――――ロマーニャ市街、病院――――
病室のベッドに身体を預けながら、俺は窓を見つめる。これから隻腕というハンデを背負って生きる覚悟もしていたのだが、驚くべきことに宮藤が千切れた腕を回収してくれたお陰で接着の手術が行えたのだ。
とはいえ、切断面はぼろぼろで神経もやられているため、まだまだ思うように動かせるはずはない。その上これから長さを調節するための骨延長という地獄も待ち構えているのだからため息の1つも吐きたくなると言うものだ。
「つくづく、奇跡のような少女だな」
精も根も尽き果てて意識を失う前に目にしたのは、宮藤が千切れた右腕に治癒魔法を掛け続けている場面であった。
ほんの一瞬彼女の正気を疑ったが、靄の掛かったような意識の中で、治癒魔法で出来る限り細胞を殺さないようにしているのだと説明を受け、ペリーヌに抱えられたまま基地の上空を通過して病院に向かったのがつい先ほどのように思える。
窓を撫でようと腕を伸ばすだけでも思うように腕が動かず、指は力無くだらりと垂れ下がっているだけ。本当に自分の身体の一部なのかと疑いたくなるような感覚だ。
「(近いうちに軍曹に感謝を述べなければ)」
右腕を見つめて指を動かそうとするが、やはり思うように動いてはくれない。果たして今までどうやって動かしていたのか、左手も動かしながら考えるがあまり効果があるようには思えない。
「(これから、頑張らないと)」
今までの感覚を思い出しながらなんとか震えるように指を動かして、鼻歌でラ・マルセイエーズを歌う。この病室では魔弾の射手を歌うには雰囲気が違いすぎる。
ノックも無く、扉の開く音が響いた。すぐに鼻歌を止めてその人物へ眼を向けると、彼女は軽く右手を掲げて笑みを浮かべた。
「酷いやられ様だと聞いていたけれど、元気そうで安心したわ『
エクスキャリバー』。私ならばその歌よりはホルスト・ヴェッセル・リートを歌いたい気分だけれど」
「右前腕部切断。思い通りに動かせるようになるまで4ヶ月といったところか。麻酔の効かない手術を悲鳴1つ上げずに良く耐えたものだな」
丸眼鏡をかけた士官服の小柄な女性と、多重レンズ付き眼鏡をかけた白衣の長身の女性。カールスラント情報部の「少佐」と「博士」だ。どういういきさつかは知らないが、俺の再接着の手術を行ったのは博士自身である。基地からすぐに連絡が行ったのだろうか?
俺が身体を起こして敬礼を行おうとすると、少佐は呆れたように笑みを浮かべながら首を振る。
「寝ていなさい、エクスキャリバー。私は何も公的な用事でここにいるわけではないのだから」
その言葉に、俺は眉をひそめる。そんな俺の疑問を汲み取ったのか、少佐は言葉を続ける。
「例のウィッチもどきについての報告よ。少々残酷な現実になるけれど、君は知っておかなければならないわ」
似合わない丸眼鏡を細い指で押し上げると、少佐は息を吸い込んだ。
「あのウィッチもどきは君の記憶を元に再現されたカプチェンコ中佐その人。だからこそネウロイを指揮してゴルト隊と同じ戦闘軌道を描けたのよ。もちろん私も彼女の事は良く知っているわ。カールスラントの金色の啄木鳥といえば一時は私の指揮下にいたのだから。」
言葉の意味が理解できずに、俺はパクパクと口を動かす。目の前の少佐は、俺の記憶を元に再現された、と言ったのだ。
「君はカプチェンコ中佐を強く想いすぎていた。スオムスに現れたウィッチもどきは軌道を再現するのが関の山、つまりは意思の無いただの人形に過ぎないの。でもあのウィッチもどきはカプチェンコ中佐が行っていた広域管制をしていた。だからそのように考えるのは当然ではないかしら?」
俺は視線を右腕に落として冷や汗をにじませる。まさか過去の亡霊に右腕をちぎられるなんて想像すらしていなかったのだから。
「君の記憶を入手したのは、ミーナ中佐が生身で撃墜した虫型のネウロイが怪しいと思っているわ。報告を見る限りは基地を飛びまわったのだから、当然君も接触しているはずね」
