02月07日 15:23