言いたい事を言ったのか、少佐は士官服の襟元を撫で付けると小さく言葉を呟いた。
「心しなさいエクスキャリバー。『汝亡霊を装いて戯れなば、汝亡霊となるべし』。亡霊を真似れば亡霊に目をつけられるのよ」
その言葉に俺は顔を上げて少佐を見つめる。おそらく少佐は、俺が魔弾の射手になぞらえてネウロイを撃墜した事、自らをザミエルとして空で演劇を行った事を知っているのだろう。
「……少佐は、一体どこまで知っているのです?」
漠然とした問いが、俺の口から漏れる。だが少佐は、まるでその質問を待ち望んでいたように口元を吊り上げると、言葉を紡いだ。
「あら? 言わなかったかしら? 1941年のあの戦場、カールスラント撤退の時間稼ぎ以来、この戦争は私の小さな掌から出たことなどただの1度しかないのよ?」
その言葉にたまらず俺は笑みを漏らした。つまりは、俺が九死に一生を得たのも彼女の予定通りだったと言うのだから。
「ちなみに、その1度と言うのは?」
「あぁ、それは――」
病室の扉が規則正しく2回叩かれる。少佐と博士はその合図を待っていたように踵を返すと、俺を見る事は無く言葉を紡ぐ。
「君が戦闘以外に惹かれるものをみつけた、ということかしら」
ゆっくりと扉が開かれ、ペリーヌが姿を現す。ペリーヌは少佐と博士を交互に見ると俺に視線を会わせる。一体誰だ、と尋ねたげな視線である。
「お初にお目に掛かる、クロステルマン中尉。私達はこれで失礼する」
少佐と博士は威風堂々とした足取りで病室を出る。ペリーヌは何が起きたのか理解しようとしているのか、入り口に突っ立ったままだ。
遠くで衝突音と女性の短いうめき声が聞こえたが、大方少佐が転んだのだろう。
「……やあ、ペリーヌ」
当たり障りの無い言葉を述べると、ペリーヌは呆れたようにため息を吐いた。
「やあ、ではありませんわ。少しは自分の状況を考えてくださいまし」
辛らつな言葉に、俺はたまらず苦笑する。四肢が全てくっついている以上、特に気にするような事は無いはずなのだが、ペリーヌはどうやら俺以上に心配しているようだ。
「……ゆっくり考えたんだ。俺はこれからどうすれば良いのかを」
瞳を見つめて俺は言葉を紡ぐ。ペリーヌは言葉を挟む事は無く、辛抱強く言葉を待っている。
「医者が言うには、元通りの感覚を取り戻すにはうまく行っても数ヶ月もかかるらしい。もちろんそんなに長い間、ただ安静に待つなんて言う事は俺は耐えられない。だから――」
「だから俺は、
ガリアに戻ることにするよ。空を降りて、銃を捨てて、今度はこの力を復興に使おうと思う。今はペンもろくに握れないが、それでも俺にできる事はあるはずだ」
年相応の溌剌さと冷静さをたたえた顔で、俺はペリーヌにそう語る。ペリーヌはほんの少しだけ悲しそうな表情をすると、1度だけ頷いた。
「俺大尉がそう決めたのなら、私はそれに従いますわ。でも、1つだけ約束してくださいな」
ペリーヌは軽く腰を曲げると、人差し指を立てる。
「私がガリアに戻ったら、私が驚くくらいの復興を遂げておく、と」
「お安い御用だとも」
互いに目を細め、穏やかに笑い会う。ついこの間まで俺を覆っていた陰鬱な雰囲気も、ペリーヌを覆っていた義務化や使命感も、何もかもを取り払って。
「そういえば、あのお2人は一体?」
ペリーヌが先ほどの少佐と博士の事を問うと、俺はわずかに口元を吊り上げて窓の外を見つめた。
「カールスラントの狂った少佐と狂った博士さ。あの2人について知っているのは、生粋の戦争狂で、カールスラント情報部の一部を私有部隊にしているということだけだ」
漠然とそれだけを呟くと、俺はペリーヌの瞳を見つめる。
「まあ、戦友かな」
そして屈託の無い笑みを浮かべ、結論を導く。ペリーヌは腑に落ちない様子だったが、つられて笑みを浮かべた。
「そういえば、君は1人でここに?」
「まさか。運転手がいらっしゃいますわ」
その言葉を待っていたかのように、扉が開かれる。現れたのはなんとハルトマンであった。
「意外だな。てっきりシャーロット大尉かと思ったが」
「
シャーリーが運転するとお見舞いどころじゃなくなるからね。お礼はダンボールいっぱいのお菓子で良いよ」
「ハルトマン中尉、あなた自分の部屋がどうなってるかご存じないはずは無いでしょうね?」
ペリーヌの言葉にもハルトマンはけらけらと笑うだけだ。一体どのような惨劇が起こっているのか想像すらしたくない。
「君が自分で片付けられるようになった暁にはダンボールごと買い与えてやるとも」
俺の言葉に、ハルトマンは口を尖らせる。
「ま、良いけどね。そうそう、俺が入院した後は大変だったよ。ミーナはカンカンだし宮藤はパニックだし、リーネは半泣きだしペリーヌはふさぎこむし」
「ちょっ! ハルトマン中尉!?」
ペリーヌは顔を真っ赤にしてうろたえるが、俺はハルトマンを見つめたままでペリーヌに視線を向ける事は無い。
「俺、君は自分の事を1人だと思ってるのかもしれないけど、君が苦しいときには一緒に苦しんであげられるような、楽しいときには一緒に笑ってあげられるような仲間達がいるんだよ。それは忘れないで欲しいな」
ハルトマンの言葉に、たまらず俺は苦笑する。目の前の少女は、自室で見せるようなズボラな性格とこのようなきわめて真面目な二つの性格を持っているようだ。一体どちらが本性なのだろう。
「まあ、お説教はミーナが後でじっくりするって言ってたから、覚悟はしておいた方が良いかもね」
俺の顔がさっと青ざめる。今度はさすがに平手ではすまないかもしれないのだから。しかし、それだけの事をしたのだから甘んじて受け入れねばならないのだろう。
「ああ、覚悟しておくとも」
そういうと俺は目を閉じて穏やかに笑う。今まではペリーヌにしか見せなかった、少年のような笑みで。
―――― ―――― ――――
博士の運転するジープの中で、少佐は脚をぶらぶらとゆらして一人笑っていた。
「あっはははは! こうも予定通りにことが運ぶと気持ち良いわ!」
目尻に涙さえ浮かべて少佐は笑う。それだけ見ればただの童女なのだが、身につけている士官服や丸眼鏡が彼女を異質なものにしていた。
「
ナイトウィッチ達に噂を流して501へ届けさせ、カプチェンコを真似た忌々しいウィッチもどきを撃墜できた。これで我々の戦力的な優位は確定したわ」
「しかし、逸材を失いました」
「逸材?」
「エクスキャリバー、俺大尉です」
きょとんとしたような少佐の瞳は見ずに、博士はそれだけを呟く。
「勘違いしないで、博士。彼はまた空に帰るわ」
「は? しかし――」
「彼はどうしようもない戦闘狂よ? 安静な地上での生活なんて出来るはずがないじゃない。あの『小僧(ヘルシェン)』が死ぬ場所はつまらない地上なんかではなく、空の上だけなのよ」
そして少佐は、心底面白そうに手を叩いて笑う。
「いやはやしかし、ペリーヌ・クロステルマン中尉と言う存在は完璧なイレギュラーだったわ。まさかあの小僧がたった一人の女に心をかき乱されるとは思っても見なかったもの」
博士はその言葉に反応はせずに車を走らせるが、やがて思い出したように口を開いた。
「根回しはどうします?」
「ふむ、私の考えが正しければエクスキャリバーがすっかり退院する前にロマーニャは奪還できるはず。その後の事は私の知った事ではないわ。よって、彼が自分の意思で空に戻るまで、私はただ待つことにする。あの小僧がネウロイを落とす楽しみを思い出すまで、私はゆっくりと待つことにするわ」
そして少佐は、ころころと朗らかに笑った。
「さて、戦争の時間よ博士。501には負担を強いてしまうけれど、そのためにロマーニャを奪還できるのなら安いものよね?」
狂ったような笑みを浮かべて少佐は言う。その幼い外見からは想像できないほどの邪悪を込めて。
最終更新:2013年02月07日 15:24